「随分嬉しそうだったね?」
「そりゃあ嬉しいだろぉ〜!!」
「あんなにデレデレしちゃって」
「や、デレデレはまた違うけども……へへっ」
先輩の美少女生徒会長にニンマリしてるみたいに言われるのは、ちょっと心外だな。シチュエーションだけならラブコメにありがちなものだが、俺はしずくだけにしかデレデレしないぞ。
俺はただ単に、ラークラとの出会いに心から感動しているだけだから。マジで貴重なんだからね、3次元で出会えるラークラ。
璃奈、会長と別れ、俺たちはミュージカルの会場へ再び歩き始めた。
「璃奈さんとは、いつ知り合ったなの?」
「ああ、ちょっとキャンプ行っただけ」
「キャンプ!?」
「ん。お互い、キャンプの漫画にハマっててよ」
「て、テントで!? 同じテントで寝たの!?」
「なんで急にテントの話になるの。同じテントだけど? 璃奈はビギナーだから、道具がそこまで揃ってなくてさ。俺の持ってるやつを貸したんだよ」
しずくは俺の話を聞くと、ふらっ、とヨロけるように足がもつれる。
「女たらし!」
「同好会の数人と仲良いだけでその称号貰うの!?」
「変態! ヒモ! バンドマン!」
「ああっ、変態以外しか否定できない! むしろ変態はもっと言って欲しい!」
とりあえず、しずくは世の中にいるありとあらゆるバンドマンと名のつく人々に偏見を持っていることが分かった。そんな誰もが高校卒業してすぐ上京して路上ライブしつつ女の家を転々としてるわけじゃないんだけどな。
罵倒されているのが、今いる地下道でよかった。人通りがなく、思い切り罵られやすい。
「せつ菜先輩ともすぐに仲良くなって……璃奈さんとは、もう付き合ってると思っちゃった」
突飛な言葉に、首を傾げる。付き合ってる、とな。
「好きなわけないじゃん、俺のことなんか。何言ってんの」
「! …………」
何やら驚いたような顔をして、しずくはこちらをじっと見る。睨む、に近い視線だ。
当たり前のことを言っているだけだ。特に睨まれる覚えは無いので、気のせいだろうか。
「つーかさァ、俺のこと好きな人っているの? そりゃあ、俺は人を好きになるけど、俺を好きになる人なんて……役者としても『神楽』さんや『日丸』さん、『燃』に『光良』さんには遠く及ばない、この俺を……」
言いかけたところで、しずくは俺のシャツの首元を掴む。手元をぐいと寄せ、顔が一気に近づく。気のせいではなかった。どうやらしずくは怒っている。
心臓のBPMが、体感180ほどになる。
これから明るいミュージカルを見るという時に、雰囲気を崩されたくなかったのだろうか。そういう人もいるだろうな、と俺は納得し、両手をあげて降参のポーズをとる。
「ごめんな、暗い話して。嘘コクされてブルーになってるとか、そんなんじゃないから。いやまあ、嘘コクされたことはあるけど、そんな事では凹まないぜ、俺」
「花火くん」
「ん?」
「自分のこと、好き?」
「……俺は俺のこと、嫌いだよ。だから、俺のことを好きでいてくれる人と一緒にいたいっていうかさァ。あっ、そうだ、そういう話をしたかったんだ、そうそう」
しずくはひとつ、ため息をつく。様々な感情が複雑に態度、声にあらわれている中に、呆れが混ざっていることに俺は気づいた。
胸ぐらを掴むしずくの手に、かぶせる形で俺の手をのせる。
一触即発。下手なことを言えば、しずくはこれ以上の怒りや悲しみを表に出しかねない。既に通行人の注目をそこそこ集めている以上、こんな所でケンカをするわけにはいかない。
「落ち着けよ」
「なんで嫌いなの?」
「何もかもだよ。お前は、自分のこと好きなのか?」
「…………そこまで嫌いじゃない」
「しずくはもうちょい自己評価高くていいと思うけどなあ」
「キミこそ」
「いやいや!」
