魔王がヒモになりまして 作:まりとっつぉ
「空から剣? うける。勇者じゃん」
「だから勇者を探していると……」
鍋から味のよくしみたおでんを盛りながら、カウンターで交わされる会話に気が気でない私である。
現在は夕方。酒場の営業は始まっており、ぶどう色の宵に染まり始めた空の下、ちらほら客が集まってきている。といってもその数はそこまで多くない。この店は町の中心部にあるような賑やかな大衆酒場と違って、その喧騒から外れて静かに飲みたい客が訪れるのだ。そもそも店の規模が小さいし、私一人で回しているしな。これくらいでちょうどいい。
「…………」
「あ、すいません」
「おいおい、金払ってるのにすみませんとは謙虚な奴だねお兄さん」
「礼儀だろう」
接客業にも関わらず不愛想に無言で注文の品を出した私にも、のんべんだらりとうざ絡みしてくるごく潰しの酔っ払いにも丁寧に言葉を返すのは白髪の青年だ。綺麗な青い瞳も相まって、清廉潔白を絵に描いたような見た目である。それとの対比で余計に隣の黒い塊がゴミに見えるな。
「みっちゃん、なにか酷いこと考えてない?」
ゴミが何か言ってるがあいにく私はゴミ言語に通じていないのでな。何を言ってるか理解できない話しかけんな。
現在店のカウンターに座っているこの青年は、共に魔王を倒す旅をしていた元仲間である。その魔王が今彼の隣に座っているし、目の前でおでんを出している私が彼の探している元勇者だと知ったらこの青年はどう思うだろうか。絶対に言わんが。
「あの人は絶対に生きていると、僕は信じています。素顔も知らないしあまりしゃべらない寡黙な人だったけど、優しかった。僕はあの人に救われた。だからこうして、あの人を探して旅をしている」
(救う? なんかしたっけ……)
「へぇ~。健気だねぇ、泣けるねぇ」
よよよと泣きまねをしているあのゴミを今すぐ処理したい。が、この苛立ちのおかげで動揺を隠せている部分もあるので、それも出来ないというジレンマだ。あと君もチャラついた酔っ払い相手に真面目に身の上話をするな。
「わずかな魔力の軌跡を追って、ようやくここまで来て……さっき勇者の剣が呼び寄せられるのを見て、やっと見つけたと思ったんだが……」
「残念だなぁ、見間違いで。ありゃ普通に雷だよ」
「むう……」
唸りつつ肩を落とすと、慣れない手つきで箸を使いおでんをつまみはじめた。様子からして、がんもどきが気に入ったらしい。
先ほど声をかけられたときは、さすがの私も驚いた。問いかけに知らぬ存ぜぬを貫いて、ごまかすために「飯でも食ってけ」と店内に招いたら気づけば青年の横にはごく潰しひも野郎が陣取っていた。そこから奴が店の酒を飲んだくれ、若人に絡み始めて早数時間である。
他の客も増えてきた中、ぴしっと姿勢よく座っている白い青年は目立つ。確か十八だったはずだが、酒は飲まないと言っていたな。酩酊してくれたら、私ももう少し気を抜いて接することができるのだが。
「ハサトだっけ? このあとどうすんの」
「本当に見間違いだったか分かりませんし、しばらく町に逗留してこの辺りを探そうと思います」
「だから見間違いだって」
「念のため、ですよ」
もっもとちくわを頬張る青年……ハサトに心の中で「すまん」と頭を下げる。私は勇者関係のしがらみ全部切り捨ててのんびり店しながら暮らしたいんだ。適当なところで諦めて、お前も好きに生きてくれ。
私は多少の罪悪感を「おまけだ」と煮卵を追加してやることで清算した。うん、私の正体に永遠に気づくことなく帰ってくれな。
「いやぁ、神官クンのご登場とはびっくりしたねぇ」
店じまいの後、「遅くまで申し訳なかった」と申し訳なさそうに頭を下げるハサトを見送った。いや、謝ることないだろ……よくこの酔っ払いに絡まれ続けてくれたよ……。
それにしてもこいつ、ハサトの職業知っていたのか。
「お前はいつまで飲んでるんだ」
「おちゅまみ欲しい」
「…………」
「痛い痛い痛い」
さんざん飲んで食った後だというのに、更に図々しく要求をしてくるヒモ野郎のもさもさ頭を根元から掴みギリギリと引っ張る。痛いようなら何よりだ。
ため息を吐き出し、もう片付けは明日にしようと私も酒を口にする。
「みっちゃんって、結構豪快だよね。瓶飲みですか」
「うっさい」
自分用の酒瓶に直接口をつけて飲みほしていると、にやにや笑いのヒモ野郎が今度は私に絡んでくる。マジでうざい。
そういえば、数か月一緒に過ごしているがこいつの名前知らないな。興味もないが。
「ああ~、もう。なんで探すかな。それに魔力の軌跡……? そんなもの残ってたのか」
「それについてはあいつが変態。普通気づかないって」
「変態言うな。いい子なんだぞ」
「ふ~ん」
あれだけ楽しそうに絡んでたくせに、今はどこかそっけない。たいがい気まぐれだなこいつも。これが猫とかなら可愛いんだけど、あいにく我が家のごく潰しは可愛くない。せめてもっと縮まないものか。
「ま、そのうち町から出ていくでしょ」
「楽観的~」
けらけら笑いながら、奴は勝手に私の酒瓶を奪って口をつける。
「あ、コラ!」
「いいじゃん。かわりにこっちあげる~」
言って、自分が飲んでいた酒のグラスを差し出してくる。これ以上言っても余計に疲れるだけなので、渋々それを飲み干した。やけ酒だ。
「はぁ……」
本日二十回目のため息をつき、この奇妙な共同生活数カ月目の一日は今日も終わる。