脳内選択肢が俺とウマ娘をうまぴょいさせようとして来る。 作:金木桂
結局、これというウマ娘を発見することが出来なかった。
そろそろスぺのトレーニングもあるし、今日はこのくらいにしておこう。
そう思い立った俺は腰を上げて校舎の方へと歩く。因みに平賀トレーナーは一足先に「ま、まあ。頑張れよ……」と引き気味で喫煙所へと去ってしまった。また俺の人間関係がおかしくなっちゃったなぁ……。
「あ、トレーナーさん! ここにいたんですね!」
「あれ、スぺ? そっか、もう授業終わったんだ」
トレーナー棟に入る手前で体操服姿のスぺと合流した。もう少し時間があると思ってたんだけどね……ちょっとスカウトに精を出しすぎたかもしれない。
「はい! ちょっと早めに終わりまして、急いできちゃいました!」
「そうなんだ……申し訳ないんだけどまだデスクワークがちょっとだけ残っててさ。30分は掛からないと思うけど先にトレーニングを」
「じゃあトレーナールームで待ってても良いですか?」
「えっ? まあいいけど……」
良く分からないまま頷く。
待つと言ってもトレーナールームなんて大したものないんだけどね。仕事道具を除けば来客用のソファーと冷蔵庫くらいだ。……冷蔵庫?
「スぺスぺスぺ」
「どうしましたかトレーナーさん?」
「冷蔵庫の中身は今は空だよ」
「それが何か……あ、ちょっと待ってください! もしかして私が食い意地を張って居座ろうとしてると思ってませんか! 違いますからね! 食べませんよ!」
敢えて早足で進むが、ウマ娘であるスぺは自己弁護を続けながら俺の後をピタリと着いてきた。引き離せないか、そりゃそうだよね。
俺はスぺのことは信頼しているし信用もしているけど、それ以上にスぺの胃袋と飽くなき食欲を信頼している。その観点から、こと食事に関するスぺの発言はあまり信用できない。どのくらい信用してないかというと、これはスぺと契約してすぐのことだ。スぺが普通のウマ娘の何倍もの異常な食欲を持っていることが発覚して、体重調整を失敗することを懸念した俺はスぺに一週間の食事内容を紙に書いて提出することを命じた。そしてその紙を見ながら摂取カロリー量と体重が釣り合っているか今日まで毎週計算しているわけである。
凄く凄く手間だけど、これくらいしないとスぺは食べて食べて肥えてしまう。これもトレーナーの仕事である。
「トレーナーさん! 聞いてますか!?」
「おー聞いてるよ。今度焼肉連れてってあげるからね」
「ホントですかデートですね約束ですよ! ……って私は誤魔化されませんからね!」
「秒で流されたよね今」
圧のある笑顔で早口で喋った後、取り繕うように話題を戻そうとするスぺ。
我が愛バながら、こんな単純な餌をぶら下げた瞬間全速力で食いつくのはどうかと思う。こんなところでGⅠ五勝の瞬発力を発揮しなくてもなぁ……。
「私は食べるのは好きですけど……でもトレーナーさんのためなら多少抜くくらい、へっちゃらなんですよ?」
「そこは俺のためじゃなくてレースのためと言って欲しかったなぁ、トレーナー的に」
「むぅ……」
本心からそう零すとスぺは不満そうな声を上げる。
