「そろそろ火星。ともなれば・・・あれだな」
「あれって?」
珍しくブリッジの全クルーが揃った今日。
きっとその珍しい事態はこれから起こるイベントの為だろう。
でも、現時点でそういう関係にある人がブリッジクルーで少なくとも二組はいる訳でしょ。
あぁ。俺達へのバッシングが凄まじい事になりそうだ。
まさかミナトさんとこういう関係になれるなんて予想してなかったからな。
嬉しい事なのは確かだけど、また血走った眼で見られるのはちょっと怖くて嫌かな。
「ミナトさんには話してなかったですね。ちょっとした事が起こるんですよ。多分、今日ですね」
「ちょっとした事? それって―――」
「反乱ダァ! 我々は正当な権利を持ってこの項目の改善を訴える! 我が賛同者は続けぇ!」
「オォオォッォ!」
ブリッジに雪崩れ込む兵士とパイロット。
その顔は真剣以外の何ものでもなく、手には銃を持っていた。
真剣の度合いを示す基準にもなるけど、仲間に銃を突きつけるのはちょっといただけない。
「・・・という事です」
「ちょっと待って。何がどうなってこうなるの?」
混乱するミナトさん。
ま、当然そうなるよな。
いきなり雪崩れ込んできて銃を突きつけられれば。
あ。ガイがいる。そりゃあ改善しないと誰かさんと熱くなれないからな。
意外と律儀そうだし、そういう所。
「ガイさん、これは一体?」
「おぉ、メグミ。これを見てくれ」
通信士の席に座っていたメグミさんが困惑で固まっていると、多分、ガイの姿に気付いたんだろう、すぐに硬直が解けてガイに近付いていった。
銃を突きつけられているという恐怖でさえ乗り越え無邪気にガイに近付くとは。
恐るべし、愛!
「え? こんな項目があったんですか?」
「おぉ。こんなのあったら、これから困るだろ? 俺達はこれからもっと―――」
バキッ!
「てめぇ! このゲキガンオタクが! 打ち殺すぞ!」
「い、痛いっすぅ」
当たり前だよ、ガイ。
彼らは女性と接近したいからこういう事をやっているのさ。
そんな彼らの前で桃色吐息なピンクオーラを出したら当然やられるよ。
自重、自重。
「ウリバタケさん、これはどういう事ですか!?」
銃を突きつけられながらも毅然とした態度を取れるユリカ嬢。
このあたりは流石だなと思う。
「これを見ろ!」
「・・・これは・・・」
ウリバタケ氏から契約書を受け取り、上からゆっくりと読んでいくユリカ嬢。
その後、呆然。
その後、絶叫!
「え、え、えぇ!? な、何ですか!? これは! これじゃあアキトと何にも出来ないじゃないですか!」
「そうだろ、そうだろ。許せないよな! 横暴だよな!」
「はい。許せません。横暴です」
「よし。レッツ反乱!」
「レッツ反乱!」
あぁ・・・。艦長まで乗せられちまったよ。
原作で見ていて、分かったけどさ。もっと責任持った行動を取ろうよ。
騒動を収めるのが艦長の仕事でしょ?
便乗して余計騒がしくしちゃ駄目だって。
「結局どういう事なの?」
「あれですよ。異性とは手を繋ぐまでって奴。あれが許せないらしいです」
「あぁ。あれか。まぁ、確かに許せないでしょうね」
余裕の笑みを浮かべるミナトさん。
これもまた、変更済みだからこそ浮かべられる笑みか。
「おい! マエヤマ! お前はどうなんだ?」
「え? 何がです?」
「こっちに来ねぇのかって聞いてんだよ! てめぇだってこんなの許せねぇだろ! ミナトちゃんと良い関係のてめぇはよぉ」
どこか私怨が含まれたかのような言葉ですね。
「そうだぜぇ! コウキ! お前もこっち来て俺と愛の為に戦お―――」
バキッ!
