機動戦艦ナデシコ 平凡男の改変日記   作:ハインツ

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サツキミドリ攻防戦

 

 

 

『パイロットのスバル・リョーコだ』

『アマノ・ヒカルでぇ~す』

『マキ・イズミ』

 

予定より早く着艦したから、繰り越しでパイロット合流となった。

うんうん。やっぱり濃い三人組だなぁ。

プロスさん、司会の方、御願いしますね。

 

『それでは、恒例の質問タイムに移りましょう。皆さん、挙手を御願い―――』

『はい!』

 

元気ですな、整備班の方々。

 

『俺達にも漸く春がやってきた!』

『マエヤマの野郎のせいで鬱憤が溜まっていたんだ。これで、俺達にもチャンスが』

『な、何だってやってやるぞ。か、彼女達の為なら』

 

今までパイロットは男だけだったもんな。

整備班って役職的に女性とかいなさそうだし。

あ、でも、技術士官って大抵女性のイメージがあるんだけど、どうなんだろう?

やっぱり、連合軍とかはそうなのかな?

ま、こっちは開発主体じゃないもんな。

あくまで整備班だし。

 

「元気ねぇ」

「あ。ミナトさんも、そう思います?」

「叫び声が聞こえるじゃない。画面越しだけど」

 

呆れた表情を見せるミナトさん。

ま、男達のああいう叫びは呆れるか。

 

「コウキ君は行かなくてよかったの?」

「えぇ。艦長を始め多くのブリッジクルーが格納庫に行っちゃったじゃないですか。流石にブリッジを空には出来ませんよ」

 

艦長も副長もどっちか一人は残ろうよ。

というかさ、残っているのが提督と俺達とセレス嬢だけってどうなの?

まぁさ、俺が通信士をやればとりあえずは何があってもある程度は運営できるけど、自己紹介の為にいちいち格納庫に行かなくても。

いずれブリッジまでやって来るんでしょ? その時でいいじゃん。

 

「ルリちゃん達まで行ったのは意外ね。あの子、性格的にこっちに残りそうなのに」

「そうですね。俺も残ると思っていました」

 

確かに意外だ。

ルリ嬢もラピス嬢もわざわざ格納庫まで出向くなんて。

どうしてだろ?

 

「何か気になる事でもあったのかしら?」

「さぁ? 何を気にするんでしょうか?」

 

格納庫に向かった理由ね。

まさか、このタイミングで襲撃!?

い、いや、それなら、ルリ嬢が持ち場を離れる訳ないし。

多分、違う。

それなら、どうしてだろう?

 

「ま、私達が考えても分からないものは分からないわ。後で訊いてみましょ」

「そうですね」

 

考えても仕方ないか。

逆に考えて、ルリ嬢がいないって事はまだ襲撃もないって事だ―――。

 

「・・・前方より機影反応。木星蜥蜴です」

「ま、マジで? セレスちゃん」

「・・・マジです」

 

か、艦内放送。

非常事態だよ、エマージェンシーだよ、おい。

 

「艦内全クルーに告げる。前方より木星蜥蜴迫る。前方より木星蜥蜴迫る。直ちに持ち場に付き、戦闘準備を。前方より木星蜥蜴迫る。直ちに持ち場に付き、戦闘準備を」

 

いつもはメグミさんがいる所に飛び移り、急いで通信。

緊急事態だから急いでくれ。エマージェンシーコールもそろそろ鳴るから。

 

『な、何々?』

「艦長。急いでブリッジまで戻ってきてください! 木星蜥蜴が現れました! 指揮を御願いします」

『は、はい。とりあえず、出港準備を始めておいてください。急いで戻ります』

「了解しました」

 

ユリカ嬢からの通信を受け、俺達も準備に移る。

 

「セレスちゃん。俺も手伝うから発進シークエンスを」

「・・・はい」

「ミナトさんはいつも通りに」

「はいはぁい」

 

気楽な返事ながらその行動は的確かつ素早い。

セレス嬢とて一緒に訓練してきたんだ。多少覚束なくとも仕事は早い。

この分なら・・・。

 

「お、お待たせしましたぁ!」

 

準備中、急いだ様子のユリカ嬢の到着。

その後ろからは・・・。

 

「・・・む」

「遅れました」

「・・・遅れた」

 

ゴート氏に肩車された少女二人もご到着。

うん。ゴートさん。少女でも女性ですからね。

分かります。顔真っ赤です。

 

「す、すいません」

「申し訳ありません。はい」

 

メグミさん、プロスさんも到着っと。

 

「メグミさん」

「はい。代わります」

 

パッと席を立ち、自分の席に戻る。

さて、念の為にレールカノンの準備をしておくかな。

 

「パイロットは先行出撃。守護隊と共に迎撃に当たってください。メグミちゃん、サツキミドリ側の対応を訊いて」

「はい」

 

懐からサングラス的なものを取り出し、装着。

 

「オモイカネ。レールカノンセット」

『レールカノンセット開始』

 

まるで自分の身体から新しい腕が生えたかのような感覚。

俺のナノマシンでなければ、こんな感覚は味わえないだろう。

普通のだったら、ただ両手でそれぞれ銃を持っている程度だと思う。

だが、俺の場合は何百に近い腕の感覚がある。

俺とて怠けていた訳ではない。最初にこれをした時は頭痛で二時間ほど苦しんだが、今では大分慣れてきた。

日頃のシミュレーションも馬鹿に出来ないぜ。

 

