脳内選択肢が俺とウマ娘をうまぴょいさせようとして来る。   作:金木桂

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注釈は読者向けになります。主人公は読めません。



8話 倒れるかうまぴょいするか

 スカーレットとウオッカによる模擬レースが終わって次の日。

 

 俺は早速と沖野トレーナーに同じ約束を取り付けるため、電話をしていた。沖野トレーナーの返事は快諾。将来有望なウマ娘同士が競うことは健全なことだと朗らかに話していた。それにスカーレットがGⅠを走るようになった時は分析材料にもなるとも言っていた。何とも開けっ広げに言う人だ。ただそれは俺からすればウオッカに対して言えるのだが……まあ恐らく負ける気は無いという意思の表れだろう。

 

 すぐにやっても意味が無いという話になり、レース予定日は1か月後になった。5月中旬である。言わずもがな、この期間でどれだけ成長できるかが鍵となるだろう。

 

「という訳で。今日からはスカーレットを重点的に鍛えよう月間にしようと思う」

「え、ええと。新参者なのにあたしだけそんな特別扱いされていいの……?」

 

 何時ものトレーナールーム。部屋の端に置かれていたホワイトボードを引っ張ってきて、ペンでこれからのプランを文字にしながらスカーレットとスぺに説明する。

 

「まずスぺのことだけど。スぺはまだシニアで走り続けるかドリームリーグに行くか決めてないからね。実力的には並び立つ者無しと言っても過言じゃないし、どっちでやるにせよ何時でも本調子に持ってけるように今の調子を維持できるよう調整するのが大事なんだ」

「トレーナーさん……分かりました。スペシャルウィーク、頑張ります!」

「うん。そこでスカーレットに多めに時間を割いて、今度の対ウオッカとの模擬レースをぶっちぎるのを目標にする」

 

 そして、次は絶対に勝つ。

 そう俺は締めくくった。

 

 手抜きをしてる訳じゃないけど、スぺは現時点だとあまりトレーニングをする必要も無い。ドリームリーグを走ると決めたならともかく、未決定のいま負荷の高いトレーニングを課して怪我を誘発させたら意味が無い。本格的に能力を向上させるトレーニングはスぺが腹を決めた後でも遅くないだろう……流石に今から春の天皇賞に出るとか言い始めたら遅いけど。

 

 脳内で目算を立てているとスカーレットの瞳が揺蕩う。

 

「……トレーナーは、あたしが勝つ目算はどのくらいあると思う?」

「ん? 不安なのか?」

「ち、違うわよ! ただ冷静に、あんたが今のあたしのことをどのくらい評価しているのか気になっただけで」

「そうだね。じゃあどのくらいの尺度で語れば満足かな?」

「はあ?」

 

 理解できないといった風にスカーレットは間の抜けた返事をした。

 

「トップレベル、ここには丁度スぺがいるからスぺを基準にして話せば、まあ話にならないね。1600mでレースしたら大差で負ける」

「そんなのは分かってるわ……でもそうじゃなくて」

「いや、それだけだよ」

「……どういうことよ」

「スカーレットは出るレース全部に勝ちたいんでしょ。ならさ、必ずスぺみたいなウマ娘と走る機会はやって来る。それこそウオッカもその仮想相手の一人かもね。それを全部薙ぎ倒すんならスぺくらいの、いや、スぺ以上の実力がいる」

「それは分かってるわ! でも……」

 

 何かを焦ってるような声。

 ウオッカに負けたことが意外とショックだったのかもしれない。これで焦燥感からハードワークになって身体を壊したら元も子もないな。

 

「それに知ってるかなスカーレット。勝ち負けに拘るのは大事だけど、ウマ娘は本番で勝った方が偉いんだ。安心してよ。俺が前言ったことに嘘はないから」

「……分かった。言いたいことはあるけど。あんたのこと、信じるから」

「ああ。まあ、それでも敢えて俺の評価ってものを言うなら、スカウトしてる時点でスカーレットが抱えてる懸念は俺には無い。俺も信じてるぞ、スカーレット」

 

 そう言うと、スカーレットは恥ずかしそうに目を逸らした。自分の率直な感情を出すのが苦手なタイプなんだろうね。

 

