「しず子ぉ〜っ!!」
先輩たちと挨拶を済ませ、俺を除き全員が帰ったホールに、1人。
女子の声だ。
調光室の窓を開け、下を覗いてみると、女生徒がいた。リボンの色からするに、1年生。つやのあるきな粉色の髪、その前髪につけられた金色のアクセサリーが、客電に照らされて光っている。
しず子。うちにそんな部員はいないと言いかけたが、もしかしたら将来この虹ヶ咲学園演劇部を引っ張っていく超大型新人である桜坂しずくのことかもしれない。ネーミングセンスはないけど、可愛らしいっちゃあ可愛らしいあだ名じゃあないか。
俺のいる調光室は、ホールの舞台とは反対方向にある、客席からは数メートル上の階の部屋。電気を消し、早足で彼女のもとに向かった。
「入部希望ッスかー」
「ち、違いますよ! あの、桜坂しずくって子がいると思うんですけど!」
「あー、なんか早めに帰ったよー」
「なぁんだ、帰っちゃったか……」
近くで見ると、上の調光室から見るよりもずっと小さい子だと思った。
身長の話です。
こういう可愛さを、世間一般では『小動物系』と呼んだりするんだとか。この前、しずくに教えてもらった。
しずくがこの子の写真を見せながら言ってきたのだ。小動物がなんとか、同級生がなんとか、と。なんでも、同じスクールアイドル同好会の部員なんだとか。名前も言っていた気がする。
というかというか、教室にいる。同じ教室に、毎日。どうりで見覚えが尋常ではないと思った。
俺たちのクラスはまだ席替えをしておらず、廊下側に男子が固まっているのに対して、窓側に女子の席が固まっている。そこでいつも明るく、スクールカースト高めの女子のグループで話しているイメージがある。
授業中に寝ているのを注意されているところも見たし、そもそも勉強は苦手らしいが。
「あなた、確か。スクールアイドルの、
「むふふ、もしかして気づいてました? かすみんから溢れ出す、可愛くて愛され系のスクールアイドルのオーラ! やっぱ言わなくても分かっちゃうかなぁ?」
「そういう事でいいです」
典型的なのが来た。『自分が可愛いと自覚している女子』のプリセットみたいなのが。
「あ、どうも。世界一可愛いスクールアイドルこと、中須かすみですっ」
「そういうのサラッと言えちゃうんだ。流石はスクールアイドルさん」
「色紙とマジックは?」
「本人から催促するものではないんだよ、サインって」
可愛めにとぼけているわけじゃあなさそう。ただ、世間を知らないだけのようだ。
自分からサインを貰えるのが嬉しくて当たり前、みたいな発想をしているのか。さては。
「あなた、ファンじゃないんですか?」
「桜坂から聞いただけだよ」
「でも、これからファンになることはできますね!」
「わ〜、前向き。そういう発想、好きだけどさ」
カバンを持ちながら、俺はスマホのライトで彼女を裏口まで誘導する。足元を照らしてやると、彼女は少しぎこちなくホールの舞台の裏を歩く。
一般的な県民文化ホールと同じくらいの規模のホールだ。スクールアイドルとはいえ、慣れていないはずの舞台裏。
「かすみん、しず子と同じスクールアイドル同好会って所にいるんですよ」
「あー、なんかあったな」
「…………」
不自然に会話が途切れる。彼女はホールから出て、明るいところに出る。俺も遅れてホールを出ると、中須は少し不貞腐れたような顔でこちらを見ていた。
「今、かすみんから『情報不足ですよオーラ』が漂ってますよね」
「あー……?」
聞いたことがないぞ。情報不足ですよオーラという単語は。
話の間に合いの手を入れろということか。そういうことなのか。
「…………どんな、部活なんだ?」
「愚問、かすみんみたいな可愛い女の子は、スクールアイドル同好会に決まってます!」
「愚問て、お前……人に合いの手を入れさせておきながら……」
可愛いけど、なんか、なんだろう。なんなんだ。変な人ではある。でも、可愛い。
可愛いの一点張りで世渡りができそうなくらいの可愛さ。実際、してきたんだろうけど。守りたいというか、そこにいるだけで周りがほんわかするというか。
だからといって、決して俺は、しずくとどっちが可愛いかなんて決めようとはしない。そんな不毛な葛藤をする余地はない。俺はしずくとは結婚したいと思っている。その一方で、あくまで俺が中須に抱いている感情は、飼い猫に抱く感情である。
にしても可愛いな、この人。勧誘しようかな。小さいながらも、それなりに存在感はある。スクールアイドルのオーラがどうこうは分からないが。
絶対、舞台では映える。
「ふふん、そこの侑さんって人がまたスゴくてですねぇ〜! ……」
「…………え?」
「スゴいのなんのって、もう……ねぇ〜!」
「いちいち合いの手を入れないと話が進まんのか! 高校演劇の初心者が作った台本みたいだな!」
「例え分かりづらっ!」
面倒くさい。普通の人との会話なんて、こんなものなのか? 俺の周りの人達が話をサクサク進めすぎなのか?
