母さんの依頼による、防犯講習から一ヶ月。
どうやら学校の方でスポーツ大会をやるらしい。
その中にはサッカーやテニス、バスケットボールと言った競技に始まりマラソンなどもある。
どれか一つに必ず参加しなくてはならない、と言うのはあるが、それ以外は自主参加で参加するもしないも自由らしく、今年は毎日走っている俺を見てダイエット効果やらを期待した春風や蛍辺りが参加することにしたらしい。
確かに、俺はテニスとか出来ないからな……。
ヒカルは毎年マラソンで参加しており、今年こそは一位を狙うんだ、と息巻いていた。
どうやら毎年陸上部のマラソン選手の子と競い合っているらしく、何時も僅差で負けてしまうんだとか。
それが悔しいらしく、毎日走っていると言っていた。
今年こそは勝って欲しいもんだ。
小学生までは学年毎に分けられた距離を全員が参加して走らなければならないんだとか。
と言っても距離は六年生で6kmほど。
大した距離では無いが、普段運動しない人間からすれば十分に辛い距離だ。
まぁ俺は直接関係無いんだが、それのトレーニングに付き合うようになった。
それぞれ距離別に分けられており、フルマラソンと同じ42.195kmから始まり30、25、20、15、10kmとなっている。
参加すると体育の成績に距離に応じて加点が加えられるらしく、完走した場合は更に加点されるとのことだ。
体育の成績があまり芳しくない生徒は全員参加、運動部の面々も大体が参加するようだ。
ヒカルは勿論フルマラソンに参加するらしく、春風は25km、蛍と氷柱は20km、立夏が15kmとそれぞれ自分が参加出来そうな距離で参加する。
とは言え無理そうだったり、もっといけそうだと思うと前日までに報告すれば距離を変えられるんだとか。
霙は生徒会長としての仕事があるからと参加しないらしい。
まぁ偶に気紛れで一緒になって走っているが、あいつかなり体力あるぞ。
20kmを皆がひーひー言いながら走ってる中辛そうではあったがサラッと走り切ったからな。
「ほら、あと1kmだ。走れ走れ」
「ひぃっ、ひぃっ!」
「息が乱れているぞ。それだと余計辛くなる。息はしっかり整えて走れ。痩せたいんだろう」
「そうだけど〜っ!」
立夏の参加理由は、自堕落な夏休みを送ったことで激増した体重を減らす、要はダイエットである。
そりゃ俺から見てもあれだけ食っちゃ寝生活を連日送っていたらそうなる。
氷柱からの密告によると、夏休み前の体重が46kgだったのに対し、夏休み明けの身体測定によると55kgにまで増えているとのことだ。
それをバラされた立夏は叫んでいたが、報復と言わんばかりに氷柱の体重を俺にバラした。
氷柱も夏休み前は43kgだったのに今では50kgに増えているとのこと。
それが理由でトレーニングを始める前に二人揃って喧嘩し、春風から説教を食らっていた。
春風と蛍は体重は変わらずだが、引き絞りたいらしい。
二の腕とかが気になるんだとか。
だが走るだけじゃぁ、意味が無い。
走り方にもコツがいるし、変な走り方をすると足首や膝、腰を痛める可能性がある。
他にも全身の筋肉量を増やす必要がある。
因みにだが、ランニングをしていて脹脛が太くなる、と言う人は大抵の場合ランニングフォームが間違っている。
猫背、極端な前傾姿勢、身体が左右に揺れながら走っている、などが挙げられる。
その辺りも含めて、鍛えてやっている。
予想外にもかなり根性あるのが蛍で、次いで春風。
二人は距離を伸ばそうか、悩んでいるらしく相談しに来たな。
立夏は喚きながらもなんだかんだとやっている。
氷柱は最初、自分でアレンジして失敗してからは素直に従っている。
普段運動しない人間がいきなり自分流にアレンジしたらそりゃ失敗する。だが良い経験になったろう。
後々慣れてきたらまたやれば良い。
毎日走り、体力と筋力を付ける。
それを夏休み明けから続けること一ヶ月半。
マラソン大会当日。
まだまだ夏の厳しい暑さが残っている、そんな日だ。
