「ぱしゃり」
「?」
しずくがそう言った後、スマホのカメラの音が鳴る。かき氷の屋台を眺める俺の横顔を撮ったらしい。
「なんだよ」
「いい笑顔してたから」
「SNSには上げるなよ〜」
「どうしよっかな」
「フリではないからな!」
俺のニヤケ顔を全世界にばら撒く気か! インスタのストーリーにしろ、せめてッ。
「花火くん、普段あんまり撮られたがらないよね」
「俺が古くなっちゃうからねえ」
「椎名林檎さんと同じ理由……ギブスだ……」
俺がカートでお前がコートニー。
「生がいいんだよ。テレビより舞台、みたいな?」
「あ、その理論は分かるかも」
しずくと手を繋いで歩く鎌倉の夏祭りは、人でごった返していた。コミケかと思った。艦これ島に行きかけた。
かき氷を片手に、しずくの暖かい手をもう片手に歩いていると、金魚すくいの屋台を見つけた。
「懐かしいな。子供の頃にすくった金魚、5年くらい生きたんだよね」
「めちゃくちゃ生きたじゃん」
「久しぶりにやってみたいな」
昔飼っていた金魚を懐かしみつつ、子供用プールと思われる場所で泳ぐ金魚を見るしずく。
これはいい所を見せるチャンス。昔、地元の夏祭りで10匹くらいすくったことのある俺に任せておけ。俺は店主に100円を払い、ポイをもらう。
見たところ紙の厚みは5号といったところか。強くはないが、そこまで悲観するほどの弱さでもない。
4〜7号までが主に屋台で使われるポイだが、数字が若いほど分厚く強い紙になる。その中で5号といえば、最も屋台で見られるような強さの紙。ほどほどの強さである。
「よし、任せろ。北千住の金魚すくいの鬼とは俺のことだ」
「北千住代表なんだ」
「都大会で負けた」
「都の壁は厚かったんだね……」
「あと普通にゲレンデの女王って呼ばれたりもする」
「えっ!? 広瀬香美さん!?」
「ポイ・ミーツ・ガール♪」
「冬の歌の人なのに金魚すくいの歌を歌ってる……」
ちなみに金魚すくいの大会は本当にある。奈良県の大和郡山市で毎年行われているらしい。
「クク……もっと大きな金魚を狙いませんか? フンがゴロゴロ出るような金魚です」
「フンがゴロゴロ……?」
「島崎健一です」
「あぁ、聞いてないです。干支は?」
「ドラゴンです」
「え、辰年をちょっと誇りに思ってる!? しし座をライオンって言う小学生みたいな!」
よそ見をして地面師ボケをしながら、俺はポイをプールに潜らせる。すると、1秒経つか経たないかくらいでポイの紙に、大きめの金魚が猛スピードで向かってくる。そのまま激突。紙は破れてしまった。
「…………」
しずく、頼むからそんな目で見るな。気まずそうにこちらを見るな。
「しずく。東京の金魚つかみの鬼とは俺のことだ」
「手づかみで取ろうとしないの! あとさりげなく都大会で優勝しないの!」
「火中天津甘栗拳!!」
「らんまにハマってるのは分かったから!」
ちなみに、金魚つかみという概念自体は本当にある。東北あたりで大きめの大会があったはずだ。
「こんなに早くポイが破れるなんて、きっと妖怪の仕業に違いないよ。ね、ウィスパー」
「え? あ……ゴホン。いやいやぁ〜、そんな妖怪は見たことも聞いたことも……」
「いた!」
「ウィス──ーッ!?」
突然モノマネを振ってくるしずくに、俺は慌てて声をチューニングしてちょけている時の関智一さんの声真似をする。
「花火くん、ウィスパーもできるんだね」
「えーっとですねアレはですねぇ? 知ってますよ知ってますともええ……あれはですねえ、妖怪デカ金魚〜でもなく妖怪ポイポイ破りマン〜でもなくぅ〜……そう! 妖怪ポン骨!」
「よく覚えてるねそこまで!? というかアドリブがすごい……」
「しずくも割とできるんだな、ケータくん……」
「妖怪メダル、セットオン!」
「似てるな〜!」
「古典メダル使うから口にウォッチ入れていい?」
「俺の口に腕を突っ込んでも零式にはならんぞ!?」
思わず周りが本人かと思って、または気が狂っているのかと思って振り返るほどのクオリティと声量を出す俺たち。
「ホント、なんのモノマネでもやってくれるね……」
「そりゃもう、欲しいところに好きなだけ」
「え!? レディスアデランス!?」
しずくは無念に打ちひしがれる俺を見て、そんなに難しかったっけな、と100円でポイをもらう。
「やってみる」
「ふっ、すくえるものならすくってみなさい」
腕を組んで見ていると、しずくは適当な風に、えいやとポイを振る。すると、いつの間にかもう片方の手に持っていた容器には、金魚が悠々と泳いでいた。しかも2匹。
「んふふ」
龍書文の貫手くらいの居合にも見えるそのポイさばき、見事。俺は素直に拍手をする。
「いいスクールアイドルってやつは、動物に好かれちゃうものなんだから」
「ピエロが見える……」
「いい目が出ろよぉ〜っ!」
「4か。残念、ハズレだ」
「池田さんの声真似もできるんだ、花火くん」
「お前がハンタを履修済みなのが驚くべきことだろ」
そろそろ原作ファンからキャラ崩壊について色々言われそうだ。
「メルエムが一番好き」
「うーわ解釈一致……」
屋台の主人から貰った金魚袋に2匹を入れて、俺たちは再び歩き始める。
「名前、どうするよ」
「ん? この金魚の?」
「そう。金魚の」
「名前を付けるからには、花火くんの名前も入れたいよね」
ん?
