片時雨の下手で   作:苗根杏

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#7 音遊

 学園祭に向けた、土日を含める毎日練習が始まった。

 

「…………」

 

 そして。

 

 虹ヶ咲学園演劇部に、ミュージカルの風が吹いた。

 

 今、ちょうど先輩たちが、ステージの方で『天使にラブ・ソングを…』の『Hail Holy Queen』をノリノリで歌っている。ちゃんと原曲版だし、手拍子もしてる。うちの演劇部は、基本的に喜劇というか、コメディ系の台本を多く演るというので、あの映画は結構刺さるものがあったんだろう。俺も好き。

 

 そうは言っても俺は有名どころしか見たことがない。それもDVDや映画がほとんど。実際の舞台で見たのなんて、指で数えられるくらいのものである。

 

 あんまりにわかファンを晒すのも嫌なので、柔軟までの基礎練習を終わらせた俺は、ひとり座席側に座っているしずくの方へと向かった。

 

「桜坂ァ」

「はいっ!?」

「腹筋と背筋、それと柔軟。終わった?」

「う、うん。もうすぐ発声?」

 

 しずくが真剣な顔でスマートフォンを見つめているもので、正面から声を掛けてみた。無言で覗くのはよくないと思って。練習の前だし、まあ呼びに来るのは自然だろ。

 

「まだだけど、にしても随分ベタなの観るじゃん」

「これ? ふふ、何回でも観られるから……つい、ね」

 

 しずくのスマートフォンの中では、ちょうどクリスティーヌとメグが『Angel of Music』を歌い出したところだ。怪人が自分のことを音楽の天使だとか言って、クリスティーヌに歌を教えてどうたらこうたら、って流れだったはず。

 

「劇中歌で好きな曲は?」

「『All I Ask of You(リプライズ)』と、『The Point of No Return』」

「あ〜〜。分かりみが深い」

「穂村さんは?」

「全部」

「あっ、ズルい」

「強いて言うなら……『Prima Donna』かな」

「分かります!!」

 

 前に見たのは2年前、中学2年生の時だったか。初めて見た時でもある。演技のスランプに陥ってしまい、焦りに焦って、藁にもすがる思いで演技の勉強として見たのが、このミュージカルだ。

 

 先ほどの曲名が出てくる、今しずくが見ているミュージカルは、全世界動員数1億超えの大人気作。原作は1910年に執筆され、ミュージカルになり初めて上演されたのが1986年。ブロードウェイやウエスト・エンドなどのでっかいステージでも、この日本の中でも、2019年現在までずぅ〜っと愛され続けている作品。

 

 舞台に疎い方でも、題名だけはご存知であろう。『Le Fantôme de l'Opéra(オペラ座の怪人)』である。

 

 改めて、ストーリーなんかを完全に覚えている、いわゆる王道を征く作品ってのを斜に構えて見てみると、演出面・演技面での収穫が得られることがある。俺も今一度、古き良きミュージカルや古典演劇なんかを見直してみるのも、アリかもしれない。

 

「穂村さん、ミュージカルは詳しい?」

「そんなに。本当に有名なのしか見てない……『サウンド・オブ・ミュージック』とか、劇団四季さんのとか」

「好きなのは?」

「劇団わらび座さんの『KINJIRO!』と『セロ弾きのゴーシュ』」

「へぇ、私はあそこなら『ジパング青春記』が好きだな」

「あのくらいの舞台装置を作りたいよなあ」

「うんうんっ、美術も勉強しないとだね」

 

 特に俺は古典演劇とかに弱い。シェイクスピア氏の戯曲くらいしか知らないし。なので、舞台全体に明るいしずくからは、これからも色々と知識を吸収できるだろう。

 

 彼女が俺のことをどう考えているかは知らないが、俺は彼女と末永く付き合いを続けていきたい。

 

「ねえ、今度のわらび座さんの新作やるんだって」

「えっどこで!?」

「んと……北千住の、大きめのシアター」

「……でかいモールの上の階? 駅近くの!」

「そうそうっ! あのシアター!」

「うわ、絶対見に行く! 家から5秒だから!」

「それはもうシアターの中だね」

「まあ音楽の天使だし?」

「シアターの怪人じゃん……」

「五番ボックス席をとっておけッ」

 

 オペラ座の怪人のネタでボケつつ、俺はそのミュージカルの最新公演を、なんとか2人で観に行けないものかと考えていた。

 

