お好み焼きには大きく分けて2つの種類がある。
広島風と大阪風である。
大阪風は、生地と具材を一緒くたに混ぜこんでから焼く。
広島風は、まず生地をクレープ状に鉄板に薄く伸ばし、その上にキャベツや中華そばなどの具材を乗せていく。
同じ名前でいながら、全く違う2つの料理だが、元を辿れば、どちらも昭和初期に子供たちの間で流行した1銭洋食という駄菓子が起源らしい。小麦粉を薄く焼き、ねぎやとろろ昆布などを乗せて半分に折る。そしてその上にソースをかけて食べる代物だ。
第二次世界大戦の後、日本は食料不足に悩まされた。日本人の主食たる米は行き渡らず、米軍が配給する小麦粉に頼って生活する人が多かった。
そんな中、人々が美味しく食べられる庶民の味として脚光を浴びたのが、かつて子供のおやつであった1銭洋食であり、それが日本が豊かになるにつれ、段々と料理として完成していったのが、お好み焼きなのである。
広島風と大阪風の違いはこのあたりの起源にある。原爆投下の影響により一際、戦争被害が大きかった広島では米軍の配給品がより貴重とされた。その為、大阪のものよりも小麦粉が少なく済み、比較的簡単に手に入って空腹感を満たせる千切りキャベツを多く含んだお好み焼きが主流になっていくのである。
そして、第三次世界大戦の後、またも広島で注目されたのがお好み焼きであった。単に食糧難があったのも確かだが、それ以上に、二次大戦からの復興を支えた広島人のソウルフード。その故郷の味が、三次大戦後の辛い世の中を生きる人々に希望を与えていたのだ。
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さて、ここは、広島県呉市内のお好み焼き店『みっちゃん』の店内である。
大阪風とは違い、自分たちでは焼かず、店の人が調理したものがテーブルに備え付けられた鉄板の上に出てくる。
「一丁あがり!」
出てきたのは、広島風お好み焼きを半分に折り曲げたような、半月型の食べ物である。
「このカタチ、未だに慣れませんわ」
吉原空が呟く
「まぁ、ワシらにとったら普通じゃが、こいが呉の焼き方…一番旨いお好み焼きの食い方なんじゃあ」
誇らしげに語る獅子道の横で万田南は頭を抱えていた。
「兄貴、何度も言いますけど、やっぱりこれはお好み焼きじゃないですよ。あの、フワフワ感、フワフワ感がないと。」
「大阪のモンは、お好み焼きの話すると、やたらフワフワ感にこだわるのう」
「それはそうですよ。いかに上手く空気と生地を混ぜて、あの食感を出すかが、作る人の腕の見せ所なんですから」
「じゃが南よ、ワレ、そんだらこと言いながら、しっかり食べてるじゃないの」
獅子道は南の鉄板を指差す。お好み焼きが運ばれてきてから、まだ数分だというのに、南のお好み焼きはもう一口か二口という大きさだ
「いや、好きなんですよね。コレ。お好み焼きって言われるとアレって思うけど。」
南と反対に文太は、食が進まない。
暴新会の若頭補佐・籠池真三によって広島に連れていかれた妹、明菜のことが気がかりでたまらなかったのだ。
「どうしよった?」
獅子道が問いかける
「すんません。妹が気になって…今日は行くな言われても、今すぐにでも広島に行きとうて仕方ないんですよ。」
「文太ぁ、腹が減っては戦はできぬ、と言うじゃろ。メシを喰うのも戦いの一つよ。」
そう言われて渋々お好み焼きを一口食べる文太
「…うまい。」
「そうじゃろう。まぁ、いい。明日、ワレをオヤジんところへ連れてっちゃる。挨拶がてら、カチコミの許可もらいに行こうや」
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広島県呉市内の大和会会長・毛利輝基の邸宅に獅子道誠は轟文太を伴いやってきた。
訪問の目的は、前述の通り、新入りである文太の顔見せと、暴新会本拠地である広島市への攻撃許可を得ることである。
