弊ウイポ世界の競馬掲示板の妄想   作:佐月檀

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豪脚で魅せる舞手 ラストラン

『先頭はシガー! シガーだ! 鞍上柴義富は余裕の持ったまま! 残り100mを切ってもなお、後続との差は開くばかり! 強い! 強すぎる! 一頭だけ抜きん出ている!

 シガー、一着でゴールイン! 王道的な先行競馬で、他馬を完全に圧倒しました! 差はなんと五馬身! 実力の違いを見せつけました!』

 

 

「……強すぎません? シガー」

「はい、それはわたしも思います」

 

 昇級戦でも難なく抜け出し、他馬を完全に圧倒するシガーに、オーナーは乾いた声を捻り出しながら、苦笑するしかなかった。

 その馬の強さは、オーナーの予想の遥か上をゆくものだった。先団につけ、最終直線では競馬を理解しているかのように馬群を割って先頭に立ち――ブッちぎる。

 その姿に、その競馬に、オーナーは早くも魅せられた。そして、ある名馬の姿が脳裏に浮かぶ。

 ――皇帝、シンボリルドルフ。シガーとは走る馬場こそ違えど、同じように王道の先行競馬で他を完封した、絶対的なる名馬の一頭。

 もしかしたら、とオーナーは推察する。自身の相馬眼には、幾度も感謝したくなる。

 シガーの素質は、シンボリルドルフに匹敵、あるいは同等なのでは――。

 昇級戦を勝ち上がっただけでも、そう思えてしまう。

 

「オーナー。ここでひとつお話したいことが」

 

 シガーを預かる調教師、松上がオーナーの思考に割って入る。

 鼻息を鳴らし、胸を張り、彼は衝撃的な言葉を口にする。

 

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「……は?」

 

 思わず漏れた、素っ頓狂な声音。まさか、とオーナーはひとつの答えに行き当たる。

 

「あ、()()()()()()()、だと……⁉」

 

 もはや口をあんぐりと開ける他なかった。シンボリルドルフに匹敵するような競馬を見せつけた馬が、シガーが、あれで本格化前だった。それは、とても信じられないことだった。

 本格化前。要するに、本格化後はさらにその絶対的な強さに磨きがかかる。もう乾いた笑いしか出てこず、その場にへたり込んでしまう。

 これでは、まるで――。

 

「……砂を駆ける『魔王(ラグナロク)』じゃないか……」

 

 オーナーの歓喜に震える呟きは、何もない虚空に響いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十一月の終盤の府中には、世界各国から挑んでくる馬が集うジャパンカップ。

 今年も集結した海外勢を破らんと、日本の強豪馬たちが立ち向かう。

 そんな様を、オーナーは馬主席から眺めていた。

 オーナーにとって、今年度のジャパンカップは特別なレースだ。自身の愛馬の最後の勇姿を目の当たりにできるのだから。

 両手を合わせて、祈る。自身の愛馬――スワーヴダンサーと、その鞍上を務める蘆名正義の無事を。

 スワーヴダンサーの調教師の吉長曰く、『怪我を恐れずに走ってくれている。本当に、この名馬には頭が上がらない』という。

 だが一方で、もう以前ほどの豪脚は発揮できないかもしれない、と吉長は言う。それもそうだ。スワーヴダンサーは一度、骨折しているから。

 このジャパンカップという大舞台を駆け抜けるスワーヴダンサーに求むは、とにもかくにも無事だ。これでまた骨折、最悪の場合――となっては元も子もない。

 オーナーは、顔を俯け、もう一度手を合わせた。

 

 

 

 

『五番ドクターデヴィアス。現在六番人気。今年の英ダービー馬です。不良馬場となった今年度のジャパンカップで復活なるか』

『一番ユーザーフレンドリー。現在三番人気。今年度の欧州オークス三冠馬。前走の凱旋門賞では惜しくも勝ちを逃しました。しかしこのジャパンカップで雪辱を晴らさんと燃えています』

