AdeN(エデン)~公安第五課~   作:夏野 雪

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哭岐泣練

 光の輪の中から現れた椎名は「寒っ」とボヤキながらパターソンに体をぴったりと寄せて座った。

どうやらパターソンの体温で暖を取ろうとしているらしい。

「で。今日はどうしたん? 」

「えっ? な、何がどういうことなんだ。」

「なんや。あたしは用も無いのにこんな寒い中呼び出されたん。まぁ...久々に人と会話出来るからええか。」

パターソンの反応を見た椎名は不服そうに口を尖らせてはいたのだが、その体は人恋しそうにパターソンにピッタリと寄り添ったままだ。

「レインちゃんは最近元気してた? あたしは御覧の通り。ホンマ酷いと思わん? 」

「ああ。私はボチボチ...じゃなくて! どうして光の輪から椎名さんが出てきたんだ。」

「そりゃ。あたしが()()()()()やないの? 」

「えっ? ()()()? 」

椎名の言葉の意味を直ぐに理解することはパターソンには出来なかった。

死んだ?

彼女は何を言っているのだろうか。

パターソンの左半身には確かに椎名唯華の体の温もりが伝わってきているというのに『死んだ』とはどういうことなのだろうか。

「こんな若かくて可愛らしい乙女を殺そうとするとかありえんやろ? ホンマまだ美味しいもん食べたりしたかったのになー。あの葛葉っちゅう奴はマジで無茶苦茶やで。」

「葛葉? 椎名さんは葛葉に殺されたのか!? 」

「ん? 葛葉のこと知ってんの? それなら話が早いわ。あいつはあたしを『A.C』に加入させるためにホテルから攫ったらしいんよ。でも、あたしはそーいうのめんどーやから断ったんよ。そしたら急に『入らないなら消すわ』とか言い出しよってさ。必死に逃げてたんやけど猫娘みたいな子に追い詰められちゃった時に慌てて道路を横断しようとして事故っちゃたんよ。焦って力を使い忘れたんが運の尽きやったね。」

「はぁー」と項垂れて溜息をついていた椎名は悔しそうに両手の拳を自身の膝に叩きつけている。

「えっ...と...そうすると椎名さんは幽霊ってこと? 」

「せやで。ってホンマに分かってて呼んだんちゃうんや。」

「...全く。」

「マジでか!? あんた凄い能力者なんやで。なんたってその右手で触れたことがある能力者の力を一時的に使えるようになるんやから。」

「能力者の...力を? 」

「せやねん。相手が生きている間にレインちゃんの右手が触れていれば問答無用で呼び出せんで。ただし、()()()()()()()()()()()()()()()()()に限るんやけどね。つまり、レインちゃんはこの世から姿を消した能力者の力なら何でも使えるっちゅうことよ。」

まるで、自分の力であるかのように椎名はドヤ顔でパターソンに秘められた本人も気が付いていなかった力について教えてくれた。

だが、パターソンは直ぐに椎名の言葉を信じることは出来なかった。

今まで二十年以上生きてきて、そんな経験をしたことはなかったし、匂わせるような出来事も体験していなかったからだ。

その時、パターソンは叶と対峙した際に現れた手を掴んだ時に聞こえてきた声が頭を過ぎった。

 

『パターソン様。またお会い出来て嬉しゅう御座います。』

 

そうだ。あれは...。

確かにエリー・コニファーの声だった。

その言葉と共にエリーの優しい笑顔がフラッシュバックする。

椎名の言っていることは事実なのかも知れない。パターソンはそう思い始めていたが、他にも気になることが残っていた。

「椎名さんは何でそんなに私の力について詳しいんだ? 」

「ああ。それはレインちゃんの力を前はな()()()()が使ってたからやで。そいつとは『ワンポイント』やったか...ワン何とかっちゅう施設で会ったんやけどね。」

「椎名さんも『One Color』に居たのか。でも、何でその力を私が使えるんだ? 」

「そうそう。ワンカラーや。短期間でレインちゃん随分詳しなってるな。で、使える理由っ言われてもあたしがそんなことまで知るわけないやんか。」

「そう...だよね。ごめん。」

軽い感じで笑って受け流していた椎名の横で、パターソンがあからさまにガックリと肩を落としていた。

一見すると椎名が生者で、パターソンが死者であるかのようであった。

「...レインちゃんがあたしを呼び出したってことは、なんかしらの問題があったってことや。とりあえず、何があったか話してみ。」

そう言うと椎名はパターソンの右手の掌を優しく握った。

 

