弊ウイポ世界の競馬掲示板の妄想   作:佐月檀

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 ※これは、この二次創作に於けるイージーゴアの生涯を綴ったものであり、本作のネタバレも含まれる。本当によろしいか?









 ――準備はいいか?


名馬伝 イージーゴア ※ネタバレ注意

 イージーゴア 牡

 生年:1986年 競走馬現役期間:1988年~1989年 種牡馬現役期間:1990年~2008年 没年:2018年

 父アリダー 母リラクシング 母父バックパサー

 

 

 日本が誇るダート史上最強馬の一頭。種牡馬としても猛威を振るい、怪物の血は2021年現在も流れている。

 絶望的なまでの強さでアメリカ競馬を蹂躙したことから、アメリカでは『紅蓮の悪夢』、日本では当時現役だった『芦毛の怪物』オグリキャップになぞらえて『紅蓮の怪物』と呼ばれていた。

 また、日本に於ける大種牡馬サンデーサイレンスの大きすぎる壁として立ちはだかり、大幅な路線変更を余儀なくさせた。

 国際レーティングは史上最強馬レベルの149。長年破られなかったセクレタリアトの148を上回ってみせる大偉業を成し遂げる。2010年代にウィンクスが驚異の150を叩き出すまで、この記録を越えるような馬はいなかった。

 戦績は14戦13勝。一着13回、二着1回。主な勝鞍は、ケンタッキーダービー(ダート2000m)、ベルモントステークス(ダート2400m)、BCクラシック(ダート2000m)、トラヴァーズステークス(ダート2000m)。

 主な産駒は、ミセスウイニング(牝馬、母父:ミスターシービー、主な勝鞍:オークス)、ブラックレッド(牡馬、母父:ライスシャワー、主な勝鞍:天皇賞(春))。

 ダートはもちろん、芝の長距離レースも適性範囲の産駒がいる場合もあり、絞るのがなかなかに難しい。

 

 

 

 

 

 ――幼駒時代

 

 

 幼駒時代はとにかく好奇心の塊だった。何事にも近づき、観察する。そんな子馬だったと評されている。また、走るのが大好きだったようだ。

 一歳になった頃、彼はある人物と運命の出会いを果たす。その人物こそ、今は亡きあの変態オーナーである。

 イージーゴアをひと目見たオーナーは「いくらかかってもいいから、あの馬を買いたい」と生産者に必死に頭を下げた結果、破格の八億円で取引され、日本に渡ることとなった。

 日本に輸入されたあと、イージーゴアは多少戸惑いながらも、新たな環境に馴染んでいったという。

 また、イージーゴアを預託された牧場でのこの馬の評価は非常に高く、当時牧場長だった故・樫田友彦曰く、「間違いなく怪物の器だと、来たときから確信していた」とのことだった。

 

 

 ――競走馬時代

 

 

 二歳となり、しばらくの育成を経たあと、イージーゴアは美浦・深川勇二厩舎に預託される。

 故・深川勇二元調教師はイージーゴアを見た瞬間に、「こいつを必ず歴史に残る名馬にします」と自身も気づかぬうちに宣言していたらしい。まさに調教師の勘が当たったときであった。

 鞍上に当時新人だった柴義富を据え、いざ新馬戦へと臨む。柴は鞍に跨ったときから、並々ならぬ威圧感を感じていた。

「この馬をここで負けさせてはいけない」という直感が、当時の柴にはあったらしく、「完全にリュックだった」と振り返っている。

 だがそんな柴をよそ目に、イージーゴアは新馬戦を最後方から九馬身千切る、衝撃的な競馬を見せつけ、デビューを果たす。

 

 その後、重賞である函館二歳ステークス(芝1200m)を音速の末脚で制すると、オーナーの要望もあり、米国の二歳GⅠホープフルステークス(ダート1400m)、フロントランナーステークス(ダート1700m)、BCジュヴェナイル(ダート1700m)への出走を明らかにする。

 ホープフルステークス(米)、フロントランナーステークスを連勝し、鞍上の柴に初GⅠを捧げると共に、日本調教馬による海外GⅠ初制覇を成し遂げた。

 

 完全に勢いづいたイージーゴアだが、しかしBCジュヴェナイルは一味違った。

 のちにプリークネスステークスで彼の米三冠を結果的に阻むこととなるサンデーサイレンスと、ここで初めてぶつかる。

 人気はサンデーサイレンスとイージーゴアで完全に二分化されていて、ややイージーゴアが優勢と見られていた。

 レースはサンデーサイレンスが先行し、イージーゴアはいつものように最後方につける形となる。最終直線でイージーゴアが抜け出す前に、サンデーサイレンスは先頭に立つ。サンデーサイレンスが勝った、とここで誰しもが思ったに違いない。

 しかし残り100mのところでイージーゴアが急加速。なんとサンデーサイレンスを刹那で撫で切り、一着をもぎ取ったのだ。

 

 帰国後、しばしの休養を経て弥生賞(芝2000m)に出走。ここでも自慢の切れ味を見せつけ、続く日本のクラシックの一冠目、皐月賞(芝2000m)も快勝。

 その後はアメリカへと再度飛び立ち、ケンタッキーダービーに挑戦することとなる。

 レースはサンデーサイレンスがイージーゴアと並んだ結果、暴走を起こし、イージーゴアが完勝する形で幕を下ろした。当時、日本調教馬によるケンタッキーダービー初制覇に、日本競馬は大いに盛り上がった。

 

