「それで? 相談事って何?」
ほぼ毎日お邪魔しているミナトさんの部屋。
やばいな。普通に当たり前になっている。
本来なら違反行為だから、自重しないといけないんだけど。
・・・やっぱり落ち着くんだからしょうがない。
「テンカワさんが未来のアキト青年かもしれないという話はしましたよね?」
「ええ。確証は持てないけどって話ね」
「今日、確信しました。間違いなくテンカワさんは未来のアキト青年です」
テンカワ・アキトは死んだ。
これは劇場版でルリ嬢に言った言葉だ。
もうお前の知っているテンカワ・アキトではない。
だから、もう俺の事は忘れて、幸せを見つけてくれ。
俺はそう解釈している。
アキト青年は何よりルリ嬢の幸せを望んでいたんだと思う。
そして、ユリカ嬢にも。
「艦長と対面した時の無表情な顔。あえて突き放す言葉。艦長が来る前から囮を提案するという行動。間違いなく、テンカワさんは未来、というかこれからの事を経験しています」
スムーズに行き過ぎだ。
確実に知っているとしか思えない。
「そうね。違和感がないようであったもの。時間を稼ぐってのもマスターキーがないけどすぐに着くっていう前提だし。対応が的確過ぎだわ」
「はい。それに普通、幼馴染を突き放しますか? 久しぶりの再会だから何かしらあってもいいと思うし。そもそも再会した途端に死んだなんておかしいと思います」
「俺はお前の知っている俺とは違うんだ。これも相手が自分を知っていて何かしらの思い入れがある事を前提にしているわよね。久しぶりに再会した幼馴染に言う台詞ではないわ」
「変わったね、とか言われたら分かりませんが、会って唐突に告げる台詞じゃないですよね」
「私もそう思うわ」
対応がお粗末過ぎた。
あれじゃあ、二人の間に何かあったとしか思えない。
しかも、艦長は分かってなかったみたいだからテンカワさんの方が一方的に。
今頃、プロスさんあたりが艦長とテンカワさんの関係性を疑っているんじゃないか?
あ。でも、原作は突然の参入だったけど、今は前からのテストパイロットって形での参入だからプロスさん達とは信頼関係が築けているのかも。
どうなんだろう? そのあたり。
「アキト君が未来のアキト君だった。相談事はそれだけ?」
何をそわそわしているんだろう?
「いえ。それは、まぁ、大事なんですが、もっと大事な事があります」
「もっと? 未来のアキト君だって確信した以上に大事な事があるの?」
「ええ。想定外中の想定外が」
漸く繋がった点と点が。
「・・・それは?」
「未来の記憶を持つのはテンカワさんだけじゃないかもしれません。ルリちゃん、ラピスちゃんも、もしかしたらボソンジャンプで補完された可能性が」
あの電子の妖精と闇の王子を支えた妖精の二人が記憶を持って帰ってきたんだ。
闇の王子と共に。おそらく、未来を変える為に。
「・・・ルリちゃんとラピスちゃんが?」
「ずっと違和感があったんです。ルリちゃんの対応とか、ラピスちゃんのルリちゃんとテンカワさんに対する行動とか、ルリちゃんのテンカワさんの呼び方とか」
「呼び方って?」
「ルリちゃんは基本的に苗字呼びです。名前を呼ぶのは心を開いている証拠。この時期にテンカワさんに心を開いている訳がありません。会って間もないんですから」
きっかけは確か、ピースランド。
テンカワさんがアキトさんに変わるには長い月日ときっかけが必要だった。
今回、その過程が全て省かれている。
「・・・そうよね。それに、アキト君を見詰めるルリちゃんの視線には何か特別なものがあったわ」
それはどんな感情だろう?
アキト青年を大切な人と公言したルリ嬢の想い。
それをテンカワさんは理解しているのだろうか?
