片時雨の下手で   作:苗根杏

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#30 カジャラさん

 

 

「いやあ、演技って本当に面白いものですね」

「なに、金曜ロードショーの真似?」

「はい……?」

「あっ、別にしずくは水野晴郎さんを意識したわけじゃないと思います」

「よく通じたね」

「通じるか分からないのに言わないでくださいよ。昔の金曜ロードショーなんて知りませんよ普通。映写機のおじさんでさえ知らない人がいるというのに」

 

 何年生まれだよ、というボケに呆れている俺の横で、しずくはずっとウロウロしながら元ネタを探っている。

 

 そのしずくと和解した翌日、つまり今日。俺は夏休みの練習に本格的に参加し始めた。鈴虫先生が、とうとう『地区大会用台本』の『初稿』を完成させたのだ。

 

 今回はその台本の通しでの練習の日。俺は顧問から台本とその少しの修正箇所、音響と照明のきっかけ合わせに、出る幕と側を教えて貰っていたので、即参戦可能だ。

 

 といっても、いきなり実際に通してみるのはいくらなんでも無茶が過ぎる。

 

 まずはシーンごとに区切って、ゆっくりとセリフのスピードや他の演者さんの演技を、言ってみれば舞台そのものの雰囲気を、掴んでいくことになる。

 

 俺一人の劇への参加のために、ここまでしてくれるとは思っていなかった。正直、申し訳ない気持ちとありがたい気持ちでいっぱいだ。

 

「ごめんなさいね、ほんとに。お騒がせしました」

「まあ、それくらいの投資価値はあるからね。私達も、いい復習の機会になるし」

「ありがとうございますッ」

「にしても、仲直りできてよかったよ」

「……重ね重ね、マジでお騒がせしました……」

「まったく。痴話喧嘩に翻弄される部員の身にもなれよお」

 

 俺が頭を下げると、部長の横、ちょうど肩のあたりから、少し身長が部長に負けている鈴虫先生が顔を出す。

 

「えっ、先生も知ってたんですね!?」

「当たり前だ。心配したんだぞ」

「ええ……」

「ちなみにほとんどの人が知ってる。もちろん顧問も」

「少年もすっかりしずく好きの印象が定着してきたねえ。だからこそ、今回はヒヤヒヤしたけど」

 

 ここぞとばかりにニヤニヤと俺に寄ってくる部長と先生。

 

 その後ろにいる、ゲンドウばりに光るメガネを──ゲンドウは厳密に言えばサングラスだけどね──かけたヘンテコおやじの姿を、俺は2人よりもいち早くとらえた。

 

「おはようございます!」

「ん。おはよう」

「えっ、顧問!? いつの間に後ろに!?」

「紅葉、ディスってる?」

「あ、別に影が薄いとかじゃないです! ごめんなさい!」

 

 咳払いをすると、顧問はバインダーに挟んだスケジュール表を見ながら、さながら成歩堂龍一のように手を動かしつつ練習メニューを話す。

 

「さて、今日は基礎練をした後にゆっくりとした通しを1回。その後は普通の通し練習を2回やろう」

「おお、夏休みから気合入ってますねえ」

「まあ修舞の脚本は、こっちの演技が出来上がった頃に大幅変更が入るんだけどね〜。このこのぅ」

「小説感覚で脚本を修正するクセ、なんとかならないのか。修舞」

「たはは、申し訳ない……」

「全く……まあクオリティは保証されているから、いいんだがね」

 

 そう言いながら頭をかく先生を横目に、顧問は俺にこう告げる。

 

「ということだ、穂村。『セリフ』と『仮決めの動き』、『出捌け』、音照の『キッカケ』は覚えたか?」

「あっ、はい。『全員分』覚えています」

「「んえっ!!?」」

 

 会話の流れで自然と出た言葉に、部長と先生が一斉に振り向いて、驚いた顔をこちらに見せてくる。俺からすれば、中学の頃からずっとやってきたことだ。この程度でドヤ顔はしないが、一応真面目な顔は作っておこう。

 

 顧問はどこか疑わしそうにしながら、俺に聞く。

 

