BARデラスの入口には『CLOSE』の札が掛かっていた。
まだ日付も変わる前だと言うのにだ。
と言っても、この店は不定休となっていたので稀にある事ではあった。
いつもと違ったのは『CLOSE』のはずの店内。一番奥のテーブル席に三人の人物が座っていたことだ。
「なるほどな。レインの嬢ちゃんも随分と男らしい決断したもんだな。」
手狭なテーブル席に窮屈そうにオリバーと仲良く並んで座っているベルモンドは手に丸い氷だけが残った空のロックグラスを持っている。
「ええ。いつの間にあんなにも強くなったのか...。」
「オリバーさん? 女の子を甘く見ない方が良いですよ! 」
自嘲気味に微笑むオリバーの前に座っていた女性はそう言いながら飲んでいた果実酒のグラスを勢い良くテーブルに置いた。
「先生。大分酔ってるみたいだけど、グラスは割らんでくれよ。」
「なにいってるんですかぁ。私はまだ酔ってませーん。」
ベルモンドから『先生』と呼ばれる女性。二人の前で顔を真っ赤にしながら酒を飲んでいたのは健屋であった。
普段の凛々しい白衣姿ではなく、ゆったりとした黒いオフショルダーのワンピースと言う可愛らしい姿でお気に入りの果実酒を嗜んでいるようだ。
二人がオリバーとここで酒を飲んでいる理由。
何を隠そうベルモンドも健屋も『AdeN』の一員なのだった。
ベルモンドは普段この店のマスターとして潜伏しているが、持ち前の身体能力を活かして対A.C殲滅作戦の最前線で鎮圧部隊の隊長的な役割を担っていた。元々は機動隊の隊長を務めており、カリスマ的な統率力と戦術に憧れて、彼の隊に入隊を志願してくる者は一人や二人ではなかった。
健屋の方は若き名医としてその天才的な腕前と医学に関する知識量や応用力を買われて、A.Cとの戦闘で負傷した者を関係機関への煩わしい報告なしに治療を施したり、保護した能力者の解析研究を担っていた。
「でも、私は諦めません。彼女の力は我々に必要になってくるはずですから。」
「オリバーさん。しつこい男は嫌われちゃいますよぉ。」
ご機嫌そうな健屋は笑いながら残っていた果実酒を一気に飲み干したタイミングで店の奥にあるお手洗いから出てきたのは黛だった。
「あーあー。もう完全に出来上がっちゃってるよ。」
「黛さーん。こっちこっち。一緒に飲みましょー。」
呆れ顔の黛を余所に健屋は空いている自分の椅子をポンポンと嬉しそうに叩いている。
黛も元警視庁のサイバー犯罪対策課に所属していた天才ホワイトハッカーで、健屋とはAdeN加入以前からの知り合いらしく良く二人で話していた。
彼がローレンと黒ローブが屋上で出会った雑居ビルに居合わせたのも偶然ではなかった。
AdeNの
黛たちはそのある人物の到着を待っていたのだが、予定の時間を過ぎても一向に姿を現わさないのだった。
病院に到着しパターソンとレオスは『赤いドラゴン』に襲われたと主張している男の病室を訪れていた。
男は二十代前半ぐらいだろうか短髪の髪を金色に染めて、ふてぶてしくベッドに寝そべっている。
「
パターソンはベットに近づくと金髪の男に向かい警察手帳を提示しながら話し掛けていたのだが、暇を持て余していた金髪の男は玩具を与えられた子供のように目を輝かせて上体を起こした。
「刑事って言うからむさ苦しいオッサンが来ると思ったけど、お姉さんみたいな可愛い刑事さんなら大歓迎よ。ねぇねぇ。なに話す? お姉さん彼氏いるの? 」
金髪男の無神経な言葉を聞いたパターソンの左手の拳に力が込められていくの見つけたレオスは、しばらく見守ってみようと差し出しかけた手と言葉をサッと引っ込めてしまった。
「彼氏はいませんけど...ってか必要じゃないし...じゃなくて! 『赤いドラゴン』に襲われた時の話を聞かせて下さい! 」
「『
顔を髪の色と同じぐらい真っ赤にしていたパターソンに思わずレオスが呟くとパワーが十分に充填されていた彼女の左ひじがレオスの
完全な流れ弾を喰らったレオスの小さな呻き声など気に留める様子もなく、金髪男はパターソンの顔や体に視線を這わせつつ会話を続けた。
「マジッ!? あとでLINE教えてよー。で、なんだっけ? ああ。あの赤いドラゴンね。あれは俺がバイトが終わって家に帰っている途中で、時間が夜の十時半ぐらいだったかな? 小さな公園のベンチに女の子が一人で座ってたのよ。青い長い髪をツインテールにしている幼い感じの可愛らしい女の子が寂しそうに下を向いてさ。」
