片時雨の下手で   作:苗根杏

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時は遡って、ファーストシーズンの合間。しずくは、自分をさらけ出せずにいた。


第一回公演『エンターテイナー、あらわる。』  特別編
特別編#1 しずく、オモクローム


「……藤黄と?」

「ああ」

 

 怪訝な顔をした紅葉(くれは)部長がつぶやく。それに鈴虫(すずむし)先生は頷き、1枚の手紙を掲げる。

 

 ホールの舞台、その真ん中で俺たちは円形に座り、藤黄学園というとの合同演劇発表会の発表を聞いていた。

 

 まだ6月、学園祭の前段階かつ、早いところは既に秋の大会に向けて動き出すシーズンだというのに、あのお嬢様学校は何を考えているんだ。俺は顎に手を当て、目を閉じて俯いた。

 

「穂村さん、因縁あるの?」

「俺はないけど……因縁でもなければ、この時期の発表会なんてのは有り得ない。フツーは2月か3月の『春葬』だったり、お互いに大会に負けた前提の冬あたり……そうでなければ、6月の合同での発表会というのは……」

 

 それに、関東の高校演劇の中では、合同発表会というのは、通常タイマンでは行われない。俺の『師匠』が言うには、そういう場合は大抵──

 

「あの。その手紙」

「お、察したか。花火」

 

 だろうな。

 

 鈴虫先生が白い封筒を裏返すと、筆で大きく『果たし状』と書かれていた。

 

「!!」

「あー、やっぱり?」

「古風ですね。お嬢様学校なのに」

「だからこそじゃない? 知らんけど」

 

 俺だけでなく、周りも「あちゃ〜」って感じのリアクション。唯一ついていけてないのは、しずくだけだった。

 

「部長、やっぱりとは、どういう……?」

「去年負かされたからねー。メンバーも入れ替わって心機一転、ここでケリつけようってことでしょ」

 

 負かされた、というのは、おそらく去年の都大会のことを言っているのだろう。

 

 部長から前に聞いた戦績では、都大会で部長こと範田紅葉をはじめとした主戦力数人だけで、藤黄を壊滅状態に追いやったとのこと。

 

 壊滅というのは、なにもゲキバトルの中だけではない。それをきっかけに部内の人間関係にも亀裂が入り、以来、部員同士のバトルが横行。お嬢様学校とは思えぬ、一番強い者が部長となり、明確なカーストを構築するという猿山のような部活になったんだとか。

 

「……高校演劇の話をしているんですよね?」

「何を今更」

「あいつら、弱いんだもん。仕方ねーだろ。てか、今回だってボコしてやればよくね?」

 

 いまだ困惑するしずくの横で、原田木 燦迅(はらだぎ-さんじん)ことバラダギ先輩がなんでもないように言う。

 

「お前はボコされても死ななかっただけだろ」

「なっ! そ、そのおかげてお前らが一斉に叩けたんだろ!?」

 

 バラダギ先輩は極めて特殊な能力、唯一無二のユニークスキルを持っている。俺もこの前戦ったばかりなので飲み込めてはいないが、どうやら彼は『自分が満足するまでリタイアできない体質』らしい。

 

 どれだけ首を斬られようとも、死んだら服以外はリセット。たとえば四肢を切断してダルマにしてから首を斬れば、その斬られた部分から頭が生えてくる。

 

 しかも、生えてくる瞬間というのは認識できないほど一瞬で。なので殺した側からすれば、斬っても撃っても殴っても、気づけばピンピンしている。

 

 おそらくは、それさえも彼の無意識で行われており、満足したら勝手に死ぬ。ゾンビ戦法というより、エゴの発現した結果の自己満ルールである。

 

「実際、先輩ごと殺してもいいから容赦なく突撃できるんですよね」

「死なない囮っていうか? ははっ」

「お前ら、俺に対しては常に無礼講だよな……」

「先輩だからですよ」

 

 体育座りの大土 麻琴先輩と、柊 麗紅先輩が、バラダギ先輩に軽口を叩く。そう言う彼らも、先の戦いでは決定的な勝利を収めるためのキーになっていたんだとか。

 

 麻琴先輩なんてのはズルだ。魔法の杖で、あらゆる属性・種類の魔法を、自分のパッションとイマジネーションが続く限り連発してくる。武器の相性がジャンケンだと言われているゲキバトルで、どんな武器にもほぼほぼ有利が取れるのだから、恐ろしい人だ。

 