「……どんなトラブルにもアドリブで対応出来る、とでも?」

「ええ、そのための俺です」

「18ページ5行目」

「『ああ、コミュ障のエルサだ。魔法関係なく引きこもってる』」

「あ! それ新羅(3年・演者)のセリフ!」

「お前、マジで他のやつのセリフも覚えてるのか……」

「ええ。動きも含めて、です。台本を覚えるとは、演者に限らず、本当に全ての箇所を把握するということだと、俺は思っています」

 

 部長も流石にセリフは覚えているからか反応はできたが、先生は普通にドン引きしている。

 

「穂村、それは中学で?」

「いえ。教わったわけではなく独学です。生意気でしたでしょうか」

「いや……穂村の言った通りだ。演者に限って言えば、自分のセリフだけを覚えればいいというものではない」

 

 演者にとってセリフとは、一人語りでない限りは誰かとの『会話』になるだろう。生活している時の会話とは、相互の意思があってのものだ。

 

 相互に思ったことを相手に対して言葉としてかけるから、それは対話になり、つまり会話になる。

 

 その会話を、演劇という舞台の上でのものにするには、自分のセリフだけを覚えるのではなく、自分のセリフの前後にあるセリフ、ひいてはそのシーン全体を捉えることが大事になってくる。

 

 今ここで述べたのは、あくまで台本上にあるセリフの部分のみでの、台本全体を覚えるべき理由だ。演者それぞれの動き、音照──音響と照明のこと──の出入りのタイミングなども覚えなければならない。

 

 これらを総合してスムーズに行うようにするための第一歩、あくまで第一歩のところで出てくるのが『台本に書いてあることの全てを覚える』ことなのだ。

 

「穂村……お前の高校での初舞台だ。気合いが入るのも分かるが……」

「初舞台だからこそ、父と同じ轍は踏みたくないんです。だからこそ、俺はここで全員をカバーしつつ全員を引き立て、完璧に立ち回ってみせます」

「……そうか。『自分0%型』(たまに出るアレ)は、どうなった?」

 

 顧問の今の言葉は恐らく、学園祭の役決めオーディションのときや、この前久しぶりに部活に来た時に言われたときのことを指している。

 

 つまり、俺の『演技に没入すると無意識に自分0%型の演技になる』という癖について、顧問は話しているのだ。

 

 この癖は、俺の身を滅ぼしかねない。『自分0%型』は、自分の精神を完全に殺し、役に身を委ねるという演技の流派なのだ。

 

 燃以前にあった既存の用語としては『メソッド演技法』があり、それをさらに洗練して現代風にアレンジし、精神崩壊の可能性を少しでも減らすために開発されたのが『自分0%型』だ。

 

 そんな昔より安全な憑依型の演技法『自分0%型』とはいえ、演劇に触れず、舞台の過激さを知らずにマトモに生きてきた者がこの流派の練習を少しでもすれば、精神力を大幅に使い、精神そのものが削られる。体力だって、『自分100%型』よりも多く減る。

 

 俺は演劇には多く触れてきたが、精神力が他の人と比べて雑魚も雑魚、クソッカスだ。ラブーンを預かっている。

 

「それはクロッカスね」

 

 違った。ワニのサンダルか。

 

「クロックスだな」

 

 部長と先生はなんで俺の心を読めるんだろう。

 

 とにかく、俺には向いていない流派なのだ。己の中身と真っ向から向き合い、メンタルをすり減らす『自分0%型』(親父の流派)は。

 

「どうやったら出なくなるのかは分かりません。自分の無意識に出るものなので……」

「なあ、穂村。ぼくはお前を危険な目に遭わせたくはない」

「大丈夫ですって。本番までに制御してみせます。たとえ、『燃のように舞台で散る』としても」

「はあ!?」

「少年……本気で言ってるのか……?」

「…………」

 

 燃の死に際について話した俺を、三者三様にドン引きした目で見る部長、先生、顧問。

 

 流石にそこまではして欲しくないようだ。顧問が正気を疑うような顔でこちらに言う。

 