ルリ嬢の視線にはどこか悲しみが含まれていた気がする。
「それじゃあ、アキト君、ルリちゃん、ラピスちゃんの三人は未来の記憶を持っていて、多分、悲劇を回避する為に活動しているって事?」
「そうだと思います。ミナトさんには説明しましたよね、結末を」
簡単にだが、ミナトさんにはボソンジャンプの危険性と物語の結末を説明した。
原作も劇場版も。
「ええ。ボソンジャンプの独占に走った組織との決戦でしょ? それに、そこまでの間に多くの人が犠牲になった」
ヤマダ・ジロウの死。
サツキミドリコロニーの住民の死。
火星に残っていた民達の死
合流した女性パイロットの死
白鳥・九十九の死。
そして、拉致された火星出身の人達の死。
きっと未来を知るテンカワさん達はそれを回避する為に動くと思う。
「もし悲劇を知っていて過去に戻る事ができたら・・・どうにかして回避するのは当然だと思います。俺も過去に戻ってやり直したいと思った事がありますし」
「・・・それって、この世界に来た事を後悔しているって事?」
「え?」
悲しそうに見詰めてくるミナトさん。
・・・あ。誤解を解かないと。
「ち、違いますよ。後悔なんてしていません」
「・・・でも、前の世界にはコウキ君の友達とか家族が・・・」
「そ、そりゃあ、会いたいと思う事もありますが、俺はもうこの世界の住民ですよ」
俺がいた世界に戻りたいと思う事もない訳ではない。
でも、こっちの世界の居心地も悪くないさ。
「・・・後悔はしてないって事?」
「ええ。充実していますからね、割と。後悔なんてしていませんよ」
後悔はない。
俺が選んだんだ。
そして、居心地の良い所を見つけられた。
俺のあるべき所を。
「単純に恥ずかしい事とか後悔した事とかをやり直せたらって意味です。あの時ああしていればって思う事、結構ありません?」
俺は結構あるけどね。
テストが後一点足りなかった時とかマジで泣ける。
後悔してもしょうがないんだけどさ。
「ええ。まぁなくはないわね」
良かった。納得してもらえたか。
「そんな感じです。きっと俺が過去に戻ったら、最善を目指して頑張ると思うんですよ。それが最善なのかは分かりませんが」
「でも、運命は変えられないとか言うじゃない?」
あれ? ミナトさんらしくないな。
「運命は変える為にあるんですよ。というか、運命なんて信じません」
そう教えてくれたのはミナトさんじゃないですか。
「うふふ。そうだったわね」
うん。やっと笑ってくれた。
「人間の一生ってたくさんの選択肢を迫られると思うんです。学校の選択とか、結婚とかだって選択です」
二択、三択、四択。
何択かは分からないけど、必ず突きつけられる選択の時間。
生きるって選択じゃないかなって思う。
選ぶ時をやめた時が死なんじゃないかなって。
「俺はその選択全てに道があるんだと思います」
どの道を選ぼうと決められた道がある。
どれを選ぶとか、必ずそれを選ぶっていう事が運命という訳ではない。
ただ選択しただけ。
そこに運命なんてものは関与しない。
「運命とかじゃありません。運命だったら決められた道は一つしかないでしょう? 俺は全ての選択肢に道があるって思っています」
「それじゃあ、本当に運命なんてないのね」
「はい。運命を変える、というより自身の行動一つで世界なんて簡単に変わってしまうのではないでしょうか?」
「平行世界の概念ね」
「そうです。違う選択をした自分が平行世界に存在している。自分はその一つの存在に過ぎないんだと思います」
医者になっている俺がいたり、サラリーマンをやっている俺がいたり、こうやって違う世界に飛ばされる俺がいたり。
己という個が一つの選択をしただけで、世界は枝分かれする。
それが人間一人一人に与えられた世界を選択するという特別な能力。
だから、世界は無限大なんだ。可能性は無限大なんだ。
「難しい事を言うのね。コウキ君は」
「ま、これは俺なりに運命と選択の関連性を考えただけであって、本当はどうなのかなんて分かりませんよ」
ま、難しい話は放っておいて。
「それで、話を戻しますけど」
「えっと、何だっけ?」
「テンカワさん達の話ですよ。悲劇を回避するって奴」
「あ、ああ。そうだったわよね」
・・・頼みますよ。ミナトさん。
「だから、平行世界という概念がある限り、運命を変えられないなんて事はありません」
そういえば、遺跡も歴史の修正力なんてないって言っていたよな。
即ち、運命もやっぱりないって事なのではないだろうか?