「てめぇは黙ってやがれ。ぶちのめすぞ」
「す、すいませんっした」
あらあら。可哀想に、ガイ君。
ま、自業自得だからね。フォローはしないよ。
今のは獣の群れの中でいきなり肉を食いだすような事だから。
「あ。ウリバタケさん。俺はその項目変更済みですから」
「な、何?」
何ですか? その大好きな子にいきなり告白されたかのような驚きようは。
「プロスさんには言ったんですけどね。絶対問題になるから恋愛は自由にさせて方が良いって。でも、駄目だったんですよ」
「そ、そんな事は関係・・・なくはねぇが、その前にだ。てめぇはこの項目を変更してなしにしてやがるんだな?」
「ええ。給料15%カットですけどね。気付けて幸いでした」
ま、知っていたんだけどね。
「ク、クソッ。裏切り者が! ・・・だが、これは改善できる可能性も出てきたという事か。・・・だが、しかし・・・」
「困りますなぁ。何の騒ぎですか? これは」
ぶつぶつ危なく呟くウリバタケさん。
それを中断するようにプロスさんが現れる。
凄腕交渉人の仕事が始まったな。
銃を向けるウリバタケさんと契約書で立ち向かうプロスさん。
何故だろう? 契約書が凶悪な銃にすら見えてくる。
ま、あの二人の議論は平行線だろうから、無視して。
「何やってんの? ヒカル」
「え? だって面白そうじゃん」
「面白そうって理由なの?」
「ま、ちょっと許せないかなって気持ちもあるかな。束縛とか嫌だし」
「まぁ、そうだろうけどさ、銃はやりすぎじゃない?」
「てめぇは変更しているからそんな余裕なんだよ!」
「あれ? リョーコさん。そんなに恋愛したい人がいるの?」
「えぇ!? そうだったんだ。リョーコ。いやいや、隅に置けないね」
「ち、ちげぇよ! そ、そんなんじゃなくてだな! 自分の事を誰かに決められるのが―――」
「いや。青春だね。リョーコさん」
「うんうん。リョーコにも漸く春が・・・」
「違うって言っているだろ!」
リョーコさんも面白い人だよな。
ヒカルが合わせてくれるから楽でいいし。
「見事なまでのかわし方。腹黒ね、コウキ君」
なんか最近の評価が腹黒ばかりな気がする。
「ん?」
そういえば、テンカワさんの姿が見えないな。
「テンカワさんは参加してないの?」
「ううん。誘ったんだけど、用があるって」
「あぁ。そうなんだ」
議論中に襲撃に遭うんだっけ?
テンカワさんには取るに足らない反乱って事?
そもそもテンカワさんは変更したのかな?
「困りますなぁ。契約は絶対なのですよ」
「ふんっ。聞いたぞ。マエヤマは変更しているそうじゃないか」
「ええ。マエヤマさん、ハルカさん、テンカワさん、ルリさん、ラピスさんはそれぞれ変更しています」
「何!? 他にもいたのか!?」
ギロッとこちらを見てくるウリバタケさん。
少なくともテンカワさん達は俺と関係ないぞ。
「何であいつらは良くて俺達は駄目なんだよ!?」
「彼らは契約の前に自ら申し出ています。貴方達は契約を結んでから申し出ています。その違いです」
「あぁん!?」
睨み合いが続く。
あ。艦長が動き出した。
「プロスさん。私も納得できません! 変更してください!」
おい!? やっぱりそっちかよ!?
「艦長。貴方はこちら側の人間でしょう?」
「私とアキトの恋路を邪魔するものは何であろうと許しません!」
「艦長が何と言おうと契約は絶対です!」
ジュン君、早く止めて。
「ユ、ユリカ。艦長なんだから率先して止めにはいらないと」
「ジュン君! 邪魔しないで! 私の将来が懸かっているの!」
「ユ、ユリカァ~・・・」
もっとだ。もっと押せよ。
熱くなれよ!
「コ、コウキ君」
「え? ・・・あ」
気付けば整備班の皆さんに囲まれていました。
「お前は良いよなぁ。綺麗な彼女もいて、ちゃっかり契約内容も変更していて」
「女性ばかりのブリッジ勤務でよぉ。俺達なんて男臭くて堪らないってのに」
「その上、予備パイロットだと!? 男女比一対一ですら羨ましいわ!」
「この野郎、セレスちゃんにまで手を出しやがって。ミナトちゃんだけじゃ満足できないってのか!? ああん!?」
「どっちか寄越しやがれ!」
最初はタジタジしてましよ。
セレス嬢に手を出したという不名誉にも反発は覚えましたが、何より最後の言葉は許せません。
ええ。絶対に許す事は出来ません。
「寄越せとは何ですか! 二人は俺の大切な人です! それをまるで物のように」
「え、え~と」
「反乱!? 抗議!? そんなの勝手にやってください! ブリッジを占拠しようと状況は変わらないでしょ! プロスさんに直接抗議してください!」
「あ、あのな・・・俺達も―――」
