片時雨の下手で   作:苗根杏

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#43 ズボンの折り目も生まれつき

 

 

 ヨーロッパ風の、レンガの街並み。それが、今回のゲキバトルのステージだ。

 

 俺たちは今、円形のステージのど真ん中、エッフェル然としたタワーの上部にいる。鉄骨に座り、ぶらぶらと足を揺らすしずくは、まるでクリスマスを待ちきれない子供のように鼻歌を歌いながらワクワクとしている様子。

 

『アツくなってきたぜ』

 

 足でリズムを刻む。解放のドラムのように、鼓動がどんどん高鳴って。それに合わせて“桜ノ雨”につけられた鈴がしゃん、しゃんと鳴る。

 

『楽しそうだね』

『大会に出るなんて1年ぶりだ! ワクワクが止まらねえよッ』

『……似合ってるよ、その服』

 

 少し緊張していそうなしずくに言われて、そこでようやく、自分がラーメンズに似た服を着ていることに気づいた。黒いワイシャツ、スラックス。違うのは、左の腰に刀があることくらいか。

 

 なんだか恥ずかしくなって、俺はしずくの方を見る。すると、これまた驚いた。

 

『……俺と似てるな』

『そう? ふふ』

『似合ってる』

 

 しずくは白のワイシャツ、ベージュのズボン。これまた腰には日本刀。これまたシンプルな格好だ。

 

『私もラーメンズさんに影響されたのかも』

 

 嬉しそうに笑うしずくは、こちらに手を出してくる。

 

『花火くん、ちょっと』

『何?』

 

 お手かと思って右手を置くが、しずくは笑って『そうじゃなくて……』と、刀を指す。

 

『目釘、湿すから』

『水でも叉紋するか? いや俺、水なんて叉紋できねーし……』

『ううん……唾、ちょうだい』

 

 俺はびっくりして、しかし、身体は驚くほど素直にしずくの言うことを聞いた。

 

 立ち上がるしずくに跪いて、俺はしずくの武器である“エイエ戦サー”の柄を丹念に舐める。

 

 変な名前の刀だが、鞘は白塗鞘太刀拵で、匂口締まる中直湾刃。その刃の美しさは、波打つ母なる海を想起させる。

 

『んえ……え……』

『ありがと。えっちだね』

『……えっちじゃ、ない』

 

 頬が赤くなるのを感じる。しずくは緊張したような面持ちから一転、口角を上げて俺の赤くなった顔をじっと見つめる。

 

『……ごめん、1回ちゃんとしたキスしよっか』

『後で! 今じゃない、絶対!』

『花火くんって私をムラつかせるの得意だよね』

『そっちが勝手に発情してるだけだろッ』

『ガクチカにしたら?』

『どこに受かれるってんだよ。発情させ屋? 媚薬でいいだろそれ』

 

 ニヤニヤとするしずくは、殺意のない抜刀をし、俺が舐めたところを自分でも舐める。

 

『臭くない?』

『んれっ、ん……』

 

 髪を耳にかけて目釘を舐めるしずくの姿は、それこそえっちだった。

 

『……自分の唾でよかったじゃん』

『こういうのはゲン担ぎだから』

 

 今は間接キスで、ってことね。

 

『ふふ』

 

 彼女の表情は、笑っていながらも、どこか憂いを帯びていた。『どうした』、と聞くと『ううん。なんでもない……なんでもない話なんだけど、さ』と言い、少し間を置いて。

 

『……怖いんだ』

『え?』

 

 塔の上、血の匂いが乗った鉄の風が吹き抜ける中、彼女は髪を直しながら言う。

 

『そりゃあ怖いよ。斬られる、撃たれる、殴られる……痛みを持って……怖くないわけ、ないじゃん……』

 

 耳をすませば、下では合戦の音が聞こえる。何校もの生徒たちが叫ぶ声。泣き叫ぶ声もある。殺さないでくれ、死にたくない、という声。

 

 鉄どうしのぶつかる音。大砲や銃の発砲音。ズシン、ズシンと歩く巨大な人形の足音。壊れた武器を捨てて殴り合う音まで。

 

 懐かしい。この前の藤黄との試合では、ここまで大人数ではなかったことから、この規模の大会は俺にとって実に1年ぶりほどである。ただ……。

 

『なに言ってんだ。未来の千両役者と戦うんだろ? そんな弱気なこと言っててどうするんだ』

『……そうだけど……』

『実際、お前はそこらで死ぬようなタマじゃあないさ』

『買いかぶりだよ』

『違う、信じてるんだ。お前は俺を信じてるか?』

『ん? ……うん、信じてる。絶対、私と戦ってくれるまで生きてるって』

 

