AdeN(エデン)~公安第五課~   作:夏野 雪

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開巻劈頭(後編)

 二年半前

また会うことが出来るなんて思ってもみなかった。

先生は崩れる建物の中を、燃え盛る炎の中を助けに来てくれたのだ。

こんな私のために。

ぺトラは無意識の内にオリバーに泣きながら抱き付いていた。

怖かった。寂しかった。そして何より嬉しかった。

泣き顔を見られるのは恥ずかしかったけれど、オリバーの顔を見て安心したくてぺトラは顔を上げた。

「あ...。」

顔を上げたぺトラは恐ろしい光景を目撃してしまう。

オリバーの顔越しに見える奥の廊下の天井。

炎に包まれていた通路の天井に大きな亀裂が現在進行形で入り始めていた。

自分たちの後ろの廊下は既に天井が崩れて通れない。

残された唯一の道が今まさに閉ざされようとしている。

 

 

What am I gonna do? (どうしよう?)

 

 

ぺトラが見上げていたオリバーはあまり見たことのない表情になっていた。眉間に皺を寄せて鋭い目で辺りを見渡している。

恐らく逃げ道を探してくれているのだろう。

私のために。

こんな炎の中を。

 

 

Oh...I see.(ああ...そっか。)

 

 

Things I should do.(私のすべき事。)

 

 

ぺトラはオリバーの体から手を放すとオリバーの姿を目と記憶にしっかりと焼き付けると自身の両足と小さな握り拳にギュッと力を入れて踏ん張った。

 

それは突然の出来事であった。

さっきまで弱々しく泣いていたはずのぺトラの体がもの凄い勢いでオリバーの体にぶつかったのだ。

それはいつも廊下で挨拶代わりに背中に喰らっていたタックルそのものだった。

しかし、炎の中を走り回って疲弊していたことに加えて、完全に虚をつかれたオリバーの大きな体は小さなぺトラの一撃を諸に受けてしまい、炎の壁を越えて後方へと綺麗に吹き飛ばされてしまった。

虚を突かれてはいたが、しっかりと受け身を取って直ぐに立ち上がったのは流石の身のこなしと言ったところだろうか。

だが、オリバーとぺトラは炎の壁を挟み、離れ離れになってしまっていた。

「何をするんですか! 」

オリバーが彼女に対して、本気で怒鳴ったのはこれが最初のことだったかもしれない。

そして、それは最後の出来事でもあったのだ。

炎の向こうに見えるぺトラは頬に涙を伝えながらもニッコリと笑っていた。

「Professor Oliver.(オリバー先生。)」

普段と何も変わらない可愛らしい彼女の笑顔。

「ずっと大好きだよ。ありがとう。」

ペトラの想いにオリバーが返事をする間もなく、劇の終わりを告げる幕が下ろされるように二人の間の廊下の天井が崩れ落ち、二人を完全に遮断してしまった。

「ぺトラ! 大丈夫ですか! 今行きますから! 」

あまりに突然のことに唖然としてしまっていたオリバーは我に返ると大声で叫びながら崩れた瓦礫を素手で動かし始めた。

しかし、瓦礫は大量で大きさもとてもじゃないが一人の人間が動かせるようなものでもなかったが、それでもオリバーは諦めることなく血が滲み始めた手を止めなかった。

いや、正確には止めたくなかっただけなのかもしれない。

けれど、想いだけでは瓦礫は動かない。炎も消えるはずもなかった。

ただただ、指先から血が流れるだけで己の無力さを痛感し続けるだけだった。

何より瓦礫の向こうからぺトラの反応が全く返ってこない。

あんなにも元気なぺトラの気配を微塵も感じることが出来ないのだ。

無情にも突き付けられる現実に耐えかねて、遂にオリバーは膝から崩れ落ちた。

「ぺトラ...どうして...。」

オリバーは持てる力を振り絞り瓦礫を血まみれの手で叩きつける。

 

『なぜ自分は能力者でないのだろうか。』

 

彼の渾身の一撃を瓦礫は無言で受け止めた。

 

『なぜぺトラは能力者なのだろうか。』

 

