片時雨の下手で   作:苗根杏

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特別編#4 Mの意地/花火、ラブファントム

 

 

『うおおおおおおお!!!』

『待てッ、穂村ァァァァァァ!!!』

『待てと言われて待つかよ!! バーカ!!』

 

 しずくとヒートとは離れ、メタルとやらに追いかけられている最中。俺はとある場所を見つけた。

 

 目の前に、どデカい看板で『MUSEUM』とある建物。普通の高一なら余裕で分かる英単語。博物館の類の建物だ。外観も廉価版国会議事堂、お試し版ホワイトハウスって感じの、それっぽい趣。

 

 この中にあるものなら、俺でもある程度『扱えそう』だな。博物館と一口に言えども、化石、宝石、今いる生き物、昆虫、水生生物、国宝、考古学のあれこれと、いろんな博物館があるからな。中にあるものが何なのかは分からないが。

 

 ま、ここの中にあるであろうものを使う前に倒すことができれば、それが一番いいんだけどさ。

 

『“一刀流”』

『ム?』

『“火葬曲”』

 

 俺の日本刀“桜ノ雨”は、鞘走りの過程で火がつき、燃える。火の宿った刀は、彼の首に一直線に向かう。

 

 金属どうしがぶつかる甲高い音。メタルは手に持った杖で、俺の刀を受け止めた。

 

 なあに、こっちは炎属性だぞ。鋼属性には効果バツグン。このまま燃やし尽くしてやる。そう意気込んで、コンロ感覚で火を強める。

 

 しかし、俺の摂氏1000度の炎は、杖をびくりとも動かせず、ただの鍔迫り合いになる。というか、こっちが両手で押してるのに、彼は片手でゆうにそれを受け止めている。

 

『バ〜〜カ……』

 

 メタルは舌を出し、もう片手でバンダナを直す。

 

『俺の杖は『タングステン』。工業用の材料や電球のフィラメント、医療分野に宇宙にも……またの名を『万能金属』……』

 

 名前でしか聞いたことがないが、なあに、万能金属だろうが俺の炎でグツグツのシチューに──

 

『タングステンの融点は、摂氏3422度。華氏にして6192度だ』

 

 うっそぉ。

 

『糸にすれば頸もスパッと切れるぞ。やってみるか?』

『遠慮しときまァ〜す!!』

 

 俺は刀をしまい、一目散に駆け出す。不利だと分かった俺の足は、走り出した恋くらい止まらないぜ。

 

 というか、糸にするって何だ。杖そのものの能力か? それとも彼の武器は……。

 

 考え事をしている俺の前にある博物館に、俺は滑り込む。

 

 何かここに使えそうなモンは無いか。俺はドアを閉め、そこに寄りかかって館内を見渡す。

 

 ドアの向こう側から、足音が聞こえ、寸前で止まり。

 

『何のつもりだ。ガンタンクR-44でも出すつもりか?』

 

 そんな声が聞こえてきた。

 

『F91おもろいよなー、俺も好きだぜ』

 

 軽口を返しながら、俺は博物館のロビーに鎮座する5メートル級の“そいつ”を睨む。

 

『俺は“自分50%型”。“自分0%型”のような大掛かりな“叉紋”はできねーぜ』

『その半々野郎に何が出来る!! 紅葉の弟子!!』

 

 ドアから離れて、俺はそいつによじ登る。

 

 メタルが博物館にドアを蹴って入ってきた。そこには。

 

『ティラノサウルスと一緒に暴れる、とか?』

『……ひっ』

 

 動く化石がいた。

 

『うおおおおおおおおお!!?』

 

 ティラノサウルスの化石に乗った俺は、『ははっ、走れ走れー!』と言う。するとティラノサウルスは素直に全速前進。ドアどころか博物館の正面をぶち壊し、メタルに向かって襲いかかる。

 

『なんでだ!? “叉紋”はできないはず……! くそっ!!』

 

 俺がティラノサウルスを“叉紋”したと勘違いして、毒づいたメタルは、スパイダーマンみてえに、もしくはウチのバラダギ先輩のように、どこからともなく糸を出す。

 

 次々に出しては切って、出しては切ってと、その糸を引っ掛かりに絡めて飛んでいく。

 

 あー、やっぱ杖そのものが武器じゃあねーな。

 

 アイツの武器は『タングステン』とやらそのもの。それを操る熱も……だ。ある意味、ミラーマッチと言ってもいい。いや、あっちの方が恐らく炎の温度としては高いだろうけどさ。

 

『ここはゲキバトルの“製界(せかい)”。舞台に関わる人間の集合的無意識の塊……つまり、みんなの認識が重要なんだ』

『認識!? どういうことだ!?』

『何の影響か、人は無意識に『夜の博物館は恐竜の化石が動き出す』と認識しちまってんだよ。つまり、こうやって動いてもおかしくないわけ!』

 

 18世紀のロンドン然とした街並みを、ティラノサウルスが駆け抜ける。遠くにはエッフェル塔のようなタワー、タイムズスクエアのような繁華街が見える。明確にどの国とは決まっていない感じか。

 

 そして、そのタワーたちに匹敵する日本人形もチラリと見えた。暴れてんな、あの人……。

 

『ちくしょう、ちくしょうちくしょうッ!! 聞いたことねーぞ!! そんなの!!』

 

 メタルは先程の俺の言葉を鵜呑みにしているようだ。

 

『だってウソだし』

『……へ……?』

 

 思わず彼は立ち止まってしまった。そして噛み付いてくるティラノサウルスの顎を、糸を引き戻して作った杖をつっかえ棒のようにして止める。

 

『ど、どういう……事だ……!!』

『別に、ひみつ道具とかウルトラマンとか出せって言われたら、能力や技を再現して出すのは『自分0%型』みたいなパッションタイプが一番いいだろ? でもこんなスカスカのホネホネを動かすくらいなら、俺でもできるさ。特に能力もない、ただの恐竜に逃げ惑う……初心者相手には』

 

 歯をギリギリと食いしばり、悔しそうな顔のメタル。青筋浮かんでっぞー。

 

『麻琴先輩の“あの子”には及ばないけどな』

 

 こんなんで驚いてたらキリねーぜ。所詮は1年、ということか。この様子だと中学演劇も通ってこなかったか。

 

 俺はティラノサウルスの上で腕を組み、ニヤニヤとする。何故なら、巨大な何かの足音が近づいてくるのを感じたからだ。

 

『今度は何だ!!』

 

 余裕もなくイラついているメタルの、後ろのビルが砕けた。

 

 振り返った彼の前にいたのは、50メートルはある市松人形。綺麗に仕立てられた着物は汚れきっており、返り血も目立つ。

 

 その人形の肩には、ティラノサウルスを見てはしゃいでいるウチの先輩がいた。

 

『おおっ!? ティラノサウルス! ナイトミュージアムか!』

『先輩!』

 

 大土麻琴先輩、そして“HANAKO”だ。

 

