片時雨の下手で   作:苗根杏

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特別編#3 Hの素顔/怪人、レクイエム

 俺としずくは、同じ場所にスポーンした。雨の降る中、ロンドンやニューヨークのような、ビルの並ぶ道路の真ん中。

 

 周りからは、うっすらと武器のぶつかり合う音が聞こえてくる。

 

 遅れて俺の方を向いたしずくは、目が合うとすかさず刀の柄に手を当て、腰を低くして構える。

 

『早々だが……やるか。桜坂』

『……来て。こてんぱんにしてあげる』

 

 しばらくその場で見つめ合い、硬直したままの俺たち。身動ぎひとつできないまま、雨に打たれながらも、俺たちは瞬きもせずに睨み合う。

 

 遠くにある大きな大きな電波塔に、雷が落ちた。フッ、と街灯が消える。

 

 俺としずくは同時に叫び、斬り合いに走ろうとする。が。

 

『!?』

『……身体が……?』

 

 何が起きた。もしかして時間を止める能力? いや、そんなことがあるのか。あまりにも強すぎるだろ。あったとしても、数秒のはずだ。

 

 俺は遠くに見える、花京院がめり込むような時計台を見る。すると、時計の下に赤い『3』の文字が出ていた。

 

『この演出!!』

 

 口だけが動く中、しずくも同じ時計台を見上げて『何!? 何が起きてるの!?』と言う。

 

 もしかしてお前、3DS持ってなかったクチか? 俺は『3』から『2』に変わった時計の下の数字を凝視する。

 

 まさか……『ヤツ』が来るというのか。俺らZ世代滑り込みの連中がほぼ全員と言っていいほど、あのデカい棍棒でギッタギタのメッタメタにされてきた『ヤツ』が。

 

 街を探索している中でも、ミッションをクリアしている途中でも、Sランク妖怪の厳選をしている中でも容赦なく襲いかかる、理不尽の象徴。子供たちの見る悪夢に出てくる、精神的成長の壁。

 

 時計の下の『1』という数字が消えた途端、時計の蓋が横から出てきて閉じられ、再び開く。そこにあったのは文字盤ではなく、禍々しいフォントの『鬼』一文字であった。

 

 まさか、この現象そのものを“叉紋”するとは。恐れ入ったぜ。身体が動くようになった俺は、地を鳴らして歩いてくるデカブツの方を向く。

 

『鬼時間……ってことは、やっぱり来るよな』

 

 俺は想像した通りの“叉紋”をしたヤツが来て、少しニヤリとする。よう、久しぶりだな。中学の時にやったバスターズ2以来か? お前のツノ、よく狩ってたぜ。

 

『お前らに恨みはないが』

『紅葉の弟子とあらば……』

 

 出てくるは、『妖怪ウォッチ』シリーズに登場したまんまの赤鬼と、その肩に乗っているバンダナを巻いた男。

 

『『我ら藤黄、そしてアッシュカンの敵なり』』

 

 紅葉……部長の弟子? どういうことだ。別に師匠にしたつもりはないんだがな。部長ではあっても。

 

『鬼……??』

『藤黄……味な真似をッ』

 

 しずくは恐らく赤鬼が初見なのだろう。その巨大な金棒、黄色く光る鋭い眼。悪夢を具現化したという見た目に巨体も相まって、実際に見ると、やっぱりちと怖いな。

 

『誰だ』

『アッシュカン・ミュージアムの“ヒート”だ。よろしく』

『……アッシュカン・ミュージアムの“メタル”……』

 

 鬼の方がヒート、バンダナがメタル。なるほど。事前に部長から聞いていた名前が出てきて、俺は相手の正体がようやく把握できた。

 

『藤黄の部長と副部長っての、お前らかよ』

 

 そう言うと、赤鬼ことヒートは『いかにもッ』と一喝するような声で肯定する。

 

『そちらも名乗れ……アマチュアアイドルと、穂村の血』

 

 カッチーン。メタルの一言に、俺としずくが同時に青筋を立てる。

 

『かっちーん……』

『あ、お前は口で言うのね』

 

 可愛いなオイ。

 

『墓に彫る名前と思わないことだな』

『新人だと思って甘く見ないでくださいね』

 

