AdeN(エデン)~公安第五課~   作:夏野 雪

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ローレンとアクシアが向かい合いながら座っていたのは警視庁近くのファミレスのボックス席だった。
「どうしたんだよ。随分と深刻な顔して話したいことがあるなんて。」
アクシアの前にはこの店名物の俵型ハンバーグが乗った鉄板が運ばれてきた。
鉄板の上では食欲をそそる音を立てながら二つのハンバーグが熱せられている。
「ああ。実はな...。」
ローレンの前にも同じ物が運ばれてきた。
アクシアは一足先に専用のソースをハンバーグに浴びせると、香ばしい匂いと音が一気にテーブル上に広がっていった。
「アクシア。俺な。あの時、屋上で会った黒フードの正体が分かっちまったんだ。」
俵型ハンバーグにナイフを差し込もうとしていたアクシアの手がローレンの告白を聞いて止まる。
「...マジ? 」
ローレンは目の前の早く食べてと魅惑の音を立てるハンバーグには手を付けずにジッと見つめ続けていた。
「ああ。マジだ。それがな...。」
ローレンの口から出てきた人物。
それは余りにも意外な人物の名前だった。



点睛開眼(中編)

11:00 犯行予告時刻まで三時間

警視庁の地下二階にある大会議室。

三人掛けの会議テーブルがズラリと並ぶ中にパターソンとレオス、それに楓が座っている。

「ここが我々の『()』ってことですか。」

レオスがだだっ広い部屋の中を見渡しながらポツリと呟いた。

「そうや。ここは地下で窓もなければ、どこもかしこも警官だらけ。トム・クルーズやってそう簡単に入れへんで。おまけにこの部屋に不破を匿うことは数人の警官にしか知らせてない。」

