脳内選択肢が俺とウマ娘をうまぴょいさせようとして来る。 作:金木桂
読みたい題材だったのに無かったので自給自足しました。誰か書いてくれ。
私、スペシャルウィークがトレーナーさんと出会ったのは二年前。
北海道からこのトレセン学園にやって来たその日でした。
東京に降り立った私は、絡まったイヤホンコードみたいな路線図に混乱しながら最初にある場所に向かいました。
それは東京レース場です。
数々のGⅠレースが行われる、由緒あるレース場でレースを観戦したかったんです。
今までなら憧れだけを胸に抱いて、ただの観客として見ていた私もこれからは違います。
中央のトレセン学園に所属することになって、遂に中央のレースに出走登録できる資格が手に入ったのです! ……といっても重賞レースとなるとまだ他にも出走条件があるらしくて、メイクデビューすらまだの今の私では走れないんですけど。
ですが、近い内にこのターフで走ると考えると胸が熱くなってきます!
未来に心を震わせていると肩を優しく叩かれました。不思議に思って振り向きます。
「ねえそこのウマ娘ちゃん! 今日からトレセンに来るスペシャルウィークだよね? お茶ついでに俺の愛バにならない?」
「な、ナンパ…………?」
突然のナンパ?に私は首を捻りました。
その人は見た目的には私より幾ばくか年上の男の人で、優し気な表情を険しく皴寄せていました。
私のことを知っているということは、トレセン学園のトレーナーさんなのでしょうか? ってことはいま勧誘されたんですか私?
ただ、見た目とか突拍子も無く勧誘をしてきた事情よりも気になることが一つ。
「……あの、何でブレイクダンスをしてるんですか?」
「これは、気にしないでもらえると、助かる!」
「なんで……?」
言いながらもその男の人はクルクルと頭を地面につけて回っています。
これが私とトレーナーさんの、良く分からない初めての会話でした。
〇─── ─── ───〇
四月。
世間的に新生活の始まりの時期であり、それはこのトレセン学園も例外じゃない。
今年もこの中央のトレセン学園にはトゥインクル・シリーズでの栄光を目指して、421人ほどの新入生が入学してくる。その誰しもが難しい入学試験を突破してきた原石たちだ。
中央のトレセン学園の倍率は非公開ではあるが、或るウマ娘専門塾の調べによると20倍近くとされている。例年8000人以上のウマ娘が応募してくる計算だ。学力と実技と面接によって、その膨大な人数がたったそれだけの数に絞り込まれる。
そんな訳で、この超難関を乗り越えた時点で彼女たちは皆エリートウマ娘とも言っても良い存在ではあるけども、生憎とこの中央のトレセン学園ではここからが勝負所となる。
そして、最初の分水嶺がいま俺の目の前で行われている新入生模擬レース。芝、右回りの中距離2000m。
この模擬レースでトレーナーからスカウトされることが重賞レース勝利への近道となる。
「トレーナーさん。今年はスカウトするんですか?」
「お、スぺ。まあなぁ……そろそろお前も複数の担当を持てと上からせっつかれてて五月蠅いんだ。少なくとも今年こそ一人くらいは受け持たないと何を言われるか」
「へぇ……」
授業終わりのスペシャルウィークが俺の横に並んで座ると、視線をターフの上を走るウマ娘たちへとやる。
スぺも二年前はこのレースを走って、ぶっちぎりの一着を取ったことから色んなトレーナーからスカウトされてたよな。懐かしい。斯く言う俺もその一人だったけど。
その時は初々しくターフを駆けていたスぺも今やGⅠ五勝だ。今こうして芝を走っているウマ娘たちからも憧れられるような存在だろう。無邪気に人参を食べながら寛ぐ彼女を見ても全くそんな偉業を達成したウマ娘には見えないけど、実際レースを走り終えた新入生の多くはスぺの姿に気付いてチラチラと視線を送っている。ついでにスぺのみならず俺にまで視線が来ているのは、俺がスぺのトレーナーということを知ってのことだろう。良くトレーナーまで知ってるもんだなぁ。
まあスぺのことは置いておいて、今は新入生だ。
新入生からしてみればこの模擬レースがトレーナーにアピール出来る最初の機会とあって、どのウマ娘も非常に張り切っている様子が見れる。中には緊張からか、レース中に掛かり気味になっているウマ娘もそこそこいる。
しかし彼女たちには申し訳ないが、今のところ敢えてスカウトをするようなウマ娘はいないなというのが率直な感想だ。
「トレーナーさん」
「ん? どうしたんだスぺ? お腹空いたか?」
「ち、違いますよ! 確かにちょっと減ってきましたけどそうじゃなくて」
スぺの言葉に自然と俺の目線が右手に握られた人参へと寄せられる。
現在進行系で食べてるのにお腹減ってきているのかよ……いつも通りとはいえそこまで行くとコラテラルダメージなんじゃないの?