応援して欲しい、と言われ車を出して学校へ。
あれ以来ここを訪れてはいないが、あの時とは違い随分と活気溢れている。
まぁあの時は俺のせいってのもあるだろうが。
「お兄ちゃん!」
「蛍か。どうだ、調子は」
「万端です。私、25km走ることにしたんです」
「そうか、まだ暑いからな、無理と怪我だけはするなよ」
「はい。それじゃあ集合時間だから行きますね」
「おう、頑張れよ」
駆け寄ってくる蛍を出迎え、激励をする。
「兄さん、応援に来てくれたんだ」
「あぁ、約束だからな」
「兄さんも一緒に走るか?」
「一番先頭を余裕で走るがそれでも良いならな」
「私は別に良いぞ?追い抜くために頑張れるからな」
「何言ってる。許可も無いんだから走れないさ。それより頑張れよ」
「勿論だ」
ヒカルは周りの級友達を掻き分けて俺の下へ。
今年こそは勝つ、と意気込んでやる気十分、と言った様子だ。
「お兄チャン、ちゃんと見ててネ!」
「分かった分かった、無理したり怪我はするなよ」
「モッチロン!」
立夏は相変わらず元気で騒がしく、飛び付いてくる。
春風と氷柱はどうやらどこかに行っているらしくここには居ない。
走り切ってくれることが一番望ましいが、それよりも怪我をしたりしなければ良い。
ここは何がなんでも走らなければならない軍隊とは違うんだからな。
皆が態々俺のところまで来てくれるもんだから、兄貴として喜ばしいものだ。
男子生徒達からの視線は厳しいが。
妹達はあれだけ整った容姿だから、そりゃモテるだろう。
その憧れの対象から慕われている様を見て嫉妬しない訳がないか。
何故かその視線の中に女子のものがかなり含まれているのが気になるが。
あれか?
ヒカルのファンクラブの連中か?確かヒカルには熱烈なファンクラブがあるとか言っていたからな……。
俺、その内刺されたりしないだろうな?まぁ、そうなったらそうなったで負けはしないから別に良いんだが。
少しすると陸上競技用のピストルが構えられ、乾いた破裂音が鳴り響く。
すると参加者の生徒達が一斉に走り出した。
男女問わずそれぞれ走り出す。
その先頭はヒカルであり、流石だな。
周りよりも抜きん出た速さで走っていく。
その後ろ姿を眺め、他の皆も走っていくのを見届ける。
今の皆なら、20kmぐらいなら二時間半もあれば走り切るだろう。
好成績を残すことは叶わないかもしれないが、何かを最後までやり遂げればそれだけで自信が付く。
それだけでも十分だ。
それに、トレーニングを今までやってきたんだからそれだけでも十分だろう。
まぁ、立夏はこそこそ隠れて菓子やらを食べていたようで殆ど体重が変わっていないようだ。
他の皆は元々しっかりと考えられた食生活を送っていたためか、トレーニングなども相まって筋肉が付きしっかりと引き締まってきている。
脂肪より筋肉のが重いので体重が増えたと騒いでいたが、説明したら難しい顔で悩んでいた。
どうやら軽い数値の体重も羨ましいらしい、
いずれにせよ、今日はトレーニングの成果がどれぐらいのものか楽しみだ。
俺の予想通り、妹達はそれぞれの距離を二時間半から三時間で帰ってきた。
一番に戻ってきたのは最長距離を走るヒカルだった。
流石と言うべきかヒカルは陸上部のマラソン選手より十数秒遅れで戻ってくる。
ゴールラインを超えて、級友達に迎えられて笑っている。
一着とは行かなかったが、それでも二着である。
しかも相手はマラソン選手で、僅差と来たもんだ。
凄いものだ。
俺を見つけると、随分と嬉しそうに笑みを浮かべて人の波を掻き分けてこっちへ駆け寄ってくる。
「兄さんっ!」
「お疲れさん。頑張ったな」
「うん。でも、一番取れなかったのは悔しいかな」
まだ少しだけ乱れた息を吐きながらそう答える。
「次にまた一位を取ればいいさ。二位でも凄いもんだ」
「そう言ってくれると、嬉しいかな。だけど、それだけ褒めるんなら勿論ご褒美か何か期待してもいいんだな?」
「ご褒美か……。まぁ、飯に連れていくぐらいならな」