そんな可愛い声を出されたところでなぁ……しょうがないから今度から冷蔵庫になんか買って置いておくか。ゼロカロリーの寒天ゼリーとか太らなそうなやつで。
トレーナールームに入ると俺は早速パソコンを立ち上げる。スぺはどこか不機嫌そうに来客用ソファーに座ると口を開く。
「トレーナーさん、さっきの話の続きですけど」
「スぺがよく食べることか?」
「そうですけどさっきの言葉を聞いて私、思ったんです。教えてください、私のことをトレーナーさんはどう思ってるんですか?」
「スぺのこと? うーん、食欲の権化かな……」
「違いますよね。真面目に答えてください」
そしたら俺の愛バだろと答えようとして、スぺの目を見て閉口する。スぺはそんな当然のことを聞いている様子じゃなかった。
二年間の二人三脚のおかげで何となく分かる。じゃなくても口調に怜悧さが帯びている。
俺の本意を聞きたいのだろう。
……レースとか立場とか、そういう柵を全て取っ払った本当の俺の気持ちか。あまり考えたことなかったね。
キーボードをタイピングする指を止めて、考えてみる。
まず、見た目は可愛い。もし高校時代にこんな女の子から優しくされたら間違いなく惚れてたし、今頃違う道を歩んでいたかもしれない。それに性格も良い。素直だし、常に明るい振る舞いをするスぺを見ているとこっちも笑顔になれる。良く食べる姿も悩みの種であると同時にスぺの一つのチャームポイントだと俺は思っている。
スぺへの感情を整理していると、不意に先程の平賀トレーナーの言葉を思い出す。
『ウマ娘と恋愛するなら上手くやれ』
そんな言葉を聞いたせいか、いやに恋愛的な方向性で考えそうになる。でもスぺと恋人になりたいかと言えば違う気もするな……。なんだろう、こう、俺の理想と違う。
確かにスぺは女の子としては理想的だし、誇れる愛バだけど、恋愛対象としては良い子過ぎる。妹みたい……も少し違うな。
そうだね。
上手く言語化できないけど、スぺは良く面倒を見てやっている近所の女の子という関係性が俺の所感と一番近いかもしれない。
「年の離れた従妹かなぁ」
「え、好きとかそういう感じじゃなく?」
「え?」
「あ、ええっと……なんでもないです」
スぺは顔を赤く上気させると、勢いよく俯いた。恥ずかしいなら言わなきゃいいのに。
「やっぱ俺はスぺを監督してる立場だから自然とね。ここまで食生活に干渉しなきゃならないウマ娘なんてそう多くないよ」
「う″っ……そうですよね……」
照れたかと思えば、今度は心のど真ん中に刺さったのか苦しそうな声を出す。感情がコロコロ変わって見てて飽きないのは確かだなぁ。
「でも従妹ですか……なるほどです。妹とは違って合法ですし……チャンスはある……!」
「スぺ?」
「いえ! なんでもないですトレーナーさん!」
ブツブツと言い始めたから本格的に凹んだのかと思って心配になったけど、どうやら違うみたいだ。良かった。これで精神的にダメージを負ってたらまた食べ物で釣らなきゃいけなくなるし。
と、ここで『選べ』というアナウンスが流れる。
『①俺、実は恋愛対象はアンダー五歳なんだ。ショタも可』
『②突然だけどスぺの好きな人ってどのトレーナーかな?』
何をカミングアウトさせようとしてんの?
