脳内選択肢が俺とウマ娘をうまぴょいさせようとして来る。   作:金木桂

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7話 人を煽るかタイマンか

  曰く「あたしはあいつだけには負けられないの! だからトレーナー、見ててよね! あたしが一番ってことを証明してみせるわ!」らしい。

 良くは知らないけど取り敢えず分かったことがある。

 

 ダイワスカーレットと話に出てきたウオッカという新入生は、互いにライバルの関係性らしい。トレセン学園入学前からの知り合いで、普段からいがみ合う犬猿の仲とは本人談。しかし部屋は同室というから何とも奇妙な巡り会わせだ。

 

 そんな二人は昼休みに些細なことで喧嘩すると、レースで決着を付けようという話になったらしい。因みに喧嘩の内容を聞けば「そんなの忘れたしどうでもいいでしょ!」とのこと。喧嘩するほど仲が良いという諺を俺は思い出した。

 

 だが普通はレース場を貸切るなんて出来ない。普段から模擬レースが行われているし、そうじゃなくても桜花賞や天皇賞春といったGⅠもすぐそこに控えているため様々なチームやトレーナーによって一時間単位で予約が埋まっている。

 ただ、ウオッカの方のトレーナーは普通じゃなかった。

 

「よお。話すのは初めてだな。俺は沖野、チームスピカのトレーナーをしてる。宜しくな」

 

 スカーレットから頼まれて翌日放課後、俺は観客席にいた。

 

「俺は白灘です。スペシャルウィークとダイワスカーレットのトレーナーをさせてもらってます。本日はありがとうございました」

「気にすんな。後輩の世話は先輩の務めだ。それにいつものトレーニングのついでのつもりだしな」

 

 俺が頭を下げると沖野トレーナーは飴を口に咥えたままターフに視線を投げた。

 

 沖野トレーナー。『スピカ』という強豪チームを指揮している、このトレセン学園でもトップレベルに優秀なトレーナーだ。現在所属しているウマ娘はメイクデビュー前を除いて、その全てがGⅠ勝利経験があるという怪物染みた手腕を発揮している。

 

 ウオッカとスカーレットとのレースでこんなちゃんとしたレース場を使えるのもこの人のお陰だ。俺は普段からレース場を使うような人数も抱えてないし、レース場を予約しようにも人気すぎて一ヶ月前に申請しないと抑えられない。比べて沖野トレーナーは普段から使ってるため、今この場がある。

 

「お前のことは良く聞いてる。若くて優秀だが、唐突な奇行は何をするのか見当も付かない。トレーナー版のゴルシってな」

 

 それは言い過ぎだと思う。俺はゴルシと違って迷惑は掛けない…………ように努力はしてる。

 

「あはは……でもそういう沖野さんこそウマ娘の生足を後ろから近づいて筋肉をお触りしてるとトレセン内では有名ですよ?」

「こりゃ一本取られた。勤務年数的にも貰ってる戒告処分の数は俺の方が多いだろうしな。まあこれからは戒告処分の先輩として一回でどのくらい給料とかボーナスがカットされるかアドバイスしてやるよ」

「凄い要らないんですけどそのアドバイス……」

「冗談だよ、そう変な顔すんな」

 

 そう言いながらニヒルに笑った。

 噂には聞いてたし、遠目からウマ娘に蹴られるところも何度も見たことあるけど、またなんともキャラの濃いトレーナーだなぁ。

 

「んで、今日の本題だが。お前んとこのダイワスカーレットとウチのウオッカでタイマンレースってことでいいな? コースは芝1600m、右回り。着順は目視、それが微妙な場合はスローカメラで判断する」

「異存はないです」

 

 沖野トレーナーは横に置かれている、三脚に乗ったビデオカメラをポンと叩いた。

 備品にスローカメラなんてもんがあるのかよ……流石に大手チームは羽振りが違うね。

 

 沖野トレーナーはターフから視線を外すと、俺の双眸を直視する。

 

「去年はスペシャルウィークに煮え湯を飲まされまくったが、今回は負けねえぞ?」

「それはこっちのセリフですよ。ウチのスカーレットを舐めないでくださいね」

「俺のウオッカには勝てねえよ」

 

 俺と沖野トレーナーとの間で痺れるような空気が流れる。実際に芝の上で戦うのはスカーレットなんだ。このトレーナー同士の駆け引きで俺が気圧されるのは論外だろ!

 

 その時『選べ』とまたもや時間が止まる。早く死んでくれ。

 

 

 

『①取り合えず場も盛り上がってきたことなので試しに告白してみる。オッケーされるまで告白する』

『②無益な言い争いは止めてパドックにいるダイワスカーレットの名前を強烈に叫んで応援する。反応するまで全力で応援する』

 

 

 

 なんじゃそれ。

 場が盛り上がったから告白するって、完全にノリで生きている学生のそれじゃん。しかも男相手に、告白が受け入れられるまで……って誰がやるかよ!

