次の日、パターソンは非常勤職員と言う形で『公安第五課』へと出勤していた。
「おはよーございまーす。」
元来、朝は得意な方ではなかったんのだが、無職時代にパチンコ屋通いのお陰で幾分かは鍛えられていた。
「おはよう。レイン君。」
彼女に返事をしたのはオリバーだった。今日も変わらず四人が見渡せる場所から爽やかな笑顔を皆に向けていた。
パターソンが着いたのは八時半頃だったが、ローレン以外のメンバーは既にデスクに座っていた。
彼女の対面に座るアクシアは缶コーヒーを片手に何やら書類に目を通しており、右隣にいたレオスも何やら慌しそうにパソコンで何かを入力していた。
「...っまーす。」
何を言ったのかは分からなかったが、あからさまに眠そうな表情をしたローレンが部屋に入ってきた。
オリバーとパターソンだけが返事をする中でローレンはデスクに座るなり、すぐにデスクに顔を埋めてしまった。
本当に自由で素敵な職場だなと心の中で精一杯の嫌味をぶつけていた。
特に仕事の指示も出ていないので、パターソンはデスクの引き出しにしまっておいたファイルを取り出した。
自分が体験した奇妙な出来事が他で起きているなんて思いもしないことだった。
記事の中には動画配信を視聴していた目撃者のインタビューも載っていた。
『急に何もないところからナイフが出てきたんです』
この視聴者Aの気持ちは痛いほどパターソンには理解できた。
「ああ...この事件かー。」
「きゃっ! 」
パターソンは記事に集中していて後ろで記事を覗き込んでいるレオスに全く気付かなった。
「君が何でこの事件の記事を見ているんだ? 」
「えーと...何と言うか...ヴィンセントさんも知ってるのか? この事件。」
レオスは眼鏡のブリッジ部分をクイッと人差し指で持ち上げた。
「まぁね。科学者として何もない空間に物質が突然現れて人に刺さる事象を解明する楽しみって言ったらないだろう? 」
「はぁ...。犯人の正体とか理由は知りたくないんですか? 」
「レイン君。科学というものは『
そこでレオスは一度言葉を止めて、記事からパターソンの顔へと視線を移した。
「わ、私なのか!? 」
「そうなんですねー。君はもっと『
「すいません。」
レオスが熱っぽく早口で何かを説こうとした時だった。部屋の出入り口の方から聞き慣れない声が聞こえてきた。
ローレン以外のメンバーがそちらに顔を向けると、そこにはスーツを着ている眼鏡の小男が立っていた。
「こちらが『公安第五課』でよろしかったでしょうか? 」
「ええ。間違いないですが、失礼ですがどちら様でしょうか。」
そう言いながらオリバーが立ち上がり、男の方へと近付いて行った。
「わたくしは
脇村は丁寧な口調で胸ポケットから名刺を取り出すとオリバーへと差し出した。
「は、はぁ...。まあ。こちらで詳しく聞かせてください。」
名刺を受け取るとオリバーは脇村を応接用のソファへと誘った。
二人がソファで話し始めて十数分が経っていた。
オリバー以外は相も変わらずに自由に過ごしていた。
ローレンはいびきをかきながら眠っており、アクシアはPCモニターを使ってゲームを始めてしまっていた。
遊んでいるのはローレンと遊んでいたFPSゲームのようだ。
レオスも奥の実験部屋へと姿を消してしまい、パターソンは先ほど彼が言いかけた言葉の続きを聞きそびれてしまっていた。
一人になってしまったパターソンは自分のデスクの上に用意されていたデスクトップパソコンを起動させた。
事前にオリバーから教えられていたログインIDとパスワードを入力すると無事に立ち上がった。
デスクトップは幾つかのアプリが入っているだけでスッキリとしたものだった。
取り敢えず、インターネットで先月末発生したという配信者の刺殺事件を調べてみることにした。