 

 アクシアの運転する車がローレンの自宅の前に到着した。

「悪いなアクシア。助かったわ。」

オリバーとパターソンのデートに割り込めなかった二人は作戦会議がてらアクシアの車で共に帰宅することにしたのだ。

「どうせ帰り道の途中だから気にすんなよ。そんなことよりも明日はパタ姉と直接対決ってことでいいんだな。ローレン。」

「ああ。ウジウジと悩むぐらなら真っ正面から行った方が俺らしいって思ってさ。付き合わせちゃって悪ぃな。」

ハンドルを握るアクシアに笑顔で感謝を伝えたローレンは車から降りて行き、助手席の窓ガラス越しに別れの挨拶を伝える。

「じゃあ明日な。おやすみ。」

少しくぐもって聞こえたローレンのその言葉に手を振って応えていた丁度その時、アクシアのスマホがあるメッセージの受信を告げた。

ローレンの背中が小さくなったのを確認したアクシアが上着の内ポケットからスマホを取り出してみると、画面には短い一件のメッセージが表示されていた。

ローレンの様子は?

 

 

 椎名はパターソンの右手を握ったまま最後まで話を聞き続けた。

叶の事件の話。自身の右手の変化。そして現れた光の輪と手。葛葉との出会い。オリバーの告白。

普通の人に話したって到底信じてもらえないような話なのだが、相手が『()()』であるならばそんな心配も無用だろう。

「なるほどなー。せやからレインちゃんはあたしを呼んだってことか。」

「えっ? どういう事だ? 」

椎名は握ったままのパターソンの右手を持ち上げた。

「叶っちゅう奴の時もそう。この右手はレインちゃんがピンチになると力を発揮する。つまり、今回はあたしの力で何かを解決したかったってことにならん? 」

そこまで言われてパターソンは椎名の不思議な力を思い出した。

彼女の力。それは『正しい選択肢を選べる』というものだ。

「そうか...。」

パターソンの口から思わず言葉が漏れる。

葛葉なのか、オリバーなのか。

自分が進むべき道はどちらなのかを教えて欲しかった。

「そうだよ。椎名さん。力を貸してくれないか。私は...私はどっちに。」

「あかん。」

思ってもみなかった椎名の拒絶にパターソンは、しばし言葉を失ってしまう。

「レインちゃん。あたしはきっと正解を教えてあげられる。でも、レインちゃんが納得しないであたしが決めた道に進んだとしてや、本当に後悔せんか? 本当に幸せになれるんか? レインちゃんは『()()()()()()』んやなくて『()()()()()()』んやないの? 」

何も言い返せなかった。

『そんなことはない』

喉から出掛かったその言葉を何かが堰き止めていた。

「あたしは今までずーーーーっと正解を選び続けていたのに最後の最後で力を使わずに事故にあってこの有様や。でもなレインちゃん。あたし後悔はしてへんねん。」

椎名は夜空を見上げながら笑った。

「本当の意味で初めて自分で決めたことなんやから諦めもつく。すこーし悔しいけどな。だけど万が一、力を使った先の未来がこれやったらあたしは納得いかんてブチ切れてるわ。要するにや、神様にサイコロなんて振らせるんやない。自分の手で振るんや。神様の出番なんてサイコロを振る直前と直後ぐらいで丁度ええんよ。」