「本当にスカウトするんですか? 去年はそう言ってて何だか分からないうちに流れましたよね?」
「俺も去年はスペに全力を注ごうと思ってたからね。結構無理して無視したんだよ。おかげで理事長からは毎月小言を言われて耳タコだったわけ」
「私のため……」
去年の今頃のスペはGⅠ二勝だった。当然二勝もしてしまえば世間にもスペの強さが完全に認められ、一部のライターからはスペが後どれだけGⅠを勝てるかはトレーナーとしての俺の手腕次第と言われ重圧もあったからなぁ。他のウマ娘のトレーニングまで面倒を見る余裕なんて無かったし、何よりサブも含めてトレーナー3年目だった俺にそこまでの技量も無かった。
と、つい一年前のことを懐かしんでいると新しい組が出走した。
「あの赤髪の子良いね」
「ええと、先頭から3人目の子ですか?」
「うん。特に───」
頷いて、言葉を続けようとした瞬間だった。
世界が止まる。
それは比喩じゃなく、本当に世界全てが凍りついたように停止した。
4月の青風は無くなり、スペの口は半開きのままその形をキープし続けている。現在ターフで走っている新入生も全員不安定な走りのフォームのまま静止して、まるでアニメーションのセル一枚を眺めているみたいだ。
ああ、またこれか。
今日は朝から一度も来なかったと思えば、忘れた頃に来やがって……!
脳内で、何時ものように『選べ』という重い声が響き渡る。
『①あの子のおっぱいはGⅠ級だし有望だ。ぱふぱふしたい!と興奮しながら言う』
『②あの子の太腿ムチムチしてて良い形だ。あそこでスーハースーハー呼吸したい!と不敵な笑みを浮かべながら言う』
俺の周りを文字が回り始める。
嫌でも目に飛び込んでくる2つの文章を読んで俺は大きく溜息を吐いた。
脳内選択肢。
それはトレーナー二年目、俺が担当のウマ娘を持つよう理事長から要請された年度から現れた。
この脳内選択肢に従わない限り、この停止した空間から出られない。
意味不明で存在自体も謎だが、この二年間ずっと俺を苦しめてきたクソッタレなものだ。
書いてあることは大抵アホらしいことだったり俺の社会的地位を殺しかけるような凶悪なものだったりする。さながら俺が奇行をやらかしてピエロになるのを楽しんでいる第三者が寄越した呪いのようにも思える。
だが最悪なことに効果は本物で、俺がどちらかの選択肢を選んで実行を決意しない限りこの停止空間、いわゆる『選択中画面』は解除されない。そして停止空間が解除され次第、俺は選んだ選択肢に従った言動をやらなきゃならないのである。死ね。
言いたい罵詈雑言は山のようにあるけど、こうなった以上はしょうがない。①か②のどちらか、選ばなきゃならない。
今回の選択肢は両方ともにセクハラとも捉えられる変態発言。
でもおっぱいという明確にセンセーショナルな部位を直接言葉にし、あまつさえ『ぱふぱふ』などと教育的にも不味い単語を使ってる①は選べない!
よって②を俺は選ぶ!
決意を確かにした刹那、空間が僅かに温かみを増し、時間が流れ始めた。
もう良い、ヤケクソだよこんなん!
「───特に、あの子の太腿ムチムチしてて良い形だ。あそこでスーハースーハー呼吸したい!」
「トレーナーさん……なんでそんなニヒルに笑いながら……変態……」
止めてくれスペ……。
俺をそんな性犯罪者みたいな目で見ないでくれ……。
このままだとマジで性犯罪者予備軍と思われかねないので慌てて俺は口を開く。
「待った! スペは勘違いしてるって! 俺は確かにあの子の太腿は素晴らしいという感想を持ったけどそれはレースの観点からだ!」
「レースの観点ですか?」
よし、食い付いた!