「・・・発進準備。完了しました」

 

良くやったぞ、セレス嬢。

 

「機動戦艦ナデシコ、発進!」

「機動戦艦ナデシコ、発進します」

 

まずは襲ってくる蜥蜴野郎共を蹴散らさないとな。

俺のレールカノンが火を吹くぜ。

 

「グラビティブラスト発射準備」

「グラビティブラスト発射準備開始します」

『レールカノン、セット完了』

「DFを張りつつ前進。敵をナデシコで食い止めます」

 

サツキミドリを優先って事か。

目的を最優先する艦長なら物資の積み込みも終わったし、とっとと逃げるんだろうけど。

ま、ナデシコでそんな事は考えられないか。

 

「グラビティブラスト発射直前にDFを解除します。マエヤマさん、その際に敵を絶対に近付けないで下さい」

「了解」

 

絶対とは断言できないが、やれるだけやってやる。

 

「発射後からDFを発動するまでの間は無防備になります。ルリちゃんはその間に弾幕を。マエヤマさんは絶対に敵を近づけないで下さい」

「了解」

「りょ、了解」

 

注文が多いっての。

というか、同じ事を繰り返し言わなくても大丈夫ですよ。

分かっていますから。

 

「グラビティブラスト発射準備完了。いつでも撃てます」

「メグミちゃん。投射線上から退避するようパイロットに通信を御願いします」

「はい」

 

戦闘時の通信士の役目ってかなり大きいかもしれないな。

 

「退避完了です」

「DF解除」

「DF解除します」

 

さて、俺の出番か。

コンソールに手を置き、意識を集中させる。

眼を閉じ、眼を開くと画面に映るのは多くのカメラ映像と敵の情報。

その一つ一つを解析し、瞬時に照準をつけて発射。

ロックオン機能搭載かつ多重ロックオンだ。

外してたまるか。

前方はグラビティブラストに任せるとして、俺はそれ以外と接近中の敵を殲滅する。

 

「グラビティブラスト発射ぁ!」

「グラビティブラスト発射します」

 

駆け巡る黒い波動。

重力波が敵を押し潰し、前方の敵を踏み躙っていく。

おっと、見惚れている暇はないな。

後ろ!

 

「グラビティブラストチャージと同時にDFの発動準備」

「グラビティブラストチャージ開始」

「・・・DF発動まで一分かかる」

「マエヤマさん。一分間、敵の攻撃に耐えてください」

「はいよぉ」

 

クソォ。いくら撃っても敵が減らない。

前、横、後ろ、上、下。

全方位から迫る敵を対処するのは脳に負担がかかりすぎる。

俺の脳がオーバーヒートしちまうっての。

 

「エステバリス隊はどうなっていますか?」

「サツキミドリコロニーより重力波を支給してもらい、サツキミドリの防衛に当たっています」

「・・・マエヤマさんを信じます。サツキミドリを絶対に護り切るよう伝えてください」

 

え? エステバリスのフォローはなし?

マジかよ!?

 

「ルリちゃん、弾幕は?」

「現状でナデシコの出せる弾幕は限界です。後はマエヤマさんにお任せするしかないかと」

 

嘘だろ!? こんなんでナデシコを守り通すつもりだったのか?

弾幕薄いぞって。何やってんのって。

 

「後方のバッタよりミサイル一斉発射。弾幕、間に合いません!」

「マエヤマさん!」

 

ひ、引き受けなっきゃ良かった。

何だ? これ。 何の拷問!?

クソッ! やってやるぜ!

ナデシコの後ろ側に配置されている全レールカノンを一斉に操作。

全ての照準を後ろに回してロックオン。

 

「発射ぁ!」

 

絶える事なく撃ち続ける。

数が数だから仕方ない。

視界一面ミサイルってかなりの恐怖感ですから。

ん? うわ、やばっ!

 

「ミサイル数発が弾幕を潜り抜けました」

 

解説どうも、ルリ嬢。

揺れるけど、許してくれ!

それと整備班さん、苦労をおかけしてごめんなさい!

 

「ほっとぉ」

 

ん? あら? あれれ?

揺れない。

攻撃喰らったんじゃないのか?

 

「回避成功ってね」

 

さ、流石、ミナトさん。

俺には見えないけど、きっといつもの頼もしい笑顔を浮かべているに違いない!

 

「私がフォローするから頑張りなさい、コウキ君」

 

そこまで言われたらやるしかないだろ。

 

「・・・DF発動する」

 

・・・さいですか。

 

「お疲れ様です、マエヤマさん。次の発射まで休んでいてください」

 

あと何回グラビティブラストを発射する機会があるのだろうか?

その度にこれだと頭がぶっ壊れちまうって。

 

『こちらテンカワ。ブリッジ応答願う』

「あ、はい。こちらブリ―――」

「あぁ! アキト、どうしたの? 私になんか用?」

 

・・・はぁ。

どうしてテンカワさんが絡むとこうなっちゃうかな。

戦闘中はかなり頼りになる艦長なのに。

 

『サツキミドリの守備が足りない。マエヤマを出して欲しい』

「・・・え?」

 

俺っすか?