 ああ。ここにいるのは何しろ『主演』だぜ。俺は今回の台本では役を食うからって言われて端役だけど。ただ、俺の演劇歴は中学よりも前。そこらの中学演劇上がりのヤツと同じだと考えるなよ。

 

『虹ヶ咲学園、穂村花火』

『虹ヶ咲学園、桜坂しずく』

 

 刀を抜き、構え。ヒートは『棍棒』を振り回し、しずくの方を。メタルは手に持った……細いが同じく杖のような『シャフト』を回し、俺の方を見る。なるほど、あくまで1対1でやるわけか。

 

『『推して参るッ!!!』』

『『死に晒せ』』

 

 

ジャック・オッフェンバック

『天国と地獄(序曲よりアレグロ)』

 

 

特別編#3

Hの素顔/怪人、レクイエム

 

 

 私が鬼に追い回され、追い込まれたのは、とある建物だった。

 

『ボクシングジム……?』

 

 中央にリングがあり、周りにはサンドバッグやグローブ、防具が見られる。古臭い街だけど、ジムがあるってことはうちの劇のような19世紀以前じゃあないのかな。

 

『2人きりになったな』

『どんなデートのつもり?』

 

 ここに追い込んだということは、おそらく相手の赤鬼? さんは、パンチ力・キック力に自信のある、それこそボクサーやレスラーのような武器のはず。あれはおそらく“叉紋”で脅かしただけ……。

 

 そう考えているうちに、相手の身体はみるみる光に包まれ、中のコア、つまり本体の人間が見える。

 

『やろう、嬢ちゃん……キレイで、丁寧で、真剣なプロレスを!!』

『そんなデート、聞いたことないよ』

 

 禍々しい声が、低い女性の声に変わる。中から出てきたのは、藤黄のジャージに身を包んだ、プロレスマスクの女性だった。

 

 手には傷跡が見え隠れしている。おそらくそのマスクの下にも傷が……。

 

『ん?』

 

 目、鼻の穴、口だけが見えるようになっている、紺色と黄色の派手なマスク。そこからチラリと見える右目のまぶたあたりは、火傷跡のような色になっていた。

 

 基本的にゲキバトル世界での姿の変わりようというのは、服くらいのものだ。現実の私は白いドレスを着ているが、この世界では質素なワイシャツにスラックス。

 

 それと同じように、彼女も現実ではプロレスマスクなんか被っていないはずだが──さっき確認した演目の作風的にも──おそらく基本の容姿は変わらないはずだ。一部の“自分0%型”ができると言われている“叉紋創着(さもんアームド)”をしなければ。

 

 彼女は二重の“叉紋創着”ができるのか? あるいは元から現実でも顔に傷を負っているのか。

 

『ぼーっとしてる場合か』

 

 彼女は私につかつかと歩み寄り、私の服のベルトを掴む。そしてリングの中に、片手だけで放り投げた。

 

 中学の体育で習った受け身をとっさに思い出し、着地のダメージをなるべく少なくする。しかし彼女はすぐさまリングにロープをくぐって入ってくる。

 

 次は何が来る。何が来てもおかしくない。私は混乱した頭で、あらゆる可能性を過ぎらせる。

 

『私が怖いか?』

『うん。とっても』

 

 でも、本当の自分をさらけ出せない方が怖いよ。

 

 私は刀に手を携える。相手は素手での喧嘩がおそらく基本のファイトスタイル。手が刀に変わったりしない限り、こちらの斬撃の方が有利だ。

 

 こちらに走ってくる彼女に、私は抜刀して刃を向ける。すると、ガン、という鈍い音が伝わった。

 

 思わず目を閉じてしまうが、私はすぐに目を開ける。そこには、手が大剣に変わっているヒートさんがいた。

 

『!!?』

『最悪の予想が当たったか? 一刀流』

 

 実質的な二刀流は、両手の剣で軽く私を弾き飛ばす。ロープに身体を委ね、跳ね返った私は。

 

『ッ……“Water〜例えば水〜”!!』

 

 日本刀で切り裂いたのは、彼女ではなく、空間。身構えた彼女は、空間に空いた切れ目から水が勢いよく流れ出る。まるでダムの放水のように、虹を作って流れる水に乗り、勢いをつけて私は両足でキックを食らわせる。

 

 追い打ちだ、とばかりに私は『“タマリ”!!!』と叫ぶ。すると、空間から出ていた水は粘性を持ったスライムに変わる。

 