「やった、約束だぞ」
「あぁ」
嬉しそうにするヒカルの頭を少し強めに撫でてやる。
向こうで友人だろうか、ヒカルを呼ぶ声がする。
「じゃぁ、また後で」
「おう。ちゃんと水分は摂れよ」
「うん」
また級友達の方へ戻って行った。
それを見届ける。
次に春風が帰ってきた。
「良くやった。頑張ったな」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……。うぅ、王子様に良いところを見せたかったのに……」
「何言ってる、十分じゃないか」
「そうですか……?」
「勿論だ。走り切ったんだ、十分凄いよ」
「はぁぅ♡王子様にそんな事を言われたら春風、嬉しくて溢れちゃいます♡」
「ほら、汗拭いて水分摂ってこい。ぶっ倒れるぞ」
抱き着こうとしてくる春風をいなす。
「あぁん、王子様のいけずぅ」
「帰ったら少しぐらいはご褒美をやるから今は我慢しとけ」
「本当ですかっ!?」
「あぁ」
「約束ですよ!」
興奮した春風は、そう言い残して行ってしまった。
時々立夏よりも嵐みたいになるんだよな、春風は。
蛍が戻ってきた。
「あっ、お兄ちゃん!」
「お疲れ、良く頑張った」
「ありがとう」
「ちゃんと水分は摂っておくんだぞ」
「はい」
会話は少ないが、元気そうだ。
早々に教室か更衣室の方に向かって行った。
氷柱が帰ってくる。
「お疲れさん」
「な、なんてことないわね……」
「そんな死にそうな顔で言ってもなぁ」
「うっさい……」
見栄を張り、悪態吐きつつ膝を笑わせている。
まぁでも最初を考えれば本当に良くやったと思う。
氷柱、運動は出来るが持久力が無かったからな。ダイエットも達成したようだし十分な成果だろう。
一番最後に戻ってきたのは立夏だった。
「しぬぅ……」
「ほらあと数mだろ、踏ん張れ」
「おんぶしてぇ〜……」
「ここに来たら幾らでもやってやるから。ほら」
「うあ“ぁ“〜」
なんだかんだ言いつつ完走。
ゴールしたと同時に抱き着いてきたから言った通り抱き上げてやる。
ついでにスポーツドリンクも渡し、飲ませる。
「はぁ“ぁ“ぁ“〜、い“き“か“え“る“ぅ“……」
「途中でも水分補給はしてただろうに」
「別問題だヨー……」
「なんにせよ、良く頑張った。本当は途中で棄権するだろうなと思ってたからな、驚いたよ」
「ひっどーい……。けどもう言い返す気力が無いから後でアイス買ってネ……」
「あぁ」
少し休憩させた後、教室まで連れてけと言う立夏を降ろして見送った。
因みに立夏はダイエットに失敗、ではないが結果は余り芳しくなかった様で体重計に乗って叫んでいた。
そりゃあんだけこそこそ食べてたらなぁ。
このスポーツ大会は自分の参加する競技が終了した後は自由に下校して良いことになっている。
小学生組はマラソンだけだから既に帰宅済み。
あとは年長組だけだが、どうやら皆クラスメイトの応援をするらしくまだ学校に残ると言っていた。
頑張って走った皆に歩いて帰れ、と言うのも酷だから一度帰宅して連絡を寄越してくれれば迎えに行く、と言っておいた。
家に帰るとちびっ子達が頑張ったよ、と言って騒いで駆け寄ってくる。
実を言うと年長組が走っている間にちびっ子達のマラソンの様子は見ていたのだ。
とは言え年長組のようにそれぞれ教室に帰ったりするのではなく、クラス毎に纏まって戻って行ったから会えなかったのだ。
「皆良く頑張ったな」
「見ててくれましたか?」
「あぁ、ちゃんと見ていたとも」
それぞれ抱き上げて、頭を撫でてやる。
手洗いうがいを済ませてリビングに引っ張られていく。
「のうあにじゃ」
「どうした?」
「わらわは頑張ったのじゃ。だからご褒美がほしいのだが、ダメかのう?」
「俺が出来る範囲でなら良いぞ」
「ほんとうか!?」
「本当だ。嘘は言わんさ」
「約束じゃ!」
「あぁ、約束だ」
「あにじゃは男よのう」
すると観月に続いて皆が私も私も、とご褒美をねだり始める。