 だが競馬に絶対などなく、敗北のリスクは常につき纏うものなのは、この馬でも変わらなかった。

 運命の米二冠目、プリークネスステークス。ここでまさかの事態が発生する。

 ロケットスタートを決め、最後方に下がろうとした途端、なんとほとんどの出走馬が、イージーゴアを包囲。進路を完全に塞がれてしまう。

 それすらもブッちぎり、先頭に立とうとし、写真判定のもつれ合いにまで持ち込むも、サンデーサイレンスのハナ差二着に敗れてしまう。

 鞍上だった柴は「人生で一番悔しかった」とコメントするほど、イージーゴアの米三冠を今も惜しんでいる。

 

 けれども、二着に敗れても絶対王者は色褪せなかった。

 せめて米二冠は、という思いで挑むベルモントステークス(2400m)。

 ここでイージーゴアは伝説を立ててみせる。

 サンデーサイレンスが大きく出遅れ、暴走していくのを尻目に、イージーゴアは最終直線でまくりにまくりまくる。

 その伸びは、異常といっていいほどに。伸びに伸びて、まくりにまくって、最終的に十九馬身もの差をつけ、大勝した。

 この時点で、サンデーサイレンスの陣営はイージーゴアに挑むことを諦めた。

 

 一時の帰国と休養を経て、続けて挑んだのはトラヴァーズステークス(ダート2000m)。父のアリダーも制したレースである。ちなみに、サンデーサイレンスはこのレースを回避。

 ここでも最後方からド派手に追い込む競馬を披露。なんと二十二馬身も離してのゴールだった。

 

 しばらくの月日をアメリカで過ごし、続いてはジョッキークラブゴールドカップ(ダート2000m)に参戦。

 しかし、プリークネスステークスの時のようにまたもや完全に包囲されてしまう。

 だが、ここで鞍上の柴が意地を発揮する。

 残り1000mのところで馬群の穴を突き、イージーゴアが目視できなくなるほどの大外をぶん回し、快勝。『紅蓮の怪物』の威光を煌めかせた。

 なお、このレースでイージーゴアは『皇帝』シンボリルドルフが持つGⅠ最多勝利――GⅠ七勝という記録を上回った。

 

 いよいよ大本命の、アメリカ最高峰のレース、BCクラシック(ダート2000m)。

 イージーゴアが出走してくる、という情報が知れ渡ってから回避馬が続出してしまい、彼を含め、僅か五頭立ての寂しいレースとなってしまう。

 けれども、そこで『紅蓮の怪物』は魅せた。

 やはりド派手に追い込む。それこそが、イージーゴアの魅せ方であり、必勝法だ。

 だがそんな競馬をして、最終的に二十九馬身も引き離す馬などこの世にいるのだろうか。まさに『紅蓮の怪物』である。

 

 ――『紅蓮の怪物』。誰しもが彼こそが最強だと信じて疑わなかった。だからこそ、最強対最強の競走を、誰もが望んだ。

 そう、『芦毛の怪物』オグリキャップ。日本の競馬界を席巻せし『怪物』の一角。それとの競走を競馬ファンは願い、有馬記念のファン投票にイージーゴアとオグリキャップの名を刻んだ。

 そしてそれは叶った。ファン投票一位のイージーゴア、ファン投票二位のオグリキャップがそれぞれ出走を表明した。

 

 迎えた有馬記念。暮れの中山競馬場は、ファンたちによってぎゅうぎゅう詰めの状態となっていた。

 いよいよ火蓋が切られた。

 イージーゴアが最後方、オグリキャップがその前につける形でレースが運ばれ、運命の最終直線。

 オグリキャップが先に抜け出し、先頭に立つ。しかしこのとき、イージーゴアはまだ八番手から動かなかった。

 残り200mでイージーゴアはようやく三番手に上がる。けれどオグリキャップとの差は既に開いており、絶望的な戦局となる。

 残り50m。奇跡は、起きた。

 

『オグリ一着――いや、イージーゴアが来た! イージーゴアが来た!』

 

 大慌てで実況するアナウンサー。そんなことなぞ知るかとばかりに、イージーゴアとオグリキャップはもつれて同時にゴールインした。

 白熱したゴールイン。その勝者は、イージーゴアだった。ハナ差での圧勝であった。

 

 競馬ファンの誰もが熱狂したこの一戦は、『紅白決戦』と今でも日本競馬史に刻まれている。

 

 

 

 ――引退。そして種牡馬へ

 

 

 有馬記念での表彰式。そこでイージーゴアの陣営は電撃引退を発表。競馬場に大きなどよめきを起こした。

 初年度の種付け料は異例の800万円と設定された。

 しかし種牡馬入りして一年後、とんでもない事態が。

 驚いたことに、サンデーサイレンスがアメリカから日本に輸入されたのである。

 さらに初年度産駒がフジキセキを始めとした大物揃いだったことによって、一気にリーディングサイアーを奪取され、種牡馬としては完敗する形に。

 それでも粘り強く種牡馬として活躍し、数多の大物産駒を送り出したものの、リーディングサイアーには結局輝けず。

 最終的に2200万円まで種付け料を高騰させたが、二十二歳で種牡馬を引退。

 その後は功労馬として繋養され、数多くのファンがイージーゴアのもとを訪ねた。

 

 

 

 ――ビッグレッド、天へ

 

 2018年の四月一日の朝。立っているのに馬房から出てこないことを不審に思い、スタッフがイージーゴアの様子を確認したところ、立ったまま息を引き取っていることが判明。享年三十二歳だった。

 柴はこれに「嘘だと言ってくれよ……でも、ありがとうな……」と涙した。




 初めてこういう軌跡を書いたから、正直緊張した。

シーザスターズが目指すレースは?

  • 日本ダービー
  • 英ダービー
  • 仏ダービー
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