え? マジ?

 

「マエヤマさん。御願いします」

「えぇっと」

 

そう御願いされてもな。

いきなり過ぎてちょっと心の準備が。

 

「サツキミドリが危険です。急いでください!」

 

あぁ。もう!

分かったよ!

 

「了解しました」

 

コンソールから手を放してレールカノンの操作をオモイカネに返す。

 

「ルリちゃん。ごめん。後は任せた」

「任されました」

 

オペレーターのリーダーであるルリ嬢に連絡を終えた後、急いで俺は格納庫へ向かう。

 

「無理しないでね、コウキ君」

「・・・頑張ってください」

 

背中にかかる応援の声でやる気を漲らせながら。

 

 

 

 

 

「おう。話は聞いているぞ。知っていると思うがお前のはあれだ!」

 

メタリックシルバーの俺専用エステバリス。

OG戦フレームの武装は・・・。

 

「武装はどうなっています?」

「腰の所にイミディエットナイフが二本。ラピッドライフルはすぐに持ってこさせる」

 

ナイフとライフルだけか。

やっぱり貧弱だな。もうちょっとバリエーションが欲しい。

レールカノンの予備パーツとかで武器を作ってもらおう。

 

「了解しました」

 

タラップを利用してアサルトピット内に乗り込む。

俺の為の俺による俺だけの改造アサルトピット。

自慢じゃないが、俺以外が動かそうとしても無理だと思う。

多分、すぐに頭が痛くなるだろうし。

制御も容易じゃないよ。俺のナノマシン以外だと。

ウリバタケさんからはお前馬鹿だろ? 使いこなせる訳がねぇよって言われた。

それからは使ってない時には普通の状態にして、俺が使う時だけ特別仕様にする事にした。

そうじゃなっきゃ変に思われるでしょ? ありえない程に高機能だし。

だから、ウリバタケさんからは普通のアサルトピットにしか思われてない。

だが、しかし、俺の手がコンソールに触れると・・・。

 

『搭乗者確認。マエヤマ・コウキ。カスタム状態に移行します』

 

命名、カスタム。

普通の名前でしょ? でも、この性能は半端ない。

きっとさるお方もナデシコのエステバリスは化け物か!? って言ってくれる筈さ。

 

「準備完了です」

 

ブリッジに連絡。

腰のナイフも確認。

両手にライフルを持ち、発射台に立つ。

 

『発進御願いします』

「エステバリス0G戦フレーム。行きます!」

 

動き出す発射台。

 

「ク、クソッ! 何てGだ。これでも緩和しているってのに」

 

簡易的だけど、重力緩和装置を搭載したのに。

それでもこれだけのGってどゆこと?

ジェットコースターは苦手な部類に入ります。

自分で動かす分には大丈夫なんだけどね。

という訳で、現在、結構やばいです。

 

「艦外に出ます。御気をつけて」

「了解」

 

頑張りますよ。通信どうもね、メグミさん。

しかし、今更だが、俺ってこれが初陣じゃん。

やっば。心臓がバクバクいってきた。

 

『マエヤマ。重力波はサツキミドリからもらえる。まずは急いでこっちに来い』

「了解しました」

 

全速で飛ばす。

全身に纏わり付く恐怖の感情を忘れるように無我夢中で。

だが・・・。

 

「・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ」

 

・・・そんな事は無駄だった。

怖い。怖すぎる。

全身が恐怖で震える。

唇は乾燥し、頭の奥が痛み出す。

想像するのは死。

ありえる、いや、失敗すればいとも簡単に死ねる。

これはゲームなんかじゃないんだ。死んだらお金を入れてコンティニューなんて事は絶対に出来ない。

死んだらそれでおしまいなんだ。無情に無慈悲に死は訪れる。

何を俺は気楽に考えていたんだ。

俺は凄いって? そんなのシミュレーションの中の話だ。

ナノマシンが凄いとか身体能力が凄いとか、そんなの今の俺には全然関係ない。

身体は思い通りに動かないし、イメージする余裕なんて一切ない。

無理。無理だよ。絶対に無理。俺には戦えない。

 

「・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

 

意識が朦朧とする。

視界がぼやけて息苦しい。

こんな事していたらやられるって分かっているのに、身体は動いちゃくれない。

イメージ? 機体を動かすイメージをしろって? そんなの無理だ。自分が死ぬイメージしか湧いてこない。

あぁ。俺はこのまま・・・。

 

『コウキ君。落ち着きなさい』

 

ミナト・・・さん?