「桜坂は大丈夫なのか。もしお前がここでいなくなれば、桜坂を置いていく形になる」

「そうだよ少年。それを聞いたしずくは悲しむよ……必ず……私たちだってッ」

「しずくやあなた方が舞台にいれば、かつ俺が楽しければいいんですよ。それに、今の会話は聞かれていません。だって、ほら」

 

 気づけば、しずくは舞台の上をうろうろしながら腕組みをし、ブツブツと何かをつぶやいている。先生は「セリフ練習か?」と口にしたが、俺は首を横に振った。

 

「よく聞いてみてください」

「へ?」

「……金曜ロードショー……昔の……?」

「あ、ずっと引っかかってた! ごめんね、後で元ネタ見せるから! そっか、アレ普通に何年も前だもんね!」

 

 しずくのもとに行く部長と俺を横目に、顧問と先生は話す。

 

「あいつは逸材だ。イカれていると思ってしまうほどにね」

「演キチは、いつの世にもいるものですねえ……」

「修舞もそこそこ演キチだよ」

「えっ、マジすかぁ? アザっす」

「あんまり褒めてないんだけどな」

 

 最高の褒め言葉が耳に入ってきたものだから、俺は誰にも聴こえないくらいの声で、ボソッとつぶやいてみた。

 

「散ってなんぼの花火だぜ」

 

 

#30

カジャラさん

 

 

「いただきま〜〜っす!!」

「いただきますゥ」

「おおーッ、おっきいね! はな男!」

「挨拶と逆じゃないか、リアクション?」

「いただきますから入った方が、つかみとしていいかなって。アイキャッチ明けの」

「あのタイトル出るとこをアイキャッチだと思ってる? この人……」

 

 かすみは、周りの人達の中でも特に第四の壁を認識してる節がある。なんか普通に怖い。

 

「ん、美味しい」

「だよねだよね!」

「ごめんな、前々から声かけてくれてたのに断り続けちゃって。一気に忙しくなったもんでな……」

「えへへ。いいよいいよ! 元は、はな男を元気づけるためのものだったんだから。ま、はな男もすっかり元気になって、夏休み楽しんでるみたいで安心したよ〜」

 

 お前は俺のおふくろかよ。

 

「なんでお前が心配するんだ?」

「え、なんでだろ……なんか、他の人よりもはな男のことを意識してるつもりは無いんだけどさ。それこそ無意識に……心配になっちゃう、っていうか。色んなちょっとしたことが」

「ふうん。ま、メーワクはしてないし、別に心配してくれる分には有難い。それはそれとして」

 

 俺は、かすみの唇の横。いつも俺にいたずらをする時に、いたずらに釣り上げる口の端に手を伸ばす。

 

 かすみは突然のことに驚いたのか、大きく見開いた目をぎゅっと閉じてしまう。

 

 人差し指でかすみの口の端に、そっと触れる。そして俺は、小さなひとかたまりの生クリームを拭き取るように指につける。

 

「へぅ」

「ははっ。何、今の声。可愛い」

 

 半ばムキになっているのか、かすみは腕を組んでそっぽを向く。この方、可愛いって言われると喜ぶ人じゃありませんでしたっけ。

 

「む……は、はな男の可愛いは信用できません〜」

「なんだよ、嬉しくないのか?」

「う、嬉しく……なくはないっ。てか、なんでそんな俺様系主人公みたいな言動なの!」

「え? そう? 特に昨日、少女漫画を読んだとかそういうのじゃあないんだが」

「じゃあなんでそんなにカッコイイの!? おかしい! またなんかの漫画に影響されてるって!」

「……カッコイイか? 俺ェ……」

 

 確かに、今のは別に『クリームついてるぞバカ』の一言で済んだ話ではある。別に俺が取ってやる義理などない。

 

 しかし、それはかすみが俺に対してここまで真摯に向き合ってくれているからこそ、俺なりに冷たくない態度を取ったという、言ってしまえばそれだけの話だ。

 

「だってほら! 今のクリーム取ってくれたはな男よりカッコイイ人なんてそうそうい……」

 

