そんな八幡に天罰が下りました。
「は~、旨かった。……えと、……サンキュな」
「そ、そう? あ、ありがと……」
いやいやこっちがありがとうだわ。熱で倒れたところに旨いお粥を作ってくれて、ついには『あーん』童貞を卒業までさせてくれたんだぞ。何だよあーん童貞って。
緊張と羞恥で味など分からないかと思ったが、一口目から旨いと感じられたことが不思議だった。恐らく、夢の出来事があーんの羞恥心を上回っていた為、耐性がついていたのかもしれない。
熱いお粥を完食したのも影響し、汗をかいている実感があった。こんなの放置してたらまた寒気がぶり返しそうだ。とはいえ、川崎もいるし……部屋出てもらって着替えるか……って、乙女かよ。まあ、こっちが平気だとしても向こうは俺の裸なんざ見たくもないだろう。
「……あー、その、」
「…………ねえ、あんた汗でびっしょりじゃない? 着替える?」
「お、おう……」
こちらが切り出そうとした瞬間、話題をインターセプトされた。まあ、この場合は遮られても結果的に同じことだし進行してもらえるなら却ってラッキーか。
「じゃあ、着替え用意しといてよ。歩ける、よね?」
「平気だ、すまん」
そう言い残して部屋を出て行った。
本当に看病慣れしているようで着替えを促すタイミングも見事だし行動に迷いがない。長女すげえな。
のろのろと新しい下着とスウェットを用意する。ベタベタで気持ち悪いし身体も拭きたかったが、頭を冷やしていたタオルと洗面器が見当たらない。
そうか。タオルなんて始めからなかった。頭に乗せて冷やしたのは夢だったんだから。
仕方なく乾いたタオルを用意し上を脱ぐ。問題はインナーだ。川崎が指摘した通りびっしょりで、肌に貼り付き脱ぎ辛いったらない。この程度の動きで頭はフラフラしてくるし、最後まで脱ぐのも億劫になってきた。
「ぅう……、ちくしょぉ……この……」
身体を捩じり懸命にへばりついた肌着と格闘するが肌着優勢、八幡劣勢。こんな時に愛する妹がいてくれたら……そう願わずにはいられなかった。
そんな自分の服にすら危うく負けそうになっていた俺にまさかの助っ人が到着する。
「入るよ。……って、あたしが戻るまで待てなかったわけ」
いやいや戻るのはええよ。ってか戻るまで待つとか逆だろ。お前が戻ってくるまでに着替え済ましちゃおうとしてたのに。
立場が逆ならマンガにありそうなラッキースケベだが、男の裸なんぞ(弟で)見慣れている川崎にとって毛ほども羞恥を感じないシチュエーションらしい。ずかずかと部屋に入り込み、手にした洗面器とタオルを置いた。俺の欲しい物がよーく分かってらっしゃる。
「お、サンキュー。やっぱ兄弟多いと違うな、濡れタオル欲しかったんだわ」
「‼ ……ほ、褒めたって背中拭くくらいしか出来ないよ」
「はっ、十分すぎんだ……ろ、……へ?」
「え」
予想外の言葉に間抜けな反応で返す俺と、それにつられたような川崎の呆けた返し。
え、背中拭く? 誰が? 誰の?
「ほ、ほら、着替えと身体拭くの手伝う為にタオル持ってきたんだから、待ってりゃ良かったのに」
「いやいやいや、それはおかしいだろ」
当たり前のように宣うが、クラスメイトの女子に素肌を晒して拭いてもらうそんな当たり前、俺の辞書にないですからね?