「……私からも1文字とって、『
「おお……そうだな」
「ふふ……♡」
子供の名前決めてんじゃないんだぞ、と言いたくなったが、自分から言うのも恥ずかしいのでやめた。いや、ネーミングセンスに不満はないぞ。ただ、その。やっぱり顔は赤くなるぞ。
「私たちの……ふふふ…………っ」
「そんなに嬉しいかよ」
「とっっても!!」
それから俺らは、食べ物を買ったり。
「おお、チョコバナナ。いいじゃん」
「えへへ」
「俺は唐揚げ食べたいな」
「屋台の唐揚げってなんかすっごい美味しいよね」
「わかる〜」
その食べ物を半分こしたり。
「2個くらい食うか?」
「ありがとっ。私のも、食べかけだけどよかったらいる?」
「…………えと、その……」
「あ、照れてる〜」
「照れてない。はむっ」
「えっ!?あ、ああ……お……美味しい?」
「お前が狼狽えるなよ!?」
今更間接キスに照れたり。
「チョコバナナ、苦手?」
「いや! 好きだから大丈夫! めっちゃ好き! 嬉しいぞッ!」
「無理しないでね」
「ははー、そんなわけないだろぉ」
そこから些細なことでドキドキしたり。
「お風呂の匂い、まだ残ってる」
「シャンプー?」
「んーん、入浴剤。私がよく使ってるやつ」
「あー、あれそうだったんだ」
「花火くんから、私と同じ匂いがする……」
「……気持ち悪い?」
会話の選択肢でミスったり。
「もう、ばか」
「なんで!?」
「どっちかというと、気持ちいいよ」
「え!? マジで何なんだよッ! 怖いなあ!」
屋台の唐揚げがどうしてこんなに美味いのかで議論したり。
「なんか調味料とかあるのかな」
「愛……夢……」
「あ、目に見えない成分の話ね」
「ドットドットスラッシュ……」
「え!? Yeah! めっちゃホリディ!?」
ぶらぶらとしているうちにたどり着いたのは、人が立ち止まる川べり。俺らは草むらに腰を下ろし、買ってきたあれやこれやを食べる。
「久しぶりだわ、こういう祭りって」
「そっか……ね、ねえ花火くん」
「ん、何?」
しずくが次の言葉を口にしようとした瞬間。
夏の夜空の空気を切って、八尺玉が上がる音がした。口笛のように軽快な、甲高い音。
俺としずくは同時に、慌てて斜め上の方向を見た。そこでは、本日のメインイベントでもある花火が上がり始めていた。周りもこぞって空を見上げている。
火薬のはじける音が地面を揺らし、腹の底にズムズムと振動を伝える。
3つ上がったひとつの軌道が曲がっていたり、ひとつが遅れて咲いたり。一瞬で消えたり、枝垂れて長く残ったり。色んな花火が上がっている中、俺はしずくに大きな声で聞き返す。
「なんて??」
しずくは手を横に振りながら──どこか慌てているようにも──「や、やっぱり何でもない。何でもないの」と答える。
「なんなんだ」
俺は流し目で彼女を見る。そこで気づいたのは、しずくは花火を見ているようで俺の横顔ばかり見ているということだった。
「やっぱり……言うね。花火くん、きれいだよ」
「……えっ、あ……っざす……」
「ほんとの花火みたい」
綺麗という褒め言葉を自分に使われたのは、人生で初めてだ。こそばゆい。可愛いと言われるよりも恥ずかしいかもしれない。
しずくは「花火……って名前、いいよね」と噛み締めるように言う。自分でもそこそこ気に入っている名前の由来を、俺はそういえばと思い返す。
「俺の名前、さ」
「ん?」
「オヤジが、2秒で考えたらしい」
「一瞬で思いついたんだね」
誇張抜きでそのくらいのスピードで決めたらしい。母さんもじいちゃんもそう言っていた。
ただ、それ以外の候補をねじ伏せるほどに完璧な命名でもあったと言っていた。
「こっちの花火ってさ。上がれば、デカい存在感とデカい音で、みんなが振り向くだろ? で、その花火に多かれ少なかれ時間を割いて見蕩れる」
「そうだね。誰でも見上げちゃうもんね」
