GⅠ有馬記念。ファン投票により出走馬が決定する、グランプリレース。
日本競馬の総決算でもあるから、毎度毎度祭りのような雰囲気だ。
ファンもホースマンも、選ばれた馬に夢を託す。
夢の形は様々であれど、一貫していえること――それは、勝ってほしいという思い。
暮れの中山競馬場は、今年も夢で溢れ返る。
夢を背負い、夢を駆けさせ、夢を勝たせる。
有馬記念、芝2500m。大舞台は、間近に迫ってきている。
「谷潤三郎騎手、今年はどのようなレースにしたいですか?」
会見室。大勢からフラッシュが焚かれるなか、ひとりの記者が質問する。
質問された当の潤三郎は、口角を歪ませ、不気味な笑みを浮かべた。
「そりゃあもちろん、勝ちにいきますよ。
今年は超ハイペースになりそうですからね。そこがちょっと怖いです。
ただまあ、ちょっと怖いだけで勝てないとは言ってないですけどね。
皐月賞、秋の天皇賞を勝ったミホノブルボン、マイラーのダイタクヘリオス……ここらに気をつけたいところですわ」
「騎乗馬のライスシャワーの調子はどうでしょうか?」
「上々です。異変も見られませんし、有馬は貰いましたよ」
「皐月賞、日本ダービーで戦ったミホノブルボンに対しては、どのような対策をなされますか?」
「大逃げするならスタート直後から競り合わせますよ。スタミナ対決に持ち込みたいです」
「逃げといいますと、今年の宝塚記念覇者メジロパーマーはどう見られていますか?」
「たぶん大逃げでしょうね。あの馬もスタミナがあるから、強敵かもしれません。
ですが個人的には、ダイタクヘリオスとミホノブルボンが同時に大逃げしたときが一番怖いですね」
「三冠馬トウカイテイオーに関しては?」
「確かにあれは強いです。
けど大幅に弱体化してるようですのでね……ライスなら勝てます」
「最後に意気込みを」
「ライスが勝ったらオーナーにオムライスを奢ってもらいます」
当日の地下馬道。
潤三郎は肩を大きく回し、筋肉を解す。
と、なにかブツブツと呟く声が潤三郎の耳に入る。
呟きのもとは、ちょうど隣を歩いていった中原輝貴のものだった。
輝貴の姿を一瞥した潤三郎は、思わず絶句してしまう。
目は何を見据えているのかわからないほど虚ろで、ぐったりとしている様子だ。
美貌も目元の隈ですっかり潜まっている。
――あの天才ジョッキー・中原輝貴とは思えないほどの惨状である。
「あの状態で、まともに騎乗できるか……?」
確か、と潤三郎は思い出す。
今年の有馬記念では、中原輝貴はサンエイサンキューという馬に騎乗する予定となっている。
そこで、潤三郎は察する。察したくなくても、察してしまった。
「……運命は、中原さんを殺したいのか……?」
潤三郎の嘆きは、誰にも知られず、虚空に消えていった。
『暮れの中山に集いし優駿たち。芝2500mで夢と夢がぶつかり合います。
三冠馬の復活か、秋の天皇賞馬の圧勝か、二冠馬の台頭か。それとも、伏兵が制するのか。ちなみに私の夢は、二冠馬ライスシャワーです。
大外枠十六番ダイタクヘリオス、ゲートに収まりました。
――有馬記念、その火蓋が切って落とされますッ!
スタートしましたッ!
メジロパーマー、ダイタクヘリオス、ミホノブルボン、ライスシャワー、好スタートを見せました。三冠馬トウカイテイオー、岡辺幸斗も好スタートですが下げました。
さてハナを切ったのはメジロパーマー。二番手には……なんとなんとライスシャワー! メジロパーマーに並びかけにいった!
これはいったいどういうことだ!? 鞍上谷潤三郎は何を考えているのか!?』
メジロパーマーに並びかけ大逃げするライスシャワー。
その鞍上である谷潤三郎は、薄気味悪い笑みを浮かべる。
メジロパーマーの鞍上は、怪訝そうに顔を歪めた。
『ライスシャワーとは一馬身開いて三番手にダイタクヘリオス。それに並んだミホノブルボン。鞍上戸島定博、恩師・青山為男の無念を胸にミホノブルボンの手綱を取ります。
三冠馬トウカイテイオーは中団。七番手です。前走のジャパンカップでは惨敗していますが、果たしてこの有馬で復活なるか。
メジロパーマー、ライスシャワー、共にややペースを上げたか? 後続をぐんぐん突き放します。
ポツンと最後方には芦毛の牝馬サンエイサンキュー。中原は仕掛けるつもりがなさそうだ。
さて先頭はメジロパーマー。アタマ差で二番手ライスシャワーとなっております。
――ああっと!? サンエイサンキュー転倒! サンエイサンキュー転倒! 鞍上中原もターフに投げ出されました!
これは大丈夫か、中原!? 場内、悲鳴が上がっております!
先頭メジロパーマーで残り800m。ここで仕掛けるかミホノブルボン! ミホノブルボンが来ました!
鞍上戸島定博、手綱をグイグイ押して押して押しまくる! ダイタクヘリオスを交わしてライスシャワーに詰め寄ろうとしているッ!
ダイタクヘリオスは後退! ダイタクヘリオスは後退!
三冠馬トウカイテイオーは伸びを欠いております! テイオーは苦しい!
残り600mを切って、先頭はメジロパーマーのまま! ライスシャワーと激しく叩き合っております!
大外からミホノブルボン! 大外からミホノブルボン!
ライスシャワーがようやくメジロパーマーを僅かに交わした! ライスシャワー先頭だが、大外からミホノブルボンが迫ってきている!
ミホノブルボンが撫で切るか!? メジロパーマーが差し返そうとする! ライスシャワー、粘る粘る!
ようやくトウカイテイオーが伸びてきたがもはや届かない! これは三頭の叩き合いだ!
――三頭並んでゴールインッ! これはわからない! これは勝敗がわからないぞッ!』
「よくやったよ、潤三郎」
ライスシャワーの背から降りる潤三郎に、調教師の吉長正之は笑顔で声をかける。
潤三郎はライスシャワーの首筋を撫でてやりつつ、目元を拭う。
「本当に、ライスはよく頑張ってくれました……!」
「ああ、大健闘だぞ」
「競走を中止する馬が出てきてしまったのが、無念ですけどね……」
「それでもなぁ、お前さんとライスはよく頑張った。特別賞を個別で与えたいぐらいだ。オーナーはきっと喜んでくれるさ」
正之は潤三郎の背を叩き、ハンカチを手渡す。
そして、ライスシャワーを見据え、潤三郎と同じように首筋を撫でる。
「……勝った、勝ったんだな、俺らは……」
【一着 ライスシャワー
二着 ミホノブルボン ハナ差
三着 メジロパーマー ハナ差】
中山競馬場の掲示板には、そう表示されていた。
――ライスシャワーが有馬記念を勝利しました。
――トウカイテイオーが骨折しました。
――ミホノブルボンが屈腱炎を発症しました。
――ライスシャワーの次走は未定です。
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