 “タマリ”は範囲内の水分を全てスライム状にする技だ。普段は使い道がなかなか思いつかないが、咄嗟に出せると強い。

 

 リングからなおも落ちない、しかし水の流れで身動きをほぼ封じられたヒートさんは、スライムで余計に動けなくなる。

 

『……フン』

 

 彼女は手の大剣で、何事も無かったかのようにスライムを切り裂く。アレが切れるなんて、よっぽど切れ味がいいのか。選択肢を間違えてしまったな。

 

 しかし、キックや水で多少ダメージは与えたハズなのに、彼女はリングのロープに寄りかかって余裕を持った笑みを浮かべている。

 

 効いていない。私の攻撃が。バリアでも張っているのか? 仕方ない。私はシンプルに日本刀で彼女に切りかかる。

 

 すると、なんと私の刀は音を立てて弾かれる。まるで『バリア』でも張っているかのように。

 

『!!?』

『……どうした? 最悪の予想でも当たったか? 一刀流。無刀流に傷ひとつつけれないとはな』

 

 彼女はロープで反動をつけ、呆然とする私にラリアットをかましてくる。

 

 彼女の腕が顔に迫り来る直前。私は震え上がった。相手の能力の予想がまるでつかない。初めて原田木先輩と戦った時以来の、予想のつかない恐怖。

 

 もしこれで爆発でも起こったら。壁に穴を開けて吹っ飛ばされるような威力だったら。私に何か筋力弱体化のような……デバフ? でもかかったら。もしも……。

 

 私の顔面に、彼女の腕が当たる。瞬間、眩しい光が私の視界をジャックする。爆発だった。

 

 ロープをちぎれさせ、私は壁にめり込み、いや、壁を突き抜け、吹っ飛ばされる。

 

 背中が痛い。顔が痛い。腕が痛い。雨の路上に放り出された私は、立ち上がろうとする。しかし、腕に力が入らない。

 

 うつ伏せのまま、濡れた路上に、私の血がドクドクと流れていく。顔から出ている血だ。触ると、皮膚が爛れているのか、皮膚が弾け飛んだのか、肉の感触がダイレクトに伝わる。失明していないのが奇跡だ。

 

 なかなか立ち上がれない私のところに、無慈悲で理不尽な足音が近づく。まずい、トドメを刺される。

 

 穂村さんと戦う前に力尽きるのだけは、嫌だ。ダメだ、でも傍らに転がる刀すら重すぎて持てない。

 

『〜♪』

 

 ヒートさんが何かを口ずさんでいた。よく聞くと、それは伝説級のスクールアイドルの歌だった。

 

 

Printemps

『NO EXIT ORION』

 

 

 彼女は私の日本刀を拾い、表情ひとつ変えずに、大きくそれを振り上げる。

 

 まずい、まずい、まずい。なんだか自分の中で、この人が、ヒートさんが『あらゆる恐怖の集合体』に見えてきた。おそらく先程の赤鬼も、手の大剣も、そういう事なのだろう。

 

 この人の能力は、『人を絶望させる』ことなのか。そんなの勝ち目がなさすぎる。ふざけないでほしい。勝てる可能性のある能力にしてほしい。勝てない、勝てない……勝てない……私はこの人に、絶対に、勝てないじゃあないか……。

 

『しずく!!!』

『ッ……!』

 

 うずくまっていた私を拾ったのは、部長だった。ご自慢の白い羽にして武器、“天使の羽(エンドレス・ワルツ)”を使い、急上昇。雨が降っているにも関わらず、目にも止まらぬ速さで飛ぶ部長は、少しだけ傷を負っていた。

 

 5階建ての建物の屋上──レンガ作りで、街中のビルって風貌でもない──に着陸した部長は、自分の羽をぞうきんのようにギュッと持ち、絞る。

 

『羽おっも……あーあー。びちゃびちゃだ。しずく、右の方絞って』

 

 私は立とうとして、水の溜まった屋上のコンクリに手をつける。びたっ、びたっ、と音を立てる。手が空回りを繰り返している。力んで肘を伸ばす前に、滑って身体が打ち付けられるのだ。

 

『すみません……』

『……立てない?』

『あの人に、やられました』

 

