脳内選択肢が俺とウマ娘をうまぴょいさせようとして来る。   作:金木桂

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6話 悪夢を見るかセクハラか

「トレーナーさん、結婚してください!」

 

 トレーナールームでカップ麺を食べていると、久しぶりに勝負服を着こんだスぺからそんなことを言われた。

 待て。待て待て待て。

 

「結婚ってスぺさ……唐突すぎるし何個も段階抜かしてるし」

「大丈夫ですトレーナーさん! 北海道までの旅行券も用意しました! おかあちゃんにも式には出るよう説得済みです! 函館のおしゃれなチャペルも抑えてあります!」

「付き合う前から挙式のプランニングまでしてるの!?」

 

 どんな行動力だよ!?

 最早掛かってるとかそんなレベルじゃない! ここまで強引なウマ娘だったかスぺは!?

 

「安心してください! 全部私に任せてくれれば、トレーナーさんは私を好きでいるだけで大丈夫ですから!」

「スぺって自信満々にそんなことを言える子だっけ!?」

「さあこの旅行券を受け取ってください! これからは私が遺骨になるまで離れません!」

 

 表現が怖ぇんだけども!? ホラー映画のワンフレーズだろそれは!

 

 

 

『①スペシャルウィークを押し倒す』

『②スペシャルウィークを押し倒さない』

 

 

 

 押し倒さねえよ!? なんだこの1か0しかない選択肢!?

 

 スぺが旅行券をこちらに差し向けた瞬間、バタンッ!と乱雑にトレーナールームのドアが開いた。

 

「難色ッ! 私はその結婚には賛成できない!」

「理事長!? 何でここに!?」

 

 普段から多忙な理事長は個人のトレーナールームにまで来ることなんて無いはずなのに、唐突に入って来るなり事情を知ったように俺とスぺの間に割り込んだ。

 

「どうしてですか理事長さん!」

「決まっているだろう! キミは未成年だし、それにこのトレーナーは私と婚姻を結んでいる!」

 

 いや結んでないですが。

 理事長までとち狂ったのかな……。まるで選択肢を前にした俺みたいだ。

 

 

 

『①理事長を押し倒す』

『②理事長を押し倒さない』

 

 

 

 しつこい!

 だから何なんだお前は!? ①とか選ぶわけないだろうが!

 

 スぺは理事長をキッと睨んでいたのが、婚約と聞いた瞬間こちらに振り向いて目を大きく見開いた。

 

「婚姻!? トレーナーさん、どういうことですか!?」

「自省ッ! 彼に詰め寄る前に反省したまえ! スペシャルウィーク君、勝手にご両親に会わせようとしたり式場を予約したキミはトレーナー君からしたら傍迷惑だ!」

「そんなことないです! トレーナーさんは許してくれます!」

 

 ええっ……何その無限大の信用。俺、スぺに対してそこまで譲歩した覚えないんだけど。

 

「大体理事長さんこそ何なんですか!? 私とトレーナーさんの間に割り込まないでください! トレーナーさんはあげません!」

「笑止ッ! それはこっちの台詞だ! そちらこそ私の匙加減次第で今後キミとトレーナー君の担当契約を破棄できることを自覚したまえ!」

 

 うわぁ……理事長、凄い悪役っぽいこと言い始めたんだけど。

 ねえ俺どうすればいい?

 この空間に一番適応できない俺はどうすれば良いんですか?

 

「トレーナーさん……こっちです……」

 

 すると、トレーナールームの奥にある窓からたづなさんの声がした。見るとたづなさんが開いた窓から手招きをしている。ありがたい……助けに来てくれたんだ。

 

 そろりそろりと見つからないように抜け出して、窓から身を乗り出すと無事あの激重空間から脱出することに成功。

 

「ありがとうございますたづなさん……おかげで人生の墓場に入らずに済みそうです」

「いえいえ。私もトレーナーさんの助けになれて良かったです。ところでトレーナーさん、こちらにサインしてもらえませんか? トレーナーさんから頂いた経費の決済用紙なんですけど判子が無かったので」

「あ、はい」

「市役所に出した届出印でお願いしますね?」

 

 え。なんでそこまで指定するの?