オリバーの問いに瓦礫も、炎も、神も、誰一人として返事をすることはなかったのだった。

 

 

 パターソンはオリバーの居なくなったオフィスで一人だけになっていた。

オリバーはパターソンの気配に気が付き飛び起きたと思えば、時計を見るなり慌ててオフィスを飛び出して行ってしまった。

一人になったパターソンは周央の言葉を思い出していた。

 

ンゴを闇討ちしたのはAdeNのメンバーであるベルモンドという大柄の男とパタちゃんのお仲間であるアクシアって若い男よ。

 

ベルモンド...確かオリバーの行きつけのバーのマスターの名前だったはず。

大柄と言う特徴も一致しているし、オリバーが通っている理由にも納得できる。

それよりだ。まさかアクシアが既にAdeNのメンバーだったとは思いもしなかった。

それに、本当に能力者を抹殺していたなんて...。

AdeNは本気でA.Cや能力者を抹消しようとしていることに驚きと恐怖を感じていた。

「お疲れーっす。最近病院に言ってばっかりだな。全く...。」

「ああ。おかえりなさい。ローレン。」

ブツブツと独り言をぼやきながらオフィスに一人で戻ってきたローレンは、同じく中で一人っきりだったパターソンからの挨拶に僅かに言葉を詰まらせたように見えた。

「パタ姐...今一人? 」

「ん? ああ。オリバーさんがさっきまで居たんだが、良く分からないが慌てて帰ってしまったよ。」

「そっ...かー。ちょっとパタ姐に聞きたいことがあるんだけど、今時間ある? 」

ローレンは緊張しているのか、今までに見たことがない真面目な表情だった。

「うん。構わないぞ。私に答えられることなら。」

「それじゃあさ。何で...()()()()()()()()()()()()()() ()

「んん? あの時? 屋上? 何のことだ? 」

本気で困惑するパターソンを他所にローレンは彼女の真意を探っているのかパターソンの瞳の奥をジッと見据えていた。

 

 

 二年前

『One Color』の施設は上層部の思惑通りに誰にも知られぬままに跡形もなく消え去った。

勿論、中で隔離されていた能力者たちの多くも亡くなったのだが、その事実は公表されていない。

そのために誰が生きていて、誰が亡くなったのかも分からないのだ。

事件から一か月が過ぎた頃、オリバーは日本では珍しい教会の傍らにある小さな墓地の中にある十字架の掘られた墓石の一つの前で静かに手を合わせていた。

Petra Gurin

彼女の事を絶対に忘れないためにオリバーは自費で墓石を立てていたのだ。

 

事件後、『One Color』の上層部はその組織を一度解散させていた。

上層部の面々は解散後のオリバーの処遇として交通課の課長職の席をご丁寧にも用意していたのだが、これは贖罪の類なんかではなく悪魔の契約なのであった。

あそこで見たものを決して他言させないよう、何より自分たちの目の届く範囲に置いておくためだ。

本来ならば、オリバーには捜査三課の課長の席が用意されていたのだが、最後に命令に歯向かったことで交通課に変更されていた。

「申し訳ありませんが、辞退させて頂きます。」

会議室に呼び出されたオリバーのまさかの言葉に上層部は激高していた。

オリバーは警察を去ることになっても構わない。そう決意していた彼は怒り狂う上司を尻目に会議室を出たのだった。

一方、運命に逆らわないと決めていた社は事件後もプロジェクト再建に向けて上層部の指示通りに動き続け、最終的には出世街道のトップを走る捜査二課に就くことになった。

 