 かすみは机に両手をバンとつき、いつものように俺に大きな声で反論をしようとする。しかし、続ける言葉に詰まったのか、かすみは突然口に手を当てて黙ってしまう。

 

「……ん"ッ!!!??」

「どした、小骨でも入ってたか?」

 

 数秒のフリーズの後、彼女は珍妙な鳴き声と共に、思い切り仰け反る。

 

 稗田八方斎のように地面に激突しようとした、かすみの頭。それを支えるように現れた手は、青いパーカーに覆われていた。

 

「パンケーキに小骨は入ってないと思うよ」

「あ、璃奈。おっす、先食べてるぞ」

 

 見るからにフルーツたっぷりの、このドデカレインボーパンケーキ(10枚重ね)が、シーフードなパンケーキではないことは知っている。

 

 昨日の話で璃奈は、上原歩夢先輩──しずく経由で我が校のスクドルの名前はあらかた把握しているので、彼女のことも勿論知っている──と仮入部中のレトロゲーム同好会に顔を出してから来るとのことだった。

 

「それなんだけど、私はもう帰る」

 

 はずだ。

 

「え"!? なんで!? 3人で食う前提でこのデカさにしたんだけど!」

 

 この量は流石に2人では食い切れる気がせん。俺は席を立ち、思わず後ろ歩きで離れようとする璃奈の方へと向かってしまう。

 

「……頑張って。ラブコメ見てるくせに鈍感な穂村花火さん」

「ええ〜……急な悪口……」

 

 確かに人の善意とか悪意とかに鈍感だとは、前にしずくに言われたが。

 

「かすみちゃん」

「…………ふぁい」

「やっと気づいたね。自分の本心に」

「……りな子……かすみんより前から気づいてたの……?」

「ん」

「…………どうしよう。かすみん、ホントに……」

「ヘタレちゃダメ。自分に正直になって」

「……ん、がんばる……」

 

 本当になんの事か分からない会話をし始めた。『このテープもってないですか?』を見ている気分だ。

 

 なんだなんだ、今更俺に隠し事か。普段なら言葉に出すのもはばかられるほど漫画のおとぼけキャラっぽいセリフを堪え、近づいてみるも、2人から同時に手でぐいと遠ざけられる。

 

「私は、この争いには参加しない。私が花火くんにしてあげられることは、周りの女の子からの好感度を教えることと、浮気したら腕を折ることくらいしかないから」

 

 璃奈は、かすみの方にボソボソとつぶやくと、こちらを振り向いて言う。

 

「それと、花火くん」

「はい?」

「花火くんのことが、前から好きだった」

「…………」

 

 無表情だ。いや、いつもそうだよ。いつも無表情だけど。しかしだね。この言葉を放ちつつ、こんなに無表情だとは、天体観測してる戦場ヶ原ひたぎかよと思わざるを得ない。

 

「えっ」

「はぁ!!? ちょっとりな子!!」

「あの日、私をキャンプに誘ってくれた時から、一目惚れ。付き合って」

「なになに待って待ってわかんないわかんないわかんない」

 

 璃奈がこちらに、ゆっくり、しかし一歩ずつ確実に近づいてくる。心做しか、頬が赤らんでいるように見える。

 

 あわあわと次の言葉を選んでいるうちに、璃奈は俺の胸にたどり着き、そこにぽすっと頭をうずめる。

 

 俺には桜坂しずくという、心に決めた人がいる。抱きしめてやることも、その告白にYESの返事を返すことも、とても俺には出来ない。さながらカリオストロの城のラストシーン。こんな危機的状況でさえ、アニメの例え話しかできない俺は多分頭が終わっている。

 

「ちょっ……あ、あのねえ!」

 

 かすみは既に、俺がしずくのことを世界一好きだと知っているはずだ。さすがに止めてくれるか。璃奈には気の毒だが、俺の代わりに引き剥がしてくれ。

 

 現実味が無さすぎて、かえって冷静になっている俺は、そんなテレテレパシーをかすみに送る。

 

 しかし。

 

「かすみんの方がぁ!! ずっと前から、好きだっちゅーのぉ───────ッ!!!」

「……なんて?」

「あ〜の〜で〜す〜ね〜〜……!!」

 