奥の座敷に通されて待つこと十数分。
襖をあけて、小太りでメガネをかけた50歳くらいの男が入ってきた。和服を着て脂で顔をテカらせている。昭和のホームドラマに出てくるオヤジといった印象で、文太から見ると、とてもこの人が呉市を治める暴力組織の親玉には見えなかった。
だが、この人が、大和会会長・毛利輝基なのである。
毛利は上座に座ると、文太をしばらくジロジロと見た後、二人に向かってにこりと笑いかけた。
「獅子道と…えっと、何と言うたかな、新入り君…」
「轟文太言います」
「そうじゃった、そうじゃった。獅子道と轟! ようやった! 聞いとるぞ、籠池組の貝原トって、暴新会の事務所ぶっ潰したそうじゃの! これで奴らこん呉でデカイ顔出来んくなったわい。いや、めでたい!」
「ありがとうございます!」
この街の親分と会うという事で、緊張していた文太であったが、いきなり褒め言葉から始まったので思わず頬が弛んだ。
獅子道はそれとは裏腹にやや怪訝そうな表情をしている。
「ほんで、オヤジさん。これからの事じゃが…」
「そうじゃ、そうじゃ。それも聞いとる。轟の妹が暴新会に連れていかれたというじゃないの。ほんに難儀じゃのう。」
「暴新会に何とか話つけたいところじゃが…」
「それには乗ってこんじゃろうなぁ。奴ら、冷泉会の後ろ楯を得たのがよほど嬉しいらしい。喧嘩がしたいんじゃ。平和を愛する任侠集団たる、この大和会にとっては頭の痛うなる問題じゃ。」
「ワシ、こいつら連れて広島へ行ってこよう思うとります」
獅子道の言葉を聞くと毛利は立ち上がり涙を流し始めた
「獅子道! ワシゃぁ、ホンに感動したど! おんしは本当に任侠の鏡じゃ! 暴新会はともかく、冷泉会が相手では、奴らがどんなに外道でもワシは動かれん。ビビっとるんではないぞ。こん美しい街を血で汚すんがイヤなんじゃ。だから獅子道、ワレはそれを汲んで、独断で、勝手に、自分の組使うて広島へ行ってくれる言う訳じゃな! 素晴らしい…素晴らしい!」
獅子道は感涙する毛利を前に少し沈黙するが、やがて頷いた。
「まぁ、そういうことです」
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毛利との会談後、帰路に着く獅子道と文太。歩きながら文太は獅子道に語りかけた
「ちいと気になる言い方でしたが、オヤジさん、カチコミの許可くれたってことでいいんですよね?」
「あぁ、アレかい。まぁ、邪魔はせんいうことじゃろうな」
「え?」
「ワレの妹が拐われとるんじゃ。いちおう、獅子堂組としての大義名分は立つ。ほいじゃが、大和会全体で冷泉会とやり合いたくはない、いうことじゃ。だから、獅子道組だけでヤって、落とし前もコッチでつけろいう事じゃの」
「そんな…全部コッチの責任って…。会長、ワシらの事スゴく褒めてくれたじゃないですか! あれは何だったんなら!」
「暴新会を潰す言うんは、オヤジにとっても都合いいからのう…。誰かが言い出すのを待っとったんじゃろ」
「そんな…」
「ガッカリしとるんかい?」
「それは、まぁ。」
「文太。ウチのオヤジが特別こんまい人間なのはあるが、極道の世界は得てしてそういうモンじゃ。自分でやったことの報いは自分で受けにゃあならん」
「じゃあ、なして兄貴は、ワシを助けてくれとるんですか? 明菜の事だって、言ってしまえばワシ一人の問題じゃ…。兄貴や組のみんなが危険な橋渡る必要ないじゃないですか。」
「まだ、おんしには、わからんかもしれんのう…。確かに、極道は自分のケツ自分で拭けるようになってこそ一人前よ。じゃが、だからこそ、自分が見込んだ相手や正しいと思うことの為に、自分の損得を越えて命を張ることが尊いんじゃ。文太、ワシはワレを認めちょるんぞ。身内の為とはいえ、極道に生身で向かっていける人間いうんは、そうおらん。じゃけぇ、ワシはおんしの為に命張るなら何もいらんのじゃ…」