 彼の超特大“叉紋”技で出てくる“HANAKO”は、その図体で山を削り、海を割り、歩くだけでビルをもぶっ壊す。

 

『“ザ・ヴァージン・スピリット”』

 

 そして、その口から吐き出されるビームは空をも穿つ。人形っていうか、怪獣だな、ありゃあ。

 

 俺とティラノサウルスが素早く後退すると共に、“HANAKO”の口が開き、ビームが飛び出す。それはメタルに直撃。地面はえぐれて、周りのビルも粉々になる。

 

 派手にやるなあ。飛んでくる瓦礫を刀ではらいながら、俺はニヤつく。

 

『これは初舞台記念のプレゼントだ! トドメは花火が刺しな!』

『あざっす!!』

 

 ズシン、ズシン。今の音を聞いてやってきた藤黄の奴らをやっつけに、麻琴先輩と“HANAKO”は去っていく。

 

 あんな芸当は俺には無理だな。杖だけで万能だってのに、やっぱり先輩はすごい、と俺は憧れの眼差しを向ける。

 

 さすがに死んだだろ、と俺はメタルが先程いた場所を見る。彼の姿は見当たらない。

 

 が、ティラノサウルスの足の方に、服がほとんど破れていながらも這いずってしがみついているメタル。

 

『くそお……紅葉の……紅葉の弟子……!!』

 

 こいつは驚いた。ティラノが足をブンブンと振り回しても、彼は執念だけで手を離さないでいる。よく見ると、タングステンの糸でティラノの足に自分をくくりつけていた。

 

 タフネスさはあるようだ。さっきのビームを食らってなお、その顔から笑みは消えていない。まだ俺を倒せると思ってんのか。

 

 バカヤロー。俺はこの後、しずくと殺し合いのデートがあるんだよ。倒せるもんか。お前みてえなぽっと出の輩に。

 

『あと俺、部長の弟子じゃねえぞ?』

『えっ!? じ、じゃあ誰の……!』

 

 驚くメタルに、俺は告げる。

 

『“蛇崩神楽”師匠』

 

 その言葉を聞いた瞬間、彼はピクリと身体を動かす。しばしの沈黙。

 

 しびれを切らしたティラノサウルスが、彼に向かって咆哮を浴びせる。すると、彼の手から出たタングステンの糸が、化石の身体全体に絡まる。

 

 そしてその糸はギチギチと締まっていき、チャーシューのようになったティラノサウルスは徐々に縮こまっていき、大きな音を立てて砕けてしまった。

 

 ティラノの断末魔をものともせず、気づけば俺にその糸を絡ませている。やっべ。

 

『……そうだとしても、我らの……』

『ああ? 何だって?』

 

 そう俺が、焦りを隠して余裕そうな演技をして聞くと。

 

『“アッシュカン・ミュージアム”の敵に変わりは無い!!!』

 

 てな感じで叫ぶもんで。

 

『え? だって紅葉部長が目当てじゃ……』

 

 つかその組織なんなんだよ。という俺の言葉を待たずに、メタルは糸を器用に操り、俺を振り回してビルたちにぶつける。鈍く瞬間的な痛みが断続して襲ってくる。

 

 何回も、何回も、俺を捕らえた糸をぶん回し、とうとう息切れした彼は、ぽつぽつと話し出す。

 

『あの“連合軍”には2人のリーダーがいた……範田紅葉と、蛇崩神楽……』

 

 俺はその“連合軍”という言葉にビクッとする。そうか、ウチに喧嘩を売ってきた理由が分かったぜ。

 

 なら、ウチを倒した後に狙うのは、師匠がいる“甲斐青沼高校”……。

 

『……ヤバいじゃん!?』

 

 俺も師匠もヤバい!! 

 

 元々倒すつもりではいたが、ここでヘマはできないな。

 

『死ね!! 蛇崩神楽の弟子!!』

『うおおおおおッ!!? 2アウトォォ────ッ!!!』

 

 紅葉部長の部下であり、神楽師匠の弟子である俺は、彼にとってダブル役満の超がつく仇。こりゃまずい。

 

 俺は身を捩って抜け出そうとする。が、どうにも抜け出せない。そのうちメタルはまた、糸を振り回して俺を叩きつけ始める。

 

 だが、今の発言である程度、こいつの所属する組織の正体が分かったぜ。何年か前にあった、部長と師匠が一時的に手を組んだとか言ってた事件。師匠から聞いたことがある。

 

 こいつ、『演劇人優生思想』とかいうふざけた軍の残党かよ。

 

 なら中学演劇の頃からやってそうだな。じゃあ俺のティラノサウルスにいちいち驚いていたのは、単にテンパっていただけか。

 

 くそっ。摂氏6000いくつだっけ? こいつの糸の融点。

 

 俺の炎が例え青かったとて、出せる温度はせいぜい2000度が関の山。どうする、俺。

 

 糸を溶かさずシンプルにスパッと切る。それにしても硬いぜ、こいつの糸。俺の全身にめり込んで、俺自身が刻まれつつあるからな。

 

 なら本体を叩くか。

 

 メタルまでの距離はおよそ4メートル。そして縛られている都合上、刀は出せない。

 

 こういう時は、俺は決まって師匠の教えをリフレインするようにしている。

 

 ──『花ちゃん、今の見たかい? というか、“視えた”?』

『な……し、師匠の“刀”が……“視えました”……この人、斬られたんですか!?』

『錯覚だけどね』

『それは、どういう……?』

『現実とゲキバトル世界、両方における経験値が著しく高い神楽は、気迫のみでゲキバトル世界での斬撃や打撃を再現して、相手に食らわせることができるんだよ』

『……現実世界で、武器を使える……』──

 

 神楽師匠を知っている彼にこの技を使うのは少々リスキーだ。しかし、今はこれしかない。

 

 俺はまだまだ未熟だ。少なくとも師匠に比べれば。だから、現実世界で斬撃を浴びせるなんてことはできない。

 

 でも、ゲキバトルの中なら。

 

 念じろ、思い浮かべろ、イメージするんだ。怒り狂ったアイツの火に油を注ぐような、そんな火に負けない、燃える……とっておきの剣を。

 

『……“無刀流・夢幻紅蓮の剣(ミラージュフレイムソード)”』

 

 俺がそう唱えると、空中に一本の剣が飛び出る。聖騎士の剣といった風貌のそれは、俺の日本刀“千本桜”と“桜ノ雨”、どちらにも似ても似つかない両刃の洋刀だった。

 

 それはメタルに向かって飛んでいき、俺の思い通りに動いて、彼の首に。

 

『ッ!!? ……ぐ、おお……!?』

『またの名を“甲斐初音流(かいはつねりゅう)・透明暗殺術”』

 

 

Imagine Dragons

『Bones』

 

 

 グサリと刺さる。そしてほどなくして、その剣は消えてしまう。

 

 俺の二刀流や一刀流をはじめとした技は、師匠の流派“甲斐初音流”から派生したものである。“夢幻紅蓮の剣”は、師匠の“透明暗殺術”に、俺が好きな聖騎士セツナのエッセンスを混ぜ込んだ技だ。