果ては幼稚園に通っておらず走ってもいない虹子と青空まで言い始める始末で収集を付けるのが大変だった。
ちびっ子達の相手をしつつ、連絡を待っていると四時半頃に春風から迎えに来て欲しいと連絡が。
それに了承で答えすぐに車を出して迎えに行く。
車で十分ほど。
歩きでも二十分で着く距離だが、あれだけ走った後に歩くのは辛い。
選抜訓練の体力系はなんだかんだでそう言うもんだと、割り切って慣れてしまえば乗り切れる。
ただ、それ以外の移動などの時間が物凄く辛いのだ。
心に重くのし掛かってくる。
それと似た様なもので、妹達を歩かせて帰らせたら、無意識の内に運動を避けてしまう様になりかねない。
だからアフターケアーと言う訳だ。
俺達みたいに辛さを克服し力に変えなければならない訳ではないからな。
何がなんでも任務達成をしなければならない軍隊とは違うんだ。
「すまん、待たせたな」
「いえ、全然。寧ろありがとうございます」
「何、気にするな。皆は頑張ったんだ、これぐらい当然だ」
皆が乗り込んだのを確認して車を出す。
立夏は乗る前から大欠伸をかいていたからか、車に乗ってすぐに寝始めた。
それに釣られてか、ヒカルを除く全員がぐっすりと夢の中へ。
「皆寝ちゃったな」
「疲れたんだ、そのまま寝かせておいてやろう」
家に着いても起きる気配は無く、横抱きにして部屋に運んで行ってやる。
ベッドに寝かせておく。
暫くすれば起きてくるだろうが、それまでは寝かせておいてやろう。
さて、そうなると問題になってくるのは晩飯である。
我が家の厨房担当が二人とも疲労でぐっすり寝ているとなれば、必然的に俺が晩飯を作らねばならない。
霙はあんこが好き過ぎるあまり何にでもあんこを入れようとするし、学校からまだ帰宅していない。
海晴もまだ帰宅していない。
ヒカルは料理なんて欠片も出来ず、小学生組以下は言わずもがな。
はてさて、どうしたもんか。
晩飯、と言っても春風と蛍の様に冷蔵庫の中身を把握しているわけではない。
何かないもんか、と漁ってみると鶏肉がある。
ふむ……。
唐揚げとかフライドチキンは無理だが、味付けをして焼くぐらいなら俺でも出来る。
よし、今日の晩飯は鶏肉を使おう。
携帯でレシピを検索し、その通りに作っていく。
我が家には特注のデカいフライパンもあるが、流石に二十人を超える人数分をいっぺんに作るのは無理だ。
そこで、ヒカルに手伝ってもらいつつ、手際良く作っていく。
ヒカルを除いた俺を含めた年長組の分は後から作り、先にちびっ子達の分を作ってからテーブルに並べて食べさせる。
照り焼きチキンに付け合わせのサラダ。それと米、パンは好きな方を。
そんな感じだ。
「「「「「「「「いただきまーす!!」」」」」」」」
「ヒカルも先に食え」
「えっ、だけど」
「良いから」
「じゃぁ、お先に」
「あぁ」
「いただきます」
わいわいと食べ始めたのを見つつ、ヒカルにも先に食わせる。
それを見届けてから、俺と寝ている年長組の分を焼いていく。
すると寝ていた蛍が起きてリビングに降りてきた。
「ごめんなさい、寝ちゃって……」
「良いんだ、疲れてるんだろ?座って待ってろ。今鶏肉を焼いてるから出来たら持ってく」
「ありがとう、お兄ちゃん」
「何、気にするな」
続いて春風、氷柱が降りてくる。
立夏はどうやらもう暫くは寝ていそうだ。
全員分を作り終え、先に食べ終わったちびっ子達の面倒をヒカルと小雨に任せて年長組だけでテーブルを囲んだ。
その日は皆疲れて、風呂に入ると早々に寝てしまった。
体力的に余裕があるヒカルも今日は寝ると言って寝てしまったし。
日課である夜のトレーニングを行い風呂に入り、俺も早々に布団を被った。
翌日。
休みらしく、皆家で思い思いに過ごしている。
俺はと言うと、なんだかんだで運動し始めた皆と共にトレーニングをしたりちびっ子達の相手や洗濯物を干す手伝いなんかをやりつつ、自分の資格を得る為の勉強をしている。
とは言え、日本の法律に従えば良いだけで運転自体は向こうで散々やっていたからな。