「あの。トレーナーさん、スカーレットちゃん。聞いても良いですか?」

「ん、どうしたのスぺ?」

「前言ったことってなんですか?」

 

 それまで大人しかったスぺが口を開いた。

 何でそんなことが気になったのかは分からないけど……別に隠すような無いようじゃないしね。ただ土下座しながら熱血漢みたいに「絶対勝てる! 絶対勝たせてやるからな!」と約束しただけだし。

 

 特に考えるまでも無く、反射的に口を開こうとした瞬間だった。身体が重くなって察する。クソがよ。

 

 

 

『①実はスカーレットに告白したときに俺の人生を一秒残さず捧げるって言ったんだよね~照れ照れ』

『②言えない。人に言えないような凄いことだから言えない』

 

 

 

 世界が止まると選択肢がぐいんぐいんと伸縮自在に伸び縮みしながら俺の周囲で自己主張を始める。

 あのさ。言ってねえよ。告白してないから。照れ照れってなんだよその語尾。鬱陶しすぎる死んで詫びろこの野郎。

 

 ②も大概、酷い誤解を招きそうだから選びたくはないけど……①よりはマシだね。てか①は普通にスキャンダルだ。この誤解が広まりに広まってマスコミに知られた日には朝刊の一面が『GⅠ五勝ウマ娘のトレーナーにロリコン疑惑!? 担当ウマ娘にガチ告白か!?』とか綴られて社会的に死んでしまう。なんか俺、最近ずっと三途の川で反復横跳びしてる気がする。

 

「言えない。人に言えないような凄いことだから言えない」

「え……えっー! す、凄いことですか!?」

「は、はぁ!? なに言ってるのよ!?」

 

 スぺは驚くように大きな目を見開くとスカーレットの方を向いて、脳内選択肢の被害者になってしまったスカーレットは頭をずいとこちらに近づけた。

 

「もしかしてスカーレットちゃん……トレーナーさんと……!?」

「ちょっ! なんでそうなるんですかスぺ先輩! コイツとは何にもないですから!」

「とか言いながら『コイツ』って、凄い気安く呼び合ってる……怪しい」

「本当に違うから!!」

「先輩に教えて下さいスカーレットちゃん! 何をしたんですか!」

 

 ジト目をしたスぺに物凄く詰められるスカーレット。少し可哀想だ。

 こうなったのも俺……じゃなくて脳内選択肢のせいだしな。助けてあげるか。 

 そう思って制止させようと思い、詰問を始めたスぺの肩に触れようとする。

 

 

 

『①やらしくうまぴょいをしました』

『②楽しくうまぴょいをしました』

 

 

 

 マジすまん。俺、お前のことは助けられなそう。

 静止した空間で、心の中で俺はスカーレットに謝罪した。

 

「楽しくうまぴょいしました」

「トレーナー!? アンタまた何を言ってんのよ!?」

 

 スカーレットが目を引ん剥いたと思えば、スぺにガシリと肩を捕まれた。なお俺はもう思考を放棄している。

 

「トレーナーさん! スカーレットちゃんとうまぴょいしたいんですか!? スカーレットちゃんが良いんですか!?」

「まあ、うん。かもしれないし、じゃないかもしれない」

「はっきりしてください!」

「俺にも分からないんだ」

「自分のことですよね!? その発言の真意を聞かせてください、早く!」

 

 グラグラと力強く揺らされながら遠い目で俺は天井を眺める。スぺの横に佇むスカーレットはばっちい物を見るような目で俺を見ていて、数々の蔑みに慣れた俺でもその姿を直視できなかった。

 ああ、空が青いな。

 

 

 

─── ─── ───

 

 

 

「首が痛い……スぺの奴、結構本気で掴んだな……?」

 

 スぺの誤解を何とか解いてその夜。

 就業時間を終えて、トレセン学園の中に宛がわれた寮の一室にある全身鏡。反転して映る鏡面の中にいる俺の肩には赤く手の跡が付いていた。

 

 未だに痛いし、シップか何か貼った方が良いよなぁ。でもそんなの買い置きしてないし、買いに行くしかないのか。

 

 俺は着替えると、適当な私服姿に財布を持って外に出た。

 