「兄貴…」
「じゃが、もし仮にワレが今、ワシがやっとう事を恩に感じてくれとうなら、次何かあった時にワシを助けてくれや。互いが互いの為に命かけて共に戦って行くこっで、真の信頼や友情、絆が生まれる。それがワシの任侠道じゃ。」
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広島県広島市。
暴新会会長・竹下道夫の邸宅に呼び出されたのは、暴新会の呉侵攻の指揮官にして若頭補佐、籠池真三である。
社長椅子に腰かけた竹下は鼻の下の髭を触りながら話し出した。
「おう、籠池ぇ。ワレんトコの貝原がヘタ打ってくれたみたいやないか」
「ヘタ?」
竹下は首を傾げる籠池にイラだったようで、貧乏ゆすりを始めた
「そうよ、なんじゃ、あの役立たずが。留守番の一つも出来んのか。お陰でせっかく手に入れた呉のシマがパァになってしもうたじゃないの」
「オヤジさん、一つ言うておきますがの、貝原は品はないが、一本筋の通った立派な極道じゃ。あいつは子分みんなが殺られてリベンジャーに囲まれながらも一人で戦こうて死んだんじゃ。そういうモンを悪く言うんは任侠道に外れる思いますがの」
竹下はダルそうに首を回す
「なーんが任侠道よ。自分のケツ自分で拭けんようなモンがまともな極道な訳あるかい。おう、籠池ぇ。部下の失敗はワレん責任じゃ。おどれはどう落とし前つけるつもりじゃ、ドアホウ」
「大和会を、リベンジャーを見くびって呉を留守にしたんはワシのヘタじゃけぇ、そんで貝原や呉の事務所んモンは死んだんじゃ、戦争言うなら喜んでヤりますがの。ヤる言うんならオヤジさんも覚悟してもらわにゃいかんですよ!」
「お、おう!? 何でワシが覚悟せにゃあならんのじゃ! これは籠池組の問題じゃろうが!」
「リベンジャーは強いゆうとるんですよ。戦争なったら勝負は五分。もしかすっとアンタもただで済まんかもしれんと言うとるんじゃ」
「ビビっとるんか、ワレ! 極道の風上にも置けんわ!」
「ビビっとるんはオヤジじゃないの! 冷泉会の傘下に入った途端、他のヤクザもんに強く出たのはいいが、ちいとでも負けが見えると、子分を切り捨てようとする…それでも一つの街の親分かの!」
竹下と籠池が言い争っていると、会長室のドアがバタンと開いた。そこにいたのは革ジャンの下にド派手な赤いシャツを着た男だ。サングラスをして、肩に担いだ木刀の切っ先をフラフラと揺らしている。
広島の暴れ馬と呼ばれる男、鶴城仁一である。
「何の用じゃ、仁一!」
籠池が怒鳴ると鶴城はニヤケながら言う
「おう、おう、籠池の兄ぃにオヤジさん、元気な声が聞こえるから、つい入ってきてしもうたわ」
「悪いがのう、ワシとオヤジは取り込み中じゃ。冷やかしなら出て行ってくれんかのう」
「冷やかしな訳あるかい、ワシは真剣な男と男の話をしに来とるんじゃ」
鶴城は籠池を押し退けて竹下の前に進み出た
「のう、オヤジ。呉の件、ワシにヤらしてくれないや」
竹下は思わず立ち上がる
「なっ、仁一! ワリャァ、やってくれるんか」
「おう、じゃが、そん代わりと言ったらなんじゃが、ワシがぶんどったシマはワシのモンにしてつかぁさい」
「ま、アガリをきっちり納めるなら、ワシァ、文句は言わん」
「おう、おう。納める、納める。呉の港ゆうたら、昔は軍港じゃが、今は広島有数の貿易港。あそこをワシんシマにできればシャブもチャカも売り放題の買い放題、転がし放題じゃ。金ならごまんと手に入る。上納金の100万や200万パパっと払っちゃるわい」
竹下の同意を得た鶴城は今度は籠池に語りかける
「籠池の兄貴は呉から手を引くんじゃ。文句はないじゃろ。」
「呉からは手を引くが、大和会…いや、獅子堂組からは手ぇ引かんぞ。それでええなら、呉はワレん好きにやれや」
鶴城は籠池の言葉の真意がわからなかったようで少し首を傾げるが、面倒だったのか、すぐに考えるのをやめて言った
