緞帳ラインのバミテにつま先をつけ、腹いっぱいに息を吸う。
もちろん、その息を吐く時は、会場を湧かせるシンプルな魔法と共に。
「FOOOOOOOOOOOッッッ」
観客の声で空気が揺れる。俺の鼓膜と脳が喜ぶ、客の歓声と、舞台の匂い。
「盛り上がってますか学園祭ィ〜〜ッ」
軽くマイク越しに問いかけると、ガラス製のコップも割れそうなくらいに響く、全校生徒の声。夜間、通信の生徒も来ているので、普段よりも人口アップ。大迫力の観客たちだ。
鼓動が高鳴る。俺は思わず身震いをした。いや、身震いと言うには少し大きい動き。例えるなら、そう、濡れた自分の毛をふるって乾かす犬のような、そんな風に身をよじらせ、震わせる。
軋む木張りの床。幾度もの始まりと終わりを見届けてきた緞帳。揺れる1袖、2袖。中割幕も調子が良さそうだ。リハでもスイスイ動いていた。
スクリーンも綺麗だ。多少年季も入っているが、少し汚れているのが逆に垢抜けてない感じがしていい。農作業で汚れちゃった田舎の生娘って感じ。色んな意味で、俺は興奮しているぞ。
「今回限りとの噂の、幻のバンド。『ザ・ビーバルチ』、メンバー紹介に移りますッ」
マイクをスタンドごと片手で持ち、もう片方の手をメンバーの方に伸ばす。紹介パートだ。
「ベース、AMA-NAI」
天矢が見事なスラップを見せると、黄色い歓声が上がる。モテ野郎、天矢。流石である。
「ドラム、虹士」
俺は必死にニヤケをおさえ、メンバー紹介を続ける。
「コンピュータ・アンド・パーカッション、SEN」
だって。
「キーボード、KOZUE」
だってさあ。
「リードギター、iSSiKi」
舞台に立ってるんだぜ。
「ギター、座光寺丸」
ようやくだ。ようやく、だよ。高校生になって初めて、演劇部の皆様以外の『人前』に立ってる。
今まであんまり舞台に立っている描写が無かったもので、俺が演劇人というか、舞台人である説得力がなかったからな。これで安心して熟睡できる。
残すところの紹介は俺自身だけ。しかし、理事長も見ているところで穂村花火の名前を出す訳にはいかない。
だが、どうかご安心いただきたい。今の俺は、見た目だけで言えば穂村花火であるとバレようがないくらいの変装をしている。
衣装の方は、ただでさえ俺専用のヒーロースーツをしずく用に改造したうえ、また宇迦さんたちの手を借りるのは本当に申し訳なかったので、V系に精通している軽音楽部の面々に協力してもらいつつ作った。
なんと、作ったのはエナメルに近い素材のツルツルでテカテカの透明な幕が張ったウインドブレーカー。中は黄色い下地に、黒のファイア・パターンが入っている。これらも原作リスペクト、しかしごちゃ混ぜ、といったところである。
普段の俺ならともかく、髪をマゼンタに染めて、カフスもバチバチにつけた今の俺なら──まあ、これを自分で言うのは本当に恥ずかしいし、ファンに怒られるかもしれないが──そこそこに似合うのだ。
弾かないのに、何故かピックが何個か挟まっているスタンドにマイクを置き、観客の方を向く。
「…………期待のボーカル『
偽名にしては、中々にセンスがいいかもしれない。気づく人は気づくんじゃあないか、というレベルの名前にできた気がする。
「時間が無いんで、1曲目、いかせていただきます。『BLUE SKY COMPLEX』ッ」
歓声が一段落ついた後、マイクを握る。そして、思い切り、思い切り喉を開いてシャウトする。
「うぁぁぁぁぁあああああああッッッ」
俺が叫ぶと、舞台の袖から、この曲限定の助っ人吹奏楽部員が現れる。不気味に、ゾンビのように歩いてくる様は、まるでジークと無垢の巨人になったエルディア人。
