翌日、ストリウスの不安は的中した。早朝の間もない頃、広場から怒声が聞こえた。
一行が駆けつけるとそこにはドーガら牙の氏族に責められている少女がおり、周りには昨日の宴の後がそのまま残っていた。
「おい、どういうことなんだ? おまえ、ライサンダー達のことが嫌いなのか?」
「違います……その……何をすればいいのか忘れちゃって…。」
「……はあ。いい、任せたオレが馬鹿だった。もう行っていい。さっさと消えろ。目障りだから村には近寄るなよ。」
「は、はい! ありがとうございます!」
そう言うと少女は去って行った。少女が去って行った後、ドーガはライサンダーがいたことに気づき、明るく話し掛けた。まるでさっきまでの出来事がなかったかのように。そのことにライサンダーはムッとしながら言った。
「ドーガ、あの子に片付けをやらせていたのか?」
「あの子って…ああ、あいつのことか。おい、あいつの名前なんだったけ?」
「さぁな、たしかフーとかホーとか間抜けな名前だったぜ。」
「あー、あいつも初めはあったんだな。まあ、霧に関係なく自分の名前を思い出せなくなったらお終いだ。ライサンダー達も名無しの病にかかりたくなかったらアイツにかまうなよ。」
同じ村に住んでいる者とは思えない言い方にストリウスは憤慨した。
「あんたら、名無しだからあんなことをやっているのか?」
「? 名無しの妖精に価値はねえだろ? もういなくていいヤツなんだから。」
そういうと「辛気くせえ話はやめだ、今日はフットボールをやろうぜ」とライサンダーに言い、ドーガ達は運動場の方へ去って行った。ドーガ達が去って行くのを見ているとマシュはポツリと話し始めた。
「妖精に人間や動物のような寿命はありません。ですが、生まれた時に持っていた“目的”というものを失った妖精は名前を失い、衰弱し息絶えてしまうんです。
名無しの妖精は、他の妖精達に嫌われます。恐らく家も持っていないでしょう。ですが、この村に入れてもらえているだけでも ここの妖精達は寛大だと思います。」
なら自分たちの住処に招けばいいじゃないかとライサンダーは提案するも、周りの妖精達に反感を抱かれるとマシュに反対される。代わりに、彼女の住処を見に行って、危険があれば取り除き、村と同じぐらい安全な場所にするという折衷案を出すとライサンダーはそれが良い!と賛成した。他の2人も賛同し、一行は少女が向かった方へ足を進めた。
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森に入ってから5分。辺りは日の光もなく、深い霧も相まって不気味な雰囲気を漂わせていた。トリストラムは霧の深さに懸念を示していたが、マシュ曰く、これぐらいの霧ならば記憶は失われないらしい。すると一行は狼に似た獣達に襲われている少女を見つけた。
すかさずトリストラムは弦を振り、真空の矢を獣に放つ。獣達はすんでのところで気づき、回避する。だがそれはトリストラムの狙い通りであった。
「少女と獣を引き離しました。我が妖弦にかけて、これ以上獣を少女には近づかせません。」
「よし、トリストラムはそのまま弓で牽制を! マシュとストリウスさんは打ち漏らしを片付けて下さい!」
「分かった!」
「このぉ、その子に手を出すなぁ!」
獣たちは本能からか、少女から4人に狙いを変え排除しようと襲いかかってくる。
それに対し、トリストラムは冷静に次々と獣の首元や足の関節を真空の矢で刻み込んでいく。かろうじて真空の矢を突破した一部の獣たちはマシュが手にしている魔力を纏った杖による殴打やストリウスの長剣によって切り払われていく。不利を悟ったのか獣たちはすぐに森の奥へ撤退していった。
「残酷ですが、あえて痛みが強く残る箇所を狙いました。これで獣たちも“この場所は危険だ”とおぼえてくれるといいのですが……」
「いえ、的確な措置だと思います。ありがとうございます」
ライサンダーは呆気にとられている少女のもとに駆け寄った。
「大丈夫?」
「え…あ、今の私のためだったんでしょうか?」
「うん。ちょっと心配でね。怪我はない?」
「はい。それで何のご用でしょうか? 村の案内はもうおわってしまいましたけど……」
「あ…いや、特に用はないんだけど……」
どもるライサンダーにストリウスは助け船をだした。
「俺たちは君に昨日のお礼をしにきたんだ。そしたら君が襲われているのを見て、助けたんだ」
ストリウスの言葉に少女は破顔した。お礼に幸運の祝福というものをかけようとするが、記憶を失っているためか使い方を忘れていため、深く落ち込んだ。そんな少女にライサンダーはもうお礼はもらっていると慰める。
「ライサンダー、トリストラム、ストリウス。後は私が獣よけの結界を張ります。時間がかかるので、三人は村に戻っていて下さい。」
マシュの突然の行動に再び獣がでるかもしれないと言うトリストラムだが、あれくらいなら自分でも大丈夫とやんわりと拒否した。去る前にストリウスは少女のもとにかけよった。
「もしも君に困ったことがあったら俺たちが助ける。約束だ。」
そういうとストリウスは小指を少女につきだした。首を傾げる少女にストリウスはこれは約束をするお呪いだと教える。おそるおそる右の小指を近づける少女。互いに引っ掛け合うとストリウスはやさしく上下に振った。
少女にとってこれがどういうものか分からない。だが指切りをしている内にどこか温かいものがこみあげてきた。
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翌日、涼しい霧の朝を迎えたコーンウォール。ストリウスは顔を洗いに出かけていた。村の一角には冷たい水が湧いており、ここの飲み水など、多目的なことに使われている。冷たく、顔をさっぱりさせ住処に戻ろうとすると、ぐうぅぅと腹の音が鳴った。