 俺は自分の日本刀に手を携え、しずくに向かって笑う。

 

『俺もお前を信じてる。これ以上のものは何も要らない』

『…………』

『だからさ。笑って戦おうぜ』

 

 しずくは少しぽかんとした後、目を瞑って微笑む。

 

『……うん』

『さて、そろそろ』

『行こうか』

『デカいの一発、打ち上げるか』

 

 下では俺らに気がついた奴らが、降りてこいと叫んでいる。血で血を洗う演劇上での戦いが今、まさにこの塔のふもとで始まろうとしていた。

 

『また、後で』

『うんっ』

 

 そう言って俺たちは、タワーから飛び降りる。

 

 チカッチさん、ちょっと曲借りるぜ。

 

『光る風になろう』

 

 

Aqours

『君のこころは輝いてるかい?』

 

 

『ぎゃははははははッ!!!』

『ひいっ……!!』

 

 向こうでしずくが軽く悲鳴を上げる。200mほどある塔から飛び降りるのだ、VR機器なんかで感じられるそれとはリアル感が段違いの飛び降りは、本能に刻まれた恐怖心を呼び起こす。

 

 塔の下では、飛んでくる俺らを待ち構える奴らが攻撃の準備をしている。

 

 問題はさ。

 

『ッ……!!』

『“二刀流”!!』

 

 俺がその怖いってのが大好きなもんで。

 

 紐なしバンジージャンプによって、数十人の集まる場所に飛び降りる俺らは、同時に技を放つ。

 

『“現実は小説より奇なり(ファフロツキーズ)”ッ』

『“焼身証明”ッ!!』

 

 こちらに向かってくるロケランの弾を、俺は日本刀でぶった斬る。俺の左右で半分になった弾が爆発し、身体に火がつく。

 

 落下地点真下にいた奴に俺は燃える身体でぶつかる。そして、周囲5mくらいに炎が燃え広がり、俺を待ち構えていた奴らは燃え始める。

 

 しずくはというと、自分の上でプロペラのように刀を回し、その周囲に大きな雲を発生させた。そこから降ってくるのは、魚や毒のカエル、拳ほどの岩。

 

 それに動揺した奴らは、攻撃をやめて一旦降ってきたそれらを払い除ける。その隙に着地し、何が何だか分かっていないままの奴らの首を次々に斬り落とす。

 

 しずくのいる方に振り返りもせず、俺は全身を覆う炎で攻撃し、日本刀を抜く。

 

 斬るまでもなく致命傷を与えられた一帯の焼死体のような奴らの首を、俺は斬って斬って斬りまくる。たとえ動けなくても、首を落とさなければゲキバトルは完全な決着にはならないからだ。

 

 ひととおり無敵感に身を任せた俺は、燃え盛る手で刀を持ち、両手の刀を振り上げて叫ぶ。

 

『……帰ってきたぞォ────!!! 演劇界ィ────ッ!!!』

 

 しかもこっち、先輩あんまりいないじゃん。

 

 じゃあさ、顔も立てないでやりたい放題やっていいわけだ。

 

『何あれ!? 燃えてる……!』

『知らん……でもやるよ!』

『待って!! あの人……ッ』

 

 俺の刀、“桜ノ雨”を見て、東雲学院の群れの中にいるを男子は手に持った得体の知れない電子機器を握りしめて語る。

 

『あの着せ鞘、乱刃に足長丁子、鍔の細工は甲府市の市花であるなでしこ。括り付けられた“神楽ノ鈴”……うん……間違いない。あれは蛇崩神楽の刀、“桜ノ雨”だ』

 

 蛇崩神楽。その言葉を聞いた周りの奴らはどよめき散らかす。

 

『アイツが……神楽の弟子……』

『おいおい、ってことは紅葉のとこのッ!?』

『……穂村の血筋……』

 

 ありったけのレッテル貼ってくれるじゃねえか。というか、よく知ってるじゃん、師匠の刀。勉強熱心なこって。

 

 俺はもう一本の“千本桜”をかざして笑う。

 

『赤黒潤色塗、直刃一枚帽子。燃え盛る炎の鍔……フフ、こちらはご存知かね』

『ッ……そのボロさ、磨きかかってますね。忘れもしない、“千本桜”……ですよね。穂村、花火さん』

『嬉しいね。苗字だけじゃなくて名前も覚えてもらってて』

 