この『BLUE SKY COMPLEX』は、細かいジャンル分けで言うなれば『ブラス・ロック』。ロックの音楽性を軸に、ジャズの要素を併せ持つ音楽である。この曲はトランペットパートが入っているので、軽音楽部のみではカバーできないところをカバーするために連れてきた人達が、吹奏楽部員である。
「青い空なんか!! 大ッ嫌いなんだよォォォォッ!!」
俺は今日一番の声で叫ぶ。シャウトというやつだ。
1回言ってみたかったのよ、これ。
1曲目から、ブラス・ロックといった、今の子じゃあ普段あまり聞かないような音楽ジャンルをするのは、俺らの中でも挑戦だった。後半の英語だらけの歌詞も相まって、邦楽っぽくないといった声もある。
しかし、まあ『湧く』のなんのって。
滑り出しの曲に相応しい、アップテンポ。それでいてノリやすい・手拍子がしやすいダンスチューン。練習がかなり必要だったが、早口でまくしたてるような部分もあるので、そこそこにレベルの高い演奏であれば盛り上がること間違いなし。
まあ、俺らがその『そこそこ』で済ませるわけはなく。高校生の軽音楽部ができる最高峰の演奏を目標に、毎日練習。
日曜日も練習していたので、きっとこの世界よりすごい物が出来上がるに違いない。そう言って、俺らはひたすらに手と足と喉を使いまくった。それもこれも『好き』だからだ。
学校が好きで。楽器が好きで。仲間が好きで。歌うのが好きで。hideちゃんが、大好きだから。
この魂の演奏に惹かれない、なんて奴は、血が通ってない。
そして、ラスサビ前のギターソロ。ギター担当のiSSiKiと座光寺丸が背中を合わせ、超高難易度の、高校の軽音楽部でやる必要はないとまで言われそうなほどの
これもひとえに『彼』への、『好き』の感情がなし得たワザと言えよう。
俺が青い空への八つ当たりを歌っていると、ふと、上手袖にアイドルらしき姿が見えた。派手な衣装。絞られた身体。スクールアイドル同好会とやらだろう。
しずくは、こちらから見て最前列。俺らの演奏をじっと見ている。特に驚くことも無いあたり、まだ『八尺炎=穂村花火』であることに気づいてないな、さては。
演奏が終わり、拍手の中ひとりだけ、SENが舞台袖へ。そしてメガホンを手に取り、俺に投げ渡す。それをしかと受け取ると、俺はマイクの電源を一度切り、メガホンでMCをする。
「えー、俺ら高校生。普段ならこんなでかい声で歌おうものなら、即先生に指導されますが……今日はそんな先生も含めて、とことんバカになれる日です」
観客から、『そうだそうだー!』『今日だけは自由だーッ』といった肯定のガヤと、大勢の鬨の声が上がる。
「踊る阿呆に見る阿呆、同じアホならなんとやら。皆さん、俺らとアホになっちゃいましょう」
天矢もといAMA-NAIが、続けてそう放つ。もちろん、イケメンスマイルと共にキラリと、キザに決める。黄色い声が目立って強くなった。腹立つ〜。
「2曲目はデュエットです。いやね、デュエットしてみたかったんですよ。ここで喋ってるの、俺かコーラスでマイクつけてるAMANAIくらいですよ? 寂しいじゃないですか。だからやりたいやりたいって言っても、AMA-NAIは歌わないカナリアという二つ名で通っているくらいです」
「聞いた事ありませんね」
「もう諦めて、ホントは一人でやるつもりだったんですが……俺がそんなワガママを言っていたら、なんとなんと。素敵なゲストが来てくださることになりました」