 選択肢を見た瞬間、俺は②を選択することにした。

 

「ダイワスカーレットッッッ!!! 応援してるから、絶対に一番になってくれ!!!」

「うお!? 突然大声出すなよ! 耳がおかしくなるだろ!」

 

 すみません沖野トレーナー。でも選択肢がやれって言ってるからやらないといけないんだ。

 反応が無いので続けることに。

 

「ダイワスカーレットッッ!! うおーーーッダイワスカーレットッ!! スカーレットのスは凄く早いのス!! スカーレットのカは輝いてるのカ!」

 

『トレーナー!! は、恥ずかしいからもう良いわよ!! あんたがあたしのことを応援してるのは十分に分かったから!!』

 

「スカーレットのレは……よし、俺の思いは伝わったみたいだ」

「そこまで外聞なく応援するとはな……お前のこと少し見直したよ白灘」

 

 こんな選択肢で見直されてもなぁ……あと口にはしないけど沖野トレーナーも大概ですよ。後ろから近づいてウマ娘の太股を撫でるのは流石にちょっとと思う。

 

「沖野トレーナーは応援しなくて良いんですか?」

「まあ。俺はウオッカのことを信じてるからな。それに、応援するならレース中にするさ」

 

 間が持たずについそう話題を振ると、沖野トレーナーが正論を言ってそれもそうだなと思ってしまった。普通、今応援することないよな。

 

「じゃあ沖野トレーナー、スペシャルウィークを一人で観戦させるのも忍びないですし俺はこれで失礼します」

「おう」

 

 俺は視界の端でスぺが観客席に座っているのを見つけて、沖野トレーナーにそう切り出すと沖野トレーナーは軽く肯いた。

 

 さて、スぺの元に行くか。

 

「おー! お前はいつぞやのスペシャルウィークんとこのトレーナーじゃねえか! 元気にやってっか?」

 

 そう思って数歩ほど進むと、俺は背後から何かにどつかれた。

 

「うお!? ゴルシ!?」

「んだよ、こんなプリティーなウマ娘だってのに幽霊が出てきたみたいな驚き方しやがってよー」

 

 振り向けば見覚えのある葦毛のウマ娘。

 歩く奇天烈、理解不能。人がそう呼ぶ、ゴールドシップだ。

 

「ゴールドシップ、久しぶりだね。あのレース以来かな?」

「あーあれな。懐かしーな。あれは中々に盛り上がった方じゃねーの。知らんけど」

「盛り上げたのはゴルシだけだけどね……。あの時は助かったよ。あのままじゃ俺はメディアから晒し首だった」

「感謝されることはやってねえぜ。なんか楽しそうだからノリで参加しただけだしな」

「そっか。ゴルシっぽいね」

「それにちゃーんとリターンは頂いたぜ」

「リターン?」

 

 思わず首を傾げる。

 何だそれ。俺はゴルシに何かあげた覚えはないんだけど。

 

「あれからお前の奇行の数々をスペシャルウィークや事務員から聞き取りしてな。それを纏めて編集して本にした」

「何してんのお前」

「通販とかトレセン内で売ったら増刷するはめになったぜ。てことで、次のマーケットはコミケだ!」

「いや本当に何してんのお前!?」

 

 え、なに。つまり俺の奇行は既に書籍化されてゴルシの懐を潤してるってこと? 常識外も大概にしろよ。

 

 と、ここで再び『選べ』とCM。

 一番ヤバい奴の目の前で脳内選択肢が現れやがった……!

 

 

 

『①他のトレーナーも積極的に巻き込んでみる』

『②生徒にはとても見せれないR18版の奇行も自供する(無い場合は捏造で可)』

 

 

 

 捏造で可、じゃねえんだよ! ふざけんな!

 

「……ならゴルシ、第二版は俺だけじゃなくてスーパークリークのトレーナーとかアグネスタキオンのトレーナーとかもどうだ? トレーナー総集編ってことで」

「そのアイデアは最高にクールだなおい。このゴルシ様がいただいたから後で返して欲しいっつっても渡さねえぞ」

「要らないよ」

「チッ、張り合いが無えの。あ、そうだったな。一応原作はお前だから印税渡しとく。こっちゃスーパーホワイト出版社ゴルゴル文庫だからな! 感謝しろよ!」

 

 そう言って俺に封筒を一つ手渡すと、ゴルシは「じゃあまた死に際に会おうぜ!」と物騒なことを口走って行ってしまう。相変わらず嵐みたいなウマ娘だった。

 

 この封筒、お金が入ってんのかな。

 