そりゃ俺だって男だから若い子の方が好みだけど流石にロリコンとまでは行かないし、ショタは不可だよバ鹿野郎。
それに後者の選択肢はなに。スぺってトレーナーのことが好きなの? このゴミクソ選択肢に踊らされるわけじゃないけど、本当にそうならどのトレーナーなんだろう。トレーナーって変わり者も多いけど結構見た目カッコいい人多いからなぁ。一目惚れとかしていてもおかしくない。
聞くのは野暮だけど、選択肢だから聞くしかない。別に俺が気になってる訳じゃないからね。俺は悪くない。脳内選択肢が悪い。
ということで、ここは②一択だね。
「突然だけどスぺの好きな人ってどのトレーナーかな?」
「どのトレーナーさん!?」
「あ……うん。そんな驚くとは思わなかった」
大声を張り上げられるとこっちもビックリする。……この驚きよう、本当にトレーナーの中に好きな人がいるとか? 意味不明な脳内選択肢の言うことだから有り得ないと思っていたけど、この反応が演技と思えないし。マジか。うん。マジか。
「……あの、もし言い辛いようなら無理にとは言わないんだけど」
「い、いや! 言いますからちょっとだけ待って下さい!」
何も言わずに、口を開いたり閉じたりとモゴモゴしているスぺに気を遣って声を掛けてみるとそんな返事が飛んでくる。
別に好きな人を俺に言う必要なんて無いと思うけど……もしかしてアレか。俺だって別に鈍感なわけじゃない。分かったぞ、俺にそのトレーナーとの懸け橋になって欲しいんだろう。なるほどなるほど。少し寂しい気もするけど、もしそうなら多少応援をしてやらないこともない。スぺが幸せになるのは俺も嬉しい。愛バだからね。
スぺは深呼吸を何度もして、呼吸を整えると大きく口を開いた。
「じゃあ、言います! 言いますけど、言うのは一度だけですよ! 絶対に聞き逃しちゃダメですからね!」
「お、おう。構わないけど。ドンと来い」
なんか告白みたいな流れだな。謎にこっちまで緊張してきた。
「……私、トレーナーさんの」
そう思いながら身構えた瞬間、俺のポケットからタイミング悪くスマホが鳴り始めた。ピロロロロ、という電子音が張り詰めた室内に響き渡る。
「ごめん、ちょっと出るね」
スぺの返事を聞かずに俺はスマホを取り出す。着信画面には事務課の文字がポップしている。たづなさんだな。
『お疲れ様です。たづなです』
「あ、はい。お疲れ様です。どうしましたか?」
『急ぎの件ではないんですけど、少しだけお時間大丈夫ですか?』
「ええ、大丈夫です」
『ありがとうございます。今年の四月から入った研修生がいるんですけど、本来ならチームトレーナーのところに付かせる予定だったんですが予定が狂いまして。そちらで業務を行わせてもらえないでしょうか?』
研修生か。そういや四月ってそんな時期だったね。
中央のトレーナー国家資格を取るには二つの関門がある。
一つは一次試験である筆記試験。通過率8%の文句無しの難関で、受験者の大多数がトレーナー専門学校や予備校などで対策をしているにも関わらず92%は落ちてしまう。筆記試験の科目は幾つかあるけど、そのどれも七割から八割と高いボーダーラインが張られているのも特徴だ。しかも税理士試験のように科目ごとの受験は出来ず、一つでも不合格の科目があれば翌年再受験となってしまう。俺は運良く一発だったけど、もう二度と受けたくはない。
そしてもう一つの関門が二次の実技試験。研修生として実際に各地のトレセン学園やウマ娘の教育機関などに所属して、最低一年間の実務経験を積むのである。そして三月に一年間の働きぶりが査定されて、二次試験合格かどうかが決まる。
合格率は4割と筆記試験よりはかなり高いが、それにも理由がある。
この二次試験、別に期間は一年間だけという訳じゃない。合格するまで研修生として在籍することは可能なのだ。勿論期限として筆記試験をパスしてから十年以内という縛りはあるけど、不合格になる人間の多くは期限内に自分から辞めて行ってしまう。だからこそ、この二次試験まで来たら、後は中央のトレーナーになるという強い意志さえあれば晴れてパスして中央のトレーナー資格を貰えるのである。
要するに、研修生というのは中央のトレーナーとして後一歩の段階まで来た優秀な人材だ。俺もこの道を通ってきたわけだから自画自賛してるみたいでこそばゆいけど。