 

 今年も海外から有力候補が集った国際GⅠジャパンカップ。

 それら海外の有力馬を迎え撃つは――。

 

『三番トウカイテイオー。現在二番人気。前年度の三冠馬。前走の天皇賞(秋)では超ハイペースが祟ったか三馬身離されての二着。このジャパンカップで立て直しを図ります。鞍上は父シンボリルドルフに騎乗し続けた岡辺幸斗』

『十五番ミホノブルボン。現在一番人気。天皇賞(秋)で三冠馬を破った日本の総大将格の一頭です。ここでも他馬を圧倒する逃げが炸裂するのか。鞍上は変わらず戸島定博』

『十二番スワーヴダンサー。現在四番人気。前年度の仏三冠馬であり、ジャパンカップの覇者であります。骨折明けのラストラン。有終の美を飾らんと駆けていきます。鞍上は若手のダービージョッキー、蘆名正義』

 

 復活を図る帝王、連戦連勝を狙う坂路の申し子、そして――最後に府中の十二ハロンを選んだ、豪脚の舞手。

 これは、国際競走であると同時に、まさしく最強たちの競演であった。それを制するのは果たして。

 

 

 

 

 蘆名正義は、スワーヴダンサーの背に乗った瞬間から、目頭が熱くなっていくのを感じた。

 これがスワーヴダンサーの、最後の舞踏。悔いのないよう、大舞台で舞わねばならない。

 正義は改めて、スワーヴダンサーの手綱を握り、雨の降り注ぐ空を見つめる。

 

 ――よお、マサヨシ。久しぶりだ。ちったぁ立派になったようだな。

 

 どこからか声が響く。それはきっと、正義にしか聞こえていないのだろう。

 

「ああ。日本ダービー、勝ってきたぜ」

 ――ほお。それはなかなかだ。

 

 正義にしか聞こえない声は、三秒ほどの沈黙ののち、問いかける。

 

 ――マサヨシ、お前は、自分が立派になったと思うか?

 

 深呼吸し、正義は答えた。

 

「ああ。お前という癖馬のおかげでな」

 ――なら、いい。お前はもう、俺がいなくても、ひとつの立派な乗り手だ。

「……本当に、本当に、ありがとうな。スワーヴダンサー」

 

 正義はスワーヴダンサーの手綱を押し、ゲート前まで駆けさせる。

 これが、豪脚の舞手のラストラン。彼らは全身全霊を以て、人々に夢を見せつけにいく。

 

 

 

 

『どんよりとした曇り空に加え、降り注ぐ雨。今年度のジャパンカップは不良馬場となりました。今年の世界を掴み取るは、日本勢か。それとも海外勢か。大外十八番シャコーグレイド、ゲートに収まりました。

 国際GⅠジャパンカップ、間もなくスタートですッ! 

 ――スタートしました! おっとスワーヴダンサー、ややタイミングが合わず出遅れたか⁉

 さて、逃げるのはやはりミホノブルボン! 今年の皐月賞馬! それをマークするように二番手トウカイテイオー。三番手にレガシーワールド。最後方になんとスワーヴダンサー! スワーヴダンサーだ! 場内どよめいております!』

 

 ぐっと手綱を握り直す。出遅れたのは少し痛いが、それでも問題などない。

 正義は前方に目をやる。馬群はやや横にバラけていて、前に行くのは容易ではない。

 だからこそ、脚を溜めて溜めて溜めまくる。そして、早めに仕掛け、後方からミホノブルボンを差し切る。今の正義には、その騎乗しか残されていなかった。

 けれどそれが可能なのが、スワーヴダンサーだ。骨折明けというのが危惧すべき点であるが、正義はスワーヴダンサーの豪脚を信じていた。

 

『1000mを通過! 馬群が縦に広がっている! 先頭のミホノブルボンと最後方のスワーヴダンサーとの差は二十二馬身! これは後方の馬には非常にキツい展開!』

 

