機動戦艦ナデシコ 平凡男の改変日記   作:ハインツ

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防衛ライン突破

 

 

 

 

 

「現在、木星蜥蜴に対する備えとして地球側では七つの防衛ラインを築いています」

 

連合軍と仲が悪いまま、宇宙に飛び出そうっていうんだから凄いよね。

喧嘩を売られるに決まっているじゃん。あえて言わせて貰おう。バカばっか?

 

「我々は宇宙に飛び出そうとしているので、防衛ラインを逆走する形になりますな」

「はいは~い。その防衛ラインってどんなのがあるんですか?」

 

・・・艦長、貴方は士官学校卒業じゃないのですか?

それぐらいは把握しておきましょうよ。

 

「ルリさん、御願いできますか?」

「はい。オモイカネ、地球防衛ラインの情報を」

『はぁ~い』『了解』『任せて』

 

ハハハ。元気だな、オモイカネ。

 

「衛星軌道上から順に説明します。第一次防衛ラインは核融合動力のバリアシステム、通称ビックバリアです」

 

高出力の障壁で侵入を妨げるビックバリア。

・・・にしては、チューリップの侵入を許し過ぎじゃないか?

 

「第二次防衛ラインは衛星からのミサイル迎撃です」

 

衛星ミサイル。

・・・あれか。ジュン君がデルフィニウムの手を広げてナデシコを守るとか言った時の奴か。

でも、あれって何の意味もなかったよね。

 

「第三次防衛ラインは宇宙ステーションの有人機動兵器デルフィニウムの迎撃です」

 

一言だけ・・・ジュン君、ファイト。

しかし、好きな人の為だけにIFSを体内に注入させるとは健気だねぇ。

士官を始め、地球の軍人ってIFSを嫌う節がある筈。

出世の道を困難にしてまで愛する女の為に・・・か。

 

「・・・・・・」

「ん? 何かな? コウキ君」

「い、いえ。なんでもありません」

 

俺にもそんな事が出来るかな?

いや。しなければならないんだ。

ううん。するんだ。

愛する女の為に命を懸けるのが男なのだから。

 

「第四次防衛ラインは地上迎撃システムからのミサイル迎撃です」

 

移動中、最もお世話になる奴だな。

でも、ま、DFで全部防げちゃうけど。

DFを舐めるなっての。

 

「第五次防衛ラインは空中艦隊による防衛線です」

 

あ、無効化される奴か。

 

「第六次防衛ラインはスクラムジェット機による防衛線です」

 

これもこれも。

無意味のオンパレード。

 

「最終防衛ラインは通常兵器による迎撃です」

 

・・・思うんだけどさ。

最終防衛ラインまで侵入されている時点で通常兵器とか意味ないでしょ?

なんか、最終防衛ラインってあんまり意味がない気がしてきた。

というか、そもそも防衛ライン、配置順とか色々とお粗末じゃない?

ビックバリアで止められるとか過信しているからかな?

せめてビックバリアの前に防衛部隊とか配置しようよ。

相手戦力を少しでも減らせれば、阻止できる確立も上がるでしょ?

ビックバリアは完璧じゃないの。実際に突破されているんだから、もっと対策考えようよ。

 

「ご説明ありがとうございます、ルリさん」

「・・・いえ。仕事ですから」

 

再確認できて助かりました。

ま、第五次から最終までは役立たずになるからどうでもいいんだけどさ。

 

「そして、現在、我々は第四次防衛ラインを突破中という訳です」

「連合軍も頑張るわよね。こっちは一切ダメージを受けてないってのに」

 

一応、地球最新鋭ですから。

そう簡単に墜ちませんよ。

 

「第五次以降はどうなっているんですか?」

「一斉に動き出した事で木星蜥蜴を刺激してしまったみたいですね。その対応に追われ、私達の事にまで手が回らないようです」

「静かに眠っている子を刺激したら癇癪を起こすに決まっているじゃない」

 

そんな感じです、ミナトさん。

可愛げのない赤ん坊ですけどね。

 

「それじゃあ、私達は第四次から第一次を突破すればいいんですね?」

「はい。そうなりますね」

 

地上からのミサイルは大した威力もないから無効化が可能。

デルフィニウム部隊はテンカワさんがいるから余裕でしょ。

衛星ミサイルは・・・DFの強度次第だな。発動される前にある程度の高出力を得られるようにしないと。

問題はビックバリア。強引に突破可能だけど、突破しちゃっていいのかな?

