AdeN(エデン)~公安第五課~   作:夏野 雪

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会者定離(結) -中編-

 真っ暗な闇の中で少女は、一人寂しそうに微笑んでいた。

オリバーが手を差し伸べようとすると彼女の足元から炎が立ち昇り、あっという間に彼女を包み込んでしまった。

 

()()()()()? 』

 

炎の中でも彼女はその笑顔を崩さない。その笑顔は猟奇的にも、神秘的にも見える。

 

『やはり()()()()()()? 』

 

高く立ち昇る炎はすぐに消えるも、もうそこには彼女の姿は見当たらず暗闇だけが何処までも広がっていた。

 

マタ、ウシナウノカ?

 

レオスの制止も聞かずにオリバーは不破とパターソンへ向かい走り出していた。

不破もその気配に気が付いようで顔を上げたのだが、無鉄砲に飛び込んでくる相手に対して、何をするでもなく穏やかな表情で見つめるだけだった。

 

せんせー!

 

彼女がそう叫びながら廊下を走っていたようにオリバーも一直線にパターソンの元へと走っていた。

彼女が自分の背中に飛び込んできたように不破に飛び掛かろうとしていた。

その時、一発の銃声が三階フロアに響く。

そして、銃声と共にオリバーの体は冷たい床へと倒れた。

「へー...やるじゃん。」

倒れたオリバーをワクワクしながら眺めていた不破は少し残念そうに呟いた。

オリバーの体は確かに床の上に倒れていたのだが、彼は叶の放った弾に撃ち抜かれたわけではなく、別の第三者の力によって倒されてしまったのだ。

彼の下半身に重なるようにしてもう一人、床に倒れている人物がいた。

それはレオス・ヴィンセントだった。

オリバーの後を追って走っていたレオスは僅かに早く銃声に反応し、オリバーの体をアメフトのタックルの要領で倒していた。

予想外のレオスの行動により、流石の叶の魔弾もオリバーを捕らえることが出来ずに空振りに終わってしまったのだ。

「レ、レオス君...? 」

その突然の出来事は我を忘れかけていたオリバーの思考に冷静さを取り戻すことにも成功していた。

「はぁー...まったく。」

そう言いながら立ち上がったレオスは放心して倒れたままのオリバーへと手を差し伸べた。

オリバーも無言のままに彼の手を掴み、立ち上がった。

次の瞬間。

立ち上がったオリバーに対して、レオスは何も言わずに力一杯に自身の右手の握り拳をオリバーの右頬へとぶつけたのだ。

「わお。」

様子を見ていた不破からも驚きの声が漏れる。

立ち上がったばかりのオリバーの体が情けなく再び床へと倒れてしまった。

「っつー...何をするんですか。」

口の中に広がる血の味を噛み締めながらオリバーが顔を上げると、レオスも右手が痛かったのが苦痛の表情で右手の甲を自分自身で優しく擦っていた。

「痛たた...って、オリバー君。君がここまでのおバカさんだとは思いませんでしたね~! 」

「なっ!? 」

レオスは右手の痛みに若干表情を歪めてはいるものの、至って冷静でいつも通りの鬱陶しい言い回しと高飛車な態度は健在で、そのことが逆に今は不思議とオリバーへ安心感を与えていたのだった。

「私を始め、五課の人間は君の手腕に命を預けているんですよ。そんな立場にいる君がレイン君やローレンのように突っ走ってどうするんですか! 」

「...レオス君。」

レオスとは違った方向で弁が立つオリバーではあったのだが、レオスに返す言葉を見つけることが出来なかった。

「『人生はできることに集中することであり、できないことを悔やむことではない』。彼の偉大なるスティーブン・ホーキング博士の言葉です。今のオリバー君にとって、この世で一番重要なアドバイスですよ。」