「ようわからんが、要は呉の利権に手ぇ出すつもりはないゆうことじゃな。それが聞ければ十分じゃ」
籠池は呟いた
「じゃが、意外じゃのう」
「何がじゃ?」
「ワレ、あんまり暴れよるけぇ、余程喧嘩が好きなんかと思うちょったが、銭にも興味があったんじゃのう」
鶴城はハハハと大きく笑った
「ワシは特別銭が好きな訳でも喧嘩が好きな訳でものうて、目の前の欲しいモンが手に入らんのが気に喰わんだけよ。せっかく男に生まれたんじゃ。好きなだけうまいメシ食ろうて、マブいスケ抱きたいじゃないの。喧嘩も銭もそん為の手段じゃ。」
「まぁ、それならそれで良いがのう。あんまり派手にやっと、大和会だけでなく、ポリも刺激すっど。気ぃつけてやりないや」
「なぁに、サツが怖くて喧嘩が出来るかい。喧嘩なんてモンは色々考えたら負けじゃ。 何も考えんと相手潰すことに集中できるモンが勝つんじゃけぇ…まぁ、見ちょってつかぁさいや」
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竹下との話を終えて、会長室を出る籠池。
そこへ
「ホンマにええんどすかのう、籠池はん」
と声をかける者がいた。
籠池が、その方向を見ると、そこには切れ長な目をした色白い男が立っていた。しっかりとスーツを着こなしたビジネスマン風の出で立ちである。
「来とったがですかい。山南さん」
籠池から山南と呼ばれたこの男。京都・冷泉会の幹部を30代前半にして務める、この世界の実力者である。随分年上の広島・暴新会会長、竹下道夫と兄弟盃を交わして暴新会を冷泉会の傘下に組み入れた張本人でもある。
「今日は、何用で広島までいらっしゃったがですかのう?」
「まぁ、大した用やあらへん。会長と少し話したかっただけや」
大した用でもないのに、京都から遠路遥々やってくるだろうか。籠池は怪訝な表情を浮かべたが、山南はすぐに次の言葉を口にした
「すまへんなぁ。あんま大きい声やから、聞かんでええことまで聞こえてしもうたわ」
「お見苦しいところをお見せして、スマンかったのう」
「それよりええの? せっかくアンタが骨折って手に入れた呉のシマ、鶴城なんかに渡してしもうて…」
「呉の件は組織から言われてやった仕事ですけぇ、大した問題ではないがですよ。それより大事なんは貝原ら弔ってやることですけぇ」
「獅子道組の事やな。でも、相手が呉のモンなら、アンタも呉に乗り込んで行った方がええんちゃうの?」
「ワシら、奴らの仲間の妹を預かっとるがですよ。待っとったら必ず追ってきますけぇ、広島で迎え打っちゃるつもりです。わざわざ相手の地盤があるところで戦う必要はないがですよ。それに…」
「それに…?」
「言いにくいですが、鶴城はサツにしょっぴかれますけぇ」
「なんや! アンタ、もしかしてサツと繋がっとるんか?」
「まさか。もしそうだったとしても、こんなところでは言わんですよ。ただ、大和会が派手に仕掛けてくれたお陰で呉ではサツの警戒が強うなっとります。今、暴れたらサツもデカレンジャーだのパトレンジャーだの投入して来ますけぇ、無傷では済まん。仁一のやり方では必ずそうなりますけぇ、今慌てて呉を取りにいく必要はないんですよ。」
「アンタ…ホンマに出来る男やねぇ…。竹下の下に置いとくんが勿体ないわ。」
籠池の話に感心した様子の山南。
大きく頷きながら、不適に、そして静かに微笑んだ。
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広島県広島市。三次大戦前は人口約300万人を誇ったこの街に本格的な発展がもたらされたのは1589年。
当時、豊臣政権から中国地方の支配者に任じられていた毛利輝元による広島城の築城が始まってからのことである。
