透けブラ事変   作:なごみムナカタ

4 / 10
離陸→山肌→山頂→胴体着陸→×目的地

事故原因:急な成長……ではなく飛行空域の誤認


透けブラ事変4

 カマクラに餌をやり、兵たちを元の配置に戻して痕跡を消した俺は、ようやく部屋へ戻って人心地つける。

 

「⁉」

 

 自室の扉を開いた先で見たものは、ベッドに座ってそのまま突っ伏したような川崎の姿だった。文字通り倒れたような姿で、雨に打たれ過ぎて体調を崩したのかと心配になり、慌てて駆け寄る。

 

「川崎⁉ 大丈夫か、おい! しっかりしろ!」

「⁈ あ、ひきが…………⁉」

 

 俺は川崎の上に覆いかぶさるように詰め寄り肩に手を添え、顔を覗き込んだ。羞恥心をどこかへ置いてきてしまったのではないかと思わせる大胆な行動に川崎はひどく動揺した。

 

「えっ⁉ あっ、そ、その、これ、はっ⁉」

 

 言葉が意味を成さず要領を得ないので、引き起こして強引に肩を抱き寄せた。

 

「どうした⁉ 大丈夫か、何があった⁉」

「い、いや、別にな、なんでもないから、」

 

 俺の取り乱す様が影響を及ぼしたのか、未だに落ち着きを取り戻せずキョドる川崎。

 

「⁈ 熱っぽいからぐったりしてた、とかじゃ、ないの……か?」

「う、ううん、そういうのは全然! ただ、えっと、その、あんたのベッドに顔うずめてたら、その、うとうとしちゃってた、ってだけで!」

 

 そこまで聞いて特に不調からくるものではなかったと理解した俺はようやく胸を撫でおろす。少し冷静になると別の疑問が浮かんできた。

 

「…………顔を埋めてた?」

「…………あ」

 

 唖然とした表情で俺を見つめる川崎。

 いまの俺は川崎の肩を抱いて密着度の高い体勢なのだと自覚する。俺と彼女の顔はニ十センチも離れていない。顔どころか全身がカァーッと熱を帯びてくるのが分かる。

 お互いの吐息が顔を撫で、徐々に息が荒くなっていく。

 

 俺の肘から二の腕にかけてが彼女の背中に当たっている。隔たりは柔らかなスウェットとワイシャツの二枚のみで、伝わってくる鼓動も明瞭だ。早鐘を打つそれは彼女の心情を分かり易く表している。逆も然りで、密着している川崎には俺の鼓動も筒抜けなことだろう。腕の中に収まる存在は酷く華奢で、川崎沙希が少女であると否が応でも俺に訴えかけてくる。

 さっきまで慌てていたせいで気づけなかった女性特有の、花のようにほのかで柔らかな優しい匂いがなけなしの理性を崩しにかかった。

 

「……なんで、そんなことを……?」

「…………うぅ」

 

 俯き小さく呻いてしまう。それでも顔の赤さは隠せず、さぞ身体も熱いだろうと予想するが、腕から伝わる川崎の体温は、むしろ冷たいくらいだった。

 俺の方が後から風呂を出たのだから不思議ではないのだが、それでもこれほど体温に差がでるものだろうか。

 

 ぞくり、と背筋に虫が這い上るような悪寒が走る。

 

「⁉ ……ひ、比企谷? あんた……なんか、震えてない?」

「え…………」

 

 俺より先に、俺の異常を川崎が察知した。

 かちかちと歯が当たる音が耳に障る。気持ちが悪くなるくらいの震えが起こった。止めようにも、これが自分の身体なのかと疑念が湧いてくるほど言うことを聞いてくれない。

 主観的に見ても客観的に見ても風邪である。俺は内心「やっちまった……」と天を仰ぎたくなった。

 

「比企谷、大丈夫⁉ 比企谷⁉」

 

 隣で喧しいくらいに名を呼ぶ声がする。なおも戦慄が続いており、それに言葉を返すのも億劫なくらいの不快感を味わっていた。

 