電車の痴漢被害も女性側の訴えだけでほぼ有罪が確定するし、向こうから言い出したのにセクハラで訴えられないか不安でしょうがない。
川崎がそんな奴じゃないことは分かっているが、これも、やれ美人局に気をつけろだの、逆ナンされたら絵を買わされるだの、といった親父の英才教育の賜物だ。
「い、いいから、さっさと両腕上げて。はい、バンザーイ」
普段の川崎からは考えられないようなテンションと口調。あまりのギャップに茫然とした俺は素直に従ってしまう。肌着の裾を捲られ、身体からするっと引っこ抜かれた。川崎はタオルを絞って、本当に俺の背中を拭くつもりのようだ。
男の裸は大志で見慣れているのは分かるが、レンゲを受け取る際のちょっとした接触ですら動揺した川崎にこの大役が務まるのだろうか。いや無理だ。(反語)
「お、おい、別に無理しなくてもいいから……ってか自分で拭くし」
「自分の背中拭く方が無理でしょ。いいから任せな」
上半身を曝け出した俺に濡れタオルを当ててくる川崎に動揺は見られない。汗でびっしょりの肌着を脱がし、ベタベタな背中をタオルで拭うなど羞恥の問題がなくても普通は嫌だろうに、彼女の動きには淀みがない。
「お、おい、ちょっ、だから……」
「はいはい、黙りな」
俺の意見などお構いなしに汗を拭きとっていく。お湯で絞ったタオルは気持ち良く、まだ体調が戻ってないのも手伝い大して抵抗出来ず受け入れてしまった。
レンゲであれだけ取り乱していた人物とは思えない大胆な行動に戸惑ってしまう。戸惑うと言えば川崎が『バンザーイ』とか似合わな過ぎるアクションも違和感が凄い。
思うに今の川崎は俺が知ってるクラスメイトの川崎ではなく、川崎家長女の沙希なのだ。さっき弟妹のことに触れたのと熱で寝込む俺の姿がダメ押しとなり姉スイッチをポチッてしまったらしい。
恥ずかしいという気持ちがないこともなかったが、親や小町にすらしてもらったことがない看病の心地良さがそれを勝った。
背中をタオルで撫でる川崎の手は優しく、疲労成分が吸い取られているのではないかと錯覚するほどだ。背中が終わると脇から胸に手が伸びた。敏感なところにも到達し、びくんと身震いしてしまう。うん、これは乳頭着陸の意趣返しですね。待てよ、あれも夢の中の出来事だったっけ。
今日という一日の中で大きな出来事は多々あったが、最も印象深いのは乳頭着陸から始まる一連の
発熱で意識が混濁したタイミングで目まぐるしく発生した為、どこまでが現実でどこまでが夢か未だに判然としないのだ。夢で片付けるには些かリアル過ぎるとは思うのだが、こうして川崎が見せる普段通り――といっても凄まないしいつもより優しい――の反応が否定する。
タオルは腹から脇へと、そして自分で拭ける二の腕に到達した。いや、そこは自分で拭けますけど……?
これじゃ風邪っぴきの同級生の看病というより、寝たきり老人の介護な気がするんですが、または赤ん坊のお世話? こいつマジで俺のこと妹と勘違いしてるな。
「ん、いいよ。次ね」
上半身を隈なく拭き終えた川崎はそう合図すると俺の正面で膝立ちになる。ベッドの縁に座ってされるがままだった俺もこの時ばかりは平静を失うほど狼狽えた。何故なら俺の腰に手を添え、上目遣いでこう促してきたからだ。
「……ほら、腰浮かせないと下、脱がせらんないでしょ」
狙ってはいないだろうが、これは完全にアウトだろ……。
姉モードのせいか、そういう知識に乏しいせいなのか、はたまた両方のせいなのかまでは知らんが、その科白は誤解しか生まないし誰も幸せにならない。強いて言えば俺の下半身だけが幸せだが、我に返った後の代償が大きすぎる。
客観的に見てこの体勢でこの科白を囁かれたら『これから患者さんの息子をお口で検温して悪いもの出しちゃいましょうねっていう大人のお医者さんごっこ』に酷似してるから本気でヤバイ、マジやばい。何がやばいって、俺にそんなつもりがなくてもこの姿勢と上目遣いがデリヘル(悪化した)を想像させ愚息が勃ち上がっちゃうんだよ。
「……ねえ、聞いてんの? 下も着替えないと風邪悪化するよ」
やっと種明かししてもらえても昂奮が全く収まらねえ。
「……ちょっと、無視しないでよ」
返事がないことに気を悪くしたのか、口を尖らせ眉をひそめる。いつもなら鋭い目つきで睨んでくるが、拗ねたような表情に愛嬌すら感じられた。
――やばい、そんな
意識しないよう努めても却って意識してしまう
もうね、この位置関係と体勢である限り妄想に終わりが見えないことに気づいたわ。下を見るとむくむくと野営準備を始めちゃってるし、川崎が僅かでも視線を落としたら黒歴史で済めばいいが、刻まれるのは逮捕歴だろう。その前にいつもの怖い川崎が出てきてもがれそうだが。うん、使い方がおかしいね、潰されるが正しい。……どっちも嫌だわ。
何だかんだ色々捗り俺得だったが、いい加減に本を断ち切らねば妄想ループが終わらない。泣く泣く川崎に真実を知らせようと考えたが重要なことに気づく。
あれ、これってどう伝えればいんだ?