 

『ゆっくり息を吸って』

「スーーー」

『そう。次はゆっくり吐いて』

「ハーーー」

『そうよ。その調子。ゆっくり深呼吸して』

「スーーーハーーー」

『落ち着いて。大丈夫だから。コウキ君なら出来る』

「スーーーハーーー」

『緊張するのも怖いのも分かるわ。私だってコウキ君が危ない眼に遭うと思うと怖いし胸が痛い』

「スーーーハーーー」

『活躍しようなんて考えなくていいわ。ゆっくり自分の出来る事をやってらっしゃい。無理だけはしちゃ駄目よ』

「・・・行ってきます。ミナトさん」

『ええ。行ってらっしゃい』

 

怖くなくなった訳じゃない。

今だって指先は震えているし、頭の奥で甲高い音は聞こえる。

でも、少し心が軽くなったのも事実。

こんなんじゃ到底活躍なんて出来そうにないけど、やれるだけやってみよう。

落ち着け、俺。いつものようにやればいいだけだ。

 

『来たか、マエヤマ』

「はい。遅くなりました」

『構わんよ。急だったからな』

「いえ。それで、状況は?」

『現在、サツキミドリの連中はシャトルで脱出中だ。合流した新パイロットの三人にその援護を任せてある』

 

シャトルで脱出か。

その分なら被害は減るな。

 

『ガイ、俺、お前の三人は敵を引き付けつつ各機撃破だ。離れすぎると孤立するからな。常にレーダーで確認しろ』

 

引き付けつつ撃破。

初っ端にしては厳しいミッションだな。

だが、やるしかないんだ。

俺の頑張りが脱出に繋がるのなら。

 

「了解しました。ヤマダ機が近接距離で戦闘しているので、俺は後ろから援護します」

『了解した。頼むぞ』

 

レーダーを確認。

ヤマダ機が引き付けた敵をテンカワ機が殲滅していく。

時にラピッドライフル、時にイミディエットナイフで容赦なく潰していくその姿は、まるで死神が死を運んできたかのようで。

・・・俺はテンカワさんに戦慄を覚えた。

 

「・・・あ。ボーっとしていちゃいけない」

 

思考停止状態からすぐに抜け出し、俺はライフルを両手に持つ。

気分は二丁拳銃のガンマン。

絶え間なく打ち続けられるスタイルな気がする。

命中率だけは自慢できるしな。

弾に限りがあるから調子に乗れないけど、外さないから許して欲しい。

 

「並列思考なんて立派なもんじゃないけど、シューティングゲームで培った同時射撃を見せてやる」

 

照準補正ソフトが勝手にロックオンしてくれるから、後は俺が把握できるだけの敵を全てロックオンして右と左とで撃ちまくる。

同時に左右で撃つからちょっと頭を使う。でも、それでも、俺はやり切ってみせる。

 

ダンッダンッダンッダンッダンッダンッ!

 

撃つ度に衝撃が走るが、そんな事は百も承知。

宇宙だとそれで勝手に移動しちゃうからより複雑な操縦技術が必要だけど・・・。

 

「シミュレーションだけは欠かしてない!」

 

飛び込んでくるバッタ。

スラスターを吹かして避ける。

その後、振り向き様に蹴り上げ、ライフルの弾で貫いた。

 

「まだまだぁ!」

 

格闘戦をこなす為に取り付けられた反重力推進機関の推進力を利用して向かってくるバッタを踏み台にする。

バッタを蹴ると同時に自らも飛び上がり、距離を置き、ライフルを放つ。

 

『マエヤマ、離れ過ぎだ。孤立するぞ』

 

いつの間にか遠くに来過ぎていたみたい。

道理で遠距離から援護のつもりが囲まれていた訳だ。

 

「離脱し、すぐに戻ります」

『応援は?』

「いりません」

 

この程度にテンカワさんの手を煩わせる訳にはいかない。

 

「何の為の二丁拳銃だって話だろ」

 

反重力機構によって足場を作り、そこにドッシリと降り立つ。

ここから動くつもりはないという事だ。

 

「ダァァァ!」

 

乱射。とにかく乱射。

両腕をあらゆる方向に動かしながらとにかく撃ち続ける。

但し、確実にロックオンはしている。

命中率は下がるが、それ程ではない筈。

 

「無駄弾もあったけど・・・殲滅完了だ」

 

周囲のバッタは全て残骸へと成り果てていた。

一応はきちんと狙っていたが、周りからは子供の癇癪みたいに見えただろうな。

泣き叫び、喚き出し、手をバタバタさせて敵を屠る子供。

・・・ある意味、怖いな。

幼女が巨大化してドラゴンと戦うゲームを思い出したよ。

・・・違うか。ドラゴンで巨大化した幼女と戦うゲームだ。

 

「さて、急いで戻らないとな」

 

こういう所が経験不足だと思う。

きちんとレーダーを見て確認しろって言われていたのに、戦闘に入ったらすぐに忘れちゃうし。

まだまだ修練が必要だな。

テンカワさんに鍛えてもらうか。

あ、後、ゴートさんにも射撃の練習を見てもらおう。

照準補正ソフトがあるから別に俺自身の技能はそんなに必要ないんだけど、イメージの問題だしね。

あぁ~。誰か俺に剣術とか格闘技とか教えてくれないかな。

俺の経験なんて体育の授業の柔道とチャンバラごっこぐらいしかないぞ。

はっきり言って、使えん。

ま、はっきり言わなくてもそうなんだけどさ。

 

「すいません。戻りました」

『了解した』

「サツキミドリの方はどうですか?」

『現在もシャトルが脱出している。あと少しと言っていたな』

「無事、脱出できたんでしょうか?」

『そうだな。脱出したシャトルの内、七割は生存、二割は撃沈、一割は行方不明といった所だ』

「そう・・・ですか」

 

助かった人もいた。でも、助からなかった人もいたんだ。

これが死。選択する事もできず、抗う事もできず、唯の物になってしまうという事。

・・・やっぱり、死ぬのって怖いな。

 