「俺にも、そういう風になって欲しかったんだそうだ。俺を見る者全てが魅了される。そんな……演者に……」
上がる花火に手をかざし、手も届かないのに握ってみる。
「とびきり空高くまで昇って、みんなを惚れさせる。そんなアツい花火に、俺はなりたい」
真面目な話をするのに慣れていない俺は、「なんてな」と言いながら彼女の方に向き直ると、しずくは体育座りのまま、既に俺の方を見ていた。
蕩けたような目で、俺を見つめていたようで。
「カッコイイね」
それだけ言って、満足したようにニコニコしながら、上の花火へと視線を戻す。
こつ、と、互いの手の甲どうしが触れた。
俺も見あげてみると、また様々な花火が上がっている。地元のゆるキャラらしきキャラクターの顔をかたどったものもある。凄いな。
「うわ、あれドローンショーみたいに色変わるな」
「どうなってるんだろうね、あれ……わ! 何あれ!」
「ホタルが一斉に飛び散ったみたいだな」
しばらく感想を言い合うが、俺は薄々感じていた。しずくが打ち上げられる花火に集中できていないことを。
しずくの片手は、俺の片手にぴったりとくっつけられている。だが、そこから繋げない。繋ごうとしても、ATフィールドが防いでいるかのように、先へ進めない。
俺もそうなのだから、恐らくしずくもそうなのだろう。彼女の緊張を、顔と手に伝う汗が物語っている。
「あのっ、こ……ココに誘ったの、実はね……」
無理しないでもいいのに、しずくは引きつったような笑顔を見せて、こちらに言う。
「……花火くんが無理したって話を聞いた夜、花火くんの死んじゃう夢を見たの」
「えっ」
俺が死ぬ、って。無理したってのは、おそらく光良さんとのゲキバトルで気絶したことだろう。
「舞台の上で……死んじゃう夢。演劇人としての誉れだ、って皆は言ってた。でも、私は……私はっ……」
確かに舞台の上で死ねるなら本望だ。が、そんな俺の思考は、しずくの涙ぐんだ顔を見て一気に吹き飛んだ。
ひときわ大きな花火が宙に飛び散ると共に、しずくは俺に抱きついた。
「だから……どこにも行かないで、って……」
この前、中川生徒会長にかけられた言葉を思い出す。
『しかし、無茶だけはしないように……独りよがりにステージで大好きを振りまくと、いずれ自分に大きな跳ね返りが来ますよ』
それに、みんなも。
『大バカ者ッ!! 何をしている!!』
『もうっ、心配したんだからね』
『ただ倒れるだけでも、私たちは心配。絶対、みんなそうだよ』
『……無理、しないで』
侑がどこまで言いふらしたのか知らないが、あの日以降、俺はそんなような言葉をそこらじゅうでかけられた。ただのクラスメイトにさえも。
俺にとって、演劇は全てだ。道楽でやってるわけじゃあない。演劇がなくなったら、俺はただ空っぽの陰キャオタク。みんなも俺に興味を失くす。
そんな演劇に、倒れるほどの情熱が注げないようだったら、俺はそれこそ自分から死んでやる。そう思っていた。
だが、現実は独りよがりな俺に甘くないようだった。
昔から、身体が弱かった。とくに喉。運動会の応援をすれば喉はすぐに枯れた。単純に免疫も貧弱で、インフルエンザにもかかりやすく、咳がひどかった。
喀血や血反吐は何回も経験してきた。中学時代も一度、『師匠』を相手にゲキバトルで無理をして、数週間だけ声が出せなくなったことがある。
だから俺は無意識に、演劇とは血と共に作り上げられるものだと思っていた。血を吐くほどの努力をしないと、アツいものを作れない。そう信じていたのかもしれない。
それでも皆は、俺の身体の心配をしてくれた。こんな演劇しかない俺に、演劇で無理をするなと言うのだ。
DJアフロさんの彼女は、ラップ抜きで彼を好きになった。そういうことなのかもしれない。
花火大会は終わりかけ、祭りも酣。映画のエンドロールが始まった時のように、辺りがちらほらと移動し始める中、俺らは河川敷に佇む。
「まだ死ぬ気はない。しずくがいるからな」