このままの調子ならあと二ヶ月もしない内に大型二輪免許と大型特殊免許が取れる筈だ。
普通免許を取った理由は三年しないと大型免許が取れないからだ。
これさえ取れば、他の車種も大体は運転出来る。
あとはスクーバダイビング資格やスカイダイビングのライセンスなどを取ろうと考えている。
そんな勉強をしている時のこと。
「お兄ちゃん、今いいですか?」
「ん、良いぞ」
部屋のドアを叩く音のあと、蛍の声が聞こえてくる。
やましい事をしている訳じゃないから招き入れる。
勉強の手を止めて回転椅子を蛍の方へ向く。
「どうした?」
「その、昨日のご褒美のことで……」
「あぁ、その事か。いいぞ」
「えっと……」
少し間を置いて、言った。
「その、一緒にコスプレしに行ってくれませんか!」
コスプレ?
コスプレとはなんだ?
いや、同じ部隊に居た仲間が日本のアニメとかが好きで似た様な事を言っていた気がする。
なんだっけか、俺の記憶が正しければ確かアニメとかのキャラクターに扮する、だった様な……。
「えっと、駄目、ですか……?」
難しい顔で考えていたらしく、不安そうに聞いてくる。
「あぁ、いや駄目じゃない。ただ、コスプレの意味が分からなくて考えていた」
「そうだったんですね」
「分からない、と言うより殆ど知らない、だな。昔に仲間が話していたのを流しながら聞いただけだからな。だが、そのコスプレに一緒に行くとはどう言う意味だ?」
聞いてみると、蛍は思いを打ち明けた。
「その、私の趣味がコスプレなんですけど、その、何時もはお家で皆に見てもらったりしているだけで、実はコスプレイベントに参加してみたいなって思ってるんです」
「なるほど」
「だけど一人だとなんだか心細いし、皆に付いて来てもらおうにもお家のこととか、もし何かあった時に女の子だけだと心配だから行けなかったんです」
「そこで俺、と」
「はい」
「まぁ、付いて行くぐらいなら別に構わないぞ」
「本当ですか!?」
「あぁ、元々ご褒美って話でもある、断る理由は無い」
「ありがとうございますっ」
「それで、日程は何時だ?」
「再来月の末です」
「分かった。そこは開けておこう」
蛍との話も終わり、さてまた勉強を再開するとしよう。
一発で試験には合格したいからな。
それからと言うもの、ヒカルにラーメンと焼肉を食べに連れて行ってくれ、とご褒美を強請られ二人で近所の美味いと評判のラーメン屋と少し遠出して焼肉を食べに行ったりもした。
氷柱は参考書が欲しいから買ってくれと言われ数冊購入。
なるほど確かに参考書を買ってくれと言われた理由が分かった。参考書、かなり良い値段がする。
正直中学生相応の小遣いである三千円ほどしか貰っていない氷柱からすれば貯めるなりしても諸々で金が出て行ってしまう事を考えると年に一、二冊買うのが精一杯だ、手が届かないのも無理はない。
これで勉強が捗る、と喜んでいた。
立夏は何やらデートして欲しいとかなんとかで、手を引っ張られるままに都内のショッピングセンターやらを丸一日連れ回された。
色々食べたりしていたが、トレーニングでのダイエットは成功していない筈。
ダイエットは良いのか、と聞くと吹けない口笛を吹いてはぐらかしていた。
春風は偶にで良いから一緒に料理をしてほしい、と言うお願いだった。
断る理由は無く、頷いてからそんなんで良いのか、と聞くとそれが一番幸せだからと嬉しそうに満面の笑顔を浮かべていた。
今度、良い包丁でもプレゼントしてやろう。
十二月末。
蛍との約束通りコスプレイベントに参加する当日。
朝早くから、それこそ夜中の三時に出発である。
会場から電車で一駅ほど離れた駐車場に車を止め、二人で電車に乗って会場へ。
蛍がその辺はしっかりと調べて来ているらしく、俺は一応頭の中に知識を入れてあるだけで全く付いていくだけだ。
しかし、まだ朝の五時だと言うのに物凄い数の人間がぞろぞろと会場と同じ方向に向かっていくではないか。
なんだ?そんなに大規模なイベントなのか?