 

 こいつに斬られたら、全身が燃えたように熱くなるぜ。お前の武器のタングステンは燃えなくても、お前自身が燃えれば──。

 

『ぐああああああああああああッッッ』

 

 

THE 

BOYS

 

 

 熱さに耐えかねて、糸を離して身体をよじり、じたばたするメタル。他から見れば、というかジッサイ無傷だってのに、滑稽にものたうち回ってやがる。ざまあみろ。

 

 それに、身体が燃えたくらいでそんなに暴れるな。

 

『くそっ……貴様ァァァァ!!!』

 

 メタルは怒り、こちらにでたらめな糸を飛ばしてくる。こちらの、俺の目の方へ。

 

 潰そうってか。エイムはいいが、狙いが甘いな。

 

 俺は自分の意識を手放し、ふらっと後ろに倒れる。糸は空を切り、向こうに飛んでいく。

 

 ああ、今回演じる役の情報が頭を侵していく。

 

 いつまで経っても、あまり慣れないな。“自分0%型”に近づくのは。

 

 メタルは『なんの!! まぐれがッ!!』と、こちらに無数の糸を飛ばす。いや、こりゃもう太さ的に糸っつーか矢だな。

 

 万能金属の矢が、弓無しでこちらに飛んできて、仰向けの俺のいる場所に刺さる。

 

『……!?』

 

 刺さった音で気づいたか。お前の矢は、俺じゃあなくって、いや、正確には俺にもだが、最終的には俺を、俺の服を貫通して地面に刺さった。

 

 俺は無傷だがね。

 

 ここで一度、小難しいことをおさらいしよう。演者は大きく2種類に分けられる。

 

 役の代弁をする、あくまで自分の意識がメインの“自分100%型”。こちらは主に武器ひとつで戦うのが得意で、アドリブは苦手だが冷静に戦える。しずくや部長なんかがこのタイプだ。

 

 逆に、自分の意識よりも役の意識が強く、俗に言う憑依型の演技をするのが“自分0%型”。武器も使うが、“叉紋”系の技が得意な熱血タイプ。麻琴先輩、バラダギ先輩、そしてクソ親父こと穂村燃の型だ。

 

 俺は“自分0%型”になると自我を失い、暴走する可能性があった。しかし俺の戦闘スタイルに合うのは“自分100%型”ではなかった。

 

 そこで俺は良いとこ取りをするために、独自の型である“自分50%型”を研究し、我がものとした。

 

 自分の意識を保ちつつ、役との二人三脚。これによって得られるメリットは数知れず、アドリブもできるわ、自分の演じ方も残せるわで、俺にはこの型がどうにも合うようだった。

 

 それに。

 

『もう分かったろ?』

『ッ……』

『俺は“炎”だ』

 

 雨が降ろうと矢が降ろうと、決して消えない。俺の心の炎を具現化したような、そんな姿。

 

 いつでも“100%型”と“0%型”、どちらにも寄せられるし。役を出しすぎず、自分を出しすぎず。俺の強すぎるエゴを抑えつつ、時には役に身を委ねることもできる型。

 

 俺は咄嗟に身体を炎にしたのだ。俺が“0%型”に近づくと、自然と身体が燃えて、炎そのものになるのだ。原理は俺にも、誰にもよく分からんが、とにかく今の俺は“50%型”から少し寄って“20%型”ってところかな。

 

 矢をものともせず、俺は飛んで起き上がる。

 

『当ててみろよ』

 

 そう挑発すると、メタルは完全にキレてしまったようで、ヤケクソ気味に叫んでこちらに杖をぶん回してくる。

 

『穂村の息子が調子に乗るな!!!』

 

 俺の炎の身体に、杖が何度も叩きつけられ、刺される。これで痛くも痒くもないの、ホントどういう仕組みなんだろーな。

 

『誰に向かって口をきいている?』

『ッ!!?』

『穂村の息子だと? 俺は千両役者になる男、花火だ。それ以上でも、それ以下でも、それ以外でもない』

 

 それよりも、この俺が1年ぶりくらいに出したレアな姿に感激しろよ。かっけーだろ? 髪も炎になっててさ。

 

『お前、1アウトな』

 

 俺は腰から“千本桜”と“桜ノ雨”を抜く準備をする。鯉口からチラリと見えた刀身は、錆びていた。まるで戦いを待ち望んで、拗ねたかのように。

 

『神楽の!! 神楽の弟子!! 絶対に殺す!!!』

『師匠を呼び捨てするな。2アウト』

『殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる殺してやる殺してやる殺してやるッ……殺してやるゥゥゥゥゥウウウウウッッッ!!』

 

 完全にヤケクソのメタルは、ぶんぶんと振り回していた杖を握り直し、俺に向かって振り下ろす。大根切りの要領だ。

 

 彼の殺意の叫びの向こうで、俺はイントロに乗ったしずくの声を聞いた。

 

 ああ、じゃあ、コイツ黙らせないとな。

 

『“二刀流奥義・桜前線異常ナシ”』

 

 俺は彼の首を、超スピードの奥義ではねる。錆びるほどキレやすいんだぜ、うちの刀。

 

 

桜坂しずく

『Solitude rain』

 

 

『うるせェな。桜坂の歌が、聞こえねーだろ』

 

 段々と燃えていく彼の首と身体に言う。

 

 餞に耳をすませ、“演劇人優生思想”の残党よ。これが新時代、“高校演劇第三世代”を引っ張っていく、桜坂しずくという大女優の歌だ。

 

 勝利の女神がもたらす救いの歌だ。

 

『3アウトだぜ』

 

 俺が今回の台本に出てくるセリフと全く同じ言葉を口にすると、メタルだったものはすうっと世界から消えていった。

 

 まあ、今となってはどうでもいい。ここで完膚なきまでにやっつけちまえば、師匠に挑む気力も無くなるまい。てか、師匠が負けるわけねえし。手を煩わせるだけ無駄だ。

 

 俺は、街中に響き渡るしずくの美しくも力強い歌声に、うっとりとため息をつく。

 

 そして、思い出したように身体を元に、意識を“自分50%型”に戻す。これ、結構疲れるからな。早めに戻っておくに越したことはない。

 

『……見つけた』

 

 これから本番だからな。

 

『おっ。どうだった、桜坂』

『……なんてこと、なかったよ』

 

 振り返ると、そこには歌い終わったしずくがいた。

 

 吹っ切れているようであって、日本刀をむき身で持っているしずくは、身体の半分くらいの面積が血塗れになっていた。なんてこと無さそうには、とても見えない。

 

 雨足が弱まってきた。空を見上げると、雲の切れ間から光が指している。そろそろ、雨が上がりそうだ。

 

『……やろっか』

『おう』

 

 しずくが刀を構えると、彼女の頭上が明るくなっていく。彼女のいる方から徐々に晴れていっているのだ。

 

『ふふ、そっちだけ雨降ってる』

『片時雨って言うらしいぜ、こういうの』

 