 確かにスワーヴダンサーにとって、非常にキツい展開となった。後方の馬も横にバラけ、壁となってしまっている。切れる脚がなければ、見せ場もなく撃沈するだろう。

 だが、その不利がどうした。スワーヴダンサーこそが最強だと、三冠馬(トウカイテイオー)にも、新世代(ミホノブルボン)にも、見せつけてやろうではないか。

 正義は、口角を上げる。これこそが、今から見せる豪脚こそが、スワーヴダンサーだと。

 

『間もなく2000m! さあ、スワーヴダンサーいった! スワーヴダンサーいった! 縦に広がった馬群を最後方から凄まじい脚でごぼう抜き! しかし先頭は変わらずミホノブルボン! ミホノブルボンが先頭で最終直線に入った!

 先頭はミホノブルボン! だが後退している! ミホノブルボン後退! 三冠馬トウカイテイオーも伸びてこない! ドクターデヴィアスが楽な手応えで先頭に立った! 英ダービー馬の復活か⁉ 英ダービー馬の復活か⁉ だが大外から一気にシャコーグレイドが差し切った! 残り200mで先頭はなんとシャコーグレイド! シャコーグレイドだ! 鞍上岳巧、必死に鞭を振るう! あと100m! ここで並びかけてきたスワーヴダンサー! 天才対決! 天才若手ジョッキー同士の対決! スワーヴダンサーとシャコーグレイドの一騎打ちだ! 大激戦だ! 大激戦だ! ここでスワーヴダンサーがアタマ差し切って先頭! 仏三冠馬の有終の美だ! 蘇るッ! 豪脚が蘇るッ!

 スワーヴダンサーが差し切ってゴールインッ! 豪脚が再び、府中の、世界の大舞台を制しましたッ! まさにアタマ差による圧勝劇! 観客席による盛大な蘆名コールが、この東京競馬場を包んでおりますッ!』

 

 

 正義は右腕を掲げ、涙を流しながら、叫んだ。

 

 

 

 

「スワーヴダンサーこそが、最強だァァァァァァァァァァ――ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジャパンカップのトロフィーを、正義は掲げる。カメラによるフラッシュの嵐が、正義と、両隣に立つオーナーと吉長にかかっていく。

 正義は涙ぐみつつも、口を開く。

 

「スワーヴダンサーにただ一言。ありがとう、と言いたいです。彼の脚は、俺が乗ってきた馬の中でも最強でした。本当に、このような名馬に出会えて、騎手冥利に尽きます。オーナー、吉長先生。ありがとうございました」

 

 そして、と正義は言葉を続ける。

 

「スワーヴダンサーに誇れるような名手になれるよう、俺自身も励んでいきます。それまで、引退は眼中にありません。これがスワーヴダンサーに対する、恩返しです」

 

 オーナーも、吉長も、うんうんと首を縦に振る。

 

「俺はこれから、トップジョッキーを目指します。また、スワーヴダンサーのような馬に出会えると信じながら」

 

 正義は頭を下げると、マイクをオーナーに手渡す。

 

「スワーヴダンサーは、名馬です。絶望的なラストランを、まさかの勝利で飾ってくれました。引退後は種牡馬として、穏やかな余生を過ごしてほしいです。本当にありがとうございました」

 

 

 この日、一頭の優駿がターフに別れを告げ、ひとりのジョッキーが誓いを立てた。

 その誓いは、きっと、守られることだろう。




 ――スワーヴダンサーが引退し、種牡馬となりました。初年度種付け料は400万円となります。
 ――シガーが二歳一勝クラスを勝利しました。次走は全日本二歳優駿となります。
 ――ミホノブルボンの次走は有馬記念となります。
 ――トウカイテイオーの次走は有馬記念となります。
 ――ミホノブルボンが転厩しました。

シーザスターズが目指すレースは?

  • 日本ダービー
  • 英ダービー
  • 仏ダービー
  • 愛ダービー
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