その公園は遊具もない何をして遊ぶための場所かも分らぬ程に小さかった。
東もバイト帰りに公園内にあるベンチに腰掛けてタバコを吸ったり、スマホをいじったりしていたのだが、寂しい闇夜の中で可愛らしい少女が一人で問題のベンチに座っているのを見つけたのだ。
エメラルド色のワンピースを来ていた少女は寂しそうに自分の足元の地面をジッと見つめていた。
東が女性を素通りする訳もなく、連絡先を聞き出そうと少女に近付いて軽いノリで話し掛けると驚いた少女から短い悲鳴が上がる。
そんなことではへこたれない東が少女の隣に腰かけた時、ベンチの周りに広がる夜の闇がもう一段階暗くなった気がした。
「あっ。」
きょろきょろと辺りを確認する東の横で怯えて黙りこくっていた少女が初めて声を発したのだ。
外見のイメージにピッタリのおっとりとした声で彼女は後ろを振り向いたまま固まっている。
彼女が背後の何かを見つめているのを見て東は初めて気が付く。
ベンチ周辺が暗くなった原因。
それは大きな影だ。ベンチを丸ごと覆い隠すような大きな影。
次の瞬間、東は背中に当たる生温い風と獣の唸り声を耳にした。
東はそこで話を止めると徐に入院服を脱いで自分の背中をパターソンとレオスへ向けた。
彼の色白の背中には痛々しい赤黒い火傷の跡が残っていたのだ。
「これが『ドラゴン』が居たって証拠。俺が振り返ろうとした時に背中がめっちゃ熱くなった途端にスゲー力で吹っ飛ばされたんだよ。で、公園の端から端まで飛ばされた俺を見ていた青い髪の女の子の後ろにデッケー翼の生えた赤いドラゴンが立ってたっていう嘘みたいな本当のお話。」
「なるほどですねー。ちょっとよろしいですか? 」
話を終えて脱いだ入院着を再び着ようとしていた東を呼び止めたレオスは彼の背中の火傷の具合を確かめ始めた。
背中の火傷の跡は波紋状に広がっており、その中心部分に近付くほどに重度の傷となっているようだった。
「どうやら嘘ではないようですね。」
「は? 当然じゃん。そんな意味分かんない嘘ついても仕方ないでしょ。ってそうだ。しっかり話したんだからお姉さんの連絡先教えてよね。」
背中を確認し終えたレオスの言葉に冷たく返事をしていた東は直ぐに女性用モードに切り替えて、期待に満ちたキラキラとした目でパターソンを見つめていた。
「ありがとうございました。それでは失礼します。」
途轍もない早口と身のこなしで一礼をしたパターソンはレオスさえも置き去りにして目にも止まらぬ速さで病室を出ていった。
ポカンと口を開けて固まる東に若干同情をしたレオスが自分の名刺をポケットから取り出すと東に手渡した。
「これ。私の名刺です。寂しかったら何時でも連絡下さい。」
とある高層ビルの屋上で青い髪の少女は溜息をつきながら今日も街を見下ろしていた。
「派手にやっちゃったみたいだね。あまみゃ。」
彼女に後ろから声を掛けてきたのは不破だった。
「あー...不破っち。どーしよー。ボス怒ってるかなぁ。」
「いや。大丈夫っしょ。だってズハ君が『
潤んだ瞳で縋る少女を不破は慣れた口調で笑顔で宥めると少女は長い溜息を一つつく。
少女の名前は
幼さの残る容姿をしているが、彼女もまた『A.C』のメンバーの一人なのだ。
「でも...ボスに言われたのは『AdeN』のメンバーを襲えって言われたのに、全然関係ない人を襲っちゃったんですよぉ...。」
「まぁまぁ。あまみゃが手を出した訳じゃないんだし...。」
不破がそう言った直後だった。
不破は自身の背中に生温い風が当たるのを感じて、恐る恐る振り返ってみると目の前に赤いドラゴンの鼻先が大迫力で迫って来ていた。
「ちょいちょい! 俺は仲間だっての。」
「あーあ。ダメだよ。その人は悪い人じゃないから落ち着いてー。大丈夫だよ。」
後ろへ仰け反るように後退する不破を庇うように天宮が前に出て、興奮した様子のドラゴンの鼻先を優しく撫でると彼女に撫でられたドラゴンは気持ちよさそうに目を瞑り、荒れていた鼻息も穏やかになっていったのだった。
まるで、ペットの小動物をあやすかの如く自分の何十倍もの大きさのドラゴンを手懐けられる力。