人を殴ることに不慣れな仲間の拳と言葉はオリバーが見ていた幻影をすっかりと消し去っていた。

何も言わずにレオスは再度オリバーに向けて手を差し伸べると、オリバーもまた何も言わずにその手を掴み立ち上がった。

「これで指が折れていたら労災申請しますからね。」

立ち上がったオリバーの表情にいつもの余裕が戻っているのを見たレオスは自身の少し腫れた右手をワザとらしくオリバーへと見せつけた。

「ええ。構いませんが、今は()()()()()()()()()()()()()()。」

完全に調子を取り戻した様子のオリバーは、一度呼吸を整えてから不破たちへと向き直った。

すると、それを待っていたかのように不破の腕の中で倒れていたパターソンがフラフラとよろめきながら立ち上がったのだ。

だが、どこかお様子がおかしい。

パターソンは右足から出血しているとは言え、余りにも無防備に不破の横に立ったまま動かなかった。

不破も不破で彼女に危害を加えたり、逃げる素振りも見せずにパターソンを抱きかかえていた片膝を立てた態勢のまま動こうとしていない。

「レ、レイン君? 」

パターソンの傍に居る不破の能力をオリバーは知っていた。

とある一本の『()()()()()()()』がオリバーの頭の中を過る。

無表情のままオリバーたちを見つめていたパターソンの口がゆっくりと動いた。

「彼らを追い払えば良いんだな。不破っち。」

最悪なシナリオの舞台の幕が上がった。

 

 

 三人が対峙している階段には天宮のすすり泣く泣き声と弱く、穏やかになってきた雨音だけが反響していた。

「なるほど。君があのドラゴンの()()()()ってわけかよ。こりゃ驚い。」

「違うもん!! 」

若干茶化すような言い回しをしていたローレンの言葉は天宮の力強い言葉によって遮られた。

「ドーラちゃんはね...私の大切な『家族』なんだよ。そんな安っぽい言葉で片付けないでよ! 」

小さな彼女の言葉と構えている拳銃からは、はっきりとした憤怒と殺意が二人へ伝わってきていた。

どう転んだとしても、ここからの話し合いによる平和的な解決は見込めそうにはなかった。

「そっか...でもよ、俺らだって攻撃されたら反撃せざるを得ないでしょ。俗に言う、()()()()ってやつだよ。」

ローレンの口調と言葉選びは相手を穏やかに落ち着かせるものではなく、誰がどう聞いたとしても煽っているようにしか聞こえないのだが、アクシアはそれが故意的にやっているものだと察していた。

恐らくは自分に相手のヘイトを集めようとしているのだろう。

「うるさい! うるさい! 」

駄々をこねる子供のように感情を爆発させる天宮。

怒りと悲しみの衝動に駆られた彼女の指は拳銃の引き金を引いてしまったのだ。

勿論、拳銃など撃ったことのなかった天宮のか細い腕は発射の反動に耐えることが出来ずに波打つように跳ね上がってしまう。

そんな状態で発射された銃弾が狙い通りの場所へ命中するはずもなく、アクシアたちの右側にある壁と天井の取り合い部辺りに着弾していた。

「こりゃ...特A級のスナイパーなんかより厄介だな。」

突然の出来事に見動きが取れずにいたアクシアが苦笑いを浮かべて呟く。

「ほんまそれな。どこを狙ってるか予測出来れば、何とか出来そうなもんだけど、どこに飛ぶか分かんないなんて冗談キツイって。」

そう言いながら、着弾部分の天井付近を見上げていたローレンも自嘲気味に笑っていた。

しかし、この中で一番驚いていたのは銃を撃った張本人の天宮であった。

拳銃を握る手と腕には、まだ痺れと痛みが残っていて上手く力が入らなかった。

それでも尚、天宮は痛みを堪えて二人に向けて拳銃を構え直した。

どうやら天宮の決意は揺ぎ無く、何があろうと自ら引く気は微塵もない様だ。

「何だっけ? 『()()()()()()()』って言うんだっけ? 女子供を相手にするのは趣味じゃないんだけどなぁ。」

「ローレン。それを言うなら『是非に及ばず』だろ。」

「ああ! それそれ。」

そうローレンが言い終えた瞬間だった。二人は合図も出していないのにも関わらず、寸分違わぬタイミングで拳銃を抜き、天宮に向けて発砲したのだ。

二人の動きと発砲音に驚いた天宮も一拍遅れてから一発の銃弾を放ったのだが、天宮は発砲の際に思わず目を瞑ってしまっていた。

彼女の放った銃弾は先ほどよりも更にあらぬ方向に飛んで行き、二人には掠りもしなかった。

一方でアクシアとローレンが放った銃弾は正確無比に、一直線に美しい軌道を描きながら天宮に向かう。

『ごめんな。』

天宮の銃弾が外れたのを確認したアクシアとローレンは自分たちの勝利を確信し、散り行く目の前の少女の命へ鎮魂の祈りを捧げるのだった。

 

 