俺はしずくと違う。しずくは皆に愛されていて、大女優だから。
そして俺は、昔から精神の柱になっている一言を、何気なく口にした。まるで自分の子供に、父親がおやすみなさいと告げるように、自然に。笑顔で。
「俺、人としての価値が普通の人よりも下なんだ」
そう呟いた瞬間、鋭い痛覚が頬を襲った。
前に顔を殴られたのは、いつだったかな。たしか、中学生の頃だったか。
しずくは、俺の頬を打った手のひらを見て、腕を震わせる。それをもう片方の手で掴み、彼女は崩れ落ちた。
「言い過ぎだよッ……」
「気に障ったか。ごめん、しずくのことを貶したつもりはないんだ。許して欲しい」
「キミはキミ自身を……貶しすぎだよ」
声までも震わせながら、しずくは力なく、そうこぼす。俺はどうしていいかも分からず、壁に背中をつけ、浅く息をつく。
何秒か間をあけた後。こちらに飛びかかり、しずくが叫んだ。
「私の大好きな穂村花火をバカにしないで!!!」
「!!?」
かつてないほどに近づいた彼女の顔は、溢れてこぼれ落ちた涙に濡れていた。
「貴方までバカにするの!? 私の大切な……大好きなものをッ!! あの日、言ってくれたじゃん!! 私はもう花火くんの前で演じるのをやめたの!! なのに貴方はずっっっとそうやって!!」
「ちょっ、待って! いや頼むから待ってくれ! 待ってくださいこの通り!」
「簡単な言葉で自分を語らないでよ!!」
「待てって! いや、ちょっと落ち着け! 聞いてくれ!」
本当なら俺が壁におさえつけて落ち着けたいところだが、今の体勢としては、俺がしずくに壁ドンされているので身動きをとることもままならない。
俺はどうにかこうにか、しずくのフリースタイルお気持ち吐露の隙をつき、どデカい疑問を投げつける。
「……俺を好き、って何だよ!?」
「好きじゃない!! 大好き!!!」
「節穴か! 主に目が! 俺のどこに好きになる要素あンだよ!」
「大体が大好きだよ!! そうやって自分を下げるところ以外は大好き!!」
答えになっているような、なっていないような。俺が言っているのは、俺の大体に、好きになるようなところが無いじゃあないか、ということだったのだが。
俺は、がらんどう。空っぽの人間だ。アニメ、漫画、小説……そういった知識は頭に入っているものの、俺という人間は、人間性がないのだ。だから、好きになるも何も。そんな要素がひとつもない。
人間性が無いからこそ、空っぽだからこそ、役を簡単に演じられる。それはしずくも、よく分かっているはずなのに。
俺は素も何もない、つまらない人間なので、役の最中に声のブレがない。ギャグに笑ってしまうことがない。ただ、どうすれば自分という演者を魅力的に見せられるか、それによって舞台がどうやってより良くなるかを考えるだけ。俺の行うアドリブは、俺の意思で行われているわけでは無い。舞台全体を汲み取った、言わば舞台の意思に基づいて行われている。
つまるところ、俺は『舞台装置』。近年のハーメルンにおける二次創作作品のオリジナル主人公に見られる、自我のない、物語を進めるためだけにそこに存在している舞台装置なのだ。
海老原学院の三ノ宮光良さんは、部全体の方針ではあるものの、それ以上に舞台に妥協を許さないことから、よく演劇サイボーグと呼ばれている。それなら、俺は演劇アンドロイドだ。元から空っぽの人間だったから、役の器である演者に生まれたから、人間を改造したサイボーグというよりも、元から人間型の機械であるアンドロイド。
俺の唯一の長所。それは、経験を元に何かを演じることができる、ということだ。それしかない。
だから、今までの俺は全て俺では無い。見てきた全ての作品から抽出された、当たり障りのない舞台装置だ。