毛利家は元々、現在の安芸高田市内に位置する吉田郡山城を居城としていた。毛利家の強大化に大きく貢献した難攻不落の山城であったが、豊臣政権樹立に貢献し、112万石の大々名となった毛利氏には、その広大な領地を経営する為に、より豊かな海陸要衝の地に政治的本拠地を移す必要があった。
そこで選ばれたのが、現在の広島市であった。
その後、広島の支配権は福島家、浅野家へ引き継がれていくが、瀬戸内海に面し、街道の通り道でもあったこの街の開発は商業的に大きく成功する。
そして、近代に入ってからも変わることなく発展し続け、瀬戸内地方最大にして東洋でも指折りの都市になるのである。
だが、土地の豊かさは時に争いの元にもなる。第二次大戦時、第三次大戦時と二度に渡る原爆投下の標的になったのは、その都市としての重要性が無関係ではないだろう。
そして戦後、直接的な支配権は連合国軍、そして新しい日本国政府に渡ったが、それらの権力が及ばない裏の社会の支配権を巡っては、多数のならず者たちの争いが繰り広げられた。
戦後しばらくは、あまりに多くの勢力がひしめき合い、小競り合いが頻発。壮絶な潰し合いの末、どこも勢力を伸ばせないといった、さながら中国の五胡十六国時代のような状況が続いた。
しかし、そんなドングリの背比べの中で力を伸ばしたのが、その中でも特に小さな勢力だった暴新会であった。
きっかけは、立地がよく、復興需要もあり、これから発展が見込める広島の支配権が定まらない状況に目を付けた京都・冷泉会が広島進出を目論んだことである。
前線指揮を任された冷泉会の若手筆頭・山南創は考えた。
確かに、広島の勢力はそれぞれが小規模で、日本最大の暴力組織である冷泉会が武力に訴えれば簡単に潰せるだろう。
だが、余所者が急にやってきて力を振るうことは、逆にバラバラであった広島市内の勢力に団結をもたらすことにならないだろうか。人間には、共通の敵が現れると急に団結する一面がある。それは、避けなくてはならない。
そこで山南は既存の勢力を支援して、まずは広島を間接支配することを目論んだ。
支援する対象として暴新会を選択したのは、暴新会が小さな勢力であったからに他ならない。
どうせ、広島市内の勢力なんて冷泉会が本気になれば簡単に捻り潰せる。ならば、あえて広島の支配なんて夢にも見ることが出来ない小さな勢力を支援し、成長させることで恩を売ろう。中途半端に力がある連中を仲間にするより余程いい。
実際、暴新会は冷泉会の支援を受けて2年程で瞬く間に広島を支配した。
そして、ここからは山南の期待以上だった。
暴新会会長の竹下は支援を受けるだけでなく、自ら冷泉会の傘下に入ることを希望し、冷泉会幹部会役員の山南と兄弟盃を交わしたのである。遥か年上の竹下を立てて五分の兄弟ということになっているが、実質竹下が弟分、いや、依存度から言えば子分に等しい。
つまり、暴新会が広島を支配するということは、冷泉会系山南組が広島を支配することと等しいのだ。
そして、広島市の支配を磐石なモノとした暴新会は周辺都市の攻略を望み、また、山南組もそれを支援しているのである。
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広島市の一番の繁華街は、駅前ではなく、広島城や原爆ドームのある方へ路面電車で10分ほど行ったところにある。
この辺りの一帯は、勿論、暴新会のシマであり、もっと言えば、その中心地とも言えるが、治安は案外悪くない。暴新会以外の勢力が皆無であるため、組織同士の争い事も起こりにくいのだ。
とはいえ、血の気が多い男たちが仕切る街であるのは間違いない。今日もこの通りでは、鬱屈した感情を抱えた者たちが、遊び散らかすことで心を誤魔化しながら過ごしているのだった。
「あぁ…気に喰わん、気に喰わん、気に喰わんのう!」
「どうしたんなら、ケンジ…?」
雑居ビルの階段を降りながらわめき散らす、ボウズ頭の若者ケンジに対して、階下で待っていた小太りの若者が問いかけた。