しかし、これだけ人が多いと何があるか分からんな。
警戒しておくか……。
どうやら参加するのに参加費を幾らか払わねばならないそうで、大した金額でも無かったから代わりに出してやった。
どうやら俺も一緒になってコスプレすると思われていたらしい。
俺は付き添いだ、と言うことを伝えると参加するとなったら何時でもお金を払えると笑顔で言っていた。
いや、俺みたいな野郎のコスプレなんぞ見たくもないだろうに。
仮にやったとしてどんなメリットがあるのやら。
午前中は準備の為の時間で、午後から本格的にコスプレのイベントが始めるらしい。
一度家で蛍のコスプレを見て、アニメと見比べてみたが正直見分けが付かなかった。俺がそのアニメを知らないってのもあるかもしれないがそれでもである。
蛍はヒカルや氷柱と違い、可愛い系の美人だがそれにしっかりと合うようなコスプレをする。
別に趣味なんだから好きな格好をすればいいと思うが、蛍曰くキャラクターのイメージを崩したくないとかなんとか力説された。
普段は大人しいと言うギャップも合わさってあの時ばかりは気圧されてしまった。
準備にそんな時間が掛かるのか、は知らんが規則としてこの会場内でしかコスプレをしてはならないらしい。
着替えなども専用の更衣室以外では厳禁と言っていた。
それならば、ここで一から準備をしなければならないことを考えると妥当だろうか。
女の支度には時間が掛かるとよく言うし、仲間達で結婚していたり恋人がいる奴は一緒に出掛けたりすると待たされる時間のが長いとか言っていたしな。
しかし俺はその間どうしたものか。
適当な場所に腰掛けて携帯を覗いてみると、子供みたいな顔立ち故に坊主、と呼ばれていたヘンリーからメールが入っていた。
あいつ、所謂日本のアニメや漫画が大好きで日本に来る前に漫画とか買って送ってくれと言っていた奴だ。
メールの文章を読むと、今日世界で一番デカいイベントがあるから可能ならそれに行ってメールに書かれている本を買えるだけ買って来てくれ、と書かれている。
……これ、コスプレのイベントじゃないのか?
調べてみるとどうやら、個々人で描いた漫画を出品すると言うのが主らしい。
コスプレを主にしている人間も居るからはっきりとは言えないが、なるほど分からん。
と言うかこの人数の殆どが態々本を買うために此処に集まったと?
しかも五十万人を超える人数が来るとかなんとか書いてあった。
色んな意味で凄いな……。
目の前を物凄い数の人間が物凄い勢いで建物の中に入っていく。
ここは地獄か何かか。
まぁ、手持ちの金では購入出来ないので無理だ、と送っておこう。
本は大体七百円もあれば買えるんだが、今の手持ちは一万円しかない。
ヘンリーが送ってきた欲しい本のピックアップは数十冊にも及ぶからどうやったって足りない。
下手に買っていくより、さっくりと断っとく方が良いだろう。
そんなに欲しいなら、休暇を使って日本に来れば良いのに。
冬、そして夜だからか気温は低く厚着をしてきて良かったと思う。
しかし随分と俺は浮いている。
他の人達は何かしらの目的があって此処に来ているが、俺は全く無いからな。
一応蛍の付き添いと言う目的はあれど、それだけで来ている人間なんて俺ぐらいなんじゃなかろうか。
さっきから通り過ぎる人の視線が刺さる。なんとなく居心地が悪い。
蛍にも一緒にコスプレしよう、と言われたが流石に断った。
しょんぼりしていたから思わずまた今度、と言ってしまったがなんだか後々後悔することになる様な気がしてならない。
腹が減ったから買って来てあったサンドイッチやオニギリを食べる。
一応さっきコンビニを見てみたが何もない。比喩表現とかではなく、冗談抜きで何もない。
買って来ておいて良かった。