舞台上が暗転する。そして、ホール中にある光は非常灯を除き、すべからく一点に集中する。ホールのスポットライトを全て使った、舞台監督2年目って感じの安っぽい演出だ。
スポットライトが照らすは、大きなブランコ。舞台の上から吊るされて降りてくる、第2の助っ人。もとい、俺の友人。
黄色を基調とした衣装に、差し色のスカイブルーのスカーフ、白い手袋にカンカン帽。黒と白の水玉模様も入ったステージ衣装の彼女は、今回はスクールアイドルとして、ライブを大きく盛り上げてくれること間違いなしである。
普段から散々言っているが、なんというか、スクールアイドルとしての実力というのは、同じ『舞台に立つ者』として認めざるを得ない。
常に自分が可愛くなるということを意識しているので、当然殆どのケースで可愛さを求められるスクールアイドルという役には、元々向いているのだよな。
ブランコが降りきらないうちに、会場がざわめきに包まれる。えっ、軽音楽部のライブにスクールアイドル!? という驚きが大半だろう。彼女ほどの知名度のスクールアイドルが出てきたのも想定外だろうがな。
「虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会より、中須かすみさんですッ!!」
「こんにちは〜!! 世界一かわいいアイドルこと! 中須かすみ!! そう、あの『かすみん』で〜〜っす!!」
ギターのiSSiKiと座光寺丸がノリノリで入場を盛り上げるも、すぐにキーボードのKOZUEが、まるでカノンのAメロのような哀しくも美しい和音を奏でる。
「ありがとう、かすかす。おめでとう、かすかす。そしてさようなら、かすかす」
「早速退場!?」
どっ、と、客たちがひと笑い。狙い通りである。
「そろそろお前ん家門限だろ」
「門限15時の家なんかないよ!? あと『かすみん』ね!!」
「空条承太郎でジョジョなら、中須かすみはかすかすだろ」
「一理ありけり」
「竹取るな」
普段俺と話している時のテンション──自称、バラエティーモード──になるかすみ。先程の歓声とは打って変わって、ライブはライブでも、お笑いライブのような笑い声がホールに満ちる。
「もうっ、かすみんは歌いに来たんだから! アイドルとして! こんなしゃべくり漫才やってる暇あったら、メガホン貸して! メガホン!」
「かすかす、セット」
「えっ!? あ、ああっ! 舞台袖ね! はいはい! ごめんなさいね!」
取りに行くっていう手筈だったでしょうが。客の感情は思い通りにできても、演者や裏方のミスはどうにもならないものだ。
できるのは、せめて一見してミスがバレないように、アドリブでカバーしてやることくらいさね。
「これは失礼、てへへ。かすみんたらドジっ子で……」
「本当にこれで向くとは思わなかった」
「もしかして私のことガッシュだと思ってる?」
「ブリ食べるか?」
「食べないよッ!?」
俺が半笑いでコメントすると、かすみも舞台の上でテンションが上がっているのか、俺の腹を手の甲でビシッと叩く。こんな古風なツッコミやる人、今どき少ないだろ。
かすみは咳払いをし、メガホンを通して客に声をかける。
「さ、気を取り直して行きますよー! かすみんファンのみんなは、今回はペンライトじゃなくて、右手を振って応援してねーっ!」
「2曲目。いきます」
顔を見合わせ、互いに首を小さく振って合図を送る。
せーの。
「「『LEMONed I Scream』ッ」」
シャレオツなイントロから始まり、この曲の最大の特徴とも言える英詞を、かすみと共にハモりつつ歌う。軽快なメロディに、SENの叩くタンバリンがよく合う。