 びしょ濡れの俺は、なおも雨に降られ続けている。

 

『片時雨……素敵な響き』

 

 ふと、背後から風の音。俺が適当に刀を薙ぐと、数回金属に当たる音がした。

 

 振り向くと、矢が落ちていた。そして、数多の藤黄学園の連中の姿。

 

 あんなに出す必要あるかね。てか人多いな。そんな生徒数いたっけ、あそこの学園。

 

『チェストおおおおおおおおッッッ』

 

 俺が振り向いたのと同時くらいに、そう言って奴らは走ってきた。

 

 クソが。しずくの方を見ると、彼女は息を切らしながら、藤黄と交戦しようとしている。

 

 せっかく強敵相手に戦って、俺とやり合う時の体力を残してくれたってところのしずくに、コイツらと戦うってタスクを背負わせるのは忍びない。

 

『虹ヶ咲学園!! 覚悟ォォッッ』

 

 あー、もう避ける気にもなれないな。

 

 棒立ちの俺の元に真っ先に駆けてきた奴のタルワール・直剣・斧は、それぞれこめかみから頭ぶった切り・腹に刺突・足を折るって感じの軌道を描いていた。

 

『“二刀流・右肩ノ蝶”』

 

 普通の技では間に合わないと察した俺は、超スピードで刀を振るえる技で3人の首をはねる。

 

 血飛沫と雨が俺の身体を濡らす。

 

 しずく。ずっと、そうだったよな。お前の立ってる方は、晴れていた。

 

 お前は良いよな。始めたてで、演劇人優生思想の残党にも勝てる強さがあるし。可愛くて、綺麗で。

 

 俺なんかを誘ってくれる優しささえなければ、俺は惨めになることもなかったんだけどな。

 

 思い出し怒りのようにカチンときた俺は、指を鳴らす。すると、印象的かつ神秘的なギターのリフと、シンセサイザーが聞こえてくる。

 

『この前奏が終わったら、斬り合いだ』

『とことんエゴイスト』

『エゴくてナンボっしょ、ゲキバトルなんて』

『部長と同じこと言うんだね』

 

 

B’z

『LOVE PHANTOM』

 

 

 俺としずくは、神でも降りてきそうなイントロの中、抜刀して構えに入り、睨み合う。

 

 歌詞が聞こえてきたところで、俺は再び“二刀流・右肩ノ蝶”を放つ。しずくは刀でそれを受けるが、俺の方が刀は一本多い。勢いに押され、後ろに大きく吹っ飛ぶ。

 

 なんとか着地したしずくに、俺は斬りかかる。しかし、彼女は“Water〜例えば水〜”で、刀で斬った空間から水を放出する。

 

 随分と気合いが入っていたのか、水流はまるでダムの放水のような勢いで俺に襲いかかる。

 

 勢いが完全に殺された俺。しずくは洪水に“タマリ”を撃ち、猫の恩返しでゼリーに閉じ込められたムタさんのように、俺をスライムの中に閉じ込める。

 

 粘性がけっこうあるな。身動きがあまりとれない。それに息もできない。苦しい、苦しい、苦しい。そんな考えが俺の中にこだまして、集中力が落ちる。

 

『……“現実は小説より奇なり(ファフロツキーズ)”』

 

 それ、何の技だっけ。思い出すのに時間がかかる俺は、空をゆっくり、ゆっくりと見上げる。スライムの拘束がが俺をゆっくり解いていき、顔だけがスライムの中から出た俺は、止まっていた呼吸を再開する。

 

 べちん。水気のある鈍い音。俺の目に直撃したのは、ニシンのような魚だ。

 

 1989年、オーストラリアにて。それだけしずくはつぶやいて、俺にサーディンを降らせてくる。俺の後ろにいる藤黄の奴らも、気味悪がって後退していく。

 

 一つ一つがそこそこ大きいもので、頭にぶつかる度に首の骨が折れそうになる。そして身体の方は未だにスライムが解けきっていない。刀で振り切ることもできない。

 

 ふざけた技だ。俺はイライラして、刀を震わせて熱を込める。“二刀流・紛熱飛(magnet)”だ。

 

 刀を振動させ、そのエネルギーで刀身が発熱する技。チェンソーのように、動かさずとも触れているものが自然と斬れていくという副次効果もある。

 

 が、それより先にしずくは刀を思い切り縦に振り、“オードリーの瞬き〜1000年に1人の奇跡〜”で自分の“演劇人のオーラ”を濃縮して斬撃にして放つ。

 

 月牙天衝かよ。俺はそれを真正面から受ける。

 

 スライムが衝撃で飛び散り、俺も真っ二つになりそうなくらいの切り傷を負う。

 

 やりやがったな。“二刀流・黄燐ノ炎”で黄色い炎の輪を飛ばし、しずくを拘束しようと目論む。

 

 しかし、炎に対して有利なのは水だ。しずくは自分の周りの地面に刀で輪を描き、“ある海が見える丘の物語”を発動する。

 

 するとしずくの周りの空間は一瞬にして海になり、彼女めがけて飛んでいく炎の輪は情けない音を立てて鎮火、消えていってしまう。

 

 海の空間を出たびしょ濡れのしずくは、ニヤリと笑う。

 

 そうだな。小技の応酬を繰り返していてもキリがない。やろうじゃねえか、単純なる純力量比較(ちからくら)べを。

 

 俺としずくは同時に地面を蹴って斬りかかる。刀がぶつかり、ぶつかり、またぶつかる。

 

 稲葉さんの歌声が響く中、俺らはただ無言で斬り合う。後ろからふと『しずるさんだ』という声が聞こえた。

 

 そのうち、体力の限界が来たしずくは、『“見上げてごらん夜の(ほし)を”』と唱える。

 

 空から、轟音。何かと思えば、流星群が降ってくるではないか。

 

 そうか。こういう“降ってくるもの”として瞬時に浮かぶものはファフロツキーズに分類されないのか。

 

 バラダギ先輩でもないと、潰されて即再起不能くらいの大きさの、燃える隕石が雨のように降ってくる。どうしたもんか。俺、バリア技とかないんだよな。

 

 しずく、本気だな。既に息も絶え絶えって感じの彼女に、俺は笑いかける。

 

『……桜坂』

『えっ』

『ありがとうなあ』

 

 こんなに全力で、俺と戦ってくれて、ありがとう。

 

 ごめん、師匠。俺は“一刀流・罰破(ばっは)”で、師匠から譲り受けた日本刀“桜ノ雨”を爆発させる。

 

 師匠のイマジネーションやパッションの籠った刀は、とんでもない威力の爆破を引き起こし、隕石をも吹っ飛ばす。

 

 ヤケクソの自爆か。しずくは『呆気ない幕切れだね。私にやられるのがそんなに嫌?』と言う。

 

 いいや、違うね。

 

『斬られたいんだよ、俺は』

 

 しずくの後ろで、耳元で、俺はそうつぶやく。

 