 麗紅先輩は、俺に本気を出してきた時、普段使っていた大きめのナイフを捨てて、急にスタンドみたいな分身を出してきやがった。しかもそれぞれに色が割り当てられており、先輩の精神の不安定性を逆手にとって、色んな性格の先輩が、それぞれ違う攻撃をしてくる。

 

 まあ、詳しくはmottoシリーズを読めば分かることだが。

 

「先輩たち、お強いですもんね」

「でへへ」

「それ程でも」

 

 しずくがそう言うと、麻琴先輩とバラダギ先輩が同時に鼻の下を伸ばし、そして柊先輩と部長がこれまた同時にそれぞれの頭にチョップする。

 

「……油断はできないよ。厄介なのがレギュレーションだ」

「神の試練いかれたのキツいっすよね」

「殿堂発表じゃない……いや、ほぼそんなようなもんだ」

 

 先生は果たし状に書かれたレギュレーションを読み上げ始める。

 

「えー……『両校ともに、主演・助演はすべて1年生及び2年生とし、3年生の部員は合計の出番を5分以下とする』」

「……ああッ!!?」

 

 まず怒鳴ったのはバラダギ先輩だった。続いてどよどよと困惑のざわめきがホールに響き始める。

 

「ふざけんな!! 紅葉と俺と!? 新羅(しらぎ)と!? あと塩鳥羽(しおとば)……いや、アイツは兼部が……」

「いずれも主戦力だ。総合戦力のダウンは免れない」

「……僕、元から出番少ないのに……」

「あっ、新羅泣くな! よしよし!」

「泣いてないよバラダギ。うん、泣いてない……」

 

 泣いてないとは言いつつも、新羅 弩蘭(しらぎ-どらん)先輩の下唇は噛まれている。

 

 新羅先輩は普段から無口なのでそこまで部内でも目立たないが、彼に銃を持たせれば、致命傷に至らせる速さでは、東京で右に出る者はそういない。間違いなく牽制と制圧において主戦力の一員である。

 

 塩鳥羽 涼杜(しおとば-りょうと)先輩だって、サッカー部と演劇部を兼部しているにしては、どちらの実力も確かだ。何よりコメディの台本が似合う喜劇の男。

 

 明るく元気に笑いながら、相手を武器のボールでねじ伏せる。その姿は、普段から運動部への恨み妬みを持っている演劇部の陰キャ連中に、それらの感情を微塵も感じさせないほど爽やかで鮮やかだ。

 

 ふむ、なるほど。でも俺としては麻琴先輩たちがいるだけ救いだと思ってしまう。多分俺よりも強いし、みんな。

 

 俺からすれば、両校ともに、ってところが引っかかるな。どちらかといえば。

 

 あちらも新戦力の自信はある、という意思のあらわれに思えるのだ。新一年生がよっぽど強い可能性がある、ということだろう。

 

「しずく」

「な、なんでしょう」

 

 俺と同じく座りながら考え込んでいたしずくの名前を呼んだのは、顧問だった。

 

「……やるよ。主役オーディション」

「な……えっ、なぜ私に……」

 

 狼狽え気味の彼女と、部長が無理やり肩を組む。

 

「次の主役は、やがて歌姫になる町娘だ」

「……一昨年の台本……ですね」

「つまり、ボイトレ頑張れ! ってことじゃない?」

 

 顧問は無言で頷く。

 

 一昨年にやった台本を流用することで、3年生の負担を軽くしてサポートに回し、2年と1年にはより多くの演劇経験を与える……と、多分そういう作戦だろうな。

 

 まあ、去年やった台本をそのまま演じて2年生の負担までも軽減しようってのが普通の部の顧問が考えることなんだろうが、うちの顧問はそうはいかない。

 

 去年の台本はまだ記憶に新しいし、うちの学校の生徒も来れる今年の学園祭の台本を、先取りで公開するわけにもいかない。

 

 それに一昨年、つまり3年生がまだ新入生である1年だった時の台本なら、出番の少なかった1年生の部分をそのまま今の3年生に割り当てて、間接的に3年生の出番を抑えるというレギュレーションもクリアできる。

 

 なるほど、何から何まで計算ずくってわけですね、顧問。それでこそ虹ヶ咲を全国に連れていく人です。

 

「言いたいこと全部言われちゃった」

「あっ!? ごめんなさい、声に出てました!?」

「緑谷少年みたいだったよ、少年」

 

 部長たちが軽く引いているが、顧問は「うん……そういうこと。じゃ、修舞は台本ブラッシュアップしといて。その間は一昨年のやつそのままで読み合わせだ」と言う。

 