 そう思ってたづなさんの持つ紙を見るとそこには『婚姻届』と書かれている。

 

「……はい?」

「書いてください。いま、すぐに」

 

 と迫られても……いやおかしいって!?

 スぺも理事長もそうだけど付き合ってないのにプロポーズしようとしてくるのが最近の流行りなの!? 違うよな!?

 

 また『選べ』という声が脳内を突く。

 

 

 

『①今すぐに実印でサインしちゃいなよユー』

『②じゃないと……なんでもない』

 

 

 

 いつからお前はそんなウザいテンションになったんだよ!

 それに「じゃないと……」ってなに? 怖いんだけど。どうなるの俺。つかこの選択肢どっちが何なの?

 

「トレーナーさん……サイン……」

「ちょっ、たづなさん!?」

 

 選択中画面のはずなのにたづなさんが動いてる!? さっきから何なんだよこれは!!

 

「ちょっと待った! あたし、トレーナーに用があるから少し待ってちょうだい!」

「スカーレット!?」

 

 今度は横からぬるりとスカーレットが現れた。まさかまた婚姻……!?

 

「あんた、あたしに全勝させるとか言っときながら昨日のメイクデビューで四着だったわよね。あの時の言葉、違えないでよね」

「あの時の言葉……?」

 

 またもやクレイジープロポーズをされるかと思えば、スカーレットは別の話題を出してきた。

 あの時の言葉……何だそれ。覚えてないぞ俺は。

 全く分からない俺にスカーレットは溜息を吐く。

 

「負けるたびに四肢を捥ぐって約束。今からあんたの左腕を圧し折るわ」

「……はぁ!?」

 

 それ言ってない俺! そう言われるかもと冗談で考えたことはあるけど口にしてないから俺!

 

 スカーレットは飛び掛かってきて俺を押し倒す。そして右腕を十字固めの形で極めると、関節が絶対に曲がってはいけない方向に力を込め始めた。

 

「ちょっとスカーレット!? ちょっと話をって痛い痛い痛い!」

「あたしを勝たせなかったあんたが悪いのよ! 大人しく死になさい!」

「死ぬの俺!?」

 

 悶絶しながら抜け出そうとしていると、また『選べ』と声が聞こえた。

 

 

 

『①ダイワスカーレットを押し倒す』

『②諦める』

 

 

 

 押し倒すどころか俺が今押し倒されてんだよ!! クソが!!

 

 普段の一億倍は使えない脳内選択肢に恨みを募らせると、来世があれば鳥になりたいと思いながら俺は意識を無くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日体調不良で休もうかな……」

 

 最低な気分で目を覚ました俺は、二度寝したくなった本能を抑えて顔を洗うことにした。疲れてるのかな、俺。

 

 

 

─── ─── ───

 

 

 

「おはようございますトレーナーさん!」

「ああ、おはよう」

 

 今日も絶賛平日で、欠伸を殺しながらいつも通りトレセン学園のグラウンドに向かうとスぺが先に待っていた。屈伸したり足を伸ばしたりと、準備運動を熟している。

 更に、昨日から俺の担当ウマ娘に加わった人影が一人。

 

「遅かったじゃない。全く、あたしのトレーナーになったからにはもっとシャンとしなさいよね」

「ごめん。ちょっと夢見が悪くてね……」

 

 ダイワスカーレット。

 自分をスカウトしたトレーナー12人と会って話した上で決めると息巻いてた彼女は、何を思ったのか俺を選んでいた。話によればリギルのセレクションも受験して通っていたそうだ。それを蹴ってまで俺のところに来るなんてね……。

 

 まあ、スカーレットに関してはまだメイクデビューは先の話になる。転入組のスぺと違い、彼女はまだ一年生。今年デビューするにせよしないにせよ、もう少し身体の成長を待ってからデビューさせた方が良い。

 