 振り返ったしずくは、刀を握り直し構えるも、既に俺の日本刀“千本桜”は、しずくの両腕を“一刀流・抜錨”で居合のように斬っていた。

 

 俺はさ、こんなゴツゴツした岩に潰されたいわけじゃあないんだ。しずくのその美しい“エイエ戦サー”に斬られたいんだよ。

 

 ま、両腕斬られちゃあ、それも出来そうにないけどな。しずくは両肩の断面からおびただしい量の血を吹き出し、ふらり、とよろけて、そのまま膝をついてしまう。勝負アリだ。

 

『……油断しちゃった。敵わないなあ』

 

 が、彼女の顔は清々しいほどの笑顔だった。これ以上打つ手もなかったのだろう。

 

『いや、ここまで追いついてる時点でバケモンだし』

 

 俺はしゃがみこんで、しずくと目線を合わせる。そして、彼女は俺の言葉を聞いて、声を出して笑い出す。

 

 何かと思えば、『今、自分の強さ認めた?』としずくは歯を見せる。

 

『うぐ』

『穂村さんもさ、あんなこと言った割には素直じゃないよね。意地でも自分の魅力を肯定しないし』

『ぐぐぐ、耳に穴ができるほど聞いた言葉』

『あるでしょ別に、耳に穴は』

 

 似たもの同士なのかもな。俺たちって。

 

『ねえ』

 

 しゃがんだ俺に、しずくは倒れてくる。俺は思わず抱きかかえる。

 

『私の首、斬って』

 

 耳元でそう囁かれるものだから、ぎょっとして俺はしずくを抱きしめる力を強める。連動して血が噴き出した。

 

『お前は主役だろ。俺より先に死ぬとか、ないだろ……』

『斬り合い……死合(しあ)いでしょ? ほら、斬って』

 

 しずくの肩を持って、改めて彼女の顔を見る。血の気が引いて、やつれてるって感じの顔だ。出血が多すぎるのだ。

 

 俺は刀をじっと見つめ、いくばくの間か考えを巡らせる。

 

 LOVE PHANTOMのアウトロが終わり、俺らはしばらく見つめ合う。結果的に、俺はしずくの頭を無造作に撫で、横たわらせた。

 

『そういう甘いところ、嫌いじゃないよ……穂村さん』

 

 勝負あったと察した、俺の後ろの藤黄生の声が大きくなっていく。

 

『あーあー、うるせえな』

 

 あいつら、しずくもまとめて俺らを葬るつもりだな。

 

 奥で暴れてる気配からして、先輩たちは来られない。俺一人でやるしかねーな。

 

 だがそれは同時に、やりたい放題できるということでもある。

 

『そうで〜す!! 藤黄の奴ら含め、雑魚演者共は俺が全員ぶっ殺しましたァ〜〜!!』

 

 俺がそう叫ぶと、ヒートとメタルがやられたことを察して、藤黄の奴らが怒りをあらわにする。

 

『お前らもそうなりに来たんだろ?』

『この野郎ッ!!!』

 

 突っ走ってきた、ナタを持った生徒に対して、俺は“千本桜”を突きつける。

 

『まずそんな見てる暇あったら拘束しろ』

『!?』

『で、ボーッとしてないで斬る!』

 

 刀を向けられて急停止したそいつを、俺は横薙ぎに斬る。首が吹っ飛んでいく。

 

『貴様!!』

『ひょいひょいっと』

 

 怒って駆けてきた奴ら、数人に対して俺は“二刀流・黄燐ノ炎”で拘束を試みるが、そうだ、刀は先程一本爆破させてしまったんだったな。

 

 まあ、一本でもいけるか。

 

『“一刀流・抜錨”』

 

 近づいてきた奴らの首が、数個同時に飛ぶ。

 

『いけると思ったときに首は斬るもんだ、バカ』

 

 拘束しろって言っただろうが。そう思った俺の耳を、鉛玉が吹っ飛ばす。

 

 かなり弾がデカいなと思ったら、怖気付く藤黄の群れの中から、大きな砲身がのぞいていた。

 

 俺はゆっくりと近づく。その間に何回も発砲が行われるが、全て俺をかするか素通りするだけだ。エイムが合っていないのだ。

 

 よく見れば、その藤黄の嬢ちゃんが持っているのは対戦車ライフルだった。オモチャみてーな軽いチャカはロマンに欠けるという主義の俺からすれば、かなり好みの銃だった。

 

『銃……いいセンスだ。そうだな、こういうのは相手の目を潰したり脳を使えなくするために撃つといい。銃は怖いと思われがちだ。そういう思い込みをさせた方がゲキバトルでは強い。舐められたら終わりだぜ』

 

 銃ってのは、持ってるだけで怖いもんだ。たとえそれが、ゲキバトルにおける勝利条件である、頸を断つというところに繋がらないとしても、撃たれたら怖い。向けられたら怖い。ただ持っているだけで怖い。

 

 たとえ死なないとしても、それがモデルガンだとしても、そこがVR空間であったとしても、銃を向けられた奴は大体ビビる。銃声だけでもビクッと反応する。そういうもんなのさ。

 

 そう言いながら砲身を撫でる俺に、我慢の限界が来たのか、戦慄って感じの叫び声を上げる女生徒。

 

『うああああああああッッッ』

 

 反射で目を瞑ってしまったものの、彼女の弾は、俺の右目を綺麗に撃ち抜いた。

 

 これには周りも思わず『うおっ……』『痛ェぞ、ありゃあ……』と声を漏らす。

 

 俺もさすがにビックリしちまったな、急に当ててくるし。

 

『そうそう! 頭ぶち抜く感じで! 声も出てるよー!』

『!!?』

『おい……なんか……』

『ピンピンしてねーか!?』

 

 話が違うぞ、とザワザワする藤黄生たちに、俺は風穴の空いた目に刀を出し入れしてみせる。

 

『俺は銃も何も怖くねーから』

 

 俺は刀を鞘に入れ、にこりと笑ってみせる。

 

『じゃ、一通り教えたことやろっか! かかってきな!』

 

 そう手を叩くと、数秒遅れて、悲鳴混じりの叫び声が聞こえてくる。でも、ただ恐れをなしたような声じゃあない。藤黄生たちは、戦意を完全に喪失しているわけではないのだ。

 

 その戦意という炎が燃えている限り、勝ち目はなくならないぜ。

 

『もっと直接首狙いな! ほらほら、空いてるぜ!』

『その甘さが!!』

『命取りよッッ』

『はい遅い! 気絶で済ませるから、どんどんかかってきなー!』

 

 しずく。俺、自分の強さだけは認めるよ。だって俺、神楽師匠の一番弟子だからさ。このくらいやらなきゃ失礼だもんな。

 

 そうして、即興のゲキバトル・ワークショップが始まった。俺の首を狙う奴らの攻撃をかわしつつ、足りないところを俺がその場で指摘していく。

 

 身の程を知らずに勝負を挑んだ中二の頃の俺に、手取り足取り教えてくれた師匠のように。

 