 依然として、しずくに対しての下心というか、好き心というか。そういった『一緒に何処かに行きたい!』って気持ちも無くはないのだが、いち演劇部の役者として、勉強がてら見に行きたいという気持ちだってちゃんとある。

 

 国内のミュージカルといえば、個人的には四季よりあの劇団が出てくるぐらいには、あの劇団の公演は好きだ。

 

「やっぱり穂村さんも行きたい?」

(スーパー)行きたい」

「……だと、思ったんだ」

 

 しずくは、いつもの凛々しく美しい顔から一層口元を引き締めて、嬉しそうに笑っていた顔が少し緊張したようにこわばる。

 

 それから数十秒ほど、彼女は黙って俯いていた。ちょっとだけ俺の方も気が引き締まった。突然のことだったもんで、彼女がまた喋り出すまで、俺も金縛りにあっているかのように、動けなかったし、何も言えなかった。

 

「ねえ、穂村さん」

「なっ……なに……」

「これっ!!」

 

 叫ぶように言って、しずくはこちらにレシーブをする時のように両手を合わせて、それを思い切り俺の顔へと突き出す。割と容赦ない勢いで来たので、避けようにも避けられなかった。

 

 俺の顎にしずくの指先が、ゴツンと強めにぶつかった。

 

「っ…………??」

 

 じわじわと広がる顎に、下顎を突き上げられて歯に挟まれた舌に広がる痛み。

 

 そこに怒りはなかった。

 

 なんだか、悲しかった。

 

 彼女のことだから、多分俺でボクシングの演技を練習したわけではないんだろうけど。演技でボクシングすることはそうそうないと思うし。

 

 わざとではないのは分かっていても、少し悲しかったのだ。

 

「あぅ……ッ…………ひた……ひた……」

「ごっ、ごめんね!? 違うの、違くて……!」

「あのっ、しゃわらんで……ひた、ひたかんだ……っ」

「あっ! 舌!? 舌って言ってるのっ!? 噛んじゃったんだ、ごめんね! ホントにっ……」

 

 血は出てないので、実質無傷である。

 

「あの…………ごめん……」

「いや、気にしないで。だいじょぶだから」

「…………」

 

 今度はゆっくり、非常にゆっくりと、両手をこちらに差し出してきた。サファリパークのライオンにエサでもやるかのように、慎重に。

 

 いや。差し出したのは両手ではなく、正確にはその両手に握っている長細い紙であった。先程、俺に衝突した勢いで、2枚あるそれは少しくしゃっと崩れてしまっている。

 

「……チケット…………」

「ああ、チケットね!? チケット!!」

「その最新公演のなんだけど、2つ買ったの」

「ん?」

「あっ違う、その、お母さんから貰って…………」

「…………」

 

 俺はいつもより明らかにぎこちなく話すしずくを、これはこれで可愛いなぁ、と見つめていると、自然としずくは観念したような顔をした。

 

「これ、買いました。私と一緒に……! ……その、観に行きましょう……!」

「……ヴィィッ!!?」

 

 正直、今まで座っていたホール備え付けのイスからひっくり返りそうになった。16年間生きてきた中で、1回も出たことの無い声が喉から、いや腹から飛び出た。腹式呼吸で飛び出た。デカい声。

 

「ん、違う……行きませんか…………行きます? いや、行きたい? ……」

 

 前に甘え下手であることが分かったので、今のしずくが『甘えるためのフレーズを自分のボキャブラリーから必死に引き出している』のが分かる。

 

 いやいやいやいや、ちがくてだね。

 

 俺は誘われたのか。デートに。

 

 前の放課後デートというのは、あくまでしずくの願いを聞き入れた俺が無理やり連れていったようなもの。しずくは今、明確な意志を持って、俺を観劇デートに誘っている。

 

 果たして彼女が、観劇デートのつもりで誘っているのかどうかは、俺の知るところではないが。

 

 まあ形式がどうであれ、彼女とどこかに遊びに行けるのはいい事だ。日付は夏休み真っ最中。地区大会の取り組みは二学期からなので、勉強にもちょうどいい。ひょっとして、しずくもそれを狙っているのかな。

 

「行きましょう!」

「断然行く。行くよ」

「んふふ」

 

 ストレートに誘った方がいいのが分かったのか、しずくは俺に近づいて微笑む。

 

 近づきすぎではあるが。

 

 鼻と鼻がぶつかりそうになり、思わず目の前がホワイトアウトしそうになる。これは俺の顔から出た熱気、というか湯気が、俺のメガネを曇らせているせい。彼女も火が出そうなほどに赤くなっている。

 

 飛び退いて離れてやろうと思った。彼女も俺と鼻キスしそうな距離にいつまでもいてもつまらないだろうと思い、まず謝ってからどこうとした。

 

 さて、身体が動かないなあ! 