「そっか。それじゃあアキト君達は」
「ええ。テンカワさんが言っていました。決められた運命に足掻くって。きっとそれを表していたんだと思います」
運命に足掻く。現実に足掻く。
あれが、テンカワさんの決意の言葉だったんだ。
「それで? コウキ君はどうするの?」
「え?」
真剣な表情でミナトさんが見詰めてくる。
俺はどうする?
・・・そんな事、考えてもいなかった。
「アキト君達に全部話して協力する? 知らない顔して傍観する? 補佐に徹して影から支える?」
「え?」
・・・狼狽するしかなかった。
息つく暇もなく、考えが纏まらない。
「私はどれでも良いと思う。だって、コウキ君の人生だもの」
俺は・・・どうするべきなんだろう?
「私はコウキ君の出した結論に従うわ。コウキ君を助けるって決めたもの」
「・・・ミナトさん」
「悩みなさい。必死に悩んで、悩み抜いて、それで決めた答えなら、きっとそれが正しい答えだから」
全て話して協力する・・・まだ信頼し切れていない相手に俺の秘密は話したくない。
俺が知っているのは所詮、物語中の人格であり、内面までは理解していないのだから。
知らぬ顔で傍観する・・・傍観するつもりはない。回避できる悲劇なら回避したいし。
でも、もしかすると俺が何もしなくてもテンカワさん達の力で回避してしまうかもしれない。
裏から補佐に徹する・・・この方法が今の状況では一番適していると思う。
でも、いつまでもそれが成功するとは限らない。いずれボロを出して誰かしらに疑われかねない。
どうする? どうするのがベストなんだ?
どの方法にもメリットとデメリットがある。
とてもじゃないが、最善なんて―――。
「ほら。おいで」
・・・え?
「焦らなくていいわ。時間はまだたっぷりあるもの」
気付けば下からミナトさんを見上げていた。
後頭部に柔らかい感触があって、鼻腔に心地良い匂いが広がって。
あぁ・・・凄く落ち着く。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
無言だった。
でも、嫌な沈黙じゃない。
心が落ち着いて、頭から靄が晴れる。
「・・・ミナトさん」
「ん? なぁに?」
優しくて暖かい心地の良い声。
何だろう? ミナトさんの全てが俺を癒してくれる。
「・・・どれが最善かなんて分かりません」
「うん」
「・・・でも、ミナトさんは、俺を助けてくれますか?」
「ええ。私がコウキ君を支えてあげる」
・・・それなら、何だって出来そうだ。
「・・・あの、ですね」
「なぁに?」
「・・・眠ってもいいですか?」
「ふふふ。いいわよ」
凄く気持ち良くて。
心が落ち着いて。
俺の瞼はいつの間にか閉じられていた。
「おやすみなさい、コウキ君」
次の日、眼が覚めてから俺が混乱したのは言うまでもない。
何で同じベッドで寝ているんですか・・・? ミナトさん。
「そうはいかないわ! ナデシコは私の物よ!」
出航の日から何日か経った。
随分と長い間、ふらふらと飛び回っていたけど何だったのかな?
デモンストレーションって奴?
ま、ナデシコの性能をアピールしなっきゃ企業としてはやっていけないか。
「ん~。ホウメイさんの料理は相変わらず美味しいわね」
「そうですね。あ、セレスちゃん。溢しちゃっているよ」
「・・・ポッ」
現在、お昼の休憩中。
ミナトさんとセレス嬢と食事中です。
俺はAランチ、ミナトさんはBランチ、セレス嬢はお子様ランチ。
俺的にはBランチの方が良かったかな。好物が多い。
お子様ランチは子供が多いから急遽考えたらしい。
小さな事でも変化があるんだなって実感した。
「それにしても、ホウメイさんって一人で大丈夫なんですかね?」
テンカワさんがコックを担当していないという事実。
完全にパイロットのみらしい。
すると、だ。ホウメイガールズを除けばホウメイさんが一人でキッチンを回している事になる。
ホウメイガールズとて料理は出来るのだろう。だが、彼女達は接待係であってコックではない。
本質的に料理を作るのはホウメイさんのみだ。
今更だが、ナデシコクルーは軽く百人を超す。
まぁ、通常の戦艦ならもっと多いみたいだけど。
ナデシコは、ほら、オモイカネのおかげでかなりの人数を減らせるから。
スーパーAI恐るべしって所。
で、ま、とにかく、百人を超す全クルーの朝昼晩の食事を一人で受け持っている訳だろ?
