AdeN(エデン)~公安第五課~   作:夏野 雪

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中原逐鹿(後半)

 一通りの料理を食べ尽くしたテーブルの上から空になった食器たちが順々に回収されていく。

「それにしても本当にあの子をうちのメンバーに入れるの? 」

満足そうに中国茶を啜っていた叶は正面の座る黒ローブ姿の葛葉に問い掛けた。

「ああ。お前も見たろ? 彼女の能力。」

「葛葉さん。あれはヤベェっすよ。まじで。下手したら...()()()()()()。葛葉さんでも。」

不破がブルッと肩を震わせながら口を挟むとニコニコと笑みを浮かべた環も続けて口を開いた。

「私はパタ姉加入に大さんせーい! またパタ姉と遊びたいなー。」

「まぁ。何にせよ葛葉が決めたことに僕は従うよ。」

最後の叶の言葉を聞いた不破と環が同意の言葉を口にしたのを聞いた葛葉は楽しそうに笑った。

「じゃあ...後は『是非に及ばず』って感じか。どこのポケットに入るかはあいつ次第ってことよ。」

空の皿しか乗っていないターンテーブルを葛葉がルーレットのようにして勢い良く回した。

 

 

 夜の繁華街には何とも似つかわしくない男と対面していた。

「捜査二課のエリート課長がこんな場所で何してるんですか? 」

「この近くにお気に入りのバーがありましてね。そこへ行こうとしていたら見覚えのある人影を見つけたんで声を掛けてみたんですよ。」

停職中の自分がしていることがバレても面倒だと考えていた楓はいち早くこの場を立ち去りたかった。

「そうですか。では、私はこれで失礼します。」

三十六計逃げるに如かずだ。一礼をしてから楓は社に背を向けた。

「是非に及ばず。」

社の声に楓が振り返ると社は同じ場所に立ったまま楓を見つめていた。

「樋口さん。自身のキャリアと命を守りたいなら、それ以上は踏み込んではいけない。」

酔っ払ったサラリーマンたちの愚痴や若者たちの無秩序な笑い声に客引きの呼び声が轟く中で、社の言葉は妙にはっきりと楓に聞こえていたのだった。

「なんの...話をされているんでしょう? 社さん。」

「今ならまだ間に合う。どうか賢明なご判断を。」

そう言いながら楓に向かって一礼をする社を見て、楓は無意識の内に両手の拳を力強く握りしめていた。

「社さんが仰られている意味は分かりかねますが、私は自分の信念を曲げるつもりはありません。それに部下の命の代償は耳を揃えて払ってもらうで。相手が誰であろうとや。」

「...そうですか。残念です。本当に。」

それ以上は何も言わずに社は夜の喧噪の中へと消えていった。

 

 

 何かを考え込むように沈黙してしまったパターソンの顔色を窺いながら、オリバーはウイスキーを口にしてから話を続けた。

「レイン君も今まで見てきたから分かると思いますが、この世界には人知や科学を超えている能力を持ち合わせた人間が一定数存在しています。」

「能力...。それって椎名さんやエリーさん、周央さん。今まで私が携わってきた事件の容疑者たちのことですか。」

パターソンは今までに出会った容疑者たちの顔を思い浮かべていた。

その中には名前を上げなかった環や叶、葛葉の顔もあった。

「そうです。彼らは人知を超える力を持ってしまったがために歴史的にも差別、迫害、淘汰されてきました。そんな彼らに...いや、彼らの能力に目を付けた一部の権力者が能力研究を目的としてある施設に彼らを保護するようになったのです。その施設は『One Color(ワンカラー)』と呼ばれ、ごくごく一部の人間だけが知る研究施設となりました。」

 

 

「別に『One Color(あの施設)』が嫌だって訳じゃなかった。何日かに一回ある実験に協力してれば衣食住をマルっと世話してくれて、おまけに周りに居る連中は同じ様な境遇の奴ばっか。うぜぇ質問や化け物でも見てるような視線なんかにストレスを貯めるようなこともなかった。」

葛葉は未だに状況が飲み込めないパターソンを他所に、遠い過去を懐かしみながら再び空を見上げた。

「でもさ。ある日思ったんだ。俺らの力を上手いこと使えば『()()()()()()()()』じゃなくて『()()()()()()()()()()()』を手に入れられるんじゃないかってさ。」

自信と熱意で燃える葛葉の赤い瞳はどこまでも真っすぐに、遠くを見据えているようだった。

空の向こう側を見つめたまま葛葉は言葉を続ける。

「これは正当な権利の行使なんだ。俺等が俺等らしく幸せに生きるための。誰にも邪魔されずに俺等だけの国を作る。そのために闘うと決めた。あんたも目覚めたばかり見たいだけど、こっち側の人間なんだろ? 」

