「なんとか勝てたよ、吉長さん」
顔を真っ青にしたまま、汗を拭い、スワーヴダンサーから降りるのは鞍上を務めた田嶋太。騎手を長い間続けているベテランジョッキーでもある。
だが、そんなベテランジョッキーが顔を青くしているのだ。吉長も何事かと背筋に冷や汗を伝わせる。
「どうした、太。何があった?」
それに対して太は眉を顰め、言葉を詰まらせる。
吉長からすれば、あの太が馬のことで言い淀んだのだ。基本的にはすんなりと話す太が。
「……まだまだ成長途上ですわ、こいつ。本格化の時期はだいたい来年の四月からだと予想してます」
スワーヴダンサーのほうに向き直り、太がようやく口を開く。
「脚質は差しってところです。馬群の中団か後方につけれれば相当に強いですよ。
……あと、ここだけの話ですがね。自分が今まで乗ってきた馬の中では一番速くて、賢かった印象があります。けど……」
太はまたもや口を閉ざし、顎に手を置き、逡巡する。
その様子を悟った吉長には、彼が何で迷っているのか、わかってしまった。
「……今後は乗れないってことか」
「言いにくいですが、その通りですね……」
元騎手である吉長は、それだけで話の意図を掴む。
騎手だからこそ、乗れない理由も推測できた。ましてや太はトップジョッキーの一角だ。
「実は、来年からあいつ――サクラユタカオーのある産駒の鞍上を任されてて、立場的にも断るわけにはいかないんです。あとは秋のGⅠ戦線で多忙なのもありますし……本当にすみません」
申し訳なさそうに、太は頭を下げる。
「……わかった。代わりの騎手を捕まえる。乗ってくれてありがとうな」
スワーヴダンサーの新馬戦から一週間を経たあと。
吉長は頭を抱え、悩み抜いていた。
「オーナーとしては、なんとしてでも二歳の重賞を獲らせたいようだな……」
はあ、と溜め息をつく吉長。調教師という職の責任を、彼は改めて痛感する。
「騎手……騎手かぁ……。もうこの際、俺が乗るか……?
いや、俺は引退したから駄目だわ。かといってベテランは大抵断ってくるしなぁ……」
再度頭を抱えて唸り声をあげて俯く。
今の吉長には、ある望みがある。
それは――スワーヴダンサーにGⅠを勝たせるということだ。
ひと目見たときから、スワーヴダンサーという馬の凄さがわかった――否、わかってしまった。
その才覚は、速さは、末脚は、自身が今まで騎乗してきた馬たち以上のものだった。
騎手時代に出会えていれば、どれほど勝たせてやれただろうか。彼はスワーヴダンサーを瞳に収めたときから、それに魅了された。
だが――今の吉長は騎手ではない。調教師だ。
馬を預かり、馬に競馬を教え、そうやって勝たせていく側だ。
騎手でなくなったことを、少し無念だと捉えることもあった。けれど調教師であっても――馬を勝たせることに、変わりはない。
だからこそ、吉長は必死なのだ。
スワーヴダンサーに合う騎手、というのはやすやすと見つかるものではない。あの馬に乗るために必要なのは――折り合いだ。
そんな折り合う技術を有する騎手は、大概がベテランであり、開業したての厩舎の馬に乗ってくれることは少ない。
「このままじゃあ、まずいな……」
いよいよ悩む吉長の額から一粒の雫が滴り始める。
と、そんなときだった。
「……すみませーん、吉長先生はいらっしゃいますか?」
現れたのは、ひとりの若い青年だった。
どうやら、厩舎巡りに来たと思われる若手騎手のようだ。
「おっ、いいところに来た! この馬に乗ってくれ!」
あまりにも必死で思考が整わないまま、吉長は若手騎手の背を押し、無理矢理帽子を被せて、強引に芝のコースにいるスワーヴダンサーに乗せる。
一か八か。吉長は藁にもすがる思いであった。
若手騎手は疑問を浮かべるように首を傾げるも、まあいいかというような表情でスワーヴダンサーの手綱を握った途端――。
スワーヴダンサーが芝のコースを、力強く踏み込み、駆け抜ける。
一瞬、若手騎手は動揺するも、即座に反応し、手綱を抑える。するとスワーヴダンサーも従うように減速していく。
――これだ! これしかない!
吉長は大慌てでスワーヴダンサーを止めた若手騎手に近寄る。
「き、きみっ! 名前は!?」
「えっ、あっ、はい。
――
「よし! 次のレースでのこいつの鞍上は任せる! オーナーにもそう説明しておく!」
「えっ」
若手騎手――蘆名正義はこの日、有力馬の鞍上を務めることとなった。
――データがアンロックされました。
――スワーヴダンサーの主戦騎手が蘆名正義へと変更されました。
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