オリバーを助手席に乗せたアクシアの車が目的地であるローレンの自宅前へと到着した。
ローレンの自宅は二階建ての小洒落たアパートの二階。一番奥の角部屋だった。
二人は直ぐに車を降りると階段を駆け足で上り、廊下の先にある玄関に向かった。
「ローレン? 俺だ。アクシアだ。」
アクシアが玄関の戸を叩きながら室内に居るであろうローレンへと呼び掛けると、中から柄にも無く青い顔をしたローレンが現れた。
「悪ぃなアクシア...って、あれ? オリバー課長も来てくれたんすか。申し訳ないです。」
「私のことは良いんです。そんなことよりローレン君は大丈夫なんですか? 」
本気で心配しているだろうオリバーの表情を見たローレンは心配させまいと笑みを浮かべているのだが、その笑顔は明らかに引き攣っていて無理矢理に作っていることが透けて見えてしまっている。
「無理すんなって。俺らに気使っても仕方ねぇだろう。とりま、話聞くから中に入ってもいいか? 」
「...そんな恥ずかしいことを対面で言うなっつーの。入ってくれ。課長もどうぞ。」
相変わらず引き攣った笑顔ではある。だけど、幾分かすっきりとした様子のローレンが二人を室内へと招き入れた。
自宅に戻った楓はスーツが皴になってしまうかもしれないことなどお構いなしにベッドへと身を投げ出した。
しばらくそのまま大の字になった状態で無心で天井を眺めていると力を失った瞼がゆっくりと沈んでいく。
「あー...あかんあかん。」
間一髪の所で現実に戻れた楓はベッドに寝ころんだまま手を伸ばし、床に放り投げた鞄の中からサンタクロースからのプレゼントを取り出す。
「どーれ...鬼が出るか蛇が出るか。」
ベッドの上でクルリと回りうつ伏せに体勢を変えると分厚い資料の一枚、一枚に目を通して行った。
それからどれ位の時間が経ったのだろうか。
資料の中身は楓の想像を超えるものであった。
「まるで小説か映画のシナリオやな。」
それが楓が資料を読み終えた後の率直な感想だ。ここに書いてある内容を全て鵜呑みにして受け入ることは直ぐに出来そうにはない。
「せやけど...。」
楓はパラパラと資料を捲っていき問題のページに辿り着いた。
『施設及び能力者管理担当:社 築(幹部候補生)、オリバー・エバンス(英語圏可、幹部候補生)』
経歴に不自然な空白がある問題の二人であることに加え、その期間も資料に記載されている時期と一致する。
それだけなら偶然として片づけることも出来るかもしれない。
しかしだ。
また資料を捲っていき『
『叶、不破港、文野環...』
能力者と記載されている人物の中に見覚えのある氏名があった。
高城と佐島が犠牲となったあの事件の関係者の名前が『能力者』として記載されている上に、その人物が保有している能力も一緒に記載されているのだ。
「不破湊。
楓はもう一度クルリと体を回転させると天井を見つめる。
確かに鵜呑みにする事は出来ない。けれど、これで全てに説明がつけられる。しっかりとハマった最後のピースによって大きな一枚の画が完成してしまったのだ。
「ホンマ...とんでもないプレゼントやで。サンタさん。」
起き上がった楓は少しでも頭の中をクールダウンさせようとシャワーを浴びに風呂場へと向かった。
ローレンの自宅ダイニングの赤いソファに案内されたオリバーとアクシアの前で床に胡坐をかきながら淡々と話すローレンの告白を聞いた二人には直ぐに不破の顔が思い浮かんでいた。
「それについてなんですが、一つローレン君に話しておかなくてはいけない事があるんです。」
頭を抱えるローレンへオリバーが優しく語りかけ始めた。
ここまで来る車中でも二人で話していたのだが、オリバーとアクシアは彼に自分たちのこと。AdeNのことを打ち明けることを決めていたのだ。
公安第五課の存在意義。能力者の存在。それに対するAdeNの構成メンバーと目的。
ローレンは唖然とした様子で話を聞いていたけれども、オリバーの話を遮るようなことはしなかった。
「...これが真実です。と言っても現実として受け入れられないと思いますが。」
「そりゃそんな御伽噺みたいな話を信じろってのが無理ですよ。オリバーさん。」
「ですよね。当然のリアクションでしょう。それを承知でお願いがあるんです。ローレン君。我々と一緒に戦ってはくれませんか? 」
「えっ? 」