 こういうときはどうするんだっけ……

 熱は身体の防衛機能でウイルスに対する免疫力を高める目的で行う。この震えも体温を上げるために身体自身が起こしてるので、目標体温まで上がれば自然と収まる。

 

 つまり、暖かくしろってことだ。

 

 要するにの一言で結論が得られるただ長いだけの原理説明乙。でもですねえ、あまりの悪寒で身体の自由が利かないんですよ、これが。

 

 誰か(川崎だが)が肩を貸してくれてベッドに寝かせてくれた。布団を掛けられたがこんなんじゃ全然悪寒が収まらねえ。何か聞いてきてるけど頭が理解できない。

 更なる重みが俺の上に圧し掛かる。重みといっても軽いから羽毛だろうか。聞こえる電子音は暖房が稼働したことを知らせていた。

 

 熱に浮かされた俺は微睡みに抗えずぼんやりと、そして徐々に意識が遠のくのを受け入れた。

 

 

………………

…………

……

 

 

                   ×  ×  ×

 

 

 ……どこだ、ここは……俺はなにしてたんだっけ?

 ああ……この匂いは自分の部屋か。目も開かずに匂いで分かっちゃうとか、家大好きだな俺。

 でも、他に知らない匂いが微かに混じってる。それはあまり主張せず、すんなり部屋と馴染んでいそうな不思議な香り。

 

 近くで音が聞こえる。零れ落ちた水が水面を叩く音、タオルを絞る水音。

 冷たくて気持ちいい。目を瞑っていても、頭にそれが乗せられたと理解出来た。

 タオルが少し大きいのか、額からはみ出し瞼まで掛かっている。

 薄っすらと目を開いていくと、タオルの向こう側で心配そうにこちらを覗き込んでくる整った顔立ちがあった。暖簾のようになっているタオルのせいで上半分が見辛い。

 

 小町か、小町だろ?

 下半分の視界から小町の服装がちらりと見える。

 Tシャツだけでは飽き足らず、今度はお兄ちゃんのワイシャツを着てるのか。裸ワイシャツとか狙い過ぎだぞ、そのワイシャツもやるから決してうち以外では着るなよ。あと親父の前でも着るな。ただでさえクズなのにその姿を見たら人の道を踏み外すぞ。お兄ちゃんは新しい(近親婚法案)作る(可決させる)から踏み外さない(合法)ですけどね。婚姻可能二親等以内にしておくことは忘れない。

 

 二度寝を決め込もうとしたが、朦朧とした意識の中で捉えた目の前の顔は眉を曇らせていた。

 

 ……なんだ小町、そんなに瞳を潤ませて。心配かけちまったな。

 小町を安心させるべく俺のお兄ちゃんスキルがオートで発動する。頭を撫でようと布団から手を伸ばした。

 

「ひゃっ⁉」

「……ああ、悪い」

 

 あれ、目算を誤ったか? (滑走路)から(目的地)(飛行機)伸ばし(飛ばし)たらお胸(お山)接触(胴体着陸)してしまったぞ。

 おかしい。小町のお山は愛宕山級(標高408m)だったはず。いまの()射角(むしろそこに目掛けてそうな言い方だが)なら絶対無事に頭を撫でられたのに大事故を起こしてしまった。

 

 地形データが古かったのか?

 管制塔! 管制塔! こちらヒッキー0808便! 最新の地形データ(スリーサイズ)を送ってくれ!