俺がそう言うと、しずくはハッとしたように俺の顔を見上げる。
「……ほんとに? 死なない?」
「ああ」
多分な、とか、意図せず死ぬことはあるかもしれない、とか、そういった本音を飲み込み、俺はしずくを安心させるための言葉を吐く。
これもまた本音だ。しずくとは、まだやりたいことが山ほどある。あと、ニチアサの溜め録りもあるし。大逆転裁判も確か積んでたし。
かすみと遊ぶ約束もあった。璃奈から借りた東京レイヴンズもまだ途中までしか読んでいない。侑にだって……まだ、あの日の答えを返せていない。
なんだ、そうか。
俺、気づいたら演劇以外にも色々あったな。
「よかった……花火くん……」
愛おしい、そんな感情をあらわにして、しずくは俺を抱きしめる力を強める。俺はそんなしずくの背中を撫で、「ごめんな」と謝る。
「……ずっと、一緒にいて」
ぎょっとしてしまう。こいつ、自分が何を言っているのか分かってんのか。
それって、もう。最早。
プロポーズみたいなもんだぞ。
俺は軽く、ははっ、と笑ってみせる。不自然じゃあないといいが。
「こんなに胸押し付けられて、ソレは卑怯っしょ」
彼女は数秒硬直したのちに、ばっと俺から離れる。
そして胸のあたりをおさえて、頬を膨らませる。
「ふ〜〜ん。花火くん、前はお尻派って聞いたんだけど?」
「誤解!! ってか、そういう話は話してない!! 部長としかしてな……えっ、もしかして部長から聞いたの!!?」
「浴衣の下に何も着ないって話、真に受けてる?」
「誤解なんです!! そら、この辺りにホコリがついて……な!!」
あわあわする俺を、しずくはジト目で見つめるも、すぐに吹き出す。
いつもの調子に戻ってくれた、と俺は胸をなでおろす。
しずくは「行こ」と言い、俺の手をとって立ち上がる。俺はその手とは反対の方に握られていた、ゴミの入った袋を取る。
「ふふ」
「……」
くそっ。なんだ、その笑み。俺は彼女の真意が分からないまま、少し目を赤くした彼女についていく。
俺はなんだか、モヤモヤしていた。しずくが安心してくれた。笑顔になってくれた。いつも通りになってくれた。それだけで十分なはずなのに、俺の胸には確かなしこりがあった。
しばらく歩いた先で、俺はお面の屋台を見る。
お、ここは品揃えがいいな。ウルトラ系はゼロや最新のZだけでなく、メビウスやネクサスもある。仮面ライダーもビルド、クローズ、グリス、ローグと揃っている。あれはV3か。横のはXだ。
しずくが立ち止まったのは、その横の屋台。並んでいる間も、俺はお面を見続けていた。キュアハートのやつ欲しいなあ。
そして、彼女は俺に買った何かを持たせてくる。見ると、それはリンゴ飴だった。
「あ……ありがとう」
俺は再び、手を繋げなかった先程のように、態度がどこかぎこちなくなってしまう。深層心理では、俺はこれ以上の何かを望んでいるのか。
それは、今まさに隣の俺を見て、手と足が一緒に出てしまっているしずくもまた同じなのか。
もどかしい。ヤキモキというか、どちらかといえば他人の全く進まない恋愛を見ている時のようで。
「ねえ、花火くん」
「はい? な、なんスか」
思わず敬語で返してしまう俺に、しずくは人混みの中で立ち止まって言う。
「付き合おっか」
その一言を聞いて初めて、俺は胸のわだかまりが、『俺たちが彼氏・彼女でないこと』に起因することに気づいた。
「花ちゃ〜ん!!」
「どわぁッ」
背後からアホみたいにデカい声が聞こえたので、俺は壁側に身体をさっと動かす。
高咲は大袈裟に飛び上がり、俺に抱きつこうとしていたようで、先程俺がいた場所で手が空を切り、教室棟の廊下に思い切り顔から激突する。
デートの数日後、俺は学校の昼休みに高咲を呼び出した。
「……避けないでよぅ」
「お前がルパン三世みたいな飛び込み方するからだろ!? こんなの誰でも避けるぞ!」
