AdeN(エデン)~公安第五課~   作:夏野 雪

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飛龍乗雲(後編)

 22:03 BARデラス

いくら待っていても最後の一人は現れなかった。

「遅いなー。あいつ。どうする? オリバー? 四人だけで進めちゃうか? 」

隣に座るオリバーに話し掛けたベルモンドの前にはロックグラスどころか、気が付けばスコッチウイスキーの空き瓶が一本出来上がってしまっていた。

「いや。大切な話なので日を改めましょうか。連絡を送っても返って来ないですから。」

オリバーがスマホを見るも、その人物へと送ったメッセージには未だに既読の文字は付かないままだった。

今夜は解散の決断が下されたので黛は足元の覚束ない健屋を送るため先に店を後にしたが、片付けの手伝いを申し出たオリバーはベルモンと一緒にドテーブルに残った空きグラスと空き瓶を片付け始めた。

オリバーはロックグラスをシンクへ運ぶと袖を捲り、シンクの隅に置かれたスポンジに洗剤を数滴垂らす。

「オリバー。」

「はい? 」

ベルモンドはテーブルを拭いたままシンクに対して背を向けている状態だった。

「『絶対に諦めない』って言ったが、あんた...まだ忘れられねぇのか。あの娘のこと。」

ベルモンドの言葉を聞いたオリバーの脳内で愛くるしい少女の笑顔と元気な声がフラッシュバックする。

 

『先生! 』

 

オリバーの手に握られていたスポンジが見る見るうちに手の中で形を変えていく。

「...忘れられませんよ。()()()()()()A()d()e()N()()()()()()()()。」

ベルモンドは振り返らずに「そうか」と一言だけ呟くとテーブルを拭く作業へと戻った。

 

 

 22:35 遊歩道

楽し気な健屋とぼんやりと夜空を見上げる黛は静かな夜道を恋人にしては遠く、友達にしては少し近い、そんな絶妙な距離感を保ちながら並んで歩いていた。

「約束の時間に来ないなんて珍しいですよねー。何かあったのかなぁ? 」

「さぁー...どうだろう。」

腕組みをして心配そうな顔で首を傾げる健屋と違い、黛は遠くの誰かさんよりも隣に居る足元が覚束無い女性の方が心配で仕方なかった。

「黛さんは相変わらず冷静なんですねー。羨ましいですよ。」

「健屋だって白衣を着ている時は沈着冷静で常に的確な判断をしてるじゃない。」

「そんなことないですよ。他人の人生や命に関わること。健屋は実はそういう風に見せてるだけなんですよ。もし『どんな病気や怪我を治せる』能力なんてものがあるんだったら授かりたいです。」

世間からは『天才女医』などと謳われる彼女の中にある孤独がほんの少しだけ黛には理解できる気がした。

彼もまた『天才ハッカー』と呼ばれていたが、一方ではハッカーとクラッカーの違いが分からない人々からの偏見を常に受けていたからだ。

誰もが羨む才能を持ち合わせた孤独な二人は暫く無言のまま歩いていた。

それが特に気まずいとか雰囲気が悪い訳ではなく、二人は妙な居心地の良さを感じていたのだった。

だが、その穏やかな時間は長くは続かなかった。

二人の前を猛スピードで何か大きな影が横切って行ったのだ。

「きゃっ! 」

大きな影が巻き起こした風に思わず目を覆った二人が次に目を開けた時に見たものは十数メートル先に鎮座する真っ赤なドラゴンだ。

「なに...これ? 健屋が酔っ払っちゃっただけ? 」

「いや。俺にもしっかりと見えてるよ。」

心と思考が現実に追いつくよりも前にドラゴンから放たれた巨大な炎の渦が健屋と黛を包み込んでいった。

 

 