 

 脳がバグる余地すら与えられず、目の前のオードリーに見蕩れている。世界で一番好きな女が、目の前で恥ずかしがってる姿を見せてるんだぞ。よく考えるまでのことでもない。ここから動けるわけが無い。

 

 たとえ銃で撃たれたとしても離れないでいたい。矢でも鉄砲でも火炎放射器でも持ってこいや。

 

 顔をまじまじと見たことはあるものの、ここまで近い距離で見るのは初めてである。そもそもの話にはなるが、同年代の女子と顔くっつける機会なんて無いじゃあないか。あるか? 普通はあるのか? いや、俺はなかった。

 

 彼女の鼻息が、俺の口元に当たる。ああ、それにつけても匂いの良さよ。

 

 使っているシャンプーが知りたい。飲みたいから。

 

 しっかりと保湿されている、すべすべの肌。恥ずかしそうに細められ、しかしこちらをじっと見つめているターコイズブルーの瞳。その震えを止めるために塞いであげたくなる、薄ピンク色のぷるぷるクチビル。

 

 ううん、自分が気持ち悪く感じてきたら負けなんだろうな、こういうのは。だって純度120%の愛だぜ。らんまが1/2=50%、いちごが100%なのに対して、こっちの愛は120%だ。何を言っているんだ俺は。

 

 あっちもあっちで動けなかったらしく、俺から距離をとることなく、こちらに鼻息をかけ続けている。いいよ、いいよ。実に気持ちいい。そういうのもっとください。

 

 そのうち彼女は大きく見開いていた目を、坐禅を組む時のように半目になり、こちらを見据えてくる。

 

 キス顔か。キス顔なのか、それは。

 

 最終的に俺が彼女に重ねたのは、絵画でもアニメでもなく、かの『セーヌ川の身元不明少女』だった。ルーブル河岸の少女の、デスマスク。

 

 有名な逸話がある。身元不明少女のデスマスクは、『史上最もキスされた顔』と言われている。その顔の整い具合から、人形とも遜色ないとされ、心肺蘇生法の練習のためのマネキンの顔へと流用されたからである。

 

 俺は史上初めてしずくにキスした男になりたいなあ。いいかな、いいよな。いただきますしてもいいよな。

 

「なにをウブなことやっとんだ、お二人さん」

「はいィッ!?」

「す……鈴虫先輩……」

 

 

#7

音遊

 

 

 俺としずくが並んで座っているところを、その間に割り込むかのように現れた先生。もうとっくにホールにいたようだ。普段はアトリエに引きこもっているとたかをくくっていた、予期せぬお方の登場に俺らは驚いて、互いにひと席分、遠のいた。

 

「久々にホールに来たと思ったら、早々にイチャイチャしやがって」

「「……おはようございます」」

 

 互いに自然と鈴虫先生から目をそらして、いつもの挨拶をする。

 

 先生は頭をかきながら、長い前髪で隠れていない方の目をジトーっと細めて、俺たちを見ていた。小学生から図書館に通いつめ、さらに自分で本を書くことで磨きあげられた語彙力をもってしても、言葉につまっているようだった。

 

「はい、おはようございます。さっきも入ってきた時に言ったんだけどね……君たち、2人だけの世界にいたし、仕方ないか」

「いや、ほんとゴメンなさい……」

「いいの。見せられて腹が立つものではない。むしろ小説や戯曲の参考になるというものよ」

「私たちを参考に……??」

「演劇×部活のラブコメラノベとか、前代未聞っぽくね?」

「まあ、それは読みたいですけども」

 

 しずくは未だに恥ずかしそうに、下を向いてもじもじとしている。そんなに気にすることなのか。俺はめちゃくちゃに有意義な時間を過ごせたが。

 

 俺の顔が気に食わなかったのか。髭でも生えてたかな、そういえば今朝剃ってきてたかしら。

 

「…………」

「桜坂?」

「ふぁいっ!?」

「いや、なんだ、その……緊張してるっぽかったから、ちょっと声掛けただけっつーか……」

「だ、大丈夫っ! 大丈夫だよ!」

「あ、そ、そう? ならいいんだけどね、ね」

 

 ひと時、しずくと俺は目を合わせて苦笑いをしながら話せたものの、少しすると2人して同じタイミングで目を離し、そっぽを向いてしまう。

 