『死ぬのが怖いか?』

 

問われる。

多くの者を殺してきた者から。

 

「・・・もちろんです。誰だって死ぬのは嫌ですし、怖いものです」

『・・・俺は何度も死にたいと思ったがな。死んで楽になりたいと思った』

「それは例外ですよ。聞きました、ルリちゃんから。貴方は多くの犠牲を出してここにいるって」

『・・・・・・』

「犠牲になった者の怨念を感じましたか?」

『・・・ああ。いつだって感じているさ。悪夢として毎晩見るからな』

「それなら、それが貴方の罰です。死にたいと願うのは逃げだと思います。怨念を感じる? 当たり前です。誰が殺されて喜びますか?」

『・・・厳しい事ばかり言う』

「ルリちゃんは言っていました。貴方の罪を一緒に背負うって。貴方が楽になりたいからといって死んだ所で悲しみは消えないし、余計悲しむ者も出てきます」

『死ぬまで生き続ける事。それが俺の罰か』

「そうですね。それで赦される訳ではありませんが、罪を犯して何もないなんて事は絶対にないですから。等価交換って奴です」

『罪を犯せば罰が下る。当たり前の事だな』

「ええ。自分以外に裁く者がいない以上、貴方が貴方自身を裁くしかないんですから」

 

罪を犯してしまった。

刑務所に入れば罪が赦されるのか?

釈放金を払えば罪が赦されるのか?

どっちも違う。罪を犯したという事実は何も変わらない。

人を殺したという事実はその後に如何に人命を救おうと消える事はない。

一生、背負わなければならない業なんだ。

罪を犯したから自殺する。

そんなものは何の贖罪にもならない。

自分が殺した命と自分の命が同価値だなんて思い上がりでしかない。

一生罪に苛まれ、心に傷を抱えて、ようやく楽になれても及ばないと思う。

それでも、自殺という逃げ道に走るよりはずっと良い。

 

「休んでいる暇はありませんでしたね」

『・・・ああ。ガイの援護を頼む。俺は突撃する』

「テンカワさんなら大丈夫だと思いますが、気をつけてくださいね。貴方が死んで、悲しむ者はたくさんいるのですから。もちろん、俺も」

『ああ。分かっている。死にはしないさ。逃げたくないからな』

 

どこかテンカワさんには自殺願望があったのではないかと思う。

だから、俺は改めて思う。ルリ嬢やラピス嬢に彼を支えてあげて欲しいと。

押し潰されないように、隣で支えてあげて欲しいと。

 

「調子はどうですか?」

『ヘンッ。この程度で敗れる俺じゃねぇ!』

「そうですか。援護に入ります。無茶してください」

『おうよ! 予備パイロットは俺の華麗な機動を眼に焼き付けていな』

 

スルーされましたよ。

俺のボケってレベル低いのかな?

それとも、あっちが気付いてないのか?

ま、多分そうだろう。あっちが悪い。

さて、弾の残量は・・・。

うん。一段落したら補給に戻ろう。

 

『ガイ・スーパー・アッパー!』

 

激しい攻撃だな。

でも、向こうってそんなに強くないし、攻撃後の隙が大き過ぎると思うんだよ。

 

ダンッダンッ!

 

ま、それをフォローするのが俺の役目なんだけどさ。

 

『お。やるじゃねぇか。予備』

「予備言うな。射撃に関しては負けねぇよ」

『お、それがお前の素か。敬語なんてやめとけよ』

「善処するよ」

 

何か、熱くなければ本当に男前でカッコイイんだよね。この人。

原作でも兄貴肌って感じでアキト青年と仲良くなっていたし。

パイロット技能も実はテンカワさんに負けてない?

性格が災いしているって所か。

近接格闘技能だけを見るなら、かなりのレベルだもんな。

よし。模擬戦の時は挑発しつつ、遠距離から攻めよう。

それなら、勝てる。

 

「ヤマダ・ジ―――」

『ガァイィ! ダイゴウジ・ガイだぁ!』

 

これがなっきゃカッコイイんだよな。

減点。大きく減点。

 

「ダイコウジ・ゲキ」

『ガイだ! ・・・だが、う~ん、悪くねぇ。ゲキ・ガンガーをリスペクトしてやがる』

 

この人、単純だな。

でも、結構、面白い。

 

「ゲキガン野郎」

『クゥゥゥ! 貶されているようで褒められているというこの矛盾。クソッ! どうすればいい?』

 

ククッ。おもしろ。

 

「ガイ! ゲキガン・ファイヤーだ!」

『おし。ゲキガン・ファイヤー! ってどうやるんだよ!?』

「こう。両手を突き出して飛び込めばいいんじゃないか?」

『なるほど。ゲキガン・フレアが合わさってゲキガン・ファイヤーになる訳だな。よし。やってやろうじゃねぇか! ゲキガン・ファイヤー!』

 

威力は分からんが、ポーズは正直・・・かっこ悪いな。

両手を突き出して飛び込むっていうのは、そうだな、某パンのヒーローが空を飛ぶポーズで敵に飛び込むようなものだ。

再度言うと、威力は分からんが、ポーズ的にはヒーローじゃない。

どちらかという間抜けだ。

あれはパンのヒーローだから良いのであって、エステバリスみたいなロボットがやるのはあまり推奨しない。

 

「ガイ! そのままゲキガン・トルネードだ!」

『ゲキガン・トルネード!? 何だ!? そのカッコイイ技名は!?』

 

そうかな? カッコイイかな?