 21:46 事故現場

車体の半分が潰れて黒煙を上げる乗用車の脇の車道に黒い二つの影が転がっている。

「生きてっか...アクシア。」

アスファルトの上に大の字で倒れこむローレンは幾つかの擦り傷や痣こそ出来ているものの手足は何不自由なく動いたことに一安心していた。

「ああ...お前のお陰だ。ローレン。」

彼の隣で同じような格好でアスファルトに寝転んでいたのはアクシアだった。

ドラゴンに薙ぎ払われて車がガードレールに衝突する直前、ローレンが運転席のアクシアを引っ張って助手席側から間一髪のところで飛び出していたのだ。

「なぁ...労災って物損にも適用されたっけ? 」

そう言いながら起き上がったアクシアは無残にひしゃげた自身の車を見つめていた。

「物損は適応外だぞ。てか、俺らの怪我の労災も何て申請すりゃいいんだよ。『容疑者のドラゴンに襲撃されました』なんて申請したら『ARK(ゲーム)のやり過ぎだ馬鹿野郎』とか一蹴されそうだな。」

「笑い事じゃねぇよ。マジで。とりあえず、オリバーさんに報告すっか。労災の相談も込みで。」

乾いた笑いを浮かべたまま大の字で寝ころんだままのローレンにアクシアが手を差し伸べると、その手をしっかりと握ってローレンはようやく立ち上がったのだった。

 

 22:21 公園

パターソンとレオスは東が襲われた小さな公園のベンチに並んで座っている。

日の暮れた公園でアフターデートと言うロマンティックな状況ではなく、二人はオリバーが来るのを待っているところだった。

遡ること一時間ほど前のこと。東との面会を終えた二人は東の証言の裏取りをしてから公安第五課のオフィスに報告のために戻ってきていた。

二人の聞き込み捜査の結果、当日の東の証言に嘘や偽りは無いようだ。周辺の防犯カメラの映像、バイト仲間の証言などの目撃証言とその時間も彼の証言通りだった。

「戻りましたー...って誰もいませんよ。ヴィンセントさん。」

「おや。珍しいですねー。」

二人が珍しく誰もいないオフィスを眺めていると一人の制服警官が後ろから声を掛けてきた。

「お疲れ様です! お二人にオリバー課長から伝言を預かっております! 」

見覚えのない元気の良い彼が言うには『見せたいものがあるから、22:30頃に東が襲われた公園に来てほしい』とのことだ。

そして、その結果二人はこんな夜更けにベンチに座ることになったという訳だった。

「寒くなってきたな。それにしてもこんな時間に見せたいものって何なんだ。」

寒さに肩を震わせながらパターソンは腕時計を確認していた。

「そうですねー。」

何故かそれほど寒くなさそうにしていたレオスは上着の両サイドのポケットからカイロを取り出し、それをパターソンに見せつけるようにして自身の両頬に当てて一人で暖を取り始めた。

「あー! ずるい。一つ貸してくれ。」

「嫌です。これは私が自腹で自己防衛のために用意したものですから。」

「...ケチ。こんなにもか弱い乙女が華奢な肩を震わせていると言うのに君はそれを見過ごすというのか? 」

パターソンの悲痛な訴えを聞いたレオスはワザとらしくキョロキョロと辺りを見渡す。

「あれー? おかしいですねー。私の目にはか弱い乙女の姿が見えないのですが、一体全体どこに居るんですか? 」

寒さとは全く別の理由で震えだした拳をレオスの脇腹へとパターソンが振り下ろそうとしたその時だ。

「あのぉ...。」

二人は誰かに声を掛けられた。だが、それは二人が待っていたオリバーとは明らかに異なる声だった。

聞こえてきたのは女の子の声だ。

二人が見つめる先に立っていたのは一人の少女だった。

青い髪をツインテールにしたエメラルド色の服を着た少女。

彼女の姿に二人は見覚えがあった。いや、聞き覚えがあった。

それは東の証言に出てきた少女の恰好そのものだ。

固まっていたパターソンたちが口を開こうとするより前に少女がぽつりと小さく呟く。

「ごめんね。」

その言葉を合図に彼女の背後に一匹の大きな赤いドラゴンが夜空から舞い降りてきたのだ。

ゆっくりと大きな翼を閉じると鋭い目で二人を見据える。

その姿は恐ろしくも神々しくい姿のドラゴンが地面を揺らす程の大きな咆哮と共に二人に向かって真っすぐに飛んでくるではないか。

ギリギリのところでドラゴンの巨体を躱したパターソンはベンチの左に立っていた桜の木の後ろへ、レオスはベンチの右の公衆トイレの裏へと何とか姿を隠すことが出来た。公衆トイレは男女兼用で一つの個室しかない小さな建物であった。