『ぐっ! はっ!』

『ナイス! もう一息!』

『うらぁッ!』

『ほらほら、腹から声出せー! あ、曲かけられない?』

『無理無理!! 余裕ない!!』

『じゃあ自分で歌え! 曲で気分乗せろー!』

『往生せいやぁぁぁッッ』

『いいね! 動く的に当たればもっと完璧!』

『待って、動き速すぎ……』

『へばったら物陰! その場で休まない!』

 

 俺が何人もを相手にしていく中で、正確に俺の顔を狙って殴り飛ばした奴が一人。

 

 見ると、そいつは赤く派手なスーツとマフラーを纏って、同じく真っ赤な手袋をはめた拳を見て、自分でも信じられないという顔をしていた。

 

 俺は起き上がり、鼻血を拭いてそいつに近づく。

 

『狙いはいいね』

『……ッッ』

 

 いざゆっくり近づかれるとビビったようで、そいつは身動きが取れなくなる。

 

『パワードスーツか。ヒーローは好きか?』

『は、はい!』

 

 笑顔のそいつの肩に手を置き、『徒手空拳。首を狙うには難しいが、ステゴロでも全国大会で活躍した先輩を俺は知ってる。藤黄のヒーロー、なれるといいな』と笑う。

 

 そしてまた俺は、自分を狙ってくる奴らに教えを叩き込む。

 

 そうして何分経っただろうか。1時間か、2時間か。背後のしずくを守りつつ、十数人相手に俺はゲキバトルの基礎を叩き込んだ。

 

 周りでバタバタと倒れ込む藤黄生の中心で、俺は手を叩いて。

 

『オッケ、お疲れ』

 

 と言うと、すかさず俺に鎖鎌が巻きつく。

 

『隙あり!!!』

 

 さっき教えた拘束は〇ってとこだ。そう来ると思ったぜ。俺は先程出来たばかりの教え子達に、まとめて襲いかかられた。

 

 周りの奴らも大声を出しながら、全員で俺に飛びかかる。ヤケクソ気味だけど声量は〇。

 

 遠距離攻撃部隊は俺の無力化に徹している。現に今、3箇所は撃たれた。動く的に当てるエイム、〇。

 

『……“49%”……』

 

 相手の特殊性に対するリサーチ、△。

 

 ただ50%の半分野郎って舐めてたお前らのお仲間を、俺は一人殺してるんだぜ? 俺は“自分0%型”に精神を近づけ、身体を炎にする。

 

 そして拘束をするりと抜けて、刀を円状にひと振り。集団でかかってくるもんだから、これで大抵の奴らの首は取れた。

 

 残ったヤツは、これでいいか。納刀して俺は唱える。

 

『“一刀流・抜錨”』

 

 そうして刀を一瞬だけ外に出し、さっと横なぎに。もう一度刀を仕舞うと、全員の首が吹っ飛ぶ。やり甲斐がないなあ、もっと耐えてくれよ。

 

『あっちゅーまにコレだもんな』

 

 1人を除いて。

 

『はぁッ、はぁッ』

 

 ヒーロースーツの男子生徒が、両腕を前に出してボクシングのブロックのようにして俺の攻撃を防いでいた。傷も浅い。スーツの耐久性が高いらしい。

 

 それでも先程までの俺のゲキバトル講座で、斬られた傷は身体中に無数にある。そろそろ限界っぽいソイツは、肩で息をしながら座り込む。

 

『耐えたねー。おめでとう』

『何故……』

『ん?』

 

 いつでも首を斬れとばかりに覚悟してあぐらをかいた彼は、俺を睨む。

 

『何故、こんな事を……流されて教えられてたけど、あんた敵だろ……!? ……練習じゃなくて……本番なんだぞ……!』

 

 あー、やっぱその疑問は出てくるか。俺は至極理路整然と、頭から出てくる理由を並べ立てる。

 

『これ、表向きは発表会だろ? お互いの校の劇を見て、自分の糧とする。まあ発表会でなくてもそうしろって俺は思うけどさ……要するに、互いのためにならない戦いは無駄だと俺は思ってんだよ』

 

 学習、向上、撃破。その繰り返しでゲキバトルをする演者は成長していく。それは今回のような発表会だってそうだ。

 

 普段の大会でも強い演者と戦って、ドンドン成長していく機会はあるが、今回は母校の名誉は背負っていても、都大会や関東大会に進むためのヒリつきはない。だから相手の動きにある程度余裕を持って着目・分析ができるわけだ。

 

『だから、今年の地区大会や都大会で少しでも歯応えのある奴らが来るように、ここで敵に塩を送ってるってわけ。まあ? 都全体の演劇部の底力が上がれば他の道府県にも舐められないし? なにしろ俺も楽しめる』

『は、はあ』

『結局、自分のためだ。っはは』

 

 これ、主人公が言うことかな。自分で自分を嘲るような笑いが溢れ出る。

 

『お前みたいなヒーローっぽい奴になりたいけどさ。仮にも主人公だし? ……結局、俺はこういう変な役回りが合うのさ』

 

 俺はしゃがみこんで、刀を見ながら言う。

 

『やーっぱ主人公とか向いてねえって俺……』

 

 頭を搔く俺に、彼が言う。

 

『それでも、ヒーローですよ……』

『ん?』

『実は周りのことよく見てるタイプですよね、多分。ここで講座をやったのも、最初はあそこでへばってるデカリボンちゃんのためでしょう?』

 

 しゃがんだおかげで、ようやく真っ直ぐに目線が合った。よく見れば、ヒーロースーツが似合うようないい目をしている。ルックスも俺よりイケメンで。

 

 お前のほうがよっぽどヒーローだぞ。傍目から見りゃあ、主人公がどっちか分からない。

 

『俺はこの世界に迷い込んだように生まれたモブだった。それでも選ばれた……だから、お前も何かの物語の主人公になれるかもよ』

 

 少なくとも、その首に巻かれた紅いマフラーが、ゲキバトル世界のイカれたフィールドで風になびいているうちは、お前はヒーローにだって、主人公にだってなれる。

 

 再び目が合って、俺らは同時に笑い出す。

 

『名前、なんて言うの』

『……細久。細久 論(さいく-ろん)です』

『好きな演者は?』

『穂村燃でした』

 

 グローブをギュッとはめ直し、論は一度俯く。そして何かを考えるような間があった後、また俺に向かって。

 

『今はあなたです』

 

 真っ直ぐな瞳で、そう言った。

 

 俺が明確に、初めて燃より憧れられた。燃を超えた。そんな瞬間だった。

 

 俺はニヤリとして、そんなら餞を送らねえとな、と刀を抜く。

 

『光栄だと手を合わせて斬られな。論』

 

 立ち上がり、“千本桜”を振りかぶる。

 

 さて、どうする? 論。ここで大人しく斬られるか、それとも──。

 

 刀をバッティングのように思い切り振ると、その勢いが一気にグッと止まる。見ると、刀身を握って首の寸前で止めている論がいた。

 

『……負けたく、なくなりました』

『それでこそ!!』

 