楓はまだ不破の姿すらも見ていないのに、既に勝ち誇ったような笑みを浮かべながらスマホを眺めていた。

彼女がこんなにも余裕なのは警察が二件目の事件のように不破の所在を既に突き止めていたからなのだ。

不破湊。彼の正体は都内有数の繁華街にある人気ホストクラブのナンバーワンに君臨している超有名ホストであった。

警察が彼を訪ねると最初こそ訝し気な表情を浮かべていたものの、最終的には警視庁への同行の了承を得ることに成功していた。

楓が不破をここへ連れてこようとしたのには二つの理由があった。

まずは二件目の犯行は被害者の自宅の中と言う究極のプライベートな空間で行われたこと。

犯行方法は未だに謎とはなっているのだが、ターゲットを自分たちの完璧なテリトリー内に入れることで少しでも有利に状況を進めようという考えからだ。

次に今回の犯人が犯行予告を律儀に守っているということ。

逆に考えてみれば、予告された日時までは絶対に手を出して来ないのだ。なので、来るその時までに万全の準備を整え易いようにしたと言う訳なのだった。

「失礼します! 課長。不破さんをお連れ致しました。」

威勢の良い声と共に会議室の扉が開かれると、そこには二人のスーツ姿の男に挟まれた若いイケメンが立っていた。

「ご苦労様。高城(たかぎ)佐島(さとう)の二人は捜査班に合流して頂戴。指示は出してあるから。」

「はっ! 」

不破を連れて来た高城と佐島と呼ばれた刑事たちは楓に向かい敬礼をすると指示通りに会議室を後にした。

一方で、一人この場に残された不破はレオスと同じ様に興味深そうに部屋中を見渡している。

「貴方が不破湊さんですね。」

立ち上がった楓が不破に近付いて行った。

「はい。話はさっきの人たちから聞きましたが...何で俺が? 」

「それについて少しお話を聞かせて頂けませんか。」

「まぁ。貴女のようなお美しい方とお話が出来るなら喜んで。」

不破は満面の笑みを浮かべながらの了承を某ファーストフード店並みの事務的な笑顔で返す楓を見ていたレオスが二人には聞こえぬようにパターソンに語り掛けた。

「相手の正体を知らずに...知らぬが仏ってとこですかねー。レイン君。」

話し掛けられたパターソンは返事もせずに楓と不破を見つめたまま固まっていた。どうやらレオスの小粋な嫌味も耳には入っていないようだ。

「あ、あの! 」

固まっていたパターソンが突如喋りだしたかと思うと、不破の傍へと駆け寄る。

「ん? 俺っすか? 」

「はい! あの()()()()()()()()()()()()()()がありませんか? 」

いきなり見知らぬ女性に脈絡の無い事を言われた不破は目を丸くしながら驚いているようだった。

「...貴女のような可愛らしい方なら忘れるはずがありません。ですから、きっと初めましてですよ。」

直ぐに接客モードに切り替えた不破は柔らかな笑顔でパターソンに手を差し伸べていた。

「そうか...いや、いきなりすまなかった。」

一転して恥ずかしそうに俯きながらパターソンは不破が差し出した手を握り返した。

 

11:20 犯行予告時刻まで二時間四十分

数ある会議テーブルの内の一つに座らされた不破の前に江戸原が映し出されているタブレットを楓が置いた。

「不破さん。この男に見覚えはありますか? 」

「いやー...ないっすね。」

楓の問いかけにタブレットを凝視ししていた不破は首を横に振ってみせた。

「では、こちらの女性は? 」

続けてタブレットに映し出されたのは毛利野の姿だ。

江戸原の時とは違い、毛利野の顔を見た瞬間に、不破は「あっ」と声を漏らした。

「この女性なら覚えてますよ。記者さんでしょ? 確かー...繁華街のホストの特集をしたいとかでお店に来たんだっけかな。」

「そのときに彼女が何か変わったことを言っていたり、おかしな様子はなかった? 」

「いやー...特には。その時に聞かれたのも一日のルーティンだったり、給料のことだったりで言っちゃなんだけど、ありきたりな質問ばかりでしたよ。」

不破の答えを聞いていた楓が残念そうに「そう」と短く呟いた後で腕時計を確認した。

「お二人さん。私はちょっとお偉方の会議に顔を出さないといけないの。しばらくの間、彼の護衛を頼むわ。と言うても十四時までは何も起きへんと思うけどな。」

「そうですね。まぁ警戒するに越したことはありませんからねー。」

「ええ心掛けや。レオス。」

楓が笑顔で会議室を去ると、残された三人は互いに様子を窺うようにお互いの顔を見合っていた。

そんな中、パターソンとレオスの顔を交互に見ていた不破が口を開く。

「もしかして、お二人は恋人同士だったりするんすか? 」

「ぬわっ!? オリバーさんも君も何で同じようなことを言うんだ! 同僚だ。同僚。ただの同僚! 」

頬を染めながら大慌てで否定するパターソンを見て、不破は思わず吹き出してしまった。

「失礼かもしれませんが、あと数時間で自分が殺されてしまうかもしれないと言うのに随分と余裕そうですね。」

対照的に不破の冗談などどこ吹く風といった様子で冷静に眼鏡の奥から不破を見つめている。

「そっすねー。まぁ言ってもここは天下の警視庁様。俺が犯人なら自殺願望でも抱いていない限りは諦めて、他の人を殺しに行っちゃうと思んすよ。だから、あんまり心配してないってのがホンネっすね。」

「全く同感ですねー。先に殺されてしまった二人との関係性は薄そうですし、貴方に()()()()()恨みが無い限りは大丈夫でしょうねー。」

「喜ばれることはあっても恨まれることはないと思うけど、もし俺が誰かを殺したい程に恨んでいるとしたら、誰も居ない真っ暗な夜道で背後から襲うけどね。」

レオスの嫌味を持ち前の笑顔で受け流すと、正論カウンターを見事に決めて見せた。

「確かに不破さんの言う通りだな。もし、私がヴィンセントさんを殺そうと思ったら誰も居ない所で闇討ちするもんな。」

「レイン君...不満は溜め込んでは体に毒ですよ。言いたいことは言い合いましょうね。」

「例えだから安心してくれヴィンセントさん。そんなことより自分の身を危険に晒してまで人前で殺す理由って一体何なんだ? 」

「それなら一つでしょうね。」

パターソンの襲撃を恐れて声に張りの無くなっていたレオスだったが、それが例えだと分かったレオスの口調にはいつもの自尊心が戻ってきていた。

「『()()()()』でしょうね。どこかの誰かに見せたかったとしか考えられませんね。」

レオスはパターソンを見つめながら話していたのだが、レオスの言わんとしていることを彼女は理解していないようだった。

 

