あと誰か株主総会で続報引き出してきてくれ。干からびる。
お天道様を天辺に頂く昼下がり。
四方に絶海を望む孤島に燦々と降り注ぐ日差しは、
しかし空を包み、大地を抱く巨大樹の梢に散々と遊ばれて
柔らかな木漏れ日となって麓の樹海へと差し込む。
そんな島の巨大樹――――世界樹を望む樹海、その東の外れに佇む遺跡が存在する。
壮絶な生存競争とは比較的外れた地域ということもあり、その遺構は獣たちの営みとともに静寂を保っていた。
しかし、人の手より離れて数世紀たったある日、来訪者は唐突に現れた。
獣の唸りと短刀の風切音が交錯する。
「チッ!浅かったか…!」
眼前の獣の脚へ投げ放つも浅く毛皮を切り裂き、樹木の根本に突き立った短刀を如何なる手管を持ってしてか、
手元に引き戻した少女が体制を低く保ち飛び退きながら毒ずく。
「親方の山猫よりデケェし早ェとかイかれてンだろ!」
逆手に獲物を構えなおす少女に対して、狼に似た獣は今し方自身に手傷を負わせた敵対者の隙を探る様に眼を向ける。
睨み合う双方に横合いからけん制するように盾を地面に打ち鳴らす重装備の青年が少女に呼びかける。
「恋鐘!前衛から離れ過ぎだ!戻れ!」
「わーってる、よ!」
恋鐘と呼ばれた少女が踏み込むのと同時に狼もまた牙を剥き殺到する。
「プッ!」
が、恋鐘の口元からキラリと光る物が打ち出され、狼の鼻ずらに命中する。
「ギャフッッ!」
出鼻をくじかれた狼は勢いを失い横っ飛びに距離を取る。
「八ッ!ザマァ!」
フェイントに成功した恋鐘はすかさず、狼を半包囲する様に隊列に加わる。
「時間稼ぎって言われただろ!何先走ってるんだよ!」
「ウッセェ!ああしないとお前でもアレ受けきれねェだろ!?」
「だとしても一対一はっぶな!?」
盾を構えて少女の前にでる青年ががなり立てるが、
お構いなしに持ち直した獣が猛攻を仕掛ける。
ジグザクにステップを踏み盾に体重を乗せた打撃を打ち込みながらも
横合いから盾を捲り腕に食らいつかんと攻め立てる。
それを何とか捌きながらも、いなす事に手を取られ青年は反撃もままならない。
「うぁっ!ガァ、くぅっ、マズッ!?」
右へ左へと乱打を受け止めながら後方へと押し込まれていく青年の腕が遂に酷使に耐えれず、
盾をごと弾かれる。遂に開かれた急所に獣の牙が迫る。
「調子にィ!乗ンなァ!」
青年の肩口に食いつかんと開かれたアギトが獲物の数センチ手前の空を咬む。
訳が分からず僅かに後方に引き戻された狼の後ろ脚には、垂直に突き立った短刀が僅かに照り返しから辛うじて視認できる糸によって樹上から吊り上げられている。
自身から注意が逸れた隙に狼の頭上の枝に陣取った恋鐘が奇襲を仕掛け枝を滑車代わりに狼を釣り上げたのだ。
そして、自身を錘にすれば当然降下時に積載物とすれ違う訳で、
「オラァァ!」
「ギャン!?」
おまけとばかりに狼の頭を足蹴に一跳ね青年の肩に手をつき宙返り。
「クレフ!追撃!」
「おう!」
恋鐘からの奇襲から立ち直りきらぬ狼に青年、クレフがいい様にいたぶられた鬱憤を込めて、
落下して来る狼の下顎をシールドバッシュで打ち抜く。
「ゴッ、ガッ…フゥゥ…」
上下から痛烈な不意打ちを受けて舌を咬んだ狼は血を吐き、たたらを踏む。
「うっし!リサ!そろそろいいか!?」
「――――圧縮術式、組み上げ完了、お待たせ。二人とも射線を開けて」
前衛の二人が悪戦苦闘の末に戦線を支え続ける更に後方。
気配を殺し、縦横無尽に暴れまわる狼を仕留めるべく、
複雑怪奇な術式を組み上げ、エーテルを練り続けた術者、リサの瞳が遂に開かれ標的を捉えた。
恋鐘達が離脱すると同時に限界まで密度を高め、
標的から熱を奪わんと殺到する冷たい超常の光が放心する狼の意識を根本から捉え連れ去る。
「――――」
先程まで二人を相手取ってなお押しも押されぬ勇猛さ見せつけていた狼、アードウルフが音もなく崩れ落ちる。
「よっっっっっしゃぁぁぁぁぁ!!」
恋鐘が樹冠高く上げた勝鬨が戦いの終幕を告げる。
「ふう、一人じゃ抑えきれなかったか…」
「ホントお前なーあと一歩で重症じゃねーか!まだ俺ら金ねーんだから怪我すんなよなー!」
「はぁ?お前だって上手く時間かせげって言われてたのに
軽装の癖に一人で突っ込んでいって俺のこと言えないくらい危ない戦い方してただろ!?」
「俺は一撃も貰ってませんーあなたには言われたくありませんー」
獣は倒れ殺気は嘘のように霧散した清涼な森の空気が二人のしょうもないいちゃもんの付け合いを響かせる。
「はぁ…」
(圧縮術式、実戦で使ったのは始めてだけれど成功して良かった)
二人が揉めているのを横目に念のため軽めの術式を再度狼に打ち込んだ術者リサは安堵のため息をつく。
演習や座学で技術や知識として力を養った占星術師として、自信が持てる結果を打ち出し続けていた彼女にとって、
初実戦の中前提条件が揃わぬ環境下での術の行使は心胆を震えさせる体験だった。
前衛に守られていてなお逃走を指示する本能が警鐘を鳴らし続けた為、時間がかかり二人には負担をかけてしまった。
精神的な鍛練を今後の課題として心に留めつつ新たな魔物を呼びかねないばか騒ぎを続ける二人を仲裁する。
「二人とも、余り騒ぐと次の魔物が寄ってくるわよ?
