正彦の過去。
異能に関わった日。
ある高校の生徒達が異世界に召喚される日からおよそ五年前。
召喚された生徒達の中にいた少年――黒井正彦の地球での物語だ。
――――――――――――
その日、少年は家族と旅行に言っていた。
場所は……確か古風な街並みが並ぶところだったはずである。
少年は当時十二歳。
まだ様々なことに目を輝かせているような時期だ。
特にテレビからの嘘か真か分からない情報を信じて、それを友達と共有し一喜一憂するそんな子供だった。
そんな時に妖怪やらなんやらで有名な場所に行く。
もうすぐ中学生になる少年はある好奇心が湧いた。
――『この町ってお化けとかいるのかな!』
そう思った少年は、思いついたが吉日と駆けだし、様々なところを見て回ろうとした。
もちろん、親からはぐれて、だ。
親ならそんなことが無いようにしっかりと手を繋いだりするはずだが、少年は少し特殊だった。
旅館でチェックインをしていた両親から、簡単に気配をくらませ、離れることに成功する。
――思えば、この時から彼が命をかけて戦う運命にあったのは決まっていたのかもしれない。
そして旅館を抜け出した少年は好奇心の赴くまま、街中を探索し始める。
知らない建物、知らない人、知らない場所、知らないものばっかりで満ちた町を駆けまわる少年。
しかし、楽しい時間というものは相応に早く過ぎるもので、気づいた時には空が橙色に染まりカラスもなくような時間になってしまった。
だが、あっちこっちと歩いている間に自分が今いる場所がどこかすらわからなくなってしまう。
心細さに半泣きになってしまう少年。
トボトボと歩いていると、やがてある場所の前で立ち止まる。
神社の鳥居が何本も続く高い階段。
見上げれば、その階段は山の頂上にまで続いている。
薄気味悪く人気のないその場所を見た少年は、まるで蜜に誘われる虫のようにその階段を上っていく。
『なんでこんなところに神社があるんだろう?』
少年がたどり着いたのは、古びた社のある場所だった。
社には、お札が張り付けられているが、その扉は開け放たれている。
周りにも見上げるように高い木が周りから隔離するかのように複数生えており、全てに注連縄とお札が張り巡らされていた。
しかし、そのどれもが朽ち果てており、目も当てられないような状態になっている。
この場にいると何か良からぬことが起きると本能で感じ取った少年は、踵を返して上ってきた階段を下りようとした。
――オイデ
『えっ?』
不意に聞こえた声に周りを見渡す少年。
周りには人はいない。
気味が悪い。
そう思った少年はその言葉に従わないように耳をふさいで階段を下っていく。
――オイデ
また声が聞こえた。
耳をふさいでいるのに、だ。
明らかにおかしいと感じた少年は階段を走って下りていく。
――オイデ
『うわぁっ!?』
もう一度声が聞こえた。
少年は恐ろしくなってその声から逃げるように離れようとする。
――オイデ
『!?』
声が響くと、途端に何かに躓いて、転んでしまう。
勢いよく下っていたため、階段を転げ落ちてしまった。
整備されていないのか、そこらに石が転がっており、転がるたびに石が肌に食い込んで痛みを与えてくる。
踊り場まで来てようやく止まる少年の体。
痛みに苦しんでいると、突然、背筋が粟立ち体が震えてくる。
周りの木々もざわざわと音を立てて揺れ始めた。
痛みを堪えながら立ち上がり、転んだところを見ると、
――赤黒い肉塊のようなものがあった。
更にその肉塊は脈打っており、遠目からでもわかるように生きているのだということを否でも認識させてくる。
――オイデ
『ぐっ!?』
少年が呆然と肉塊を見ていると、また声が響き今度は首を持ち上げられ、宙づりになってしまった。
いきなりのことに、驚愕するだけだったが、首の締まる痛みと共にハッとする。