自分の当たり前を、他の当たり前とごっちゃにしてはいけない。そうだよな、今のところの俺の人間関係では、駐輪場で金田と鉄雄ごっこができるのも、演劇部の中の人達くらいだもんな。
こうやって話しながら、いつの間にか玄関で靴を履き、俺らは一緒に校門を出ていた。
「えへへっ。ここまで来たんですから、かすみんと一緒に帰っちゃいます〜?」
「道、どっちだ」
「あのロボットのいる方角です」
「ロボットではない。モビルスーツ、ユニコーンガンダムだ。ユニコーンガンダム1号機」
「なんて?」
お台場に通っていながら、ユニコーンも知らないとは。暖かな光を直接注入して残留思念ごと浄化してやろうか。
「なんか、普段見てて思うけど……えと、なんてんだっけ」
「穂村花火」
「そうそう、はな男はさあ」
「はな男!?」
「うん。ニックネームだけど、気に障った?」
「えぇ〜、別にいいけど」
秒で距離を詰めてくるから、少し驚いただけだ。
早すぎて瞬歩かと思った。髪の色/シルバーアッシュ、瞳の色/暗めのピンク、職業/高校生兼死神代行かと思った。
「はな男、オタクなの?」
「オタク……ん〜〜。どのジャンルの?」
「アニメとか漫画の」
「コロコロからマーガレットまで読んでる」
「コロコロとマーガレットの間が分からないけど」
「近代麻雀?」
「そのふたつの間にだけは入る余地ないでしょ!?」
「じゃあ……ディアプラス?」
買ったことないけど。シェリプラスしか買ったことないけど。
毎回買って読んでるのなんて、それこそコロコロときららフォワードとチャンピオン、あとガンダムエースくらいのものだけど。
「……ねえ。演劇部って変人が多いらしいね?」
「こちらをガン見して言うんじゃあない」
「目を見て話すのは、人として当たり前じゃないんですかぁ〜?」
「不意に正論を言われると、不意にへこたれちゃうなあ」
「不意にへこたれるの!?」
目を合わせられない人もいるだろ。俺もあんまり目を見て話すの得意じゃないから、余計に刺さったわ。今もお前の鼻の辺りを見て乗り切ってるわ。
どーしても目を見て話せない時は、鼻を見る。これより役立つライフハックを、俺は見たことがない。
一応、中須の話に触れておくと、実際に演劇部には変人が多い。しずくはまともすぎて、いつも振り回されている方である。
俺は大分慣れてきた。変人だという自覚はないが、バカになればなんとか先輩たちのテンションにはついていける。個性的な先輩たちの集まる練習場所は、これまで俺は比較的まともな人と人間関係を築いてきたんだと、イヤでも自覚させられる。なんか、遊園地みたいなんだよな。演劇部。
ただ、俺×しずくで本を作ろうとしている3年の伊藤先輩は、遊園地よりかは同人誌即売会って感じだ。というか、よく考えたらみんなそうだわ。ごめん。演劇部は実質コミケットだった。
よくしずくは着いてきているよな。俺は改めて感心するとともに、彼女ともう少し共通の趣味を作ろうと思った。俺をパイプに、しずくが先輩たちともっと仲良くなれるかもだし。
彼女の趣味を、俺は演劇ぐらいしか知らない。他になにか無いんだろうか。やっぱり、あの上品な彼女のことだし、休日は観劇やカフェ巡りなんかしてるのかな。休日に偶然会いたいなあ。偶然。
どうやらあいつは、東京都心から少し遠い場所に家があるらしく、休日にバッタリ出くわすなんてことはあんまり無さそうだが。
「しず子はあんなにまともなのに」
「スクールアイドル同好会も、お前みたいなのが多いのか?」
「いや? 同好会の中では、かすみんが一番可愛いけど……」
「会話のラグビーボールをするな。会話のドッヂボールならまだしも、こっちにボールごとタックルしてきてるから……ああ、すっごい純粋な目してる。何が何だか分からないって目してるわ。俺が悪いのかなコレは」
「例えは分かりづらいね」
「それは俺が悪かった」
まあ、しずくはまともで清楚でイケメンかつ可愛い最強キャラなんだけどね。
「はぁ」
無意識に、しずくを高尚な存在だと思っている自分がいる。
「ため息をつくと、可愛さが逃げるよ」
「穂村花火に可愛さを求める奴はいないよ」
「可愛げは要ると思いますけどお?」
うるさいなあ。
演技力以外にも、俺は人間として、しずくを構成する大体の要素が羨ましい。俺がいままでの十数年で初めて会ったタイプの人であり、俺に無いものばかりを持っていて、俺よりも演技が上手い。ただの部活仲間、ただの同級生ではない。
