あのように強気な態度を取られると、二人は何としても見つけてやろうと思うタイプであった。
つまり、挑発行為には滅法弱いタイプなのだ。
レオスとパターソンはエリーの案内の下で『不帰の家』の捜索をすることに決めた。
静はエリーに一言二言だけ指示をすると二階にある自室へと戻っていった。
「一階には特別な部屋は御座いません。全部で四部屋です。こちらは御覧の通りの何の変哲もないリビングダイニングルームで御座います。」
三人が立っていたリビングダイニングは玄関から真っすぐに伸びた廊下の先にあり、部屋の形がL字型のようになっていた。
先ほどまで座っていたテーブルがあるエリアと隣接しているソファとローテーブルがあるエリアに分かれていて、所謂リビングダイニングと呼ばれる部屋になるのだろう。
部屋の所々に大小の可愛らしい木製のチェストも置かれていたのだが、バラバラにでもしない限り、とても人間を隠せそうにない大きさのものばかりだった。
レオスはその中の一つのチェストにランダムで近付いて行き引き出しを開けてみるも、やはりと言うべきか当然と言うべきなのか人が入っているようなことはなく、一方でパターソンも他の家具と違って花々が刺繍された鮮やかな絨毯を捲ってみたりしたものの隠し部屋や床下収納スペースの類が見つかるようなこともなかった。
「ヴィンセントさん。やっぱり他の警察官も調べてるみたいですし、本当にこの邸内には誰も居ないんじゃないのか? 」
ニコニコと微笑んだまま待機しているエリーを尻目にパターソンがレオスに小さな声で耳打ちをした。
「...メイドさん。確か玄関の方にもドアがあったと思うんですが、あそこは? 」
レオスは黙って少し考え込むような仕草を見せたのだが、それは彼女の言葉を考慮してのことではなく、自分自身の記憶を整理していただけのようだ。
「はい。こちらへどうぞ。」
エリーは玄関へと続くドアを開けて進んで行き、二人もそれに続いて進んで行った。
三人が辿り着いた玄関の前の廊下には確かに一つのドアが存在していた。
「こちらには主にわたくしが使用しているガーデニング用具を仕舞っている場所でして物置として使用しているだけなのです。」
そう話しながらエリーがドアを開けると、確かに中には青いゴムホースや小型のスコップ、シルバーのステンレス製の
物置は玄関から見て右手側、丁度リビングエリアに隣接する場所にあり、大人であれば三人ほどが頑張れば入れそうな程の広さだった。
レオスとエリーが物置内に入っていてレオスが壁などを叩いたりして確認してみたが、ここでも怪しい場所を発見することが出来なかった。
「どうやら普通の物置のようですねー。」
「だから、そう言ったじゃありませんかー。」
眉間に皴を寄せたレオスと苦笑いのエリーの二人が物置から出てみると、パターソンが物置のドア横の壁をじっと見つめていた。
「レイン君。何を見ているんです? 」
「あ。ヴィンセントさん。ここ開きそうなんですよ。」
レオスがパターソンの背後から壁を凝視してみると、確かに白い壁には黒く丸い小さなノブのようなものが付いていて、薄っすらと枠のような黒い溝があった。
彼女がそれを手前に引っ張ってみると、そこには幾つかの女性物の靴が並んでいた。どうやら只の靴箱のようだ。
その靴箱は五段分、横に並べて二足入れられるようになっていたのだが、スニーカーやヒール、パンプスなど八足分が収納されているだけだった。
「なんだ...ただの靴箱じゃないですかー。」
はぁーと短い溜息をつくレオスと違って、パターソンは靴箱を見た時に何か
『なんだろう...。』
目の前にあるのは何の変哲もない靴箱のはずなのに、何かがおかしい様な気がしてならなかった。
「ああ! 」
突然声を大きな声を上げたのはエリーだった。レオスとパターソンは何事かと驚きの顔でエリーの方へと振り返ったのだが、靴箱に集中していたパターソンからは驚きの余りに小さな悲鳴も上がっていた。
「はわわ! も、申し訳ございません。突然大きな声を出してしまって...。あの少しわたくしにお時間を頂いてもよろしいでしょうか。」
二人の視線で我に返ったエリーが慌てて頭を下げると、先に調べた物置の中へと入っていった。
唖然とした様子で二人が眺めていると物置からシルバーの如雨露を手にした笑顔のエリーが出てきたのだった。
エリーの後を追って二人は庭に出ていた。
彼女は楽しそうに鼻歌交じりに紫陽花に水やりをしていたのだが、先程の叫び声は水やりの時間を思い出したことによるものだった。
パターソンはエリーのすぐ傍で気持ち良さそうに水浴びをする紫陽花たちを見つめていた。
近くで見ていて改めて思うが、本当に綺麗な色をした紫陽花だった。
家を取り囲みようにして立つ身の丈程の白い塀に沿うようにして三メートル程の距離で青と紫色の紫陽花が植えられていた。
緑の芝生の庭には他にも白や赤、黄色などといった名前は分からぬものの可愛らしい花々が植えられていたのだが、どれも活き活きとしているのを見るにエリーが如何に大切に世話をしているかというのが伝わってくるようだった。
紫陽花の近くに立つ二人から少し離れた所で地面に屈みこんで芝生を撫でていた。
「これじゃあ...無理ですねー。」