「オリバー・エバンスだね。」

背後から名前を呼ばれたのは墓石の掃除と献花を終えた頃だ。

オリバーが振り返ってみると、そこには黒いスーツにサングラスを掛けた見知らぬ男が立っていた。

年は三十代だろうか。茶色の髪に左頬に大きな傷痕がある見るから怪しげな風貌であった。

「...失礼ですが、どなたでしょうか? 」

「そうだな...ネメシス。君にとっての()()()()()()ってとこかな。」

不敵な笑みを浮かべたスーツの男は一枚の名刺をオリバーへと手渡した。

そこには『警視庁警備局警備企画課 課長 天海寺(てんかいじ)』と記されていた。

「これはまた...全く身に覚えがない上に『ネメシス』とは? 」

「そのままですよ。私はね。オリバー君。君たちが『()()』したのかを知っている。君の後ろに眠っている彼女についてもだ。」

この時、オリバーは彼が自分に処罰を与えに来たのかとばかり思っていたが、続けて天海寺の口から出てきた言葉は意外なものだった。

「それでだ。()()()()()()()()()()()()()だと考えているんだ。」

「処分...ですか? 」

「ああ。『彼ら』は私たちがコントロールできるようなものではない。それは無能力者の大きな驕りだ。だからと言って放置して世間に知られることも避けなければいけない。故に私たちは人類の秩序と安寧を保つために密かに能力者処分するための組織『AdeN』を作ろうと思っているんだ。」

そこから天海寺は警視庁上層部に天海寺たちの処分派と『One Color』を創った保護派の派閥が対立抗争していること。施設を自爆させた保護派上層部の真意を打ち明けてくれた。

更には葛葉たちがその原因を作り出して、今も逃走中であると言うことも。

「どうです? オリバー君は許せますか? 他の能力者たちを見捨てて、自分たちだけが自由に生きようとしている葛葉君たちのことを。彼らが変な気さえ起こさなければぺトラさんは死なずにすんだんだ。」

オリバーの脳裏にぺトラの最期が蘇る。

炎のと瓦礫の中で頬に涙を伝えながら微笑む姿。

「オリバー君。君は能力者と交流し、生態研究をしている上に保護派の内情も知っている。そのアドバンテージを『AdeN』のために使ってくれるというなら、私たちは君に復讐の機会と術を与えられることが出来る。まさにWin-Win(ウィンーウィン)の関係だ。」

そう言うと天海寺はオリバーに右手を差し出した。

 

ずっと大好きだよ。ありがとう。

 

オリバーは天海寺が差し出した右手を力強く握り返したのだった。

そして、同時に保護派と葛葉たちへの復讐をぺトラの墓石へと誓う。

 

天海寺は『AdeN』の隠れ蓑として『公安第五課』と言う部署を新たに作り出し、オリバーを課長に据えた。

そこからのメンバーは集めは各部署のスペシャリスト情報を天海寺がオリバーへ伝え、彼が直接スカウトへ向かう形で集められていったのだ。

そうして作り上げられた少数精鋭の部隊は施設から逃げ出した能力者の抹消が始まると能力者の目撃情報や絡みのありそうな事件を意図的に公安第五課へ天海寺が流し、オリバーは進捗と結果を天海寺へ報告する流れが出来上がった。

 

 

 ローレンはあの日の屋上での出来事を思い出していた。

あの日も今日も目の前に対峙しているのはパターソンだった。

「ローレン。私には君が言っている意味が本当に分からないんだ。」

「俺とアクシアが黒ローブと雑居ビルで遭遇した日。黒ローブを追って屋上に着いた時、俺は確かに見たんだ。パタ姐が黒ローブを纏って屋上の真ん中に立っているのを。胡麻化そうとしてもムダ。」

「いやいや! 良く考えてみてくれ。あの時、私はオリバーさんに言われてヴィンセントさんと雑居ビルに向かってるんだぞ。確かに君は屋上で気を失っていたから分からないだろうが、私が屋上に居なかったことはオリバーさんも、ヴィンセントさんも、何より君を助けてくれたアクシアだって証明してくれるはずだ! 」

とても演技だとは思えないパターソンの訴えにローレンの記憶の映像にノイズが走る。

映像の中のノイズはフードを脱いで不敵に笑うパターソンの顔に覆い被さるように現れては消えてを繰り返す。

フラッシュ点滅を繰り返していた彼女の顔が一瞬ノイズの後ろで別の顔に変化した気がした。

紅い瞳に...白髪...。

 

「いや。光栄な事だと思いな。『未来の王』に謁見出来たんだから。」

 