あれでも一応は木星蜥蜴の侵入を妨げている訳だし、修理が終わるまでの連合軍の負担を考えると申し訳ないよ。

それにかなりのエネルギーとか使ってそうだし。

衝突して強引に突破って事はあっちがオーバーヒートとかしちゃう訳じゃん。

エネルギー過剰でどこかしらが爆発するんじゃないかな?

人的被害も馬鹿に出来ないでしょ? 地上に損害がでないかも分からないし。

これってかなりの問題だと思うんだよね。

 

「ビックバリアは突破できるんですか?」

「理論上は可能です」

 

メグミさんの問いにルリ嬢が答える。

おし。ここで話に入るか。

 

「しかし、ビックバリアを突破してしまってもいいんですか?」

「ほぉ。それはどのような意味で?」

 

睨まないでくださいよ、プロスさん。

 

「まがりなりにもビックバリアは地球防衛に一役買っています。それを破壊してはネルガルも立場が悪いですし、地球の人達に不安を与えしまうのではないでしょうか?」

「・・・それもそうよねぇ」

 

企業イメージも大事でしょうに。

軍との亀裂は会長のアカツキ青年が修復するみたいだけど、民間からの恨みはどうしようもないし。

 

「むぅ。困りましたな。正論ゆえ反論できません。ですが、それでは、諦めなければならなくなります。どうしましょうか?」

 

その眼は批判したんだから代わりの案を出せって事ですね。

ビックバリアに被害を与えずにナデシコが脱出する方法か。

再度、交渉・・・無理だよな。ユリカ嬢の御願いは余計向こう側を本気にさせちまった訳だし。

 

「利をもって交渉するとか?」

「ほぉ。その利とは?」

「ナデシコは木星蜥蜴に唯一対抗できる戦艦ですが、たった一艦ではどうしようもないと軍も理解していると思うんです」

「ふむふむ。何人かは理解しているでしょうな」

 

・・・何人かですか? 相当に少ないんですね。

大丈夫ですか? 連合軍。

 

「今回の火星行きはその能力を証明する為であり、稼動データを収集する為でもあると告げれば向こう側も納得してくれるんじゃないですか?」

 

それも一応は目的の一部でしょう?

本当の目的は火星にある遺跡の確保だろうけど。

 

「無論、それはもう説明してあります。ですが、納得して頂けないのです」

 

あ。そっか。一度は許可を貰っているんだから、その時にこの説得はとっくに使っているか。

というかさ、一度許可したなら追わなければいいのに。軍の面子以前に人として間違っているでしょ。

 

「それなら、ビックバリアを突破できるという証明を向こうに―――」

「無駄だと思います。彼らは止められると確信しているからこそ追ってくるんですから。たとえ証明できても信じてくれませんよ」

 

バッサリ切られました、ルリ嬢に。

 

「やはり強引に突破するしか方法はないようですな」

 

む~。どうにか方法はないのだろうか?

 

「あの・・・」

「ん? ルリさん。何でしょうか?」

「ハッキングしてみましょうか?」

 

ハッキング!?

連合軍にハッキングしてビックバリアの解除パスワードを得ると?

・・・ま、考えていたけどさ。バレたらまずいかなって。

 

「連合軍の情報網をハッキングするのは容易ではありませんぞ。幾重にも防衛線が引かれておりますから」

 

・・・まるでやってみたかのような言い草ですね。

 

「ですが、被害なく突破するには有効かと」

「ルリさんはハッキングを成功させる自信があるのですか?」

 

ルリ嬢って現実主義だからね。出来ない事はしないでしょ。

劇場版でもハッキング普通にしていたし。基地情報の取得とか簡単じゃない筈。

 

「私一人では無理かもしれません」

 

そう告げた後、ラピス嬢を見詰めるルリ嬢。

なるほど。妖精二人なら可能という訳だな。

 

「ですが、マエヤマさんの力を借りられれば」

「・・・え? 俺?」

 

え? だって、ラピス嬢と頷きあっていたじゃん。

何で俺なの?