ただ、演劇に出会ってからは、少しだけ自我らしい感情が芽生えた。『舞台で目立ちたい』というものだ。本当に、それだけ。
面白いものを演じて、目立つだけ。それだけの存在なのだ。だから俺は中学の時、部の顧問に『お前は独りよがりだ』と言われたのだ。そうに違いない。
「やめろよ」
「……」
「急に、そんなん言われても分かんねーよ。俺、ずうっと人間のランクで言えば底辺の方だと思って生活してたんだぜ。地球平面説が立証されたような気分だ。相対性理論が否定された気分とも言える」
「花火くん!!!」
「えっ!? はッ、はいッ! 花火ですッ!」
でも。
「友達以前に、私は人として好きなの。穂村花火のことが……キミにとっては、私は大事な友達でも、仕事仲間でも……同級生でも…………私は…………キミを……ッ……」
しずくを前にして、俺は初めて、穂村花火という人間になれた気がした。
「私をも"っと頼ってよ!! なんで話してくれ"なかったの!? 私、もっど花火ぐんのこと……知りだがっだっ!!」
しずくがいたから、俺はなんだか普通の、ランクも中くらいの人間として生きてみてもいいんじゃあないかと思い始めてきた。しずく以外にも交友関係が増え、遊ぶ機会も多くなった。学園祭のステージに立ち、思い切り歌った。俺はもう、劣等感を感じる必要はないんじゃあないかと。
でも、そんなのは思い上がりだ。俺は考える度、すぐにこの結論にたどり着く。
「自分から逃げきれてないんでしょっ! 私たち、みーんな花火くんのこと大好きなのに"っ! それを見て見ぬふりする花火くんは酷い"!! 酷すぎる!! 自分をっ"……卑下しなきゃ…………自分を保てないからってッ!!!」
顔をぐしゃぐしゃにして、サンケイ新聞意見広告事件の絵かと思うくらいにはぐしゃぐしゃにして、しずくは俺を見下ろす。
「……花火くんには、当事者意識が無さすぎる……っ……褒められても、叱られても……どこか、別の世界のことみたいな顔して……」
「ど、どういう事だそれ……?」
「花火くんは……すごいのに……っ」
泣くなよ。俺なんかのために。
俺が泣かせたみたいじゃんかよ。
「ばか……ばかっ、ばかぁ……」
しずくは絶えず涙をこぼしながら、力の抜けきった拳で、俺の胸を叩く。
そうか。
みたい、じゃあない。俺が泣かせたんだ。当事者意識がない、という言葉の意味がよく分かった。俺は今も、しずくの髪を嗅ぎたいし、毛穴のひとつひとつを舐めとって綺麗にしてあげたいし、頭皮の向こうの頭蓋骨に直接触れてみたいとも思っている。しずくの髪を毟って、編んでマフラーにしたい。あまりにも責任のない、当事者意識のない、クソみたいな思考が脳内にある。
彼女に対しての申し訳なさはある。だが、それは社会で生きるために学校や親から教えられた価値観に沿おうとしている薄っぺらな理性だけが駆動しているが故の思考であり、心の底からは、そもそも自分が泣かせてしまったという自覚すらもないのだ。
本当に、自我のない舞台装置が、思わぬ怪我を演者に負わせてしまった時のような……。
しずくは下を向き、俺の身体に頭をこすりつける。俺はそんな彼女の頭を撫でて、謝りたかった。しかし、その資格が俺にないことは、自分が一番分かっている。
「こんな私たちまでバカにして、自分を下に見る花火くんなんか……キライっ………………」
そんな言葉を、喉の奥から出し、彼女はへたりこんでしまった。
そうかよ。俺のこと、もう嫌いかよ。俺は、『俺のことを好きになれないぶんまで、しずくのことを好き』だったのだが。
ああ、この気持ちを素直に言えばよかったのか。
明日の部活、休むしかないかな。しずくには、もう笑顔で会えないかもしれないから。そんな考えが頭をよぎった時、俺の頬にも、涙がつたって落ちた。