 部長は先程私にトドメを刺そうとしたヒートさんの方を見て、『なんだ、アイツは。プロレスマスク……?』とつぶやく。

 

『ええ。何故つけているかは分かりません、あれ自体が武器なのか……』

『おそらく1年だ。私も予測がつかん。しかし、だ』

 

 私の背中に手を当て、さする部長は、『今回の主演、1年だそうだが……一切顔を出さないらしいぞ』と言う。

 

『多分、あの人が……主演です……』

『参ったな。タイマンで主演どうしがかち合うとか……』

 

 ふと、後ろから足音。ばっと振り向くと、そこには鬼がいた。

 

 さっきの訳が分からないくらい怖くて、大きい赤鬼じゃあない。等身大ではあるが、この人は生身で鬼だ。

 

『主演と言ったな?』

『あっ、ヤバ。聞いてた?』

『黙っていようってンじゃあねーだろうな』

 

 部長を睨むは、虹ヶ咲の演劇の鬼。原田木燦迅先輩であった。

 

 またの名を『バラダギ先輩』。北上川にいる部族の信仰する神、『婆羅陀魏山神(ばらだぎさんじん)』からとられたその異名は、ゲキバトルの理を根底から覆す不死身体質とハングリー精神を神とも表していると言える。

 

 私からすれば、この人は鬼だ。指導も厳しく、練習エチュードでも容赦がない。何回殺されたか分からない。

 

 何よりも、その鋭い目つき。彼に睨まれたら、彼が満足するまでは逃げられないと思った方がいい。

 

『今回の主役はしずくたちだろ。3年が出しゃばっちゃあいけない』

『ちょっと遊ぶだけだろ』

『お前のちょっとは小一時間だろ!』

 

 制止する部長の声もむなしく、原田木先輩は、武器であるアメリカンクラッカーの紐を伸ばして、向かいのビルから飛び出すアンテナに引っ掛ける。

 

 それに気づいたヒートさんは、どこから出しているのかも分からないビームで先輩を狙う。しかし先輩はクラッカーを巧みに操り、あらゆるものに紐を引っ掛けては、ビルとビルの間を飛び回る。

 

『オラァッ!!!』

『!?』

 

 そのうち、じれったくなったのか、先輩はヒートさんにキックを食らわせる。間一髪のところで避けられなかったヒートさんは、建物のドアに身体を叩きつけられる。

 

『なんだ、貴様……』

『なんでもいいだろ。ほら、お前さんらの敵だぜ……来いよ』

 

 指をクイクイと動かして挑発する先輩相手に、イライラ全開のプロレスマスクは、自分の顔を覆うそれを直しながら。

 

『何で殺されたい?』

 

 その言葉を聞いた瞬間、私は屋上を這いずってでも先輩のもとに向かおうとする。

 

『ダメです、先輩!! その人からは──』

 

 なんでも出てくるんです。そう言おうとするが。

 

『なんでもいいぜ』

『……は?』

『矢でも鉄砲でも、火炎放射器でも持ってこいや』

 

 そうキメ顔で言う先輩は、1秒と経たずに穴だらけになった。

 

 ヒートさんの手から出てくる、無数の銃火器。それに撃たれた先輩は、大きく叫ぶ。

 

『ぎゃ──────ッ!!?』

『先輩!!!』

 

 ぎゃーで済むか。その傷で。私は彼のタフネスさに、そして死にながら生きているような姿に、軽く吐き気がした。

 

『死なないと分かってても、グロすぎるし不思議だよね。ほむらに撃たれたキュウべえみたい』

『え、ええ……なぜ頭に穴が空いていながら立てるんですか……』

『彼いわく、『満足しないで死にたくないから』らしいよ』

『……自分ルールすぎません?』

 

 確かに彼は、満足したらすぐに死ぬ。紙装甲? と穂村さんが言っていたな。

 

 しかし、自分が戦いに満足するまでは、矢でも鉄砲でも、火炎放射器でも死なない。

 

 その強さにゾクゾクと身を震わせる先輩は、これまた穴の空いたアメリカンクラッカーを構える。

 

『今度は何が来る!? 鉄球か!? 槍か!? それとも隕石かァ!!?』

 

 その言葉を聞いたヒートさんは、ため息をついて、天に上げた手で指パッチンをする。自分でも嫌そうに。

 

 地鳴り。空気の重み。それが突如発生した。

 