それが天宮こころに宿る力だ。
彼女はドラゴンと心を通わせることで彼らに指示を出せることに加えて、ドラゴンたちもまた彼女を慕い、積極的に彼女の力になろうとしてくれていた。
そして、不破に威嚇をした雌の赤いドラゴンは一番付き合いも長く、天宮と心の通い合うドラゴンなのだった。
天宮もまた彼女の事を『ドーラ』と名付けて、常に行動を共にしていた。
東に公園で話しかけられた時もドーラが独断で彼女に近付く破廉恥な輩から守ろうとして攻撃を加えたのだ。
落ち着きを取り戻したドーラを見て、天宮も愛おしそうに自身のおでこを彼女の鼻先へと頬摺りするように当てる。
すると、ドーラも嬉しそうに大きな両翼をバサバサと羽ばたかせていた。
ドラゴン事件の捜査を終えたローレンとアクシアは少し遅めの夕食を済ませて帰宅している途中だった。
二人は例の小さな公園近辺での聞き込みを実施して、何件か公園の方が急に明るくなった。とか、夜中に獣の鳴き声のようなものが聞こえた。などの証言を得ることが出来たのだが、その中に有力と呼べるような情報は一つも無かった。
アクシアの運転する助手席ではローレンが大きな溜息を漏らしていた。
「なー。アクシア。本当にドラゴンなんて居ると思うか? ドラゴンだぜ。ドラゴン。まだツチノコ探して来いって言われた方が見つけられそうな気がするよな。」
進行方向の信号が黄色から赤へと変わり、車はゆっくりと停止線の手前で止まった。
「まぁーなー。RPGや御伽噺の世界でしか聞かない単語ではあるよな。俺もドラゴンが居るんなら背中に乗って空でも飛んでみたいね。」
「運転大好きアクシアさんでも流石にドラゴンは操縦したことは無いんだな。」
二人が待っていた信号機の色が赤から青へと変わった。
彼らの乗車している車以外には前にも後ろにも他の車は止まっていない。
それなのにアクシアはアクセルを踏むことなく、ハンドルを握ったままバックミラーを見つめて固まってしまっている。
「おい。どうした?? 信号青だぞ。」
「ローレン...後ろ。」
「あ? 」
目を見開き小さな声で囁くアクシアの言葉に従い、後ろを振り返ったローレンが見たものは大きく口を開いた赤いドラゴンの姿だったのだ。
想定外の出来事に言葉を失う二人。
二人が見つめる先であるドラゴンの口の奥では小さな炎が渦を巻きながら徐々に大きくなっていっている。
「アクシア! 出せ! 」
ローレンの大声を合図にアクシアは思いっきりアクセルを踏み込んだ。
アスファルトとタイヤが擦れる音と白煙が上がると車は猛スピードで走り出したのだが、車体は既にドラゴンの口から放たれた炎に半分ほど飲み込まれてしまっていた。
間一髪のところで炎から逃れられた車は勢いを落とすことなく暗い夜道を直進して行く。
しかし、アクシアの車の走行スピードよりも速いスピードで飛んできたドラゴンにあっという間に追い抜かれてしまい、そのまま赤いドラゴンは車の進行方向を遮るように仁王立ちで向かってくる車を待ち構えるように立ちはだかったのだ。
「おい! アクシア! 」
「クソッ! その動きはチートだろうが。」
フロントガラスの向こうに見えるドラゴンはその太く大きな腕を天高く振り上げたが、その矛先は明らかに二人の乗る車であった。
瞬時に状況判断をしたアクシアは急いでブレーキを踏むと同時にハンドルを思い切り切る。
すると車体は横向きになった状態でドラゴンの足元へと滑りだした。
運転席に身を振られたローレンの短い悲鳴を聞きながらアクシアは再びアクセルを踏み込んだ。
車体はV字を描くようにして百八十度向きを変えたのを確認してから、そのままスピンしてしまわないようにハンドル捌きとペダルの踏み込みを駆使しながらアクシアは見事に車体を安定させることに成功していた。
だが、無情にもドラゴンの手が薙ぎ払うように振り下ろされ、距離を稼げなかった車体後部へとヒットしてしまう。大きな衝撃を受けた乗用車は、まるでミニカーかの如く吹き飛ばされてしまい、運転席の方からガードレールへと物凄い衝撃音と共に衝突してしまったのだった。
完全に運転席側が半分潰れてしまい動かなくなった車を見つめたドラゴンは満足気に咆哮し、翼を広げ漆黒の夜空へと飛び立っていった。