向こうも終わっているだろうから、カナンさんとアルヴァさんに合流しましょう」
「ンあ。おう。…覚えとけよ」
「わかった。…上等だ」
すっかり気の抜けた二人に不安を感じるリサに更に別の二人の人影が近づき声を掛ける。
「おや、そちらも既に終わっていましたか」
「手助けは不要だったか。手早いな」
先に三人へ声を掛けた女性は意匠こそ異なるがクレフと同等以上の重鎧に身を包み、異形の大剣を携えたアルヴァだ。
続いて、暗色の外套に身を包んだ暗く鋭い眼光を持つ男カナンが首尾よく戦闘を切り抜けた三人をねぎらう。
「ええ。やや押し込まれましたが何とか。そちらのコアラの魔物達はいかがでしたか?」
「やはり厄介ですね。魔物の敏捷性から繰り出される格闘技モドキは。
カナンに攪乱を引き受けてもらいようやく切り込めました」
群れとして現れた魔物達を一ヶ所で纏めて相手取るのは危険と判断した二人は三人にアードウルフの相手を任せて、
コアラに似た二匹の魔物を引き受けていたのだ。
「いやー。俺らは三人がかりでも一匹でしんどかったのにカナン達はタイで〆たんだろ?よくやるぜ」
「おい!カナンさんだろ!雑過ぎるぞ!」
「こまけーなぁ。割り込んでくんなよ!」
未だ戦闘の熱が冷めやらぬ二人はまたしても小競り合いを始める。
カナンはそんな二人に苦笑いと共に嗜める。
「隙を作れば後はアルヴァが仕留めてくれた。
それよりも一度落ち着いたほうがいい。樹海で不用意に騒ぐとロクなことがないぞ。」
樹海は魔物の領域である。
町を歩けば人にすれ違い、往来で騒ぎを起こせば野次馬が集るのが道理なようにここではそれがそのまま魔物に当てはまる。
そして、当然のようにそれは警告から間髪入れずに襲い掛かった。
「!クレフ!恋鐘!こっちに飛べ!」
「んぇ?オオ!?」
「うぁやばっ!?」
先程斃したアードウルフとは別の個体が木立の陰から無防備に背中を晒す二人に狙いを定め襲い掛かる。
完全に油断していた二人は足をもつれさせよろける。
しかし、間一髪のところでクレフが自分達と狼の間に盾を滑り込ませるが、勢いを殺せず諸共もんどりうって吹き飛ばされ石床に転がる。
手前に倒れ込んだ恋鐘に狙いを定めた狼が更に追撃を仕掛けようと踏み出す。
その間に素早く構えたカナンがそれを阻止するために狼の頭部に目掛けて投刃を投げ放つ。
「間に合えっ…!」
カナンより投げ放たれた刃は恋鐘へと向けられて殺意に追いつきその目元へと吸い込まれる様に突き立った。
「ガギャン!!?」
「ヒエェッ!」
強烈な痛みとともに片方の目から視界を唐突に失った狼は並行感覚を失った事で僅かに狙いを逸れ、間一髪恋鐘の回避が成功した。
「アルヴァ!出し惜しみは無しだッ!」
続いてカナンが鋭く叫ぶ。
それに応えるのは言葉ではなく甲高い汽笛に似た起動音。
アルヴァは哀れな獲物を素早く射程圏内に収めると両足で地を掴む様に強く踏み込み、大剣を引き絞る。
刀身内部で唸りを上げる機関が異形の大刃を震わせ、
――――アルヴァは振り降ろした大剣の内側から、
荒れ狂う嵐を解放した。
ゴブシャャァァァァァァァッッッッッッッ!!!
バシュゥゥゥゥゥゥゥ……
致命的な破壊を齎した刃は赤熱し、余韻を逃がすように樹海の空気を灼きながら廃熱する。
無防備なままにその暴力を一身に受け吹き飛び、数メートル先の大木に激突し崩れ落ちた狼だったモノはマズルは抉れとび、眉間はカチ割れ最早原型をとどめておらず息がないことは明らかだった。
…唐突に始まり、間髪入れずに凄惨極まる幕引きを迎えた戦場を静寂が支配する。
「カナン。今の一射で手持ちのカートリッジは予備も含め全て使い切りました」
「了解した。今日はここまでで切り上げる。マギニアに帰還しよう」
アルヴァが乱れた頭髪を軽く払い行った現状報告により止まっていた場の時間が再び動き出す。
それに答えたカナンの判断に全員が頷く。
度重なる無茶により全身が痛むクレフ、今になり先程の死の恐怖に身震いする恋鐘。
奇襲に全く意識が追い付かず何も対応を取ることができなかった事に消沈するリサ。
疲弊した三人に代わり前衛を引き受けたアルヴァと哨戒を務めるカナンに先導されて遺跡の出口へと向かう。
三者三様、慣れぬ、或いは長い航海でなまり切った感覚にそれぞれの苦みを噛み締めながら本日の探索より生還を果たした。
ここは世界樹の迷宮。
長く人の手が寄り付かず、
それゆえにロマンに溢れたフロンティア。
好奇心や野心、或いは闘争心に突き動かされ世界中から集った冒険者達の聖地である。
これはそんな世界樹ではよくある一部始終だ。