94点。
曲はhideの『TELL ME』。
自己最高記録だが、この機種は他機種と比べて比較的高得点を取りやすいと巷で噂されている上に、ここではしゃぐようでは腕前も軽く見られるだろう。俺はすました顔で、ドリンクバーのホットココアをぐいと飲む。喉が冷えると困るんでね。
それに、カラオケの採点機能なんて、機械みたいに歌っていれば点数なんてすぐに取れてしまうものだ。味気のない調教を受けたボーカロイドのように、画面のバーに音程を合わせて、時々こぶしやフォールやビブラートなんかを入れてやれば、90点台は確定する。まあ、その音程を合わせるって段階が、なかなか難しいんだが。
歌にソウルを込めるという点においては、hideちゃんには、まだ遠く及ばない。
林間学校が終わり、1週間。今度は学園祭1ヶ月前ということで、そちらの準備も迫ってきている。
「…………どう?」
「いや、どう? じゃなくてだな」
「え〜、ダメ?」
「ダメじゃないけどな、ちゃんと上手いけどな」
歌は程々に歌える方だと思っていたが、軽音楽部員に上手いと言われるとは思っていなかった。
林間学校終わりの、ある日の放課後。都内某所のカラオケボックスには、2人きり。軽音楽部のベース担当、学園祭のために結成されたバンド──名前は忘れたが死ぬほどダサかった覚えがある──に先輩たちと共に参加する若き才能、1年普通科『
俺たちはそこで、一種の『面接』のようなものを行っていた。オーディションとも言う。
前の演劇部主役オーディションのようなものと違うのは、終始和やかで楽しいムードが流れているところか。演劇部のオーディションは、中高どちらも心臓に繋がってる血管が全てちぎれて爆発して身体中の穴という穴から健康的なサラサラな血を噴出しそうなくらいには、心臓がバクバクして緊張するものだ。
俺の演技の『型』は、言うなれば『自分50%型』。この型の場合の演技というのは、自分と役の共同作業なので、緊張が普通の半分になっているのだ。それはオーディションでもそう。俺の自意識は半分しか出ていない。それでさえ心臓がはち切れそうなくらいには緊張しているので、『自分100%型』の負担は考えたくもない。
かつて高校演劇史に名を残したハイパー千両役者『
さて、うちの高校の軽音楽部、正式名称で言うところの『虹ヶ咲学園エクストリーム軽音楽部』は、いま現在、ボーカルを失っている状況にある。
──虹ヶ咲学園には、The☆ウルティメイト軽音楽部と、超高校級軽音楽部零式と、エクストリーム軽音楽部があるので正式名称で言わないとややこしいのだ……ちなみにエクストリーム軽音楽部は、虹ヶ咲学園創立当初から存在する学園最古の軽音楽部である──
本来のボーカルである、3年生の司馬先輩とやらが、彼女との間に『デキてしまった』そうだ。双子だってさ。すくすく育てよ。
勿論、そんな奴をあの
ともかく、エクストリーム軽音楽部はボーカルの『代役』が必要になった。そこで、エクストリーム軽音楽部所属の天矢は、林間学校になっても周りに目を光らせ、隙あらば『お前、舞台で歌うことに興味はないか』とスカウト紛いのことをしていたそうな。
今日における軽音楽部のバンドのリーダーは、実質的に天矢に委ねられている。軽音楽部の臨時リーダー及びスカウトマンとして、活動していたわけだ。
天矢とは、林間学校で同室になって初めて喋った。第一印象は、何故こいつは素肌の上に長袖のジャージを羽織ってるんだろう、という疑問混じりのものであった。自分の身体に自信があるんだろう。その胸筋やら腹筋やらを見せびらかしていた。
林間学校の宿泊部屋ひとつひとつは同じ科の人のみで構成されていた。天矢も普通科だったが、初めて喋ったというのは、単に俺がクラスで固定のグループとしか話さず、その他の人たちとは署名事変周辺でしか話していないからだ。