それってさ。
・・・凄まじいと思うわ。
「そうよねぇ。美味しいのは嬉しいんだけど、大変そうよねぇ」
チラッとキッチンを見ながらミナトさんはそう告げた。
・・・忙しなく動き回っています、ホウメイさん。
俊敏過ぎるぜ。スプリットが半端ない。
ボクサー級だな。
「キッチンにあと何人か入れてもいいと思うんですけどね」
経費削減か?
それにしたって厳しいと思う。
「ホウメイさんレベルの人が見つからなかったのかしら?」
「ま、確かに美味しいですもんね」
和洋中全てに対応できてこの味は流石だと思う。
「でも、補佐する人ぐらいは入れてもいいんじゃないですか? 他の方達は接待がメインみたいですし」
「そうよねぇ。コウキ君って料理できたかしら?」
「出来ますけど趣味程度ですよ。素人ですもん」
アキト青年は、参入時には既に料理人として活動していた。
そんなアキト青年でもまだまだだね、レベルだ。
到底、俺が力になれる訳がない。
「そっか。私もそんなに上手じゃないからなぁ」
「ミナトさんの手料理美味しいですよ。俺は好きです」
「うふふ。ありがと。でも、やっぱり、ホウメイさんと比べるとね」
ま、それは否めない。相手はプロだもの。
でも、家庭料理ってホッとするじゃん。
ミナトさんの料理はそんな感じで落ち着く。
「セレスちゃん。美味しい?」
「・・・はい。美味しいです」
つたない手付きで箸を握るセレス嬢。
当然、ミナトさんは構いたくなるよな。
「可愛らしいわぁ」
可愛いもの好きは相変わらずですね。
ピコンッ。
『マエヤマさん。ブリッジの方へ御願いできますかな。お知らせしたい事がありますので』
あ。プロスさんからの通信だ。
遂に目的地の発表か?
「食事を終えてからでも構いませんか? 急ぎますので」
『ええ。構いません。それとハルカさんとセレスさんもそちらへいらっしゃいますよね? 連れて来て頂けますか?』
「了解しました。すぐに向かいます」
ピコンッ。
コミュニケの通信が切れる。
「何だって?」
「ええ。何でもお知らせがあるとかで、急いでブリッジに来て欲しいとの事です」
「そう。じゃあ、急ぎましょう」
「そうですね」
俺とミナトさんはペースを速める。
でも、セレス嬢はそんな事は出来ない。
今でも一生懸命に食べているのだから。
そして、そんな姿が微笑ましさを誘う。
「もう。この至福の時間が・・・。勿体無いわ」
「まぁまぁこれからいくらでも見られますよ」
ミナトさんを宥めつつ、セレス嬢をちょっと急がせる。
「ごめんね。ちょっと急げるかな? ブリッジに来て欲しいって」
「・・・はい。頑張ります」
ここでスプーンとかに変えたりはしない。
箸で頑張ろうとしているんだから、応援してあげないと。
甘やかしちゃ覚えないしな。
「父親みたいよ、コウキ君」
グサッ!