 ホントに自分の口から言いたかったんだな、ちょっとしょんぼりしちゃってるや。ごめんなさい。

 

「主役候補…………」

 

 しずくが、ぽつりとつぶやく。俺は部長のように肩を組むことはせずとも、少しだけ彼女に歩み寄り「やるか」と声をかける。

 

「……頑張ります」

 

 俺としずくは、グータッチを交わす。それを見た部長は満足そうに。

 

「よし、じゃあ明日オーディションやろっか!」

「明日ッ!!?」

「決まり次第立ち稽古! 1週間後には通しできるようにしよう!」

 

 無茶なスケジュールを口にした。

 

「いやあ、これに関しては急に勝負仕掛けられてるからさ。クレームはあっちに言ってよ」

「……ふええ」

 

 スケジュール管理を任されている宮下(みやした)先輩が、独特なため息をついた。

 

「やるしかないっしょ。あーし達は一昨年とやること同じだし」

「だな。まあ、宮下はどうせイチから道具を作り直したいとか言うだろうけど」

 

 音響と照明のリーダー、つまり虹ヶ咲学園演劇部ならではの肩書きで言えば『音響神』の井上(いのうえ)先輩と『照明神』の熊野(くまの)先輩が、笑いながら古めの台本を音照ブースの奥から引っ張り出す。

 

「そりゃあそうだよ……ま、前とは比べ物になんないの作らないと……」

「あの頃から宮下は十分に作れてたさ。僕こそ、あの頃の台本と向き合わなきゃ……あーあ、やんなるぜ」

 

 普段から困り顔なのに、さらに眉を下げて『道具神』の宮下先輩が舞台の図を台本裏に書く。かなり大掛かりな背景を作ろうとしているのか、その筆の音はいちいち長い。

 

 鉛筆を耳に挟む『台本神』の鈴虫先生は、今回加筆修正をする台本を書いていた一昨年頃には、既に書籍化デビューしていたはずなのに、処女作を見直すハーメルン作家のような顔をして唸る。

 

「ま、なんとかなるでしょう! というか、やるしかない! 関東大会突破を目指すチームが、こんなところで討たれるなんて笑えないよ!」

 

 そう言いつつも、『演技神』の紅葉先輩は、普段の王子様スマイルとはかけ離れた、無邪気でいて狂気をも孕んでいる笑顔を見せる。新たな関門を見据えてワクワクしてるって感じだ。

 

「てか、あーし達こそプラン見直さなきゃだし。うわ、ここ懐かし! バラダギがしょっちゅう間違えてたとこ!」

「ハハッ、あったあった。……そっか。これ、リベンジできるんだな。やる気湧いてきたかも」

「19世紀イギリス、街中の背景なら使いまわせる。その分どデカいのを……雨、どうしようかなあ……」

「よし、アトリエこもるか! 紅葉、塩ラーメン買ってきて!」

 

 あーだこーだ言いつつも、うちの『神』と名のつくそれぞれの部署の幹部たちは、久しぶりの台本、久しぶりの無茶に生き生きと応えようとしていた。強者の余裕というやつか。カッコイイ。

 

 俺も頑張らなきゃな。部長から渡された台本に目を通しつつ、俺は主役候補の力になることを、密かにではあるが心に決めた。

 

 

特別編#1

しずく、オモクローム

 

 

 しずくの様子がおかしくなったのは、藤黄との合同発表会の主役オーディション、それに落ちた時からだった。

 

「…………」

 

 言い方は悪いが、しずくの台本を見る目に未練が見え隠れしている。

 

 かすみに相談してみたところ、『しず子はああ見えてかなり頑固だから、そういう弱味は見せないの。でもありがとう、はな男のおかげで気づけた』と、いつにもなく真剣な面持ちで言っていた。

 

 そして今日。

 

「確保」

「え!? なに!?」

 

 突然、璃奈が俺の視界を璃奈ちゃんボードでいっぱいにした。要するに視界を塞がれた。

 

「かすみちゃん、これでいいんだよね」

「えー、はな男を強制連行します」

「おいおいおい、メインヒロインのイベントを男オリ主が横取りするのはあんまりないぞ!」

 

 かすみは「何の話?」と言いながら、俺の手を握ってどすどすと歩く。

 

 こっちのセリフだ。何の話をしている。お前らがしずくをお出かけに誘うって話だったじゃあねーか。少なくとも原作では。

 

「はな男がいた方が絶対いいし」

「いやいや、俺がいてもどうにもならないって」

 