空を見上げていた『神様』は握っていたパターソンの手を放して立ち上がる。

「ちゅうわけやから。あたしはそろそろ帰るわ。久々に話が出来て良かったわ。ほな、またな。」

立ち上がった椎名がパターソンへ向けて右手を差し出した。

パターソンは彼女の笑顔を黙ったまま暫く見つめてから、ニッコリと微笑んだ。

「椎名さん...ありがとう。」

差し出された彼女の右手を握ると二人の掌の中から光が漏れ出し始める。

「ええって。レインちゃんがどっちを選んだとしてもあたしはレインちゃんがホンマに困った時は、ちゃんと助けたるから安心してな。」

ベンチの前に少し強い夜風が吹き抜ける。

気が付けば、パターソンが差し出した手の先に居たはずの椎名の姿は消えていた。

 

 

 次の日、公安第五課のオフィスにパターソンの姿はなかった。

直接対決と意気込んでいたローレンは見事に肩透かしを喰らい、前日から貯め込んでいた気合の発散先を探すかのように世話しなく体を動かしている。

オリバーも心ここに非ずと言ったような様子でスマホを何度も確認するも、パターソンからの連絡が無いのは勿論、オリバーが送ったメッセージの返信も朝から無いのであった。

そんなオリバーの表情を気にしながらもアクシアはローレンの不安と興奮を宥めるための話し相手をしていたのだった。

 

「流石だなヴィンセントさん。もうこんなに回復しているなんて。」

その頃、パターソンが居たのはレオスの入院している病室だった。

「私を誰だと思ってるんですか? これでも遅いぐらいですよ。」

痛々しく包帯が巻かれた体に反して、レオスは自信満々の表情を浮かべている。

「ヴィンセントさん。椎名唯華のことを覚えてるか? 」

「なんですか。突然。覚えてはいますよ。あの多世界少女ですよね。」

()()()()()()()()()? 」

「ああ...えーと、未来が見える少女ですね。」

パターソン頭の上に大きな「?」が見えたレオスが言葉を選び直した。

「そうそう。昨日の夜に彼女と偶然再開したんだが、何だか面白いことを言っていたんだ。彼女は未来が見えると言っていたろ? 」

話の要点は全く見えないけれど、レオスは「ええ」と相槌を打ちながら大人しくパターソンの話を聞き続けた。

「そんな彼女が面白いことを言っていたんだ。『神様にサイコロなんて振らせるな。自分の手で振れ。神様の出番なんてサイコロを振る直前と直後だけでいい』って言うんだ。未来が見えるはずの彼女がだぞ。」

『面白いこと』と言っている割にはパターソンが浮かべる笑顔は何処か影がある様にもレオスには見えていた。

「確かに...そうですね。この世界はあらゆる可能性が多世界となって重なり合いの状態で存在していると言われていますね。それはどんな小さな選択だとしてもです。会社を辞めて新たな地を選ぶ時も、ギャンブルをしている時も、自動販売機の前で何を買おうか迷っている時も、どんな場合でも須らく同じなんですねー。その全てに正解して生きていくことなんて到底出来ません。ですから、本当に大切な事は『サイコロでベストを振り続けること』ではなく『出た目でベストを尽くし続けること』ってことじゃないですかね。」

「出た目で...。」

毎日聞いていると煩わしく感じるようなレオスの早口なのだが久し振りだからなのだろうか、それとも別の要因なのかは分からないがパターソンは彼の早口をやけに心地良く、素直に聞くことが出来ていたのだった。

「この世界は光子でさえも時間を逆行することは出来ません。叶わぬ多世界のリセマラを願う時間があるのなら、選ばれた世界で一歩でも前に進める方法を見つける方が賢いやり方だと言うことです。だから私はリハビリを全力でしているんです。自分が撃たれなかった世界を妄想して拗ねていても、私の足は動きませんからねー。」

そう言うとレオスはベッドに掴まりではあったが、パターソンの前で自分の両足だけで立ち上がって見せたのだ。

「これは神様の力でも超能力でもありません。私自身の頭脳と体力がもたらした結果なんですね。」

立ち上がったレオスは笑っている。

まだ痛むのかもしれない。

彼の笑顔は幾分か引き攣っているようにも見えた。

そのことが可笑しくて、パターソンもつられて笑ってしまった。

可笑しいはずなのに何故だろうか。

パターソンの両頬には一筋の涙が流れていた。

 

そして、彼女は自分で選んだ世界でベストを尽くすことを決心した。

 

 


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