『……全部だ』

 

 まさかとは思いつつも、私は部長と共に空を見る。そこには、原田木先輩めがけて1トンはありそうな鉄球、雨と見紛うほどの無数の槍、そして巨大すぎる隕石が降ってきていた。

 

 あんな量を“叉紋”だろうが能力だろうが出してしまえば、体力の消耗もやむなしだろう。

 

『あのバカ……!!』

『本当にバカですね!!』

『このクソバカが!!!』

 

 部長、私、そしてヒートさんが、演劇バカに向かって同時に悪態をついた。

 

『でへへ……』

 

 これで照れてるんだから、本当にバカなんだと私は頭ではなく心で理解した。

 

 そして、そのだらしない照れ顔は、一瞬で『鬼』へと変わる。『戦鬼』だ。

 

『おもしれ〜〜やつ……』

『ッ……!!?』

『そのバカに殺されたら、悔しいよなァ?』

 

 さて、ビルに挟まれた袋小路。背後には巨大ビルの行き止まり。逃げ場所もないぞ。

 

 そう心配する私の表情など見てもいないようで、原田木先輩は狂気的な笑みで『来いよ!! 俺を殺せると思ってンならなァ!!』と叫ぶ。

 

 先輩は軽くクイッと手を動かし、それを鉄球に当てる。重い衝突音がすると、鉄球は軌道が曲がって、先程のボクシングジムの建物に激突する。

 

 それによって衝突した瓦礫を空に投げつつ、クラッカーを円状に回すことで槍をかわす。

 

 そしてそれらを全ていなし──数本は体に刺さっているが──徐々に迫り来る隕石へと、先輩は両端にあるビルの引っ掛かりにクラッカーの糸を絡め、大きく上昇。

 

『“ウェストバージニア・デストロイア”ッッ!!!』

 

 そう原田木先輩が叫ぶと、先程の鉄球よりも数倍大きく、アメリカンクラッカーの先の球が巨大化する。隕石に衝突する球は、まさにあさま山荘のそれだ。

 

 とんでもなく大きな音を立て、隕石は砕け、飛び散る。

 

 その破片を彼は。

 

『うおおおおおおおおッ!!! “ペンシルベニア・パラノイア”ッッ!!!』

 

 律儀に1つずつ破壊し、チリにしていく。

 

 途中でいくつもの小破片が先輩を襲い、その度に血が嘘みたいな量で吹き出す。海外のZ級ホラー・バイオレンス映画のような血を噴き出しつつもなお。

 

『ギャハハハハハハハハ!!!!』

 

 彼は笑顔だった。ヒートさんは著しく体力を消耗したのか、その場で片膝をついてしまう。

 

『ぐっ……』

『……へへ、お前つえーじゃん。名前は?』

『ひ……“ヒート”……』

 

 矢や槍が突き刺さり、銃の痕まみれになった先輩は、潰れた片目に肩から引き抜いた槍を突き刺し、グリグリとしてからそいつの前に捨てる。

 

 ヒートさんは『ひっ!?』と怯えたような声を出す。

 

『そうだな。今度は……』

『ま、待て! それ以上考えるなッ!』

 

 彼女は思わず、自分の能力を

 

『えー? 考えるのは自由だろ。それをやるのはお前次第なわけであって』

『違う! ああいや、ちが……ん?』

『お?』

『あれ……?』

 

 違う? 何がだ? それを考えている間も、先輩はヒートさんを追い詰める。

 

『“アリゾナ・インパクト”』

『あっぶな!?』

 

 部長は私の肩を持ち、立ち上がらせる。

 

『ルールそのものをねじ曲げているのか、元々特殊な異分子なのか。どっちにしろ、自分ルールを持ち込んだ方が強い。思い込みをパッションとイマジネーションに変えた方が強いんだよね』

 

 その言葉が原田木先輩に向けられたものだとは思いつつも、私はそれがヒートさんにも当てはまるように思えた。

 

 思い込み。ルールのねじ曲げ。不本意な隕石たち。そして、能力の発現は自分次第ではない。

 

 先輩が時間を稼いでいる間に、私は彼女の能力が本当は何なのかを考える。冷静にいこう。穂村さんのように。

 

『爆発を受けて失明しなかったのは何故か。さっきから私の予想がことごとく当たるのは何故か』

 