 そう俺が言うと、かすみは大きめのため息をつく。

 

「何から何まで計算通りに動くね、はな男は」

「え? ジョセフ・ジョースター?」

「地球のエネルギーでカーズを宇宙に追放した時のジョセフじゃないよ、花火くん」

「丁寧な元ネタ解説助かるぜ、璃奈。でも本当、俺が居たとてだろ」

 

 璃奈がボードをおもむろに外すと、間近にかすみの顔があった。なんか、随分なしかめっ面で。

 

「……可愛くないぞ」

「はな男が自分のことを分かってないからでしょ!?」

 

 そう言ってかすみは俺の額にデコピンを食らわせる。

 

「さすがにかなり痛えな」

「ウボォーギン?」

「しず子がどれだけはな男の話をみんなにしてるか、分かってんの?」

 

 話の流れが見えないなあ。

 

「穂村さんったらね〜! って、かすみん何回聞いたか分かんないよ」

「私も」

「……で?」

「そんなにはな男を好いてる人なんだよ? 来ない手はないでしょ」

 

 友達同士で出かけて一度忘れて吹っ切れよう、あわよくばリベンジオーディションを行おう。そういう魂胆だったよな、2人は。

 

 じゃあ友達は多ければ多いほどいい、そういうことか? 

 

「そういうこと。何でこんな説明しなきゃ気づかないわけ?」

「気づかねえよ。突然すぎて」

「それは……」

「うん、それはごめん」

「ごめんて」

「いや、いいんだけどさ」

 

 そんなこんなで、俺もしずくを拘束する作戦に加わったわけだが。

 

 時は飛んで放課後。そこで俺は作戦の全貌を知った。

 

「……正気か」

「手を握るくらい普通じゃない? 付き合ってるなら……」

「付き合って!! ねえよ!!」

 

 俺がそこをぼーっと歩いている桜坂しずくさんの手を握り、フリーズしているところを拘束。そのままパンケーキとクレープとタピオカを満喫、ショッピングもする……って。

 

 まあ、後半はいいとして。

 

「悪い意味でのフリーズをするだろ」

「いいの、しず子があの感じではな男を嫌ってたら、かすみんがぶん殴るから」

「お、俺を……?」

「しず子をだよ!!」

 

 璃奈は呆れて「花火くん、自信なさすぎ。本当に演者?」とボードを口元に当てて言う。

 

 舞台はいいんだよ。俺のサブカル知識しか吐き出せない言葉じゃなくて、俺のオタク特有の不審な挙動でもなくて、役を演じればいいんだから。

 

「とにかく! ほら!」

「……クソっ」

 

 俺は中一の演劇部での初舞台くらい緊張して震える右手を無理やり左手でおさえながら、しずくに小走りで追いつく。

 

「あ、花火くん」

 

 そして気づかれる。

 

「……おう」

 

 やべ、不意打ちで手を握るって話なのに気づかれちまった。

 

「今から帰り?」

「あー……まあ、長い目で見ればそんなとこ」

 

 これからショッピングモールに出かけることを思い出し、嘘はついていないが曖昧な返事を返す。

 

「……ごめん、しずく」

「え?」

 

 こうなりゃ自棄だ。俺は中三の時に演じた陽キャ役を思い出し、自然にしずくの無防備な手を取る。

 

「確保……」

「えっ!? ほ、穂村さん!?」

 

 しずくは当然、俺に大人しく手を握られつつもドギマギしている。これでいいんだよな、と俺はかすみ達のいる方を見る。

 

 そこでは、かすみと璃奈が少女漫画を見るような目で俺たちを眺めていた。

 

 いや、早く来いよ。俺がただしずくの手を握った不審者になるだろ。それこそ嫌われるわ。

 

「あの……俺と一緒に、来てくれ」

 

 仕方ないな、と俺はしずくの手を取ってかすみ達の隠れている方へ向かう。すると2人はサッと隠れる。いや隠れるな。さっさとこっちに来い。

 

 しずくは俺に握られた手を汗ばませ、「ねえ……」と握り方を変える。指を絡めて、ああ、そうだ、恋人繋ぎにしながら。

 

「何?」

「……で、デート……行くの?」

「え!? あ、え……まあ、そう」

「ふええっ」

 

 実質デートではあるだろ。ジッサイ俺も、しずくと出かけられると聞いて少しドキドキしていたんだ。心が躍っていたんだよ。

 

 彼女が陰ながら苦しんでいることは分かっているつもりだ。しかし、俺だって一人の男だ。好きな人とお出かけと聞いて内心ワクワクすることは許して欲しい。

 

