片時雨の下手で   作:苗根杏

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#3 王様

「お邪魔しまぁ〜〜〜す。先生いるー?」

「ごめんくださーい」

「…………はいよ。部長……と、花火クンかい」

「どうも。お久しぶりです」

 

 屋上の手前、ちょっとした踊り場のような所に、虹ヶ咲学園演劇部台本担当・『鈴虫先生』のアトリエはある。

 

 先生といっても、この人は顧問ではない。趣味で書いている小説(悪役令嬢もの)が、とある小説サイトでバズりにバズりまくってしまったことから、先生と呼ばれているそうだ。ちなみに自称はしていないらしく、むしろやめて欲しいと言っていたらしいが、2年生の時に諦めたんだとか。

 

 名前は『鈴虫 修舞(すずむし-おさむ)』。気づけば名字より名前の花火と呼ばれてしまう俺とは反対に、名前より名字のインパクトが強くて、そっちで呼ばれてしまうタイプらしい。

 

 3年生、普通科所属。前に見たのは、部活に入った時にした、自己紹介の時くらい。同じ科だし、少しくらい廊下で見かけそうなモンだが、これがそうもいかない。

 

 ある時は学校の敷地スレスレの、環境デザイン科の実習林までスケッチに行ったり(なんと自分の小説の挿絵を自分で描いている!)、かと思えばある時は教室から全く出ずに黙々と原稿用紙に向き合っていたり。

 

 しかしそれも大抵は一時間ともたずに外へと散歩に出てしまう遅刻常習犯……と、届け物をしに来たら不在だった時に、クラスメイトの方が話してくれた。

 

 ひとつの場所にじっとしているのはせいぜい2時間くらい。外界からの刺激を求め、インスピレーションを頭の中に降らせるため、彼は何でもかんでも自分の作品の糧にしてしまうのだ。

 

 なんつー高校生だよ。

 

 およそ5畳のスペースに作られたアトリエの、入口の壁とドアは、何重にも重ねられたダンボールで出来ており、既に秘密基地然としたオーラに男心がくすぐられっぱなしだ。

 

「わっ」

 

 恐らく手作りであろう、木製の『部員以外立入禁止』のプレートがかかったドアを、部長が開ける。初めてアトリエの中を見た俺は、思わず声が出た。

 

 少しアタマをかがめて入ると、まず目に飛び込んできたのは、壁一面を彩る、世界中の数多の絵画だった。その壁のスキマを埋めるように、有名な小説の一節を引用したのだろうか、見た事のある文も入り交じって、明朝体がぎっちりと書かれている。おそらく手書き。

 

 窓はなく、明かりは上の蛍光灯から貰っている。床には、気を抜けば踏んでしまいそうなほどに、様々な資料が散乱していた。なんらかの学術的なレポート? (物理学であることは分かる)、アニメの神作画をフレームごとにまとめたもの、子供向けの絵本なんかも落ちている。

 

 よく見れば、マンガやカルト系映画のポスターが名画たちに紛れて貼られてあったり、戯曲が詰まった本棚の上にはプリキュアや仮面ライダーやギャバンあたりのフィギュアが所狭しと並んでいらっしゃる。

 

 真ん中のちゃぶ台に目を移すと、床の資料を端にどけて、俺たちの足の踏み場を作ろうとしている鈴虫先生がいた。入る前に靴を脱ぎ、持参のスリッパに履き替えようとすると、再び作業に戻ろうとしていた先生が言った。

 

「ここは裸足オンリー。スリッパも土足」

「あっ、そうなんですね。ごめんなさい」

「あと足元、なんか踏まないようにね」

 

 それだけ言って、彼は作業を始めた。初日と同じ、ぶっきらぼうな態度でいらっしゃる。

 

 執筆に集中しているから、仕方ないといえば仕方ない。俺が悪いんだし。

 

「お菓子、ここ置いときますね」

「何?」

 

 原稿用紙から目を離さないまま、先生は言った。

 

「アルフォートと、歌舞伎揚げ。あと、手に汚れつかないタイプのチョコ。しずくが選んでくれた」

「ありがと。今度はポテチがいいな」

「1番手に汚れつくお菓子!」

「飲むからね」

「飲むんですね!?」

「あー、そんな食べ方してたな……」

 

 庵野秀明監督みたいなことしてるなあ。

 

 先生はヘッドホンをつけ、作業を再開した。シャーペンではなく、鉛筆を使っている。ガリガリと紙を削るように書く音が、途切れ途切れに聞こえる。見てみると、2Bでもかなりクッキリとした濃い字なので、筆圧が極めて強いらしい。