オリバーの意外な言葉に驚いたローレンがソファに座る二人の表情を見つめた。今までは余りにも現実離れした話を脳内で処理する事で精一杯で二人の表情を観察する余裕なんてなかった。
改めて観察してみるとオリバーの表情からはいつもの柔和な優しさは消えていて、真剣かつ鋭い視線をローレンに向けていたのだった。
オリバーの眼差しからは『懇願』や『切望』と言った感情ではなく、『執念』や『怨嗟』のような感情がローレンには伝わってきていた。
もしも、心霊写真に今のオリバーの目だけが写りこんでいたとして、それを霊媒師が鑑定したなら『怨念』や『呪怨』だとかの言葉を選ぶことになるだろう。
「私たちのAdeNに加入してはくれませんか? 」
オリバーが深々と頭を下げるとアクシアがソファから立ち上がり、床に座っていたローレンの隣へ近寄ってきた。
「やろうぜ! ローレン! 俺もお前と一緒に戦いたいんだよ。」
束の間の沈黙が続いた後でローレンが小さくため息をついてから口を開いた。
「ダメだ。」
「...そうですか。」
導き出されたローレンの回答を聞いて肩を落としたオリバーが立ち上がった。その時、再びローレンが口を開く。
「
「えっ? どういう意味だ? ローレン。」
隣で心配そうな表情をしているアクシアを見てローレンは笑って見せた。
「何をするにも俺はパタ姐に謝らなきゃ。俺の頭ん中をいじった奴にケジメをつけさせるのはそれからよ。」
「それじゃあ...。」
「一緒にやってくれるんだろ? アクシア。対よろ。」
何時もの笑顔が戻ったローレンは右手の拳をアクシアへ差し出すと、アクシアも嬉しそうに笑い自分の拳を軽く合わせた。
「ああ。対よろ! 」
二人の様子を眺めていたオリバーも満足そうに笑った。
「また一歩。もうすぐだ。」
誰にも聞こえないような小さな声でオリバーはそう呟いていた。
葛葉は不破に施設のとある一室に呼び出されており、彼が来るのを一人で待っているところだった。
呼び出されたのは建物二階中央辺りの六畳ぐらいの窓もない部屋で、恐らくはセレクトショップの倉庫か何かで使用されていた場所だろう。
「二人だけで話したいことって何だ? 今は忙しい時だってのにさ。」
文野からAdeNがここを突き止めて攻め込もうとしているとの情報があったのだ。
ノコノコやって来る奴らを迎え討つ作戦を立てなくてはいけないというのに...。
「よっ! ズハ君。ごめんな。こんな時に。」
不破は約束通りの時間に姿を現した。
「オッケーオッケー。そんで? 何かあった? 」
「そのことなんだけどさ。」
次の瞬間、葛葉を小さな違和感が襲った。それは例えるなら首の辺りを何か虫のようなものに刺されたような感覚だ。
良く見れば部屋の扉が開いている。不破の姿の奥。部屋を出た先に誰かが立っているのが幽かに見える。
「あれ? 」
どうしてだろうか。葛葉は自分の目が霞んでいくのを感じた。
遠くに幽かに見えるあれは叶のように見えたのだが、それを判断する前に葛葉の意識は途切れてしまった。
「おやすみ。葛葉君。」
力を失った葛葉が床に倒れたのを不破は笑顔で見下ろしていた。
翌日、ローレンは朝か深々と頭を下げることになった。
「ほんとーーーーーに、ごめん! 」
彼が頭を下げていたのはパターソンであった。場所は庁内にある職員専用の小さな休憩スペースだ。
「あ、頭を上げてくれローレン。A.Cの連中に記憶を変えられたんだろう? それなら君は悪くないし、私も全然気にしてないぞ。むしろ、君の記憶が戻ってきて嬉しいとさえ思ってるんだ。」
パターソンはあたふたと戸惑いながらも笑顔でローレンにそう告げた。
「...ありがとう。これで心置きなく前に進めるよ。」
頭を上げてニッコリと笑うローレン。その笑顔は以前の明るさを完全に取り戻していた。
「ところで、ローレンはAdeNに正式に加入したんだって? 本当にそれで良かったのか? 」
「ああ。殴られっぱなしってのも性に合わないんでね。それに、アクシアが居る。俺がまたおかしくなってもアイツが止めてくれるだろうし、俺もアイツが危なくなったら助けてやりたいんだ。」
パターソンは今まで多くはないが能力者の力の大きさを少なからず実感していた。彼らと本気で対峙することの恐ろしさと難しさを考えると止めることがローレンのためになるのかもしれなかった。
でも、ローレンの真っすぐな目と力強い言霊はパターソンのそんな不安を見事に打ち消した。