 

「マエヤマさん、よろしいですか?」

「え、ええ。構いませんが・・・」

 

正直、混乱しています。

 

「落ち着きなさい、コウキ君」

「あ。はい」

 

ふぅ~っと深呼吸。

おし。大丈夫。

 

「では、私とマエヤマさんがハッキングを仕掛けますので、ナデシコの制御はラピスとセレスに任せるという事で良いですか?」

「構いません。ラピスさん、セレスさん、御願いできますか?」

「・・・分かった」

「・・・分かりました」

「セレスはラピスのフォローに回ってください」

「・・・はい。分かりました」

 

ルリ嬢としてはまだセレス嬢だけには任せられないらしい。

セレス嬢も結構、良いレベルまでいっていると思うんだけどな。

艦長とかやっていたし、そういう所は厳しいのかな?

 

「それでは、ハッキングを仕掛けます。マエヤマさん、御願いします」

「うん。分かったよ。俺もフォローに回るから」

 

経験的な問題で多分敵わないし。

 

「・・・了解しました」

 

今の間は何さ?

 

「・・・・・・」

 

深呼吸して、心を落ち着かせた後、コンソールに手を置く。

ハッキングとか失敗してバレたらかなりやばい。

で、でも、きっと、失敗してもネルガルが責任持ってくれるよね?

 

「改めてよろしく御願いします。マエヤマさん」

「うん。こちらこそよろしく」

 

電脳世界にやってまいりました。

この感覚は久しぶりです。こんなに集中しなっきゃいけない事は中々ないしね。

現在は分かりやすく映像化してあります。

たとえて言うなら、オモイカネの反乱の時に潜り込んだ図書館みたいな奴。

それが今回はどこかの基地?みたいな感じの建物になっている。

俺とルリ嬢はその門の所で隠れているって感じ。

かなり厳重である事は間違いないね。

 

「まずは管制室を占拠しましょう」

 

未来のルリ嬢の格好をしたルリ嬢が俺にそう言ってくる。

・・・何で未来の姿なの?

 

「その前にいいかな?」

「はい。何でしょう?」

「その格好って成長したルリちゃん?」

「ええ。それが何か?」

 

いや。何故わざわざ未来の姿をしたのかが訊きたかっただけなんだけどさ。

 

「い、いや。なんでもないよ」

 

そう睨まなくても・・・。

やっぱりまだ嫌われているみたいだ。

 

「イメージ次第で武器が具現化されます。敵兵士がいるので用心してください。出来れば、見つからないよう管制室に到着したいですね」

「うん。了解」

 

要するに、だ。

敵兵士が向こうの異常発見ソフトみたいもので、敵兵士の武器が迎撃ソフトみたいなもので、俺達がウイルスみたいなもんな訳だ。

見つからないように向かうっていうのは、巧妙にハッキングして相手方がハッキングに気付かないようにしろって事だし。

敵兵士を倒して進むっていうのは、力尽くで相手方の防衛線を強引にハッキングしろって事な訳ね。

おし。やってやろうじゃないか。

 

「この世界でなら、私も戦えますので」

 

むしろ、最強でしょ。

 

「まずは門を突破しましょう」

 

そう言うとルリ嬢の姿が消える。

おぉ。それがルリ嬢のハッキングスタイルか。

バレない為に己の姿を消しちゃう訳か。

俺のスタイルとは違うな。

俺はどちらかというと・・・。

 

「なるほど。偽装ですか」

 

そうです。偽装です。

あたかも相手方のように振舞う事で違和感なくハッキングするんです。

一応、今まで無敗ですけどね。

ちなみに、俺は敵兵士とまったく同じ顔、同じ格好、同じ仕草になっています。

俺の偽装スキルを舐めるなよ。現実世界じゃ芝居なんて到底出来ないけど。

 

「・・・・・・」

 

無言で門を潜る。

バレてない。バレてない。

それにしても、見えないな、ルリ嬢の姿。

うん。俺にだけ見えるようにしよう。

 

「なっ!?」

「どうかした?」

「な、何かし・・・いえ。何でもありません」

「そう?」

 

慌てちゃって。どうかしたのかな?