十九歳にして父親扱いされるとは・・・。
ま、まぁ、それぐらい若いパパさんもいるとは思うけどさ。
ぼ、僕は違いますよ。
・・・・・・・・・・・・。
「じゃ、行きましょうか」
「はい」
「・・・はい」
食事を終えて、片付けて、急いでブリッジへと向かう。
だが、しかし、廊下を走ったりはしない。
女の子はエレガントに、だ。
・・・俺は女の子じゃないけどさ。
「お待ちしておりました。マエヤマさん、セレスさん、ハルカさん」
お出迎えありがとうございます、プロスさん。
「お知らせとは何ですか?」
「ブリッジクルーの皆さんが勢揃い致しましたらお知らせしますので、席でお待ち頂けますか?」
「分かりました」
そう言われたら仕方ない。
「何なのかしらね?」
「目的って奴じゃないですか? ナデシコの」
「あ。そういう事」
「ずっと知らされていませんでしたから」
ミナトさんにはナデシコの目的を話してある。
でも、どのタイミングで知らされるかは教えていない。
だから、こういう形で説明した。
これなら、憶測って感じで疑われない。
相変わらず綺麗に合わせてくれるから流石だ、ミナトさん。
「お待たせしましたぁ! あ、アキトだぁ!」
パイロット席に座るテンカワさんを見て、入って来た艦長が騒ぎ出す。
正直に言うと、うるさいです。
「うぅ・・・。ユリカぁ・・・」
相変わらず綺麗にスルーされているから流石だ、ジュン君。
「皆さんお集まりのようですな」
あ。最後が艦長と副長だったんですか。
「本日お知らせ致しますのは我がナデシコの目的地です」
おぉ。プロスさんがいつもより輝いている。
演出流石だね、オモイカネ。
「これまで隠してきたのは妨害者の眼を欺く為なのです」
「妨害者? 妨害者なんているんですか?」
ま、誰かしら妨害するよね。
火星に行きたいなんて言えば。
心配からの妨害もあれば、利益からの妨害もあると思う。
・・・というか、デモンストレーションなんかしているから連合軍に眼を付けられるんじゃないの?
さっさと向かっちゃえば良かったのに。
「ええ。目的地が目的地ですから」
プロスさんの言葉に首を捻るブリッジクルー一同。
俺もハテナ顔をしておこう。
「その目的地とは?」
「目的地は―――」
「火星だ」
プロスさんの言葉を提督が引き継ぐ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
そりゃあ黙り込むよな。
今の火星はもう壊滅状態だって情報だし。
「な、か、火星ですか!?」
「はい。火星です」
慌てるジュン君と済ました顔のプロスさん。
対照的な表情だ。
「そ、それでは、地球の事は放っておくというのですか? これ程の戦力があれば・・・」
「しかし、火星で生き残っている方がいらっしゃるかもしれません」
「火星は壊滅だって。そう軍が―――」
「軍の情報が全て正しいとは限らないでしょう? 生きているか死んでいるかは私達には分かりません。それならば、生きていると。そう信じ、救出にいく事こそが―――」
「ですが! 生きているか、死んでいるか分からない人を助けるより地球に残り、生きている人を助ける方が遥かに意味ある事では―――」
あ。その発言はまずい。
「ほぉ。それは、火星人は護るべき対象ではないと。そういう事だな?」
ほら。テンカワさん大激怒。
ブリッジ内の温度が何度か下がったような気がします。
とてもじゃないですが、一般人が出せる雰囲気ではありません。
「そ、そうではない。だが―――」
「それならば、何故そのような事を? どうでもいいと考えているからの発言ではないのか?」
射抜かんばかりにジュン君を睨みつけるテンカワさん。
初めて感じたよ。これが殺気って奴?
身体が勝手に震えてしまう。
「火星大戦から一年。我々は火星の壊滅を対岸の火事のように気にする事なく過ごしてきた。それは、木星蜥蜴が市民を襲わないという事が大きく影響しているのかもしれん」
対岸の火事・・・か。
耳が痛いな。
俺は彼らの現状を知っていて彼らの事を無視してきたのだから。
「だが、当事者である彼らはどうだろう? 地球から救出に来てくれるという希望に縋り、毎日を必死に生きているのかもしれん。絶望し、生きる事を諦めているのかもしれん」
現状では後者。
どうせ死ぬなら故郷に骨を埋めたいという者ばかりだった。
・・・そもそも彼らは裏切られたんだ。
護ってくれる筈の軍に。
ここに当時、指揮を執っていたフクベ・ジンとムネタケ・サダアキがいる事がその証明だ。
軍人は滅びる火星を余所目に逃げ出した。
そうでなければ、火星に駐在していた軍人がここにいる訳がない。
もちろん、彼らには彼らの都合があったのかもしれない。
火星大戦の情報を地球に送り届けるなどといった。
でも、火星の民が誰一人として救出されていないのはおかしいと思う。
上流階級の人間は分からないが、一般市民は確実に無視されている。
火星の民を護ろうと思うのならば、脱出の際に無理してでも保護するべきではないだろうか?