 

 俺はしばらく、部屋の『美術館とハードオフの間の子』のような、心地よい雰囲気に浸っていた。部長と「これ全部私物ですか」「大体は。友達とか部員、先輩の置き土産もある」なんてコソコソ話をしている間にも、先生の集中力は途切れることはなかった。

 

 どうやら、先代の台本担当もココを使っていたらしい。先生は2代目だそうだ。ただ、今年度中で後継者が現れなければ、3年生である鈴虫先生は引退し、このアトリエを使う者が現れなくなってしまう。仕事場として使ってもらう『3代目台本担当』が欲しいのだとか。

 

 引き継いだ暁には、このアトリエにある大抵のモノは置いていってくれるらしい。先生のものだけではないし。

 

 ここで何かものづくりができるってのは、なんだかオシャレで素敵だとは思う。台本作りにも興味あるし。まあ、俺は高校演劇では演者一本だろうけど。

 

「あーあー! やめだやめだ! 休憩ッ!」

 

 ヘッドホンをちゃぶ台の上に置き、先生は伸びをした。

 

「あぁ、お二人とも。なんか飲み物出すよ」

「俺は大丈夫です」

「麦茶とアールグレイ、あとコーヒーはある」

「私、コーヒーで。ミルク入れてね」

「キミも部長の図々しさを見習いたまえ」

「ず、図々しさて……」

「……麦茶でお願いします」

「そうそう、後輩はそうでなくちゃな」

 

 少し口角をあげてみせる先生。部長も「変に意地張る方が生意気だからねえ」と、俺の肩を背もたれにして笑う。

 

 なんか、優しくないか。部長はもとより、無愛想だった先生も。

 

 お湯を沸かすポットと、ガスコンロ。それと、屋上から引いてきた水道水が出てくるホース。一人暮らしに不自由がないくらいの調理器具と食器(洗う場合は手洗い場を使ったりする)。小さな冷蔵庫、ちょっとしたレンジ、キャンプで使うような飯盒炊爨セット。

 

 学内には2箇所、コンビニがある。敷地の外にも、大きなショッピングモールがひとつ。本当に最低限の生活はできそうなものだ。食べ物関係だけでも、袋麺・カップ麺、お米、調味料、ラップ、ホットケーキミックス、コンビーフはある。

 

 これらは半ば非常食みたいな扱いなので、たまに部員数人で消費期限の切れそうになっている食べ物を食べる会が半年に1回ある。小学生の時、たまに乾パンと水持ち帰る時があったでしょ。アレみたいな感覚。

 

 ゾンビウイルスが蔓延したら、俺だけでもここで暮らすことにしよう。

 

 ちゃぶ台の上に置きっぱなしの原稿用紙を見てみると、さっき見たものより、1行だけ台詞が追加されているのが分かった。思えば、ほぼほぼペンを動かしてなかった気もする。悩んでいる時間がほとんど。

 

「地道な作業でしょ」

「ですね」

「彼は作業こそ違えど、皆と同じ苦労をしてるんだ。ただ適当に原稿用紙を埋める作業じゃあない」

「それはまあ、分かっているつもりです」

「花火後輩は、台本の創作経験はあるんだっけ?」

「小学生以来やってません」

 

 といっても、小学生時代の俺の作品は、台本とも呼べないような、ひどい出来ではあったが。

 

 俺と部長の会話を聞いて、振り返らずに先生は、お湯を沸かしながら言う。

 

「やろうとはしてたんだな」

「は、はい」

「で、どうしてやめた? 向いてなかったとか?」

「照明に目移りしちゃって」

「今からでも遅くない」

 

 背中を向けたままだが、彼の言葉はこれからの虹ヶ咲学園演劇部、その先の不安を孕んでいるように思えた。二つ返事など迂闊にできない、そんな雰囲気が漂う。

 

「今は役者に専念しているので。余裕が出てきたら、それも選択肢の1つかと……」

「やっぱり花火くんは役者かい」

「そうそう。先生、スゴいんだよ花火くんたら。私なんか追い越されそう」

「いや、部長はこの部で揺るぎないトップじゃあないですか」

「言うねぇ。部長ポイント、1つあげる」

 

 貯めると白い皿とかが貰えるんだろか。部長ポイント制度は、入部時には説明されていなかったな。

 

 ちなみに先生も知らないらしい。部長曰く、平成31年度5月29日より施行されたとのこと。今日じゃねーか。

 