 

「そのポーズのまま回転して敵に突っ込むという究極奥義だ。間違いなく、ゲキガン・フレアを上回るぞ」

『おっしゃぁぁぁ! ゲキガン・トルネード!』

 

回転しながら敵に突っ込むダイコウジ・ガイ、改め、ヤマダ・ジロウ。

欠点は眼が回る事だな。恐らくフィギュアスケートの人でも眼を回すと思う。

あれで頭部だけ回っていないという不思議現象すらも可能に出来たら、中の人的に繋がるんだけど・・・。

ま、狸君のタケでコプターな道具と同じで首がひん曲がるか。実際にやったら。

 

『ぜ、全滅したぜ。眼、眼がぁぁぁ。あ。ついでに気持ち悪い』

 

案の定って奴だな。

 

「一旦帰艦する。付いてきてくれ」

『お、おうよ!』

 

フラフラのヤマダ機をフォローしつつ、ナデシコに帰艦する。

 

「ウリバタケさん。すいませんが、ラピッドライフルを」

『おう。ちょっと待っていな』

 

コミュニケ越しに武器を要求する。

流石は整備班。すぐに準備された。

 

「ヤマダ機は格闘戦が多く、損傷している箇所が多いと思います。少し休ませてから再出撃させてください」

『おう。了解した。気をつけろよ』

「はい」

 

俺は基本的に遠距離ばかりだったからそれ程は損傷していない。

ヤマダ機は、ほら、機体以上にパイロットがやばいと思うから。

 

「急がないと」

 

戦線をテンカワさんだけでもたせるのはきついと思うので、急いで向かう。

 

「・・・やっぱりダントツで凄いな」

 

戦場に戻ると凄まじい機動で動き続けるテンカワ機が見えた。

一つ一つの射撃が的確、武器の持ち替えのタイミングも的確だし、接近戦では無類の強さを誇る。

あの接近戦に対抗できるのはヤマダ・ジロウぐらいだろう。

・・・対抗できるだけ凄いと思うが。

 

「俺も頑張らないと」

 

再度、両手にライフルを持つ。

 

「・・・俺も回転しながらライフルでも撃ってみるか?」

 

・・・いや。無理だろ。

眼が回るのがオチだ。やめておこう。

 

「シンプル・イズ・ベスト。無茶はしないで、普通の動きをしよう」

 

普通を極めるものこそが最強と聞いた事があるけど、どうなんだろう?

基本は大事って伝えたいんだと思うけど。

 

ダンッダンッダンッダンッダンッ!

 

近付いてくる敵を優先にライフルを撃ちまくる。

その場で止まりながら撃つスタイルだ。ほぼ外さなくて済む。

 

『シャトルの全機脱出を確認。各機、帰艦してください』

 

・・・やっと終わったか。

とりあえず、こっちに来る奴らを攻撃しながら下がるとしよう。

あぁ。汗でびっしょりだ。早く湯船に浸かりたい。

 

「マエヤマ・コウキ。帰艦します」

 

それから、どうにか無事に帰還する事が出来ました。

パイロットは予想以上に辛い。よくアキト青年はやり遂げたな。

そう深く感心してしまう。俺だったら、途中でリタイアしていてもおかしくない。

いきなり戦場に出されるとか、俺には耐えられる気がしないよ。

帰艦後、疲れからか、その場で寝てしまったのは勘弁して欲しい。

というか、何故、眼が覚めたらミナトさんの部屋にいるの?

あ。先にお風呂に入らせてください。汗臭いので。

一緒に入る? む、無理ですから! か、勘弁してください!

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

コウキ君が戦場に出る。

・・・そっか。これが怖いって事か。

今までどこか遠い眼で戦闘を眺めていた私。

でも、今は怖くて仕方がない。

以前、とても昔の戦争の事が描かれた文献を読んだ事がある。

それから日本は戦争をしなくなったらしく、日本という国における最後の戦争を示した文献だ。

その文献で、戦場に出向く夫を沈痛な表情で見送る妻という描写を見た。

今なら、その人の気持ちが判る気がする。

きっと、今の私と同じ気持ちだと思うから。

どうか無事にいて。その為だったら私の命だって惜しくない。

そう思いながら祈る自分がいた事に言われて初めて気がついた。

愛する人が戦場に行く事がこれ程怖くて、心細い事だなんて・・・。

改めて、気安く予備パイロットになればいいなんて言った自分を責めたくなった。

そう言われて泣きそうだったコウキ君の顔は二度と忘れないと思う。

戦場がこんなにも怖いものだなんて。

私は現実を甘く見ていた。

 

「マエヤマ機。帰艦しました」

 

その言葉を聞いただけで、心から安堵した。

そして、すぐにでも迎えに行きたくなった。

生きているという事を全身で感じたくなった。

でも、持ち場を離れる訳にはいかない。

きっと、そんな無責任な事をしたら後でコウキ君に怒られるから。

ふふっ。変な所で堅いんだから。でも、それがまたとっても良い子だって思わせてくれる。

ああいう、無責任な事を嫌う責任感のある人は将来的に優しい夫でいてくれると思うしね。

 