首が締まり、次第に足りなくなった空気を求めようと口を開いて呼吸をしようとするが、あまりの力に気絶してしまいそうになる。
――オイデ
またも声が響くと、少年の体が何かに引っ張られて持ち上げられた状態のまま、凄まじい勢いで上ってしまう。
自分は何もしていないのにもかかわらずだ。
やがて山頂の社に着くと、石畳が交差する場所に放り投げられてしまう。
その時に首の拘束もなくなったようで、酸欠寸前だった体に酸素が行き渡る。
しかし、それが出来るようになったからなんだというのだ。
少年の全身は傷だらけで、首元には押さえ付けられて変色した
『えっぐ、痛、いよぉ……』
少年は痛みに涙を流してしまう。
当たり前だ。
少年は何の力も持たない一般人。
今まで何度も喧嘩をしたことはあっても、このような怪我は一度もなかったのだ。
周りには自分を守ってくれる人はおらず、今更ながら少年は一人で来たことを後悔し始めてしまった。
少年はよく周りの人を巻き込んで迷惑をかけてちゃんと反省はする子だったが、こんなことは初めてだった。
――オイデ
痛みに蹲る少年に、また声が聞こえた。
それでも痛みに泣き続ける少年はその声に反応できない。
――『おいで』
先ほどまで聞こえていた声の質が変わった。
その声に少年は顔を上げる。
何故ならその声は少年の母の声だったのだ。
思わず周りを見渡す少年はある方向にその姿を見つける。
――『おいで』
『おかあ、さん……?』
母がそこにいた。
その姿を見つけた少年は突然軽くなった体に疑問も抱かず、少年は腕を目一杯に広げて、抱き着くために駆けだす。
母親も手を広げて、少年を迎え入れようとする。
――『おいで』
『お母さん!』
ついに少年は辿り着き、安心したのか先ほどとは別の意味で涙を流す。
あの状況で自身の母が助けに来てくれたのだ。
警戒心もなく抱きついてしまうのも仕方ないだろう。
――『おいで』
『お母さん…?僕はもう来てるよ?』
しかし、少年は気づく。
母が先程から同じことしか喋っていないことに。
自身の体も固く抱きしめられていて、まるで逃がさないというような意思すら感じられるような力だ。
――『おいで』
そこでようやく思い至る。
これは偽物だと。
そして、この言葉は先ほどから聞こえていたナニカの言葉と同じであることに。
そこで、母のようなモノに靄がかかり、その姿をさらす。
――オイデ
化け物だった。
先ほどの肉塊で構成されているかのような見た目に、体のいたるところから伸びる目玉と腕。
顔のような場所の口に当たる場所から伸びる舌が少年の体を縛り上げていた。
『う、うわぁぁぁあああああ!!??』
怪しいと思ったら、出てきたのは化け物だったことに叫び声をあげる少年。
抜け出そうともがいても、その拘束はちっとも緩まらずに少年の体を口の中に引き寄せていく。
いつの間にか周囲は赤い瘴気で満たされていて、呼吸をするたびに少年の体を蝕んだ。
――オイデ
口が大きく開けられて少年を丸呑みできる大きさに広げられ、少年を引き摺り込んでいく。
少年は叫び声をあげながらもがいているが、意味をなさない。
やがて口の中に入りその奈落のような喉に飲み込まれる。
少年はその時初めて死を認識した。
今まで祖父が死んだということを知って、悲しんだり、落ち込んだりすることはあっても〝死〟というものを深く考えることはなかった。
怖かったからだろう。
誰でも死は怖いものだ。
少年がそのまま飲み込まれてこの世から存在が消えそうになった、
次の瞬間。
ザンッ!!という音が飲み込まれていく少年の耳にも聞こえたと思えばいつの間にか誰かに抱きかかえられているのが分かる。
恐怖のあまり目を瞑っていた少年は、落下するような感覚もなく、むしろ誰かに抱きかかえられていることに気が付いて目を開けた。
そこには、少しばかり皺のある顔つきをしていて、しかし、老いているというよりは磨き抜かれた剣のようだと感じる壮年の男性がそこにはいた。