 ヒーローだ。

 

 さあ、ハシャげよ論。お前の好きそうな曲、かけてやるからさ。

 

 

大黒摩季

『Anything Goes!』

 

 

『行きますよ!!』

『来いッ!! 論!!』

 

 こちらに向かって思い切り殴り掛かる論。俺は片手で止めようとするが、防御力と同じくらいパワーも強いらしい。殴り飛ばされる。

 

 数回転して吹っ飛んだ俺に、ジャンプして彼はキックを喰らわせる。フォームとしてはライダーキックそのものだ。

 

 肋が折れた音がした。やりやがったな、と俺は大きく刀を振ると、彼はまた腕でそれを受け止める。

 

『“一刀流・火葬曲”!!』

 

 少しだけ刀を引き、彼の腹に突き刺す。すると、刀身がぼうっと燃え、その炎が彼にまで広がる。

 

 論は身体が一気に燃えるが、それをものともせず、俺に馬乗りになって一心不乱に殴る。殴る。殴る。

 

 おいおい、今の効いてない? 痛みとか感じないのかな。笑えてきちまうよ。

 

 俺は刀を抜き、かなり接近している彼の首めがけて振る。しかしギリギリ刀身が当たらず、結果的に鍔で押し出し、転ばせることになった。

 

 よくもやってくれたなと、俺は刀で連撃を喰らわせる。こちらに向かってくる殴打も、刀でいなす。

 

 本当はもういなす過程で斬れているはずなんだがな。連戦続きで、モンハンで言えば砥石を使わなければいけない状態まで切れ味が落ちているらしい。

 

 つまり、俺のイマジネーションとパッションが疲弊している。身体ももう限界が近い。肺が痛み、歯が殴られた衝撃で何本か抜け、折れた骨が臓器を突き刺す。俺の渾身の斬撃たちも、かわすか受け止められてしまう。

 

 ここまで俺と渡り合うとは、結構やるじゃねえか。お前がどうやってその力を目覚めさせたかは知らねえが……刀相手に徒手空拳。楽な道のりでもなかったろう。

 

 餞と言っちゃあなんだが、俺のとっておきを見せてやるよ。準備はいいか。

 

 俺は突っ走り、論に向けて刀の連撃を喰らわせる。これで終わってもいい。ここで倒れてもいい。俺は身体の痛みが遠のいていくのを感じる。流れる大黒摩季さんの声と共に、アドレナリンがドバドバと消費されているのだろう。

 

『漢の魂!!! 燃やしてやるぜえええええええッッ!!!』

『負けてッ……たまるかああああああああッッッ』

 

 やがて至る、正面からの鍔迫り合い。力の限り踏ん張る論を俺は、斬れずとも吹っ飛ばす。

 

 今だ。俺は日本刀“千本桜”を両手で握り、叫ぶ。

 

『“一刀流奥義・切取線(キリトリセン)”ッ!!!』

 

 そうして俺が両手で思い切り横に刀を振ると、論の腕ごと、いや、後ろにあるビル群や電波塔ごと。街ごと真っ二つになり、論の首が吹っ飛ぶ。

 

 この技は、いわゆる『なんでも斬れる斬撃』。しかし、大きな大きな代償がある。

 

『……!?』

『ん……』

 

 斬られた論が首だけの状態で驚く。後ろのしずくも、思わず違和感で目覚めたようだな。本来ゲキバトルの世界に持ち込まれるはずのない、『観客の笑い声』で。

 

 今の俺の斬撃で、論の後ろの街が斬れた。街というか、フィールドが。空に切れ目ができ、その向こうから現実世界が見えるのだ。

 

 現実世界のことを持ち込まれると、ゲキバトル世界の演者は大幅に弱体化を受ける。自分の意識がしっかりとある『自分100%型』であれば尚更、だ。

 

 武器のみを使った、“叉紋”なしの戦闘法。論、お前ほぼ確で『100%型』だろ。

 

 フィールドに空いた切れ目からは、論の声が聞こえる。彼の一挙手一投足、そして巧みに紡がれるセリフたちに、観客が笑う。

 

 なんだよ。お前、コメディ強いのかよ。俺と同じだな。

 

『尚更ヒーロー向いてるよ』

 

 後ろにいるしずくの方は狙わなかったしな。飛んでいく論の首を見ると、彼は笑顔で。

 

『好き……』

 

 消滅していく彼の頭と身体を確認すると、フィールドがどんどんと光に包まれていく。

 

 残っている藤黄生──敵はいない、ということだ。

 

 俺はしずくに向かって歩みだす。しずくもまた“自分100%型”だからか、既に立ち上がれないほど弱りきっていた。

 

 そんなに弱ったまま帰ったら、影響出ちまうかもな。ゲキバトル終了時の影響は、ゲキバトル世界での力が強ければ強いほど出やすいんだ。

 

 ああ、嫌だな。コイツ斬るの。今まで散々首はねといて、何言ってんだって感じだが。

 

 俺は静かに、彼女の首に刀を当てる。

 

『桜坂』

『…………』

『また、現実で』

 

 彼女はやつれた顔で、にこりと静かに微笑む。

 

『……────』

 

 かすれた最後の言葉を聞き返す前に、俺の意識は現実に引き戻されていった。

 

 

特別編#4

Mの意地/花火、ラブファントム

 

 

「ありがとう、穂村さん」

 

 和やかな空気の楽屋で、疲れてだれている俺の後ろに、しずくが立つ。肩に両手が置かれ、耳元で。

 

「次は、ちゃんとトドメ刺してね」

 

 そんな声が聞こえる。

 

 あの後、俺は結局しずくにトドメを刺した。が、ギリギリまで葛藤していたのだ。

 

 どうせもうすぐ終わる戦いで、しかも味方の首をわざわざ斬るなんて出来ないと思ってしまったのだ。

 

 でも、しずくはずっと苦しんでいた。現実に近い痛みに襲われながら、気絶もしながら、俺の後ろにいたのだ。

 

 今度は手心とか変にかけないようにしなくちゃな。

 

「穂村さんじゃなきゃイヤ」

「……分かってるさ」

「約束」

「ん。約束」

 

 しずくの方を振り向かないまま、俺は彼女に手を取られ、小指を絡められる。

 

 少しひんやりとしていて、爪の手入れが行き届いている、小さくて細くて綺麗な手。それが俺の小指を捕え、やがて手全体を握ってくる。

 

 疲労に任せて、楽屋の隅の椅子で鏡を見ながらだらけていた俺。しかし一気に背筋やら何やらが伸びる。こいつ、マジで。今まで何人の男を勘違いさせて泣かせてきたんだ。

 

「近すぎるのも考えものだな」

「わっ」

 

 手を握ったまま立ち上がる。すると、しずくがバランスを軽く崩し、俺の背中に寄りかかった。

 

 だんだんと背中にくっついたしずくの顔が熱くなっていくのを感じる。この感じでこっちが仕掛けたら恥ずかしがるの、ズルいぞ。

 