 

「管制室はこちらですね。案内します」

「うん。ありがとう」

 

堂々と歩くルリ嬢に付いて行く。

ま、周りはルリ嬢の姿なんて見えてないんだけど。

 

「・・・・・・」

 

敵の兵士とすれ違ってもスルーさ。

再度、言おう。俺の偽装スキルを舐めるなよ。

擬態だろうが、偽装だろうが、何だってやってやるっての。

 

「ここです」

 

うん。確かに管制室って看板があるね。

というか、むしろ、親切じゃね?

 

「流石にここは隠れていても仕方ありませんので、敵兵士は蹴散らせましょう」

「了解。ルリちゃんは下がっていて」

「いえ。私も戦えます」

「いいから。いいから」

 

久しぶりだしね。肩慣らしだよ。

大事なのは向こうのデータバンクをハッキングする時なんだから。

 

「分かりました。お願いします」

「任されました」

 

左手に銃を具現化し、右手に手榴弾を具現化する。

もちろん、無音で無力なものです。簡単に言うと閃光弾。

 

「ほっと」

 

扉を少し開けて、閃光弾を投げ入れる。

んで、すぐに扉を閉めて、三秒後に・・・突撃。

 

ダンッ! ダンッ! ダンッ!

 

管制室を守る敵兵士を蹴散らす。

撃ち損なったのは・・・いないな。

 

「もういいよ」

「お見事です」

「いえいえ。ルリちゃんはここから色々と調べておいて。俺はやる事あるから」

「分かりました」

 

管制室の椅子にルリちゃんを座らせて、俺は銃を撃ち込んだ敵兵士のもとへ向かう。

 

「偽装は完璧にしなっきゃね」

 

兵士の頭に手を添える。

これは向こうの記憶、即ち、設定を変更する為。

はい。完了。

これで俺とルリ嬢はそちら側の人間だよって認識された。

この状態なら何をしていようが問題にされないのさ。

 

「次っと」

 

一人変更すれば周りも感化するんだけど、一応ね。

俺は管制室のコンソールに手を置いて、先程と同じ作業を行った。

 

「・・・よし。もういいや」

 

俺は偽装していた姿を元に戻す。

ま、いつもの俺って奴だからどうでもいいでしょ。

 

「・・・凄いですね」

「そうかな? ルリちゃんだって凄いと思うよ。誰にも気付かれなかったでしょ?」

「え、ええ。まぁ」

 

ハッキングのスタイルが違うだけ。

むしろ、俺はルリ嬢の方が凄いと思うけどね。

俺がやっても完全な透明にならないと思うよ。

多分、どっかが欠けるか、半透明になる。

俺には到底真似できないね。

 

「解除パスワード。判明しました」

「へぇ。流石はルリちゃん」

「いえ。後はこれを制御室の方で直接打ち込むだけです」

 

素っ気無いな。

どうにかして仲良くなりたいんだけど・・・。

 

「・・・何か?」

 

前途多難だよぉ。

 

「それでは、制御室の方へ向かいましょう」

「分かった。俺が護衛するよ」

「そうですね。御願いします」

 

もう制御室の場所は把握しているだろうから、俺はルリちゃんが制御室に行くまで守るだけ。

偽装は完璧だと思うけど、万が一の為にね。

 

「・・・マエヤマさんはこれ程のハッキングをどのように身に付けたのですか?」

 

ギクッとなる質問だね。

どう答えるかな。

 

「秘密ですか?」

「ん~。秘密にしておきたいかな。ミナトさんに怒られちゃうし」

 

ハッキングはいけませんと言われてから実は何度もやっている。

これがバレたら怒られるかもしれないし、何より嫌われるかもしれない。

絶対にバレる訳にはいかないんだ。

 

「・・・マエヤマさんはミナトさんが大事なんですね」

 

ミナトさんが大事だって?

 

「そんなの当たり前じゃん。お世話になったし、今は恋人だしね。恋人を護らない人なんていないでしょ?」

 

今の俺にとって何よりも大切な存在。

それがミナトさんだ。

何を犠牲にしても、それこそ、俺自身を犠牲にしてでも護らなくちゃ。

いや。それじゃ駄目か。

ミナトさんがまずは自分って言っていたし。

自分を犠牲にしちゃ駄目だよな。

それでも、いざって時は己を犠牲にしてでも護ってみせる。

それが人を愛する責任って奴だと俺は思っているから。

 

「そう・・・ですか」

 

納得してくれたかな?

というか、何か疑われていたのか?