歌っている途中、吊るしものであるところのブランコが、上からふたたび降りてくる。
メルヘンなブランコに、全体的に黄色っぽくなった照明の雰囲気が、かすみによく合う。さすが、メンバーカラーなだけある。
サビに入ると、ボーカルの俺らはそのブランコに乗り、上へ、上へと連れていかれる。
リハーサル練習では、かすみが散々、高いだのスカート危ないでしょだの言っていた問題の演出ではあった。しかし彼女も、慣れれば案外楽しかったようで、本リハーサルには普通に楽しんでいたのであった。
曲のラスサビ前、ブランコが降り、俺たちはふたたび地に足をつける。そして、AMA-NAIとiSSiKiが俺たちを挟むように前に出てくる。
「さぁ、『ボックス』行きますよ! 皆さんもご一緒にっ!」
かすみがそう言うと、ほぼ全校生徒が席から立ち上がる。ある者は慣れた足取りで、ある者は見様見真似で、またある者は原型がないほどめちゃくちゃに、ボックスステップを踏む。
これは、ヒーローショーでも同じ手法がとられている『観客参加型』。
「1、2、3、4ッ」
よく、ヒーローショーのお姉さんが『みんな! 私がせーのって言ったら、大きな声で頑張れー! って言ってね! みんなでヒーローを応援しよう!』と、お決まりのセリフで子供たちを湧かせるだろう。
観客も共に盛り上がる、というライブにおいて最高の状況を、君たちは既に5歳ぐらいの時に通っているのだよ。
ちなみにiSSiKi、バンドメンバー随一の陽キャラであるが、ボックスは壊滅的である。
「ありがと〜〜!!」
この曲も、かすみの知名度と相まって、開会式、いや芸能人ゲストステージもかくやという盛り上がりを見せた。ごめんな、タイムマシーン3号。ハードル上げちまったわ。完全に場が温まってきている。拍手の大きさも、さっきよりずっと大きくなってきているし。
「皆さん、ありがとうございました。ご着席ください」
「さて、かすみんは同好会に帰るとしますか」
「お疲れ様」
「お疲れ、はな……ばなしい! 舞台! ありがとう!」
はな男って言おうとしたな、今。ダメだよ、今の俺は八尺炎だから。
「今一度、中須かすみに大きな拍手を」
メガホンを持ちながら、かすみは客席に向けて両手をぶんぶん振り、礼をする。
なんだかステージが様になっているあたりは、流石といったところか。同じ『舞台に立つ者』として、スクールアイドルは嫉妬してしまう程に場を盛り上げてくれるな。
温まった場の温度を下げさせんとばかりに、AMA-NAIが客を煽る。
「まだまだ行けるかオマエらァァァァァ!!」
くそっ、カッコイイな。
俺は先日見た映画を脳裏に浮かべ、メガホンをスタッフに渡し、スタンドマイクをしがみつくように持つ。
「俺の真似してみてください」
腹で、吸う。今や日常の行為と化したものだが、その効果はまさに『演劇の呼吸』。マイクを介さずとも大きく、声量をケチらずとも長く、安定して腹から声を出せる。
「VOOOOOOOOOHHH」
長めのシャウトを終えると、客が同じくらいの長さで叫ぶ。ホールが大きく揺れる。
「VVOOOOOOOOOOOOHHッ」
先程より長めに叫ぶ。なんとか客もついてきているようだが、絞り出したような声だ。
ふるいにかけてやる。
「うぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああッッ」
超・ロングトーン。長音ワンセットよりも長いロングトーンを放つ。叫んでいる途中で、思わず皆が拍手をし始めた。
「All right……!」