少しでも犠牲を減らそうと市民の脱出まで時間を稼ごうとするべきではないだろうか?
今までに軍によって助けられたという火星の民は誰一人としていない。
もしいれば、軍が支持を得ようと誇大表現しながら公表するだろうし。
それなのに、そのような事を一切しないで、フクベ・ジンを、チューリップを初めて撃沈した英雄というプロパカンダ、広告塔として掲げたのはその失態を隠したいからだ。
要するに、火星の民を見捨てた事を誤魔化しているんだと俺は思う。
火星の民が軍を信じていなかったのもそれを理解していたからではないだろうか?
自分達は軍に見捨てられた。そして、救出に来ないという事が地球にすら見捨てられたのだと。
「漸く、だ。漸く、火星に救出にいけるだけの環境が整ったんだ。今こそ火星に救出に行くべきではないか? いや、行かなければならないのではないか?」
機動戦艦ナデシコ。
地球で初めて木星蜥蜴に対抗できる力を示した地球最新鋭の戦艦。
火星が木星蜥蜴に占拠されている現状、救出を成功させるにはそれに打ち勝つだけの力がなければならない。
その力をナデシコは持っている。
「・・・・・・」
流石のジュン君もあれだけ言われれば納得するしかないか。
テンカワさんがどれだけ火星の事を思っているか、それが痛い程に伝わってきたもんな。
「・・・そうね。どうせやるなら人命救助の方が良いわよね」
「はい。火星に向かうのは怖くもありますが、苦しんでいる人がいるのなら、助けてあげたいと思います」
ミナトさんとメグミさんはテンカワさんの言葉に胸が響いたのだろう。
覚悟を決めた表情をしていた。
「・・・どうやら、納得して頂けたようですな」
周りの雰囲気を感じ取り、プロスさんがそう告げる。
ジュン君は俯き、何かを考えているようだった。
きっと、彼の中で葛藤があるんだろうな。
ジュン君だって間違った事を言っている訳じゃない。
地球だって危機に陥っているんだ。
それを解決できるだけの力があるナデシコを意味があるのかどうか分からない事に使用するのはもったいないと感じているのだろう。
地球を愛する心から発せられたんだ。
決して、これは彼のエゴではない。
軍人として市民を護りたいという誇りある考えなんだと俺は思う。
ま、影が薄くて印象が弱いジュン君が言ってもあんまり心に響かないかもしれないけど。
・・・あれ? 結構失礼な事を考えてないか? 俺。
「それでは、艦長」
「はい! では、機動戦艦ナデシコ発し―――」
「そうはいかないわ! ナデシコは私の物よ!」
突如、雪崩れ込む連合兵士。
「・・・あ。副提督の事を忘れていました」
・・・プロスさん忘れていたんですね。
そういえば、ブリッジクルー全員集まったって確認していましたもんね。
その時、気付かなかったんですか?
・・・かくいう俺も忘れていたので、こんな事は言えないんですけど・・・。
何故だ? 何故あんなインパクトの強い副提督の事を誰もが忘れていたんだ?
・・・あ。どうでもいいって認識だったのか。
それが裏目に出たって訳ね。分かります。
「何事だ!?」
ゴートさんが叫ぶ。
・・・落ち着きましょう?
