東堂は一枚の紙とボールペンを二人の前に置いた。
「お手数をお掛け致しますが、この紙に口寄せして欲しい人の個人情報を記載してください。その方はご存命の方でも、既に亡くなってしまっている方のどちらでも構いません。ただし、本当に実在する人物でなければ口寄せは成立しませんのでご注意下さい。」
パターソンが畳の上に置かれたA4サイズの紙を手に取ってみると、そこには『氏名』、『性別』、『年齢』、『関係性』、『関連エピソード』、『聞きたい事』と項目ごとに記載するスペースが設けられている。
「まるでアンケート用紙だな。」
「本当ですね。折角なのでパターソン君が思い浮かんだ人を書いてみて下さい。」
「ええ!? 私がか? 」
「はい。」と笑顔で答えるオリバーであったが、パターソンにはその笑顔からは何時もの優しさではなく、サディスティックな一面が垣間見えている気がしてならなかった。
パターソンが突然の無茶振りで、まず頭に浮かんだ人物は『あの人』だ。
彼女が護れなかった『
彼は何故死んでしまったのか。
自分に何を伝えたかったのか。
彼の最期の顔が脳裏に甦ると同時に右の掌がズキンと痛む。
ここで全てが分かるかもしれない。
パターソンはペンを取ると、『氏名』の項目にそのペン先を置いた。
「『レオス・ヴィンセント』さん。でよろしいですか? 」
パターソンから紙を受け取った東堂が記入漏れやミスが無いかを確認しているところだった。
「はい...大丈夫です。」
『大丈夫』と言うその言葉とは裏腹にパターソンの声からは明らかに覇気が失われていた。
結局パターソンには彼の名前を書けなかった。
年齢などの詳しいプロフィールを知らないと言う最もらしい言い訳はあるにはあるのだが、どうしてもペンが、右手が彼の名前を書くことを拒絶しているように感じたからだ。
「彼はまだ生きている人間なのですが、それでも大丈夫なんですか? 」
「ええ。問題ありませんよ。オリバーさん。では、サンゴ様をお呼び致しますので、こちらでもう少々お待ちください。」
そう言って東堂はパターソンが記入した紙を持って、入ってきた時とは別の二人の正面にある襖の奥へと姿を消してしまった。
「何で...レオス君の名前を書いたんですか? 」
「...パッと頭に浮かんで来たからか...な? 」
そうは答えてみたものの本心は違う。
オリバーは自分の過去の事件を知っているから隠すようなこともないのかもしれないけれど、先程のペン先と同じ様にパターソンの口から彼の名前が出てこなかったのだ。
「僕は
「はぁ!? な、何を誤解してるんだ! 」
本来の勢いを取り戻した大きな声で慌てて否定するパターソンの頬は本心とは裏腹に紅潮してしまっていた。
それを見て微笑むオリバーから今度はハッキリとサディスティックなオーラを感じたパターソンなのだった。
そんなことがあってから五分ほどが経った時、東堂が入って行った襖が前触れもなく開かれた。
その先は二人が座っている和室と同じような十畳の部屋になっていて、襖の傍には東堂が立っている。
そして、部屋の奥には壁を覆い隠すように赤い布が天井から垂れ下がっており、その前には珊瑚の刺繍が施された淡い青の着物を身に纏った少女が座っていた。
ピンク色の長い髪が特徴的な少女はしっかりと正座をしたままでパターソンたちをじっと見つめていた。
「あれは...周央サンゴだな。」
パターソンが前を向いたままで隣に座るオリバーに囁くと、オリバーも周央から視線を外すことなく小さな声で「ええ。」と一言だけ返した。
「初めまして。私はこの珊瑚亭の主であり、迷える方々を導く巫女の周央サンゴと申します。」
可愛らしい見た目には反した丁寧な挨拶を済ませると、周央はパターソンらに向かい座ったまま頭を下げた。
「私は警視庁公安第五課のオリバー・エバンスです。こちらはレイン・パターソンです。本日は貴重なお時間を頂きまして感謝申し上げます。」
それに応えたオリバーも自己紹介を済ませるとゆっくりと頭を下げて見せ、隣のパターソンも慌ててオリバーに合わせるように頭を下げた。
「本日は私の力について何かお聞きになりたいということでしたね。」
「ええ。周央さんの『力』について詐欺なのではないかと嫌疑がかかりましてね。」
東堂の時と同じ様に臆することなく、本人を目の前にして尚もオリバーは直球勝負を仕掛けていった。
「それは誠に残念なことですね。私は迷い、悩み、苦しんでいる方に手を差し伸べているだけなのですが...。」
「確かに。周央さんに救われた人が居るのは事実かもしれません。だが、それと引き換えに多額の報酬を受け取っていると言うのもまた事実。」