「そっか...うん。ごめん。要らぬ心配だったな。私もいつでも力になるからね。」
「おっけー。直ぐに呼ぶわ! 」
お互いに笑顔が戻ったところで、パターソンが五課のオフィスに戻ろうとした時だった。
「パタ姐! パタ姐はAdeNに来ないの? 」
ローレンが投げ掛けた言葉にパターソンの足が一瞬止まる。
「...うん。」
別に
結果、ローレンに背を向けたまま短い一言を残して、パターソンはオフィスへと戻ることとなった。
一足先にオフィスに戻っていたパターソンに続いて、ローレンが戻ってきたところでオリバーが四人全員に向けて声を掛けた。
「どうやら全員揃ったようですね。では、みんな大好きお仕事の話を始めましょうか。」
そう言うと、オリバーは全員のデスクに何枚かのコピー用紙がまとめられた資料を配っていった。
「なんすか? これ? 」
資料を受け取ったローレンは、早速パラパラと中身を確認し始めた。
「どうやら何処かの平面図や立面図のようですねー。」
パターソンの隣に座るレオスも興味深そうに資料を眺めていた。
「これはですね。ある犯罪組織が潜伏していると思われている場所の資料です。」
「は、犯罪組織!? 」
パターソンが驚きの声をあげていたが、正面のアクシアは事前に知らされていた故に冷静にオリバーを見つめていた。
「久々にちょっと危ないお仕事になりそうですのでしっかり聞いてくださいね。明日、ここを五人で制圧したいと思っています。チームはローレン、アクシア君ペアとレオス、レイン君のツーマンセルで行動して頂きます。私は単独で指示をしながら行きます。」
オリバーは資料を交えながら細かな配置場所、侵入経路をチーム毎に説明していくと、彼の真剣さがしっかり伝わったようでパターソンたちも真面目に資料と向き合いながらオリバーの考えた作戦を頭に叩き込んでいった。
「何か質問はあるかな? 」
「俺は大丈夫かな。」
一通りの説明を終えてオリバーが四人に尋ねると真っ先にローレンが返事をした。
「私も大丈夫ですね。これぐらいのことを記憶することなど科学の計算式を解くのに比べれば造作もない事なんですねー。」
オリバー以外には誰も見ていないにも関わらずにキメ顔で次に答えていたのはレオスだった。
「素晴らしいですね。アクシア君とレイン君も大丈夫そうですか? 」
「完璧っすね。」
「私も問題ない。」
アクシアとパターソンもはっきりとした声で返事をしたのを聞いたオリバーは静かに頷く。
「それでは、今日は解散です。明日は忙しい一日になるはずです。今日はゆっくり休んで下さい。」
オリバーの締めの言葉を合図に四人は思い思いに立ち上がっていった。
用意していたパイプ椅子に眠っている葛葉をロープで縛り付け終えると不破は額の汗を拭った。
「これで良しと。」
「お疲れ様。僕の狙撃はうまく行った? 」
部屋の入り口から不破に声を掛けてきたのは叶だ。
「流石かなかな。そりゃもうパーフェクトショットよ。」
不破は叶に向かって満面の笑みでグッドのハンドサインを送った。
「それにしてもさぁ。葛葉が裏切り者だったとは意外だったよ。」
叶が眠ったままで椅子に縛り付けられた葛葉に冷たい視線を向けていた。
「確かに。まぁ、こっちは俺に任せてよ。しっかりお仕置きするからさ。」
そう言うと叶に向かってウインクをした不破は部屋の扉を占め外から鍵を掛けた。
「オッケー。じゃあ僕は
「ああ。頼んだよ。かなかな。」
去り行く叶の背中に不破は笑顔で手を振りながらポツリと呟く。
「...王手飛車取りっと。」
帰宅したパターソンが明日に備えて早めに寝ようと考え、シャワーでも浴びようかと考えていた時だ。
スマホに一通のメッセージが届いた。それはSNS経由でオリバーからのものであった。
『夜分遅くに申し訳御座いません。どうしてもレイン君にお願いしたいことがあるので、レイン君と初めて会った場所に今から来て頂けませんか? 』
初めて会った場所...?
それなら自宅を出て直ぐの路上だったはず。
あそこなら直ぐに行けるだろう。
『分かりました。五分以内に向かいます。』
パターソンが返事を送って、身嗜みを整えていると再びスマホの着信音が鳴った。
『ありがとうございます。車でお待ちしております。』
オリバーからのメッセージを確認してからパターソンは家を出て目的の場所へと向かった。