「子供に銃を突きつけるのが大人ですか!? 己の目的の為に手段を選ばないのが大人ですか!? 見てください!」
隣の席で俯き震えるセレス嬢に視線を落とす。
「こんなに怖がっているでしょうが! 俺は貴方達が形だけで銃を突きつけていると知っています。仲間を撃つような事は絶対にしないと!」
「・・・・・・」
「ですが、突きつけられれば怖いんですよ! どれだけ信じようとも、銃を突きつけられれば、ナイフを突きつけられれば、怖いものは怖いんです!」
たとえ冗談でも危ないものは危ない。
何があるか分からないのだ。誤って傷つけてしまったら悔やんでも悔やみきれない。
「契約書を見なかったのが悪いとは言いません。こんなに巧妙に隠すネルガルが俺も悪いと思います。性質が悪いです。でも、他にやりようがあったのではないですか!?」
「・・・そ、そうだな」
血走った眼で迫ってくる整備班の内の一人がそう告げる。
「子供に、いや、子供だけじゃない。仲間であるナデシコクルーに銃を突きつけてまでやる事じゃねぇよ」
「・・・ああ。こんなに怖がらせて、俺達は何をしていたんだろうな」
「ごめんな、セレスちゃん」
・・・分かってもらえたみたいだ。
仲間を怖がらせてまでやる事じゃない。
気に喰わないのは分かる。変更している俺に当たるのも分かる。
でも、それにもルールがあるだろ。
銃は何があっても反則だ。
「・・・コウキって怒ると怖いんだね」
「・・・ちょっとやりすぎだったな」
「・・・ええ」
「ガイさん。正義のヒーローがやる事じゃないです」
「・・・すまん。反省している。俺は間違っていた」
「分かれば良いんです。ガイさん」
「・・・ああ。メグミ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
抱き締めあうガイとメグミさん。顔が近いです。
・・・それよりも、よくこのシリアスムードの中でピンクになれますね。
何か、呆れて怒る気にもなれません。
「おい。てめぇら。銃なんか捨てろ。俺達に武器はこの肉体だ! 今こそ―――」
ゴキッ!
「てめぇは黙っていろ! このピンク野郎!」
「グハッ!」
自業自得。でも、音が音なだけにちょっと心配。
「だが、ゲキガンオタクが言っている事も間違ってねぇ。俺達の武器は銃なんかじゃねぇ。俺達の魂は・・・こいつだ!」
そう言って取り出すはスパナ。
流石。それでこそウリバタケさんです。
「プロスのダンナ。俺達は抗議が受け入れられないならストライキを起こす事すらも辞さない」
「はぁ・・・。困りましたな。どうしましょうか?」
「艦長命令です! 変えちゃいなさい!」
「あ。艦長。貴方はどちらにしろ駄目ですからね」
「ほぇ?」
「艦長はクルーの鑑たれ。艦長が風紀を乱すような事が許される訳ありません」
「そ、そんな・・・」
壮絶に落ち込むユリカ嬢。
ま、まぁ、どうにかなるよ。ユリカ嬢。
「どうなんだ!? プロスのダンナ!」
今更だけど俺だけってのもちょっと罪悪感があるな。
俺の意見なんかで変わるか分かんないけど、少し試してみよう。
「プロスさん。やっぱり問題起きたじゃないですか」
「率先して風紀を乱した方に言われたくありませんな」
グサッ!
そ、それを言われると反論できないのですが・・・。
「もしかして、怒っています?」
「如何わしい行為はしないと誓っていただけたかと思いますが?」
もしかして、藪蛇ですかぁぁぁ!?
「おい。こら。如何わしいってどういう事だよ?」
「あん!? てめぇはもうミナトちゃんと大人の関係って事か? そうなのか?」
「まだ成人もしてねぇような奴が生意気しているんじゃねぇ」
もしかして、またもや囲まれていますかぁぁぁ!?
「あら? 当たり前じゃない。もう大人だもの」
「ゴラァァァ! マーエーヤーマー!」
火に油を注がないでください! ミナトさん!
「ス、スパナで殴られたら僕死んじゃうかな~って思うんですけど」
「いや。お前は既にあの身体に溺れているんだ。死ぬタイミングが早まるだけ」
「で、溺死はしませんよ」
「そうそう。溺れても人工呼吸してあげるもの」
「マーエーヤーマー! 死ねぇぇぇ!」
ミナトさん! 火薬庫に火を投げ入れないで下さい!
というか、皆さん、怖い! 怖過ぎます! 眼が赤く染まっていますから!
「プロスさん!」
「こちらも変更を許してしまった以上、眼を瞑るしかありませんでした。私がどれだけ気を揉んだか・・・」
胃に手を当てるプロスさん。
すいません。ですが、理性で抑えきれないのが恋の病なのです!
練習だってサボってしまうのが恋の病なのです!