 深く静かな微睡の中でパターソンは夢を見ていた。

嫌味な程に清潔で白い壁と天井に囲まれた建物の中、何人かの人間が楽しそうに話をしている。

見覚えのある面々...あれは葛葉だ。とても楽しそうに笑っている。

それに隣に居るのは不破だ。周央も。エリーも。

みんな楽しそうに談笑していた。

「なぁ? そーやよな。パタ姐? 」

自分に話を振ってきたのは椎名だ。

フッと頑丈そうな鉄格子が付いた小さな窓ガラスに自分の顔が反射して映っているのが見えた。

笑っている。自分も楽しそうに笑っている。

楽しくて、平和な時が流れている。

戻りたい...。

この時間を、空間を取り戻したい。

 

右足の痛みで目が覚めたパターソンは霞む視界の中でオリバーとレオスの姿を見つけた。

二人を見た途端にふつふつと心の奥から込み上げる怒りと対抗心がパターソンの足の痛みを忘れさせていった。

不破の腕の中から抜け出し、自分だけの力で立ち上がったパターソンは隣に居る不破に尋ねた。

「彼らを追い払えば良いんだな。不破っち。」

「...ええ。お願いできますか? 」

パターソンの言葉を聞いた不破は嬉しそうに笑いながら返事をしていた。

「ああ。任せてくれ。」

そして、パターソンもまた笑顔で応えたのだった。

手負いだとは思えぬほどに頼もしいパターソンは徐に右手を上空へ向けて高く掲げ始めた。

すると、彼女の頭の上。何もなかった空中に光の輪が現れたかと思えば、その輪の中心から小さな人間の手が伸びてきて、パターソンの右手の掌を握ったのだ。

 

パターソンが生きていたことに安堵したのも束の間、彼女の第一声にレオスは我が耳を疑った。

「何を...言っているんですか? レイン君。」

つい数十分前まで一緒に行動していた相棒の言葉に冷静さを保っていたはずのレオスも流石に動揺を隠せないようだ。

「くそっ...。やられた。」

逆にレオスによって冷静さを取り戻したオリバーは自身の考えうる中での『最悪なシナリオ』が現実のものとなっていることを確信した。

今、二人の目の前に居る人物は、間違いなくレイン・パターソンである。

だが、味方のはずの彼女は高々と右手を掲げると自身の能力を使い、頭上に出来た光の輪の中から誰かを召喚しようとしているのだ。

「レオス君! 一旦退きますよ! 走って! 」

散々人の事を振り回しておいて何を今更。と思う気持ちもレオスにはあったのだが、今は堪えてオリバーに従った方が身のためだろう。

レオスは直感的にそう理解して、オリバーに続いて急いで踵を返した。

しかし、ここはいわば敵地の本丸だ。そう易々と見逃してもらえるはずはなかった。

遠くから聞こえてくる二発の銃声。

消音器を使わない挑発的な音が響いたと思えば、あり得ない軌道で二人の踏み出そうとした足先に綺麗に着弾したのだ。

「くっ...叶か! 」

能力者たちの各データを頭に入れていたオリバーには直ぐに誰の仕業なのかが理解できたのだが、生憎と今は彼に対抗すべき策や布石は持ち合わせてはいない。

まずは、隣のレオスの無事を確認しようとしたけれども首が動かない。

気が付けば、手も足も口も動かせないのだ。

そして、背後から美しい木管楽器のような音色が流れてきていた。

『この音は...しまった! 』

オリバーの脳内のデータベースが一人の能力者の名前を導き出すと、それを整合させるためにオリバーは自身の眼球を動かそうと試みる。

やはり、動かせる。レオスを見てみると彼もまた体が急に動かなくなってしまい困惑しているのか、目玉をキョロキョロと世話しなく動かしていた。

 

この時、オリバーが想像したようにレオスは急に自分自身の体の自由が奪われたことに動揺していたが、彼にとってこれは初めての体験ではなかった。

レオスの脳内でその時の映像がフラッシュバックしていた。

あれはパターソンと組むようになってから二回目の捜査でのことだった。

庭に美しい花々が咲いている大きな洋館の地下。

可愛らしいメイド服を着こなす一人の少女との邂逅。

そう。エリー・コニファーの事件だ。

あの時も全く同じように体の自由を奪われたことをレオスは今でも鮮明に覚えていた。

エリーが何処からともなく取り出したフルートを吹き始めたら、突然体が動かなくなってしまったのだった。

そして、振り向いて確認することは出来ないけれども、今も背後から聞こえてくる音も同じ音色だ。

 