「ふふ。若いな……青春してる」

「先生はどこ目線なんです……?」

「んん〜、青梅線(おうめせん)とか?」

「最後に『めせん』ってつくだけじゃないですか」

名鉄常滑線(めいてつとこなめせん)もある」

「鉄道もイけるクチなんですね……」

「大井川鐵道、だーいすき!」

「鈴虫さん、なんでも知ってますね」

「なんでもは知らない、知ってることだけ」

 

 それは羽川翼。メインカルチャーにも、サブカル・アングラにも明るいので、先生はいわゆる『全方位オタク』というやつなのだろうな。

 

 高校三年生の知識量をゆうに超えていると思うんだよなあ、俺。アトリエに飾ってあるものを見るに、本当に多趣味なんだと感じる。こういう知識量の多い大人になりたい。すごいよ、先生。

 

「はーい、みんなちょっと集まってくださーい」

 

 先生の呼び掛けに、全員が軽く返事をして、早足で鈴虫先生(と、俺ら)の周りに丸く集まる。

 

「いいニュースと悪いニュースがある。どっちから聞きたい?」

「はいはいは〜い!! いいニュースからがいいです〜!!」

 

 お調子者の2年の女子が、手を挙げて答える。すると先生は静かに笑い、いつ用意してどこから出したのかも分からん紙の束を出した。正確には、紙の束の束。コピ本みたいなのが数十冊、ビニール紐でまとめられている。古新聞みたいなまとめ方。

 

 その表紙には、太めでオシャレな明朝体で『虹ヶ咲学園演劇部』『第二十六回学園祭専用台本』と書かれている。題名は、『火曜日の演劇部』。大幅にエヴァを意識している。最新作、ちゃんと見に行ったらしいな。

 

「今しがた印刷してきた! さぁ拾え! 拾えーっ!」

 

 まさかゴート札みたいにばらまく気じゃないだろうな、と思ったが、普通に一人一人、回って手渡ししている。いや、多分ばらまく気だったんだと思うけど、部長の無言の圧力に屈したんだと思う。

 

 俺らもそれを受け取り、角度30度の普通礼をする。片面印刷で6ページほどの、シンプルな台本だった。

 

「ありがとうございます。あと、お疲れ様でした」

「おつかれさんしたッ」

「ふふ、読むがいい」

 

 書き終わってテンションが上がっているのか、先生は上機嫌で『荒ぶる助手のポーズ』をとって笑っている。

 

 試しに読んでみると、ハッキリとコメディに振り切った話の進み方、説明的な台詞の少なく自然な会話、予定通りのヒーローショーの実装など、先生の台本を初めて読んだこともあるのだろうが、俺はワクワクせざるを得なかった。

 

 心の中の男が踊ってる。チリチリパーマの男が。

 

「どうだい」

(スーパー)面白いっす!!」

「超と書いてスーパーと読むとか、戦闘民族かよ」

 

 さっきしずくに触れられなかったボケにちゃんと触れてくれた先生に一礼し、周りを見てみる。笑いを堪えきれずに吹き出したり、頷きながら読み浸っていたり、実際に台詞を読んでみたりする先輩たち。取り組み本番とあって、非常に演劇部魂が疼いているのが見て取れた。

 

 この部のいいところは、普段はおちゃらけている先輩たちでも、いざきちんとした場所になると、真剣に演劇に向き合うところだ。全ての先輩を見てきたわけじゃあないが、飯を食いながらなり何なりして話していくうち、大体の先輩は演劇が大好き! とのことだった。いい部活だ。

 

 唯一暗いムードだったのは、裏方の中でも大道具・小道具班。劇中のヒーローのベルトや、周りの怪人の武器、崩れる本棚などの仕掛け付きセットに、演出としてスモークを焚く用の機械を準備しなければならないことを、この数分で察したのだろう。

 

 スーツについては被服部全面協力のもと、とんでもなくカッコイイのが仕上がる予定だという。先生曰く、さっきデザイン案と共に頼んできた(絵もデザインも描けるのはシンプルにすごくないか!?)というが、そっちの方がもっとあからさまに『めんどくせえぞコレは』って顔をしていたらしい。

 

 いくらデカい着ぐるみやら、演劇部やスクールアイドルの衣装やらを作っている被服部でも、本格的なヒーロースーツの製作は初めてらしい。まあ、防災公園やプロムナード公園でも行かない限り、作る機会は無いし。仕方ないといえば仕方ないのだが。

 