『縁結びの神……その落ちた姿がこれか……』
その男性は少年を飲み込もうとした化け物を見て、忌々しそうに睨みつけている。
男性は、地面に少年を下ろすと、少年を抱き上げていた左腕を腰に提げていた鞘を手に持ち、片方の手に持っていた刀を納刀し構えをとる。
左足を後ろに下げ、左手を鞘に、右手を柄に、そして、体を前傾姿勢にさせ、居合の構えをとった。
ピンと伸ばされた体はまるで矢のようだ。
剣道を習っていた少年は、その気迫に思わず息をのむ。
――オイデ
化け物の声が聞こえて思わず化物の方を向く。
そこには、体の半分を横一文字に両断され、傷を治そうとしているのかボコボコと肉が盛り上がっている。
やがて治ると全身から生えていた腕を一斉に伸ばして男性に向かって掴みかかってきた。
それを前にして、少年は悲鳴を上げそうになった。
が、その顔はすぐに驚愕に変わる。
なぜなら、
直後、その腕がすべて切り落とされたからだ。
『秘伝――雷切』
そう呟いた男性が次の瞬間には雷が落ちたような轟音を響かせ、姿を消したかと思えば、化物の後ろにいたのだ。
腕を切り落とされた化物が悲鳴のような声を上げる。
その声の大きさはすさまじく、木が揺れるほどだった。
すぐさま再生しようとした化け物であったが、それを許さないと言わんばかりに男性は斬撃を加えていく。
『秘伝――神鳴』
男性の持つ刀が青い電気のようなものを迸らせたかと思うと、またもや男性が目にもとまらぬ斬撃を浴びせ、今度は斬った個所を起点に稲妻が奔る。
更なる痛みに絶叫を上げる化け物は全身を振り回し、男性を寄せ付けないようにした。
『ッチ……!』
飛び退いて回避した男性は、少年の元に走り寄ってくる。
『少年!大丈夫か!』
『う、うん……』
『そうか……なら、階段を下りてこの場から離れろ。そして、黒いスーツの大人に助けてもらうんだ。いいかい?』
『わ、分かった…!』
少年が男性の指示に従い、階段を下りていく。
それを見送った男性は、化物を見据えて……、
『さぁて、やりますか!』
化け物に刀を向けながらそう宣言した。
――――――――――――
『ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……』
少年は階段を駆け下りていた。
起こり続けた奇天烈な光景に呆然としていたが、あの助けてくれた人の指示に従って階段を駆け下りて山の麓を目指していた。
『あうっ!』
下りている途中に転んでしまい、階段を転がり落ちていく少年は一度逃げようとしたときのように、足を躓かせてしまう。
しかし、痛みに蹲ることもなくすぐに立ち上がって、また駆けだした。
やがて麓に下りて、這う這うの体で最後の鳥居をくぐった瞬間、赤い瘴気もなくなり、息がしやすくなる。
『おい君!大丈夫か!』
『うえっ、げほっ、ごほっ……』
『ひどい怪我だ……誰か救護班にこの少年を運んでくれ!』
急に変わった空気に体がようやく疲労を自覚して、立ち上がれなくなるほどの虚脱感が少年を襲う。
そんな少年の身を案じた、男性の言っていた黒いスーツの大人が抱きかかえて誰かの元に連れていく。
『どうしたんだその子は!ひどい状態だ……怪我もひどいが瘴気を取り込みすぎている……!』
『分からない……結界の中から出てきたんだが……』
『あの結界の中から!?』
横に寝かされた少年の傍で、運んでくれた男と白衣のようなものを着た男性が話し合っている。
『取り敢えず、処置を開始する!』
そう言って、少年の傍に跪いた白衣の男性は少年に手をかざし、何かを呟いている。
『げほっ、げほっ、……スゥー……フゥー……』
さっきまで苦しかった体が軽くなる。
しかし、全身に走る痛みは治まらない。
『よし、体内の瘴気は祓った。後は回復系の異能力者がいれば……』
『はぁ!?お前、回復系の異能力者じゃねぇのかよ!?』