 

「じゃあさ、ルリちゃんにも大切な人っている?」

 

こんな事、暢気に訊いている暇はないんだけど、折角の機会だから。

 

「私の大切な人・・・ですか?」

「うん。大切な人。友達だって家族だっていい。好きな人だってもちろんいいよ」

 

ルリ嬢を変えてくれたアキト青年。

ルリ嬢を支えてくれたミナトさん。

ルリ嬢のお姉さんだったユリカ嬢。

きっとルリ嬢には多くの大切な人がいるんだろうな。

 

「・・・アキトさんです」

 

そっか。その中でも一番はアキト青年って事か。

 

「テンカワさんか。ルリちゃんにとってテンカワさんってどんな人なの?」

「そうですね。自分を犠牲にしてでも大切な人を取り戻そうとする優しい人で・・・」

 

ユリカ嬢の事か。劇場版でのアキト青年の想いは確かに伝わってきた。

 

「その優しさのせいで罪の意識に苛まれてしまう弱い人で・・・それでも、罪に苛まれようとも、前へと進もうとする強い人です」

 

罪の意識に苛まれる?

それは劇場版の事だろうか?

確かに幽霊ロボットが多くのコロニーを沈めたって言っていたけど。

 

「マエヤマさんだったらどうしますか? 愛する人の為に多くの犠牲を出してしまった自分を責めますか?」

「・・・・・・」

 

愛しているから。

それが全ての免罪符になる訳ではない。

意味も分からず、一方的に犠牲になった人は一生許さないだろう。

その者達の中にも愛する人はいるのだから。

恨みは理性で制しきれないものだから。

 

「自分は罪人だからって取り戻した愛する人のもとに戻る事もせず、愛する人を傷つけた者達を罰しようと限界に近い身体を酷使しますか?」

 

火星の後継者。

アキト青年の味覚、いや、多分、五感全てを奪った存在。

パイロットである事よりも料理人である事を主張し続けたアキト青年にとって何よりも辛かったと思う。

ユリカ嬢の身体を遺跡の翻訳機として用いた存在。

インターフェースとして用いられて負担がない訳がない。きっと身体はボロボロで精神的にも辛い事があったと思う。

ユリカ嬢だけじゃなく、アキト青年とて傷付けられた。

それなのに、アキト青年はユリカ嬢を思って、自分の恨みではなく、ユリカ嬢を傷つけた事に憤怒して行動したというのか。

 

「自分の身体を痛め付けて、限界を超えても酷使し続け、私達がどれだけ帰ってきてと訴えてもあの人は・・・」

 

遂にルリ嬢の目元から涙が溢れる。

胸の中に必死に押さえつけていた感情が溢れ出してしまったかのように。

抑圧された感情が爆発したかのように。

とめどめのない涙がルリ嬢の顔を濡らしていた。

 

「必死に追いかけても逃げるんです。罪人の俺にその資格はないって。俺の事なんて忘れてくれって。私達の想いなんて気付いてもくれず・・・」

 

相手の幸せを望むからこそ引き離す。

それがアキト青年の選んだ道だったんだ。

己の想いを封印して、心が痛んでも、相手の幸せを求めた。

 

「挙句の果てに・・・」

「・・・・・・」

「愛する人に裏切られて」

「・・・え?」

 

・・・愛する人に裏切られた?

ユリカ嬢がアキト青年を裏切ったていうのか?

 

「・・・裏切られたって?」

「艦隊で襲われたんです。私がアキトさんを追い詰めた時に」

「な、何で、襲われたの? だって、テンカワさんは必死に愛する人の為に・・・」

「全てを知っている訳ではありません。真相を、裏で何があったかを知っている訳ではありません。でも、一つだけ、一つだけ分かった事があります」

「・・・それは?」

「愛する人は記憶処理を受け、アキトさんこそが愛する人を奪った張本人だと誤認していたという事です」

「そ、そんな事って・・・」

「傷付いたでしょうね。立ち直れないくらい、壊れてしまうぐらい心が傷付いたと思います」

 

痛いなんてもんじゃない。

想像を絶する激痛が心を襲うと思う。

 

「私達は襲ってくる艦隊から必死に逃げました。傷付いたアキトさんを護ろうと。でも、護られたのは私でした」

「ルリちゃんが護られた?」

「はい。私の方を先に攻撃してきたんです。それで、アキトさんが私を護ろうと前に出て」

「・・・ルリちゃんを護る為に犠牲になったって事か」

「傷付いていたと思います。自棄になっていてもおかしくなかったと思います。でも、私なんかを護る為に身体を張ってくれたんです。結局、アキトさんは優しいままだった」

 

アキト青年はどんな気持ちだったんだろうか?