 東雲学院の男子は、俺の動きに応えるように両手に持った電子機器を前にかざす。スケルトンのボディに中には基盤、複数の発射口のようなものがついたそれは、俺が知っているある“楽器”にそっくりであった。

 

『あんたは俺の事、覚えてなさそうですね』

『ん? あー……えっと……』

 

 俺は過去の戦いを思い出し、今のコイツの顔と照合をする。いやあ、何だったかな。どこで戦ったっけ。mottoシリーズには出てきてないし……。

 

『あはは、覚えてないや』

 

 青筋を立てた彼は、その両手に持った機械からレーザーを出す。そして。

 

『“叉紋(さもん)”』

 

 “自分0%型”が得意とする、“叉紋”。その溢れるイマジネーションとパッションを駆使して、ゲキバトル世界での何かの召喚を行う技だ。

 

 彼は“叉紋”にて、俺と彼の間50mに一直線の“トンネル”を張る。

 

『身体は燃えていてもレーザーは防げまい。このレーザーはあんたのご自慢の日本刀さえぶった斬る』

 

 縦横無尽、しかし規則的にもレーザーはトンネル内で動き回る。俺と彼の間には、確かなレーザーの分厚い壁が存在していた。

 

 そして、同じ東雲学院の生徒は、俺の後ろに回る。挟み撃ちのカタチになったな。

 

 レーザー……そうか。“自分0%型”でありながら、武器も強いとは。基本、“自分100%型”でなければ、武器を破壊する武器というのは持てない。“自分0%型”にして、刀を切断するほどのレーザー武器を持っているとは。

 

 お前には、初っ端から本気出してよさそうだな。俺はトンネル、レーザー。そこから弾き出した今一番アツくなれる曲をかけた。

 

 さあ、獲物は確かにいただくぜ。

 

 

SEAMO

『ルパン・ザ・ファイヤー』

 

 

『“二刀流”』

『!! ……刀が飛んだからなんだァ!!!』

『“愛音昏音(アイネクライネ)”』

 

 後に東雲学院演劇部一年生、晴井戸(はれいど)ぱぷりかは語る。

 

 ──その見立ての甘さが命取りでした。

 

 

高校演劇人のあゆみ

2019 Vol.9

『関東地区大会特集 エンターテイナー、あらわる。』

P38 東京都東地区大会 出演者インタビューより抜粋

 

 

 日本人のゲキバトル初心者が最初に持つ武器は、大体の場合は日本刀ッて聞いた事あるンすよ。

 

 初めてゲキバトルに参戦した時、『その人の頭の中にある最も武器らしい武器』が出る傾向があるんです。

 

 よほどのFPSプレイヤーなんかじゃあない限り、日本人のDNAに刻まれている武器というのは刀だと思います……ウン。

 

 最初に出た武器を持ち続けるか、自分のスタイルに合った武器を持つか。

 

 俺は結果的にレーザーハープなんてのを持ったけど……強い武器、弱い武器。そんなの人の勝手です。

 

 ただ、俺に言わせりゃ、あんなにカッコよくて機能美に溢れた武器なんてのはないッス。彼を見て……そう思いました、ハイ。

 

 なんたって自由だ、彼の技は。“愛音昏音”は、刀身と柄を……こう、切り離すんです。

 

『飛んできた!!?』

『飛ぶ斬撃……というか、飛ぶ刀を見たことはあるかい』

 

 一本の刀身……“桜ノ雨”の刀身は、彼の後ろにいた俺の同胞の身体を瞬く間に斬りました。もう一本……“千本桜”は、俺に向かって飛んできた。

 

 そこで気づきました、あれはファンネル。刀身が彼の思うままに動き、敵のもとに飛んでいくのだと。

 

 刀身はレーザーを感知し、ぐねぐねとした軌道で飛ぶんすわ。ファンネルですから、右往左往しつつ、それでも俺に飛んでくる。

 

 そんで、ここからですよ。普通、刀の軌道をよく見てレーザーの当たらない軌道を見極めるはずじゃないすか、普通は。

 

 でも。

 

 花火は“見ない”。

 

『……頼むぞ、ピータームズムズ……』

 

 目ェ閉じちまったンすわ。

 

 そして、“千本桜”の刀身は見事に俺の土手っ腹に突き刺さるってワケです。遅れてきた“桜ノ雨”の刀身も、グサリ。

 