『まだ勉強中だっつうの!胸倉をつかむな!』
喧嘩を始めてしまった二人をよそに、少年は意識が遠くなっていくのを感じた。
『(あれ……からだがうごかなくなってきた……なんだか……うみにしずんでいくみたいに……)』
『って、オイ!死ぬな君!戻って来い!』
『やべぇよ……誰か!回復系の異能力者の人!助けてください!』
少年の呼吸が弱々しくなっていくのに危機感を覚えた二人が声を張り上げて助けを呼ぶ。
しかし、他の白衣を着た人達も、それぞれ怪我をした人達を治療しているため、手が離せないようだ。
二人が少年の死を予感したその時、
ある声が響いた。
『大丈夫ですか?』
『大丈夫なわけ……うわぁっ!?』
『お前どうし……うわぁっ!?』
意識が遠くなっている少年にもその声は聞こえた。
澄んだ声に安心感すら覚える雰囲気。
姿を見ていないのに分かる。
『その子が患者ですね。私が治療します』
『えっあっはい。お願いします……?』
『お、お願いします!』
声の主が了承を得て、少年に手をかざす。
緑色の波動が少年の体を包み込み、傷を癒していく。
段々と少年の意識も浮かび上がり、呼吸も戻ってくる。
『これで良し。あの~聞こえますか?』
『う、うん……』
目を開けた少年の視界に入り込んできたのは、掛け値なしの美少女だった。
おそらく少年と同じぐらいの年齢に、まるで雪のような白い髪。
宝石のような美空色の瞳に思わず見とれてしまう少年。
『それでは、あなたの名前を聞かせてください』
『ま、正彦……』
『正彦君ですか……何のためにあの山に居たのですか?』
『探検のために……』
『探検ですか……不用心ですね』
少女の問いに、答えていく少年――正彦。
『あの山のことは知っていますか?』
『分からない……』
『嘘……は言ってなさそうですね』
そうして少女は顎に手を当てて「ふ~む」と考える。
『あなたが見てしまったのは怪異と呼ばれる怪物です。それもかなり高位の。それと誰かが戦っていたのですが……分かりますか?』
『刀を持ったおじさん……?』
『それですね。私の父です』
『あの、何がしたいの…?』
『ん?それはですねぇ……』
正彦の問いに、一拍置いて話し出す少女。
『あなたを異能力者に誘えないかと思ってまして……』
『異能、力者……?』
『簡単に言えば、魔法使いや陰陽師のことです。超常の力を駆使し、怪異を倒したり、異能を悪用する人を捕まえるのが仕事です』
『なんで僕を……?』
『……あなたは知ってしまった。この世界の裏側を……これからも知らなかったでは済まされないでしょう。異端は異端を呼びますから』
少女は苦い表情で言う。
『知ってしまっただけでもこの不可思議な現象は、あなたを苦しめようと様々な不運を運んできます。もしかしたらあなたの家族にも……』
『……!』
正彦は目を見開いた。
『だからこそ、あなたは異能力者になるべきだと私は思っています。どうですか?』
『……ねぇ、それってあのおじさんみたいに化け物と戦うんでしょ。なんで?』
『市民の安全を守るためにです』
『そっか……』
正彦はしばらくの間俯いて、何かを考える。
やがて決まったのか、顔を上げて……
『なら、僕、異能力者になる!』
そう力強く言った。
『そうですか……それでは後日、使者を向かわせます。その時に答えが変わっていないことを期待していますよ?』
少女はそう締めくくってその場から立ち去ろうとした。
『あっ、君の名前はなんていうの?』
『私ですか?私の名前は〝神楽椿〟と言います』
『神楽ちゃんか……ありがとう!』
自分の名前を告げて少女は去っていった。
正彦を助けようとしていた黒いスーツの男性と白衣の男性はあまりの出来事にポカーンと口を開けたまま呆然と立っていた。
これが、正彦のオリジン。
異能力者への第一歩である事件のことだ。
(文章が)へたくそ~(桜井〇博並感)