「……ち、ちょっと飲み物買ってくるね」

 

 そう言ってしずくはスタスタと楽屋から出ていく。スクスタに空目したそこのあんた、仲間だ。なんで終わったんだろうなアレ。

 

 背中にわずかに残るしずくの熱を噛み締める。あいつの身体、柔らかかったな。そういえば、気晴らしのお出かけに付き合ってもらう時も抱きついてたっけ。

 

 パーソナルスペースとか無いのかな。不安になってきた。悪い虫がついていないか。

 

「おい」

「お、なんスか」

 

 一気に考えが引き戻される。しずくが離れた後、しばらくひとりで佇んでいた俺のところに、バラダギ先輩が来たのだ。

 

 先輩は俺の肩を一方的に抱き、耳元で「手加減してただろ」と言う。ささやくようでもなく、その声には少しの怒りがこもっていた。

 

「それに相手へ塩を送ったな。お前のノウハウを活かしていただろう、あいつら」

 

 バレたかー。先輩、バカそうに見えてそういうところの観察眼はしっかりしてるからなあ。

 

 俺は少しビビっているのを隠すように、おどけた感じで返す。

 

「端役も端役の俺が、桜坂より目立つなんて。それこそありえませんよ」

「食う勢いで良かったんだぞ」

「先輩ならそうしたでしょうね」

「何が言いたい」

 

 先輩の腕に力が入る。これ肩を抱かれてるってよりもほぼほぼ首絞められてるぞ。

 

 まあでも、こういう所で嘘つく方が先輩は怒るだろうから、正直に言ってみるか。できるだけ良い風な言い方で。

 

「……弱すぎたんですよ、相手が。だから多少ここで叩き込まないと、大会がつまらなくなっちまいますよ。それは先輩にとっても不都合なことでは?」

 

 そう笑い、鏡の方を見ると、俺をすごい眼力で見る先輩が映っている。こわ。

 

 が、その表情はすぐにいつものアホっぽい先輩に戻る。

 

「確かに〜!!」

「でしょう?」

「お前、頭いいなあッ!」

「ククク……光栄です」

 

 俺も先輩と肩を組みに行く。バラダギ先輩は強い相手と戦って、なおかつ満足するまで死ねない体質。さっきの俺のゲキバトル講座はやがて先輩を、先輩たちを満足させ、東京都の演劇部のレベルを上げるためのものだったのだ。

 

 かつて師匠が山梨でそうしたように。

 

「よし、疲れたろ。欲しいもんなんでも言え。しずくにも奢る」

「おお、太っ腹〜!」

「……バカ共め」

 

 はしゃぐ俺らを見て、部長が呆れたように笑う。

 

「嬉しそーですね」

「そうかい? まあ私は暴れられたし、これ以上文句もないけど」

「部長たちいなくなった後、大変だったんですよ? なんとなくしか知らないけど、藤黄の有象無象が花火のとこに行っちゃって、骨のある奴がこっちに……」

 

 そう愚痴る柊先輩もまた、笑顔だ。麻琴先輩もエナドリを飲みながら、同期たちと笑い合っている。

 

 みんな、いい顔をしている。やりきった笑顔だ。限られた戦力の中で、勝つという確信をしきれていなかった人たちもいただろうが、とにかくやれることはやった。

 

 楽屋の中の空気は、極めて和やかそのものだった。

 

 しばらくして、ドアを開けて入ってきたのは、不機嫌そうに顔をしかめている顧問だった。

 

「あっ、顧問。……何ですか、それ」

 

 顧問の片手に封筒が握られているのに、新羅先輩がいち早く気づいた。

 

 その封筒は、最初に俺ら宛に届いた『果たし状』によく似ていた。

 

「自販機に向かうしずくが、楽屋が妙に静かなのを不審に思って中に入ったところ……既に彼らはいなかった。代わりに、これが机の上に置かれていた」

「……中身は?」

「藤黄の負けだ、とだけ」

 

 つまり、ウチの勝ち。そう気づいてみんなが湧くまで、あまりに唐突のことに数秒かかった。

 

「おい桜坂、マジに誰もいなかったのか?」

「う、うん……綺麗に掃除はしてあったけど」

「変なところ律儀だな」

 

 しずくも困惑しているらしい。そして、彼女の懐から手紙がもう2枚。

 

「こっちは多分メタルさん。で、こっちがヒートさん。私たち宛だって」

 

 うるさくなってきた楽屋を出て、廊下で俺らはふたりからの手紙を読むことにした。

 

 ヒートからの手紙は、おおかた簡潔に『次は殺す』みたいな感じだった。それにメタルからも『絶対許さん』と。しかし、メタル側の手紙には『ヒートが世話になった』とも書いてあった。

 

「ふむ。『あいつは不器用だから、真正面から話し合ってくれたのはすごいことだし、俺にとっては嬉しいことでもある』……と」

「……やっぱり、ヒートさんのこと、大事に思ってたんだね」

「ん? どゆこと?」

「あー……長くなりそうだから、後で話すね。それより、穂村さん。どっちがいい?」

 

 しずくは苦笑いをして、後ろに隠していたコーヒーとココアを俺に差し出す。

 

 俺は「あ、マジ? さんきゅー。俺コーヒーがいいわ」とブラックコーヒーを指さす。

 

「当たったんだよね、ルーレットみたいなやつ」

「お、マジ? ラッキーじゃん。俺あれ一度も当たったことないわ」

「穂村さんも? 私も初めて当たったんだ」

 

 笑い合う俺らの横でドアが開く。出てきたのは、新羅先輩だった。

 

「おーい、顧問がご褒美のお菓子を……お?」

「あっ、マジすか。今行きます」

「お菓子だって。ふふ、これと一緒に食べよ」

「いいね。ナイスドリンク!」

「ないす!」

 

 目を合わせて拳をぶつける俺たちは、勢いに任せて素をさらけ出していた。

 

 やっぱしずく、そっちの方が生き生きしてるぜ。

 

「……楽しそうだね。お邪魔だったかな?」

 

 爽やかに笑う先輩に、「いえいえ。みんなで食べましょうよ、せっかく全員で勝ち取った試合ですし」としずくはルンルンで楽屋に入っていく。俺の手を取って。

 

「っ……」

「……んふふ」

 

 遅れて照れ臭さが来たのか、しずくが普段とは違う笑いを見せる。

 

 まだまだ俺の知らないしずくがいる。俺はそれを全て見たい。お前の見た映画、聴いた曲、行った場所、それらを知っていきたい。お前をもっと、知りたい。

 

 そんで、さ。

 

「……次も勝とうな」

 

 そんな俺の言葉に、しずくは嬉しさを噛み締めるように腕をぶんぶんと振りながら、「ん……そうだね!」と歯を見せていたずらっぽく笑う。部員たちが見ているのも気にせずに。

 

 そこからしずくの感情が高まって俺に抱きつき、楽屋が最高に湧き上がるまで、そこまで時間は経たなかった。

 

 こりゃあ勝たないとな。そんで次も、お前と。

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