「ストレッチをしながらで良いんだけどスカーレット」

「なによ」

「どうかな? 今のところの俺の指導は」

「別に。基礎トレばかりで言うことなんてないわよ」

「そっか」

 

 スカーレットと打ち解けようと会話を試みるけど、素っ気なく返されてしまった。スぺと同じくらいに、とまでは思ってないけど、もうちょい仲良くなるにしても時間と交流が足りてないかな。

 

「安心してスカーレットちゃん。トレーナーさんはこう見えて優秀だから」

「そうですね……トレーナーについてはスぺ先輩を育成した手腕は認めていますよ。でもあたし、実績じゃなくてこれからで判断しようと思ってるんで」

「うん、そうすると良いかも」

 

 スぺもスカウトする前は少し嫌そうにしていたのに、実際に後輩が出来ると意外に面倒見が良い。取り繕っているわけじゃなくて、どっちもスぺの一面なんだと思う。良い子だからなぁスぺは。

 

「あれ、トレーナーさん?」

 

 身体を伸ばしていたスぺがふと止まった。

 ストレッチメニューには二人で行うものがある。他にウマ娘がいないため、普段ならば俺が代わりにペアを組んで熟していたのだけど今日からは違う。

 

「スぺ、今日からはスカーレットとやってくれないかな? 折角メンバーが増えたんだし、そうやって親睦を深めるのも良いと思うんだ」

「そうですか…………分かりました!」

「スカーレットもそれでいいかな?」

「あたしはどっちでも構わないわ」

 

 トレーニングの一環とはいえ、本来俺とスぺがそうやって身体を密着させるのは良くないことだ。それが解消されて少しホッとする。

 

 ペアでストレッチを始めた二人を眺めながら体調を推し量っていると、スぺがスカーレットを持ち上げた瞬間、動きが静止した。

 

 

 

『①やっぱ替わってくれないかスカーレット。やっぱり俺はスぺと濃密な身体的接触がしたいんだ!』

『②スカーレット、もっと密着して。スぺもほら、恥ずかしがらないで押し付ける感じで(写真を撮りながら)』

 

 

 

 選択肢が俺を中心点にして公転し始めた。

 セクハラだ。紛うことなきセクハラだこれ。

 

 ただいつもみたいに思考が乱れることがないのは昨晩の夢見が関係しているんだろうと思う。夢の中でまであんだけぶち込まれたら俺だって感覚が麻痺する。短時間であそこまで選択肢に弄ばれるなんて、俺の経験からしても滅多にないことだった。

 

 まあ、この手の選択肢に関しては俺はもう自称プロを名乗れるくらいにはやってきた。①を選んだら間違いなくスカーレットから失望される。②も気持ち悪いけど、身体的セクハラを伴う①よりはマシだ。

 

 ……しょうがない、気張れよ俺。

 俺はスマホを手に取って、ロックを解除した。

 

「スカーレット、もっと密着して。スぺもほら、恥ずかしがらないで押し付ける感じで」

「は、はああ!? なに言ってんのこのトレーナー!?」

 

 言いながらパシャパシャと写真を撮るとスカーレットが持ち上げられながら物凄い形相で睨んできた。だよね。ごめん。

 

「スぺ先輩も続けないでよ!? こんな事を言ってるのに放っておいて良いんですか!?」

「スカーレットちゃん、トレーナーさんは変だけど悪い人じゃないよ?」

「信じられるかぁ!」

 

 俺がスマホを仕舞った後もバタバタと抜け出そうとするけど、スぺの力に敵わず抜けることは出来ない。

 やっとスぺから下ろして貰うとスカーレットは俺の方へとズカズカ歩いてきた。

 

「あんたねえ! あたしのトレーナーとしてそういう言動は慎んでほしいんだけど!」

「ごめんね。ただ由々しき事情があってさ、やらざるを得なかったんだ」

「何よ事情って……!」

「うーん……言うなれば神からの啓示的な?」

「はあ!? 馬鹿にしてんの!?」

 

 まあ、そうなるよね。俺の主観からしたらあまり間違った解釈じゃないんだけど、突然言われても嘘にしか聞こえない。

 