『ぐっ……!? ……おいおい素人か? ゲキバトルは……』

『首を斬らなきゃ勝ちにはならねー、だろ? 悪いな、こいつは首を斬る用の技じゃあない』

 

 斬る用の技とか、そういうのがあるんだッ、というのも驚きでしたが、彼は目を閉じたまま。

 

『ワンチャンいけっかもなぁ!』

『調子に……乗るなァ……!!』

 

 俺の腹に刺さった刀身、そこに向かって彼は技を解除しました。

 

 刀が元に戻ろうとし、彼の持った柄が刀身に向かって飛び始める。

 

 つまりッッ。

 

『!!?』

 

 燃える身体で俺に飛んでくるんすよッッ。

 

 しゃん、しゃんと……かつて高校演劇界を斬り登った神楽の刀、“桜ノ雨”の柄。そこに括り付けられた鈴が鳴りながら、恐怖の音色を奏でながら。

 

 “千本桜”と“桜ノ雨”の柄だけを握り、彼は地面を蹴ったんすよ。

 

 俺が“叉紋”したトンネルの壁を蹴り、レーザーのあるであろう場所を蹴り、避け、そして刀が元に戻る力を利用して飛び、進み続ける。SEAMOのラップに合わせ、リズミカルに。

 

 多分、彼の眼中に俺は映写(うつ)ってませんでした。

 

 この先には……もっと強い奴がいるんす。それこそ、その大会にいた三ノ宮光良さんや、山梨の……甲斐青沼高校の、蛇崩神楽のようなのが。

 

 そして、それをたった一人で倒すカッコイイ自分しか見えていなかった。だから、俺は彼の目の中に映写(うつ)っていなかったと思います。

 

『なるほど、その武器はレーザーハープ……平沢進だな。あんた、馬の骨かい』

『ご名答! オヤジが好きでね!』

『レーザーって武器を持つセンスと……』

 

 どかっ、と、彼は俺の身体にタックルをしました。あれは痛かったッッ。二本の刀が同じ場所に刺さって、刀身と柄がくっつく。それに熱くて……それだけで死にそうだったのに、彼はさらに俺の腹に刺さった刀を横なぎにはらった。

 

 鼻歌混じりにッスよッッ。

 

『がああああああッッッ』

『ふふんふふ〜ん……♪』

 

LUPIN

THE

ⅢRD

 

 びちゃびちゃと音を立てて、腸が芋づる式に落ちていって。ホント、今でも内臓が入ってる感覚がないンすよッ。あれはやりすぎだッッ。

 

『あんたの演技、変わってないね。そこが気に入ったんだ』

『覚えてないクセにッ!!!』

 

 彼の戦い方こそ、変わっていませんでした。その容赦ないやり方が。

 

 ゲキバトルの世界では、首を斬られなければ死にません。しかし、たいていの演者ってェのは、俺みたいに臓物ぶちまけたり、脳に銃弾を受けたり、心臓を貫かれたり……現実的な致命傷で気絶しちまいます。

 

 ただ、俺もそこは中学演劇上がり。ちょっとやそっとじゃ倒れない。現実の数十倍に希釈されたとはいえ、俺の腹を襲う痛覚は、アドレナリンで薄めてレーザーを彼の首に放ちました。

 

『死ぬにはいい日だ』

『がッ……!!』

 

 でも、彼の方が上手(うわて)だったッッ。

 

 俺の狙いは、俺の首が落ちたことで外れました。彼はとっくに俺の首を斬っていて、俺が動いたことにより首が落ちたんスよ。……ワカるかな、コレ……とにかく、彼はどのタイミングかも分からないくらい早く俺の首を斬ってた……。

 

 地面と頭が衝突する寸前、彼は“千本桜”を地面に突き刺し、それに杖のように寄りかかりました。そして帽子をかぶるジェスチャーをして。

 

『ああ、そうだ。思い出した』

『……え?』

『“シアター千住”……会場の名前』

 

 そう言ったンすよ。

 

 いえ……俺自身のことは忘れてなかったんです。

 

『元・上三ノ輪(かみみのわ)中学校だろ、あんた。怪演だったぜ、“見上げてごらん夜の☆を”の主役……』

『……最初から覚えてて……』

 

 はい、俺はそこで確信しました。

 

『さあな。ただ、あんたみたいなアツい演者、一目見たら俺は忘れないぜ』

 

 彼は稀代のエンターテイナーですッッッ。

 

『……はは、完敗だ』

『スピンオフでも作ってもらえるといいな』

 

 俺のその声を聞いた同期は、まあ震え上がって。しまいにゃ“ドス”出したんです。

 

 ……知りません? 第三世代から追加されたルール。最近の演者は……ルールを創り出したヒト、つまり蛇崩神楽の武器のレプリカを持ってるンすよ。ドスです、まあ……切腹する時に使うヤツ。

 

 それを腹に一直線に突き刺す。するとですね、痛覚(いた)みなく再起不能(リタイア)ってことにできるんです。

 

「あー、ドス(それ)要らんよ」

「はっ?」

 

 そこで待ったをかけたが穂村花火ッ!!! 