この流れは、フレディの真似だけどね。エーオ、のやつ。
「人間は記憶を失くします。良いことも、悪いことも、この世で自分だけしか知らない思い出さえも。一緒くたにされて、どこかへ消えます」
今までのMCは元ネタありきのオマージュ仕様だが、これは完全オリジナル。しかも、ここでMCなんて入る予定は無い。何もかもアドリブである。
しかし、言葉が出てくるわ出てくるわ。自分でもアドリブが止まらなくて困っている。メンバーも察してくれたのか、休憩に入ってくれている。ドラムの虹士は、気を利かせてくれ、エモいエイトビートを後ろで流している。優しい。
「でも、高校生活は一生モノです。高校時代の友達を、オッサンオバサンになっても大事にするように。自由を謳歌した高二の夏休みも。教室の隅で押し殺した『その番組見たよ』も。それもまた一緒くたになって、若さのまほろばは永遠に……俺らの心に残ります」
「……」
「忘れないでください。俺ら『ザ・ビーバルチ』の存在を。この学園祭を。この……素晴らしき、普通の高校生活を…………」
世の中には、『普通が普通でない』人もいる。戦禍、病禍に侵され、学びすら受けられない人もいる。友達と会うことさえ出来ない人もいる。ライブで声を出せない人もいる。暗いニュースしか伝えられないアナウンサーもいる。
だからこそ、今だけはそんな世の中のことを忘れたい。
泣かなければ笑えないように、笑わなければ泣けない。
俺たちは今、最高に平和で普通な高校生活を謳歌しているんだ。ゾンビウイルスにも、第三次大戦にも負けない『若さ』というパワーが、俺らを、会場を、学校そのものを包んでいる。
哀悼の意を表すると共に、感謝する。この世のすべてに。
「炎」
AMA-NAIが、俺の方を向いてつぶやく。催促だろう。
「……分かってるよ」
ああ。
終わりたくないなあ。
ずっと、このままで。いつまでも、幸せで。
中二の時に出た、中学演劇の関東大会でも、同じことを思ったっけ。
「時間的に、これが最後です。今日はありがとうございました」
一息。ほんの一息だけを吸い、俺は静かに曲名を告げる。
「『ROCKET DIVE』」
既に流されていた曲のカットインのように入る、勢いのあるイントロ。目がおかしくなるほどに激しく明滅するピンスポとホリ、前明かり。
俺は一通り舞台で小躍りし、へそを客の方へ向けて言う。
「『オハヨウゴザイマス』」
コンセプト:宇宙人。これは企画段階で決まった、今回の俺のパフォーマンスの方針である。
俺が今回歌ってきた曲全てを手がけた、別名『赤い髪のエイリアン』。俺は、彼を『この身に降ろす』ことはできない。なぜなら、役を身に降ろして完全に自我を無くす『0%型』は、俺の場合は無意識に発動されるからである。俺はたまに『0%型』を使っているようだが、任意での発動はほぼ不可能である。あの型は、燃やしずくみたいな強靭なメンタルありきのスタイルなのだから。
しかし、『俺の中で生きている彼』と、『共に演じる』ことならできる。二人三脚、『50%型』の醍醐味だ。
さすがの有名曲。会場の盛り上がりも、もうすぐ最高潮に達しようとしている。
ラスサビ前の、ギターソロ。
「聞こえるかい」
「!!」
上手に呼びかけた。
俺は下手に立ち、座光寺丸と背中を合わせて、上下に揺れてリズムをとっている。座光寺丸が、死ぬほど練習した苦手なフレーズを笑顔で弾いているのが見える。
「俺だよ」
上手袖に立つは、スクールアイドル衣装の面々。しかし、俺のねらいは、ただひとり。
「花火くん!!」
何年待ってみても、俺らは暇をするだけだろう?