懐に幾つか忍ばせてある温かいコーヒーを取り出し、一緒に飲む。
白くなっている息を吐き、時間を待った。
「お兄ちゃん、お待たせ」
「ん、来たな」
午後近くになって、蛍が出て来た。
俺はついさっきまで寝ていた。
寒中訓練を行ったアラスカの寒さに比べればなんて事はないが冬は冬、寒いは寒い。
蛍に言われて携帯式の懐炉と呼ばれる保温具を多く持って来ておいて良かった。
お陰で寒さを余り感じずにぐっすりと寝れた。
ついでに言っとくと、この眼帯とサングラスのせいもあってコスプレをしていると勘違いされて係員に声を掛けられてしまった。
事情を説明し、見せると勢い良く頭を下げていた。
「さっきまで寝てました?」
「あぁ」
「無理言ってごめんなさい」
「気にするな、約束だからな。そこはしっかりと守るさ」
それから、コスプレ会場とでも言うべき場所に行くと、物凄い数の人々が色んな格好をしている。
しかもそれに群がり明らかに数十万はするであろうカメラを構えた男達が写真を撮りまくっている。
「なんだこれは……」
「すごい!」
呆気に取られるとは正にこの事だろう。
多分、初めてみた人間は俺と同じ様になるに違いない。
すると早速、蛍に声を掛けてくる男が。
思わず睨み掛けたが、まぁ仕方がない……。
それに応じて、何やらポーズを取ったりする蛍。
……俺は何を見せられているんだ?
嫌ではない。
嫌ではないが、妹のこのような状況を見せられても反応に困ると言うのが正直なところだ。
妹の写真を撮られまくると言うのは、余り気分が良いもんじゃないが、マナーは守っている様だし辺な輩が現れないなら俺は大人しくしておくか……。
暫くすると、蛍の周りには多くの人だかりが出来ていた。
確かに蛍は可愛い。衣装の完成度も合わさってより際立っているのも分かる。
しかしだからと言って集まりすぎだろこれは。
何十人もが周りを囲んで色んな角度から撮りまくっている。
何を言えば良いのか、何を思えば良いのか分からずその光景を見ているしかない。
「お兄ちゃん?」
「……ん、どうした?」
「もし良かったら自由に見て来てもいいよ?」
「一人に出来るか」
「さっき知り合った同じアニメのコスプレしてる人が一緒に居てくれるって言ってるから大丈夫だよ」
「「「こんにちわー」」」
蛍が言うと、後ろに居た女性三人がぺこりと頭を下げてくる。
しかし蛍含め女性だけ、と言うのはなんとも心配だ。
「本当か?」
「うん。だから気にしないでみたいところを見てきても良いよ」
「……なら、少しだけ回ってくる。変な奴には近付くなよ。何かあったらすぐに呼ぶんだぞ」
「うん、心配してくれてありがとう」
釘を刺して、その場を離れる。
確かに兄貴が居たらやりずらいってのもあるかもしれない。
十分、二十分ぐらいならまぁ、大丈夫だろう。
その辺をふらふらと見て回る。
奇想天外な格好をしている女性が多く、それに人が群がり写真を撮る。
大体そんな光景があちこちで点在していて、例えが悪いかもしれないがエサを求める蟻のようだ。
コスプレの中には軍人に扮している人も多く、一次、二次大戦に加えて現用の軍服の格好も居るとあってもう無茶苦茶だ。
中には遊戯銃を持ってポーズを決める者も。
しかしなんであんなに完成度が高いんだ。
本物持って来たんじゃないだろうな、と思うようなレベルも多い。
構え方はまだまだだが、見てくれは十分だな。
教官がいたら間違い無く怒られるだろうな、あれは。
少し、見ていてうん?と思うが口出しはしない方がいい。
あくまでもコスプレ、扮しているだけだ。楽しんでいるのに水を挿しては台無しだろう。
「すいませーん」
「ん?どうした?」
見ていると、いきなり迷彩服を着た男に声を掛けられる。
ポケットを探り、何か落としたか確認するが、全てある。
ならなんの用だ?
