ただならぬ雰囲気が漂う川崎競馬場。地方の競馬場であるが、今日に限っては一味違う。
二歳ダートGⅠ――正確にはJpnⅠだが――全日本二歳優駿。地方中央問わず、早めに勝ち上がってきたダートを最適性とする馬たちが集う、ダート二歳王者決定戦。
パドックではここまで勝ち星を積み上げてきた強豪たちがひしめき合う。全力と全力をぶつけ合う、そんな競走が間もなく始まりを告げる。
「どうです? シガーの調子は?」
「とてもといっていいほど絶好調です。毛艶もいいですし、力は出してくれると思います」
「……それなら、いいのですが……」
やや不安そうな声音で、シガーの馬主――オーナー、
忙しなく目を泳がせる。宗太郎にとっては不安要素だらけの今日だ。
シガーという馬は確かに強い。過去の名馬で表すならば、シンボリルドルフと重ねて見てしまうぐらいには。
だが、いまにも鼻歌を歌い出しそうな調教師の松上とは相反して、宗太郎は不安でいっぱいだった。
それにはシガーもだし、鞍上を務めてくれる柴義富も含まれる。
前走は難なく快勝。そのうえでこの大舞台では一番人気に推されている。が、宗太郎からすればとても勝てるとは思えなかった。
「……ひとつお訊ねしたいのですが」
「はい?」
隣に立つ松上に訊ねる。
それぐらい、不安だったのだ。
「勝てますか?」
松上は腕を組んで考え込む。何度も瞬きをしながら。
より一層、宗太郎は不安に駆られる。いまはただ、この沈黙が苦しかった。
「……柴くん次第、としか言えませんね」
『さあさあ、間もなく発走となります、全日本二歳優駿。今年のダート二歳王者の座に着くのは果たして、どの馬か?』
川崎競馬場、ゲート内。
四番のゼッケンを纏ったシガーの鞍上、柴義富はいまかいまかと手綱を握る。
シガーは最終コーナー手前で先頭に躍り出て、そのまま押し切る……典型的といっていい先行馬だ。
だから、スタートは肝心。好スタートが切れればなおさらいい。
『GⅠ全日本二歳優駿、いまスタートが切られましたッ!
おおっと、バラけました、バラけたスタートとなりました。一番人気シガーは四番手、四番手であります。あっとシガー後退! シガー後退! 一気に十四頭中八番手まで下がりました! これは大丈夫か!? 柴義富、危ういか!?』
――まずい。義富は唇を噛み締める。
これが
『残り1000mを切りました。シガーは馬群の真っ只中。中団で呑まれております。柴義富、さあ、ここからどうする』
おまけに馬群にも呑まれている。ここから勝ちを掴むのは容易ではない。普通ならこのまま沈んでいくのがオチだ。
けれど、そんなオチは許せなかった。否、許してはならなかった。
タイミングはあまりにも早すぎるが――。
『残り800m! ああっとシガー! ここに来て柴義富、大外に持ち出して上がってきました! グイグイグイグイ押し上げる! そのまま先頭に立ちました! シガーが先頭! 一番人気シガーが蘇りました!』
仕掛けのタイミングとしては最悪。しかし勝つにはこれしかない。
義富は手綱を押し、鞭を振るう。もうこのまま押し切るしかないのだ。
『最終直線、残り200m! シガーだ! シガーだ! シガーが先頭! 本当に勢いのまま押し切ってしまうのか!? 後続との差は六馬身、五馬身、四馬身と縮んできている! 無敗でGⅠ勝利なるか!? 差は二馬身! 二馬身をキープ! もはやどの馬も近づけない! 近寄らせない!
シガーが圧勝! シガーが圧勝! 鞍上柴義富、見事な好騎乗ですッ! まさかの二馬身差の圧勝! これは驚いたぞ、シガーと柴義富!』
額の冷や汗を腕で拭いながら、生きた心地のしない身体でシガーから下りる。
なんとか鞭を打って走らせた。結果はこの通り、義富からすれば辛勝である。
だが成果もある。それは――。
「……
義富は口角を上げる。
上等、受けて立つ。義富はシガーの瞳を見据える。
真っ暗な瞳には、そんな義富の姿が映っていた。
ふう、と宗太郎は胸を撫で下ろす。
後退したときには思わず気を失いかけたものの、なんとか踏ん張り、結果的にGⅠ勝利を見届けることができたのだ。
「やりましたね、これでシガーはGⅠ馬です」
「……ホントにヒヤリとしましたよ。どうなることとやら……」
松上も一安心したように息を吐く。
どうやら、流石の松上もいまのレースには焦りを隠せなかったようだ。
「兎にも角にも。豪快に押し切りましたね」
「ええ、本当にね……」
宗太郎は苦笑いで応じる。その胸中は、今後への不安でいっぱいであった。
――シガーが全日本二歳優駿を勝利しました。次走は■■■■■■■となります。
――シガーに■■■ステータスが付与されました。『小さな■■』
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