そして、あの時の台詞も聞こえてくる。その声は...。

()...? 」

脳内の映像にうなされていたはずのローレンの口から声が漏れた。

「男がどうかしたのか? 」

その声はパターソンの耳にもしっかりと届いていたが状況を打開するためには拙すぎる一言だった。

「そんなはずじゃ...だって、俺は。」

今となってはパターソン以上に混乱しているローレンが対峙しているのは彼女ではなく、記憶の中に突如として現れた謎の男となっていた。

白髪の若い男は不敵に笑いながら、あの時の屋上に立ったままだ。

「どうしたんだローレン。大丈夫なのか? 」

明らかに様子がおかしくなったローレンを心配してパターソンが一歩前へと踏み出した。

「動くな! 何か...したのか? 」

ローレンの大きな声に驚き戸惑いながらも冷静かつ静かな口調でパターソンは話しかけていた。

「落ち着いてくれローレン。私は君に何もしていない。と言うか触れてすらいないんだぞ。」

「ごめんパタ姐...。」

頭を抱えたローレンはそう言い残すと逃げるようにオフィスから走って出て行ってしまったのだった。

またもや一人取り残されたパターソンはただその場に立ち尽くすことしか出来なかった。

 

 

 一年半前

とあるメールがオリバーに送られて来たのはベルモンドや健屋に黛、そしてまさに今スカウトに成功したアクシアと『AdeN』のメンバーが順調に揃いだした頃のことだった。

そのメールの送り主は渋谷ハジメと名乗る人物で公安第五課のオリバー宛に届いたのだが、どうやってアドレスを入手したのかも気になるのところだが、それよりもメールの内容に驚かされた。

その内容は『自分がOneColorに隔離されていた能力者で葛葉たちと脱走したメンバーの一人であるのだけれど、他の能力者たちへの罪悪感とあるメンバーに対する不信感から抜け出したい。葛葉たちの情報を提供するから抜ける手助けと保護をして欲しい。』と言うものであった。

罠の可能性もあったのだが、黛によるアドレスからの逆探知の情報、その結果からの天海寺からの裏取り情報を踏まえると書かれている内容は事実のようだ。

早速彼と接触を試みようと考えたオリバーは隣の県の利用したこともない喫茶店を待ち合わせ場所に指定した。

仲間を裏切ろうとしている彼を直接警視庁に呼び出す訳にも行かなかった。

 

公安第五課のオフィス内でオリバーとベルモンド、黛、アクシアが応接用の机を取り囲み、渋谷ハジメの件で打ち合わせをしていた。

「まぁ。それが賢明だろうな。」

喫茶店周辺の地図を睨みながらベルモンドが小さく頷いたのだが、オリバーは険しい表情のまま顎に手を当てて何かを考えているようだった。

「ただ...彼を一人にしておくのも危険だと思うんですよ。かと言って、我々や警備部に頼んだりして、警察関係者が迎えに行き同行するのも目立ってしまう...。」

「そーだな...それならボディーガードってのはどうだ? 」

「ボディーガード? 私設のと言うことですか。ベルモンドさん。」

オリバーの問い掛けにベルモンドは何かを思い出すように天井を見上げた。

「そうそう。噂で聞いたことがあんだよなぁ。私設で警視庁警備部も真っ青の凄腕ボディーガードが居るって。確か名前は...レイン。レイン・パターソンっつったかな? 」

「ああ。確かに交機の先輩も何か話してた気がしますね。女性のボディーガードですよね。」

ベルモンドの横で話を聞いていたアクシアも心当たりがあるようだ。

オリバーは聞いたことがなかったのだが、どうやらかなり名の知れた人物らしい。

「ありましたね。どーぞ。」

一人黙々とノートパソコンを弄っていたオリバーの隣に座っていた黛がノートパソコンのモニターをオリバーへ向けたのだが、そこには話題の人物であるレイン・パターソンの私設ホームページが映し出されていた。

「...なるほど。」

 

そして、あの事件起こった。

渋谷ハジメは最期に何を伝えようとしたかったのか。

今となってもそれは分からないままなのだった。

 

 

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