 予想外にも程がある言葉を、彼女は店のど真ん中で叫んだ。

 

 固まる俺。ふうっと息をつく璃奈。思ったよりも生暖かい視線を送ってくれる空気を読んだ(つもりの)店内の客とスタッフ。

 

 これはエチュードじゃあないんだぞ。散れ。いや、店内でこんなことを初めてしまったのは俺たちだから、そんな言葉を言える立場では少なくともないのだが。

 

 璃奈は俺から離れ、かすみの背中をこちらに押す。

 

「言えたじゃん。かすみちゃん」

「あ、ジョイマン」

「韻は踏んでない。花火くん、まじめに聞いてあげて」

「あっハイ。ごめんなさい。真面目な雰囲気だと、つい」

 

 璃奈に静かに諌められたオフザケ眼鏡の元に、かすみは俯きがちに静かに歩み寄る。こんなに女の子と距離が近い時間が長かった日など、舞台での接触を除けば一度たりともなかった。

 

 俺のモテ期は幼稚園で終わったはずだ、眼鏡をかけ始めてからモテ期は終わったはずなんだ、と自分に言い聞かせ、余計な欲情を蒸発させる。

 

 真面目に聞くぞ。真面目に。

 

「……は、花火さん! 穂村花火さん!」

「えっ、フルネーム……てか名前……」

「いいから!!」

「あっ、ハイ」

 

 俺の後ろで、鈍い音が響く。

 

 壁際に追い詰められた俺を、かすみが囲むようにして逃げ場を塞いだ。両手を開き、俺の脇の下をくぐるように壁に当てている。

 

 そういう壁ドンもあるのか。という悠長な考えには至らなかった。かすみの、身長に比例して俺よりも短い腕は、壁につけるのが精一杯。皆さんが想像しうる壁ドンよりも少し無様な格好になっている。

 

 具体的にどういう格好かというと、かすみの胸が俺の腹に当たっているといった感じである。

 

「なになになになに!? 触れてる触れてる!! 身体と身体が!!」

「えっとね……その……私たち、もう……『仲良い友達』ってカンジ……だよね」

「まあ、もうすっかりそうだなあ?」

「…………一歩、そのライン。超えてみない?」

「ん?」

 

 首を捻る俺に、なかなか彼女は答えを言ってくれない。察して、とかいうのは苦手なんだよ。ほとんどのアニメや漫画と違って、テンプレートというものがないから。

 

 いや、本当は。

 

 本当は分かっている。彼女が何を言おうとしているのかを。ただ、俺のような下郎に向けられるべき言葉ではないため、俺の想像できる唯一の答えは消去法で除外されたのだ。

 

 舐めるな、オタクを。このくらいのシチュエーションなぞベタだ。テンプレとして使い古されているわ。それは流石に分かるよ。

 

 俺が、今からかすみに告白されそうな雰囲気だってことくらいは。

 

「もっと密接な関係になろうよ、って言ってるの」

「んん??」

「友達……以上に……」

「んんんん???」

「だからぁ!!」

 

 告白なんて、するわけないんだもの。スクールアイドルとして人一倍意識の高いかすみが、こんな公然の場で。

 

 後で2人きりの時に言ってくれれば、こいつが告白をするかもしれないぞという可能性も膨らんだだろう、しかしこんな状況で、かすみが愛の告白なんてのをするだろうか。

 

 いや、するはずがない。この俺が、個人的にクサイと思ってあまり使わない反語法まで使って言っているんだ。違いない。

 

「……す…………」

「す!?」

 

 なに。本当に告白する気かよ。

 

 さっき言ったスクールアイドルがどうこうってのもそうだが、この俺の事を好きでいてくれる人なんて。この俺の事を完璧に理解してくれる人なんて。

 

 桜坂しずくという、俺の理想のヒロインしかいないはずなんだ。

 

 あと、かすみ。お前、タイプの人を芸能人で例えて、松潤って言ってたろ。俺はどちらかといえば大野くんだ。

 