 気になってその場で開封するとそこには諭吉が10枚同居してた。

 どんだけ出版で稼いだんだ。ゴルシの奴。

 

 

 

─── ─── ───

 

 

 

 少しして、スカーレットとウオッカがガンを付け合うとゲートに納まった。

 今日のスカーレットの調子は悪くない。でもウオッカは俺から見ると未知数だ。俺はウオッカの模擬レースは見てないし、スカーレットと同じくまだメイクデビュー前だからレース動画も無い。

 これは本当に分からない。

 

「トレーナーさん、どちらが勝つと思いますか?」

「スカーレットが勝つと思いたい……けどまだ俺も担当になって三日目だからね。ウオッカの実力も未知数だし、正直予測が立てられない」

 

 横に座るスぺに振られて、率直な感想を答える。

 スカーレットの足の早さは大体把握してる。今からデビューしてもオープンレースなら勝てるだろう。でもGⅢになるとかなり厳しいと言わざるを得ない。レースに勝てるウマ娘が少ない中、これでも十分凄いことだ。

 

 問題はウオッカだ。あのスピカの沖野トレーナーがチームに入れたんだから有望株なのは疑いようがない。それが果たして、どのくらいの実力を持っているのか。

 

 レースの合図はゲートが開いた瞬間。

 その時が近くなると、俺もスぺも自然と口数が少なくなる。互いに、ただのトレーナーと実際に大舞台で活躍するウマ娘という立場上の違いはあれど、レースに関わる者としては目の前の光景に共通する認識を抱いている。

 

 名義上では模擬レースという扱いだ。しかも学校が開催している公式のものではなく、トレーナー間で行われる私的なレースだ。それでもレースというのだから勝ちと負けがある。芝の上で、喜んで胸を誇る勝者と、自分の実力を悔み膝を折る敗者が現れる。

 本番とも公式の模擬レースとも違って勝っても負けても得るものも失うものもないはずだ。金も、名声も、学校からの評価も手には入らない。はたまた逆に「残念でしたー! 今回負けた貴方には熱湯風呂でーす!」と突然コメディアンが現れて用意された熱々の浴槽に水着姿で入浴するみたいな罰ゲームも存在しない。

 

 勝っても負けても毒にも薬にもならない、そんなレース。

 それなのに、本番さながらの剣呑とした雰囲気。体中をペン先で突かれているように肌が粟立つ。この空気感も慣れたものだ。

 

 ウマ娘は走りたいという欲求を常に持っている。そして勝ちたいという欲求も常人よりも遥かに強い。

 

 見た目こそ美少女かもしれない彼女たち、ウマ娘は俺たちが思うより強い。身体的能力だったり骨構造だったり物理的なパラメータもそうだけど、それ以上に意思が強い。

 

 一般的に、この年頃の女子のほとんどはもっと華やかな学生生活に憧れていると俺は思っている。

 

 レースはそこそこに流して青春の良い思い出を作ろう。どうせ負けるから疲れないように手を抜こう。

 普通の女子中学生、女子高生の多くはそうやって日々を送っていく。勿論それは男も同じ事だけど。

 

 でもトレセン学園に来たウマ娘でこういった感情を持っているのは稀だ。そしてそれは俺からすると驚愕を禁じ得ないことでもある。

 

 十代の女子がまるでプロのアスリートみたいな精神性を発揮しているのだ。

 それも日の旗を背負って国際大会に出場するトップクラスのアスリートみたいな意識を、未勝利戦で走るようなウマ娘でさえ獲得している。成長しきっていない背丈の小さい可愛いウマ娘が、パドックでは見た目と裏腹に燃えるような闘志で目をギラギラに輝かせる。

 

 きっとその高潔なまでのスポーツマンシップはウマ娘の特殊性と言うよりもこの中央のトレセン学園に所属しているウマ娘の特徴だ。俺が地方のトレセン学園で研修生をしていた時のウマ娘は色々ともっと緩かった。ここまでストイックな空気感は無かったし、トレーナーもトレーナーでそれを良しとしている風潮があった。高校の部活動に近いかもしれない。対して中央のウマ娘たちは揃って夢を持って、それに向かって前進する覚悟を持っている。そこが一番顕著に見える地方と中央の違いかもしれない。

 

 でも、しかし、それはそれとして。

 

 何だかんだとトレーナーとして俺がこれまで職務の中で経験してきて「そういうものだ」と納得してきた中でも、今目の前で繰り広げられようとしているレースで流れる風は非常に痺れるもので。嫌でもこのダイワスカーレットとウオッカという二人の関係性が可視化されて、目に飛び込んでくる。

 目を閉じていても他の感覚で理解した。

 喧嘩するほど仲が良い、そう思っていたのは過去の話。この二人は真の意味でライバルだった。きっとここが土地が凸凹とした荒野でも、雑草が覆い茂る河川敷でも、ぬかるんだ沼の中でも。