全校生徒3118人のうち982名が1年生なので、ただでさえ生徒数が多いのだ。俺みたいなコミュニケーション能力に乏しいわけでもない普通の人であっても、まだまだ話したことの無い人が9割9分! って人も多そうだけどな。
要するに、話したことがないのは俺のコミュ力の問題ではないってこと。つまるところ、ただの弁解である。俺は、そこまでコミュニケーション能力は欠けていないつもりだ。
天矢は、音楽の中でもヴィジュアル系に造詣が深く、その知識と熱量は、演劇部随一のバンギャである2年の仙堂田先輩をも上回るものだった。まあ、仲良くなるキッカケは徹夜日ノ神討伐チャレンジだったが。
その討伐チャレンジを達成した瞬間、全員で肩を組んで『We Are the World』を歌っていたところ、スカウトされたって感じだ。まあ、俺はその直後に気絶するように眠ったので、後日オーディションに呼ばれて死ぬほど驚いたが。酔っ払いかよ。
演劇部出身でよく通る特徴的な声。そこそこ取れた音程。そして彼いわく『磨いたら光るぜ!』という風貌。これらが俺をスカウトした理由らしい。で、林間学校が明けてすぐに、こうしてふたりでカラオケに来て『軽音楽部ボーカルオーディション』をしているというわけだ。
俺としては、大歓迎。どんな舞台であろうと、俺はそこに来た客の前で、何かを演じ、暴れ、心を奪う。それに変わりはない。
「嬉しいね。自分の声、歌には不向きだと思ってちょっと苦手だったの」
「逆にインパクト残せるだろ? 『風立ちぬ』の庵野だってそうだったじゃあないか」
「お、そう? ならどう? 俺、舞台に立てる?」
「立てるけどさ? ……演劇部はどーすんだ」
「いいのいいの。今の俺が行っても、あんまいい事ないって。最近も、たまにしか顔出してねンだわ」
「お前、愛しの桜坂ちゃんには会わなくていいのか? 穂村花火といえば、演劇部の演者っていうよりも、桜坂ちゃん大好き好きくんで有名だろ」
聞いたことないよ。
というか、学年全体に『あの花火ってやつ、しずくちゃんと仲良くね?』という噂が広まっているのかもしれない。いや、釣り合わんだろ普通に考えて。見て分かれ。脳を殺すな。考えろよ。
「アイツは……うん。アイツも進んで俺の顔なんて見たくないだろ」
「なに、ケンカでもした?」
「いや……ちょっと、自分で考え直しただけ。演劇よりも向いてる舞台があれば、そっちの方がいいし? 可能性開拓ゥ〜って感じィ〜」
「なんで語尾にビブラート効かせてるん?」
しずくのことを誤魔化しつつ、おちゃらけた口調で答える。だって、シンプルに恥ずかしいんですもの。
「ま、何にせよ嬉しいぜ。スリーピースよりは盛り上がる! 人数が多いほど目立つ! 学園祭では、の話だけどなッ」
舞台の上で『勢いでゴリ押せそう』といった甘い考えは捨てたつもりだが、盛り上がりはするよな。とくに学園祭の軽音楽部のステージといった、ほとんどの生徒が頭をカラにして見られるような舞台では。
演劇はむしろ人数が少ないほど、役の演じ分けや、独壇場での立ち回りに目が行き、また細かいところも見やすいので、おぉ〜! となりがちではあるが。というか、高校演劇の中での群像劇はあまり映えない。観客も高校生が多い中で学生の群像劇は『自分たちの日常』に近づきすぎているし、大人の群像劇はリアリティがない。俺に言わせれば、高校演劇の演者は2人か3人でも十分である。
うちの『台本神』である鈴虫先生は、そういったテンポが悪くてキャラも立っていないものは書きたくも見たくもない主義らしい。鈴虫先生曰く、『僕の頭の中にはね、5人しか住めない。一度に5人のメインキャラしか出せないの』。脳みその容量の問題でもあるらしい。先生は5人出したら手一杯。あとはモブなら出せる……とのこと。
いや、これは決して先生の脳みそが劣っているだとか、5人しか住めないってその部屋は四畳半しかないんじゃあないのかだとか、そういう悪口を言いたいわけでは無い。俺の頭の中は1人しか住めないしな。役が。