「と、とにかくですね。ストライキを起こされて生じる損害と艦内恋愛を認めて生じる損害とを比較すればすぐに決まると思いますが?」
「しかしですね。恋とは恐ろしいものなのです。この私も・・・コホン、色々あったのです」
な、何があったんですか!?
非常に気になる。
「も、もちろん、仕事をサボったりする事はありませんよ。むしろ、やる気が漲ると思います! ね! ウリバタケさん」
「お、おう。当たり前だろ!」
突然、振ってすいません。
ですが、慌てていても返事するのが流石です。
「心配されるかもしれませんが、彼らはプロです。プロが恋に惑わされる事なんてありませんよ。確実に成果を残します」
「しかしですな。私は心配で―――」
「御自分で選んだクルーが信じられないのですか!?」
あ。ユリカ嬢の火星での名言を言っちまった。
ユリカ嬢。すまんが、二番煎じになっちまう。
「む。そう言われてしまうと反論できませんね」
やはりこの台詞は効果的みたいだな。
交渉人の心理を突く一言。やるな、ユリカ嬢。
「きちんと成果を残す。必ず時間を守る。人前でしない。それで妥協しませんか?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
眼は逸らせない。
俺の背中には何人もの人の期待が乗っかっているんだ。
「・・・はぁ・・・。分かりました。妥協すると致しましょう」
「ありがとうございます」
ほっ。良かった。
「マエヤマ! お前はむかつくが、良くやってくれた!」
「おお。むかつくが、お前のおかげだ」
「ああ。死んで欲しいぐらいむかつくが、胴上げしてやる」
全員、むかついているんですね。分かります。
結局、僕は涙を流しながら胴上げされる破目に。
そして、こんな時に・・・。
ドドンッドドンッドドンッ!
「な、何事だ!?」
「木星蜥蜴が接近中。この数は・・・迎撃が必要です!」
こういう事が起こるんだから、世の中って不思議だよね。
というか、いたんですね? ゴートさん。
最近、驚き役が板についてきています。
「オラァ! 野郎共! クーデター成功だ! 後は結果を残すぞ! 勝利は己の手でもぎ取れぇ!」
「オォォォオォオォ!」
凄まじい勢いで去っていく整備班。
呆然と立つ艦長に眼も向けずに走っていった。
それはまぁ、いいよ。たださ、これだけは言わせて。
いくら揺れたからって空中の俺はスルーするのは酷くない?
めちゃくちゃ腰が痛いんですけど。あ。地面にぶつけたからだからね。
「・・・ガイさん」
「心配するな。必ず帰ってくるから」
「はい!」
あぁ・・・。ガイ。自重。
「早く来い!」
ゴンッ!
「グハッ!」
あぁ。リョーコさんに引き摺られていく哀れなガイ。ドナドナが聞こえてくるよ。
「じゃ、行ってくるね」
「気を付けろよ、ヒカル。イズミさんもお気を付けて」
「うん。じゃあね」
去っていくパイロット達。
彼らの腕なら大丈夫だろう。
今回はガイもいる。心配はいらない。
ギュっ!
「イタッ!」
だ、誰だ? 俺の脇腹を抓ったのは。
「・・・・・・」
「・・・どうしました?」
ミナトさんでした。珍しく口を尖らせています。
「随分と仲良さそうだったじゃない? ヒカルちゃんと」
「え? そうですかね?」
ギュっ!
「イタッ!」
「早く準備なさい!」
「は、はいぃ!」
こ、怖いですよ。ミナトさん。
「・・・バカ」
ま、ヤキモチだって分かればそんなに悪い気分じゃないかな。
腰と脇腹はまだ痛いけど・・・。
「・・・・・・」
あれ? ここですぐに指示が出される筈なのに・・・。
「艦長。指示を!」
「・・・・・・」
「あれ? 艦長?」
あ。固まっていらっしゃる。
硬直時間が長すぎですな。誰か硬直を解いてあげて。
「・・・ユリカ。テンカワの勇姿を見なくて良いの?」
「あぁ! そうだった! 教えてくれてありがとね、ジュン君」
「・・・ううん。いいんだ」
涙を流しながら、良くぞ告げてくれた。
恋敵の名を使うのがどれ程、悔しく、悲しい事か。
ジュン君、大人になったね。・・・情けないけど。
「エステバリス隊はどうですか?」
「現状で発進できるのはテンカワ機だけです」
あ。テンカワさんはこれに備えていたんだ。
準備が早い。
「テンカワ機は先行発進。他のエステバリスも準備が終わり次第、発進してください」
「了解」
どれだけ早く発進させてもDFがある限り、エステバリスも迎撃活動に移れないからな。
発進の手間を考えるとさっさと発進させてDF近くで待機していた方がいいって訳か。
「グラビティブラスト発射と同時に迎撃活動に移ってください」
その時はDFを解除するからな。
タイミングとしては丁度良い。
「マエヤマさん! 御願いします!」
「オモイカネ。レールカノンセット」
『レールカノンセット開始』
俺の役目はDFを纏わせるまでの迎撃活動。
基本的にナデシコはDF纏って時間稼いでGBをチャージしてGB発射して大量破壊してDF纏って・・・という行為を繰り返す事が戦術となる。
その合間、合間にある隙を埋める事が俺の役目だ。
現状でGBに勝る攻撃方法はないからな。
最高戦力のお膳立ても大切な役目だ。
『レールカノンセット完了』
「レールカノン準備完了」
「エステバリス。全機発進しました」
さぁ、舞台は整った。始めようか。
火星降下前の最後の戦いを。
再び火星の地を踏む為に!