ケンジは、大きな声を出してはいたが、それを誰かに聞かせるつもりではなかった。
語気をトーンダウンさせて応える。
「お、おぉ…まだそこにいたんか。義雄…。」
「おう。ワレが手柄立てて、オヤジに小遣いもらいに行くいうけぇ、待っとったんじゃ」
「待っとったって…。お前、ワシにまた何か奢らせるつもりかい。」
「ほうじゃ。で、金はもらえたんか?」
ケンジは義雄に呆れながらため息をついた。
「もらえんかった。それどころか、指詰めなきゃならんかもしれん、言われた」
「えぇ? ワレ、ウチの組の店で偉そうな態度しとった冷泉会のモンを追い返したんじゃろ? オヤジ、いつも他の組のモンにナメられるな、いうじゃろうが。何がいかんのじゃ?」
ケンジは階段にドスンと腰をおろす
「今は、そういう流れじゃないんじゃと…。」
ケンジはそう言って天を仰ぐ。
この二人は暴新会の二次団体、箱崎組の若衆である。
箱崎敏史組長は暴新会の現・若頭だ。武闘派としてならし、冷泉会と組む前の暴新会が小勢力でありながら組として存続してこられたのは、この人のお陰だという声も少なくない。言うまでもなく、暴新会の重要人物である。
だが、流れが変わったのは、冷泉会の山南創という男が暴新会と関わりを持つようになってからだ。
箱崎には、地元至上主義な一面がある。現・若頭補佐の籠池など多くの構成員が日本最大の暴力組織である冷泉会との同盟に飛び付いたのと裏腹に、箱崎はそれに反対した。
京都からやってきた余所者の風下に降るなど、もっての他。なんなら今まで争ってきた広島の他団体と協力して冷泉会を追い出した方がよい、とすら主張していた。
そして、箱崎組の組員たちにも冷泉会の構成員を警戒するように命じた。
それ故、これまで箱崎組組員と冷泉会山南組の構成員で小競り合いをすることが何度かあったが、その度に箱崎は
「冷泉会に屈しない、その意気やよし」
ということで、当事者の組員には褒美を与えてきたのだ。
だが結局、暴新会は冷泉会の後押しにより広島市を統一してしまった。更にその後、竹下会長が山南創と兄弟盃を交わし、暴新会は正式に冷泉会の傘下に入った。
組織が代わり、人事も一新される中で、箱崎は閑職に追いやられるであろうことを自分でも覚悟していたのだが、箱崎は何故か組織のNo.2たる若頭に任命されてしまった。
それは、少数派ながら存在する冷泉会の風下に降ることを良しとしていない者たち、所謂広島派への配慮ともとれるが、箱崎にとっては恐怖でしかなかった。
他幹部は全て冷泉会派である。その中で若頭という最も目立つ立場に置かれてしまった。一挙手一投足が監視され、小さなしくじりも許されない。
それが二人の親分、箱崎の置かれた立場であった。だから今、冷泉会とモメるなど、箱崎にとってはあってはならないことなのだ。
宇佐美ケンジと吉田義雄は共に20歳。悪ガキがそのまま極道になったようなタイプで10代前半の頃から組で使いっぱしりをしてきた。
まともに学校にも行っていない世間知らずの二人には、箱崎組が今どんな状況にあるのかがわからない。
何となく、昔から武闘派で有名だった組長のマネをして生きてきた。
組の外の者には尊大な態度を取り、威嚇する。屈しない相手に対しては実力を行使して立場の上下をわからせる。それが二人にとっての正義であったし、心地よい生き方でもあった。
義雄にはやや暢気なところもあるが、ケンジにはそれがない。
だから、今日、店から冷泉会の構成員を追い出したこと。それは正しいことだと信じていた。なぜなら、この世界では、腕っぷしの強い者が偉いはずだから。
京都から来たという、ビジネスマンだか極道だかよく分からないお洒落で雅な連中が威張っていていい訳がない。
崇拝する箱崎に否定されてしまったケンジは無性にその正義を証明したくなった。
「おい、義雄。アイツ怪しくないか?」
ケンジは雑居ビルの前の通りを指した。