事件発生から一か月程しか経っていなかったため、取材記事やまとめサイト、個人による考察のページやら多くのページを見つけることが出来た。
パターソンはその中の被害者の経歴などがまとめられたページを開こうとマウスを動かした。
「レイン君! 」
その時、デスクの向こうにある応接用ソファにいたオリバーが声を掛けてきた。
「はい! 何でしょう。」
少し驚いた様子で立ち上がったパターソンを見たオリバーは「こっちへ」と言うと彼女に向かって手招きをしていた。
パターソンが首を傾げながらもソファの方へ向かっていると、オリバーはキョロキョロと辺りを見渡してから実験部屋に狙いを定めた。
「レオスくーん! 」
パターソンを呼んだ時よりも少し大きな声を聞いたレオスが部屋から顔を出した。
「なんでしょう? 」
オリバーはレオスにも同じように手招きをしてレオスをソファの所へ呼んだのだった。
ソファは二人掛けだったので、オリバーとレオスを座らせ、パターソンは傍に立つ形で話が再開した。
「二人とも『
オリバーがそう言いながら一枚の写真を二人の前に置いた。
写真には白い長い髪を後ろで結んだ制服姿の可愛らしい女の子が写っていた。
「いや。僕は見たことも聞いたこともありませんねー。」
レオスはあからさまに興味の無さそうな表情で写真を眺めていた。
「私は以前に動画配信サイトで名前を見たような気もするんですけど...。」
パターソンは無職の間、暇な時間は動画配信サイトを良く見ていた。その時に配信自体を見たことはなかったのだが、そんな名前を見かけた記憶があった。
「おお。レイン君の言う通りで彼女は動画配信サイトで配信者として活躍している子なんだ。」
「課長。それがどうしたんですか? 」
早く実験部屋に戻りたいのか、レオスが急かす様にオリバーに尋ねた。
「実は彼女には
「不思議な力? 」
パターソンがオリバーの言葉を疑問符を付けてオウム返しすると、対面に座っていた脇村が口を開いた。
「そうなんです。課長さんにはお話したのですが、彼女は我々の間で『預言者』と呼ばれているのです。」
「ほぅ。『預言者』ですか。」
その単語にレオスの目には見えない触角がピクリと反応したようだった。
「ええ。元々彼女は配信内でも豪運として知られていました。それも一度や二度ではなく、確率も尋常ではないものでした。それを見ていた一人の若者が面白半分で自分が選挙に出るタイミングと地域の選択を彼女に委ねてみたんです。その若者が彼女の言う通りにしてみると選挙経験や地盤も無かった若者が見事に当選してしまったのです。」
「へー。でも、運が良かったってだけじゃないのか? 」
腕組みをしながら話を聞いていたパターソンも興味あり気に脇村に尋ねた。
「そうですね。しかし、その話を聞いた数人の議員や議員志望の人物たちが次々に彼女の元を訪ねた。そして、漏れなく全員が当選することとなるのです。」
「全員がか!? 」
パターソンの驚いた様子を見た脇村はなぜか満足気な笑みを浮かべながら話を続けた。
「ええ。
「凄い事は分かったのだが、それが我々と何の関係があるんだ? 」
「レイン君。それが出来てしまったんだよ。脇村さんの話によると彼女は数日前に襲われたらしいんだ。怪我などはなかったことと彼女からの申し出もあって、警察には通報しなかったらしいが、心配になった海泉議員が警察関者のお友達に相談した結果、我々の元へやってきたという訳なんです。」
オリバーが話し終わると脇村は急に立ち上がると三人に向かって深々と頭を下げた。
「お願いします! 私たちは彼女を失うわけにはいかないのです。どうか彼女を守って、首謀者を突き止めては頂けないでしょうか。」
突然の事に呆気に取られていたレオスとパターソンにオリバーが笑顔を向けた。
「と言うことなんで、君たちには彼女の身辺警護をお願いしたいんだ。」