「い〜や、今の避け方は完全に私のことを好ましく思ってない避け方だった。歩夢なら受け止めてくれる」
「誰が飛び込んできても避けるって意味だ! え、上原先輩はコレいけんの!?」
前々から母性があるとは思ってたが、さすがだな。幼馴染って、そんなに受け入れ態勢が出来ているものなのか。
一応、俺と高咲も幼馴染みたいなモンなんだけどな。
「で、何? 呼び出してくれちゃって」
高咲は、ようやくそちらからアプローチしてくれた! と嬉しさいっぱいの表情で、俺に近づいてくる。
俺は、彼女の思っているような事で呼び出したわけではない、という一種の後ろめたさのようなものに襲われる。言いづらいな、そっちがそんなに前のめりだと。
「……今度、地区大会に出るんだ。演劇の」
「おおっ、もしかして私に見に来て欲しいとか!」
「そうだ」
「でへへ、やっぱり〜……」
頭の後ろを掻いて恥ずかしそうにクネクネとする高咲は、数秒経ってから汗を流し、「えっ、本当に?」と聞いてくる。
「ああ。本当に」
「見て……欲しいんだ」
「お前には、絶対に見て欲しい。そこで、舞台の俺をもう一度見せる」
光良さんと戦った日のことを思い出し、高咲の目を見て言う。
「この前の問いの答えは、そこにある。『舞台の俺』と『普段の俺』、どっちが本物の穂村花火か……お前の目で、見て欲しい」
そんな俺を見た高咲は、しばらく呆然としていたものの、じわじわと目を輝かせながら、「っ〜〜〜〜!!」と、いてもたってもいられないのか、その場で足踏みをする。
彼女は俺の手を握り、「絶対に行くよ!! 花ちゃんッ!!」と大きな声で言う。
俺も、そんなに演劇が好きになったのか、とゾフィーのようなことを心の中でつぶやいて「後悔はさせないぜ、高咲」と笑う。
「花火く〜ん!」
廊下の向こうから、しずくがこちらに手を振りながら歩いてくる。高咲は一歩引き、俺の背中を押してくれる。
「しずく! ……てなわけで、じゃあな」
「うん。頑張ってッ」
彼女の屈託のない笑顔に送り出され、俺はしずくの所まで走る。
「なんだよ、2年の廊下まで探しに来たのか?」
「そっちに行ったって、かすみさんが言ってたから」
しずくは、俺の手をさりげなく握る。指を絡め合わせて。その手をしかと握り返し、弁当をもう片手に、俺らは食堂に向かう。
一学期の頃のように、屋外のベンチで食べてもいいのだが、まだまだの初頭、さすがに外は暑い。しばらくは食堂になるだろうな。
「んふふ」
「なんだよ、上機嫌だな」
「だってぇ〜……えへへへ」
「この前のことか?」
「うんっ」
この前、鎌倉に遊びに行った時のことだ。あの夏祭りから帰ったあと、俺はしずく宅で一泊した。その夜のことを、しずくは頭に浮かべて思い出し笑いをしていたらしい。
俺は指で頬をぽりぽりとしながら、「……なあ、しずく」と言う。しずくは「ん?」とニコニコしながら返す。
ちょっと度胸の要る提案だが、俺は思い切って口にする。
「今度は俺の部屋で、どうだ」
赤らんだ俺の顔を見て、しずくは手どころか、腕に抱きついて言う。おいおい、もう食堂の前だぞ。
「今したい」
「ん……今はダメだよ」
ぐいっと近づいてそう言うもんだから、俺は頬に手を当てて言う。周りの視線が刺さる。傍から見れば、典型的なバカップルだ。
「恋人同士なのに、ダメ?」
まあ、カップルであることには間違いないが。
仕方ない、ここでするしかないのか。俺は、その頬に当てた手を。
さっとカバンにやり、そこから3DSを引き抜く。しずくも同時に、この前買ったらしい中古の3DSを取り出す。
ふたりして立ち上げたのは、ポケモン『ウルトラサン・ウルトラムーン』。開くのはもちろん、フェスサークルのローカル通信。
「1回だけだぞッ!」
「わ〜い! 対戦しよ〜っ!」
こいつ、教えてやったあの日からハマりすぎだ。しずくは人生で初めてポケモンに触れたソフトに、この後しばらく没頭したのだった。