そう言うと葛葉の赤い視線が空からパターソンの右手に移った。

「私は...分からない。」

否が応にも包帯が巻かれた右手の拳に力が入ってしまう。

「迷ってるなら面白い事を一つ教えて上げようか。君が守れなかった人。渋谷ハジメも元『A.C』の人間なんだ。つまり、彼も能力者だったってことよ。」

「それ...本当なのか? 」

葛葉によって次々と明かされる真実。パターソンにとっては渋谷ハジメと言う男の本当の名前すら初めて知ることなのであった。

「彼の最期を見たら俺等がどんな扱いを受けてきたか分かるでしょ? わりーことは言わないから、俺等の仲間に入りなよ。渋谷ハジメみたいな体験したいって言うドMじゃないんなら、こっちに来なよ。」

葛葉はニヤリと笑いながらパターソンに向かって右手を差し出した。

 

 

 「ある日、一部のグループが施設を抜け出しました。彼らは自分たちの力を使い自分たちだけの国を創ると権力者に宣言したのです。彼らは自分たちを『One Color』を皮肉って『Any Color(エニーカラー)』と名乗り始めました。慌てた権力者たちは世間に彼らの存在が露見する前に密かに処分する計画を企てたんです。それを一任されたのが『AdeN』です。『AdeN』はその道のプロフェショナルと『Any Color』の活動に反対する能力者で組織されています。そして、我々は彼らを『Any Color』の頭文字を取って『A.C』よ呼ぶようになったんです。」

「その『AdeN』に私も...? 」

「そうです。レイン君。私たちには君の力が必要なんです。大袈裟な言い方に聞こえるかもしれませんが、世界平和のためにも私たちには力を貸してくれませんか? 」

バーカウンターの椅子に腰かけたままではあるが、オリバーはパターソンに向かって深く頭を下げる。

パターソンの頭の中で今朝の葛葉との邂逅と現在進行形で続くオリバーの告白が綯交ぜとなって押し寄せて来ていた。

「一つ...聞きたいことがあるんだ。オリバーさん。」

「なんでしょうか? 」

「渋谷ハジメのことだ。全て知っていたのか...最初から。」

『渋谷ハジメ』と言う単語を境に二人の表情は逆転してしまった。

目を見開きながら驚くオリバーの横でパターソンは迷いを振り切るように残っていた梅酒を一気に飲み干した。

 

 

 「彼は...渋谷さんは『AdeN』に処分されたってこと? 」

「さぁ。どうなんだろうね。あんたの上司にでも聞いてみなよ。兎に角、死んじまった奴の話をしたって何にもならないんだ。未来ある人間の話をしようぜ。結局のところ、あんたはどうする? 」

前を向き続けている葛葉の右手は未だにパターソンに向かって差し伸べられたままだ。

「私には『A.C』のことも『AdeN』のことも分からない。この右手のことだって...分からないんだ。もしかしたら、君が正義なのかも知れない。でも、今の私には...とてもじゃないけど決められない。決められるわけないだろ!? 」

今まで抑えていた感情を爆発させるようにパターソンが叫ぶと葛葉は短く、小さなため息を吐き捨てた。

「そっかー...残念だな。マジで。」

 

 

 「ハジメ君のことは知っていました。彼は元々『One Color』に居た一人であり、『A.C』に所属していた人物でした。」

オリバーはカウンターの上のロックグラスに目を向けてみるとロックグラスの中では、琥珀色のウイスキーの表面に氷から溶け出した水が透明な薄い層を作ってしまっていた。

「やっぱり...知っていたのに私に黙っていたのか。」

オリバーには抑揚の無いパターソンの話し方が彼女の中で込み上がっている怒りと失望を逆に際立たせているように思えてならなかった。

「そのことに関しては申し開きのしようもありません。ただ、私はレイン君を騙そうなど思っておりません。その時が来たら打ち明けるつもりでした。」

「オリバーさんは私の能力が目覚めたから話してくれたんだよな。それって、私が能力に目覚めなかったら教えてくれなかったってこと。つまり、オリバーさんは『()』ではなく『()()()()』が必要だと思ったから話してくれたってこと...。」