 もう日は暮れて、午後7時を回っている。なんか今日は疲れたし、カップ麺作るのすら面倒臭いな……でも外食する金も使いたくない。適当なコンビニ弁当買って帰るか。

 

 トレセン学園の職員寮を出ると、目の前には普段ウマ娘たちが走っているターフがある。寮の建物は敷地内でもかなり外側に作られた関係で、校舎から少し外れた場所にあるのだ。

 

 職員寮から出て職員専用の出入り口に目を向けようとして。俺はターフに何かがあったような気がして、思わず再び反対方向に向く。

 

 暗闇の中に仄かな街灯が照らす芝の上に遠目から目を凝らす。二度見してみるけど、どう目を凝らしてもそこに何かがある。いや、落ちている。ウマ娘が踏んだら危ないよな……下手したら怪我じゃすまない。

 

 近づいてみると、段々とそのターフの上に落ちてるものの全貌が明らかになって行く。

 その落下物は俺の思っていたより大きく、人型で。

 

「……ってちょっと!? 大丈夫!?」

 

 眠るようにウマ娘が倒れていた。

 

 

 

─── ─── ───

 

 

 

 既に保健室は空いていない時間で、誰かに連絡を取ろうにも携帯も持っておらず、仕方が無いから俺の部屋までお姫様抱っこで運んでベッドで寝かせることにした。倫理的にはあまり宜しくは無いけど、それ以上に倒れたウマ娘を見捨てるようなトレーナーにはなりたくない。

 

 ウマ娘に意識は無いみたいだけど見たところ怪我とかは無い。恐らく過労だと思う。それにしてもこんな倒れるまで走るなんて……。

 お湯を沸かしながらウマ娘の寝顔を観察していると、小さくビクッと動いた。ゆっくりとその瞼が開き、綺麗な藍色の瞳が現れた。

 

「Wo bin ich?*1

 

 が、外国のウマ娘……!? てか何語なんだそれ……!?

 

 大学とかだと第二外国語とか習うらしいけど、俺は高校を卒業してトレーナー専門学校に行った身だ。英語なら高校時代に勉強してたからまだ分かる、でも他の言語はさっぱり分からん。

 

 どう答えたものか……と悩んでいると、タイミングが悪いことに『選べ』と脳裏に響いた。

 

 

 

『①Das ist mein Zimmer. Ich liebe dich.*2

『②Du falltest auf dem Gras. Vielleicht dankt Ich, Du tanztest dem "umapyoi" bis es zusammenbricht.*3

 

 

 

 分からねーよ!!

 何だおい、もしかして語学マウントを取ろうとしてるのか? 選択肢の癖に気取ってんのこれまたムカつくんだけども!

 

 さて。

 日本語じゃないからさっぱりだ。①とか何? だすいすと……? 発音すら見当つかない。クソゴミアホアホ選択肢め。ついには言語の壁を使って俺に変なことを言わせようとしていることが明々白々と分かる。死ねばいいのに。

 

 だけど一つだけ俺でも分かる単語がある。ローマ字くらいは俺だって読める。

 "umapyoi"

 これはうまぴょいのことだと思う。本来の意味的にはウマ娘が歌う楽曲の一つというだけだが、それがどういうコペルニクス的転回を経たのか。一部のウマ娘やトレーナーは隠語として使ったりする。

 

 どうせ性格がワールドクラスに悪い選択肢のことだ。文意は不明でも、検討するまでもなくそちらの意味合いでのうまぴょいだろう。

 つまりここで選ぶべきは結局一択。①の良く分からない文章だ。

 

「Das ist mein Zimmer. Ich liebe dich.*4

「……え!? そ、そんな……突然言われても、困ります……」

 

 俺の口から気持ち悪いほど謎言語がスラスラと飛び出すと、それを聞いた目の前のウマ娘は突然困惑したように赤面した。

 え、何この反応。ねえなんて言ったの俺。なんて言っちゃったの俺は。……でもこの反応じゃ聞けないそうだなぁ。

 

「ええと、その! もし変なことを言ってたらごめんね! 兎にも角にも君はターフの上で倒れてたんだ!」

「そ、そうですか! もしかして貴方が私を運んでくれたのですか!」

「う、うん! 保健室も空いてないからね!」

 