平穏生活を成就する為に!
火星よ! 私は還ってきた!
・・・落ち着こう。俺。
そもそも俺は経歴では火星育ちになっているが、実際に来たのは初めてなんだから。
冷静に、冷静に。
「グラビティブラスト発射!」
「グラビティブラスト発射します」
DF解除と同時にGBを放つ。
さて、やりますか。
・・・・・・・・・・・・・・・。
どれくらい繰り返したかな?
グラビティブラストを放った回数なんてもう覚えてない。
一発撃つ度にフォローに入るとか。
心身共に疲労が溜まります。
ま、弱音なんか吐いていちゃパイロットの皆さんに申し訳ないか。
『こちらスバル・リョーコ。残弾が残り少ない。一度補給に戻る』
『こちらダイゴウジ・ガイ。発進準備完了だ。いつでも出られるぜ』
スバル嬢が補給に戻り、ガイが再び戦場に。
機体も万全でまだまだ元気なガイだ。
テンカワさんと協力すれば、敵の艦隊に大損害を与えられるかもしれん。
流石に原作のアキト青年みたいに一人で突っ込ませるのは危険過ぎる。
「ゴートさん。これを」
あたかも解析したかのようなデータを戦闘指揮のゴートさんに送る。
ゴートさんなら指揮を執っても問題ないだろう。
「これは?」
「敵艦隊を現状の武装で倒す為に必要な戦術を考えてみました。成功する確率が高いようでしたら参考にしてください」
「む。これは・・・いけるか?」
前回の戦闘からウリバタケさんに協力してもらって作り上げたエステバリス専用のレールカノン。
これと原作のアキト青年が無茶したイミディエットナイフでの特攻を組み合わせれば・・・。
「敵のDFは少なくともナデシコよりは軟いです。レールカノンでDFの出力は低下させつつ、イミディエットナイフのような先端が尖っているものなら・・・」
「敵のDFを突破できるかもしれん。データでは正面から無理だとなっているが?」
「角度的な問題です。真正面から立ち向かっては面と面。DFを突破するのなら、まずは斜めから突っ込む事でDF全体を消滅させます」
アキト青年はナイフだけで成功させた。
それなら、レールカノンとの複合はより成功率も安全性も高い。
「恐らく接近するナイフの役は発進したばかりのガイに、レールカノンでフォロー及び突破後の射撃にはテンカワさんが良いかと」
「お前のデータを信じよう。テンカワ、ダイゴウジ。作戦を告げる」
無茶な作戦かもしれんが、成功させてくれよ。
提案しておいて言うのも何だが、まだお前には死んで欲しくないからな。
メグミさんに睨まれるのも嫌だぞ、ガイ。
「ガイ、聞こえているか!」
『おう。コウキか。どうだ? 俺の戦いは』
「ああ。出航したばかりのお前が嘘のようだ。ガイ、ヒーローに近付いたな」
『ハッハッハ。まぁな!』
「作戦は聞いたか?」
『おう。まずはDFの突破。んで、ナイフで装甲を剥ぎ取ればいいんだろ? それをアキトが破壊してくれる』
「そうだ。すまない。お前に負担が大きい作戦で。恨むなら提案した俺を恨んでくれ」
『フッ。誰が恨むかよ。死んだら腕のない俺の責任だ。てめぇのせいなんかにしねぇよ』
「・・・ガイ、何だかカッコイイぞ」
『当たり前だろ! ヒーローはカッコイイものさ』
「絶対に死ぬなよ。ヒーローに憧れて死ぬなんて事は―――」
『馬鹿野郎。恋人を残して死ねるかよ! 帰って来るって誓ったんだよ!』
「・・・ガイ、お前こそ男だ! 行って来い!」
『おうよ! 後は任せろ! おっしゃあぁぁぁ!』
誰かの犠牲になって死ぬみたいな事にガイは憧れを抱いていた節がある。
それは美しい死に方なのかもしれない。
だが、少なくとも守られた方の心に一生傷を残す。