銃が突きつけられているんですから。
「ムネタケ! 血迷ったか!?」
寡黙なフクベ提督の叫び。
それだけ、提督の火星行きに懸ける思いは強いって事か。
「あら? 血迷ったのはどちらですか? 提督」
「何ぃ?」
「これだけの戦力を火星なんか送ってどうなるんです? 墜とされるだけだわ」
「これだけの人数で何が出来る!?」
だから、落ち着いてくださいゴートさん。
銃を突きつけられているんですから。
「・・・コウキ君」
震えているミナトさん。
他の皆だって震えている。
銃を突きつけられて震えるのは人間として当然の事だ。
死を実感するのだから。
でも・・・。
「大丈夫です。彼らは撃てませんから」
「あら? 状況次第では撃つ事もありえるわ。私達軍人は市民を護る為ならなんだってするの」
「・・・市民を護る為に市民を撃つとは本末転倒だな」
「ふ~ん。強がっちゃって。どうにも出来ないのに随分と余裕ね」
テンカワさんをニヤニヤしながら眺める副提督。
「どうにも出来ない? そんな事はないさ」
そんな副提督に対しても表情を崩さないテンカワさん。
「今の状況、記録しているんでしょ? ルリちゃん」
「ッ!? 何で・・・それを?」
狼狽するルリ嬢。
だって、オモイカネにアクセスしていたの見えたし。
後は自分のコンソールから確認するだけだよ。
「え? 記録しているですって?」
「ムネタケ・サダアキ中佐。出世と名誉の為なら何でもやる狡猾な軍人。それが俺の得た情報です」
「な、それが何よ!? 当たり前じゃない!」
「そんな男が自らを追い詰めるような事はしないという事ですよ。自己保身には長けているでしょうから」
「へぇ。貴方も余裕そうね。でも、死人に口なしって言うじゃない? 覚悟は出来ているんでしょうね?」
多数の軍人から突きつけられる銃。
「コウキ君!」
大丈夫ですって、ミナトさん。
「その為の映像ですよ。現在、このブリッジの光景は全て録画されています。無力な市民に銃を突きつけている傲慢な軍人という絵柄で映っているんじゃないですか?」
「う、嘘よ!」
「殺します? そうなったら映像がきちんと記録されていますから、貴方の責任問題になるでしょうね。という事は、今まで貴方が築き上げてきた経歴は全てパーです」
正直言えば、今の俺は強がっているだけだ。
銃を突きつけられていて怯えない訳がないだろ。
でも、毅然としてなっきゃ示しがつかない。
「それに本当は弾なんて入ってないんじゃないですか? 威嚇射撃の跳弾で殺してしまったなんて事になったら本末転倒ですし。貴方は危険な橋は渡らない人でしょ?」
「・・・・・・」
これはカマかけ。
ムネタケ・サダアキの臆病さならそうすると思っただけだ。
「そ、そんな事な―――」
「機影反応。所属は連合軍です」
副提督の言葉を遮るように告げられたルリ嬢の言葉。
来たか、第二の爆撃が。
「ミナトさん。セレスちゃん。耳塞いで」
「え、ええ」
「・・・分かりました」
どうにか耳を塞いでもらえた。
俺達が耳を塞いだとほぼ同時にモニターに現れるカイゼル髭のオジサン。
来るぞ!
「ユリカァァァァ!」
「お、お父様!?」
連続爆撃。
不協和音で頭が痛い。
「ぐぉ!」
「・・・また聞こえませんな」
すいません。また救えませんでした。
「え!? お父様!?」
ま、驚くよね。
遺伝子的繋がりがどこにも見えないし。
「これは一体どういう事ですか!?」
「ユリカァ。私も辛いのだよ」
「ミスマル提督。どのようなご用件でしょうか?」
「コホン。私は連合宇宙軍第三艦隊提督ミスマル・コウイチロウである。機動戦艦ナデシコ。武装を解除し、停泊せよ」
「・・・・・・」
色々と台無しですよ。
「困りますなぁ、提督。ネルガルはきちんと軍に許可を得ている筈ですが?」
「このような戦力を民間企業に運営させる訳にはいかんのだよ」
「そういう事よ!」
この狐が!