 互いに言葉がたどたどしいせいか凄い微妙な空気感。我ながら不器用な会話だ。

 ウマ娘は起き上がると、部屋をじっくりと一周見渡した。

 

「ここは貴方の部屋ということですが……」

「ああ、ええっとそうだったね。俺は白灘、このトレセン学園でトレーナーをしてる。決して怪しいものじゃないよ」

「私はエイシンフラッシュと言います。この度は私の不手際で、お手数をおかけして申し訳ありませんでした」

 

 エイシンフラッシュはぺこりと慇懃な一礼をした。

 ……どうやら非常に真面目で礼儀正しいウマ娘みたいだ。ちょっと学生にしては礼儀正しすぎる気もするけどそれも個性だろうと俺は脳裏で片づける。

 

 それにしても気まずい。何を話そうか……。

 そう思っていると、やかんが吹いた音が鼓膜を揺らす。

 

「……取り合えず、カップ麺食べようか。お腹空いたでしょ? 味噌と醤油と豚骨、どれにする?」

「……いただきます。じゃあ、醤油でお願いします」

 

 

 

 

 

 

 お互い、無言でカップ麺に箸を突っ込んで口に運ぶだけの作業を繰り返して容器を空にすると、再び俺とエイシンフラッシュは向き合うように座った。

 さっきは咄嗟の脳内選択肢で頭が働かなかったけど、気になることがあった。

 

「それでエイシンフラッシュ、聞いても良いかな?」

「はい、構わないです」

「なんでこんな時間に芝の上で倒れてたの?」

「今日はトレーニングを午後7時までするプランだったんですけど……途中から記憶がありません」

「間違いなく過労だね。他のウマ娘は……その時間はもうみんな学生寮に帰ってるか」

 

 未だ頬が赤いエイシンフラッシュの顔を見ながら俺は頭を捻る。

 

「何でそんな無茶なトレーニングをしようとしたの? 過労で倒れるなんて相当だよ。少なくともこういうトレーニングを日常的に続けていたのが良く知らない俺でも分かる」

「……次の選抜レース。ドイツにいる両親が見に来るんです。両親に誇れる私であるために、そこで私は一着を取らないといけません、その為には一分一秒の猶予すら惜しいです」

 

 そう言ったエイシンフラッシュから決意の固さが伝わってきた。

 

 選抜レースといえばこのトレセン学園の名物だ。

 年四回行われる選抜レースはトレーナーがいないウマ娘しか出走できないという点では模擬レースと似ているが、こっちは外部からのファンも観戦可能な一大イベントである。加えて何時もは模擬レースを観戦しないようなトレーナー達も選抜レースだけは絶対に観戦しに来るため、大きなアピールチャンスでもある。言ってしまえばちょっとした祭りだ。出店を出してるウマ娘もいるくらいだし。ゴルシとかゴルシとかゴルシとか。

 確か……次の選抜レースは四月の中旬。時間的に一週間と少し後だ。エイシンフラッシュに残された時間はあまりない。

 

「───それでも駄目だ。そのプランはどう考えてもエイシンフラッシュに合ってない」

「そう……らしいですね。これから一週間のプランを変更しておきます」

「それも駄目だ。予定を書き込んでる手帳とかあるんでしょ、少し見せて」

「へ? はい、いいですよ」

 

 手帳を受け取って付箋の貼られたページを開く。

 ……うわぁ。ぎっしりだ。

 分単位の予定が小さな文字でこれでもかと詰め込まれている。授業間の10分休みに至っては30秒単位だ。細かすぎる。

 しかもその予定を読解してみればオーバーワークなのが一目瞭然としていた。45分トレーニングをして10分休んでまた45分トレーニングを続けるとか、どう考えても身体に悪い。そりゃ倒れるよ。

 

 この手のトレーニングメニューは自分の実力を過信しているウマ娘が作りがちだけど……エイシンフラッシュはどちらかと言うと視野狭窄に陥っていたように思える。選抜レースに遥々海外から両親が来るという事実に意識を取られて、両親に誇れるような結果を出そうと一意に考えていたからこんな濃縮過多なプランを作ってしまったんだろう。