 

 ……失礼、大きな声を出しました。イヤ、中学、高校と演劇やってりゃイヤと言うほど名前は聞くでしょう? 穂村燃、穂村灰といった“穂村の一族”。見ると聞くとでは違いますよ、ジッサイ。

 

 俺はそれにやられて光栄だと思ったんです。ホント、こんなこと言うようじゃ顧問に怒られちまいそうですけど……とにかく納得の敗北でした、ハイ。

 

 それは花火も同じ認識だったらしくて。

 

『俺に斬られる方がいいっしょ』

『!!!』

『……はい……』

 

 そう言って、俺の同期たちはドスを仕舞いました。

 

『よろしい、動くなよ。反抗したけりゃ好きにしな』

 

 俺は再起不能(リタイア)間際にそれを見てたンすよ。

 

 イヤ、イヤイヤイヤイヤイヤイヤと。いざ殺されるとなったら、たとえ自殺志願者であっても大抵の人間ってのは反抗するもんじゃないですか。そうでなくてもカラダが勝手に怖がる、強ばる、反抗(ゴネ)る。

 

 それがゲキバトルの世界では、生存本能を刺激して……大体の演者というのは、死ぬと分かっていても潔くはいそうですかと死なないものなんです。

 

 もちろん俺の同期だって、構えましたよ。ドスを。花火に向かって。しかし……。

 

『その前に殺すから』

 

 動くなという宣言から1秒と経たずに、花火は俺らの後ろに瞬間移動してたんです。

 

 えッ? って思うじゃないですか。で、振り返るじゃないですか。

 

『あ……?』

『……うそ』

 

 落下(おち)るんすわ、クビが。

 

 どすん、と全員の首が地面に落ちる瞬間、彼は“桜ノ雨”を、しゃら……と鈴を鳴らして納刀して。

 

『……はあっ……』

 

 彼は息を吐いて、満足そうに笑ってました。人を殺した後とは思えないくらい、爽やかに。

 

『快……感♡』

 

 それが穂村花火なんですねェ……。

 

 

 

#43

ズボンの折り目も生まれつき

 

 

 

『かおちゃん!! 改めてやろうぜ、ワークショップの続きをッ!!』

『儚い決着をつけよう、まーちゃんッ!!』

『俺を置いていくな、王子女とロリコン男ッ!! ジュースの仇!!』

『麗赤……は、まだ出さなくていいかな』

『あらァん? 出なくていいのかしら? ま、いいわ。頑張ってちょうだ〜い♡』

『オラオラオラァッ!! 食らえ、クラッカーヴォレイィ!!』

 

 花火くんから見せてもらった『ごちうさ』のような街並みだ。降りてきた塔を背に、私は大陸ヨーロッパ風の家が並ぶ中を歩く。

 

 ここら辺は虹ヶ咲の先輩がたいていの敵の相手をしている。私も誰か倒して、戦果を上げないと。

 

 そして、花火くんと2人きりにならないと。

 

 乱戦に次ぐ乱戦。自分がどこの高校のどんな演者だったかすらも忘れてしまいそうな、自分勝手な主張のぶつかり合い。

 

 私はその中心で、花火くん以外全員を殺すことを考えていた。花火くんと一騎打ちができなければ、死んでも死にきれない。

 

『今回こそ!! この原田木燦迅(はらだぎ-さんじん)がァ!! 演技賞をとって、虹ヶ咲を勝利へ導いてや……』

『邪魔』

『ほげ──っ!!?』

 

 私は目の前にいたバラダギ先輩の首を斬り落とした。

 

『うわっ……先輩、可哀想……』

『私の近くにいたのが悪い』

 

 柊先輩の独り言に対し、私は微笑みを返してみせる。

 

 さて、再生力の高いバラダギ先輩とはいえ、さすがに首を斬られれば再起不能になるはずだ。そう思い、彼の亡骸があった方を見ると。

 