 

13:00 犯行予告時刻まで一時間

堅苦しいだけで実の無い上層部との会議と遅めのランチを食べ終えた楓に待ち受けていたのは、又もや会議であった。

元来椅子に座って頭を捻り、顎で指示を出すことよりも現場の最前線で体を動かしながら腕を振るう方が性に合っているのだが、今の楓には立場がある。

自分の理想の風通しの良い組織を作るために必要な我慢だとは分かっていても、やはり面倒なものだ。

だが、今回は予告殺人の捜査進捗確認と不破の襲撃に備えての各配置と動きの最終確認という午前中の会議とは比べものにならない程に重要な会議だ。

お腹が膨れたことにより襲い掛かってきていた眠気を振り払い、楓は会議が行われる部屋へと入って行った。

 

 

13:10 犯行予告時刻まで五十分

「いやー。案外イケてましたね。ここの中華。」

満足そうな言葉と笑みを浮かべながら不破が目の前の空になった食器を眺めていた。

「だな。餃子が旨かったな。」

その近くでパターソンも幸せそうな顔で自身のお腹を摩っている。

三人の元に届けられたのは警視庁御用達の中華の出前だ。

この日は天気も良かったのでお洒落なテラスで素敵なランチタイムと行きたいところだったが、楓から外出許可が出る訳もなく、この部屋での寂しい昼食に落ち着いていた。

不破とパターソンは最初こそ不服そうな表情をしていたのだが、いざ実食となるとパターソンも不破も競う様に食べ始めたのだった。

「レイン君。時間まであと一時間切ってるんですから、もうちょっと緊張感を持ってください。」

「はーい。でもヴィンセントさん。具体的にはどんな作戦で行くんだ? 良く考えてみれば何も聞かされてないぞ。」

「それなら後で樋口課長から指示があるはずです。」

「なら、今私たちは何をどうすれば良いんだ? 」

「それは...。」

パターソンと不破の視線が注がれると、レオスは眼鏡のブリッジを人差し指で持ち上げてから再び口を開いた。

「取り敢えず、落ちて割れると危ないので机の上の食器を片付けましょうか。」

二人が無言で見つめる中、レオスは自身が食べ終わった定食の食器たちをテキパキと壁際の床へと運び始めたのだった。

 

 

13:35 犯行予告時刻まで二十五分

「と言うことで、各自十分前までに所定の位置に就くこと。スタンバイが完了したら必ず各班長に連絡を入れること。班長たちは全員の配置を必ず確認した後で私に連絡をするように! 」

『はい! 』

多くの刑事たちの前に立ち、臆することなく大きな声で楓は指示を飛ばすと、野太い男たちの声が直ぐに返ってくる。

「ここは難攻不落の要塞であるが決して油断しないように! 前回も私たちの目の前でマル害は殺されている。どこの誰なのか。どんな手段を使ってくるのかわからない。だから、小さな異変でも必ず報告をするように。以上。よろしく! 」