伝えたとして川崎は理解出来るのか?
その方面に関して知識が乏しい場合、婉曲な説明では伝わらないだろう。かといって直截的な説明を想像してゾッとする。同級生の女子にいまの貴女の仕種は松茸食いに酷似してますよと通告するとかどっちにとってもこの世の地獄でしょ。
「…………ねえ」
さり気なく、かつスマートに出来ないかと考えるも、こんな行動を無自覚にしてしまう天然さんには松茸食いなんて隠喩が通用しないのが目に見えている。ならば一層のこと勉強を教えるつもりで具体的に説明してはどうだろうか。性風俗な目線で語るから地獄になるのであって、医学的な目線ならむしろ知らぬことが恥であり学べることで感謝を生んでもおかしくない。……おかしいか、おかしいな。感謝はいらんから通報だけはやめてください、お願いします。
「……ぇ、……ねえってば」
我に返ると川崎が不安一杯で俺を見つめていた。ちょっと涙目ですらある。没頭し過ぎて更なる放置プレイをしていたようだ。これには流石に申し訳なさ過ぎて土下座したくなるレベルだが、腐った目を持つ上半身裸の男が川崎に土下座する絵面は公然猥褻で謝っているのか、ヤンキーにカツアゲされて許しを乞うているのか議論の余地がありそうだ。
「あ、ああ、すまん、ちょっと地獄に落ちる心構えで忙しかった」
「は?」
やだ、声ひくぅ⁉
急にジャックナイフを身に纏いしJKになったよ。あんなにいい姉ちゃんからジャックナイフとか振り幅えげつねえな。郭〇皇の攻めの
確かに長らく無視し続けてようやく口を開いた弁明がこれではドスが効いてしまうのも頷ける。だがそこは許してほしい。これからお前に対してこの状況を説明し、下手をすると口淫がどういうものであるかまで俺の口から詳らかにしなければいけない気持ちも考えてくれ。誤解を生まないよう繊細に扱うべき案件として悩むのは当然だろう。まさにこれからデリヘルを体験しようとしているどうも俺です。デリバリー・ヘルスの方じゃなくて
すーっ、はーっと深呼吸をして地獄への扉に手をかける。
「あー、川崎、その、言い難いんだが……」
「……なに?」
「俺の体調を気遣って着替えさせようとしてくれているのは痛いほど分かる」
ついでに俺の方も痛くて愚息が泣きそう。多分、ちょっと先走って泣いている。
「ただ、そうやって下を脱がそうとするのは、着替えでなく違うことをせがまれてる気がしてならんから出来れば控えて欲しいんだが……」
「違うことって?」
俺の言葉を反芻してもなおぽかんとして要領を得ない川崎さんマジ天然。ここまで言っても分からんかー。っていうか川崎乙女、超清純、黒のレース穿いてるくせに。俺の偏見も超酷い。
これはいよいよ本格的に地獄が展開されそうな予感。
「いや、だから……その、……な?」
うおぉ、全然クールじゃねえ。照れたDTがモジモジとエロ妄想を詳らかにしていく一番気持ち悪いやつじゃんこれ。
「……なんなの?」
「あ、や、ほら、このまま下脱がされると流れで拭かれるっていうか尺八まで吹かれるっていうか……」
焦れてきたのか川崎の尋ね方に苛立ちが込められていた。やべぇ超怖い。恐怖とストレスに晒された結果、スマートとは程遠い含意を読ませる尺八発言で理解を促してしまう。むしろ松茸食いのが直感的で知識がなくても読み取りやすいだろうに何故
「……尺八? なにそれ、なんで急に尺八が出てく、ん……の」
言葉に勢いがなくなっていき視線が上下する。股間→俺の顔→股間→俺の顔ループ、からの顔真っ赤。
あ、これは気づきましたね。ヒントが足りないかと思っていたが、案外サキサキってば耳年増だったようです。地獄へようこそ。
……俺がな。
「あ、……うぁ、あ…………っ!」
「っ‼」
どちゅっ! っていう湿ったような音が聞こえ視界が真っ暗になる。
「ばっ、バカじゃないの⁉」
「☆※◆△@∵◆~~~~っ!」
聞きなれた罵倒発言と形容し難い(俺の)絶叫が交錯する。
身体を揺るがす衝撃と、キィ――――ンとした痛みが残響となって俺の動きを縛り付けた。
精神的な気まずさ地獄を想定していたが、まさか肉体的な方だとは思わなかった。
下っ腹の痛みに耐え忍びながら
つづく