閑話休題。
「曲は決めてんの?」
「セトリはこんな感じ」
天矢が学内学外問わず常に背負っているベースの袋の中から、セトリといわれる紙を取り出す。エクセルで作られた5×4という単純な図ではあるが、これはこれで分かりやすい。
セトリとは、セットリストの略称──アイドル系のサブカルチャーやアニメ方面に明るいオタク、またバンギャ諸君には要らない説明であろうが──で、コンサート中の献立のようなものである。セトリを献立とするなら、コンサートはコース料理。
要は、演奏する曲の順番を確認するためのものだ。
天矢が用意したセットリストは、もちろんTwitterの文字数では報告しきれないのでメモ帳に書いてそれをスクショしてライブ直後に上げるような、ああ、簡単に言ってしまえば、普通のライブほど長いものでは無い。
できる曲は『3曲』。軽音楽部に用意された時間は、前後の準備と片付けを合わせて20分なので、実質的な演奏時間は『約15分』。3曲は極めて丁度いい長さと言える。
選曲に関しては、天矢の好み全開って感じだ。
「ふーん。ま、学園祭だし規模は仕方ないとして……ほんと好きな、こういうの」
「お前も好きだろ?」
「大好き〜♡」
2人して、にへら、と笑う。
「さて、人数的にもセトリの曲的にも、お前は同時にギターを弾くことなくボーカルに専念できる。楽器の心配はいいとして……なあ、ボイトレって通える?」
「へのつっぱりはいらんですよ♪」
「自信あるなあ、よくわからん自信が」
「大丈夫。演劇部は合唱もやってるし、カラオケもしょっちゅう行くんだぜ」
「え、合唱? 演劇部なのに??」
天矢は全くもって訳が分からないといった顔をしている。まあ、それはそう。サッカー部が『うちバスケもしてるから手伝い行けるぜ』とか言い出したら、俺でも困惑する。
念のため言っておくと、歌うのにも演技力は必要で、歌が上手くなれば演技力の向上にも繋がるし楽しく練習できるんだ! その為には歌う側の畑の方々に頼った方が早い! と部長が言い出したのだ。
それなら私たちの高校の優秀な合唱部の歌を参考にさせてもらおう! ということで、我が虹ヶ咲学園演劇部は同学園合唱部に協力してもらっているというわけだ。
詳しくは#7、#13をご参照のほどよろしくお願いします。
「あとカラオケもボイトレみたいなもんだよ。ウチには歌姫がいるからな」
「ウタヒメ?」
「しずく」
「あぁ〜! スクールアイドル! ってお前、贅沢すぎだろ!?」
「使えるものは使う。舞台を良くするために動き始めた俺は、国家権力以外止められないよ」
「警察には大人しく屈するんだな。まあ、歌の練習はできそうで良かったよ」
でもウソはついてない。どうせ舞台に立つのなら、演劇部の時と同じ心持ちでいかなくっちゃあな。
『最高の舞台にするってのを、皆どこか履き違えてる気がするんだよな。全員の感情を意のままに操るんだ。舞台の……王になる。これこそが、客にも劇団にも、最高となるであろう舞台だ』──これは単に、俺の師匠の受け売りだ。そして、俺が舞台に立つ上でのモットーでもある。
「よ〜〜ッし。まずは形から入るぞ。ピアス開けてこい」
「無理無理無理無理無理!! 無理ったら無理よ!! 痛いじゃん!!」
「大丈夫、ピアスは友達。怖くない」
「安全ピンはやめて!! せめて保冷剤で冷やしてからにしてぇ〜!!」
「昭和か! 別にピアッサーくらい経費で買えるっつの! 軟骨にはやらねーしッ! 大丈夫大丈夫!」
「カフス……カフスがいいの……」
「お前、割と臆病なのな」
舞台に立てるからって、物怖じしない性格ってわけでもないからな。俺はまだ穴の空いていない耳をさすり、次の曲を入れる。
曲名は『MISERY』。これまたhideちゃんの曲だ。
「お前ほんと好きな〜」
「天矢も好きでしょ?」
「すき!!」
元気でよろしい。