俺はガイにそんな死に方をして欲しくなかった。
だから、忠告しようとしたけど・・・。
心配はいらなかったみたいだな。
恋が人を強くする・・・か。
本当にヒーローみたいだ。
「ガイは精神的に強くなった。なら、俺も・・・」
ガイに負けずにやってやる。
全力でガイを援護してみせる。
「ガイとテンカワさんを援護します。DFを解除してください」
「・・・信じていいんですね?」
「ええ。一切近付けず、見事に援護をやり通してみせましょう」
「私も協力するわ。多少のミスはカバーしてあげる」
「心強いですよ、ミナトさん」
「・・・頑張ってください、コウキさん」
「ありがと、セレスちゃん」
フーっと深呼吸。
眼を閉じ、心を落ち着かせて・・・。
「フィードバックレベルを最高値に。情報伝達速度を最高値に。全レールカノンを制御下に」
弾幕として幾つかオモイカネの制御下にあったレールカノンを完全に俺の制御下に置く。
視覚データの伝達、命令の伝達を反射のレベルに近い最高速度に。
導入したソフトを最高スペックで発揮、得られた敵情報を一瞬で解析、全てを同時に把握。
・・・終わったら寝込むかもしれないな。
だが、俺も男をみせてやる。
「・・・す、凄い」
「ル、ルリちゃん。レールカノンの命中率は?」
「・・・信じられない事に80%台をキープしています。距離には関係なく、外すのは爆風など想定外の要因が絡む時のみ」
「敵の攻撃は?」
「・・・全てシャットアウトです。他の弾幕として使われている武装の射撃コースすら一瞬で予想していて無駄弾がありません」
「・・・恐ろしいですな。全てのレールカノンを自由自在に操り、かつ、外す事がない」
「あれ程の射撃をこなせる奴が世界に何人いるか・・・」
「・・・皆無じゃろ。これ程の者をワシは見た事がない」
「・・・コウキ君、頑張って」
頭が割れるように痛い。
痛くて熱くて、少しでも早く気を失いたいとさえ思う。
指先は震え、心が凍りつく。
まるで自分が人間じゃないかのように。
俺は人間なのか? ただ眼の前にいる標的を撃ち尽くすだけの機械ではないのか?
人間としての感情を失い、心を失くし、ただ条件反射のように敵が映れば腕を動かす。
考える事すら億劫。思う事すら億劫。何も考えず、何をしているかも分からず。
・・・気付けば、俺は意識を失っていた。
ひたすらに標的を撃ち続ける機械の腕を残して。
SIDE MINATO
コウキ君の様子がおかしい。
その事に気付いたのはヤマダ君とアキト君が敵艦隊を撃破した時。
敵は全滅に近くて、後はナデシコがグラビティブラストを撃てば終わりだというのに、コウキ君が戻ってくる事はなかった。
いつものコウキ君なら、終わってすぐに頼もしい笑顔を浮かべてくれる筈。
まだやり残した事があるのかな?
そうやって軽く考えていた時、それは起こった。
「え!?」
「ルリちゃん。どうしたの?」
「レールカノンがエステバリスにロックオンされています! マ、マエヤマさん!」
「・・・・・・」
ダンッ!
何の戸惑いもなく放たれるレールカノン。
その弾丸はスバル機のDFを容易に貫き、エステバリスの右腕を損傷させた。
『おい! どういうつもりだ!?』
激昂するリョーコちゃん。
当たり前だと思う。いきなり、しかも、味方から撃たれたんだから。
『ブリッジ! どうなっている!?』
「わ、分かりません。マエヤマさんが。調べてみます」
『マエヤマが! チッ! 何が目的だ』
リーダーパイロットのアキト君が怒気で顔を染める。
待って。きっと何か理由が。そうじゃなければコウキ君がこんな事をする筈がない!