『うっす! 』

楓の号令を合図に屈強な男たちは気合十分な様子で部屋を飛び出していった。

「さて、私も行くか。」

自身の腕時計を確認しながら楓も二人と不破が待つ会議室へと向かおうとした時だ。

「課長...。」

「ん? 」

背後から誰かに話しかけられた楓が振り返ってみると、そこに立っていたのは高城警部補だった。

彼は佐島巡査部長と共に不破を会議室まで連れて来た内の一人で楓はこの二人を信頼しており、今回の作戦で不破の居所を知っている数少ない人物の一人であった。

他の刑事たちには警視庁内に不破を匿っていることは伝えているが、具体的な場所は知らせていなかった。

「おう。高城か。どうしたん? 」

高城は楓よりも年上ではあったが、女性だとか年下だとかを一切気にせず礼儀正しくも明るく楓に接してくれていた。

「俺...見てしまったんです。」

しかし、目の前の高城は明らかに様子がおかしく、下を向いて何か思い詰めたような顔をしている。

「高城...大丈夫か? 何を見たんや。」

「俺...信じてたんすよ...。」

「はっ? 」

わけのわからない事を呟きながら、高城は右手をジャケットの左の懐に潜らせた。

高城が左の懐から取り出したのは拳銃だった。

そして、有ろう事かそれを楓に向かって構えたのだ。

「...高城。お前...今自分が何してるか分ってんのか。」

突然の出来事に声が詰まった楓だったが、何とか持ち直すと冷静に高城へと語り掛けた。

「おい! 高城! 何してんだお前! 」

近くに居た他の刑事もその異様な光景に気が付き、動揺して大きな声を上げながらも高城を取り押さえようと身構え始めている。

それを横目で見ていた高城はゆっくりと拳銃のハンマーを下した。

「皆聞いてくれ! 俺は見たんだよ! 」

周りの刑事たちの怒号に負けず劣らずの声を荒げながら高城が叫ぶ。

「だから、何を見たんやって聞いてんねん! 」

自身が拳銃を向けられてるとは思えぬ程の威勢と迫力で誰よりも大きな声を出したのは楓だった。

その覇気を纏った言葉は異様な状況が続く室内に一瞬の静けさと平静を与えていた。

「...とぼけても無駄ですよ。課長。俺は()()()()()()()()()()()()()()()()()()! 」

微かに手を震わせ、涙を浮かべる高城の口から出てきた言葉に室内に明らかな動揺が広がっていく。

 

 

13:45 犯行予告時刻まで十五分

「なぁ。ヴィンセントさん。楓課長が遅過ぎないか? 」

会議室内壁に掛けられていた白い丸時計を不安そうに何度も見返しながらパターソンが口にした。

「そうですねー。まぁ...まだ時間はありますからね。」

全く慌てた様子もないレオスは静かにその時が来るのを待っているようだ。

不破もレオスと同じように慌てた、取り乱す様子もなく、つまらなそうな顔でスマホをいじって時間を潰していた。

『トントントン』

その時、待望のノックが室内に響いた。

「噂をすれば何とやらですね。どうぞー。」

「もー。遅いですよ。楓...あれ? 」

レオスの返事と共に開いた扉の向こうに立っていた人物を見たパターソンが首を傾げる。

そこに立っていたのは楓ではなく、先ほど不破を連れて来た佐島と呼ばれていた刑事だった。

そして、佐島の横にはもう一人の男が立っていたのだが、それは高城ではなかった。

見覚えのない方の男は不破と良い勝負の若いイケメンだ。

寝癖なのか天然パーマなのか所々跳ねた明るい色の毛先。左目の目元にある泣きぼくろと少し垂れた目。それと特に目を見張る異質なものを左手に抱えていた。それは猫の形をしたクッションのようなものだった。

そのクッションも相まって、彼から発せられる雰囲気は周りに優しさと癒しを与えているような柔らかさを持ち合わせていた。

「どうぞ、こちらへ。」

佐島がその男を部屋の中へと誘った。

「えーと...佐島刑事でしたっけ? そちらの方は誰ですか? 」

パターソンの質問に佐島は何も答えない。謎の男の隣で直立不動のまま動こうともしなかった。

「初めまして。」

佐島の代わりに口を開いたのは謎の男の方だった。

「僕の名前は(かなえ)って言うんだけど...。」

三人が不思議そうな顔で話を聞いていると、叶と名乗った男は猫のクッションの背中に右手を突っ込んだ。

A().()C()()()()()()()()()()()()()()。」

目を細めながらニッコリと微笑む叶が猫のクッションの中から取り出したものは拳銃だった。

叶はそれを不破に向けて構えると迷わずにその引き金を引いた。

 

13:48 犯行予告時刻まで十二分

 

 

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