 おそらく先輩の言ったこと、そして私の思ったこと全てを実現できる能力といえば……仮説はふたつ。

 

『予想している以外の攻撃は……』

『ブツブツと気味の悪い』

 

 そうか。多分、どっちにしてもコレで勝てる。そう思った私の後ろに、いつの間にかヒートさんがいた。

 

『死に晒せ、紅葉の弟子』

 

 部長と原田木先輩が私をかばおうとするも、ヒートさんのラリアットは私に直撃しようとしていた。

 

 このラリアットで何が発動するかは分からない。また爆発か? それとも銃火器が追加で出てくるか? 私が瞬間的に粉微塵になってもおかしくない。

 

 でも、私は絶対に死なない。私は穂村さんと戦うまでは、どんな攻撃でも斃れない。絶対、絶対、絶ッ対に死なない。

 

 死にたくない、ではない。そんな奇跡に頼りきっていれば、彼女は殺せない。奇跡は頼るものではない。諦めない人にだけもたらされるものだ。こんなところで諦めてたまるか。

 

 イマジネーションの世界では、なんでもアリなんでしょ? 穂村さん。

 

 なら私は、イマジネーションで彼女に、ヒートさんに立ち向かうよ。

 

『やってみろ!!!』

『……気でも違えたか』

『私は死なない!!! あなたに私が殺せるものかッ!!!』

 

 うろたえたヒートさん。しかし構わず、改めて私に向かってラリアットを直撃させようとする。

 

 寸前、私はニヤリとこの言葉を口に出す。

 

『あなたの攻撃、私にトドメを刺そうとする時だけ、『絶対無敵の超強力バリア』が張られるんだよね』

 

 衝突音。それは私と彼女の腕ではなく、私の周りに出たバリアとのものであった。

 

『!!?』

『オイオイ……』

『ハァ……ハァ……』

『何だ!? あのバリア!』

 

 全員が、私含めてその場の全員が、驚愕する。まさか本当に成功するとは思わなかった。

 

 今の作戦が確信に変わらないあたり、まだまだだな、私も。

 

『ほ〜〜らね』

『何故!? ……まさか!!』

『穂村さん以外に、殺されてたまるもんですか』

 

 部長に支えてもらっていたはずが、気づけば立てるようになっていた私は、彼女にジリジリと歩み寄る。

 

『この命は、穂村さんにあげるの。そして、穂村さんの命だって私のモノ……私がここに立ってるのは、あなたなんかに負けるためじゃないんだ!!!』

 

 屋上の道路側のフェンスにぶつかる彼女の、藤黄のジャージの襟元を掴み、私はキスしそうな距離で叫ぶ。

 

『これは命の誓いだッ!!!』

『ッ……!!』

『あなたなんかが!!! 踏み込んでいい『世界』じゃあないんだぞッッ!!!』

『知るか!! 惚気聞かせやがって!!!』

 

 私は飛び降り、再び日本刀を手にする。そして、原田木先輩のように彼女を挑発する。

 

『ありがとうね、バラダギ。もうすぐ時間だけど、おかげでしずくが勝てそうだよ』

『えー? 俺、まだアイツと戦いたいんだけど。てか俺のおかげって何?』

『……気づいてなかったのかよ、演劇バカ』

『はあ!? お、お前が言うな!』

 

 部長たちはそう言い合いながら、ビルの上から上へと移動していく。

 

 私のいる道路へと着地した彼女は、プロレスマスク越しでも分かるくらい青筋を立てていた。

 

『ほら、タイマンだよ。全部を捨ててかかってきて』

『捨てるものなど、もう自分しかない』

 

 そう言いながら放たれたダブルラリアットを、私は刀ではなく、素手で受け止める。

 

『!!?』

『……もう、負けないって決めたの。だから絶対、あなたに私は倒せない』

 

 私は怒り狂う彼女をいなし、同じくラリアットをぶつけて後退させる。

 

『……何も、無いの? 仲間も?』

『利害が一致しただけだ!! ……“メタル”でさえも、私の駒に過ぎない』

 

 そんなことないように思えるけどな。

 

 あなたたちの思惑は分からない。でも、今の私なら分かるよ。

 

 あなたの能力も。あなたの本当の気持ちも。

 