彼女と、付き合いたい。それ以前に、彼女を……せめて演技力だけでも、追い越したい。全てにおいて劣っている俺が、しずくと手を繋いで歩くなんて資格は、はなから無いのだろう。
この感情に名前はあるのだろうか。光に近づけば近づくほど、自分のイヤな所まで照らされて、相手にも、自分にも晒されてしまう。
それと同時に、光に近づくほど、自分の影は大きくなっていくものだから。
その影は、自分からは決して切り離せないから。
誰よりも自分のそばにいて、大きくなっていくのがイヤでも分かるから。
「なんですか、暗い顔して……あっ! もしかして、かすみんが眩しすぎました!? 可愛すぎるって、メリットだけじゃないんですよね〜!」
うるさっ。いや、もちろん声がうるさいんだけど、なんか態度もうるさい。
めちゃくちゃこっち見て主張してくるな。いやあ辛い辛い、みたいなことを言っているが辛そうな顔はまるでしていないし、自慢げだし。もうなんか、声量と自信がすごい。
ごめんね。俺、君みたいなタイプに初めて会ったんだ。慣れてないんだ、ごめん。陽キャに威嚇交じりの『俺の似顔絵も描いてよww』されてるみたいで、ちょっと怖いんだ。
「なあ、アイドル屋」
「活きのいいスクールアイドル冷えてるよ! って、誰がアイドル屋ですか! あなたはオペオペの実の能力者ですか!」
「ツッコミ長っ、ノリノリの実を食ったノリ人間か。いや、こっちで大丈夫なのか? 帰り道」
「あー、かすみんもこっちなので大丈夫ですよ」
「同じ方角なんだな」
「方角というか、駅まで行くんですけどね」
「ふーん、電車通学なんだ。どこの?」
「台場です。ゆりかもめの」
「あー。同じだ」
同じ、というのは、駅が同じ、ということだ。今、ふたりで向かっている駅が同じものであるということだ。
俺と中須、どちらも電車での通学。制鞄には、お互いに定期券がぶら下がっている。ゆりかもめの新
さあ、これを脳内で咀嚼して理解・把握するのに数十秒。納得するにはどれだけ時間があっても足りない。
「えっ!? あ、あぁっ!?」
「いやいやいや……」
「っはぁ〜こんな事が……ええ〜!?」
「おいおいおいおい」
「こっちのセリフですって」
「お前、マジ? なんでJR使ってんだよ」
「可愛いと公共交通機関を使っても怒られるんですかあ!?」
中須もどうやら、俺とほぼ同時に理解したようだ。
なんてこったい。しずくと帰る時より、こいつと帰る時の方が、距離が長いじゃあないか。しずくの電車とは路線も方向も違うから、いつもどんなに頑張っても新橋駅までなのに。
どうして家の間近くまで、この微妙な関係のやつと。
「……かすみん、思うの」
「ん?」
「はな男はしず子の友達だよね?」
「ああ、そうだけど……」
「しず子は、かすみんの友達」
「そうなのか」
「じゃあ、かすみんとはな男も友達じゃん?」
「……そうっすね?」
ふたりは自然に、制服のポケットからスマホを出していた。開いているのは、同じSNSのアプリ。
「これから3年間の付き合いです」
「仲良くした方が、自分のためにもなるというのは同意だ」
「毎朝毎夕、よろしくお願いしますね」
「多分、大体の帰る時間は違うだろうけどな」
連絡先を交換し終わり、俺らは駅の改札へと入っていく。
中須、かすみ。自分が可愛いと自覚しているし、勉強も苦手そうだが、なんとなく察しはいい。これはしずくからも聞いた話だが、しずくとも仲は良好らしい。
通学駅合うも他生の縁。クラスの陽キャ女子は、どうしようもないといった感じで笑っている。
距離の詰め方もこいつみたいに瞬歩できないし、話題もそれぞれ違うだろうけど、少なくとも今の会話で、俺らは少しだけ『波長』が合っているんじゃあないかってことが分かった。
「中須」
「なに?」
「お前、可愛いな」
俺も少しばかり、距離を詰めるとするか。
「何なの、改まって。小学生の教科書にも載ってるよ、そんなこと」
「や、ちょっと距離縮めようかなって」
「しれっと敬語解除してるし、今更じゃない?」
「それはそうと、お前はどれだけ自分に自信を持ってるんだ」
「かすみんが可愛いのは、メートル法くらいには世界共通認識なの」
「ヤード・ポンド法を無視してる……」
「なにそれ?」
「あ、素で知らないんだ」
じゃんけんぽん。
あっち向いてどーん。
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