『ぐぬぬぅ……』

 

 とっくに彼の頭と身体はくっついていた。この先輩、しぶといとかいうレベルじゃあなさそう。再生能力を持つ演者は、他にもいるにはいる。人体を正確に“叉紋”する離れ業をやってのける人たちが。

 

 でも、ゲキバトルは普通、首を斬られたら終わり。どんな能力を持っていても、それだけは第一世代から変わらないルール。それを先輩は真っ向から否定している。

 

『くっそー! 自分の高校の演者に! しかも先輩に向かって!! なんという仕打ちッ!! 生意気だぞ、桜坂しずく!!』

 

 死んでないどころか、さっきよりもピンピンしてる。どういう事なの。

 

 ゲキバトルの“ルールの外”にいる……?? 

 

 いや、どういう事でもいい。どうでもいい。それより私は。

 

『関係あります? それ』

『ッ……!!?』

 

 花火くんに会いに行かなければ。目の前の人すべて倒せば、花火くんと私のふたりだけになる。

 

 そして──桜坂しずく、ただひとりだけになる。

 

『……何やら相当な事情があるようだな、バカ後輩』

 

 なければ先輩を斬るなんて馬鹿な真似はしない。

 

 ……そうか。馬鹿だよね、私。それはそうだ。

 

『関係ないと言っている』

 

 ぬらり、私は刀を納める。戦いを辞めるのではない。戦いを仕切り直して、再び始めるための納刀だ。

 

 馬鹿で悪かったですね、先輩。

 

 私に斬られてください。

 

『……わかった、来いよ。お前の気が済むなら、先輩としていくらでもその刀を受け止めてやる』

 

 ため息をついたバラダギ先輩は、指パッチンでどこからともなくヴァイオリンの音色を鳴らした。

 

 

斉藤恒芳

『音也のエチュード』

 

 

 気が済むどうこうの話ではないが、そうだと言うのなら話は早い。

 

 こんなところで全力を出している場合ではないけど、せいぜい満足したのちに往生してくださいね。

 

『“Water〜例えば水〜”』

 

 私の刀は、誰を斬るでもなく空を切り、宙を斬る。すると、その斬られた空間の裂け目から、大洪水が溢れ出る。

 

 水で足元をとられたバラダギ先輩のもとへ、私はひと蹴りで飛んでいって。

 

『“流星ピリオド”』

 

 刀を先輩の身体に刺す。すると、先輩の身体の穴という穴から、ラメの入った黒いヘドロのような液が飛び出す。

 

 黒い粘液は、彼の身体を内側から破壊し、地面に縛り付ける。

 

 これでトドメだ。

 

『“雨はワタシの背中を押す”!!』

 

 私は自分自身、洪水でびしょ濡れになっている。そしてこの技は、自分が濡れていればいるほど身体能力を向上させる。

 

 木組みの街の大通り。私は家と家の間を蹴りながら飛び、バラダギ先輩を斬り続ける。腕、足、首。何度も何度も斬り刻む。何も考えず、ただ彼を殺すために。花火くんに会うために。

 

 ただ、彼の体質は少し不思議なもので。部長曰く……。

 

 ──『ルールそのものをねじ曲げているのか、元々特殊な異分子なのか。どっちにしろ、自分ルールを持ち込んだ方が強い。思い込みをパッションとイマジネーションに変えた方が強いんだよね』──

 

 彼は自分が満足しないと死なない。私が少し瞬きすると、彼の首は繋がっている。どんなに遠くへ首を斬り飛ばしても死ぬ。

 

『まだまだァ!!』

『くっ……』

 

 彼はそのうち目が慣れて、私の攻撃を武器のアメリカンクラッカーで弾き、いなすようになる。

 

 やはりこの人は、ゲキバトルのルールの外にいるのだろうか。

 

『はあっ、はあっ』

『気は済んだか』

『そっちこそ……何回斬られれば死ぬんですか』

『気が済んでないから、死なねェ』

 

 がはは、と豪快に笑うバラダギ先輩は、クラッカーを振り回しながら私に語りかける。荒っぽくも優しい声で。

 

『自分のルールを持ち込んだ方が、ゲキバトルでは強いんだ。エゴこそがゲキバトルを制する』

『……エゴこそが……』

『そして、こんな俺だからこそ言う! お前……かなりエゴイストだぜ』

 

 嬉しくないな。褒めてるつもりだろうけど。

 