「で、何が悪いニュースなんですか」

「んにゃ、それはね〜……ん?」

「…………」

 

 言いかけたところで、部長が無言で手を挙げ、その話を遮る。部員全員が渋い顔で部長の方を見る。

 

 先輩方はおおかた察しがついているらしく、もう頭を抱えている人がいる。

 

「それはね。これから『地獄の訓練』が始まるからだよ」

「地獄……!」

 

 毎年恒例なのか、それは。

 

「今回の学園祭、ヒーローショーをするにあたって、音響さんはより高いレベルのキッカケ合わせ、照明さんにはめちゃくちゃにカッコイイ照明パターン。道具さんには凝ったセットと道具作り」

 

 部長はそれぞれの方向を向き、テキパキと指示を出していく。すぐさま俺としずくはメモをとる準備をした。

 

「んで、役者さんには、真夏のホールで照明とスーツの熱に耐える忍耐力と『殺陣』の訓練をしてもらう」

 

 あらまあ、殺陣ですって。

 

 盲点だった。思い返せば、俺が子供の頃に見ていたヒーローは、割とガチのアクションを一発本番で成功させていたではないか。あれ、思えばすげー事だったんだな。

 

 その紅き拳でブラッディーパンチを炸裂させ、巧みにガルルセイバーやザンバットソードを振るう。アクロバティックな動きもなんのその。ファンガイア側も含めて見事な演技だったような。

 

「穂村さん、そのメモの『キバっていくぜ』って何?」

「合言葉みたいなもんだ」

「ふぅん」

 

 部長は後輩しごきに躍起になり、指をボキボキ鳴らしている。

 

「では、さっそく練習だ」

「待ってください。まだ発声を……」

 

 俺はそう言いかけたのだが、そこで部長が、また台本とは別の何かを配り始めた。先生にたずねてみるも、どうやら先生も聞いていないらしい。しずくも首を傾げている。

 

 配られたそれを見てみると、台本より薄い、ホチキスで綴じられた紙の束。五線譜がいくつか並んでおり、その一番上に『瑠璃色の地球』と書かれている……。

 

「楽譜ですね」

「みんな、ミュージカルにハマってるでしょ。私もだけど」

「…………台本にミュージカルを入れる気か」

「『学園祭の台本』には入れないよ」

「今後の台本に入れるような言い方をするな。やるなら、合唱部との共同制作になるぞ。流石に作詞作曲は無理だし」

「その時はまたその時でね。まあ、いつか来たるその時のために練習しとこうって話」

 

 無理やり話を進める部長は、『渚のバルコニー』を口ずさみながら舞台に上がり、上機嫌に言って見せた。

 

「この曲を発声練習の代わりにしよう!」

「えぇ……?」

「学校によっては、本当に歌が発声練習の学校もあるんだぞ。大分の海の月カトリック高校なんかはそれだ、聖歌を発声代わりにしてる」

「にしても、俺らは聖子ちゃんですか……懐かしいですねぇ」

「お前、何歳だよ」

 

 昔から聖子ちゃんのファンだった俺は、すぐに脳内再生できるくらい有名な曲だなあ、と思ったが、他の部員は、この曲選にいまいちピンと来ていなさそうだった。

 

 しずくを除いて。

 

 どうやら古典演劇の他にも、昔の流行自体に明るいらしく、ソプラノパートを鼻で歌い始めている。さすがスクールアイドルといったところか、音程は正確そのものであり、声もしずくの清らかなイメージにピッタリの透明感。

 

 俺もそれに被せるようにテノールを歌ってみる。しずくは一瞬驚いたようにこちらを見るも、すぐに微笑んで一緒に口ずさんでくれる。

 

「まずは聴こうよッ!! 原曲ッ!!」

 

 どこからかCDラジオプレイヤーを取り出し、最早やりたい放題の部長と、呆れつつ道具班にデザイン案を見せに行った先生。他の3年生・2年生も、若干困惑しながらも、なんとか無茶振りに対応しようとしている。

 

 これが虹ヶ咲学園演劇部の平常運転。大会期間に入っても変わらないようだ。

 

 まあ、何だかんだ部活自体は楽しいし。

 

「ふふ。穂村さん」

「ん?」

「頑張ろうね。ヒーローショー」

「ん。まずは役のオーディションだ」

 

 隣に可愛い可愛い同級生もいるし。

 

 忙しくなるぞお、と、誰に言うでもなくつぶやき、俺は大きく伸びをした。




音を楽しむのではなく、音と遊ぶ。


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