「良く見てくれ。あの子の太腿の筋肉の発達具合を。大腿四頭筋と大腿二頭筋が良く鍛えられている。この2つが交互に伸び縮みすることで脚がスムーズに動く。抜きん出て速く走れてるのはそのおかげだよ。俺たちはトレーナーなんだ、この時期からあれだけ素晴らしく鍛えられた筋肉を見たら興奮しちゃうのも無理ないだろ?」
「……まあ、そういうことにしてあげます」
ジト目のままスペは人参を齧った。ギリギリ許してくれたみたいだ。
変な空気が流れている間にもレースは終盤。俺が注目していたその子は残り400mで仕掛けるとスルスルと前の二人を抜かして一人旅、大差で一着。
「強いね。この学校入って初めてのレース、周りにはスカウト目的のトレーナーも沢山いる中で自分の走りを見せつけたかぁ。多分あの子はトレーナー選びに苦労しないだろうね」
「トレーナーさんもスカウトするんですか?」
「悩み中。間違いなく彼女は順当に行けば今年、遅くとも来年にはGⅠを勝てる能力がある。けどあれだけの走りをしちゃえば倍率ヤバいだろうね」
トレーナーがウマ娘をスカウトする方法は2つある。
1つは直接スカウト。言葉のまんま、一対一の状況で「俺の担当になってくれ!」と口説き倒す方法である。スペを俺がスカウトした時もこれに分類される。だが実際にはあまり一般的じゃない。
2つ目が書類スカウトだ。これは主に模擬レースなどで見所があってスカウトしたいとトレーナーが思った場合、そのウマ娘に事務課経由でコンタクトを取る。ウマ娘がコンタクトを承諾して、互いに軽い面談をした後に合意すれば担当契約成立となる。例年、有望なウマ娘は複数人のトレーナーにスカウトされるのだが、その際に無用な口論が発生しないように設定された制度だ。大多数のトレーナーはこちらでウマ娘と契約している。
あのウマ娘は沢山コンタクトがきて戸惑うことになるだろうなぁ、そう思いながらターフで汗を拭う彼女を見ているとスペが俺の顔をじっと見ているのに気付く。
「……凄いジッと見てましたね。可愛いですもんねあの子」
「いや、だから違うって」
まだ言ってるよこの子。俺、どんだけ信用されてないんだろうか。一度も俺はウマ娘を見た目でスカウトしたことなんてないんだけども……ってウマ娘は全員容姿が良いから見た目でどうこう選ぶなんて出来ないしな。それにスペだって可愛くて愛嬌もあって見た目は良いじゃん。
「ねえ、トレーナー。もし私以外の担当をしてほしくない……って言ったら、どうします?」
「突然どうしたんだよ」
「答えてくださいトレーナーさん」
掛かり気味なスペを見て、俺は確信する。
ウマ娘は普通の人と比べて、感情のコントロールが若干苦手だ。その理由は諸説あって、中には本能的に走ることが好きであることと関係していると言われているが、研究者の努力も虚しく未だ不明である。
現在、スペは不安を感じている。今まで俺と二人三脚でやってきたから環境の変化を肌で感じて、反発心を抱いてるのだろう。その感情を発端に理性のタガを外しかけている。
普通の人間である俺はウマ娘に押さえつけられてしまえばすぐに骨の一本くらいは折れてしまう。無論スペにだって倫理観はあるし、幾らウマ娘が感情的になりやすいと言っても暴力に訴えるのは稀だ。それでも慎重な言動が求められるのは違いない。
どう答えるべきか。
そう悩み始めた俺に『選べ』という声が降り注ぐと、世界が動きを無くした。またかよ。ちょっとは俺の都合を考えてくれ。
はぁ……。
仕方ないので流れ出した選択肢を目で追い始める。
『①分かった。結婚してくれスペシャルウィーク。と熱く告白』
『②分かった。でも俺、お前のこと嫌いだからもういいや。もうどっか行っていいよ。と熱く告白』
巫山戯んな。ガチで巫山戯んな。殺すぞこの野郎。
あのさぁ……! 何が熱く告白だよ!
選べるわけないじゃん②とか! そんなことを言ってスペがどんな表情をするか……考えるだけで心が痛い!
「分かった。結婚してくれ。スペシャルウィーク」
「え……ふぇ!?」
虚を突かれたようにスぺは大きな瞳をパチパチと開閉させる。そりゃそうなるよね。
「とあるゲームにはね、沢山いるキャラクターの中で最も深い仲のキャラと結婚できるシステムがあるんだ。だから俺たちもそれに倣って実際にはともかく、俺の愛バとしてそういう関係になるのも悪くないんじゃないかなって思ったんだけど」
このままだと衆人環視下で女子高生に告ったロリコン成人男性という評価がされるので慌てて弁明。我ながらどういう理屈なのか分からないけどスぺは目を白黒とさせて困惑しているから良し! 誤魔化せたな!
その代わりに別の問題がたった今浮上したけどな!
「そ、そういうのは少し早いというかトレーナーさんそれって本気なんですか私と結婚するって……!?」
「い、いやまあ。ごめん。唐突すぎた。ホント困らせちゃってすまん」
「私は大丈夫です! 大丈夫ですけど……結婚かぁ……トレーナーさんと結婚……」
な~んちゃって! 結婚とか冗談だよ冗談、スぺは早合点だなぁ!
とか言い始めたら今度こそ蹴られて死んでしまいそうな気がして、もう自分から出した話に合わせるほか無くなってるけど大丈夫か俺。スぺのあの顔は次の出走レースをどうするか思案している時以外には滅多に見ない顔なんだけど人生の墓場に両足飛びで突っ込んでないか俺。
「と、兎にも角にも俺が担当するウマ娘は増えると思うから仲良くしてくれよ。新入生かどうかは分からないけど、多分スぺが先輩になると思う。頼りにしてるからね」
「……分かりました! スペシャルウィーク、頑張ります!」
それは後輩の世話に対してのコメントなのか、それとも俺との新婚生活に対しての意気込みなのか。
微妙に俺とスぺとで会話がズレている気がしたけど、わざと無視してそのまま模擬レースを観戦した。
オリジナル設定だったり、時系列も変な点があるかもしれないですが寛大な気持ちで許してください。間違ってるところあったらコッソリ感想で教えてくれると助かります。