『本当の自分をさらけ出すのは、怖い。受け入れられないのは、辛い……分かるよ、その気持ち』

『……お前に何が分かる』

『分かるよ。それでも本当に一番怖いのは、さらけ出せずに限られた時間を終えること』

 

 繰り返されるプロレス技。その中で、私は刀を鞘にしまったままで彼女をいなし、諭す。

 

『みんな、じゃなくても……少なくとも、メタルさんは……受け入れてくれてたんじゃない?』

『違う!! あんな奴、ビジネスで繋がってるだけの!!』

『それ、あの子の前で言わない方がいいよ』

 

 穂村さんもそう。周りを信じられなくて、つい周りの善性に唾を吐いて……私だって、ついこの前までそうだった。

 

『でも、私は逃げない!!!』

『お前は恵まれていただけだろォッ!!!』

『周りの声をどう受け取るかは自分次第だよッ!!!』

 

 そして私は、刀を抜いて“スーパーリリックとマサコさんの帰還”を放つ。居合切りのようなものだ。

 

 ボトッ、と落ちる彼女の左腕。ニヤリとした私に、彼女は舌打ちをした。

 

『私は、私を好きでいてくれる人達から逃げたくない!!!』

 

 そう言った瞬間、雨足が強まる。まるで、今回の台本で私が歌い出す瞬間のように。

 

『片時雨の下手で、血塗れのシャツで。胸には涙、顔には笑顔で、今日も私は舞台で歌う……呪いの雨を振り切り進む、舞台を照らす一縷の雫』

 

 刀を牙突のように構え、私は彼女の頸を斬る決意を、今ようやく固めた。

 

『虹ヶ咲学園24期生、桜坂しずく。舞台に残るのは、私だけでいい』

 

 可哀想だろうが、私の言葉が刺さらなかろうが、もう私には、穂村さんと戦う以外の選択肢はないのだ。

 

『……でも、それじゃあちょっと救いがなさすぎる』

『は……?』

『私、ハッピーエンド至上主義なの』

 

 私はそう言うと、とあることを思い浮かべる。“ヒートさんの能力の一部”として。

 

 すると、面白いくらいに私の“想像通り”に、彼女の隣にとある人が現れた。

 

『メタル!?』

『…………助けに、来た』

 

 メタルさんは棍棒を構える。ヒートさんは軽く泣きそうになりながら、彼の低く横に構える背中に寄りかかり、深呼吸をする。

 

『うんッ……あいつ、ぶっ殺そう』

『紅葉の、弟子……』

 

 

UNISON SQUARE GARDEN

『桜のあと(all quartets lead to the?)』

 

 

 彼女の能力の正体。それはおそらく、“相手の想像したものを生み出す”ことだろう。

 

 最悪の想像が当たったのも、原田木先輩の言った通りのものが現れたのも、多分その能力のせいだ。それで相手を絶望に追い込み、もう殺されるしかないという所まで追い詰めるのが彼女の得意な戦い方だろう。

 

 だから私は一度、希望を見出すことにした。絶対無敵のバリアは、その希望のあらわれである。

 

 一見、相手にとっての絶望そのものになれる彼女は無敵に思える。しかし大きな欠点は、タネがバレたら凄くも何ともないというところだ。逆に利用されて負ける、なんてこともあるだろう。それが今の彼女と私のタイマンの状況だ。

 

 最初の赤鬼も“叉紋創着”ではなかったということだ。おそらく“叉紋”が得意な“自分0%型”でもない。つまり武器に頼りきって戦う彼女の型は“自分100%型”だったということだ。見事に騙されちゃったな。

 

『私の“ドンダバダ”が通じない!! なんでッ!!』

『……あなたのこと、怖くないから』

『!? な、ナメんなッ……』

 

 彼女のプロレス技に合わせて、間髪入れずにメタルさんが棍棒で襲いかかってくる。私は片手の刀でそれを受け流し、プロレス技をもう片方の手で受け止める。

 

 ヒートさんとメタルさんの連携は異常なまでに息が合っている。それにヒートさん自身も驚いているようだった。

 

『ねえ』

 

 メタルさんと鍔迫り合いをしながら、私は彼女に優しく語りかける。

 

『あなた、美しいよ。怪人(ファントム)みたいで』

『!! ……この……このォッ』

 

 それを聴いた彼女はわなわなと手を震わせて、堪忍袋の緒が切れたとばかりに怒鳴る。

 