ドラゴンが通過した地面には轍のような跡が一筋出来上がっていて、二人が直前まで座っていたはずの草臥れていた木製のベンチは木っ端微塵となっていた。

「レイン君! 生きてますかー! 」

レオスはトイレの後ろからFPSゲームのキャラクターみたいに上半身と顔を覗かせながら、パターソンが隠れているであろう桜の木方へ向かって叫んだ。

「ど、ドラゴンだぞ! ヴィンセントさん! 飛んでるぞ! 」

興奮するパターソンの視線の先で赤いドラゴンは大きく旋回しながら空高く舞い上がり、弧を描くようにして再び公園の真中へと舞い戻ってきてしまった。

突如として現実に姿を見せたドラゴンはレオスが隠れていた公衆トイレに背を向け、桜の木の後ろに隠れるパターソンの方に向かい二本の足で器用に歩きながら近づいて行き、木の前まで着くと右腕をゆっくりと高く掲げた。

どうやら、桜の木諸共吹っ飛ばそうと言うつもりのようだ。

「レイン君! 逃げて! 」

ドラゴンの背後から様子を窺っていたレオスが危険が迫っていることを伝えようと叫んだのだが、パターソンは木の後ろから一向に姿を現さない。

逆にドラゴンがレオスの声に反応してしまったらしく、まるで第三の腕のようにして公衆トイレに目掛けて巨大な尻尾を振り下ろした。

「ひじょーに...マズイですね。」

ドスンと言う大きな地鳴りと共に尻尾が振り下ろされ、公衆トイレだった場所には砂埃が舞い上がる中には建物の影は綺麗に無くなってしまった。

ドラゴンは背後の出来事など意に介すこともなく、桜の木に向かい勢い良く平手打ちを繰り出す。

その大きな掌が桜の木の幹を捕えようとした瞬間、桜の木の後ろから人影が飛び出してきた。

これまで色々な人間を冷酷に淡々と攻撃してきたドラゴンが、その人影を見た途端に目を大きく見開くと自身の腕をピタリと止めた。

桜の木の傍で両手を広げる立っていた人物は青いツインテールの長い髪。エメラルド色の洋服。

そこに立っていたのは、どこからどう見ても天宮こころなのだった。

ドラゴンは天宮の目と鼻の差目と鼻の差で寸止めしたまま固まってしまっていた。

 

どうして自分の主が桜の木の後ろから出てきたのか。

ドーラは心の中で主に問いかけたが、一向に主は答えてくれない。

いつもの自信無さげな潤んだ瞳でジッとこちらの目を見つめているだけだ。

どうして答えてくれないのか。

どうして...。

 

一人の少女の登場により元の夜の静けさを取り戻した夜中の公園。

しかし、その僅かな静寂の時間を劈くように一発の銃声が鳴り響いた。

何が起こったのかを理解する前にもう一発の銃声が響き渡り、それと同時にドーラのけたたましい慟哭が夜空を貫いていく。

その場にいた皆の視線がドーラに向けられる。

ドーラは両翼を大きく広げていたのだが、そこには大きな二つの銃創が出来ていて、痛々しくも大量の血が噴き出していたのだ。

「ドーラちゃん!! 」

慌ててドーラに近付いくる天宮。

だが、おかしい。

ドーラの目の前の木の横には手を広げたままの天宮が立っているままだ。

それなのに涙を流しながらドーラの足にしがみ付いた天宮は自分の後ろ側から走り寄ってきていた。

「ドーラちゃん! 大丈夫! 」

混乱するドーラは公園の向こう側の三階建ての建物の屋上に光る何かを見つけた。

危ない。

ドーラは直感的にその光が自分の翼を貫いた張本人であると悟り、天宮を急ぎながらも優しく抱え込み最後の力を振り絞り両翼を広げて空へと飛び立つと、凄いスピードで空の彼方へと去っていった。