「ゴートさん! マエヤマさんをコンソールから引き離してください!」
「了解した」
艦長の指示でゴートさんが動く。
あんな巨体だ。コウキ君は簡単に引き剥がされる筈。
これで安心できる。
そう考えた私が愚かだった。
私は失念していたの、コウキ君の異常な身体能力を。
「う、動かん!」
「え? 嘘・・・ですよね?」
「嘘などついてはいない! 事実、動かんのだ!」
どれだけ巨体で力持ちであろうと、所詮は人間。
コウキ君が全力で抵抗すれば力勝負で勝てる筈がない。
「クソッ!」
青筋が立つ程に全力でコウキ君を持ち上げようとするゴートさん。
でも、それでも、まるで動く様子がない。
その間にも、コウキ君の動かすレールカノンが止まる事はなかった。
『な、何だ? 何だ?』
『ど、どうなっているの?』
『包まれる暗黒の海。あぁ。私は墜ちるのね』
『え、縁起でもねぇ! どうなってんだよ!? 答えろ! ブリッジ!』
エステバリスのパイロットの腕がいいからどうにかなっている状態。
きっと他の人だったらとっくに墜ちてる。
・・・コウキ君が人殺しの罪を背負う事になる。
そんなの・・・いや!
「コウキ君! しっかりして!」
肩を懸命に揺らす。
コンソールに置かれた手を必死に引き離そうと腕を引っ張る。
それでも、非力な私の力では引き離す事が出来なかった。
「ジュン君!」
「うん。やってみる」
「私も手伝いましょう」
副長やプロスさんも加わり、コウキ君を囲む。
それぞれが全力でコウキ君を動かそうとするが、それでも動く事はなかった。
「な、何なんだ!? 一体! この力は!」
「普通じゃない! こんな力は普通じゃない!」
「まいりましたな。被害が増える一方です」
どうして?
どうしてこんな事をするの?
幸せで平穏を望むといってコウキ君は嘘なの?
貴方は、本当はこうやって―――。
「私の馬鹿! 何を考えているのよ!」
誰よりも私がコウキ君を信じてあげなくちゃ駄目でしょ!
コウキ君を疑うなんて馬鹿げているわ!
「コウキ君! コウキ君! 返事をして! コウキ君! しっかりして!」
・・・遠かった。
私の声なんて聞こえてない。
遠くて、遠くて、必死に追いかけても追いつかない。
その遠さが、その距離が、堪らなく悲しくて。
・・・堪らなく悔しかった。
こういう時に救ってあげるのが恋人でしょ!?
何でよ!? 何でこういう時に何もしてあげられないのよ!
・・・自分の存在が本当に嫌になった。
何も出来ない自分が本当に嫌になった。
「艦長! 原因が分かりました! 無理に引き離してはいけません!」
「説明して! ルリちゃん!」
「現在、マエヤマさんは心を失っています」
「え?」
心を失っている?
「おそらくフィードバックの暴走が原因です。必要以上の情報を脳が受け止め切れずにマエヤマさんの脳は意識を失わせる事で対応」
フィードバック?
そういえば、さっきフィードバックレベルを最高値にって言っていたわ!
「その代わり、今のマエヤマさんは機械のように眼の前の標的を撃つ事だけしか考えていません。言わば、システムに意識を奪われている状態です」
「それなら急いで離れさせないと!」
「駄目です! 今、引き離すと良くて植物状態、下手すると死に至る事もあります」
死ぬ?
コウキ君が死ぬの?
そ、そんな事って・・・。
「脳の活動を補助脳が上回れば本来の脳としての活動を停止してしまいます」
「どうにか! どうにかできないの!?」
どうにかして!
コウキ君を死なせないで!
「ラピス、セレス。マエヤマさんの制御下にあるシステムをハッキングして停止させます。オモイカネすらも受け付けない強固な守りです。協力してください」
「・・・分かった」
「・・・やります。絶対にコウキさんを」
・・・御願い。
神様・・・御願いします。
「ミナトさん。気を強く持ってください」
「・・・メグミちゃん」
「恋人なら支えてあげてください。信じて待っていてあげてください。私も戦場に出るガイさんを見ているのは怖い。でも、逃げたりしません」
「・・・私には何も出来ないの。何もしてあげられないのよ!」
「だから! 気を強く持って、マエヤマさんを信じてあげてください! ルリちゃん達を信じてあげてください!」
「・・・ルリちゃん・・・?」
「見てください。彼女達だって必死です。全力でマエヤマさんの為に力を尽くしています」
額に凄い汗を浮かべて、必死な顔で作業するルリちゃん。
ラピスちゃんもセレスちゃんも辛そうに表情を歪めているのに、諦める事なく頑張っている。
「私達には祈る事しか出来ません。でも、絶対に帰って来るって。そう信じれば、必ず帰ってきてくれるって。そう信じるしかないんです!」
諦めていたの?
私はもう無理だって・・・。
「辛いのも苦しいのも分かります。でも、必死に頑張る仲間を信じてあげてください。それに・・・」
穏やかに笑うメグミちゃん。
「恋人を残して勝手に死ぬような人じゃないですよ、マエヤマさんは」
・・・そう。
そうよ。今の私にだって出来る事はある。
泣き崩れる事が今すべき事じゃない。
コウキ君の死を拒んで自暴自棄になる事じゃない。
混乱して、泣き叫ぶ事が私のするべき事じゃない!