 あれ、管制塔ってそういうことしてくれたっけ? この場合、その役割を担うのはときメ○の好雄だろうが、奴は実の妹のスリーサイズ情報すら主人公に漏洩する俺から見てもごみいちゃんなので兄の風上どころか風下にも置けない。俺には仲良く出来る自信もその気もない。好雄じゃなくても仲良く出来る人間はいないんですけどね。

 ってか古いな初代の情報役持ち出すとか、せめて宇賀神み○とかにしろよ。それも古いか。なにより何故ガールズサイドをチョイスした? 海老名さんのが詳しそうだ。いや、あれは男を攻略するからBLとは微妙に違う気がする。度し難き多様化する現代の価値観よ。

 

 衝撃的に本題から逸れたが、いくら中学生が成長期だからといってここまで急激に成長してるとは思わんだろう。今の標高はワールドクラス……例えるなら、圧倒的なボリュームを誇る聖峰カンチェンジュンガ級(標高8586m)

 しかも、小町のやつブラしてなかったぞ。お胸(山肌)手のひら(胴体部分)擦ったとき、乳頭(山頂)指先(機首)が突っ込んだからな。俺のTシャツ着てたときはブラしてたじゃねえか。なんで成長したら着けなくなるんだよ、普通逆だろ?

 

 さて、端無くも妹の成長途上(というには無理がある成長っぷり)な胸に触れてしまったわけですが、俺は妹に欲情などしないし、何も感じない。ただ結婚はしたいが。老後の面倒もみてもらいたいからな。

 だが小町の方は違うだろう。やはり女であり、兄が相手とはいえ胸に触れられる恥じらいや、下手をしたら嫌悪感が生まれても不思議ではない。

 

(……土下座かなぁ、お兄ちゃんいま絶賛風邪っぴきで物理的に土下座ができるか不安でしょうがないんだが。一か八か「愛してる」で勘弁してほしいなぁ……)

 

 むしろ、この出来事で「愛してる」は下策か。冗談で済まされなくて悪化しそう。いや、策で言うわけじゃないし冗談でもないんだけど「愛してる(親愛)」っていっても「愛してる(性愛)」って誤解されそうなんだよな。

 

 ってか、小町がやけに静かだ。

 最初の悲鳴から何も言ってこないが、いつもなら(いつも触ってるわけではない)「お、お兄ちゃん、いくら小町が可愛いからって事故に見せかけて触るなんて小町的にポイント低いよ!」と冗談めいた言い方で後に引かないよう場をコントロールするんだが、なんで反応ないの?

 

 熱で意識が混濁してるのにこんなにもつらつら考えるのは、どう見ても疲労を蓄積させている。余計なことは考えず、素直に謝って回復に集中した方がいいか。

 

「…………ぶつかって悪かったな……わざとじゃないんだ」

「……っ」

 

 声にならない音が聞こえた。いつもみたいになにか返してくれよ。妙な空気出されるとこっちまで変な気分になってくるだろ……。

 

「…………」

「…………」

 

 それっきり無言となった俺達。部屋に気まずい空気が漂う。少し身じろぎする度に聞こえる衣擦れや布団の察音、それはとても小さな音であるはずなのにやたらと耳障りだ。その理由は部屋の静けさのせいか、二人が齎す気まずさのせいか。あるいはその両方のせいかもしれない。

 

 現状がたっぷり五分くらいは続いただろうか。静観を打ち破ったのは小町の方だった。

 

「そ、そう……、だね、……事故、これは、事故……だから」

「いや、大きくなったから当たるのもしょうがないかー、とか返してくれねえのかよ……………………って⁉」

「‼ あ、あああ、あ、あんたねぇ……!」

 

 想像とはかけ離れたハスキーな声に、風邪とは別の要因で汗が背筋を伝う。

 慌てて頭の濡れタオルを引き剥がし視界を開くと、かけ離れているのは声だけではなかった。

 

「ひひひひ、ひ、ひき、ひきがっ……」

「…………」

 

 目の前には青みがかった長い黒髪をサラリと下ろして顔を真っ赤に染めた泣きぼくろの美少女が佇んでいた。NARUT○に出てくる傀儡人形のように口をカカカカ……と震えさせている様がその女っぷりを台無しにしている。

 

 勿体ない、実に勿体ない。

 何故、なぜ結婚できないのか⁉ と現在進行形で悩んでいるであろう残念美人を思い浮かべ現実逃避をしてしまうくらいに、俺は混乱の極みにあった。

 

 

 

つづく

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