『……桜坂しずく。一言だけ言っておく』

『なんです? 墓に彫ってあげますよ』

『遺言じゃねェ』

 

 一転、真剣な表情になったバラダギ先輩は、戦う意志をなくしたのか、アメリカンクラッカーをポケットにしまう。

 

『悩み事は捨てろ。悩みは、“納闇”という言葉から来た単語だ。その意味は、自分の中に闇を納めてしまうこと……お前の中に闇がある限り、その目は暗くなる』

 

 そう語る彼の目は、私というか、その先を見ているようだった。

 

『“体のともし火は目である。それでもし目が澄んでいれば、あなたの全身は明るいだろう。しかし、濁っていれば全身は暗い。あなたの中にある光が闇であれば、それはどんなに暗く、ひどいことだろう”……』

『……聖書か何かの引用ですか?』

『ああ。マタイ書6章22、及び23節……お前の目が明るければ、それは太陽になる。つまりは、そういう事だ』

 

 羽丘の名演者も、そんな風に締めくくってシェイクスピアの遺した名言を語るって、花火くんが言っていたっけ。

 

『やれ。真のゲキバトルは、肉を断たせて骨を斬る……そして、俺は逃げ傷を残さない』

 

 空になった手を大きく広げ、まるで大型犬を相手するようにおおらかに笑う。

 

『……見事です。先輩』

 

 私への言葉を遺し、満足気に笑うバラダギ先輩の首を吹っ飛ばす。

 

 笑った先輩の首が、私の足元に転がってくる。その頭をサッカーの要領で蹴り飛ばし、ふたたび塔を背に奥へと進む。

 

『闇の中に、少しだけの光があればいいんですよ。私は、“スタァ”になるんですから』

 

 その言葉を聞いたのか、頭上から『フフッ。しずくは頑固だね』と聞こえる。見上げると、羽を大きく広げた部長がいた。

 

 部長の武器はその背中から生えた大きな白い“天使の羽(エンドレス・ワルツ)”。部長の眉目秀麗さと相まって、その姿は本当の天使みたいだった。

 

『……バラダギは馬鹿だなあ。少しは暴れて静かになるかもだけど、肝心かなめの花火少年をどうこうしないと、しずくの気持ちは治まりやしないよ』

 

 図星を突かれた私は、舞い降りる部長に何も言い返せなかった。先輩の厚意は嬉しいが、今の私は花火くんだけが目的だ。

 

 その前に立ちはだかるものは邪魔でしかない。たとえ部長であろうと。

 

『……ま、どーせ死んでないだろーけど……』

『は!?』

 

 驚いて振り返ると、伸びをするバラダギ先輩。しかも服は血まみれでも、その身体は無傷。あの人、復活する度に身体についた傷さえも治るのか。

 

 だんだん強くなってないか? 不死身性が……。

 

『くそだらぁぁぁぁぁあああああ!!! やっぱ死ねなかったッ!!! 誰でもいいからぶっ飛ばしてぇええええええッ!!!』

『うわっ!? なんか早速血塗れの奴がいるぞ!?』

 

 通りかかった他校の生徒が飛び跳ねて驚く。

 

『お前ェ……俺を満足させてみろッ……!!』

『ひっ!! ひ、ひィィィィ────ッッ』

『“アメリカーノ・インパクト”ォッ!!!』

『えっ!? あっ!! ぎゃあああああああ───────ッッッ』

『あーッ!! 俺まで爆発したーッッ!!』

 

 その生徒の胸ぐらを掴み、バラダギ先輩はアメリカンクラッカーをぶつけ、自分もろとも爆発する。

 

『あの人は何なんですか』

『私にも分からないんだよね。かれこれ2年半一緒にいるけど』

『無敵ですね……』

『バラダギにも一応弱点はあるんだよ? 再生のトリガーは首が斬られること。だから生かさず殺さずっていうか、瀕死で済ませれば無力化できる』

 

 私はそれを聞いて初めて、そんなに単純な弱点に気づかないほどに頭に血がのぼっていたことに気づいた。

 

『花火くんが突っ走っている理由、分かるかい』

『……分かりません。恥ずかしながら』

 

 確かに彼は走っている。今も、昔も。ずうっと、ひとりで。

 

 はっと我に返る。私の目の前には、そこら中に舞う羽を固めたボールが迫っていた。

 

『がっ……!?』

『目は覚めたかい』

 

 倒れそうになり、刀を地面に突き刺して耐える。

 