『このアマチュアアイドルが!!!』

『それもやめなよ』

 

 心にもないことを言うのはやめなよ。それは一番悲しい演技だよ。

 

『スクールアイドル、好きなんでしょ?』

『!!!』

 

 彼女の流した曲は、かつて神田にあった学園の伝説的スクールアイドルの曲だ。

 

 演者はしばしばゲキバトルの中で、自分の好きな曲を流して気分を乗らせるという手法をとる。彼女にとっての十八番にして自分の支えになる曲、自分が絶好調の時に流したい曲だ。

 

 かすみさんに勧められた時に聴いててよかった。後でお礼言わないと。

 

 そのことを突きつけられた彼女は、もはや威力を完全に失ったプロレス技でもないパンチを私に当て続ける。まるで子供が駄々をこねるように。

 

『私はずっと……ずっと、スクールアイドルになりたかった。歌だって、ダンスだって、たくさん練習して……でも、こんな顔じゃ……人前に、立てなくて……可愛くもない、こんな私……』

『それで、仮面をつけて舞台に立ったの?』

『私には!! 演劇しかなかったんだよッ!!! そんな私をッ……スクールアイドルが負かすとか……はは、どんなお笑いだよ……』

 

 そのうちヒートさんはへたり込む。戦う意思を失った相棒の元に、メタルさんは驚いて駆け寄る。

 

 背中を撫でられる彼女に向かって、私は納刀して歩いていく。

 

『じゃあ、私のライブ……見てくれる?』

『へ……』

『怪人なら、歌を教えてくれるんだよね。あなた、歌は練習してたんでしょ? 舞台に立てなかっただけで』

 

 私は彼女のマスクをゆっくりと外す。そこには、火傷で大きく爛れた肌があった。顔自体は整っているので、人によっては勿体ないと言うだろう。

 

 彼女の顔が、どうして隠すしか無くなるほどになってしまったかは分からない。誰にこうされたのか、はたまた事故でこうなったのか。それは分からない。

 

 でも、分かるよ。あなたはずっと、歌いたかったんだよね。顧問から聞いたよ。『今回はミュージカル対決だ』、って。

 

『もちろん……もちろんだともッ……』

『ふふ』

音楽の天使(エンジェル・オブ・ミュージック)よ』

 

 あなたの歌、観客席で聴くのが楽しみだよ。

 

 ようやく笑った彼女に、メタルさんは寄り添い、手にキスをする。それに驚いた彼女は、数秒硬直した後に、抱きついて彼の唇を奪う。

 

 私は再び“スーパーリリックとマサコさんの帰還”で、彼女も気づかないうちに2人の頸を斬る。

 

『……ありがとう』

 

 ふたりの首が、唇がくっついたままで落ちた。

 

 そして、ゆっくり、ゆっくりと光に包まれながらふたりはゲキバトルから“再起不能(リタイア)”していく。

 

 そうだ。好きなことを頑張るのに、おしまいなんてない。いつでも、誰でも、何にでもなれるはずだ。

 

 彼女が歌で劇の世界を生きていくことを、私は心の底から願っているよ。

 

 だって、私の思い浮かべたことは本当になるんでしょ? 彼女の意思とは関係なく……。

 

『こだわった倒し方するじゃん』

 

 私の後ろにいたのは、微笑む新羅先輩だった。

 

『大丈夫? そんなんじゃバテるよ?』

『いいんです。これで倒れるならそこまでの演者……それに……』

 

 あのメタルさんは、本物ではない。しかし、私の“叉紋”でもない。私が全力で想像した、ヒートさんの武器の能力である。

 

『私の言葉(クリシェ)より、メタルさんの姿の方が雄弁かなって』

 

 ビルの壁に寄りかかり、私は肘の内側で刀を拭う。穂村さん、まだ生きてるかな。本物のメタルさんにやられてないといいけど。

 

 いや、絶対に生きてる。私よりも強いエゴが、彼を守るはずだから。

 

『こういう時、穂村さんなら上手くやれると思うんですけどね』

『……最近、よく花火の話するね』

『別に好きとかじゃないですよ』

『うん、言ってないよ』

『気づいたら彼のこと考えてるとかじゃないですから』

『しずくちゃん、人狼下手でしょ』

 

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