深く、重く、柔い芝。
蘆名正義はその芝の上に寝っ転がり、雲ひとつない青空を仰ぐ。
なぜここで寝っ転がっているのか。正義自身もさっぱりわからなかった。
気がつけば、日本競馬の〝悲願〟とされるこの場所――ロンシャン競馬場のターフに、いつの間にかポツンといたのだから。
感慨深げに微笑んで、ふと呟く。
「しかし、まさか俺がこの大舞台に立てるなんて、夢にも思っていなかったな……」
正義の脳裏によぎるは、〝相棒〟と共に繰り広げた大激戦。
思いをひとつに重ね、人馬一体となり、全身全霊で挑んだ凱旋門賞。
〝相棒〟の背に跨り、〝
あと一歩、あと一歩で世界の頂の光景を目にできていた。
次こそは勝てる。圧勝できる。そんな手応えも、正義の腕にあった。
しかし、運は正義と〝相棒〟――スワーヴダンサーに味方しなかった。
突如として起きた悲劇。運送中の不運なる事故。それにより、競走能力は大幅に削れ、スワーヴダンサーは長期的な休養を余儀なくされ、凱旋門賞への切符は夢幻の彼方に消えてしまう。
スワーヴダンサーの乗った馬運車が事故を起こしたと耳に挟んだときには、全てが白黒のモノクロにしか見えないほどの失意のどん底に叩き落された。
いまでも、正義の胸中を支配している虚無感。
スワーヴダンサーという馬に騎乗できている瞬間が、大空を自由自在に駆けているようで、堪らなく楽しい。
凱旋門賞――ロンシャンのターフ上でスワーヴダンサーと駆け抜けた記憶は、決して色褪せることはないだろう。
だからこそ、喪失感と虚無感は凄まじかった。
「あいつが引退だなんて、いまでも現実味がない。実感もない。ホント、寂しくなる……」
――凱旋門という頂からの景色はどうだったか?
唐突に問われ、正義は慌てて起き上がる。
背後を向けば、その問いの発言主――黒毛の馬が佇んでいた。
――ハッハーン、その面持ちだと、どうやら眺めることはできなかったようだな。
黒毛の馬と正義が対峙する。互いに互いを見据えた態勢で沈黙がこの場を包む。
それを破ったのは、正義だった。
「まあ、な。正直、とっても悔しいさ」
拳から血が溢れそうなほど握る。そこにはただ、無念が込められている。
「……今年のジャパンカップ、俺の〝
黒毛の馬はぶるると鳴き、正義の目を見据える。
――華やかに、派手に一花咲かせてやれ。勝利の花束を、その〝相棒〟って奴に送ってやれ。それが、お前がいまできる最高の恩返しだ。
その言葉が告げられた瞬間、だんだんと青空にヒビが入っていく。硝子が粉々に砕け散らんとするような音を立てて、世界が壊れていく。
――悔いのない手綱捌きをしろよ。お前が後悔なんかしたら、そいつもきっと、悲しむぜ。
正義に背を向け、黒毛の馬は壊れゆく世界を闊歩する。
だが自然と、止める気は湧かなかった。
――じゃあな。こっちに来たら、蹴り飛ばしてやるからな。
黒毛の馬が天へと翔けていくと同時に、正義の視界は真っ白な光に覆われ、暗転した。
――俺はいつだって、お前の挑戦を見届けるからな。壁なんてぶち壊してやれ。
〝彼〟は世界に挑戦し続ける。過去でも、現在でも、未来でも。
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