後ろ盾が来たからって強く出やがって。
「はぁ。困りましたなぁ。我々にも目的があるのですが」
「そちらの言い分は後で聞こう。まずは停泊させたまえ」
毅然と告げるカイゼルオジサン。
こう見ると軍人らしいんだよな。
「それでは、交渉といきましょう」
「よかろう。但し、そちらのマスターキーは預からせてもらう」
有効的だな。
マスターキーがなければ何にも出来ないんだから。
だが、しかし、俺が擬似マスターキーを作った今、その策は無意味だ。
「艦長! 抜くな! これは敵の策略だ!」
結構、鋭いんだな。ヤマダ・ジロウ。
きちんとマスターキーについて理解している。
「いや! ユリカ、提督にマスターキーをお渡しするんだ!」
「・・・ジュン君」
この状況でよくそんな事が言えるな。
ほら。ブリッジクルー全員が白い眼で見ているぞ。
「こんな戦力をむざむざと無駄にする必要はない。これは地球を護る為に必要な艦なんだ」
「・・・・・・」
悩んでいるみたいだな。ユリカ嬢。
でも、すぐに抜くんじゃなかったか?
カイゼルさんに用があるからって。
「ちょっといいか?」
え? テンカワさん?
「ん? 何だね? 君は」
「テンカワ・アキト。この艦でパイロットを務めている」
「うむ。パイロットが何だね?」
「貴方はこちらの状況を理解しているだろうか?」
「ふむ。ナデシコが木星蜥蜴に有効であると―――」
「そうではない。連合軍の兵士達が今、俺達に何をしているのか理解しているかという事だ」
「致し方ないのだよ。我々はなんとしてもナデシコを確保しなければならない」
「市民を脅してでもか?」
「・・・市民を護る為に強い力を求めるのは当然の事だ」
苦々しい表情をしているな。
やはり市民を脅すという行為は嫌いらしい。
「だが、市民に銃を突きつけたという事実をどうするつもりだ? 我々はこの映像を記録しているが?」
「何!? ムネタケ君!」
「え、あ、その、それは・・・」
失態に狼狽えているといった所か?
「我々がこの映像を公開したらどうなるか分からない訳ではあるまい」
「・・・何が要求だ?」
「話が早くて助かる。我々の要求はナデシコを見逃す事。あくまでナデシコの運営権はネルガルにある」
「それは出来ない相談だ。我々は市民の為に何としてもナデシコを確保しなければならない」
「・・・なら、マスターキーはこちらで預かった上で交渉としてくれ。いざという時に動けないのは困る」
「木星蜥蜴の事かね?」
「ああ。何があるか分からないからな」
「その時は我々が諸君らを護ろう」
「ただの戦艦で対処できないからナデシコを求めているのだろう? そちらが我々を護れるとは到底思えない」
「・・・仕方あるまい。その要求を呑もう」
「感謝する」
・・・そうか。始めからそれが狙いだったのか。
チューリップに襲われた時、ナデシコが動ければクロッカスとパンジーを助けられるもんな。
テンカワさん達はそうやって護ろうとしたか。
俺の擬似マスターキー、無駄になっちゃったな。
「但し、諸君らには一箇所に纏まっていてもらう。何かされたら困るのでな」
「・・・致し方ない」
食堂に監禁って訳か。
ま、すぐに取り戻すんだろうけど。
「それでは、参りましょう。艦長」
「はぁ~い。お父様。待っていてください」
「うんうん。ユリカ。早くおいで」
「あ、ちょっと待って。僕も行くよ」
プロスさん、艦長、副長が出て行く。
あのさ、艦長がいなんだから副長が指示ださなくちゃ駄目でしょ。
副長ってそういうもんじゃないの?
「・・・クルーはどこに拘束されているんだ?」
テンカワさんが副提督に訊ねる。
「ふ、ふん。食堂よ。連れて行きなさい!」
・・・調子取り戻しやがった。
むかつく野郎だな。
「マエヤマ・コウキ。残念だったわね」
ニヤニヤした顔で、この野郎。
お前の手柄じゃないだろうが。
「結局は権力なのよ。これでナデシコは私の物」
言ってろっての。
・・・こうして、俺達は食堂で監禁された。