2021年度ジャパンカップを観戦しながら書いていますが、文章のほうは真面目に書いたのでご安心ください(安心できない)。
日本競馬の最高峰の一角、日本ダービー。
日本の競馬関係者なら誰もが勝ちたいと夢見るダービー。開催される度に死闘を繰り広げ、その末に栄冠を掴み取る馬もいれば、夢敗れて去る馬もいる。
ダービーという栄冠を掴んだとしても、反動として燃え尽きてしまい、ターフに無念の別れを告げる馬も存在した。
日本ダービーには、数々の物語と名馬たちの決死の覚悟が刻まれている。
――
今年の競馬の女神は、いったいどの馬に微笑むのだろうか。
『今年はどういうドラマと死闘がこの府中のターフを沸かせるのでしょうか。1992年度日本ダービー。無敗の皐月賞馬ミホノブルボンの二冠達成はいかに』
1992年度日本ダービー。それのパドックで、府中のターフに降り立つ馬たちがゆったりと歩を進めていた。
その中でも注目が集まっていたのはただ一頭。
『一番人気十番ミホノブルボン。鞍上は戸島定博。無敗の皐月賞馬です。ここも圧勝し、無敗三冠に王手をかけるのか。注目の一頭です』
無敗で皐月賞を制したミホノブルボン。血統など知ったことかとでも言わんばかりの破竹の快進撃を遂げている栗毛の馬に大勢の視線が集う。
そんなミホノブルボン相手に執念を燃やす陣営がひとつ。
『二番人気十三番ライスシャワー。鞍上は蘆名正義。GⅠ好走馬ですが、前走の皐月賞では一度ミホノブルボンを躱した実力の持ち主です。この日本ダービーで雪辱を果たし、戴冠なるか。虎視眈々と勝利を狙う一頭です』
そう、前走でミホノブルボンに差し返されたライスシャワーの陣営だ。
何が何でもこのダービーで初GⅠ獲得といきたい、そんな思いが陣営にはあった。
鞍上を務める正義が一息吸うと、ライスシャワーの背に騎乗する。
と、ここで正義はある変化に勘づく。
――手綱を握ったときの手応えが前走とは違う。それにライス自身も相当に集中している。それにこの身体はまるで……。
そこまで思考に浸っていたところで、首を横に振るい、打ち切る。
今求めるべきなのは――勝利。前走と同じくそれのみだ。
正義は真剣な面持ちで、手綱を持ち直す。
そして、返し馬としてライスシャワーをゲート前まで駆けさせていった。
――勝てる。ライス、お前なら勝てるさ。
心の底でそんな言葉を呟きながら。
『日本のホースマンの誰もが憧れを抱く大舞台、日本ダービー。芝12ハロン、2400mで、今年も三歳最強を決める死闘が繰り広げられます。間もなく幕が開けられます。各馬、ゲートの中。まだかまだかと待ち侘びています。さあ、1992年度日本ダービー、スタートですッ!
――スタートしました! 十番ミホノブルボン、ロケットスタート。十三番ライスシャワー、この馬も続くようにロケットスタートです。無敗の皐月賞馬ミホノブルボンがハナを奪います。ライスシャワーはそれに外から貼りつく形で追走。ミホノブルボンが内を突いて逃げます逃げます。二番手にライスシャワー。三番手以降との差は三馬身ほど』
ミホノブルボン鞍上の戸島定博は、ちらりと後方に目をやる。
背に湿っぽい嫌な感覚が伝ってくる。
――ここまで徹底的に猛追とは……。さらにこの2400mでは大胆すぎる騎乗は命取り。ペース配分を考えながらレースを進めるしかない。
敗北、という二文字が一瞬だけ脳裏によぎる。
それを振り払い、意識をレースに戻す。
ミホノブルボンとの折り合いは十分。ペース配分も上手くできている。負ける要素など何ひとつありやしない。
そう確信しつつ、定博は手綱をグッと握り締めた。
――先頭は変わらずミホノブルボン、か。
ライスシャワーに乗った正義は、分析しながらも猛追の手を緩めなかった。
ここでミホノブルボンとの差が一度でもついてしまった場合、ライスシャワーには勝ち目がない。正義はそう判断した。
幸い、ライスシャワーは無尽蔵のスタミナを誇る。それを活かしてこそのこの徹底的な猛追であった。
現在、ミホノブルボンとの差は半馬身ほど。距離や展開以前に、ミホノブルボンとの持久戦だった。
――最終直線でバテ気味なところを一気に差し切る。それしかない。
ミホノブルボンの制圧的な逃げ。それに一瞬でも綻びが生じたそのときを狙い澄ます。
狩人が矢を番えて、獲物を仕留めんとばかりにマークしていた。
――もうそろそろ最終コーナー……ッ!
ミホノブルボンの鞍上である定博が鞭を構えた。その動作を正義は見逃さなかった。
――今ッ! 今しかないッ! ミホノブルボンの逃げを崩すチャンスはッ!
一思いに、ライスシャワーの漆黒の馬体に鞭を打つ。
正義の全力の、渾身の一発だった。
『最終直線に入った! 最終直線に入った! ミホノブルボンが未だに先頭ッ! しかし外からライスシャワーッ! ライスシャワーが迫ってきたッ! 残り200mだがこれは間に合うのか⁉ なかなか差が縮まらない!』
ライスシャワーの手綱を押して押して押しまくる。
もう負けられない。二度目は決して負けられない。今こそ逆襲のときだ。
皐月賞馬ミホノブルボンを破り、日本ダービーで最強を示す。
手綱を押し、鞭が何度も入る。
残り100mあたりだろうか。『それ』が目覚めたのは。
正義にはどこか、ライスシャワーの瞳に、蒼炎が宿って見えた。
『残り50m! ミホノブルボンだ! ミホノブルボンの二冠――いやライスシャワーだ! ライスシャワーが急加速して突っ込んできたッ! なんという末脚! しかしミホノブルボンも譲らない! 二冠目も絶対に譲れない! だがライスシャワーの脚色が非常にいい! 縺れた! 縺れた! 縺れ合ったままゴールインッ! これは写真判定だッ!』
ライスシャワーの手綱を引き、減速させて、正義は結果を待ち侘びる。もちろん、ミホノブルボン側もだ。
『――なんという恐ろしさ! なんという執念! ライスシャワーがハナ差でミホノブルボンを躱していましたッ! GⅠ未勝利から一気にヒーローへ! 我々は決してヒーローとヒーローの意地と意地のぶつかり合いを、忘れないでしょうッ! 右手を掲げた鞍上蘆名正義! この死闘の覇者が、府中を歓声一色に染め上げましたッ!』
「ライスシャワーによる日本ダービー制覇、おめでとうございます。オーナー」
「いえいえ。こちらこそ、吉長先生の調教あってこそです」
「……シービーに乗っていたときの忘れ物を、日本ダービーのトロフィーを、まさか調教師になってからこの手に掴めるとは思ってもいませんでした。本当に、本当に、ライスシャワーを預けてくださり、ありがとうございます……!」
「吉長先生、顔を上げてください。これはあなたとマサヨシ、そしてライスシャワーの力があってこその勝利ですから」
「ですがライスシャワーの競走馬生活はまだまだ終わったわけではありません。とりあえず予定している次走は芝2200mのGⅡセントライト記念。菊花賞を目指します。そこでよろしいでしょうか?」
「ええ。異論はありません」
――ライスシャワーが日本ダービーを勝利しました。次走はGⅡセントライト記念となります。
――ミホノブルボンがこの敗北を受け、路線を変更しました。ミホノブルボンの次走はGⅡオールカマーとなります。
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