「冗談はともかく、スぺとの身体のバランスを見ておきたかったんだ」

「身体のバランス……?」

「俺はスぺのことならプライベートな数値以外は大体細かく知ってるけど、その他のウマ娘については知らないんだ。だからスぺを物差しにしてより正確にスカーレットの身体の作りを知って、どのくらいのトレーニングが最適かを考えてた」

「それ、写真撮る必要あったの?」

「これから君は日々少しずつ、でも着実に成長していく。だから写真に残して過去との対比も可能にしたいと思ってね。スぺの時にそうすればよかったなぁという経験からやろうと思ったんだ」

「へぇ」

 

 丸っきり嘘っぱちだ。スぺの身体能力や身体付きにおいては親よりも誰よりも知ってるのは事実。でもそれを物差しにする必要なんて無い。触診すればスカーレットのことは大方分かったし、スぺの時に写真を撮ろうだなんて考えたことも無いし。選択肢のせいで取り繕うための嘘がミルフィーユみたいに重なっていくね。ったく。早く消えねえかな選択肢。

 

 俺がそう言うと、スカーレットは少し疑いの晴れた顔で顎に手を当てた。

 

「……まあ、許してあげるわ。でも今度からは事前に言ってよね!」

「ありがとう。努力するよ」

 

 どうやらスカーレットの疑念は或る程度晴れたようで、怪訝な顔は残しつつもスぺの方へと戻っていく。

 その様を見ていたスぺが一言。

 

「……あれ、なら何で押し付ける感じでとか言ったんだろう」

「それは……まあ、アレだよ。思いっきりやらないとストレッチにならないだろう?」

「そうですね! 納得しました!」

 

 ……何とか誤魔化せたかな。うん。

 素直だけどスぺは天然で妙に鋭いことを言ってくるからヒヤッとする。

 俺は一息つくと、再び二人を観察し始めた。

 

 

 

─── ─── ───

 

 

 

 担当ウマ娘が一人増えるということは、仕事量が二倍になるということである。

 それも同程度のウマ娘ならいいが、スカーレットはまだ入ったばかりの新入生。スぺとも実力の差は大きいためトレーニングメニューは考慮しなきゃならない。

 

 つまり、忙しくなった。

 

 ここまでパソコンに齧りつくのは初年度ぶりだ。二年目になれば結構仕事も分かってたし、一年間の流れも理解していた。

 これでも効率的に仕事をしていたつもりなんだけど、一人増えるだけで考えることがこれほど多くなるなんて思わなかった。おかげで昼飯も適当に買ってきたサンドイッチを食べながら、片方の手はファイルだったり本だったりをひっきりなしに捲ってはパソコンと睨めっこだ。

 

 俺でこれならチームトレーナーとかどうなるんだろうか。エグイんだろうなぁ仕事量。俺がなったら死ぬかもしれない。

 いや、その前にたづなさんに咎められて仕事が消化出来ずに無能扱いされるだけか。それはそれで駄目だね。ただでさえ脳内選択肢のせいで奇行を強いられている訳だし、仕事さえ出来ない人間として見られたら今度こそトレセン学園での居場所がない。

 

 終わらないことはない。どの仕事でもそうかもしれないけど、妥協を挟めばもうちょっと簡単に終わる。でもスぺやスカーレットのためを考えたらとてもそんなことはできない。板挟みだ。

 

「トレーナー、来たわよ! って忙しそうね……」

 

 スカーレットの声に顔を上げる。時計に目をやれば午後三時過ぎ……もう放課後なのか。

 

「まあね。でも全部トレーナーの仕事だから気にしないでくれると助かる」

「ふーん。あのさ、トレーナーにちょっと頼みがあるんだけど」

「頼み?」

「あたしの同級生でウオッカっていうのがいるんだけど、ちょっと勝負することになったからレース場を使えないかしら?」

 

 ……はい?

 

 

 




夢オチをやりたかったのと、ダスカを出したかっただけの準備回
次回はもう少し真面目です
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