小さく呟いたレオスの声は二人には届いていないようだ。
定時の水やりを終えて三人は室内へと戻ると、一階の残りに部屋であるキッチン、風呂場、トイレを隈なく調べるも人を隠せるような場所を見つけることは出来なかった。
「残るは二階ですねー。」
レオスが見上げている二階へと続く階段は風呂場とトイレが並んでいる廊下の奥にあるのだが、この廊下はリビングの奥にあるドアから行くことが出来た。
エリーを先頭に二階へと上がると二階には丁字に伸びる廊下に面して六つのドアが見えてきていた。
階段を上がった正面に二つ。もう一方の伸びた先には左右に二つずつの計四つのドアがある。
「正面にあるのがトイレと物置です。そして、曲がった先にあるのが私と静様のお部屋です。」
「残りの二つの部屋はどうなってるんだ? 」
パターソンは丁字部分を曲がり、四つのドアを興味深そうに順々に見渡しながらエリーに尋ねると彼女は廊下左側手前のドアを開けた。
「ご覧の通りに空き部屋になっています。この隣が静様の部屋です。向かい側はわたくしがお借りしている部屋です。その隣の部屋も空き部屋になっています。」
エリーが開けた部屋は家具など一切置かれていない空間だった。もちろん人が隠れるような場所もなかった。
そのまま廊下右側奥の空き部屋も見てみると同じように何もない空間が広がっていた。
「なるほどですね。エリーさん。申し訳ないのですがエリーさんの部屋も調べさせてもらってもよろしいですか? 」
「はわわ。お、お恥ずかしいですが、隠すような物もありませんので構いませんよ。レオスさん。」
空き部屋から少し顔を赤らめたエリーと一緒に二人は隣の彼女の自室へと向かって行った。
エリーの部屋は実に可愛らしい部屋だった。
ベッドの傍らには大小のぬいぐるみが置いてあり、部屋のインテリアは花柄で統一されていた。
「可愛い部屋だねー。私とは大違いだな。」
恥ずかしそうに顔を赤らめたまま下を向くエリーの横で雑誌や脱ぎ散らかした衣服が点在する自室を思い出しながら思わずパターソンが呟くとレオスは静かに首を横に振った。
「君は『
「ん。どういう意味だ。」
レオスはパターソンの言葉を無視して、引き続き室内を見渡していた。
当然のことながら令状などが有る訳ではなく、飽くまで任意で確認させてもらっている現状であれやこれやを動かしたりして開けたりすることは出来なかった。
それでも、やはり四人以上の人間が隠れられるような場所は間取り的にも無さそうな事は確かだった。
パターソンとレオスはエリーの部屋を出ると、残す一部屋の前にやって来た。
それは家主である静の部屋の前だ。
レオスがノックをすると、すぐに中から静が現れた。
「あら。刑事さん。どうでした? 面白いものは見つかりましたか? 」
「いえ。素敵なお庭と綺麗なお部屋しか見つかりませんでした。あとは貴女のお部屋を見せていただければ終わりなんですけどねー。」
静の挑発的な言葉と微笑みに負けることなくレオスが優しい笑顔で応戦していた。
「そうですか。では、どうぞ。」
そう言うと静は部屋のドアを開いて、二人を室内へと招き入れた。
「わたくしはこちらでお待ちしておりますね。」
エリーは部屋の外で待機するようで、一礼をすると二人をその場で見送ったのだった。
静の部屋に入った二人が感じていたことは、恐らく同じようなことだっただろう。
『何もない』
室内には皴一つない清潔感溢れるシーツが敷かれている窓際に置かれたベッドと部屋の隅にある木製の書斎机。
机の上にも本が一冊乗っているだけで、それ以外に見る限りでは何も乗っていなかった。
あと部屋に見当たる物と言えば、カーテンぐらいしかない。
物が無さ過ぎる。その部屋には余りにも生活感が無さ過ぎたのだ。
「気の済むまで調べて貰って構いませんよ。」
立ち尽くす二人の正面の窓の傍に立つ静は勝ち誇ったように満面の笑みを浮かべていた。
不帰の家の玄関でエリーにお礼と別れを告げてから二人は夕暮れの住宅街の中を歩き出した。
「見つかりませんでしたね。京子さん。」
「そうですねー。まぁ我々が『
そう言いながらレオスが指さしたのは住宅街の外れにあった一軒のコンビニだった。
コンビニの前に着いたレオスは軒先に設置されていたスタンド灰皿の前に直行して、ポケットからお気に入りの煙草を取り出すと美味しそうに吸い始めた。
我慢していた反動なのか、あっという間に一本目を吸い終えると二本目に火を着けていた。
暇を持て余していたパターソンは彼の顔をぼんやりと観察していたが、本当に幸せそうに煙草を吸うんだなあ。と呆れ半分、関心半分の気持ちになっていた。
ぼんやりと眺める彼の顔の先でコンビニの自動ドアが開いて中から人が出てきてたり、入ってきたりしている。
時間帯的に学校帰りや仕事帰りの人々が入れ違いに行き来していた。
「ああ...そうだったのか。」
何も考えずにその光景を見ていたパターソンの記憶の中に残っていた一つの疑問の答えが出てしまったのだった。
「ヴィンセントさん! 」
「ああ。はいはい。これで終わりますから。」
「そうじゃない! 戻りましょう。あの家に! 」
レオスは煙草を咥えたままでキョトンとした顔でいきなり興奮しだしたパターソンを見つめていた。