そういえばここに来てから昨日は水しか飲んでないな、とぼんやりとしながら歩いているとライサンダーに出会った。
「おはようございます、ストリウスさん。ちょうど良かった。朝食が出ないかハロバロミアさんに聞きに行くところなんですけど、ストリウスさんもすいてますか?」
「いいね、俺もいくよ」
早速2人は村の周りを歩き回ろうとしたが、すぐ近くにハロバロミアはいたので呼びかけた。
「おはようございます。ハロバロミアさん。」
「おや、おはようございます、ライサンダー、ストリウス。昨日は申し訳ありません。今日はちゃんと宴の支度ができますので、愉しみにしていて下さい。」
「あ、そのことなんですけど、昨日から空腹で何か軽いものでもいいですから何か食べ物ありますか?」
「―――は? 食べ物を食べてないから、空腹? ご冗談を、人間じゃあるまいし。食事なんて……」
ライサンダーの一言に笑っていたハロバロミアだったが、二人を見るとブツブツと呟きだした。何やら尋常じゃ無い様子に二人は「どうしたんですか?」と尋ねる。するとハロバロミアは突然大きな声をあげた。
「みなさん! 人間です! ライサンダーとストリウスは人間です! ここに未登録の人間がいます!」
「はあ? 朝から何をバカなコト言ってんだ。人間がこんな場所にいるはずが――」
「間違いありません! 翅がちぎれているのでは無く、元からないのです! みなさん早く集まって!」
ハロバロミアの声に次々と広場に集まってくる妖精達。二人を見て人間だと気づくやいなや歓声をあげた。そのことに二人はいやな予感を感じた。確かに喜んでいるのは間違いないと思う。そこに邪気はないのだろう。だが初日とは違い、まるで物珍しいものを見るような目つきをしていた。するとそこにマシュが駆けつけた。
「だめですライサンダー、空腹だなんてくちにしたら……! って、きゃー! もうバレてる――! というかストリウスさんも――!?」
驚くマシュにさらに騒がしくなる妖精達。そのことにライサンダーは「最っ悪だ…」と呟いた。
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その後、住処にいたトリストラムも連れてこられ、四人は広場にあるテントにおしこめられた。そして、1時間おきに大量の豪勢な食事が運び込まれていた。最初は空腹に耐えかねて、食べていたが、次第に食べきることができず、テントの中には大量の食事が山積みとなっていた。
「まるで、と殺される前の家畜みたいだ……」
ボソッと呟くストリウス。そのことに誰も否定しないことが今の現状を表していた。
「外出は許されず、外には見張りの妖精が交代で見張っている。今の我々は事実上の監禁状態となっています。マシュ。どうしてこんなことになったのか。貴女には分かりますか?」
トリストラムの問いにマシュはストリウスとライサンダーが人間だからと答える。
妖精達にとって人間とは精神的充足を与える栄養源である。しかし、現在のブリテンでは人間の数は“女王”と呼ばれる存在に管理されており、下級の妖精にはあてがわれないという。ここコーンウォールの妖精たちも人間不足によって落ちこぼれたもの達らしい。今は大切にされているか大丈夫だが、不味いのはこれからだという。そのことについて話そうとすると、トリストラムは小声で「静かに!」と言う。
4人は耳を澄ますと、かすかにだが、武器のぶつかり合う音や怒声などが聞こえてきた。
「これは…!?」
「…事情は掴みかねますが、妖精達の間で争いが起きているようです。恐らく、貴方達をどの氏族が独占するかの話し合いがこじれたのでしょう。このままでは我々の身が危ない。一刻も早くこの村から脱出すべきでしょう」
「でもどうやって?」
「大丈夫です。ここからの脱出方法なら分かります。」
マシュ曰く、コーンウォールからは中原までの道を行くことでブリテンの丘陵地帯に抜け出られるらしい。だが、表には見張りの妖精がいる。彼らに気づかれずにどうやって脱出するか考えていると、裏から物音が聞こえた。全員が物音がした方に体をむけると、そこにはあの妖精の少女がいた。
「良かった。無事だったんですね。朝から村の様子がおかしかったので、遠くから見ていたんです。そしたら、みんな互いに罵り合って、戦いはじめて……。みなさん、早くここから!中原までの道なら知っています。」
そういう少女は一行を中原へと案内し始めた。少女が出てきた場所から抜け出していると、オンファムの怒声が聞こえた。
「おい、誰もテントに近づけるなよ! 風の連中は皆殺しにしたが、牙のヤツらが残ってやがる。野菜好きなんかより、俺たち土の氏族で平等に分け合わねえとな?」
昨日、自分を慰めてくれた優しい眼差しはなく、ギラギラと欲望に満ちた目をしていた。そのあまりの変貌にライサンダーは息をのんでいた。
「オンファムさん――」
「……私は悲しい。あれでは悪魔と言わざるを得ず…」
そういうとトリストラムは堅琴をポロロンと奏でる。
「何やってんのトリストラムさん!?」
「申し訳ありません、何故か指が動いてしまい……」
小さな悲鳴を上げるストリウスに謝るトリストラム。するとトリストラムが奏でた音を聞きつけて土の氏族がテントに近づいてきた。このままでは不味いと一行は急いで村から離れた。
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