「コウキ君! しっかりなさい! 戻ってきなさい!」
必死に訴える。
システムに乗っ取られた?
その程度でへこたれるような男じゃないでしょ!
取り戻しなさい! 貴方にはそれが出来る!
「エステバリス隊! 聞こえますか!」
『ああ。どうなっているんだ?』
「システムの暴走です。管制システムが暴走しただけです。すいませんが、回避に専念してください」
『・・・後で事情を聞かせてもらう。が、了解した』
『チッ! システムの暴走ならしょうがなねぇな。避け続けてやるよ』
『ねぇねぇ、当たった人は奢りにしない?』
『ふっふっふ。闇の底で賭け事に走るなんて。甘美ね』
『おいおい。遊んでいる場合じゃ―――』
『へぇ~。逃げるんだ?』
『へっ。この俺が逃げるだと? そんな馬鹿な事がある訳―――』
「真面目にやってくださぁい! ガイさん! 怒りますよ!」
『お、おう。すまねぇな。だがよ。何があったかしらねぇが、気にする必要なんてねぇぞ。この程度に当たる奴が悪いんだ』
そう笑うガイ君。
きっとそれがガイ君の優しさなんだって思った。
誰がレールカノンを操っているかなんて誰だって知っている事なのに。
お前に責任はないぞって。
そう伝えてくれている。
素敵な彼氏ね、メグミちゃん。
『そうそう。狙うならもっとちゃんと狙えってな』
『速攻で当たった人が言う台詞じゃないよぉ』
『ば、馬鹿。あれは、そう、油断って奴だ』
『戦場で油断するなんて愚かね』
『おい。こら。イズミ。てめぇはどっちの味方なんだ』
『戦場で散る方の味方』
『死ねってか!? 死んだ方の味方だってのか!?』
『うるさいよ、リョーコ』
『俺か? 俺が悪いのか!?』
ほら、コウキ君。
皆、こうやって貴方を支えようとしてくれているのよ。
それを、貴方は裏切るの?
そんな子じゃないでしょ?
「・・・はぁ・・・はぁ・・・ハッキング成功・・・」
「・・・はぁ・・・システムと・・・意識を・・・切り離した・・・はぁ・・・」
「・・・はぁ・・・もう・・・はぁ・・・大丈夫です・・・」
・・・良かった。
助かったのね。コウキ君。
「ありがとう。本当にありがとう」
息も切れて汗も掻いて。
必死に助けてくれた。
コウキ君の為に力を尽くしてくれた。
本当に感謝のしようもない。
「仲間ですから。当然です」
「・・・コウキの為。当たり前の事」
「・・・コウキさんへの恩返しです。私にはコウキさんが必要ですから」
小さな女の子にこんなにも感謝する日が来るなんて思わなかった。
でも、本当に感謝している。恥も外聞も捨てて、頭を下げたかった。
本当にありがとうと。何があってもこの恩は絶対に返すって。
「システムの掌握に成功。お疲れ様でした。帰艦してください」
『『『『『了解』』』』』
メグミちゃんにもパイロットの皆にも感謝している。
メグミちゃんが暴走と報告してくれたからコウキ君への追及が逸らせた。
コウキ君のせいだって事は皆分かっていると思うけど、怒りを向けられる事はなかった。
パイロットの皆もそう。
一機でも墜ちていたらコウキ君は苦しんだと思う。
人を殺してしまったという罪を背負って。
たとえ意識がない時、自分が知らない間に起きた事だとしても、コウキ君は絶対に己を責めるから。
コウキ君の心に傷が残らなくて本当に良かったって思う。
「ゴートさん。申し訳ありませんが、マエヤマさんを医務室まで運んで頂けますか?」
「了解した」
「問題行為に対する厳罰は追って連絡するとマエヤマさんに伝えるよう担当の方に伝えておいてください」
「そ、そんな!? コウキ君は」
「・・・了解した」
「ゴートさん!」
そんな事って・・・。
コウキ君はナデシコの為に無茶をした筈なのに。
「何があったかは分かりませんが、味方を撃ったという事は事実。罰を与えない訳にはいきません」
「そ、それは・・・」
反論出来なかった。
たとえパイロットが気にしてないって言ってくれても事実は事実。
罰を与えないと示しがつかない。
「・・・・・・」
私は背負われ気絶したままブリッジから去っていくコウキ君を見送る事しか出来なかった。
SIDE OUT