「写真良いですか?」
……コスプレしていると勘違いしたらしい。
「いや、俺は別にコスプレをしているわけじゃないんだ。すまないな」
「そうでしたか、すいません」
「いや、良いんだ」
「でもコスプレじゃなきゃなんで眼帯をしてるんですか?」
「本当に左目が見えないから眼帯を着けているんだ。ほら」
別に教えても問題無いか、と眼帯を少しだけずらして傷を見せる。
服装で判断出来ないもんなのか?
それともこう言うキャラクターが居るのか?
なんにせよ、次に蛍の付き添いで来るとなったら勘違いされないように対策しておくか……。
「えっ、それは、すいませんでした」
「いや、気にするな。係員にも勘違いされたんだ」
「本当に目が見えないとは思いませんからね……」
バツが悪そうな顔で言う。
「そりゃこんな中に眼帯着けて歩いてたらしょうがない。俺も悪いんだ」
「差し支えなければ、眼帯をしている理由を聞いても?」
おずおずと、理由を尋ねてくる。
別に教えるのは構わないから普通に教えるが。
「元軍人で戦傷。これだけ言えば分かるだろう」
「えっ、本物の軍人さん?」
「元だ」
「……俺、本物の前で迷彩服着てるんか」
「良いんじゃないか?戦場で軍人じゃない奴が迷彩服を着ていたら問題だが此処なら問題無いだろう」
適当に会話を終わらせ去ろうと思っていると、
「良かったら向こうで一緒に写真撮りませんか?友人達も喜びますし」
写真を撮ろう、と言われる。
どうしたものか。
「構わないが、公開とかはするなよ。公開するならちゃんと処理するのが条件だ」
「オーケーです。じゃ、行きましょう」
男に連れられて、会場の一角へ向かった
と言ってもそんな離れている訳ではなく、すぐそこだ。
何枚かの写真と、少しの話と頼まれて少しの戦技指導を頼まれて終え、蛍のところへ戻る。
すると、先程よりも数多い人集りが蛍と仲良くなった女性達を囲んでいた。
これは、入って行けないか……。
仕方がない、人集りが散るまで待つとするか。
十六時頃になって、漸く人が段々と散り始めた。
それでもまだ、人の数は多い。
蛍が俺を見つけてこっちへ向かってくる。
チラッと荷物を見てみると、どうやら片付けを始めているらしい。
幾らかの荷物が纏められている。
「お兄ちゃん!」
「どうだ、楽しいか」
「とっても!」
「なら良かった。あとどれぐらいだ?」
「更衣室が五時までだから、もうそろそろ撤収しようかなって話してたんです」
「そうか。なら待ってるからゆっくりでいいぞ」
そう言って、近くに腰掛ける。
道中の自販機で買ってきたペットボトルを開け、飲む。
随分とのどが乾いていたらしいのか、何時も飲むより美味しく感じられる。
片付けを終えた蛍達と共に再び更衣室に向かい、俺は外で待つ。
携帯を見てみると十六時四十分を過ぎている。
家に到着する頃には、道路の混雑状況にもよるだろうが、十八時は過ぎているかもしれない。
適当に道路情報を集めたところ、やはり道が所々渋滞している場所がある。
この様子だと、十九時以降の到着になるだろうか。
「お待たせ、お兄ちゃん」
「ん、それじゃ行こう」
出てきた蛍を迎え、荷物を持ってやって駅へ。
駐車場に到着し、荷物を乗せて帰路に就く。
何となく予想していたことではあるが、車の中で蛍は寝入ってしまった。
まぁ、疲れるのも当然だろうからそのまま寝かせておこう。
十九時半頃に家に到着し、マラソン大会の時のように寝ている蛍を抱き上げて部屋に運ぶ。
ちびっ子達もまだまだ元気に起きている時間だから、家の中は騒がしい。
「おにいちゃん!」
声を上げて俺を呼ぶちびっ子達に、静かにするようにジェスチャーをして、蛍が寝ていることを知らせると慌てて口を手で塞ぐ。
その様子は可愛らしいの一言だ。
蛍をベッドに寝かせ、荷物を部屋に運び終えてから手洗いうがいを済ませて晩飯を食べる。
「今日はどうでしたか?」
「眼帯とサングラスをしているせいでコスプレしていると勘違いされた」
「それは大変だったな」
既に晩飯を終えている皆に囲まれながら、今日を振り返った。