「部長さん、そういう唐突にして適当なウソをつくからな」

「えへへ」

「褒めてないんだよな〜〜」

「この前、適当な星を3つ指さして『デネブ、アルタイル、ベガ。あれ、夏の大三角ね』って言ってました」

「supercellに殴られるぞ」

「戦争をしましょう」

 

 話してて分かったのは3つ。

 

 ひとつ、先輩たちの世代が物語シリーズに結構ドンピシャであること。もともと演劇部はオタクor変人の2択なので(個人の感想です)、小学生か中学生あたりから物語シリーズは触れていてもおかしくない。俺も傷物語劇場三部作から入ったクチだし。

 

 ふたつ、鈴虫先生は思ったより気さくな性格であること。変人ではありそうだが、オタクでもあるのだろうが、無愛想でもあるのだが、一度話してみれば、結構話しやすい。ひょうきんな一面もあったりする。

 

 みっつ、部長の言葉を安易に信用すると後で『え、嘘だけど』とあっけらかんと言われたりしてしまうこと。これも最初は威厳のありそうな、キリッとした目付きに凛々しい短髪のカッコイイ部長のファーストインプレッションからは予想もできなかった面だ。

 

 

#3

王様

 

 

 ほどなくして、先生はお盆を持ってきた。載せているのは、上品な雰囲気のコーヒーカップ。魚の漢字がびっしり書かれた湯のみ。そして湯気の立つ『どんぶり』。

 

「お待たせ」

「うん、ひとつ立派なラーメンが見えるね」

「塩味。みんなもいる?」

「俺、欲しいかもです」

「あっちにあるから、自分でお湯沸かしてもらって」

「了解です。ゴチになります」

「男子高校生、よく食べるなぁ〜」

「こんくらい食ってねーと、やってられねーよ。なぁ?」

「ですよねー」

「もう打ち解けてるし……」

 

 円滑に、フレンドリーに。たとえ薄っぺらくても、今はこの人間関係は助かるのだ。

 

 ヤカンに水を入れ、ガスコンロの上に置く。そのうち甲高い音が鳴るだろう。今は、待つのみ。

 

「これが、最後かもしれないから」

「そーだねぇ。私もそんな感じかな」

 

 ハインリッヒーズの鼻歌をごきげんに唄いながら、先輩たちの方を振り返ろうとすると、そんな会話が聞こえてきた。

 

 最後、というのは、3年生の引退試合ともなる大会のことだろう。

 

 高校演劇にも、大会はある。知名度は極めて低いが、地区大会(ひとつの都道府県で2〜3グループほど)、県大会・または都や道や府のそれぞれの大会、地方の大会(北海道・東北・関東・中部・近畿・中国・四国・九州)、全国大会。大まかに分けて、4つのステージがある。

 

 それぞれの地域でブレはあるが、4つの大会はそれぞれ7〜10月、8〜11月、11〜1月、そして次年度7〜8月に行われる。今いる3年生は、たとえ今年度は全国大会まで勝ち上がれたとしても、その頃には既に卒業しているので、必然的に出場はできない。他の運動部や文化部と比べても異例である。

 

 高校演劇でしょ? なんて馬鹿にしてもらっては困る。決して規模が小さいわけではない。甲子園と比較してみれば、甲子園に出られるのは、全国の高校野球部の約4500校のうち49校。いっぽう、演劇の全国大会の母数は約2000校と劣るものの、出られるのはそのうちの12校。

 

 割合に直してみれば、甲子園は『1.1%』なのに対し、高校演劇全国大会は『0.6%』。明らかに狭き門である。プロ級の演技や演出をもって、高校演劇部は0.6%の、そのまた1/12への挑戦を続けてやまないのだ。

 

 下手な演劇を高校演劇と呼ぶ人に教えてやりたい。下手な野球は高校野球と呼ばないくせに。

 

 世間での演劇部の扱いが悪すぎるため、少し悪意のある文章になっていたら申し訳ない。

 

 とにかく、先輩たちの引退試合の早いか遅いかは、俺たちの活躍にもかかっている。せめて関東大会までは、行けるところまでは行きたい。

 

 下手すれば、大会の時期には既に、進学なら入試、就職なら就活がある多忙な時期に突入し、学園祭のステージが引退試合になる3年生もいる。俺たちは、都大会なんかで燻っているわけにはいかんのだ。

 

 ここら辺の詳しい知識は、俺が昔に演劇を教わった『師匠』からの受け売りである。まだ高校演劇の方の大会は参加したことないもん。

 