大きめのバッグをもった、痩せっぽっちな男がいる。商店の看板を確認しているのか、やや上を見上げながら、ウロウロと道を行ったり来たりしている。
「ほうかのう…?」
と義雄は首を傾げた。
少なくとも、スジモノには見えない。体格もそうだし、何となくオドオドしているように見えて喧嘩や悪事をするような人間だとは思えない。
「アイツ、風俗探してるんじゃないじゃろうか?」
義雄にはああした連中に心当たりがあった。あの大きなバッグは、おそらく彼がやや遠方からやって来ていることを示している。そして、普通、用事がなければ足早に通りすぎたいであろう、ガラの悪いこの通りを、あの大人しそうな男がフラフラと何往復も行ったり来たりしている。
たぶん、童貞卒業を決意した田舎者が繁華街の賑わいに気圧され、店に入るのを躊躇してフラフラしてしまっている、といったところだろう。
ああいうの、時々いるんだよな、と根拠は少ないが、長年この歓楽街で過ごした経験から義雄はそう思ったのだ。
そして、義雄は考えた。
「ほうじゃ、アイツ、ウチの店紹介しちゃろう。今、メチャクチャええ女がおるけぇ。」
別に親切心からそう思った訳ではない。その方が金になるからだ。
確かに中には、ああいう奴らをカモにしている奴らもいる。フラフラしているところにわざとぶつかり、骨が折れただの、喧嘩を売られただのと因縁をつけ、最終的に金を巻き上げる。
だが、義雄に言わせればそれは勿体ないやり方だ。
怖い思いをしたら、アイツはもう二度とこの街にやってこないだろう。それより自分たちの店に引き込んで、思いっきりいい思いをさせてやるのだ。なんなら、最初は激安料金で最高級のサービスを受けさせてやってもよい。その方が後々儲かる。
これまで禁欲的にマジメに過ごしてきた奴ほど、初めて経験した快楽にハマリ込んで金ズルになることを義雄は知っていた。
まぁ、中にはハマリすぎて破産する者もいるくらいだが、そこまでは義雄の知ったことではない。
そんな訳で、声を掛けようと歩きだした義雄の肩をケンジが掴んだ。
「ちいと待たんか。なして敵にええ思いさせんとならんのじゃ」
「敵ぃ? どう見てもスジのモンには見えんがのう…?」
「ウロウロ、ジロジロしてどう見ても怪しいじゃろう」
「そりゃ、初めて女を買うんじゃ。怪しくもなろう。何となく、前かがみじゃし…」
そんな義雄を見て、ケンジは舌打ちをした。
「いや、アイツ絶対どこかの組の回しモンじゃ。ワシが確かめちゃる。」
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宇佐美ケンジは、歓楽街をフラフラしていた男を裏路地に連れていくと、男の首根っこを掴んで思いっきり地面に叩きつけた。
「うぅっ!」
と叫んで痛がる男の身体を更に3発蹴りつけた後、髪を掴みながら言った
「おい、ワレ、どこの組のモンじゃ!?」
「組って…。どう言うことですか?」
「あぁ!? ウロウロしよってからに! おんどれ、ウチの組見張っとったんじゃろうが!」
ケンジは男の頭を地面に何度も叩きつけた。
「やめてつかぁさい…やめてつかぁさい…」
泣いている男を見て、ケンジはゾクゾクと嗜虐的な気持ちになってきた。
ケンジが極道の世界に求めていたのは、コレだった。
ケンジにとって堅気の世界は面倒が多かった。自分がやりたい事をするのに、わざわざ理屈を色々くっつけてその正しさを証明し周囲を説得しなくてはいけない。ケンジにとってそれは苦痛だった。
そんな中で出会った箱崎組長の教えはシンプルだった。
力があるものは何をやっても許される。力が無いものは理不尽なメにあっても文句は言えない。だからとにかく力をつけろ。力を示せ。
ケンジはそれまで大人の言うことにいつも偽善を感じていた。なぜなら、貧しい地域で育ったケンジはマジメに頑張っていても理不尽に虐げられる人やそんな風に人を虐げても罰せられないズルい人間、ヒドイ人間を沢山見てきたからだ。