「でも、まだ俺はスペシャルウィークしか担当はいませんよ? 研修生を取っても任せる仕事があまりないんですけど」
『それは承知しているんですが……本人たっての希望でして。勿論、断ってくれても大丈夫です』
「本人たっての希望?」
思わず繰り返してしまう。
上からの評価が大事な研修生という立場からすれば、俺みたいな一般トレーナーよりもチームを率いるようなトレーナーに付いた方が得だろうに。なにせ任せられる仕事の量も質も違う訳で、正直こんな零細トレーナーの元に来るメリットはない。
「一応、その研修生の名前を聞いても良いですか?」
「はい。スターペリエですね。元はこのトレセン学園に所属していたウマ娘のようですが……もしかしてお知り合いでした?」
俺は明らかに動揺した。
スターペリエ。その名前はこの二年強、忘れようとしても忘れられないウマ娘の名前だったからだ。
二年前このトレセン学園のターフを走っていた彼女が今やトレーナーの卵なんてな……。
「……分かりました。研修生は何時から来るんでしょうか」
『ありがとうございます。今月は研修がありますので、来月一日に合流するようお願いします』
「分かりました。それでは失礼します」
通話を終える。
……複雑な気分だった。忘れそうになっていた過去が現在へ追い込みをかけてくるだなんて、思いもよらない。とんだ末脚だよ、本当に。
「……ごめんねスぺ。で、どのトレーナーが好きなんだ?」
何とも言えないこの感情を持て余していると、視界に不機嫌そうなスぺが入ってくる。つい五分前まで機嫌はそこそこ良さそうだったのに、ついには不貞腐れるようにソファーに座り込んでいる。
「トレーナーさんなんて知りません!」
スぺは俺のことを一瞥するなりそう言って部屋を出て行った。え、傷つく。
しかしガチャとドアを開けて、すぐに戻ってくると。
「焼肉忘れないでくださいね!」
再び部屋から出て行った。なんなんだろう、本当に。
〇─── スペシャルウィーク ───〇
今日のトレーニングも終わって、ご飯も食べて、あとはお風呂に入って寝るだけ。
そんな一日の終わりになってもなお、私の怒りは収まりませんでした。
「トレーナーさん……そりゃお仕事の電話は大事ですけど、あんな何でもない風に話を切るのはどうかと思います……」
う~、と言葉にならない呻き声が漏れてくるのが自分でも分かります。
だってあの雰囲気ですよ?
トレーナーさんだって何となく空気感に気付いているようでしたし、それであの対応は信じられないと思います! けーわいですよけーわい!
「スぺちゃんどうしたの? なんか変よ?」
「スズカさん……」
スマホを見ながら考え込んでいると、またスズカさんに心配されてしまいました。
「ちょっと色々ありまして……」
「相談があるならその、私で良いなら乗るわよ? 頼りないかもしれないけど……」
「スズカさんが力不足だなんてとんでもないですよ! じゃあ……お願いします」
流石スズカさんだ……頼りになるなぁ。
一旦自分の感情を整理して、改めて私は話し始めます。
「実はその、今日。思い切ってトレーナーさんに告白しようとしたんです」
「こく……はく?」
「はい。でも大事な瞬間にトレーナーさんの携帯が鳴って、無かったことにされたんです」
「そう、なの」
私がそう言ってもスズカさんは何時もと同じような、涼し気な表情で聞いていました。スズカさんは私より年上ですし、きっと色々なことを考えてるんだろうなぁ。
「確かにお仕事の電話は大事ですけど、全然怒りが収まらなくて……スズカさん、私どうしたら良いんでしょうか?」
「スぺちゃん……」
スズカさんは言葉を聞き終えると、少し間隔を開けて、口を開きました。
「取り敢えず走れば良いと思うわ」
「え?」
「私はいつもそうしているもの」
───いつも?
もしかして、スズカさんもトレーナーさんとこういう経験をしたことがある?
「思い切り走れば、難しいことは忘れるわよスぺちゃん」
そう言うスズカさんの目はいつになく真剣でした。
なるほど……確かに身体を動かすのは気分転換になるっていいますもんね!
「ありがとうございますスズカさん! 私、ちょっとだけ走ってきます!」
「うん。いってらっしゃいスぺちゃん」
私は早速着替えると、薄暗くなった外に飛び出した。
サイレンススズカ「取り敢えず走れば良いと思うわ(良く分かってない)」
サイレンススズカ「私はいつもそうしてるもの(単なる事実)」