「『報酬』と言う呼び方が正しいのかは分かりませんが、わたくし共は『謝礼』と言う形で受け取る場合はありますが、私が幾ら払えだの、力を見せる前に支払えだのと申し上げた覚えはありません。皆様が私の力を見て、納得した上でのことです。何も問題無いとは思うのですが? 」
オリバーの速球も目を見張るものがあったのだが、それ以上にずっしりと構えて真正面からそれを受け止める周央もまた負けてはいなかった。
「まあ。オリバーさんのように私の力に懐疑的な方々は少なくありません。コハクからも説明があったとは思いますが、私の力を実際にご覧頂くことが何よりの説得材料になるはずですので、本日は特別に私の力をご覧頂こうと思います。」
そう言うと周央は立ち上がり、着物の衿合わせから一枚の紙を取り出してみせた。
それはパターソンが記入した例のアンケート用紙だ。
「今からこの『レオス・ヴィンセント』さんを私自身に憑依させてみせましょう。」
周央は紙を足元に置くと、そのまま背後の赤い布の裏へと消えてしまった。良く見てみれば、壁を覆っていた赤い布は左右二枚に分かれてい、周央が座っていた辺りである丁度真ん中で折り合うような形になっていたのだ。
二人の前から周央が姿を消してから僅か十数秒後、再び赤い布が揺らめいたと思った直後に誰かがそこから出てきた。
「えっ? 」
突然の出来事にパターソンはそれ以上の言葉を発することが出来なかった。
「これは...。」
常に沈着冷静だったオリバーさえも驚いた様子で固まってしまっていた。
周央が消えたはずの布の後ろから二人の前に現れた人物。
それは紛れも無くレオス・ヴィンセントなのだった。
「どうしたんです? 二人とも? 」
不思議そうな顔でレオスが話しかけて来たのだが、驚くべきことにその声もレオス・ヴィンセントそのものなのだ。
「ど、ど、どうもこうもない! 君は誰なんだ? 」
「レイン君。私がレオス・ヴィンセント以外の何者に見えるって言うのですか? 」
ありえない事だとは分かっている。分かってはいるのだがパターソンの思考は現実に追い付けずにいた。
「そう言えば、今日は私に何か聞きたいことがあるんですか? 」
『言葉を失う』と言う表現があるが、今のパターソンの状態がそうなのだろう。
口を半開きにし、目の前に立つ男を凝視ししたままで固まってしまっていた。
「レイン君。大丈夫ですか? 」
「えっ? あ...ああ。すまない。オリバーさん。これは一体。」
オリバーの声で我に返れたパターソンだったが、頭の中は未だに混沌としたままだった。
「よろしければ、ここから先のやり取りを私に任せてもらっても良いですかね? 」
「その方が良いかも知れない...すまない。」
「大丈夫ですよ。レイン君は彼の一挙手一投足を見逃さぬように注視して下さい。」
「分かった。」
パターソンとオリバーはお互いのするべき事を確認し合うと、視線を目の前の見慣れた見知らぬ男へと戻すのだった。
「レオス君。聞きたい事は職場についてなんだ。君は今の職場について、実際はどのように思っていますか? 」
「おや。オリバー君の方でしたか。職場に関しては...そうですねー。可もなく不可もなくと言ったところですかね。私は警察としての仕事も興味深くはありますが、やはり私は科学を探求したいのです。科学の力で世界中のあらゆる疑問を解き明かして行きたいのです! 」
駅前で自身の存在価値を一生懸命に演説する政治家のように自信に満ち溢れる態度と言葉は、オリバーたちが課内で良く見掛ける彼の姿ではあった。
「申し訳ございません。そろそろお時間になります。」
直立不動で様子を伺っていた東堂が久し振りに口を開いた。
「おっと。それではこの辺りで失礼しますね。諸君、ではお疲れさま。」
オリバーが彼を制止しようと動き出す前にレオスは、再び赤い布の後ろへと姿を消してしまった。
そして、登場と同じように姿が見えなくなって十数秒経って、そこから出てきたのは青い着物を着た周央サンゴなのだった。
「皆様。これで私の力を信じて頂けましたでしょうか? 」
声も元の彼女の声へとしっかりと戻っている。
「もし差し支えなければ、その赤い布の裏側を拝見出来ますか? 」
「ええ。構いませんよ。」
そう言うと周央は赤い布を捲り上げてみせた。
そこは人一人が入れるほどのスペースしかなく、壁には窓や扉のような物も見当たらない。
このスペースだけど使って、人が入れ替わったりするような事は出来そうにもなかった。
「どうです? 次は私の着物でも脱がしますか? 」
勝ち誇った様子でニッコリと微笑む周央だったのだが、目の前の二人。特にオリバーには全く動揺しているような事もなく、周央の顔を真っすぐに見つめていた。
そして、隣に座るパターソンの口からも意外な一言が発せられたのだった。
「