「それは違います! 『AdeN』では時として非道な決断を迫られる場合があります。だから、無関係な人は巻き込まないに越したことありません。だから...。」

珍しく感情的になったオリバーがパターソンの右腕を縋るように掴み訴えかけたのだが、パターソンは彼の手を躱して静かに立ち上がる。

「すいません。少し...考えさせてくれ。」

目に涙を浮かべたパターソンは振り返ることなく逃げるようにしてバーを飛び出して行ってしまった。

「追いかけないのかい? 」

バーカウンターの中で一連の流れを見届けていた大柄なマスターがオリバーへ声を掛けた。

「ベルモンドさん。私が彼女を追いかけたとして、何と声を掛ければ良いんでしょうか。我々の何を伝えれば...。」

「さぁな。俺にも分かんねぇな。今はまぁ。」

ベルモンドはオリバーの前にある二層の液体が入ったロックグラスを取り上げると、そこに綺麗な琥珀色一色の別のグラスを置いた。

「美味い酒を飲むか、神様にでも祈るかしかねぇんじゃねぇかな。」

一人取り残されたオリバーはベルモンドが出してくれた新しいグラスを持ち上げると、半分ほどを一気に飲み干した。

 

 

 繁華街を後にした楓は自宅とは別方向にあるファミレスに居た。

ボックス席に一人座る楓の前に二枚のプレートが届けられた。

このファミレス名物の俵型ハンバーグが二つ並んだ二枚のプレートが楓の前に一枚。それと対面の誰も座ってない席の前にもう一枚と置かれる。

プレートを置いた店員の不思議そうな表情も気にも留めずに楓は鉄板を見つめていた。

店も、席も、頼んだメニューも、あの日と全く同じだった。

ただ一つ違うのは、目の前の席に賭けに勝って勝ち誇る生意気な部下が居ないことだけだ。

ジュージューと勢いを増していく二枚の鉄板に向かって、楓は目を瞑ると静かに手を合わせる。

「高城、佐島。見とってな。」

固い決意とともに目を開けた楓はナイフとフォークを手に取り、目の前にある俵型ハンバーグにナイフを入れて少し遅くなってしまった夕食を食べ始めた。

 

 

 パターソンは何も考えずに無心で走っていた。

夜の闇を駆け抜けたパターソンが行き着いた場所は見覚えのある公園だった。

そう。いつもランニングをしていたあの公園だった。

人影の無い公園の真ん中で、肩で息をしながら頬を伝う涙を服の袖で拭う。

自分はどうするべきなのか。

AdeNとはなんなのか。

A.Cとはなんのか。

自分の力とはなんなのか。

静寂に包まれる公園とは真逆に様々な疑問と疑念が騒がしくパターソンの脳内を駆け巡っていく。

帰巣本能と言うものは恐ろしいもので考え事をしながら無心で歩いていたパターソンは、いつの間にかランニングコースの最後の直線の並木道に立っていた。

「パタ姉。大丈夫? 」

左右に幾つかのベンチがある道でこの声に話し掛けられるのは二度目のことのはずだった。

パターソンが声の聞こえた右の方に顔を向けると、心配そうにパターソンの顔を覗き込む環がベンチに座っていたのだ。

「環君...。」

「あー! 名前覚えててくれたの? 嬉しいな。」

嬉しそうにニコニコと笑う環の姿には確かに不気味さもあったが、どこかホッとさせられるような一面も持ち合わせていた。

「今日はね葛葉からの伝言を伝えに来たの。」

「伝言? 」

「そう。えーとね。『二日後の今朝と同じ時間、同じ場所で正式な返事を聞かせてくれ』だってさ。」

パターソンはオリバーへと返事と同様に葛葉に対しても明言を避けていた。

その時の葛葉は何も言わずに去っていったのだが、どうやら悠長にいつまでも待ってはくれないようだ。

「じゃあ。またね。私もパタ姉と一緒に遊べるの楽しみにしてるね。」

そう言い残すと笑顔のまま環はパターソンの前から姿を消してしまったが、それに関しては最早何も感じなくなっていたのだった。

「二日後って...勝手なことばっかり。」

暗闇の中で途方に暮れたパターソンは環が座っていたベンチへと腰を下ろす。

そこには姿を消した環の温もりだけが微かに残っていた。

「私はどうすればいいんだ...誰か教えてよ。」

パターソンは神に助けを乞おうと夜空を見上げた。

真っ暗な夜空には細々と輝く星々と丸い月が()()

...二つ?

月だと思ったそれは月などではなく光の輪だった。

そう。あの日に見た光の輪。

空を見上げたまま固まっているパターソンの顔の五、六十センチ上空に出来た光の輪は見る見る内に大きくなっていき、あの時のように輪の中心からは白い人間の手がパターソンの顔を目掛けて伸びてきている。

無意識にパターソンは自身の右手を挙げて、その手を握った。

「はー...ひっさしぶりに声出せたわ。」

手を握った瞬間に光の輪は消えてしまい、その代わりに聞き覚えのある声と姿がベンチの前に現れたのだ。

「君は...。」

パターソンは我が目を疑った。ベンチの前に現れたのは椎名唯華だった。

「また会えたな。レインちゃん。」

 

 

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