 

 

 公衆トイレの瓦礫の傍で伏せながら一部始終を見ていたレオスが立ち上がった。

タッチの差で尻尾から逃れることに成功していたようだ。

「なぜ同じ少女が二人...。? 」

青い髪の少女は倒れていたレオスが見えていなかったのか。起き上がった彼の無事な姿を確認すると小走りに傍へと駆け寄ってきた。

「ヴィンセントさん! 大丈夫なのか!? 」

近付いてきた少女の声は確かにドラゴンが現れる少し前に聞いたそれと同じではあるのだが、その口調には聞き覚えがあった。

そう。先程から姿が見えないもう一人の人物。

「君は...レイン君なのですか? 」

レオスの言葉を聞いた少女は不思議そうな表情を見せた。

「あれ?...そうか。ヴィンセントさんは会ってないんのか。」

レオスの見ている目の前で身体の線をぐにゃりと歪ませて形を変形していったと思えば、いつの間にか少女はレイン・パターソンの姿へと変わっていた。

「...ルパン三世にでも弟子入りしたんですか? 」

既にドラゴンと言う現実味のないものを見ていたお陰だろうか、レオスはパターソンの変身に対して冗談がいえる程度には落ち着いているようだ。

「なるほど。()()()()ってことですね。」

そう言いながらパターソンの背後から姿を現したのは周央サンゴだった。

 

最初のドラゴンの突進を避けて木の裏に隠れた時のこと。

パターソンは別の場所に逃げるか、レオスの元へ向かうべきか判断を迷っていると、頭上に光の輪が現れ前回のようにそこから一本の手が伸びてきたのだ。

藁にも縋る思いで掴んだ手をパターソンが引っ張ると、光の輪の中から出てきたのが周央であった。

「パタちゃん! あの子に変身するのです! 」

それからは周央の言葉に従い、彼女の能力を借りて天宮の姿になってからタイミングを見計らって飛び出したという訳であった。

「貴女は...周央サンゴ? 確か特殊詐欺事件で亡くなったはずでは? 」

レオスが混乱するのも無理はなかった。周央サンゴの事件時には不在で周央とは初対面となる上に、パターソンの能力を目の当たりにすることも初めてのことなのだ。

「ああ...そうだな。これからゆっくり説明するよ。」

「レイン君。是非そうして頂けると助かりますが、その前にドラゴンの両翼を撃ち抜いたアレも君がやったんですか? 」

「いや...あれは私じゃない。私が青髪の少女に変身すればドラゴンの攻撃を一時的に止めれるかもと思ってはいたんだけど...ぶっちゃけ飛び出した後のことは考えてなかったんだ。だから、あの攻撃に関しては私も分からないんだ。」

三人はドラゴンが飛び立つ直前に見つめていた公園の反対側に立ち並ぶ建物を見つめたのだが、そこには夜の闇が広がっているだけなのだった。

 

 

公園の反対側の中の一つである三階建ての雑居ビルの屋上。

夜の闇の中に潜んでいたのはオリバーとベルモンドだ。

ベルモンドは屋上に伏せた状態で公園に向けられていた対戦車ライフルから手を放した。

「ふー...何とか間に合ったな。それにしても...こんな二十ミリ口径(バケモン)久し振りに手に取ったぜ。」

立ち上がったベルモンドは額の汗を袖口で拭っていた。

「流石の腕前でしたよ。それにしても黛くんと健屋さんにアクシア君とローレン君への襲撃。更にはレイン君にレオス君。A.Cはどうやら本気でAdeNを消しにきたようですね。」

オリバーは公園の状況を確認するために覗いていた双眼鏡から目を放し、横に立っていたベルモンドへ自身の無地の白いハンカチを手渡すとベルモンドは笑顔でそれを受け取った。

「おっ? サンキュー。宣戦布告ねー...どうやら本気で行かねぇとヤベーみてぇーだぞ。オリバー。」

「そうですね。こちらも本気で行かせてもらいましょう。もう...()()()()()は。」

オリバーは一人の少女の笑顔を思い返しながら、A.C殲滅を心に誓うのだった。

 

 

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