 少し苦笑いする俺を見て、かすみはうるうるした目を一度食いしばるように閉じる。

 

 そして、今の俺と同じような表情で、こう言った。

 

「……『すっごく仲良い友達』になろうよ」

 

 かすみは、俺が知っている限りの彼女史上一番重苦しいトーンで、俺にそう告げた。

 

 俺は反射で肩の力が抜け、身体がだらんと前に倒れそうになる。なんだかすっかり気が抜けた俺は、どの博多とんこつラーメンよりもストレートな彼女の髪を、頭ごと両手でわしわしと撫でてやる。ピクルみたいに脳震盪状態にしてやる。豆腐をこぼさないようにするんだな。

 

「うりうり」

「んにゃあ〜〜っ!」

「何を言うかと思えば、真剣にそんなことを……」

「バカにしてない!?かすみんはね!勇気を振り絞って──」

 

 ひとしきり頭を撫で終わった俺は、彼女の言葉を遮るように、脳天をぽんぽんしてやる。普通は一瞬で嫌われてカエルになってしまうような行為だが、かすみはなんだか頬を赤くしながら俯いている。嫌ではなさそうでよかった。

 

「……こちらこそ、よろしく?」

「〜〜〜ッ……!!」

「ははは、なんか告白みたいだな。コレ」

 

 自分から茶化しにいってしまった。本当に告白するつもりで、急遽内容を変更したのなら完璧に地雷発言だ。

 

 しかし、まあ。かすみが俺を好きになるはずがないので。ここはひとつ、ね。こういう空気、なんか真面目っぽくてヤなんだよ。

 

「うう、すっごい恥ずかしかった……」

「なんでそんなに緊張してたんだよ?」

「それはねえ! ……人の苦労を知らない人には、教えてあげないっ……!」

「なんじゃそりゃ」

 

 答えになっていないような、しかしそれでいてなっているような、でもやっぱりなっていないような、そんな曖昧な解答をするかすみは、いつの間にか席に戻っていた。

 

 こんなことを言っているが、俺は普通に嬉しく思っている。告白でないにしろ、こんな俺と『すっごく仲良い友達』になりたいと言ってくれるなんて。頑張って生きてみるもんだな。俺は果報者だ。

 

 ひと息つき、周りを見渡すと、先程までの生暖かい視線は未だにかすみに向けられている。

 

 お前ら、ここにマブダチが誕生したんだぞ。スタンディングオベーションでもしないか。分厚い本を片手に奇天烈な口上と共に祝ってくれてもいい。王様にでもならない限りは無理そうだが。

 

 そして、もうひとつ周りを見て気づいたことがあった。璃奈が既に店を去っている。

 

「あれっ、璃奈は?」

「ホントだ、もういない」

「アイツ、なんか突拍子もなく付き合ってとか言ってたのに」

 

 さてさて、このパンケーキをどう攻略してやろうか。タッパーでも持ってくるんだったな、FRESHの序盤みたいに持って帰ってやろうか、と考えていると、スマホの通知が鳴った。

 

 スクスタのLPでも回復したのか、と思い開いてみると、そこには璃奈からのメッセージが表示されていた。

 

 内容は、こうだ。

 

『花火くん。告白受けてくれて、ありがとう。彼女として似合う人になるよう、頑張る。よろしく』

 

 おっとぉ〜〜〜。

 

 おいおい。LP満タン通知って、こんなにサービス旺盛だったかよ。オタク大歓喜じゃあないか。

 

 ……。

 

「もしかして俺、もう璃奈と付き合ってることになってる……?」

「あぁぁあ〜〜〜〜〜!!? りな子ぉ〜〜ッ……!!」

「ヤバい、またしずくに踏まれる!!」

「踏まれる!!?」

「あっ、やべ。口外禁止だったわ、これ」

「ちょっと何!! 踏まれるの!? 他の女の子とイチャイチャすると!! 何!!?」

「違う違う、その……顔じゃない。腹だから」

「そういうのを聞いてるんじゃない!! もう……もうっ!!! しず子とりな子の、ばかぁ〜〜〜〜っ!!!」

 

 

 暗転。

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