あと極端に短い。
豪脚で魅せる舞手編 プロローグ
七月。真夏の猛暑がさらに強くなり、セミもうるさくなっていく時期。
一頭の二歳馬が、ぴょいと芝の上で飛んだ。
後ろ脚で器用に地面を踏みしめ、その場でくるくると踊っているような動きをとる。
オーナーは、思わず飲んでいた飲料水を吹き出してしまう。
「ははは! いい身体と柔軟性を持ってるな!」
二歳馬――スワーヴダンサーは、まるでトランポリンの上で跳ねているようなフットワークで駆け回る。
苦笑しながらも、オーナーが手を発声機みたいに口元に当てて言う。
「あんまり走りすぎないでくれよー!」
その言葉を聞き、スワーヴダンサーはやや不満げに耳を垂らす。
「あのー、突然すみません。オーナー」
と、オーナーに声をかける者がひとり。
牧場長の樫田だ。
オーナーは振り返り、「どした?」と訊ねる。
しかし樫田には、躊躇いがあった。
「ええと……はい……」
言い淀む樫田に疑念を抱きつつ、オーナーは再度訊ねる。
「大丈夫か? 本当にどうした?」
心配そうな声音を発せられたら、もうどうしようもない。
意を決して、樫田は告げる。
「オーナーの所有馬をできれば預からせていただきたい、と名乗り出てくださった調教師の方がいらっしゃいまして……」
「ふむ。その方とは?」
「なんでも、最近開業されたばかりらしく。ですけれど、あの目は本気でした」
「わかった。まずはお会いしよう。その方とは、連絡が取れる?」
「はい、しばしお待ちを」
樫田は柵からだいぶ離れて連絡したのち、すぐさま戻ってくる。
「……今からこちらに向かうとのことです」
「……こっちから向かったほうがよくない?」
「まあまあまあ」
時間としては二時間ぐらいだろうか。樫田がその人物を出迎え、オーナーの前に連れ出し、樫田自身は席を外した。
顔には皺がいくつか刻まれているが、身体つきは非常にがっちりとしている、四十代~五十代と見受けられる男性だった。
オーナーはその顔を目にし、驚くもすぐさま表情を取り繕う。
「初めまして。
予想外に丁寧な敬礼に、オーナーは呆気にとられる。
オーナーは知っていた。目の前の調教師があの破天荒で有名な名手だったことを。
「ええ、初めまして」
見定めるような視線を送りながら、オーナーも一礼する。
「そういえば、わたしが所有している二歳馬を預かりたいと?」
「はい。とても失礼ながら」
「……理由をお伺いしても?」
「以前、オーナーのイージーゴアの末脚をテレビ越しとはいえ、観させていただいたことがありまして。そこで驚きました。あの末脚に」
「……それで?」
「あれほどの馬を見抜いたオーナーは何者だと、どうしても気になったわけで探りを入れさせていただきました。するともう一頭、馬をお持ちだったことがわかって、こうして預からせていただければと、強欲ですが、思い立ったのです」
オーナーは顎に手を置いて熟考したのち、口を開く。
「……とりあえず、馬を見ましょうか」
「スワーヴダンサー、ですか」
実際に馬を目の当たりにして、吉長は驚嘆する。
「見たところ、柔軟性と瞬発力がずば抜けている印象ですね」
「そうでしょう? ぴょいと跳ねるうえに、非常にすばしっこい馬ですよ」
それで、とオーナーは言葉を繋ぐ。
「あなたは、この馬を御することができますかな?」
吉長は決心したように返す。
「はい、必ず」
「ではお任せします。あのスワーヴダンサーを」
驚くように、吉長は目を見開く。
表情を直すと、オーナーに向かって深く礼をする。
「ありがとうございます……! 必ず、このスワーヴダンサーを立派に育ててみせます!」
吉長は、拳を握り締めて胸に当てた。
それはまるで、オーナーとスワーヴダンサーへの誓いのようだった。
――データがアンロックされました。
――スワーヴダンサーが美浦の吉長正之厩舎に預託されました。
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