愛する人に裏切られて。

でも、護るべき人がいたから、身体を張って。

・・・必死に護って。

身体を痛め付けて、心を傷つけて、それでも、前を向けるテンカワ・アキト。

・・・敵わないなって思う。

 

「・・・そっか。それがテンカワさんの強さか」

 

弱くて強い。

一見、矛盾した言葉。

でも、弱くて強いから、俺は強いのだと思う。

 

『そろそろ第一次防衛ラインに着きますぞ。そちらの準備はよろしいですかな?』

 

あ。そうだったな。

 

「ルリちゃん」

「ええ。行きましょう」

 

随分と長い間、話に集中していたみたいだ。

気付けば制御室が目の前にあった。

扉を開けて、制御室に入る。

 

「後はこれにパスワードを打ち込めば解除できます」

 

制御盤らしきものが置かれており、それを前にしてルリ嬢が告げる。

 

「分かった。こっちは準備完了です。プロスさん」

『了解いたしました。いやはや、凄いですな。まさか軍の中央部に対してハッキングを成功させるとは』

「・・・そんな事ないですよ」

 

・・・褒められてもな。

喜べるような状況じゃないよ。

 

『それでは、御願いします』

 

了解です。プロスさん。

 

「ルリちゃん」

「はい。・・・パスワード入力。緑の地球を護る盾」

 

ピピピとパスワードを入力していくルリ嬢。

 

『ビックバリア。解除されました』

 

告げられるアナウンス。

どうやら解除は成功したらしい。

 

「帰りましょう」

 

門が電脳世界からの出口。

ルリ嬢は背を向けて先に出口へと向かう。

その背中がとても小さく見えて・・・。

 

「ルリちゃん!」

 

・・・気付けば俺の口は勝手に開いていた。

 

「もし、俺が犠牲者だったら、テンカワさんの事は絶対に許さないと思う」

「・・・・・・」

「でも! 俺はテンカワさんの行動を否定しない。愛する者の為に壮絶な生き方をしたテンカワさんを俺は尊敬する」

「・・・・・・」

 

無言のルリ嬢。

今、ルリ嬢は何を思い、何を考えているのだろうか?

 

「罪に苛まれ、愛する人に裏切られ、それでも前に進めるテンカワさんを俺は尊敬する」

「・・・・・・」

「だから! ルリちゃん。君がテンカワさんを癒してあげて欲しい。罪に苛まれる心を癒し、共に罪を背負って欲しい」

「・・・私が?」

「今は何か目的があって、それに向かってガムシャラになっているから大丈夫かもしれない」

「・・・・・・」

「でも、ふとした時や目的を終えた時、テンカワさんは再度己を責めると思う。そんな時、ルリちゃん、君がいるだけでテンカワさんは救われると思う」

 

誰かが傍にいるだけでいい。

それだけで心はずっと楽になる。

 

「ルリちゃん。君はどうしたいの?」

「・・・私はアキトさんを支えたい。罪を背負えというのなら一緒に背負う。助けて欲しいというのなら全力で助ける」

 

その眼は覚悟を決めた眼。

復讐鬼を支えようとする妖精の誓い。

 

「・・・たとえその為に私が犠牲になろうとも、私はアキトさんが叶えたい夢を叶えます」

 

決意。覚悟。

それをルリ嬢は決めている。

 

「・・・障害があるのなら、私が壊します。何を犠牲にしてでも、何があっても、私は・・・」

 

これは・・・依存だろうか?

妄信的なまでにテンカワさんを・・・。

 

「マエヤマさん。もし、貴方が障害であるのなら、私は自分の手を血で染める事も厭いません」

 

狂信。盲信。依存。

ルリ嬢が抱える闇の一端を垣間見た気がする。

殺すと宣言されたのに、俺はそれを怖いと思わず、ただただ・・・。

 

「・・・お先に失礼します」

 

・・・悲しく感じたんだ。

 

 

 

 

 


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