頭上に出現した光の輪の中から伸びてきた手をパターソンはしっかりと握り締めると、輪の中からは花の装飾があしらわれた可愛らしいメイド服を着た少女が現れる。

「はわわ!? あ痛たたた...。」

そのまま落下してきた少女は上手く着地が決められずに大胆に床に尻もちをついてしまった。

「久し振りだね。エリーちゃん。」

初めて間近で見るパターソンの力に見惚れていた不破だったが、見知った旧友の姿を見て優しく微笑みかけた。

「へっ? およよ! これはこれは不破様ではありませんか。何ともお懐かしいお姿で。」

エリーも不破の顔を見るなり、慌てて立ち上げるとフワリとメイド服の裾を広げてカーテシーをしながらニッコリと微笑みを返した。

二人が感動の再会を果たしている隣では、その右手にエリーの能力を宿したパターソンがフルートの演奏を始めていた。

演奏と言ってもフルートが口元に有るわけではなく、あたかも口元に透明なフルートがあるかのように虚空に口を添えているだけだった。

それなのに奏でられている音色は口笛や声ではなく、しっかりと木管楽器の音色そのものだ。

「およよ! レイン様お上手ですわー。」

透明なフルートそ奏でるパターソンの横でエリーは体を左右にゆらゆらと揺らしてリズムを取りながら、うっとりとした表情でその旋律に聞き惚れている。

エリーの能力を把握していた不破は目の前で身動きが取れなくなったオリバーたちを見つけると、辺りに遠慮することなく大きな声で笑い始めた。

「パタちゃん! ホンマ最高! さぁーて、どう料理しちゃいましょうかね! かなかなに急所を外しながら蜂の巣にしてもらうのも悪くないな...いや、パタちゃんに別の誰かを呼び出してもらうのもアリやな...。」

新たな玩具を与えられた子供のように燥ぐ不破を見つめていたエリーとパターソンは、施設での日々を思い出して懐かしく、穏やかな気持ちが込み上げてきていたのだった。

 

 

 アクシアとローレンは階段の中腹で拳銃を構えた状態で立ち尽くしたまま動けずにいた。

二人と二丁の拳銃が見つめる先。震える青髪の少女が立っていた場所には、今は誰も立っていなかった。

それは正確無比に放たれた銃弾を受けて天宮が床に倒れてしまったから『()()()()()()』と言うわけではなく、そこには誰もいないのだ。

「おい...今の見たか? アクシア。」

「ああ。見たよ。」

二人が目撃したもの。

アクシアもローレンもそれには見覚えがあった。

 

数十秒まで勝利を確信していた二人。

ある程度の覚悟は決めていたのだろう。天宮も慌てて避ける素振りも見せず、自身の負けを悟り静かに目を閉じていた。

二発の銃弾が天宮の上半身を貫かんとしていた。その刹那、大きな赤い影が物凄いスピードで天宮の背後を左から右へと横切っていったのだ。

本当に突然の出来事であった。

赤い影は天宮の背後。つまりは三階フロアに現れて、天宮を攫って行ったことになるのだが、二人の記憶が間違いなければ、影の正体は自分たちと一緒に先程まで()()()()()に居たはずなのだ。

「あのドラゴン姉ちゃん...生きてたってのか? いや、別固体か? 」

沈黙を破ってローレンがポツリと呟く。

「いや。間違いない。あの影はアイツだ。」

そう言いながらアクシアはドーラとのファーストコンタクトである、あの夜のカーチェイスを思い出していた。

あの時に見た大きな赤い影。余りのインパクトに今も脳裏に鮮明に焼き付いて離れない姿。

間違いない。

三階フロアに突如として現れて、銃弾が当たる直前で天宮を救ったのはドーラだ。

「アイツ...どうやってあの瓦礫の中から抜け出したんだ? ってか、いつの間に...。」

「分からねぇ。全く分からねぇけどアクシア。あのドラゴンちゃんが生きてて上に居るってんなら、俺らもこんなとこでヘタってる場合じゃねぇよな? 」

明らかに全身に走る痛みを痩せ我慢しているであろう引き攣った笑顔を浮かべて決めたつもりのローレンを見て、アクシアの表情からも不安や痛みが消え、いつもの明るさが戻っていった。

「...だな! 急ごう! 」

二人は残る気力をふり絞り、三階フロアへと続く階段を駆け上がった。

 

 

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