 この二人は勝負するなら場所なんてどうでも良いんだろうと思う。やると決めたらきっと、何時だってこんな強い対抗心を表に現わす。

 

 感情を剥き出しにして、こうやって利害の無いレースに本気で取り組もうと思える。良い関係だと心底思う。

 

 少なくない空白。

 その後に大きな音を立てて、たった二人の為にゲートが開いた。

 

 そこからのレースに戦略性という文字は一欠片も存在しなかった。

 互いに取った戦略は先行。しかし、どちらかが頭一つ前へ出れば片方がペースを上げて前を奪う。そんないたちごっこが行われるせいで徐々に速度が上がっていく。

 ……ペースとしては既に先行じゃないなぁ。掛かり気味と言いたいところだけど、二人とも完全に意識してやってるしね。もはや逃げの領域である。スカーレットが負けず嫌いなのは知ってたけど、これはウオッカの方も大概だなぁ。伊達にライバルやってません、ってことかな。

 

 1600mと学校の模擬レースよりも短いのもあるからだろう。常にデッドヒートを繰り広げる二人に目が離せない。

 

 トレーナーとしては頭を抱えるべきなんだろうと思う。これじゃあ足が持たない。俺が初めて見たときの模擬レースレベルの相手ならこんな無茶な走法でも勝てるだろう。でも一定レベル以上の実力を持った複数出走する重賞レースなんかでその走りをした日には下位間違いなしだ。……まあそういうこともまだ全然教えてないしな、しょうがないところもある。

 ただ、このレースを見ているとそんな思考も俗的で下らないもののように思える。純粋な勝利への渇望だけが伝わってくるこのレースは、GⅠレースと比較できてしまう程心を揺さぶられる。

 

「スカーレット気張れ! あと400だ!」

「スカーレットちゃん頑張って! もうちょっとだよ!」

 

 並んで走るスカーレットとウオッカに、俺とスぺは声援を上げる。周囲のスピカの面々も声援を投げかける。最もそれらは全てウオッカへの声援だけども、俺とスぺだって負けずに声を大にする。

 

 斯くして、1分40秒という記録で二人はほぼ同時にゴールした。公式じゃないから着順発表なんて代物はない。

 でも見ていた観客全員が分かっていた。スローカメラを使うべくもない。

 

 ……約1/2バ身差で、ウオッカの勝ちだ。

 

 俺は立ち上がって、熱量が残り香の如く漂うターフへと降りた。それは丁度、スカーレットがウオッカと何かを話し終えた瞬間だった。

 

「スカーレット、どう今の気分は」

「……あんたそんなこと普通聞く?」

「生憎、俺は普通じゃないんだ。とても遺憾だけどね」 

 

 スカーレットはどうでも良さそうに相槌を打つと、俺と同じように同じく沖野トレーナーと話し込むウオッカの方に目を向けた。

 それからギリッと歯を食いしばる音。

 

「そんなの、悔しいわよ……! 悔しいに決まってるじゃない……!」

「そっか。なら良いんだ」

「……随分上から言うのね」

「そりゃ君のトレーナーだからね」

 

 俺はそんなスカーレットを見て、目の前のウマ娘とは反対に気分が上がっていた。

 元から思っていたことだけどスカーレットは今でも強い。他のウマ娘以上の勝利への執念もある。

 その二点だけでも得難い才能なのに、更に敗北を知ってもなお向上心を持っている。トレーナーとして、これほど楽しみなウマ娘もそう多くはないだろうと俺は思う。

 

「それで、再戦はいつしようか?」

「……え?」

「再戦だよ。悔しいんでしょ。俺もスカーレットが負けて悔しいよ。たった3日とはいえ、君は俺の愛バだしね。勝ち逃げされるのは性分じゃない」

 

 それは本心だ。自分の育てるウマ娘が負けて、ヘラヘラとしてる奴なんてトレーナーと呼べない。それでも表に出さないのは心は熱く、でも頭は冷静に。そういった心掛けをしているからである。

 

「あたし、今日のレースも結構無理を言ったつもりだったんだけど……いいの……?」

「トレーナーっていうのはウマ娘の無理を聞くのも仕事の一つだよ。次はGⅠで戦うって言うんならアレだけど」

 

 でもGⅠで会うとなったらそれこそ数か月は先の話になるだろうなあ。

 そう思ってスカーレットの返答を待っていると、スカーレットは顔を隠すように俯いた。

 

「……ありがとトレーナー。なら見ててよね。次は、あいつに勝ってみせるわ!」

「うん、その意気だよ」

 

 スカーレットの意気込みに、俺は小さく笑みを浮かべた。

 




エイシンフラッシュがパドックに入りました。
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