「パイロットの方はブリッジまで御願いします」

 

ああ。コウキ君に会えるんだ。

何だか、久しぶりに会う気がする。

さっきまで一緒にいたのに。

たった数時間が数日にも、数年にも感じられた。

ふふっ。何だか思春期の女の子みたいね。

私がこんな風になるなんて思いもしなかったわ。

でも、それでもいいかなって思える自分もいるから恋って本当に不思議よね。

 

「・・・はぁ。疲れた、疲れた。風呂ぐらい入らせてくれてもいいだろ」

「まぁまぁ。急いで入るよりゆっくり入った方が気持ち良いよぉ」

「ふっふっふ」

 

あ。彼女達が合流した新しいパイロットか。

皆、若いわね。コウキ君もそうだけど、パイロットが皆若すぎると思う。

一人ぐらい、ベテランを入れてもいいと思うんだけどなぁ。

 

「・・・・・・」

「あ。アキトォ! お疲れ様ぁ!」

「・・・ユリカ」

「ふぅ。ゲキ・ガンガー見たいから早くしてくれよな。あぁ。気持ち悪」

 

アキト君とジロウ君。

アキト君達は相変わらずね。

ジロウ君は・・・どうかしたのかな?

気分が優れなそう。顔色も悪いし。

 

「む。マエヤマはどうした?」

 

コウキ君が遅い。

何かあったのかな?

背中に嫌な汗が流れる。

 

「メグミちゃん。マエヤマさんに連絡取れる?」

「先程から試みているのですが・・・」

 

反応が・・・返ってこない?

え? どうして? だって・・・。

 

「まさか・・・怪我しているんじゃ?」

 

ユリカちゃんの一言にドキッとなった。

意識不明になる程の怪我をもし負っていたとしたら・・・。

 

「いや。目立った被弾はなかった筈だ」

 

アキト君がそう告げる。

でも・・・信じられない訳じゃないけど、安心は出来なかった。

不安が胸を締め付け、焦燥に駆られて、気付けば、私は走り出していた。

 

「ハルカさん? どこへ?」

 

そう問われても答えられるだけの余裕はなかった。

いや、問われた事にすら気が付かなかったんだ。

周りの声を声として認識する事なく、私は無我夢中でブリッジから抜け出し、格納庫へ足を向けた。

恐怖が身を包み、全身が震え出す。

叫びたい気持ちを必死に抑えて、震える身体を必死に動かし、私は駆けた。

こんなに早く走れたっけとかどこか他人事のように考える自分もいて、それでも足が止まる事はなかった。

 

「コウキ君!」

 

肩で息をしながら、必死に叫ぶ。

汗だくで、化粧も崩れていると思う。

足もガクガクで今にも倒れそう。

私が思う可愛い女性には程遠い姿だったけど、今の私にはそんな事を気にする余裕はなかった。

ただ無事な姿を見たい。ただ私に笑いかけて欲しい。

ただそれだけを願ってコウキ君の傍へ駆けた。

 

「お、おい。ミナトちゃん」

 

制止の言葉も振り切って、コウキ君が乗っていた銀色のエステバリスに駆け寄った。

 

「コウキ君!」

 

ひたすら名前を呼ぶ。

早くて出て来てと願いを込めて。

 

「コウキ君!」

「おい。ミナトちゃん」

「放して! コウキ君!」

「ミナトちゃん! マエヤマの野郎ならあそこにいる!」

「・・・え?」

「まったく。恋は盲目ってか? 大人っぽいミナトちゃんもまだまだ女の子だったんだな」

「・・・そっか。良かった」

 

ハハハ。安心したら腰が抜けた。

地べたに座るなんて女性として恥ずかしい事なのに。

でも・・・良かった。本当に良かった

 

「羨ましいぜ。こんなに愛されているあいつがよ」

「・・・すいません」

 

ウリバタケさんに手を差し出され、その手を借りて立ち上がる。

思い返すと・・・私って随分と恥ずかしい事していたわね。

 

「ほら。真っ赤になってないで早くあいつん所に行ってやんな」

「ありがとうございます」

 

格納庫から少し離れたベンチで穏やかな寝息をたてる彼。

もぉ。私の気も知らないで。

 

「心配させないでよね。バカ」

「う、う~ん」

 

頬をつんつんすると眉を顰めるコウキ君。

それが楽しくて時間も忘れてつんつんしていたのは仕方がないわよね。

 

『あの~ハルカさん』

「・・・あ」

 

忘れていた。

 

「す、すぐに戻ります」

『いえいえ。今、そちらにテンカワさんが向かいましたので、彼からお話をお聞き下さい。今日はそのままお休みになって下さって構いません。マエヤマさんもハルカさんも』

「分かりました」

 

申し訳ない事しちゃったな。

まさか、私が暴走するなんて。

ウリバタケさんの言う通り、私もまだまだ大人じゃなかったみたい。

 

「ミナトさん」

「あ。アキト君。ごめんなさいね」

「いえ。マエヤマは疲れているだけみたいですので、俺が運びます」

「そう。あ、じゃあ、私の部屋に運んで、案内するから」

「・・・分かりました」

 

