そういえばオレはちゃんと卒業したって言えるんだっけ。
昔のことを思い出す。
ーーー
オレ達「元」Dクラスは3年間の学校生活のほとんどを終え、無事にAクラスとなっていた。
しかし厳しい試験を乗り越える中で退学者が続出し、今では15人の生徒しか残っていなかった。
残ったのは、オレ、惠、堀北、洋介、櫛田、須藤、池、愛里、啓誠、明人、波瑠加、佐藤、篠原、松下、高円寺だ。
櫛田はどこかのタイミングで退学させるつもりだったが、堀北が和解を諦めなかったことで、2年の後半にはオレと堀北の退学を諦め、クラスに協力するようになった。
高円寺すら、実力のほとんどを公開するようになったオレに興味を示し、勝手な行動を取ることは減っていた。
残った15人の絆は相当のものだった。
これこそが、オレがこの学校に来て得た最も価値あるモノだと確信していた。
しかし、この時のオレは予想だにしなかった。
自分も退学できていればどんなに良かったかと思うような惨劇が待っていることなど。
3月1日。
高度育成高等学校はテロリストによって占拠された。
そして、3年Aクラスの15人のみが人質として残され、内部ではデスゲームが行われていた。
内容は1年の時にやった船上試験を彷彿とさせるものだった。
15人のうち1人が優待者に選ばれる。優待者が死ねば、残りの者が助かり、時間切れになれば優待者のみが助かる。
あまりの事態だ。ルールを説明するメールを読んでも、誰も行動を起こせずにいた。
そんな中、一番初めに動き出したのは高円寺だった。
「私はこんな場所に留まり続けるつもりはない。帰らせてもらうよ。」
そう言って、教室を出た瞬間、大量の発砲音が鳴り響いた。
即座に高円寺は倒れた。遠くから見ても出血量からして明らかに死んでいると分かる。
オレ達に与えられた時間は1時間だけだった。時間を無駄にしている余裕はなかった。
しかし数々の試練を乗り越えてきたオレ達でも、3年間共に過ごしてきたクラスメイトの死は衝撃的すぎた。残り14人の間にはパニックが生じた。
オレは状況を分析した。教室の外に武装した人間が何人も控えているのは間違いない。
オレ1人でも無事に逃げ切れるかは分からない。ましてや、複数人を守りながらというのは到底不可能だった。
しばらくして、一部の者で脱出する方法を考え始めるも、教室の外も窓の外も敵が待ち構えていて部屋から出ることさえままならない。1時間が経過すれば教室に侵入してきて、少なくとも優待者以外は皆殺しにされるだろう。結局、外部からの助けが来ることを祈るしかできなかった。
そんな状況なので、最終的にはゲームに参加する方向での考えも出た。優待者を特定し、テロリストに差し出すことでそれ以外の者が生きられる可能性に賭けるしかないと。
全員の合意が得られる訳もなかったが、やや強引な流れで全員メールの画面を公開することとなった。それにより、優待者を特定することはできたが、優待者を差し出すことはできなかった。
結局机と椅子で防御体制を作り、テロリストの侵入に備えることにした。
しかしその程度の策ではどうすることもできず、1時間後、オレ以外の者達は全員殺された。
気づくとオレの目からは涙が流れていた。
ホワイトルームで過ごす中で、勝利に不要なモノは全て排除してきた。
だから、3年間共に過ごしてきたクラスメイトを虐殺され、自分が泣いている事実に驚いた。
だが泣いている場合ではない。
即座に状況を見極め、テロリスト達を躱し、敷地外まで逃亡した。
そのまま、あの学校に戻ることはなかった。
オレはあの男の手配でホワイトルームに戻り、指導者となった。
ーーー
あの時、優待者はオレだった。
坂柳達や龍園達の上を行き、Aクラスになれたのは、オレの力によるところが大きいと誰しもが理解していた。そんなオレが優待者だったからこそ、誰もオレを差し出そうとは言わなかったのかもしれない。
だがやはりあの時の涙、悲しみは無駄な感情だと今では思う。
オレ達人間はどれだけ強い絆で結ばれていたとしても、結局は個だ。
だからこの世は勝つことが全てだ。
大事なのはオレが最終的に勝っているかどうかだけだ。
ホワイトルームに戻ったばかりの頃は、今のオレは本当に勝利したのかと疑問に思う事もあった。
しかし時が流れるにつれて、生き残ったオレはやはり勝利したのだろうと理解するようになった。
教育者としての日々は退屈だった。
あの学校で時折感じた胸の高鳴りは完全に忘れてしまった。
そんな鬱屈とした日常の中、例の事態は起こった。
朝目覚めると、オレは中嶋誠という人間になっていた。
オレは壊れてしまったのかもしれない。
その日の朝、中嶋なる男の家族に見送られ、オレは再びあの学校へ向かうこととなる。
しかし、今のオレにはもはやあの場所で得るモノはないと確信していた。