大人はいつもマジメに頑張れというが、それで成功できるというのはウソだ。周囲の環境を見れば簡単にわかることだった。
そして今、自分は歓楽街にノコノコやってきた田舎者を気分が優れないから、という理由でボコボコに殴っている。
理不尽の極みだ。
だが、殴られている男は泣きながら命乞いすることしかできない。
広島に冷泉会がやってきてから、人を殴っても物事を解決できなくなった。苦しかった。
でも、やはり箱崎組長の教えは、自分の考えは正しかったんだ。
ケンジは男を一発殴る度に、それを噛みしめていた。
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「ケンジ! 気ぃつけぇ! ソッチ行くぞ! ぎぁぁ!」
ケンジが夢中で男を殴っていると、後方から見張りに残してきた義雄の声が聞こえた。
ケンジが振り返ると、そこには2人の男が立っていた。
一人はゴツい体格をした眼光の鋭い男。
もう一人は小麦色の肌をしている童顔な男。大和会系獅子道組の獅子道誠と轟文太であるが、ケンジはその正体を知らない。
義雄の姿は見えない。ヤられた可能性が高いだろう。
「ワレぃ! 何モンじゃい!」
獅子道は、ケンジのその質問に答えずに言った
「やめてやりない。ソイツ、見たところカタギじゃないの。迷惑かけるようなことしたらイカンじゃろ」
「あ?」
ケンジは腹が立った。
今、丁度、この世界は力が全てであると確かめている最中だったのだ。仁義だの何だのとルールを並べ立てる面倒な奴らはケンジにとっては極道の風上にも置けない存在だ。
そんな沸々とした怒りを感じていたケンジにトドメを刺したのは獅子堂の次のセリフだった
「ワレ、箱崎組のモンじゃな。若いモンの教育がなっとらんのう」
「おい、ワレぃ!ワシがトッちゃるわい!」
ケンジは激昂した。
傍若無人な箱崎組の構成員に対して色々言ってくる輩は多いが、ケンジに言わせれば、箱崎は嘘つきばかりの大人の中で、ただ一人自分に正しいことを教えてくれた人なのだ。
「うぉぉ!」
ケンジは両手足を機械の身体に変形させた。胴体は改造手術を受けていない。
その姿を見て、獅子道は
「文太、お前がやりないや。殺してはいかんぞ」
と語りかけた。
従って進み出る文太。
「代紋チェンジャー!」
文太はブラックリベンジャーへと姿を変えた。
「あれは…暴力戦隊リベンジャーか…!?」
ケンジも噂では聞いたことがあった。
サイボーグ化することとはまた別の方法で肉体の強化を計り戦う大和会の構成員がいると。
大和会は暴新会の敵対組織。正直、そんな奴らとここで出会ってしまったのは計算外だ。だが、チャンスでもある。
箱崎組は暴新会の中で立場が悪い。だが、広島に乗り込んできた敵組織の実力者の首でも持っていけばそれは一気に逆転するだろう。
「トッちゃらぁぁ!」
ケンジはブラックリベンジャーに向かっていき、大振りのパンチを繰り出すが、ブラックリベンジャーは高く跳んでケンジの後ろに回り込んだ。
ケンジは反応して素早く身体を回転させるが、そこで腹に激痛が走った。身体をねじった隙をつかれ、ブラックリベンジャーにみぞおちにパンチを入れられたのだ。
一撃で決着がつき、ケンジは倒れこんだ。
「おぇぇぇ!」
内臓にダメージをおった時特有の鈍い感覚がケンジを襲った。
痛いのもあるが、とにかく気分が悪い。
「だ、大丈夫?」
ブラックリベンジャーはケンジを心配しているようだ。
倒した相手に情をかけているのか。
それは、力が全てという考えを持つケンジにとってこの上ない屈辱であったが、今は苦しくて反論することすらできない。
獅子道がケンジに語りかける
「おい、そんままでええから、聞け。ワレ、ワシらを暴新会の籠池んところまで案内せぇ。おんどれらも籠池がヤられるのは都合ええじゃろ。箱崎組には手ださんじゃるけぇ、案内せぇや」