「だからって、こんなに思い詰めなくても」

「焦るよ。多少は」

「結局、A案とB案はどっちが優先?」

「混ぜるか、書き直すか」

「……欲張りさんめ。で、今書いてたのは全く新しい案なのかあ。できるの?」

「もうできてるよ。頭の中にはね」

「点と点を線で結ぶ作業がどれだけ辛いかは、分かっているつもりだ」

「でも、できればゼロから書き直したい」

 

 新入部員の俺でも分かるほど不穏な空気と会話内容だ。しかし、何故か2人とも、その口元は笑っているように感じた。キャリア故の余裕だろうか。歴戦の勇士らが、嵐の中ででも歌って酒を飲んでいるような、そんなビジョンが頭に浮かんだ。

 

「でーきたできた。コショウください」

「あいよ」

「いただきます!」

「……花火くん」

「なんです?」

「花火後輩は、さ。シリアスの方が好き?」

 

 部長がちゃぶ台に頬杖をつき、コーヒーカップをゆらゆらさせて言う。

 

 この前の、台本の好みがどうとかの話だ。俺は塩ラーメンを口に含み、考えてますよと言わんばかりに唸りながら、きちんと2〜30回麺を噛んで飲み込んだ。

 

 それから麦茶を1口飲み、俺は極めてシンプルな回答をすることにした。

 

「俺が目立てるなら、如何様にでも」

「……ね、言ったでしょ。筋金入りの役者だって」

「本気か、花火クン」

 

 なんだか目付きが鋭くなったような、でも口角は上がりっぱなしの先生と目が合う。

 

 本気も何も、これが俺が演劇部で演者をやる一番の理由だし。理念というか、自分の中に一本の筋を通しているというか。俺のする大体の行動は、俺が舞台に立ってお客さんを笑わせたり、泣かせたり、驚かせたりするための何かだし。

 

 だって、お客さんってテレビの視聴者とは違って、舞台を見たくて来てるわけだ。『見たい』と心から思っているから、見に来る。その人たちに、俺らが『見せたい』と感じるのは至極当たり前のこと。

 

 それに、『見たい』と『見せたい』の噛み合う時ほど、気持ちいいことはない。俺らのリピーターなら特に。

 

「決まり」

「え?」

「思い切ったコメディにする。主人公はとびきりバカの演劇部員で、演劇の台本の案を出そうとするも空回り。そこに周りの部員が集まってのドタバタコメディ!」

「おお、ありがち。でも、役が学生なら演じやすそう」

「できるかい、花火クン」

 

 主役の指名。

 

 部員全員がグルで、俺を騙そうとしてるんじゃあないかってくらいの筋書き。

 

 しかしまあ、演じられるかと聞かれた時の答えは、決まっているようなものだが。

 

「やってやれないことはない! 俺は、人生に一本筋を通したんです!」

「おおっ」

「フフ」

「なんでもやってやりますよッ! 俺、目立ちたいですもん!」

 

 丼を持ち、麺をいつもの1.5倍くらい多めにすする。そしてどんぶりを両手で持ち、スープを一気飲みする。塩気の多い、味濃いめのスープが、コショウの丁度いい辛味と一緒に喉へと流れる。

 

 俺なりの覚悟のあらわれとして、どんぶりをちゃぶ台に置く。原稿用紙は避けて。

 

 ここ数年でも有数の勇気を出し切った、はず。普段の俺なら萎縮して黙り込んでいてもおかしくない。先輩たちからのプレッシャーってんじゃあないだろうけど、俺の中の演者魂が先輩たちのソウルに応えたのだろう。俺もよく知らないが。

 

「ならば花火くん。私たちと一緒に、学園祭のステージに立とう……たとえ雲間も見えない昼も! たとえ雨音の止まない夜も! 私たちは心から、演劇部員なのだから!」

「ええ、部長! 俺、輝きたいですッ! あの舞台に憧れて、俺はここに立っている!」

「フフフ……日常会話でエチュードするあたり、根っからの『演劇人』だ…………『超新星』花火クン、それにこの3年来の付き合いの『演劇バカ』も……」

 

 部長、エチュード好きなんだよなあ。『最後の第二世代』のひとりは、いつの数倍は爽やかな笑顔で、俺に語りかける。

 

 どんぶりを持った『最後の第二世代』のもうひとりは、呆れつつも、狭い足場でエチュードに興じる俺たちを見て笑う。そして、息を吹いて十分に冷ました麺をすすった。

 

「……一味の方が合うなあ」




おやゆび姫は、足の親指くらいしかない。一寸法師の。


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