魔王がヒモになりまして 作:まりとっつぉ
「勇者ちゃ~ん。世界征服諦めるから、養って♥」
「は???」
暗雲立ち込める天の下。
魔王城の最上階で私が受けた呪いは、世界平和を天秤にかけても釣り合わない最悪なものだった。
ホース先の散水ノズルから吹き出た水が、丹精込めて育てているハーブや花々にキラキラとした水の粒を纏わせる。通りすがりのセイレーンとウンディーネの眷属がそれを見てキャッキャとはしゃぎ、戯れとばかりに虹を作ってどこかへ消えていった。
私はそれを微笑ましく見送ると、さてと一息ついて午前中の仕事を頭の中で組み立て始める。
田舎ではあるが、近くのダンジョン目当てに冒険者が立ち寄るためこの町はそこそこ賑やかだ。おかげさまで小さいながら、雑貨屋兼酒場の我が店『すずき屋』はなかなかに忙しい。無駄にしている時間などありはしないのだ。
が。そんな私に呑気かつ気だるそうな、忌々しい声がかけられた。
「みっちゃん、みっちゃ~ん。今日のお昼ご飯なに? 俺、ハンバーグ食べた~い」
間延びした話し方が気に食わないし、内容はもっと気に食わない。
もう正午手前だというのに、今さら起きてきた居候の図々しいリクエスト。それに対し私の声は永久凍土のごとく冷え切っている。
「真昼間から手間のかかるもんリクエストしてくる神経どうなってんの?」
「え、手間? 肉こねて焼くだけじゃーん。夜の仕込みついでに、ちゃちゃっとさ。作れるでしょ? あ、ソースはケチャップ入った甘いやつね。粒マスタードも欲しいな。付け合わせはジャガイモ希望。ニンジンはいらなーい」
「ぶっ飛ばすぞごく潰し」
「ごく潰しなんて酷いなぁ。もっと敬って? 俺、君のご主人様よ~」
「死ね」
「ストレートにひどい!」
いちいち正面から相手をするのも馬鹿らしいため脳死で口から出てくる罵倒で受け流そうにも、相手の方が上手だ。私を的確にイライラさせてくる。
こんな物が元魔王だなんて、部下の奴らはさぞ苦労したに違いない。今現在その負担は全て私にのしかかっているわけだが。
「昼飯はラーメンだ」
「生麺? 乾麺?」
「生麺」
「え~。俺、今日は乾麺の気分! たまに生麺より食べたくなるよな、ああいうの」
「賞味期限が近いんだよ文句言うな喉にメンマぎちぎちに詰め込むぞ」
「やだ、みっちゃんわすれちゃったの!? 俺がメンマ嫌いなの知ってるでしょ! あの食感きら~い。まず~い」
「メンマ美味いだろうが!!!!」
「ここ一番の声量」
好物を貶されたことに苛立って思わず散水ノズルを握りつぶしてしまった。砕け散った散水ノズルからホースの水が吹き上げ、私の体が頭からつま先まで一瞬でびしょびしょになる。ぴったり肌に纏わりついたシャツが気持ち悪かった。
クソッ!! 最悪だ!!
しかもこの男、更に私を苛立たせる気らしい。
「え……ッ。なに、どうしたの? いきなり濡れ濡れすけすけになって! もしかして俺誘われてる!? やだーもー。しょうがないんだからぁ~。みっちゃんのえっち~。でも俺、お誘いは断らないぜ。どうする? お風呂からいちゃいちゃする? それともこのままベッド行く? だったらもうここでぬいじゃおうか! 家の中濡らしたくないだろ? あ、みっちゃんはいっぱい濡れてくれると嬉しいんだけど~」
「…………」
私は無言で腕を天にのばして手を掲げた。するとそこに晴天から霹靂のように閃き落ちてきた何かが収まる。
――――
使命と共に与えられた、勇者の剣。私はためらいなくそれを振り上げ全魔力を集中。必殺の構えをとる。
私は我ながら寛容な方だと思うが、店先で大声でぶちかまされたセクハラについては許容できない。こいつが……こいつがこんなだから、ご近所さんに誤解されるのだ!!
『ミモザちゃんの彼氏、ひもなの? 大丈夫? 早く別れた方がいいわよ』
ここ数カ月で何回言われたと!! 別れる以前に恋人でもなんでもないが、追い出せるものならさっさと追い出している!! それが出来んから頭にくるのだぁ!!
「くたばれこのごく潰しの邪悪がぁぁぁぁぁぁぁ!」
必殺技の名前はあれど、要はあれは気合入れなのだ。今の私にとってはそれを口にするより、罵倒と共に剣を振り下ろした方がよほど威力が出る。
しかしもっさりとした黒髪に覆われた鬱陶しい頭を勝ち割る前に、剣は見えない壁に受け止められたように静止。込めた魔力は紫電をまき散らしながら全て周囲に拡散され、威力もくそも無くなった勇者の剣は跳ね返された。その反動で私は無様にも地面に尻もちをつく。
「………………」
あまりのみじめさに呆然とした。
体はびしょ濡れ。全身全霊で放った天をも割ると湛えられ多くの魔物を屠ってきた攻撃は憎きごく潰しの頭を割るどころか畑の土ひとつも耕せないような有様ではじかれて、尻もちをついた。
今は呆然と、無駄に縦に長い図体で私を見下ろしせせら笑う男を見上げている。
「ミモザも懲りないねぇ。俺に攻撃しても、届くはずないのに。っていうかさぁ。ご主人様にそんなことしちゃ、ダメじゃん? ねえ。そういう契約だもんなぁ」
しゃがんで頬をつんつんとつついてくる奴に、ブチンッと堪忍袋の緒が切れる音がした。ちなみに二度目だ。一度目は必殺技前にキレ済みである。必殺できなかったが。
「………………」
「え? あ、うべ。いででででででででででででででで!? ひゃめて、ほういう
「通るからやってんだよォ!!」
留まるところを知らず煽ってくる男の両ほほに手を添えてぎりぎりと抓る。到底私が感じている屈辱を発散するに足りないが、勇者の握力、膂力を舐めないでもらおうか。出来る事なら肉をねじり切ってやるわ。
……まあこの男もかつて魔王と呼ばれていた身なので、体は人間などより遥かに頑強。この程度で肉が引きちぎれることはないだろう。残念だ。
何故こんなことになっているのか。
思い出すには、この私……鈴木ミモザが、まだ勇者と呼ばれていた頃まで時間を遡らねばなるまい。
それは、まだほんの数か月前のことだ。
・鈴木ミモザ:元勇者らしい。昼間は雑貨屋、夜は酒場として経営している『すずき屋』の店長。
・ヒモ:元魔王らしい。チャラい。ごく潰しのニート。セクハラがひどい。