『……彼は頼り方、甘え方が分からないんだ。ひとりで戦うしかなかったから。味方がいなかったんだ。みんな血筋で彼を見て……』

『あなたに……あなたに彼の何が分かる!!』

『分かるよ……キミと、同じだから。しかしどうか聞いてくれ……キミも花火少年も、一匹狼ではない。一等星なんだ』

 

 この人も遺言か。察した私は、刀を構える。

 

『言われなくても、やるつもりです。彼の才を死なせはしません』

『しずく……大きくなったね』

 

『ひとつ聞く。なんで“100%型”になった?』

 

 部長は、私の型について聞いた。私の型は“自分100%型”。武器のみでの戦闘を前提とした、“叉紋”を行わない、各個撃破を前提とした型である。

 

『……私が言うのもなんだけど、人気ないよ。“0%型”と違って“叉紋”もできないし、だからイマジネーションとパッションの向かう先はすべて武器。しかも“0%型”と違って、自分が持っている経験しか出せないから自分に似ている役でしか本領を発揮できない』

 

 なぜと聞かれたところで、私にも分からない。気づけば、私は“役の代弁者”になることを選んでいた。

 

 “自分0%型”は、役に身体を明け渡す“役の器”。“自分100%型”は、役を代わりに演じる“役の代弁者”。私が憧れたのは、より演じるという形に近い型、“自分100%型”だった。

 

 その考えに至るまでに、ゲキバトルでのどうこうという思考が入ったことがなかったのだ。気づけば私は“100%型”だった。生まれながらにしてそうだったかのように。

 

『私には刀一本あればいい。地に足つけて戦いますよ』

 

 “エイエ戦サー”を部長の喉元に突きつける。切っ先が細い首の真ん中に当たり、血がつつ……と垂れ流される。

 

 部長はなおも笑顔だった。かの大演者、白鷺なにがしのように、微笑みの鉄仮面を崩さない。

 

 さっきまで私はバラダギ先輩を斬っていたんだぞ。私は部長を睨む。が、しかし。

 

『キミは私に似てる』

 

 この人から、覇気を、殺気を感じられない。私とやり合おうとしていないように見えた。下に見られている、と思った私は斬りかかる。

 

 が、私の刀は数枚の羽根に止められた。

 

 部長の“天使の羽”は、背中から生えた大きな左右一対の羽。そこから羽根が発射され、ファンネルのように自在に動かせる。

 

 そんな風に発射された数枚の羽根ごときによって、私の“エイエ戦サー”が止められた。

 

 舐めんじゃないよ。そう毒づいて私は刀を握る手に力を込める。しかし。

 

『言ったろう。今のしずくは花火少年と同じ、頼り方も甘え方も分からない一匹狼。だから……私がそばにいる』

『!!』

『ひとりじゃないよ。舞台の上では、誰でもひとりじゃない』

 

 部長の目は、私を見下すものでも、罵るものでもなかった。ただ、私をたしなめ、落ち着かせるための……ひどく凪いだ目だった。

 

『だから、ね。一緒に全員ぶっ倒して、花火と戦おう。怒りに身を任せるのは、それからでも遅くない』

 

 敵意はない。だから、殺気もない。私を下に見ているわけではない。協力しようと言っていたのだ。

 

 かつて顧問は言った。演劇とは団体戦だと。誰かと組まないとやっていられない、部長だってみんなに頼るし、みんなだって部長や誰かに頼る。そうして演劇も、社会もできている……。

 

 花火くんに背負い込むなと言ったのは私じゃあないか。だったら私は大人しく、誰かの腕を借りる。

 

『……すみません。今、冷めました。冷静に……なりました……』

『油断させて斬るとかナシだからね〜?』

 

 軽口を叩きながら、部長は低空飛行で私の周りを飛び回る。周りには気づけば何人もの敵。

 

 部長と二人で戦うのは初めてだ。でも、やるしかない。花火くんのために。私自身の、願いのために。

 

『待っててね。花火くん。その首は、永遠に私のモノになるの』

『バラダギ。私もやってみるよ……次世代に見せ場を作る、ってやつをさ』

 

 

 tips.『エイエ戦サー』

 白塗鞘太刀拵、匂口締まった中直湾れ刃。ゲキバトルの中では一番オーソドックスな『日本刀』ではあるが、その美しさは目を見張るものがある。しずく本来の厳しくも暖かい優しさによるものなのか、斬り口もとんでもなく滑らかで、彼女の技量も相まって頸を斬られても痛みがほとんどないという。

 




言葉遣いも生まれつき。


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