 そして2人のいるところに来た瞬間、かすみが俺からしずくの手を奪い、璃奈がボードを顔の前に被せる。

 

「し、しず子、確保〜!!」

「ていっ」

「はい!? な、何!? 今度は誰!?」

 

 しずくが慌てているところに、俺は申し訳なさそうに声をかける。

 

「……手を握ってすまない」

「そこじゃないそこじゃない! え、前見えないんだけど!」

「これは璃奈ちゃんボード『拘束』」

「拘束!? 私は今から何をされるの!?」

 

 かすみは「こっちも察しが悪いなあ」とため息をつき──何故か複雑そうな顔で──しずくを連行する。

 

「言ってた通り、デートだよ。ほら、行くよ! パンケーキが待ってる!」

 

 ずんずんと歩いていくかすみの背中を、璃奈はやれやれといった感じで見る。まあ、彼女も彼女で素直になれない部分はあるからな。

 

 しずくはおろおろと連れていかれつつも、何かを探るように手がさまよい、空を切っている。

 

 その手がボックスウッドの鋭いに引っかかりそうになったもんだから、俺は慌ててしずくのそれを捕まえる。

 

「あっ……穂村さんの、手……」

「何を探してたんだ?」

 

 そう聞くと、しずくは「穂村さん」と言う。

 

「ん?」

「この手を探してて……もう一回、手、握って」

 

 連れていく役目は、かすみがやってくれてるだろ。疑問に思いつつも、俺はもう一度、しずくの手を握る。自然と彼女の手によって再び恋人繋ぎになった手は、どんどん熱を帯びていく。

 

「ほ、ほら! ね! 前見えないから!」

「……」

「しず子……」

「両手、繋いでた方が……ね?」

 

 それを聞いたかすみは、しずくの手を離し、かと思いきや俺のもう片方の手を握る。

 

「かすみさん!? あの、片手の感触が! なくなったんだけど!」

「無くなってはないでしょ。かすみんもはな男の手を握ると、『穂村さんかっこいい♡手が男の子でキュンキュンしちゃうニャン♡』って気持ちになるんだもん」

「そんなこと思ってない!! ……安心、するだけだから……」

「かすみんも安心したいですぅ〜!」

 

 何の話をしてるんだ。かすみもさり気なく指を絡めてるし。

 

「よし、私も安心しよう」

「璃奈……?」

 

 今度は何をされるんだ。もはや恐ろしさの方が勝っている俺は、ボードを持った手で、璃奈に後ろから抱きつかれた。

 

「は!?」

「あっ、明る……璃奈さん!?」

「りな子ぉ!?」

「手を握ることに甘んじてるうちは、私には勝てない」

 

 何故か誇らしげな璃奈の声が背後から聞こえる。見事なまでにスレンダーで、骨ばった手とあばらの感触が伝わる。もっと食えよ、ご飯。ガリガリじゃねえか。

 

「……えいっ」

「ぐぬぬ! とうっ!」

「おわあ!?」

 

 ぐにゅ。むにゅ。そんな感触が左右から一気に伝わってくる。しずくとかすみの柔らかい身体が、俺にくっつき、手を回されて固定される。

 

 周りの好奇の視線が刺さる中、俺は同級生の女の子3人に抱きつかれながら、のっしのっしとお台場の中央方面へと歩いていく。

 

「思ったよりも筋肉すごいね……」

「私も負けてないよ? ほら、穂村さん! ほら!」

「押し付けるなッ!! 煩悩が勝つ!!」

 

 なんだこの状況。俺はハーメルンのオリ主か? こんなに女の子侍らせてデート行くとか、ぶっちゃけありえない。美墨なぎさもビックリのありえなさ。

 

 いい思いをしているはずなのに、『うわ、やっぱりこいつもそうなんだ』とか、『見慣れすぎた光景でワロタ』とか、『作者の欲望が出過ぎてる』とか、脳に響く読者の幻聴が邪魔をして、3人の身体の感触が味わえない。

 

 ああ、いや、なんだ、その。

 

 悪いか。女の子がくっついてるんだぞ。感触くらい味あわせろ。

 

「なんかあらぬ方向に怒ってる気がする」

「ふ、不快だった!? ごめんね、穂村さん!」

「ちくしょーッ!! 助けて柏葉慶!! 高咲徹!! 巴輝弥ぁあーッ!!」

 




本当は分かっているのでしょう?
あなたは、私だもの。

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