コウキ君を軽々と担ぐアキト君。

そんなに筋肉質には見えないのに。

かなり鍛えこんだのね。きっと、夢の為に。

 

「ブリッジの話は何だったの?」

「サツキミドリコロニーの被害状況とこれからについてです」

「サツキミドリの被害状況は?」

「半分以上は脱出に成功しました。ですが、残り半分は・・・」

「そう」

 

コウキ君は全滅だって言っていた。パイロットを除いて。

それなら、半分以上は救えた事になる。

それでも、アキト君の顔は晴れない。

きっともっと力があればとか、何の為に戻ってきたんだとか、思い詰めているんだと思う。

 

「半分しか救えなかったって後悔しているの?」

「・・・いえ」

「嘘ね。顔が何より物語っているわ。悔しいって、救える筈だったのに救えなかったって」

「ッ!?」

「でもね、全てを救えるなんて思い上がりよ。誰にだって限界がある。全てを救う事なんて誰にもできない」

 

似たような事をコウキ君にも言った気がするわ。

どこか似ているのかもね、この二人。

 

「それにね、いつまでも悔やんでいたって何も変わらないの。それを糧にして前に進みなさい。こんな所で歩みを止めるような夢じゃないでしょ?」

「・・・敵いませんね、ミナトさんには。貴方は何も変わらない」

 

未来の私なんて知らないもの。

それに、私は私。貴方の知るミナトとは違うのよ。

 

「そうですね。救えなかったと嘆くのではなく、何が足りなかったかのか? それを考える事にします」

「そうしなさい。そうやって強くなっていくのよ」

 

泣きそうな顔をしているアキト君。

でも、少し晴れたかなって思う。

無理に無表情に徹しようとするアキト君だけど、それを変えるのは私の役目じゃない。

私はほんの少し晴らしてあげただけ。

ちゃんとした意味で、本当に晴らしてあげるのは、ルリちゃん、貴方の役目よ。

 

「これからですが。物資の積み込みも終わったのでそのまま火星に向かうそうです。道中、今回被害に遭った方の葬式を行うとも言っていました」

「分かったわ。ありがとね」

「いえ」

 

火星・・・か。

コウキ君曰く、全ての始まりの場所、そして、全てが終わる場所。

眼に焼き付けておきましょう、火星という場所を。

これから、幾度となく眼にする機会があるのなら、尚更。

 

「あ。ここよ。ごめんなさいね。わざわざ」

「いえ。それでは」

 

やっと到着の私の部屋。

最近は殆どこっちの部屋ね。

偶にコウキ君の部屋にお邪魔するけど。

 

「あ。ベッドまで運んでくれると助かるんだけど。寝かせてあげたいし」

「・・・しかし」

 

あ。アキト君もコウキ君と同じみたいね。

 

「あら? 襲うつもりなの?」

「そ、そんな事」

 

対応まで同じ。

やっぱりどこか似ているわね、この二人。

 

「うふふ。冗談よ。私じゃそこまで運べないから御願いしているだけ」

「・・・分かりました」

 

女性の部屋に入るなんてって奴ね。

意外と可愛らしい所あるじゃない。

 

「・・・・・・」

「女性の部屋をジロジロ見るのは失礼よ」

「そ、そんな事はしていません」

 

弄り甲斐もありそうだし。

もっと周りに心を開けばいいのに。

 

「・・・それでは」

「ありがとね」

 

一礼して去っていくアキト君を見送る。

扉から出ようという時、不意にアキト君が振り返った。

どうしたんだろうと思うと同時に口が開いていた。

 

「何? まだ見足りない?」

「いえ。最後に、ミナトさんに聞きたい事がありまして」

 

弄りに反応しないなんて。

・・・真剣な話みたいね。

 

「ミナトさんはマエヤマの事を愛していますか?」

「・・・そんなの当たり前じゃない。私はコウキ君を愛しているわ」

 

予想外の質問に返答が遅れたけど、これは紛れもない真実。

誰がなんと言おうと、私はコウキ君を愛しているの。

それは何があっても変わらない。

 

「・・・そうですか」

 

未来で何があったのかを私は知らない。

もしかしたら、私はコウキ君ではなく、違う人と恋に落ちたのかもしれない。

もしかしたら、私は誰とも結ばれる事なく、死んでしまったのかもしれない。

でも、そんなの所詮はIFの話。

未来の私を知っていようとも、それは私であって私じゃない。

この世界における私の事は全て私が決める。

これは誰にだって干渉できない私だけの事だわ。

 

「それでは、失礼します。マエヤマにお疲れ様と伝えておいてください」

「ええ。分かったわ」

 

今度こそ、アキト君は去っていった。

アキト君が何故あんな事を訊いてきたのか。

それは私にも分からないけど、きっと何か意味があったんだと思う。

今度は胸を張って即刻断言してあげよう。

私はコウキ君が大好きなんだって。

私の気持ちに嘘偽りはなく、この気持ちは変わらないんだって。

 

「ね。コウキ君」

 

スヤスヤと眠るコウキ君を見詰めながら私は改めてそう思った。

 

「生きていて良かった」

 

早く貴方の存在を感じたい。

我慢できずに唇に唇を落としてから、漸く私も一息つく事が出来た。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 


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