クヨクヨせずにいこう。俺はもう、そう決めたんだ。
前を向いて、ロケットのように。
『アディオス……!!』
飛び出すんだッッ。
「アツイよ!! 穂村く〜〜〜〜〜んッ!!」
「……炎ファン」
「うんうんっ!! ファンになっちゃった!!」
「ん……確かに、『アツい』。璃奈ちゃんボード『メラメラ』」
「ぐぬぬぅっ……か、かすみん達も負けませんよぉっ!」
そうだろう、そうだろう。なにしろ俺は高校演劇第三世代で最もアツい男。穂村花火だぜ。
演奏が終了すると、大きな雷のような拍手が鳴り、それが指笛とアツいコール、狂喜乱舞の叫び声に混ざる。お台場をも揺さぶるような、まさに天地鳴動。
「はな男……いや、ほむ男が暖めてくれたステージです!! 皆さん、気合い入れて行きますよッ!!」
袖で虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会が気合いを入れている。いいことだ。何かに影響されて、何かを始める。これもまたいいことだ。
「俺は、とある事情が巡り巡って、ここに立っています」
キーボードとコンピュータが合わさり、教会のパイプオルガンのような音が響く。
「思い通りにいかないことが沢山ありましたが、結果的に俺は、こうやって皆さんの前で。胸を張ってね、歌っているわけです。これって、どうであれ最終的にトンデモうれピーことなんですよ」
メンバーが次々と、袖に向かっていく。『はけ』の時間だ。
俺はマイクを精一杯握りしめ、八尺炎としての最後の一言かもしれない言葉を紡ぐ。
「これから僕らは、それぞれ普通の学生に戻って、日常に帰ります。でも、近いうちに……またお会いできたら、その時はまたよろしくお願いしますね」
AMA-NAIが最後に舞台からはけ、十数秒。沈黙の中、俺は天を仰ぐ。
「青い空の雲の向こうに、僕たちは帰ります。思い出の中の俺たちに。そして、思い出の中のあなたたちに。ごきげんよう、ごきげんよう。さようなら、さようなら』
「…………ッ」
『また、春に会いましょう』
俺はそう言い、背を向ける。次に会うのは、いつかも分からない。会えるかすら分からない。
「少年の目が、燃えた」
「え?」
だから。
「彼の『領域』か」
「ぶ、部長? なんでここに……」
もうちょっとだけ、いてもいいかな。
「アンコールッッ!!!」
「えッ!?」
「しずく! 一緒に行くよ! 私たちの声は、ダイスキを遠くまで届けるためにあるんだッ!!」
「え、は! はい!!」
いつの間にか、しずくの後ろには部長が立っていた。
舞台袖から聞こえた、中学演劇を含めれば6年間もの期間、演劇をしている部長の全力をもってのアンコール。それはホールの隅から隅まで聞こえたようで、手拍子と共に、アンコールを求める声がだんだんと大きくなる。
「さあ皆さん!! 少年をスタァライトしようッ!!」
「あ、アンコール! アンコール!」
「ふふ」
「大合唱だなァ」
「いいね。いいよ、みんながひとつになってる」
客席に背を向け、奈落に向かった俺は、『再演の声』に応えて振り返る。そして、マイクのある位置まで全力で走る。
時間がないと言ったな。あれは真っ赤な嘘だ。ベリー・ベリー・レッド・ライ。
メンバーが走って袖から出てくるのを確認し、俺はスタンドからマイクをぶんどって言う。
「アンコール1曲目ェ!! 『ピンクスパイダー』ッ!!」
もちろん、用意してるさ。三部作全て。『ever free』まで、な。
「きゃ〜〜ッ!!!」
舞台の上からは、そんなしずくの叫び声がよく聞こえた。
─────────
「穂村さん」
「んー?」
「3つはやりすぎかなあ」
「何が?」
「兼部」
「はは、せいぜい助っ人終わりにしといた方がいいよ。大変だったらありゃしない」
「ふふ。頑張ったもんね? ボーカル」
「えっ!? なんでバレてんの!?」
「あっ、演技をわざとわざとらしくしてる。わざとらしい演技の演技だね」
「それもバレたか〜ッ」
「ふふふっ、あはは」
「えっ、どした、急にそんなに笑いだして」
「やっぱり穂村さん、『生まれながらの喜劇役者』だね。周りを引き込んじゃうんだもん」
「なんだそれ」
「んふふ」
「……呼んでくれたんだろ?」
「ん?」
「聞こえたんだ」
「ふふ。そうなの?」
「はは。そうなの」
「バレたか〜!」
「うわ、わざとらしい演技の演技うまっ」
シャケでいいじゃん、シャケで。
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