 

 俺は無言で机からペンとルーズリーフを取ると、簡単に新しいトレーニングメニューの線を引く。エイシンフラッシュは綿密な計画に拘りがあるようだから、トレーニングメニューの時間は細かく区切って、と。それから今日までの過労を回復させるために睡眠時間や休憩時間もこの2週間弱は多めに取らせた方が良いな。選抜レースには間に合わないと思うけど、ほんのちょっぴりでもマシになるよう空いたスペースに疲労が抜けやすい食事のレシピを書いておく。

 

 色々と考え、五分くらい掛けて俺はエイシンフラッシュのトレーニングメニューを作成した。

 

「取り合えずこれでやってみなよ。少し作りは荒いけどその無茶なトレーニングメニューよりは全然良いはずだから。休憩時間は多めに取ってるけど、それは君の過剰なトレーニングで疲弊させた筋肉を休めるためだから無視しないこと」

「は、はい……ありがとうございます」

「脇には疲れが取れやすくなるような料理のレシピも書いておいたから試してみて。特にレシピに書いた通り鶏むね肉にはイミダゾールペプチドっていう成分が入っててね。疲労の原因は体内組織の酸化だったりするんだけど、その成分には抗酸化作用があるから疲労にも効くんだ。是非作ってみて」

 

 新しいプランの書かれたルーズリーフを渡しながら、口頭で簡単に説明する。エイシンフラッシュは圧倒されながらも一点一点頷きながら聞いていた。

 

「それから、明日と明後日は完全オフにすること。理由は分かるよね?」

「それは駄目です! それじゃ選抜レースで勝つプランが……!」

「はい却下。そもそも君はまだメイクデビューもしてないんじゃないの。ご両親に良い姿を見せたい気持ちは分かるけど、選抜レースは所詮選抜レース。ここで無理をして後々の本番、トゥインクル・シリーズを走れなくなったら本末転倒だろう?」

 

 そう言うとエイシンフラッシュも口を噤むしかないようだった。

 模擬レースも選抜レースも、全てはトゥインクル・シリーズを走るための手段でしかない。例え選抜レースで一位を取ってもトレーナーが見つからなかったら結果としてはあまり良くなかったと言うしかないからだ。

 

「俺のことを信じろとは言えない。でも俺のこの中央のトレーナー資格は信じて欲しい。これでもアホみたいに難しい資格試験を通ってきたんだ、君よりはトレーニングメニューの立て方には自信がある」

「……分かりました。では、これでやってみます」

 

 エイシンフラッシュは僅かに俊巡を見せるが、覚悟を決めたように頷いた。

 

「うん。じゃあ遅くならない内に……もう遅いか。俺も付いて行って寮長に説明するから、一緒に帰ろうか」

「はい……あの、一つ良いですか?」

 

 俺は立ち上がって上着に手を通すと、エイシンフラッシュが少し声音を弾ませながら言った。

 

「なにかな?」

「先程『Das ist mein Zimmer.』って言いましたよね。あれは『ここは私の部屋です』という意味なんですよ?」

「へ、へぇ……」

 

 そうなのか……全然分からなかった。あの悪逆非道な脳内選択肢がこんなまともな文章を選択肢に入れてくるなんて。案外俺はあの二択で正解を選んでいたのかもしれない。

 

 あれ、でもその選択肢に出てきた文章。もう一文くらいあったような。

 

「エイシンフラッシュ、確か俺もうちょっとなんか言ってたと思うんだけど……その意味は分かったりする?」

 

 エイシンフラッシュは俺の言葉に微笑むと、口の前に人差し指を立てた。

 

「……ヒミツ、です」

 

 その年齢から逸脱したような蠱惑的な笑みに見惚れそうになるのを堪えて、俺は鋼の意思で学生寮まで送り届けた。

 

*1
ここはどこですか……?

*2
ここは俺の部屋だよ。お前のこと、愛してる

*3
芝の上で倒れてたんだ。多分、倒れるまでうまぴょいの練習をしてたんじゃないかな

*4
ここは俺の部屋だよ。お前のことを、愛してる




もう殆ど忘れたのでドイツ語が怪しいのはごめんなさい。
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